人の世は なべて散るべし 花なれば 憂しも辛しも 由無しことや
花が咲いている。
事の発端は、永遠亭に居着いているイナバ達の大騒ぎ。
なにごとかしら。そう思って縁側から外を覗いて、初めて輝夜はその現象に気が付いたのだった。
都を遠く離れた、鄙びたこの土地、霧の立ち込める幽邃の竹林。全てを遠ざけ、ひっそりと暮らすようになって、もうどのくらいになるのだろう。知る方法は無い。時間の流れから隔離された屋敷が、永遠亭だ。ただ、屋敷の外では、知らない間に季節がおかしなことになっていた。
いつもと違った景色に、イナバ達は大騒ぎの大はしゃぎ。まるまるとしてふわふわとしたイナバ達が、ぴょんぴょんと跳ね回っている。形も丸いので、ひとりでに跳ねる不思議な毬のよう。
いったい何の騒ぎなのやら。
知らないことや分からないことは、天才で完璧な従者に質問するに限る。
すると、緩く編み込んだ銀髪を揺らし、永琳は首を横に振った。輝夜の質問がまだ途中だと言うのに、迷いの無い即答だった。永琳の頭脳は常に冴え渡っている。
「姫の御耳に入れるような事では御座いません」
玲瓏な美貌を微かに翳らせて、そう一言。
畏まった態度に、永琳の判断を知る。それは事実、姫君を煩わせるようなことではないのだろう。
しかし、そうは言っても。
イナバ達が騒いでいる原因は気になる輝夜なのだ。
飽きずに大騒ぎしてぴょんぴょんと跳ね回るイナバ達を宥めながら、輝夜は屋敷の外へと目線を上げる。
風に巻かれて不規則な弧を描く花弁が、次々に視界を横切っていき、その様は途切れることがない。
百花斉放。まさしく、その言葉通りの世界。季節の区別なく千々に咲き乱れた花々は、思い思いの色を激しく主張している。花に口があれば、さぞや、喧しい口論になっていることだろう。
「…………」
何か引っ掛かるようなものを感じるものの、その正体は分からない。
この日はおとなしく、捕まえたイナバを腕に抱えて、何も起こらない永遠亭の内部へと戻った。
後日。輝夜は脱走を試みた。
毬のようなイナバの中から、一際キリッとして精悍な顔付きの猛者を栄えあるお供に選出して、永遠亭の外に出る。
少し歩みを進めた所で、普段は見る機会の無い永遠亭の外観を拝んでおこうと何気なく振り返り……言葉を失った。数秒、硬直してしまう。
後ろには、花咲く竹林の景色だけ。たった数歩の距離を離れただけで、永遠亭は影も形もなくなっている。仕掛けは十全に機能しているらしい。
一つに、迷いの呪い。
広大な竹林はそれ自体が一つの巨大迷路。永遠亭も何処かに位置しているはずだが、その正確な座標は永琳でさえ把握できているかどうか。
二つに、永遠の魔法。
一切の変化を阻む結界は永琳が調整を施したものであり、材料を提供しただけの輝夜は詳細を聞いていない。
つまり何と言うべきか、迷子になったら確実に帰れないだろうこと請け合いだ。どちらの術も、単独での突破は無謀にも程がある。
「……ねぇ、イナバ。貴方なら道は分かる?」
ふわふわでまるまるのイナバに救いを求める。
キリッとした表情が、輝夜を見返した。頼りになるかと言うと、だいぶ不安。
「行きましょうか」
目的地も無い、ただの散歩。だから、別に道が分からなくとも困らない。帰り道の心配は後でしよう。こんなにも花が咲いているのだから、縁側で歌を詠むだけでは味気無かった。
この日、いつもは白く暈けている霧は晴れていた。
肌に触れる空気は微かな冷たさを帯びている。季節は冬の入り口だろうか。恐らくそうだろうとは思うけれど、本当のところは分からない。なにせ、季節を感じるのは肌の触覚だけだ。目に映るもの、吸い込む匂いにも、春の花、夏の花、圧倒的に豊かな色彩が津波のように押し寄せてくる。結果、四季の気配は混然一体となって、時の移ろいを知る由もない輝夜を惑わせる。
竹林に有り得ないはずの花畑の中を、様子を窺いながら歩いていく。
風が吹く度に目まぐるしく色彩が移り変わる千変万化の景色は、幻灯機による賜物か、万華鏡の中心に迷い込んだのかと錯覚する。
百花繚乱。千紫万紅。花の咲いていない場所を探す方が難しいほどに、世界は花で埋め尽くされていた。風が吹き抜ける度、驟雨のように、色彩々の花弁が舞う。
幾重にも、幾重にも、
はらはら、ひらひら。
誰かが巨大な花籠を引っくり返して、中身をばら撒いたようでもある。しかし、これは全て、咲いている花から風に散ったものだ。噎せ返る程に濃い花の香りは、何事かを訴えているようでもある。
溜め息を禁じ得ない、そのはずの光景。それなのに、何故? 何故、感慨がさほどでもない?
