「本当に大丈夫なんでしょうね?」
念を押すようなレミリアの問いかけに、パチュリーは自信満々に答えた。
「大丈夫よ。私達を脅かす野生動物なんてどの時代にもいないもの」
「そういうことが言いたいんじゃなくて」
「わかってるわ。過去改変のリスクでしょう?それも全員が私の指示に従って、十分に気をつければ問題ないわ」
パチュリーの傍らに立つ咲夜が補足した。
「パチュリー様と私で下見はしてきました。断言しますが、この世界は時間旅行の以前となんら変わりありませんよ」
「ならいいのだけれど……」
釈然としない様子のレミリアに、パチュリーが意地悪く笑った。
「もしかして、レミリア・スカーレットともあろう者が未知の旅に怖気づいているのかしら?」
「別に、ただちょっと心配しただけよ。乗らないわけないじゃない」
レミリアはタイムマシンに向き直ると、楽しげに口元を歪めた。
こんなに面白そうなものに乗らないという選択肢があるはずない。
レミリアを古の時間旅行へと突き動かすものは、個人的な好奇心と紅魔館当主としての野心だ。
遠い未来の出来事ならば、永劫に近い寿命を持つ吸血鬼の体でいつか目撃することになる。あるいは蓬莱人なら、その先を体験するだろう。しかしながら、過去に遡るということは、たとえ永遠に生きようとも並大抵のことではない。それだけ過去への旅というのは特別な体験で、成功すればそれを実行できる紅魔館の偉大さを知らしめることができるはずだった。それに、人類すら生まれてすらいない時代への旅というのは全ての幻想の根源の切れ端に触れるということだ。確実に、面白いことにはなるだろう。
レミリアは、パチュリーが開発したタイムマシン、『九炉ノス三号』の麓に足を進めると、その頂を見上げた。
広大な大図書館の天井に届かんばかりのその装置は、パイプがぐちゃぐちゃに絡まった住吉ロケットのようにも見える。パイプの蔦に咲く花のように、大きな時計や、点滅する電球、鈍く輝く勾玉などが雑多にくっつけてあって、見るものを不安にさせるが、その怪しさが頼もしくもあった。
「こんなものが時空間を自由に移動するとはね」
「咲夜が紅魔館に来てから、ずっとアイデアだけはあったのよ。ただ、材料がなかなか揃わなくて」
「いきなり羽をくれだなんて言われたときにはどうしたかと思ったわ」
パチュリーの当初の案では、運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットの羽も材料に含まれていた。結局レミリアに殴られたので当該部分は爪に置き換えられたが、それにしてもレミリアからすれば自分の爪を渡すのは気持ち悪かったので、暫くの間パチュリーを見る目はずいぶん冷たくなった。すっかり計画のこと以外は頭から消えていたパチュリーには全くこたえなかったが。
「心の底からあなたが欲しかったのよ」
「本心で言ってるから最悪ね」
「まあそれはそれとして、そろそろ行きましょうか。開けゴマ」
エアロックが解除され、空気を吐き出す音とともにパイプの壁の一部がスライドする。
装置の内部には、赤色の豪勢な椅子が3つ並んでいた。
「ああっ!私の部屋の椅子!勝手に持っていったわね!」
「だって乗り心地は大切でしょう?それにちゃんと咲夜には許可をとってあるわ」
「咲夜!」
「お嬢様はいつもベッドの上かバルコニーでお過ごしになりますし、あの椅子座らないじゃないですか。それに倉庫にも余りがちょうど二つありましたので」
「ううっ、まあいいけど……」
「ほら行くわよ。レミィは奥に座って」
パチュリーの指示に従って、レミリアが一番奥に、咲夜は中心、最後にパチュリーが手前側に座った。
「狭いわね」
「時空間圧縮装置がなかなか小型化できなくてね。これでも最大限にスペースは確保してあるのよ」
「ふうん。要改良ね」
「勝手に決めないでよ。こういう狭さも味があっていいでしょう?」
「貧乏性ねえ」
「……まあ、操縦席の良さはレミィにはわからないわよね」
「どういう意味よ」
レミリアはむっとして言い返したが、それっきりパチュリーは黙って起動準備を進めたのでレミリアの興味もそちらに移った。
パチュリーが屈んでは伸び上がり、時計のような計器類の隙間に所狭しと設置されたスイッチを淀みない手つきで押していくと、そのたびにあちらこちらの計器の針が右や左に振れる。暫くの間、スイッチを押していく小気味よい音と、何かが動き出す低い唸りが狭い操縦席を支配した。パチュリーは一通り操作を終えると、下から上に舐め回すように計器を確認していった。
「システムオールグリーン。咲夜、エンジンの始動をお願い」
「承知いたしました。空間の圧縮を始めます」
咲夜は、目の前の壁にはめ込まれた水晶に両手をかざして瞳を閉じた。
「咲夜が操縦するの?」
