4.矛盾は人間のファクタ
「へえ、水木城へ撤退したって書いてあるわ」輝夜が八幡愚童訓を読み進める中で興味深げにページを止めた。「水木城って、水城のことよね?」
「そうよう、中大兄皇子が自ら攻め込んで失敗した、白村江の戦いの仕返しを恐れて造った」白村江の戦い、その戦争が起きる前にも八幡宮は建てられ彼女は幸運を貸そうとしたが、土着神である彼女には海上戦の軍隊にまで力が届かなかった。まだ武神としての力を蓄えていないこともあるが、何より唐にはシルクロードを渡って他地域から仏教やイスラム教、ゾロアスターの神々から果てはキリストまで往来していたのだ。もちろん、土着の道教神もあり日本の神々による力は吹き返され、結局倭国軍は膨大な数の神々により戦力を得た唐軍に海で大敗する。
「あぁあ、摩尼教が厄介だったんだよなぁ」てゐが口惜しさで顔をいっぱいにする。
「何の話?」
「マニゾロアスターキリスト、プラスブッダイスラーム、ブイエスシントー」
「絶望的ね」輝夜は淡白に返事した。
「勝てっこ無かったわ」
輝夜は読んでいる本の中で水城の話が出たことで思い出したことがあった。風の噂で聴いた話だが、外の世界では過去に造った遺産がこれからの開発場所と被ってしまい、例えば神社の参道に当たらないように地下を掘ったり、あるいは仕方なく参道の上に道を造ったりするような事が多々あったらしい。水城は太宰府に作られた軍事防壁で、福岡平野の最も幅の狭い地域に建てられている。百済人のように高度な技術を持っていないがためにずさんだった建築は後の開発に支障をきたしたようだ。
それが少し、この永遠亭と似ていた。
八幡神、因幡てゐは永遠亭よりも先に高草群、迷いの竹林に住み着いていた。蓬莱山輝夜と八意永琳が高草群の中に永遠亭を構えた後に、輝夜が永遠亭にかけた歴史を止める永遠の魔法が防ぐのは新たな干渉で、すでに過去の歴史である八幡神は堂々と永遠亭の歴史を刻んだのである。
てゐは永遠亭へやって来た時にこう話しかけた。私はこの竹林の持ち主だ、貴方達がここに隠れ住んでいるのはずっと前から把握していた。その言葉に輝夜と永琳が警戒すると、我々に敵意はありません、兎達に智慧を授けてくれるのなら人間を寄せ付けないようにしてあげましょう。と交渉を持ちかけてくるのだった。輝夜と永琳はここで初めて、因幡てゐがただの妖怪兎ではなく八幡神であることを知り、彼女も永遠亭に住み着くようになった。
その後、輝夜はてゐに外の世界での経緯を尋ねた。
「やはり、外は住みづらかった?」
「住めないことはない。でも数百年ももたないし、あのまま居続ければやがて力を失うだろうよ」
「外で起きたのは、まさに神狩りだったわね」
「いいえ」てゐは首を振った。「神殺しよ」
外の世界では明治の頃より、一部の神を除いて人間の手によって信仰が削ぎ取られた。住吉や諏訪、そして八幡も。他にも明治維新という革命によって数々の神は屠られた。神仏分離が進み、この時神仏習合により八幡大菩薩という神号を持っていた八幡神はその神号を明治政府が禁止し、全国の八幡宮のシステムを変え、神宮寺は滅され僧形八幡神の像も撤去された。
国津神は口を揃えてこう言った。明治維新の、どこが維新なのか、と。維新とは旧き良き時代への回帰、回復を意味するはずだった。それが今では、天津神が支配を推し進め、日本という国は一新し始めた。畑を耕すものが雨に喜び、天を尊ぶ歴史が崩れていく。無慈悲に、神が、土着の信仰が殺されていく。
この神殺しブームで生き残ったのは出雲と伊勢だけであった。しかし、そのうち片方の伊勢は抵抗も何もしていない。この神殺しブームを起こしたのは、その伊勢の神々である天津神だったからだ。明治政府と協力し、自分達を皇室の神々と定めた後に各地の神官の一族は次々に追い出され、仏教の神々も廃仏毀釈で力を失い、日本は天津神に支配された。出雲の神も自らを皇室の神々に加えようとしたが、本来大和朝廷が出自の神でない出雲土着の神を崇める彼らを伊勢は神仏分離で力を抑え、ついには中央から追放した。
神々の信仰というのは八幡神や出雲の祭神のように、本来地域と結びつく土着の信仰で人々の生活と密着していた。同時に大陸から伝来した生活の中に産まれる死の扱いに便利なケガレへの共通認識を持つ仏教による影響を受けやすく、そこを狙った天津神にてゐは憎しみを覚えていた。
てゐは明治維新後の第二次世界大戦の真っ只中、出雲の神と久方ぶりに会っていた。
雲がいづると書いて出雲。雲は太陽を隠す。かの神は天照大神と対にもなる死の神で、幽冥主宰大神とも呼ばれている。かの神が死の神とされているのは、穢れがあるためと天津神に封印されたためだ。
そう、大国主命だ。
かつて因幡てゐが、ただの妖怪兎だったころ恋い焦がれた