またと無い光景だ。美しいはずだ。そう考えて、そう思おうと、努力する。しかし空しい努力では本心を誤魔化せない。
咲き誇る花は美しい。だが、醜悪だった。
…………
……………………
緩慢な足取りを進めていると、妙に小ざっぱりとした更地に出た。
強く一陣の風が吹いて、視界を覆ってしまえる量の花弁が舞った。花弁が次々に顔を叩く。こうなると驟雨どころか吹雪のようだ。やがて目を開けた時、輝夜は知らない場所に迷い込んでいた。
焼け焦げた臭気が、空気に混じっている。
そして、ここは……
「……廃村?」
呟く声に反応するのは、傍らのイナバだけ。肌寒いものを感じてイナバを抱き締める。だむだむとよく跳ねる弾力のある体は温かい。
懐かしい思い出を想起させる小さな村落に、輝夜の胸の内はざわつく。
焼け落ちた村だ。崩れた木材や、家屋の基礎の痕跡が、あちらこちらに点在している。一つとして無事な建物は無い。
恐らく、幻影や幻覚の類いではない。この場所は本当に、竹林の一角にできた小さな空き地の中に、空間の縮尺を無視して収まっている。
「誰かー、いないのかしらー?」
呼び掛ける声が、むしろ空虚さを掻き立てる。
「……いない、のね」
しばらく待ってみたが、返事は無かった。熱は粗方が冷めてはいるとは言え、廃村の様子は、黒く焼け焦げた家屋に火の舌がちろちろと残っているような有様だ。逃げ遅れた人がいる可能性は捨てられない。しかしその望みが極めて薄いことを察しつつも、人の姿を探して、既に終わった光景の中を進んでいく。
ふと、臭いが着物に移ってしまわないかと頭を掠めるが、輝夜が予想した種類の胸の悪くなる激臭は漂っていない。その発生源となる物も見当たらなかった。生々しいそのものの光景ではなく、ある種の抽象化された空間であるのかも知れない。安堵を、覚えるべきだろうか。
それにしても、何があったのだろう。
竹林の中にぽっかりと開けた廃村の存在。そして、夥しいまでの異常な花。
冷静に観察して気付いたことがある。吹き飛ばされたような家屋の崩れ具合は、ただの小火ではこうはならないはず。半ば以上が消し炭と化している。爆風じみた衝撃を伴う火勢に晒されたとしか考えられなかった。妖怪、またはそれに準ずる者の仕業と見て間違いないだろう。
わざわざ好んで遭遇したいとは思わない。ならば探索は控えるべきとは分かってはいても、引き返す道の方が分からなかった。後ろを振り返っても、もう通常の竹林すら見えない。
「よしっ。行くわよ」
輝夜が覚悟を決めると、イナバも凛々しい表情をしたような気がした。
本当にどの方向を見ても花だらけ。そこにあるのはそれぞれ一輪の花ではなく、ただ咲き乱れる花々という群体であって、暈かして描いた水彩画のように霞んで見える。他に何か、と視線を巡らせても、目新しい発見は無い。
しいて言うのであれば、燃え跡に群生する花が目に付いた。
廃村の中にも花は咲いていたのだが、その花は、未だ燻る燃え跡に咲いている。
クルマユリか、オニユリか。いや、それにしては大きさが異様だ。大体にして、こんな場所に咲く花が尋常の花であるはずがない。黄色に縁どられた赤い花弁は、苦しむように捻じれている。その姿はまるで、炎に炙られもがき苦しむ人間のようだ。
……それだけだ。歩いてはみたが、手掛かりらしい手掛かりは見付からなかった。
大した時間も要さずに、輝夜は廃村の中を一通り練り歩いてしまった。これでも輝夜は野山を駆け回っていた健脚。足が疲れることもない、ささやかな冒険だった。無邪気に暮らすことのできたあの頃の生活は、月日以上に遠く、ただ懐かしい。
何の物音もしなかった。
しかしイナバは何かに気付いたようで、輝夜の腕から飛び出し、何も見えない空間に体当たりを仕掛ける。咄嗟に動けない輝夜は、固唾を呑んでイナバの武運を祈る。
まるまるでふわふわだけれども、これでもイナバは妖怪兎。赤い眼には、月の兎の何分の一かの狂気が宿っている。だからそう、少しくらいは頼りに……
……頼りになると思っても、別に良いんじゃないかなぁ、とかって。
ぽよんっ。
そんな幻想の音さえ聴こえる衝撃で、イナバは、忽然と姿を現した幼い少女の手に抱き止められていた。
相変わらず、無数の花弁が風に舞い躍っていた。
その花吹雪の中で、ひと際、可憐な花が一輪。
