太陽が欠ける。
じわりじわりと、虫が葉を食い荒らすように闇色の雲が陽を遮っていく。薄暗く、気温が下がっていく
それを見上げて、あたしは朝から畑いじりに勤しんでいた為に痛む腰を叩いた。
「ああ、もうそんな時間かい」
紅い霧が幻想郷を覆った異変以降、食べ物でも探しに出て来るのか毎日ではないが、昼時のこの時間帯によく見られるようになった妖怪、ルーミア。
中天に位置するお天道さんを遮るあれの中心には本体がいるそうだが、生憎とあたしはお目に掛かったことは無い。恐ろしい人喰い妖怪だそうだが里からよほど離れない限り襲われることは無いため、こうして遠くから眺めつつ呑気に畑いじりなどに精を出していられる。
「そろそろ昼飯にしようかね」
再び顔を出し始めた陽の光に目を細めて、畑の脇に置いておいた風呂敷包みを視線を向け、先に近くの井戸に寄って手を洗ってから風呂敷包みを手に取る。畑の脇に腰を下ろし足下に手にしていた鍬を置いて、膝に乗せた包みを開く。中から出てきたのは、今朝あたし自身が握ってきた握り飯が二つ。
「いただきます」
手を合わせて一つに手を伸ばす。
が、ふと背後に気配を感じて振り返る。
そこには、あたしを見下ろすように少女が一人立っていた。
真っ黒い服に、よく里で人形劇をしに来る魔法使いのような金の髪。博麗の神社で貰える札を真っ赤にしたようなリボンがやけに印象的だった。
里の娘だろうか。人里に近いとはいえ、この辺りには人を襲う妖怪や妖獣が出ることもある。辺りを見ても親らしき者の姿は見えない。
「どうしたんだい?」
声を掛ければ返事は無く、その視線はあたしの持つ握り飯に注がれている。
「これが欲しいのかい?」
試しに握り飯を指してみれば、案の定頷くことで返事を返してきた。
ならば、とあたしは手招きをして彼女を呼び寄せる。
手を前に出させ、その上に握り飯を一つ乗せてやった。
握り飯とあたしを交互に見比べる少女に笑みを向けて頷いてみせた。
途端、少女に顔に花が咲く。瞳を輝かせ、口いっぱいに握り飯を頬張る。
「お、良い食いっぷりだね。子供はそうじゃなきゃな。どれ、それを食べ終えたらあたしが里まで送ってあげよう。こんな所で子供一人でいさせるわけにもいかないからね」
しかし、あたしの言葉に彼女は首を横に振った。
「だけど、いくら里に近いからといってもこの辺りにも妖怪や妖獣は出るから物騒なんだよ。そんな所で一人で帰すわけにもいかないだろう」
何かを考えるように、少女は口を噤む。
と、少女が何かの臭いを嗅ぐように鼻を鳴らした。
「どうしたんだい?」
あたしの言葉には答えること無く、少女は畑からほど近い森へと顔を向けた。
間を置かず、森の茂みが大きく揺れる。
そこから顔を出したのは狼の頭。しかしその四肢は狼とは似ても似つかない。熊の様な巨大な体躯に獅子に似た脚を備えていた。
「よ、妖獣!?」
今まで何度か妖獣と出会したことはあったが、目の前の妖獣にはどう足掻いても撃退は不可能に思えた。
妖獣の暗い瞳があたしを見据える。獲物を見つけたと笑みを形作る様にその目が細まった。
まずい、と背筋が震える。
「お嬢ちゃん」
あたしの隣に立つ少女に声を掛ける。
少女の顔があたしの方へ向く。
「いいかい。ここはあたしが出来る限り時間を稼ぐ。その間に、お嬢ちゃんは全速力で人里まで走って誰か応援を呼んでくるんだよ」
小声で話し、ゆっくりと足下の鍬を拾い上げる。
「さあ、こっちに来な化け物!」
わざと大きく叫び、あたしは鍬を振り上げた。
妖獣が駆ける。
しかし、あたしが一歩を踏み出すより早く陰が妖獣の前へと躍り出た。
それは一瞬だった。
牙を突き立てようとした妖獣の巨躯を易々と貫いたのは、細く華奢な腕だった。
「お、お嬢ちゃん、あんた……」
片腕で軽々と妖獣を持ち上げ、その血を全身に浴びながら、黒から赤へと変色した少女が軽く顔のみをあたしへと振り返る。
「おにぎりのお礼に、お姉さんは食べずにおいてあげるね」
その場の凄惨な様子にそぐわない、舌っ足らずな鈴を転がすような声があたしの耳を刺激した。
「あれだけじゃ足らなかったけど、丁度こうして大きなご飯も手に入ったしね」
「お嬢ちゃん、よ、ようか」
「私の名前はルーミアだよ」
