Coolier - 新生・東方創想話

妖夢の理論

2016/10/29 18:09:13
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「妖夢、300銭あげるから、人里に新しくできた和菓子屋でお団子を3つ買ってきてちょうだい。
お釣りはちゃんと返すのよ〜」

 ある昼下がり、幽々子様にお使いを頼まれた私は、新設の高級和菓子店に出来た長い行列に混じって物思いに耽っていた。
 曰く、考えていたのは今日のお夕飯は何にしようか、とか、幽々子様はそんな真面目に働いていないように見えるのに、一体あの大金はどこから出てくるのだろうか、とかそんな詮無いことばかりだったのだが、自分の名を呼ぶ声ではっと我に返った。
 視線を返した先には、嬉しそうに手を振る一人の兎の姿。
 普段のブレザーではなく行商人のようなぴっちりとして少しボロっとした服に身をつつみ、わらの帽子をかぶってその耳を隠してはいるが、知っている者からすればすぐに彼女だとわかってしまう程度の変装をしていた。
 私は彼女に対し手を振り返すと、タカタカと自分に寄ってきた兎を見上げて声をかけた。

「お久しぶりですね、鈴仙さん。今日は薬の販売で?」
「ええ、まあね。そんな妖夢はスイーツ漁りかしら?
ここの和菓子屋、つい最近出来たばかりなのに随分足が早いじゃない。冥界からはるばる並びに来たってことはあなたも意外に甘味好きだったのね!」

 何だか鈴仙はいつもより嬉しそうだ。
 おそらく彼女も薬売りの帰りで、ここに寄るつもりだったのだろう。この見るだけでげっそりしてしまいそうな行列に淡々と並ぶ私を見て、新しく見つけた甘味仲間だと思い込んでいるようだ。
 まあ、甘い物は嫌いじゃないが。今回は少し用件が違う。

「否定はしませんが、今日は幽々子様のお使いで来たんですよ。
もうかれこれ30分は並んでるんですが、いっこうに店に入れなくて……」
「あら、そうなの。あなたも大変ね。まあ、ここの団子は結構美味しいって評判になってるから仕方ないわよ」

 そう言いながら、鈴仙はさりげなく私と話す形で、長蛇の列の真ん中に紛れこんだ。彼女のそういう所は結構ちゃっかりしていると思う。

「良かったら少し一緒に食べて行かない?」
「いいですよ。私も並び疲れてるから甘い物を補充したいですし」
「やった! 今日は特売日で、団子1つ100銭のところ、なんと3つを250銭で買えるのよ!
それを頼んでゆっくりお茶でもすれば、見る見るうちに疲労回復間違いなしよ!」

 鈴仙がなんとなく行商人口調になっているのは、普段から薬売りをしている影響なのだろうか。


「あ、ちょっと待ってくださいね。お金あったかな……」

 自分の財布を開いて確認し、良かった、と胸を撫で下ろした。
 財布にあったのは、700銭ほど。基本的に、幽々子様と私の財布は分けてあり、普段の食事などに関するお金は全て幽々子様の懐から来ている。私が持つのはお小遣いのようなもので、定期的に幽々子様から支給され、主に私の趣味嗜好に使われる。
 少額とはいえ、鈴仙とお茶をするくらいの金は十分にあった。お使いの途中だが、まあ少しくらいの寄り道なら大丈夫だろう。
 それにしても、幽々子様。
 白玉楼に引きこもっていらっしゃるのに、ピンポイントで特売日の日にお使いを頼まれるとは。偶然なのか、はたまた意図されたものなのか。
 後者だとしたら、一体どこから情報を仕入れているのか非常に気になるところではある。流石に匂いにつられたとか夢で見つけたとかは……ないと思う。たぶん。

「丁度お使いでもそれを頼まれていたんですよ。やっぱり美味しいんですかね?」
「ええ、この前食べたけどなかなかの物だったわ」
「なるほど、それはラッキーですね。特売日で50銭安くなってますし良さそうです。
お使いのお釣りは使えませんが…」
「随分と律儀なのねー。300銭貰ったの?」
「ええ、まあ」
「ふーん……お釣り50銭ね……」