何故ここに、いつから、いるのか。馬鹿馬鹿しい質問だ。
てゐなら、
「いつからと仰るのでしたら、最初から」
そう。そのように答えるだろう。
イナバがぴょんぴょんと、てゐの手を離れて戻って来た。一仕事を終えたような、どことなく満足そうな表情をしている。実際の所、姿隠しの幻覚を見破るなんて、働きとしては上出来の部類。
「ごきげんよう、姫様。浮かない顔をしていらっしゃいますね」
てゐは、すうっと目を眇めて微笑んだ。
細められた目の奥から覗く、赤い瞳。その赤色が、いつにも増して赤黒く澱んでいるように思えた。眼差しの質が、悪趣味なのだ。
「……貴方は、楽しそうですね」
柳眉を顰めて、輝夜。
「ええ、それなりに。あと姫様、私に敬語はおやめください」
にこりと微笑んでみせる仕草に、柔らかく波打った黒髪が揺れる。その様は、ぱっと咲いた花がそよ風に揺れるかのよう。白く、いちしろく。輝夜の目には、今まさに咲き誇るどの花よりも、少女の姿が可憐に映った。可憐の意味を問われれば、輝夜はこの少女のことを例に挙げ、そのまま解答とする。
あどけないかんばせ。危うい程に華奢な体躯。庇護欲と嗜虐欲を同時に煽る、あざといまでの非力さ。常に微笑を絶やさない愛らしさまでも。まさに可憐の概念を体現したような少女。輝夜も鏡を見たことがあるが、そこに映っていたのは容姿が整っているだけの娘だった。輝夜は一度たりとも少女のように完璧に微笑んだことなど無いし、これから先も不可能だろう。
今日のてゐは、いつもの白いワンピースドレスではなく、黒い服を着ていた。暗鬱な印象の黒い服は……この時代、まだそれは一般的でないとは言え、快い連想をさせるものではない。しかも、艶やかではあるが光沢を消した布地に、シンプルなデザイン。てゐは、こんな趣味だったろうか。輝夜はそれが引っ掛かっていた。
「今日は白い衣裳ではないのね」
「たまには、良いものでしょう?」
くるっと、白くない白い少女はその場で一回転してみせた。
黒いスカートが合弁花のように膨らんで翻る。甘い芳香が漂ったのは、気のせいではないのだろう。
それから二、三の質問を。
「ここは、何処なの?」
「ご安心ください。ちゃんと竹林の中ですよ。誰も貴方を見付けられないし、貴方自身も出られない」
「貴方は何かしてくれる?」
「姫様のお願いごとでしたら、何なりと。まあ、今回に限ってはその必要は無いでしょうけどね」
少し押し黙った後、輝夜は核心を問う。
「花が、咲いているわね。イナバ達も騒いでいるし。これは、何が起きているの?」
「六十年で一巡する死と再生のサイクル。に付随する別の現象ですね。少量なら以前からもあったものですが、このように全体的な規模で見られるようになったのは、妖怪のための結界が張られてからになります。幻想郷、もとい、その名の付く以前からこの一帯が元来より備えている能力を意図的に強調した、その後のことですね。つまり概要としては、外のものがこちらに流れてくる神隠し現象の一環とも言えます。ですので、更に大きな結界を張れば、六十年周期の開花現象も拡大するでしょう。また、年度毎に差もあります。今年は中々に見事なものですね。壮観です」
それにしても、この辺りには渡し守がいないんですかねぇ。
呆れた風に、てゐはそう付け足した。
それは恐らく、明確な解答だった。が、直截的な答えに、仔細な情報まで添えておきながらも、輝夜が知りたい肝心な箇所だけを、てゐは意図的に外している。つまりは、質問には答えているが、質問にだけ答えているため、質問に含まれていない輝夜の疑問には答えていない、というわけだ。
輝夜が渋面を作ると、てゐはくすくすと悪戯っぽく微笑む。解答を口にせず、仄めかすか示唆するだけ。最適解を代行し完遂までしてくれる永琳とは違い、てゐは、思考を停滞させたままでいることを許してはくれない。
「この花は、何なの?」
「ふふ、何でしょうね? 尊いと言えば、何よりも尊いものと、そう声高々に主張する者もいます。でもまあ、実際には取るに足らないものですよ。それは、いとも簡単に失われますから」
その他、更に重ねた質問に、てゐは簡潔に答える。
「竹の花も咲いているけれど」
薄く黄緑色に色付いた、目立たない花を指差す。