「また天津神のやつらにやられたわ」てゐは自分の中にふつふつと沸く焦心を鎮めるために歯軋りした。また、というのは明治に起きた神殺しのことである。主犯者は伊勢の神々、今は月に住まいを置く高貴な天津神に他ならない。てゐが大国主命に会いに来たのは、彼の神も天津神に
天津神はこの頃、やけに地上に、天皇に干渉するようになったのだ。伊勢神宮の天照大神を持ち上げ、明治天皇を参拝させていた。
大国主命は呑気に空を見上げている。
「見てご覧。君の名前だ」大国主命が指をさす。空をゆく航空機には南無八幡大菩薩と書かれた旗がかけられている。
「馬鹿ね。もう私の力じゃアメリカに着いて御の字だよ」一部の民は未だに八幡大菩薩を、武道のシンボルとして神道や仏教を無関係に信仰していた。しかしてゐは無駄だと考えていた、アメリカの、現に土着神である守護天使と守護聖人には敵わないだろう、と。
「貴男もこんな所で呑気なものね」
「我々に力は無い。宗教施設よりも向こうは軍事施設を壊滅させることが最優先さ」
「そういうことじゃないわ」てゐの顔は辛気臭くなる。「この戦争で日本は負ける。誰も敗戦国の皇室の神々なんて崇めない。神はどうなっていくのか」
大国主命は黙っていた。
「それに」てゐは付け足す。「世界は反戦へ傾いているんだ。戦争もなくなり、武神としての私はどうなるの?誰も私を崇めない、誰も私を信じない」てゐは両手で顔を覆う。彼女の言っていることは、つまり自らの存在が消えることを意味していた。それは、神にとって死ぬことより恐ろしいことである。
「ふ、心配してくれてるんだね」大国主命が微笑んだ。
「ばれたか」てゐはぱっと顔から手を離した。
「君はもう、新しい場所を見つけたんだろう」
「まぁね……えっと」てゐは言うか言わまいか迷ったが、その場所について言うことにした。「その、幻想郷って、噂ぐらいは耳にはいってるとおもうけど……」
てゐが言い淀む。その後に続く言葉を大国主命は待った。
「あの、来る?」
「私はまだ平気さ。……あ、そうだ」大国主命は思いついたような言動と表情をした。「私の息子の妻がね、八坂というんだが」
てゐは呆れた。
「聴いてるかい?」
「建御名方命は諏訪を支配したじゃない。後百年は持つわ」
「過ぎ去れば百年などあっという間だ。今頃……そう、情けないことにね。私の息子よりずっとその妻が肝が座っていてね。移住先を探してるんだ」
「いずれ神なんて、どうせ」
てゐはその後に言葉を継ぐのを止めた。
大国主命も、今度はその後の言葉を察した。
二人はそれ以上、喋ることは無かった。
もし、戦争が無くとも神は消えただろう。
日本での神の存続は危機に迫っている。
それに伴い、天皇の力も弱まっている。
南北朝と呼ばれる時代には天皇が二分割され、そこからの天皇は以前とは変わり果ててしまった。
しかし神が消えようとしているのは何も天皇が弱っている訳だからではない。
歴史は重く積み上げられ、
宗教は人々に善悪を説き、
人々は道徳と倫理を築く。
教育と宗教の思想を巡る衝突、
宗教と非宗教のボーダーライン、
数々の問題が生まれた時、
国家神道が終わりを告げた。
人間は神道から別の宗教へとシフトしていく。
文化が、文明が変わったのだとてゐは感じた。
教育と宗教にも、
宗教と非宗教にも、
境界線をひくことは不可能だ。
けれども、
個々にある、
個々に成り得る、
個々という概念だけが、
個々の境界条件として成立し、
個々として有り得る。
此処にいる。
それだけで満ち足りる。
それだけで現実が構成されるはず。
そういう現実ってなんだろう。
現実とはアプローチの集合体。
思考だけで満足し得ない時、
人は幻想を現実に移行する。
納得できる認識を作る。
思考の組成の発展が現実。
神を産んだ根源も、
神を殺す凶器も、
どちらも本質的に同じもの。
人間は総じてドグマティズムまたはメカニズムを敬虔する。
数学も化学が今生きている宗教だろう。
理で万物を認識し、
理解するという主義。
人間はどうして生きるのだろう?
人間はどうしても死んでしまうのに。
個としても種としても。
元々は、
空虚に生まれた生の中で、
先々は、
空虚に死にいく死の中で、
なんて、
矛盾しているのだろう?
でも、
てゐはそれを受け入れた。
不自然に付き纏う自然を、
人間のもつ真のアイデンティティを。
人と神の歩んできた
生きることの無意義を、
そして無意味に宿る意義を、
ただ楽しいから、
たったそれだけの理由で、
受け入れ、
優しくなった。
遙か先、
南無八幡大菩薩と刻まれた素い旗が悠久にはためく。
独りよがり
周りが見えるほどの狭量も視野もないから読みにくいだけ。
あまりにもごちゃごちゃし過ぎてて非常に読みづらく、全く感情移入できません。
勿論、私の勉強不足もありますが、もう少し読む人達の事を考えては?
知識を書くだけではただの報告書で、『物語』を書くからには読み手の興味をいかにして惹くかが肝心だと思うのですが