 突然、ニヤニヤと何か考え始めた鈴仙に、少し首を傾げる。何かおかしなことを言ったのだろうか。
 すると、鈴仙は急に誇らしげになって人差し指を立てた。

「ねえ、最近聞いた頓知問題なんだけどさ、こんなの知ってる?」
「頓知問題……ですか?」
「そ、ちょっと頭の素養を測るテストみたいなものかな。まあ、私は出来たけど? 妖夢じゃちょっと難しいかもしれないわね〜」

 頭脳系は苦手だ。しかし、あまりにも鈴仙がわざとらしく言うものだから、ただの挑発だと分かっていてもつい乗ってしまう。
 剣士は正々堂々と。真正面から切ってかかるものなのだ。

「いいでしょう。その勝負、受けて立ちましょう!」
「乗った! 勝ったほうが団子代奢りね!」
「え!? いや、それはちょっと……」
「じゃあ本来の団子一個分、100銭くらいならどう?」
「ふふふ、この私に解けない問題など、あんまりない!」

 勝負の結果は、言わずもがなと言った感じであった。



 鈴仙と一通りお茶を楽しんだ後、私は少しウキウキしながら白玉楼に戻った。
 いい土産話が手に入った。普段からからかわれている分、すこしくらい幽々子様をはぐらかしてしまってもバチは当たるまい。
 そう考え、幽々子様の部屋の障子を開けて恭しく礼をした。

「ただいま戻りました、幽々子様」
「お帰りなさい、妖夢。無事買えたかしら?」
「はい、こちらがお団子3つと……」

 そう言いながら団子を幽々子様に手渡し、そのお釣りの50銭を。

「お釣りの30銭です」

 渡すことなく、30銭を渡した。
 それを見た幽々子様は扇いでいた手を止め、扇子で口元を隠し、眉をひそめた。

「あら、妖夢。確か今日は特売日ではなかったかしら?」

 なるほど、知っていたか。というより、お釣りを想定していた時点で当たり前か。
 やはりどうやって知ったのか。

「ええ、ですから1つ100銭のところ、90銭でしたのでお釣りの30銭を」
「3個で250銭でしょう?」

 即答された。
 ……値段まで知っているとは。ますます恐ろしい。可能なら自分もその情報網を使ってみたいものだ。
 そうすれば、普段の食費ももう少し浮くだろうに。

「くっ! 流石ですね、幽々子様」
「何が流石なのか分からないけれど……返してくれるわね?」
「はい、勿論です。ですがその前にひとつ」
「?、何かしら?」
「私と知恵比べをしませんか?」
「あら〜」

 幽々子様が楽しそうに目を細める。
 私から知恵なる言葉が出て来るのが意外だったようだ。少しムッとしたが、気持ちはまあ、分からなくもない。私も驚くだろうから。

「では……」

 ふー、と一呼吸置いて、よし言うぞ、と覚悟を決める。
 思い返すと、この雰囲気はちょっとした知恵比べにとってかなり不釣り合いであったかもしれない。まるで死合いの前のように切り詰めた表情をしていただろうから。
 証拠として、そのあまりの場違い感に、幽々子様はクスクスと溢れ出る笑いを抑えていらっしゃったように見える。
 だが、この時の私にとって、これから仕掛けるのは幽々子様への挑戦状である。日頃から頭が弱いとからかわれている私のイメージを払拭するに十分な材料は整ったのだから。
 あとは突撃するのみ。

「何かおかしいとは思いませんか? 幽々子様」
「ふふ、何がかしら?」

 そうして、私はニヤリと笑って、買い出しの時に鈴仙から聞いた話を持ち出した。

「幽々子様は、本来1つ100銭の団子を3つということで、特売日でしたが念のため100掛ける3個で300銭を私にお渡ししたことと思います」
「ええ、そうね」
「ですが、やはり団子は3つで250銭でした。そして私はそのお釣り50銭のうちの20銭をくすねて、幽々子様に30銭をお返ししました」
「ちゃんと返してね」
「……」