「残念ながら、私の魔法だけじゃ時空間操作はできないのよね。だから装置の始動には咲夜の力を使わせてもらう」
「へえ、咲夜はやっぱりすごいのね!」
レミリアは魔法で代替することのできない従者を鼻高々に誇った。
「どうして神や妖怪でもない人間にこんな力があるのか不思議だわ」
「そりゃ私の従者だからよ」
「お褒めに預かり光栄なのですがお二人とも、少し集中させてくれませんか」
目を閉じた咲夜の眉間にわずかに皺が寄っていた。済ました顔ばかりの咲夜には珍しいことだ。相当に神経が張っているらしい。
「ごめん……」
レミリアは申し訳なさそうに縮こまった。普段レミリアがこのように謝るのは間違えて使用中の厠を開いてしまったときくらいである。どうでもいい。
「それでは行きますよ!」
仕切り直した咲夜が掛け声を上げると、乗員たちを座席に押し付けられる強烈な力が発生した。次第に装置の各所から薬缶が湧くような音と振動が高まってゆく。やがてそれらは巨大なひとつのうねりになり、最後に雷の轟くような爆音が響いた。そのあとで、乗員たちは見えない力から解放された。
「着いたの……?」
「咲夜、どう?」
「ええ、成功です。ここは過去の世界。二億年前の地球ですわ」
「パチェ!はやく扉を!」
レミリアは目を爛々と輝かせて咲夜の膝の上に身を乗り出した。
「はいはいわかってるわ。それより、乗る前に言ったことは覚えているわよね?」
「ええ、必ず指示に従うこと、でしょ?」
「そう。いい?『指示に従う』って言うのは、私がそこを歩けって言ったらそこを歩いて、それ以外の場所には絶対に足を踏み入れないってことで、私が服を脱げって言ったら即座に服を脱ぐって言うことなのよ」
「……そんなことするの?」
「……たぶんしないけど、そのくらいの気持ちでやって欲しいってこと。咲夜もわかってるわよね?今だけはレミィの命令よりも私の命令が優先よ」
咲夜は目の前にあるレミリアの頭を意に介さず頷いた。
「はい。承知しております」
「それじゃ、今から透明化の魔法をかけるわ。野生動物の行動に影響を与えるのが一番まずいからね。それと、動物や植物に絶対に触れちゃだめよ」
「なんでよ。殺すならまだしも、それぐらいいじゃない」
「だーめ。あなたなら知っていると思うけど、過去の一つの事象の影響は際限なく広がっていくのよ。数億年前に起こった出来事なら、どんな些細な出来事でも私達の時代に影響を及ぼす可能性があるわ。一匹のネズミの進路を変えるだけで結果的にそのネズミを殺し、その子孫の数億のネズミが生まれず、ネズミを捕食して生きる種が飢え死に、それを狩る人間が飢え死に、死んだ人間の数千人の子孫が生まれず、一つの文明が消滅し、現代の神や妖怪がまったく変わってしまうなんてこともあるかもしれないのだから」
「……わかってるわ。確認しただけよ。それにしても、そこまで慎重になると外に出られないんじゃないかしら」
「私が足場を作るから、その上を歩いてくれれば問題ないわ。そこは太陽光も遮断されてるし、前後三十分で生物がほとんど通らないポイントでもあるの。気流も制御するから、私達の呼吸や話し声も全く外にもれない。他にもあらゆる方法で私達の存在を希釈するわ。そうやって万全を期せば、現代にほとんど全く影響を出さずに時間旅行を楽しむことができるのよ」
「つまりパチェに従えば大丈夫ってことね」
「そういうこと。今から魔法をかけるから、そこに座ってじっとしてて」
レミリアが座席に座りなおすと、パチュリーは足元に積んであった魔導書を開き、呪文を詠唱した。
「これで終わった」
「あれ、透明になってないけど」
「私達どうしは見えるようになってるの。あまり時間がないことだし、さっさと行くわよ」
「いよいよね」
レミリアは声を弾ませて、動き出す脚を抑えきれないと言った様子で立ち上がった。
「楽しみですね」
咲夜は調査のために何度もこの時代のこの場所には来ていたが、自分たちで整えた舞台に主がどう喜んでくれるのかを想像するだけで頬が緩んだ。
「開けゴマ」
古典的な呪文とともに、扉のエアロックが解除される。
目の前に、半透明に浮かぶ魔法の足場が伸びていた。通路の外側の腐葉土には、激しく生い茂る密林の間から点々と力強い木漏れ日降り注いでいる。
パチュリーが一歩目を踏み出した。
「お互いが一メートル以上離れないようについてきて。それと、この足場から絶対に足を踏み外さないこと。微生物を踏んだらことだわ」
「りょうかーい。どっちにしろ、太陽光があるから出られないけどね」
パチュリーの後ろをレミリアも歩き始めた。その後ろを、日傘を持った咲夜が続く。
「すごい……」
レミリアの口から、思わず驚嘆の声が漏れる。