竹の花は細い穂の先に、ぱらぱらと散って、音も無くひっそりと咲いていた。線香花火よりも慎ましい。
「それは普通の竹の花です」
とのことで。
「永琳がね、私の気にするようなことじゃない、って」
「珍しく、まともな発言ですよね。まあ確かに、姫様がお気に病むような事柄ではないですから」
少し、首を傾げて。
「そうそう、あの侍女が姫様を探していましたっけ」
「だいじょうぶなの……?」
「言いくるめてあります。どうぞごゆっくり」
「じゃあ、もう少し散歩していても、構わないの?」
「もちろんです」
特に問題は無い、と。この現象は、危険を伴うものではないらしい。
「本当に、ここは何処なの? 竹林なのは分かるけれど」
「廃村だと、姫様も仰っていた通りですよ」
「もう少し詳しくお願い。集落だったこの場所で、何があったの?」
てゐは、やはり輝夜には分からないように核心を外して答える。
「さて? 私も直接は見ていませんからね。人間と区別せずに妖怪を退治したか、それとも村人の方から不審な流れ者を襲って、返り討ちにあったか。もしくは、単純に苛立っていたのかも知れません。まあ、どうでもいいですね。ともかく住人は全滅でしょう。認識されなくなるということは、忘れられるということに言い換えられますから、こちらに流されやすくなります。村がここにある理由は、そんなところです」
「……村を、何者かが焼いたのね? そいつは、まだ近くにいる? いいえ、ここに来ている?」
「お目に掛けられますよ。小鳥みたいなものです。姫様のお気に召すと良いのですけれど、如何致します?」
「やめておくわ」
自分でも何故そう答えたのか分からない即答だった。
予感めいたものが、あったのだろう。
「そですか? 残念です。じゃあ、また今度にしましょうね」
残念と言う割には、含み笑いが滲んでいる。
それにしても、また今度、などと。時間の経過を意識させる言葉は皮肉だろうか。
「ところで補足ですが、村で起きた出来事は、花を咲かすものの総量と比べれば微々たる影響で、大きな発生源は、また別のことかと。ちなみに現在は室町時代末期から、いわゆる戦国時代へかけての過渡期です。一向一揆とか、盛んなみたいですね」
そうして、質問は尽きた。
もう話を逸らせないし、目も背けられない。
今、何が起きているのか。何故、花は咲いているのか。
本当は、分かっているとも。
「姫様は、十全に理解しておいでなのでしょう? そうであればこそ、尊いはずのそれの美しさを求めて、屋敷を飛び出されたのでしたよね。お望みの答えは見付かりましたか?」
見付かってなどいない。ただ、どう足掻いても花を美しいと思えないという、どうしようもなく高貴で残酷な己の本性を見つめ直しただけだった。
「……いいえ、姫様でなくとも気持ち悪がると思いますよ? 嫌悪感混じりに遠ざけるくらいなら普通の反応です。ましてや、この量ですから」
「かも、知れないわね」
輝夜は、花を美しいと思わない。思おうとしても、思えない。事実ただの一度として、咲き乱れる花を手に取ってみようとはできなかった。子供だった頃には触れられたものを、今、触れられない。それがひどく寂しかった。
野に咲く花の愛おしさ。無邪気だった在りし日々。あの老夫婦との粗末なあばら家の暮らし。最も得難い宝物として胸の裡に仕舞った数々の輝きを、どうして忘れてしまったのだろう。もう、胸に手を当てても、心に似た何かの形は見当たらない。いつ、失くしてしまったのだろう。迷路を歩いて探せども、結局、何も見付からなかった。
今の輝夜の目に映る景色は、想い出とはあまりに隔たり過ぎていて、戻らない過去の憧憬は、記憶からも掠れて消えた。
何も言えないまま俯く輝夜の足元に、心配するようにイナバがすり寄ってきた。しかし輝夜には、ぎこちなく笑顔らしき表情で頷き返すのが精一杯だった。
花は醜い。けれど本当に醜いのは、そう感じてしまう自分ではないのか。
ずっと思っていたのだ。何故、こんな自分が美しいと持て囃されるのか。
「私は、罪人です……! 私なんかが姫であったばかりに……こんなことに……!」
誰に対しての懺悔なのかも分からない。自罰の処方も分からない。
「ごめんなさい……今日だって、永遠亭から、出なければ良かったのよ」
そうだ。永遠亭の座敷に閉じ込められていれば良かった。