 ちょっと幽々子様の笑顔が怖い。
 でも妖夢負けない。

「も、勿論ですよ。ですが幽々子様、やはりおかしいとは思いませんか?」
「何が?」
「私は幽々子様に30銭をお返ししました。ということは、実質100引く10の90銭を団子1つに支払っていることと同じですよね。
つまり、幽々子様は今、90銭を3つ。270銭をお支払いになっています」
「まあ、そうね」
「ですが、私がくすねて持っているのは20銭です。幽々子様がお支払いになられた270銭にそれを足しても、合計290銭にしかなりません」

 私はそこでわざとらしく首を傾げた。

「あれ? 変ですね。幽々子様が元々お支払いになられたのは300銭。ですが、合計したものは290銭。残りの10銭はどこに行ったのでしょうか?」

 言えた。完璧だ。
 心の中で一人満足する。あとは幽々子様が看破できなければ。

「……あら、本当。どこに行ったのかしらね」
「ふふふ、分かりませんか?
ちなみに、私が隠したわけではありませんよ?」
「…………」

 謎かけをしているだけなのに、何か無性にドキドキする。
 すると、幽々子様は少しの間考えたそぶりを見せ………静かに首を振った。

「ええ、分からないわ」

 来た!
 この手の頭脳戦で。あの幽々子様より一枚上手に立ち回れている。私だって雨月の楽しみ方くらい分かるのだ。
 そんな普段感じることのない優越感で、私の顔は思わずニヤけてしまっていた。
 幽々子様は楽しそうに微笑んでいらっしゃるが、その口元を扇子で隠している。つまり、私の問いに対して少し動揺してるのを隠してるんだ!
 と、魔王を出し抜いた勇者のような気分で種明かしをする。知らないうちに早口になってしまうのは仕方がない。

「答えは、『どこにも行っていない』です! 考えてもみてください。幽々子様が本来お払いになるべきお金は250銭です。
270銭は、それに私がくすねた20銭を足したものですよね。それにまた同じ20銭を足すのは意味がないんですよ」
「つまり?」
「270銭に20銭を足したところで、『幽々子様が支払うべきお金』+『私がくすねたお金』+『私がくすねたお金』となり、単にくすねたお金を二重に足しているだけで、本来幽々子様が持っていたお金にはなりようがないのです!」
「……なるほどね。要するに、その270銭に足すべきなのは20銭ではなくて、30銭ということなのね?」
「はい、その通りです! 『幽々子様が支払うべきお金』+『私がくすねたお金』+『私がお渡ししたお金』として初めて元の300銭に戻るんですよ。聞いてみれば、簡単なお話ですよね?」

「……ええ、そうね」

 パチン、と扇子をたたみ、幽々子様は笑顔で手を合わせた。

「流石妖夢! 私にも分からないことを知ってるなんて、凄いじゃない!」

 私は今にも飛び上がってスキップを初めてしまいそうなくらい舞い上がっていた。
 このように知識で幽々子様に褒められるのは本当に稀なことなのだ。今まで自分の思慮の未熟さを指摘されることが多かった分、成長した自分を実感できて、嬉しさは倍増する。

「ふふふ、ありうございます!」

 やりきった、と満面の笑みで、財布の口を開けた。

「それでは、残りの20銭をお返ししまーー」
「30銭よ」
「す…………え?」

 一瞬にして場が特異点に変化する。正確には、私の周りだけが凍りつく絶対零度の冬で、幽々子様の周りだけが桜色満開の春になっていた。

「違うわ、妖夢。私が返されるべきお金は20銭ではなく、30銭でしょう?
あなたが教えてくれたんじゃない」

 やだもー、といった感じで幽々子様は私に笑い返した。
 私はつい??、と目をぱちくりしてしまう。

「え? で、ですが、私が持っているのは20銭で」
「その20銭を私の払ったお金に足すのは間違いなのだから、正しい30銭を返してもらわないと割に合わないじゃないの」
「え? あ、え?」

 確かに、足すべき金が20銭ではなく30銭だと言ったのは他でもない私である。
 だが、何かおかしい。何かが違う。
 完全に舞い上がっていたところに不意打ちをくらってしまった頭は、そこで思考が止まってどうしてもその先を考えられない。
 幽々子様はそんな私を見てくすりと笑い、優しく言い聞かせるように語り始めた。