目に映るものすべてが巨大だった。現代の地球よりも濃密な酸素があらゆる動植物を巨大にしているのだ。やけくそのような密林の木の葉は一枚一枚が鬼の掌よりも大きく、その間に伸びる木の幹は紅魔館の柱よりも太く、近くを飛ぶ虫たちは現代と似たような姿をしているものが多かったがやはりどれも巨大だった。
「この先でもっとすごいものが見られるわよ」
パチュリーはそう言うとさらに歩みを進めた。レミリアがその後ろをあちらこちらに視線を泳がせながらついて行く。徐々に鳥たちのさえずりが減り、ついにはあたりの静寂を埋めるものは三人の足音と木々の擦れる音だけになった。
一行は霧の中に足を踏み入れた。
「レミィ、足元に気をつけてね」
「ええ」
レミリアは言われた通り、足元を注視しながら霧の中を歩いていた。いつの間にかあたりは風もなく、水を打ったように静まり返っている。真っ白な視界の中で、なにかが出てくるような予感ばかりが強くなっていた。
突然、おぞましい獣の唸り声が聞こえた。
反射的に顔を上げたレミリアの目の前に突然姿を表したのは、見上げるほどに大きな獣だった。全身を硬い皮で覆い、その下では絶えず力強い筋肉が脈動していて、両手の爪はまるで鋼鉄のようだ。口元からちらつく牙は、今まで見たどんな動物よりもたくましく、抑えきれない食欲で濡れていた。どこを目指しているのか、鋭く絞られた眼光で絶えず用心深くあたりを見渡しながら一歩ずつ大地を踏みしめている。
「これは……」
「ティラノサウルス。太古の支配者」
パチュリーのやや大げさな説明に、レミリアは満面の笑みを浮かべた。
「すごいわ!パチェ!まさかこんなものが見られるなんて!」
「バカ!声が大きいわ!」
「パチェが遮断しているんでしょう?」
「ある程度はね。このくらいなら大丈夫だと思うけど……」
レミリアは嫌な予感がしたので、ティラノサウルスに振り返った。すると、その恐ろしい双眸がまっすぐに一行を見つめていた。
「見えてない……はずよね」
「ええ、見えてないわ」
「じゃあなんでアイツはこっちを見ているのかしら」
「知らないわよ。レミィが大きい声を出すからじゃないの」
「だって遮断してるって」
「そのはずだけど、もしかしたらわずかな漏れがあったのかも……でも下見のときには……」
「どうするのよ」
レミリアは静かに声を荒げた。
想定外なことに、吸血鬼としての強大な存在感、つまり妖力やオーラのようなものがパチュリーの魔法の僅かな隙間を抜けて、鋭敏な感覚を持ったハンターに気配を感じさせたのだった。
パチュリーは冷静に指示を出した。
「落ち着いて、ゆっくりと引き返すのよ。決して音を立てずにね。あと咲夜、わかってると思うけど時間を止めちゃだめよ。タイムゲートが歪むからね」
「了解です。お嬢様、行きましょう」
三人は一歩一歩、忍び足でタイムマシンに向けて歩き始めた。荒い呼吸音を背にすると、いつこちらに飛び掛ってくるかと気が気でない。別にティラノサウルスが恐ろしいわけではない。その強靭な牙や爪よりも、はるかに歴史を改変してしまうことが恐ろしかった。すでにティラノサウルスの足を止め、進路を変更してしまっている。これ以上歴史を改変すると、自分たちの存在が消えてしまうことだってありえた。
タイムマシンの手前まで進んだところで、三人の最後尾を歩くレミリアは歩みを止めて振り返った。背後に見えるのは、様々な緑色と、深い霧だけだ。ティラノサウルスは追ってこなかったらしい。この分なら無事にタイムマシンまで帰ることができるだろう。レミリアはほっと安心して、再び歩きだした。
そのとき、ヒールが何かを踏んで、レミリアはむにゅりという不快な感覚に顔を歪めた。
恐る恐る足をどけると、そこにいたのは赤褐色の羽をした、巨大な蝶だった。
蝶の太い胴体は無残にもヒールによって分断され、どう見ても死んでいた。レミリアの背中にじっとりと冷や汗がにじむ。
パチュリーの言葉が頭の中でリフレインしていた。一匹の鼠が死ねば、文明が滅ぶかもしれない。一匹の蝶が死ねばどうなるだろうか――
魔法の足場が徐々に透明度を増していた。消える前兆のようだ。どうやら長居が過ぎたらしい。
「お嬢様、はやく!」
タイムマシンの中から、咲夜が押し殺した叫びでレミリアを呼んだ。はっとして、レミリアは小走りでタイムマシンに乗り込んだ。すぐさまパチュリーによって扉が閉じられる。
「ふう、なんとかなったわね。あのくらいの誤差なら、因果の揺り戻しでどうにかなるでしょう。戻るわよ」
「はい。準備ができたら合図をお願いします」
来たときと同じようにパチュリーがタイムマシンを始動にかかり、それから咲夜が力を流し込むと、三人は再び時を超え、紅魔館への帰路を渡った。
しばらく続いた振動が収まったあと、咲夜が自らの内側に流れる時間の感覚で年月を確認する。
「大丈夫です、元の時代、元の位置に戻れました」