あるいは少し前、月宮殿の寝室に閉じ籠ったままでいれば良かった。
そうしたら、こんな後悔はせずに済んだのに。
月から見た地球は青く、遠くから眺める分には綺麗だった。だから愚かな娘は、間近で見ると、こんなにも穢らわしいものだとは思わなかった。今にして思えば、なんて浅はかな勘違い。だが見当違いな空想は留まる所を知らなかった。せめて勘違いで終わらせていれば、まだしも救いはあっただろうに。今や不当な憧れの形も忘れ、目的すら不明になった愚挙のために多くを犠牲にした。月を見限り、地上の暮らしからさえ逃げて、その果てに今一度、自分の本性は高貴な姫君でしかないのだと思い知った。いったい、何がしたかったのか。
分相応というものがある。弁えるべきだった。お姫様はお姫様らしくしているべきだった。
そう理解して、絶望が形を失くす。後に残るのは、脱力感だけ。
「悩み抜いた末の結論がそれですか。まあ、この時点では無難な落とし所ですね」
哀れみも呆れもせずに、てゐは言った。
責めているわけでもなく、ただ静かに、深紅の瞳は凝っと輝夜を見つめている。
「……我がままに付き合ってくださったことには、感謝します。もう充分です。帰してください」
「あ、そう……はい、かしこまりました」
輝夜の言葉にほんの少しだけ目を細めると、てゐは軽く手を振った。村落の燃え跡の風景は、あっけなく風に溶けて消える。
気が付けば、迷い込んだ時と同じように、輝夜はいつの間にか、竹林の元の場所に立っていた。輝夜の感覚からも、あっという間に現実味が失われていく。終わってしまえば、確かに現実と思ったはずなのに、白昼夢でも見ていたかのようだ。
「そうそう。この花ですけどね。一応、言っておきましょうか」
ほんの気まぐれで、てゐは花の一本を手折った。
種明かしのように、しかし始めから分かっていたことを、喪服を思わせる黒いドレスを着た少女は、とびきりの甘い声で囁き始める。何が、花を咲かせているのか。
尊いと言えば、何よりも尊いもの。そう声高々に主張する者もいる。
しかし実際には取るに足らないもので、永琳の言う通り、蓬莱山輝夜が気に掛ける価値など無い。
輝夜が花について訊ねたあの時、滅多に表情を変えない永琳が、たとえ微かにでも嫌そうな顔をした理由がそれだ。疎んじたのだ。永琳にしてみれば、こんなことは貴い姫君に触れさせて良いものではなかった。この花々は穢れている。
地上とは甚だしく残酷な場所である。
輝夜には、花の咲く理由が分かっていた。分かっていながら、頑なに目を逸らしていた。この花が咲くのは、哀しいことなのだ。あまりにも多くの花が咲いている現実は、正視するには堪えない。てゐは理解した上で愉快がっているが、それは魔性だ。本来、この光景は手放しに美しいと言って良いものではない。断じて、だ。
哀しい。それは分かる。頭で考えて理解できる。けれどそれは、心で感じた本当の哀しさではなかった。所詮、輝夜は花が咲くことを、さほど哀しんではいないのだから。
醜くも愛おしく、それでいて決して美しくなどないもの。
尊いと言えば、何よりも尊い。けれど、例えば神様の気まぐれで手折られる花のように、いとも簡単に失われる程度に儚く、取るに足らないもの。それは────
「────人の命、ですよ」
くしゃり。
花は、あっけなく小さな手の中で潰れる。
赤い花弁が、血の代わりのように指の隙間から零れた。
でもあなたの作品のてゐは迷いの竹林みたいなものなんでしかたないのかもしれませんね
このてゐのずれっぷりは好きなんだけどちょっとぐらい正面方ガツンと当たりあってる姿が見たいような、
それはこのてゐの不思議さを損ねちゃいそうだから見たくないような
あんまりこまめに創想話を覗いてないけど、あなたの名前は見かけたら読むリストに入ってるぐらいにはあなたのてゐの書くてゐは大好きです
他のキャラも勿論好きですけど、最近ご無沙汰の鈴仙がちょっと恋しくなってきました
霊なんて幻想郷では耐性ありそうなもんだけど
こうも咲き誇られるとゾッとしますわね
一般的に見れば綺麗と形容される花を、ここまで不気味に描くその描写力に脱帽。
よくあるラノベやアニメ的な中二キャラなんでしょうけど凄味を感じる
大人向けな中二キャラというのは新たなジャンルとして開発できる余地はあると思う