「いい? 私が払ってしまったのは270銭で、元のお金に戻すには妖夢がくすねた20銭を足したい、ところだけど、それは間違いで本当は30銭を足さなければいけないのでしょう?」
「え、ええ、はい」
「つまり私が返されるべきなのは、その30銭ということじゃないかしら」
「いや、それは…… ん? でも……」
「更に言うと、妖夢がくすねた20銭に加えて、消えた10銭は『どこにも行っていない』。
ならばそれは消えるのではなく、お金の出元である私の元に返ってくるのは必然。何もおかしくはないわ」
「で、ですがそれは、えーと、」
「今すでに私の元にあると言いたいのかしら?」
「え、ああ、はい…」
「考えてもみてよ、妖夢。結局私が払って、失ってしまったのは270銭よ。それ以上でもそれ以下でもない。
私は余分なお金を持っていないのよ。それは確かでしょう? 」
「それは! ……確かに」
「なら、『消えたはずのない10銭』は『どこにも行かず』、一体どこにとどまっているのかしら?
ねえ、今のあなたなら、消去法くらい知っているでしょう?」
「も、勿論です! 幽々子様でもないなら、つまり……私……ですか?」
「その通りよ! 流石妖夢、分かってるじゃない!」
「あ、あれぇー?」

 相変わらず何かが引っかかっているが、まあ褒められて悪い気はしない。
 やったー幽々子様に褒められた、わーいわーい。
 完全に停止しかけた思考の中で、それだけがひたすら繰り返されていた。

「ということで妖夢、あなたが返していない30銭、返してくれるわね?」
「あ。ええ、わかりまし……た?」

 結局、言われるがまま財布から30銭を取り出して、ほっこりと満面の笑みを浮かべる幽々子様に手渡してしまった。

「はい、どうも」

 言って、幽々子様は席を立った。
 去り際に、

「ちょっとお散歩に行ってくるわ。……ああそうそう、ちゃんとお団子のお皿、片付けておいてね」

 とだけ言い残して、ふわふわと部屋から出て行ってしまった。

「ん、んー?」

 何か引っかかる。だが、今さら考えてもしょうがない気はする。なんだろうか、この妙な違和感は。
 そう思いながら、私はいつの間にか平らげられていた団子の皿を片付け、台所に向かった。

 その後少し考えて、
 (……まあいっか。幽々子様に褒められたのは事実だし、今日はいい気分で眠れそうだわ)
 と楽観的な思考に陥るのは相変わらず実に私らしい、単純な締め方だった。

 今日もトントントン、と大量の食材を調理する音が白玉楼に響く。
 それがいつもより少し、軽快だった。

 その次の月のお小遣いは、いつもより10銭だけ多かったそうな。
「ふふふ、まだまだ甘いわね、妖夢」

 読了ありがとうございました。
自分も東方創想話には大分お世話になったので、初投稿ですが作ってみました。すこしでも貢献できたら幸いです。
さて、妖夢の出した問題の答え、皆さんは解けたでしょうか。それとも知ってました?
私はこの問題を初めて見た時、30分考えてもはっきり分からず、答えを見た後に10分をかけてようやく理解できました。
幽々子様の30銭の所は自分で考えたので、前半の問題に比べて上手く説明が出来てないのではないかと不安ですが、本当はもっとあらゆる誘導を駆使して巧みに言いくるめて遊んでいたと思います。
この展開を彼女が考えついたのは妖夢の問いの後に少しの間考えていた所です。多分。
AiWL
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コメント



0.100簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
いいですね。妖夢も幽々子も理想でした
2.20名前が無い程度の能力削除
書きたいところ以外の設定があまりにも雑。
というかこの問題自体が理屈のない屁理屈のゴリ押しなので考えるところが全くないんですよ。
3.100名前が無い程度の能力削除
良いと思う (o'ω'o)
4.無評価名前が無い程度の能力削除
答えは鈴仙を脅して団子を奪い250銭くすねている。
7.100名前が無い程度の能力削除
優しい