「全員無事ね……一時はどうなるかと思ったわ」
「ちょっと待って」
エアロックを解除しようとするパチュリーの手を、レミリアが止めた。ただでさえ白いその顔はこわばっていて、本当に死体になってしまったように青白かった。
「あのね、パチェ……」
「なに?初めて見た恐竜に腰が抜けちゃったのかしら?ふふふ」
「えっとね、怒らないでほしいんだけど」
レミリアのただならぬ雰囲気を察したパチュリーが険しい顔をした。
「……言ってみなさい」
「ちょうちょ、踏んじゃった」
レミリアの言葉に、咲夜とパチュリーが息をのんだ。
「どうして……」
「……長居しすぎたのかもしれないわ。帰りはかなりゆっくり歩いたし。たぶん、その時間に通る事になっていた蝶を踏んでしまったのよ。調査はしていたはずだけど、予定時間ギリギリだったから」
「パチェ、どうしよう!?あれ絶対に死んでたわ!」
咲夜が冷静に口を開いた。
「もう一度戻ってやり直しては?」
「仕方ないわね。そうしましょうか」
パチュリーも同じ提案をしようと思っていた。もう一度過去に戻り、レミリアが蝶を踏んだ時間までタイムマシンの中で待機する。そうすれば蝶を踏んだという歴史は再び修正され、もとの時代に帰還できる可能性が高い。試したことがないので成功するかはわからなかったが、そうするしかないように思えた。
「……なんとかなるのね」
レミリアは背もたれに深く沈んで、長い息を吐いた。
「まあたぶん。そういうことだから、もう一回行くわよ」
「はい」
咲夜は再び水晶に手を置いた。
しかし、いくら力を込めても何も起こらず、咲夜は怪訝そうな顔を浮かべた。
「パチュリー様、どうやら故障しているようです。ちょっと見てもらえますか」
慌ててパチュリーは水晶に手をかざした。確かに、力の流れ方がおかしかった。
「こんな場所が故障するなんておかしいわね。どこかの部品に過去改変の影響が出ているのかしら……」
「そんな!?戻れないってこと!?」
「きっと腰を据えて修理すれば大丈夫よ。ともかく今はここから出ないと……状況も把握しないといけないしね」
パチュリーはそう言って扉を開いた。
レミリアは後悔していた。やはり、時間を弄ぶなど、地に暮らすものには過ぎたことだったのだ。自分たちは、禁忌に触れるにはあまりにもうかつだった。
パチュリーによって開かれた扉の外は一見すると、いつも通りの紅魔館の大図書館だった。それだけでレミリアは大いに安心した。紅魔館自体が消滅してる可能性だってあったのだ。
三人はタイムマシンの外に出ると、それぞれあたりを見回した。
「ここは大丈夫みたいね」
「ええ、机に積んである本も同じ」
「いま時を止めて確認してきましたが、館内はチリ一つまでもとのままですわ」
咲夜の言葉に、レミリアはへたり込んだ。
「なんだ、なんともないじゃない……」
「それならタイムマシンもただの故障かもね。一応修理には取り掛かるけど」
「もう時間旅行なんて懲り懲りよ」
「レミィには次もついて来てもらうからね。同じメンバーで行かないと修正にならないんだから」
「ええー」
「本当に、何事もなくよかったですわ」
「ああそうだ咲夜。今朝の新聞を見せてよ。一応確認したいんだ」
「かしこまりました」
優雅に礼をして消えた咲夜は、一秒と経たずに再び新聞を手にして現れた。
「こちらでございます」
「ありがとう。あれ、今月号はカラーなのね」
「たまにやってますよ」
「そこは大きな問題じゃないわ。とにかく中身を読みましょう」
パチュリーに急かされたレミリアは緊張した面持ちで新聞を広げた。
まだ気は抜けなかった。紅魔館には変化がなくとも、幻想郷全体が大きく変わっている可能性もあるのだ。
普段は流し読みする文々。新聞をレミリアは丹念に読みこんでいった。ところどころの分からない漢字は咲夜に聞いた。
記事は地上に現れた地獄の妖精をインタビューしたものだった。読んでいくと、文章の端々で現れる幻想郷の様子や霊夢のドタバタぶりはいつも通りで、手に取るように思い浮かべることができた。
横から覗き込んだパチュリーが口を開いた。
「読んだ限りで言えば変わりないみたいね」
「うん。いつも通り霊夢はアホだ。あーよかった……」
少なくとも自分の生活圏内に大きな変化がないということがわかって、やっと心の底から安堵したレミリアは、図書館の椅子に深く腰掛け新聞をテーブルの上に放った。
咲夜は用済みになった新聞をしげしげと眺めた。
「それにしても目立つ格好の妖精ですねえ」
「うちの館によく合いそうだわ」
一面には、胸を張ってインタビューを受ける地獄の妖精、クラウンピースの写真が掲載されていた。
なんでも、地上の妖精と協力して霊夢に派手ないたずらを仕掛けたらしい。
クラウンピースは、交差する黄色い鎌と槌が描かれた、真っ赤な服を着ていた。
.
念を押すようなレミリアの問いかけに、パチュリーは自信満々に答えた。
「大丈夫よ。私達を脅かす野生動物なんてどの時代にもいないもの」
「そういうことが言いたいんじゃなくて」
「わかってるわ。過去改変のリスクでしょう?それも全員が私の指示に従って、十分に気をつければ問題ないわ」
パチュリーの傍らに立つ咲夜が補足した。
「パチュリー様と私で下見はしてきました。断言しますが、この世界は時間旅行の以前となんら変わりありませんよ」
「ならいいのだけれど……」
釈然としない様子のレミリアに、パチュリーが意地悪く笑った。
「もしかして、レミリア・スカーレットともあろう者が未知の旅に怖気づいているのかしら?」
「別に、ただちょっと心配しただけよ。乗らないわけないじゃない」
レミリアはタイムマシンに向き直ると、楽しげに口元を歪めた。
こんなに面白そうなものに乗らないという選択肢があるはずない。
レミリアを古の時間旅行へと突き動かすものは、個人的な好奇心と紅魔館当主としての野心だ。
遠い未来の出来事ならば、永劫に近い寿命を持つ吸血鬼の体でいつか目撃することになる。あるいは蓬莱人なら、その先を体験するだろう。しかしながら、過去に遡るということは、たとえ永遠に生きようとも並大抵のことではない。それだけ過去への旅というのは特別な体験で、成功すればそれを実行できる紅魔館の偉大さを知らしめることができるはずだった。それに、人類すら生まれてすらいない時代への旅というのは全ての幻想の根源の切れ端に触れるということだ。確実に、面白いことにはなるだろう。
レミリアは、パチュリーが開発したタイムマシン、『九炉ノス三号』の麓に足を進めると、その頂を見上げた。
広大な大図書館の天井に届かんばかりのその装置は、パイプがぐちゃぐちゃに絡まった住吉ロケットのようにも見える。パイプの蔦に咲く花のように、大きな時計や、点滅する電球、鈍く輝く勾玉などが雑多にくっつけてあって、見るものを不安にさせるが、その怪しさが頼もしくもあった。
「こんなものが時空間を自由に移動するとはね」
「咲夜が紅魔館に来てから、ずっとアイデアだけはあったのよ。ただ、材料がなかなか揃わなくて」
「いきなり羽をくれだなんて言われたときにはどうしたかと思ったわ」
パチュリーの当初の案では、運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットの羽も材料に含まれていた。結局レミリアに殴られたので当該部分は爪に置き換えられたが、それにしてもレミリアからすれば自分の爪を渡すのは気持ち悪かったので、暫くの間パチュリーを見る目はずいぶん冷たくなった。すっかり計画のこと以外は頭から消えていたパチュリーには全くこたえなかったが。
「心の底からあなたが欲しかったのよ」
「本心で言ってるから最悪ね」
「まあそれはそれとして、そろそろ行きましょうか。開けゴマ」
エアロックが解除され、空気を吐き出す音とともにパイプの壁の一部がスライドする。
装置の内部には、赤色の豪勢な椅子が3つ並んでいた。
「ああっ!私の部屋の椅子!勝手に持っていったわね!」
「だって乗り心地は大切でしょう?それにちゃんと咲夜には許可をとってあるわ」
「咲夜!」
「お嬢様はいつもベッドの上かバルコニーでお過ごしになりますし、あの椅子座らないじゃないですか。それに倉庫にも余りがちょうど二つありましたので」
「ううっ、まあいいけど……」
「ほら行くわよ。レミィは奥に座って」
パチュリーの指示に従って、レミリアが一番奥に、咲夜は中心、最後にパチュリーが手前側に座った。
「狭いわね」
「時空間圧縮装置がなかなか小型化できなくてね。これでも最大限にスペースは確保してあるのよ」
「ふうん。要改良ね」
「勝手に決めないでよ。こういう狭さも味があっていいでしょう?」
「貧乏性ねえ」
「……まあ、操縦席の良さはレミィにはわからないわよね」
「どういう意味よ」
レミリアはむっとして言い返したが、それっきりパチュリーは黙って起動準備を進めたのでレミリアの興味もそちらに移った。
パチュリーが屈んでは伸び上がり、時計のような計器類の隙間に所狭しと設置されたスイッチを淀みない手つきで押していくと、そのたびにあちらこちらの計器の針が右や左に振れる。暫くの間、スイッチを押していく小気味よい音と、何かが動き出す低い唸りが狭い操縦席を支配した。パチュリーは一通り操作を終えると、下から上に舐め回すように計器を確認していった。
「システムオールグリーン。咲夜、エンジンの始動をお願い」
「承知いたしました。空間の圧縮を始めます」
咲夜は、目の前の壁にはめ込まれた水晶に両手をかざして瞳を閉じた。
「咲夜が操縦するの?」
「残念ながら、私の魔法だけじゃ時空間操作はできないのよね。だから装置の始動には咲夜の力を使わせてもらう」
「へえ、咲夜はやっぱりすごいのね!」
レミリアは魔法で代替することのできない従者を鼻高々に誇った。
「どうして神や妖怪でもない人間にこんな力があるのか不思議だわ」
「そりゃ私の従者だからよ」
「お褒めに預かり光栄なのですがお二人とも、少し集中させてくれませんか」
目を閉じた咲夜の眉間にわずかに皺が寄っていた。済ました顔ばかりの咲夜には珍しいことだ。相当に神経が張っているらしい。
「ごめん……」
レミリアは申し訳なさそうに縮こまった。普段レミリアがこのように謝るのは間違えて使用中の厠を開いてしまったときくらいである。どうでもいい。
「それでは行きますよ!」
仕切り直した咲夜が掛け声を上げると、乗員たちを座席に押し付けられる強烈な力が発生した。次第に装置の各所から薬缶が湧くような音と振動が高まってゆく。やがてそれらは巨大なひとつのうねりになり、最後に雷の轟くような爆音が響いた。そのあとで、乗員たちは見えない力から解放された。
「着いたの……?」
「咲夜、どう?」
「ええ、成功です。ここは過去の世界。二億年前の地球ですわ」
「パチェ!はやく扉を!」
レミリアは目を爛々と輝かせて咲夜の膝の上に身を乗り出した。
「はいはいわかってるわ。それより、乗る前に言ったことは覚えているわよね?」
「ええ、必ず指示に従うこと、でしょ?」
「そう。いい?『指示に従う』って言うのは、私がそこを歩けって言ったらそこを歩いて、それ以外の場所には絶対に足を踏み入れないってことで、私が服を脱げって言ったら即座に服を脱ぐって言うことなのよ」
「……そんなことするの?」
「……たぶんしないけど、そのくらいの気持ちでやって欲しいってこと。咲夜もわかってるわよね?今だけはレミィの命令よりも私の命令が優先よ」
咲夜は目の前にあるレミリアの頭を意に介さず頷いた。
「はい。承知しております」
「それじゃ、今から透明化の魔法をかけるわ。野生動物の行動に影響を与えるのが一番まずいからね。それと、動物や植物に絶対に触れちゃだめよ」
「なんでよ。殺すならまだしも、それぐらいいじゃない」
「だーめ。あなたなら知っていると思うけど、過去の一つの事象の影響は際限なく広がっていくのよ。数億年前に起こった出来事なら、どんな些細な出来事でも私達の時代に影響を及ぼす可能性があるわ。一匹のネズミの進路を変えるだけで結果的にそのネズミを殺し、その子孫の数億のネズミが生まれず、ネズミを捕食して生きる種が飢え死に、それを狩る人間が飢え死に、死んだ人間の数千人の子孫が生まれず、一つの文明が消滅し、現代の神や妖怪がまったく変わってしまうなんてこともあるかもしれないのだから」
「……わかってるわ。確認しただけよ。それにしても、そこまで慎重になると外に出られないんじゃないかしら」
「私が足場を作るから、その上を歩いてくれれば問題ないわ。そこは太陽光も遮断されてるし、前後三十分で生物がほとんど通らないポイントでもあるの。気流も制御するから、私達の呼吸や話し声も全く外にもれない。他にもあらゆる方法で私達の存在を希釈するわ。そうやって万全を期せば、現代にほとんど全く影響を出さずに時間旅行を楽しむことができるのよ」
「つまりパチェに従えば大丈夫ってことね」
「そういうこと。今から魔法をかけるから、そこに座ってじっとしてて」
レミリアが座席に座りなおすと、パチュリーは足元に積んであった魔導書を開き、呪文を詠唱した。
「これで終わった」
「あれ、透明になってないけど」
「私達どうしは見えるようになってるの。あまり時間がないことだし、さっさと行くわよ」
「いよいよね」
レミリアは声を弾ませて、動き出す脚を抑えきれないと言った様子で立ち上がった。
「楽しみですね」
咲夜は調査のために何度もこの時代のこの場所には来ていたが、自分たちで整えた舞台に主がどう喜んでくれるのかを想像するだけで頬が緩んだ。
「開けゴマ」
古典的な呪文とともに、扉のエアロックが解除される。
目の前に、半透明に浮かぶ魔法の足場が伸びていた。通路の外側の腐葉土には、激しく生い茂る密林の間から点々と力強い木漏れ日降り注いでいる。
パチュリーが一歩目を踏み出した。
「お互いが一メートル以上離れないようについてきて。それと、この足場から絶対に足を踏み外さないこと。微生物を踏んだらことだわ」
「りょうかーい。どっちにしろ、太陽光があるから出られないけどね」
パチュリーの後ろをレミリアも歩き始めた。その後ろを、日傘を持った咲夜が続く。
「すごい……」
レミリアの口から、思わず驚嘆の声が漏れる。
目に映るものすべてが巨大だった。現代の地球よりも濃密な酸素があらゆる動植物を巨大にしているのだ。やけくそのような密林の木の葉は一枚一枚が鬼の掌よりも大きく、その間に伸びる木の幹は紅魔館の柱よりも太く、近くを飛ぶ虫たちは現代と似たような姿をしているものが多かったがやはりどれも巨大だった。
「この先でもっとすごいものが見られるわよ」
パチュリーはそう言うとさらに歩みを進めた。レミリアがその後ろをあちらこちらに視線を泳がせながらついて行く。徐々に鳥たちのさえずりが減り、ついにはあたりの静寂を埋めるものは三人の足音と木々の擦れる音だけになった。
一行は霧の中に足を踏み入れた。
「レミィ、足元に気をつけてね」
「ええ」
レミリアは言われた通り、足元を注視しながら霧の中を歩いていた。いつの間にかあたりは風もなく、水を打ったように静まり返っている。真っ白な視界の中で、なにかが出てくるような予感ばかりが強くなっていた。
突然、おぞましい獣の唸り声が聞こえた。
反射的に顔を上げたレミリアの目の前に突然姿を表したのは、見上げるほどに大きな獣だった。全身を硬い皮で覆い、その下では絶えず力強い筋肉が脈動していて、両手の爪はまるで鋼鉄のようだ。口元からちらつく牙は、今まで見たどんな動物よりもたくましく、抑えきれない食欲で濡れていた。どこを目指しているのか、鋭く絞られた眼光で絶えず用心深くあたりを見渡しながら一歩ずつ大地を踏みしめている。
「これは……」
「ティラノサウルス。太古の支配者」
パチュリーのやや大げさな説明に、レミリアは満面の笑みを浮かべた。
「すごいわ!パチェ!まさかこんなものが見られるなんて!」
「バカ!声が大きいわ!」
「パチェが遮断しているんでしょう?」
「ある程度はね。このくらいなら大丈夫だと思うけど……」
レミリアは嫌な予感がしたので、ティラノサウルスに振り返った。すると、その恐ろしい双眸がまっすぐに一行を見つめていた。
「見えてない……はずよね」
「ええ、見えてないわ」
「じゃあなんでアイツはこっちを見ているのかしら」
「知らないわよ。レミィが大きい声を出すからじゃないの」
「だって遮断してるって」
「そのはずだけど、もしかしたらわずかな漏れがあったのかも……でも下見のときには……」
「どうするのよ」
レミリアは静かに声を荒げた。
想定外なことに、吸血鬼としての強大な存在感、つまり妖力やオーラのようなものがパチュリーの魔法の僅かな隙間を抜けて、鋭敏な感覚を持ったハンターに気配を感じさせたのだった。
パチュリーは冷静に指示を出した。
「落ち着いて、ゆっくりと引き返すのよ。決して音を立てずにね。あと咲夜、わかってると思うけど時間を止めちゃだめよ。タイムゲートが歪むからね」
「了解です。お嬢様、行きましょう」
三人は一歩一歩、忍び足でタイムマシンに向けて歩き始めた。荒い呼吸音を背にすると、いつこちらに飛び掛ってくるかと気が気でない。別にティラノサウルスが恐ろしいわけではない。その強靭な牙や爪よりも、はるかに歴史を改変してしまうことが恐ろしかった。すでにティラノサウルスの足を止め、進路を変更してしまっている。これ以上歴史を改変すると、自分たちの存在が消えてしまうことだってありえた。
タイムマシンの手前まで進んだところで、三人の最後尾を歩くレミリアは歩みを止めて振り返った。背後に見えるのは、様々な緑色と、深い霧だけだ。ティラノサウルスは追ってこなかったらしい。この分なら無事にタイムマシンまで帰ることができるだろう。レミリアはほっと安心して、再び歩きだした。
そのとき、ヒールが何かを踏んで、レミリアはむにゅりという不快な感覚に顔を歪めた。
恐る恐る足をどけると、そこにいたのは赤褐色の羽をした、巨大な蝶だった。
蝶の太い胴体は無残にもヒールによって分断され、どう見ても死んでいた。レミリアの背中にじっとりと冷や汗がにじむ。
パチュリーの言葉が頭の中でリフレインしていた。一匹の鼠が死ねば、文明が滅ぶかもしれない。一匹の蝶が死ねばどうなるだろうか――
魔法の足場が徐々に透明度を増していた。消える前兆のようだ。どうやら長居が過ぎたらしい。
「お嬢様、はやく!」
タイムマシンの中から、咲夜が押し殺した叫びでレミリアを呼んだ。はっとして、レミリアは小走りでタイムマシンに乗り込んだ。すぐさまパチュリーによって扉が閉じられる。
「ふう、なんとかなったわね。あのくらいの誤差なら、因果の揺り戻しでどうにかなるでしょう。戻るわよ」
「はい。準備ができたら合図をお願いします」
来たときと同じようにパチュリーがタイムマシンを始動にかかり、それから咲夜が力を流し込むと、三人は再び時を超え、紅魔館への帰路を渡った。
しばらく続いた振動が収まったあと、咲夜が自らの内側に流れる時間の感覚で年月を確認する。
「大丈夫です、元の時代、元の位置に戻れました」
「全員無事ね……一時はどうなるかと思ったわ」
「ちょっと待って」
エアロックを解除しようとするパチュリーの手を、レミリアが止めた。ただでさえ白いその顔はこわばっていて、本当に死体になってしまったように青白かった。
「あのね、パチェ……」
「なに?初めて見た恐竜に腰が抜けちゃったのかしら?ふふふ」
「えっとね、怒らないでほしいんだけど」
レミリアのただならぬ雰囲気を察したパチュリーが険しい顔をした。
「……言ってみなさい」
「ちょうちょ、踏んじゃった」
レミリアの言葉に、咲夜とパチュリーが息をのんだ。
「どうして……」
「……長居しすぎたのかもしれないわ。帰りはかなりゆっくり歩いたし。たぶん、その時間に通る事になっていた蝶を踏んでしまったのよ。調査はしていたはずだけど、予定時間ギリギリだったから」
「パチェ、どうしよう!?あれ絶対に死んでたわ!」
咲夜が冷静に口を開いた。
「もう一度戻ってやり直しては?」
「仕方ないわね。そうしましょうか」
パチュリーも同じ提案をしようと思っていた。もう一度過去に戻り、レミリアが蝶を踏んだ時間までタイムマシンの中で待機する。そうすれば蝶を踏んだという歴史は再び修正され、もとの時代に帰還できる可能性が高い。試したことがないので成功するかはわからなかったが、そうするしかないように思えた。
「……なんとかなるのね」
レミリアは背もたれに深く沈んで、長い息を吐いた。
「まあたぶん。そういうことだから、もう一回行くわよ」
「はい」
咲夜は再び水晶に手を置いた。
しかし、いくら力を込めても何も起こらず、咲夜は怪訝そうな顔を浮かべた。
「パチュリー様、どうやら故障しているようです。ちょっと見てもらえますか」
慌ててパチュリーは水晶に手をかざした。確かに、力の流れ方がおかしかった。
「こんな場所が故障するなんておかしいわね。どこかの部品に過去改変の影響が出ているのかしら……」
「そんな!?戻れないってこと!?」
「きっと腰を据えて修理すれば大丈夫よ。ともかく今はここから出ないと……状況も把握しないといけないしね」
パチュリーはそう言って扉を開いた。
レミリアは後悔していた。やはり、時間を弄ぶなど、地に暮らすものには過ぎたことだったのだ。自分たちは、禁忌に触れるにはあまりにもうかつだった。
パチュリーによって開かれた扉の外は一見すると、いつも通りの紅魔館の大図書館だった。それだけでレミリアは大いに安心した。紅魔館自体が消滅してる可能性だってあったのだ。
三人はタイムマシンの外に出ると、それぞれあたりを見回した。
「ここは大丈夫みたいね」
「ええ、机に積んである本も同じ」
「いま時を止めて確認してきましたが、館内はチリ一つまでもとのままですわ」
咲夜の言葉に、レミリアはへたり込んだ。
「なんだ、なんともないじゃない……」
「それならタイムマシンもただの故障かもね。一応修理には取り掛かるけど」
「もう時間旅行なんて懲り懲りよ」
「レミィには次もついて来てもらうからね。同じメンバーで行かないと修正にならないんだから」
「ええー」
「本当に、何事もなくよかったですわ」
「ああそうだ咲夜。今朝の新聞を見せてよ。一応確認したいんだ」
「かしこまりました」
優雅に礼をして消えた咲夜は、一秒と経たずに再び新聞を手にして現れた。
「こちらでございます」
「ありがとう。あれ、今月号はカラーなのね」
「たまにやってますよ」
「そこは大きな問題じゃないわ。とにかく中身を読みましょう」
パチュリーに急かされたレミリアは緊張した面持ちで新聞を広げた。
まだ気は抜けなかった。紅魔館には変化がなくとも、幻想郷全体が大きく変わっている可能性もあるのだ。
普段は流し読みする文々。新聞をレミリアは丹念に読みこんでいった。ところどころの分からない漢字は咲夜に聞いた。
記事は地上に現れた地獄の妖精をインタビューしたものだった。読んでいくと、文章の端々で現れる幻想郷の様子や霊夢のドタバタぶりはいつも通りで、手に取るように思い浮かべることができた。
横から覗き込んだパチュリーが口を開いた。
「読んだ限りで言えば変わりないみたいね」
「うん。いつも通り霊夢はアホだ。あーよかった……」
少なくとも自分の生活圏内に大きな変化がないということがわかって、やっと心の底から安堵したレミリアは、図書館の椅子に深く腰掛け新聞をテーブルの上に放った。
咲夜は用済みになった新聞をしげしげと眺めた。
「それにしても目立つ格好の妖精ですねえ」
「うちの館によく合いそうだわ」
一面には、胸を張ってインタビューを受ける地獄の妖精、クラウンピースの写真が掲載されていた。
なんでも、地上の妖精と協力して霊夢に派手ないたずらを仕掛けたらしい。
クラウンピースは、交差する黄色い鎌と槌が描かれた、真っ赤な服を着ていた。
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労働者の鎌になんということを!
親愛なる同志にはモスクワ旅行をプレゼントしよう。
蝶1匹で世界の趨勢がここまで変わるか
何かの拍子にすべてを知ったらお嬢様どうなっちゃうんでしょうかね
ただただ、お見事!