物言わぬ亡骸になった妖獣を地に転がし、その脚を掴んで彼女は宙に浮かび上がった。その身体の周囲が徐々に黒く塗りつぶされていく。
「ごちそうさま、お姉さん」
闇色の球体の中から声が響くのを最後に、彼女はそのまま何処かへと飛去っていった。
そうして、その場に一人残されたあたしは、腰が抜けたまましばらく立ち上がることが出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
太陽が欠ける。
あたしは空に手をかざして、陽光を浸食する黒い球体に目を細めた。
「そろそろ昼飯にしようかね」
呟いて、畑の近くの井戸から水を汲む。畑の土で汚れた手足を水で洗い流し、脇に置いていた風呂敷包みを掴み上げる。
そうして近くの石に腰掛け、膝の上に乗せてそれを広げた。
中身はやや大きめに握られた握り飯が三つあった。
あたしは一つを手に取る。
と、そこで土を踏む音が耳に届いた。
「私にも一つくださいな。お姉さん」
舌っ足らずの鈴を転がすような声が聞こえる。
「お腹が空いたのかな?」
振り向けば、黒い服の金の髪の少女が立っていた。
少女が小さく頷く。
苦笑して、あたしは手に持っていた握り飯を彼女へと差し出した。
「一緒に食べようか」
満面の笑みを浮かべてそれを受け取った少女が隣に腰掛ける。
それから、あたしもまた握り飯を一つ手に取って揃って口を開いのだった。
「「いただきます」」
END
じわりじわりと、虫が葉を食い荒らすように闇色の雲が陽を遮っていく。薄暗く、気温が下がっていく
それを見上げて、あたしは朝から畑いじりに勤しんでいた為に痛む腰を叩いた。
「ああ、もうそんな時間かい」
紅い霧が幻想郷を覆った異変以降、食べ物でも探しに出て来るのか毎日ではないが、昼時のこの時間帯によく見られるようになった妖怪、ルーミア。
中天に位置するお天道さんを遮るあれの中心には本体がいるそうだが、生憎とあたしはお目に掛かったことは無い。恐ろしい人喰い妖怪だそうだが里からよほど離れない限り襲われることは無いため、こうして遠くから眺めつつ呑気に畑いじりなどに精を出していられる。
「そろそろ昼飯にしようかね」
再び顔を出し始めた陽の光に目を細めて、畑の脇に置いておいた風呂敷包みを視線を向け、先に近くの井戸に寄って手を洗ってから風呂敷包みを手に取る。畑の脇に腰を下ろし足下に手にしていた鍬を置いて、膝に乗せた包みを開く。中から出てきたのは、今朝あたし自身が握ってきた握り飯が二つ。
「いただきます」
手を合わせて一つに手を伸ばす。
が、ふと背後に気配を感じて振り返る。
そこには、あたしを見下ろすように少女が一人立っていた。
真っ黒い服に、よく里で人形劇をしに来る魔法使いのような金の髪。博麗の神社で貰える札を真っ赤にしたようなリボンがやけに印象的だった。
里の娘だろうか。人里に近いとはいえ、この辺りには人を襲う妖怪や妖獣が出ることもある。辺りを見ても親らしき者の姿は見えない。
「どうしたんだい?」
声を掛ければ返事は無く、その視線はあたしの持つ握り飯に注がれている。
「これが欲しいのかい?」
試しに握り飯を指してみれば、案の定頷くことで返事を返してきた。
ならば、とあたしは手招きをして彼女を呼び寄せる。
手を前に出させ、その上に握り飯を一つ乗せてやった。
握り飯とあたしを交互に見比べる少女に笑みを向けて頷いてみせた。
途端、少女に顔に花が咲く。瞳を輝かせ、口いっぱいに握り飯を頬張る。
「お、良い食いっぷりだね。子供はそうじゃなきゃな。どれ、それを食べ終えたらあたしが里まで送ってあげよう。こんな所で子供一人でいさせるわけにもいかないからね」
しかし、あたしの言葉に彼女は首を横に振った。
「だけど、いくら里に近いからといってもこの辺りにも妖怪や妖獣は出るから物騒なんだよ。そんな所で一人で帰すわけにもいかないだろう」
何かを考えるように、少女は口を噤む。
と、少女が何かの臭いを嗅ぐように鼻を鳴らした。
「どうしたんだい?」
あたしの言葉には答えること無く、少女は畑からほど近い森へと顔を向けた。
間を置かず、森の茂みが大きく揺れる。
そこから顔を出したのは狼の頭。しかしその四肢は狼とは似ても似つかない。熊の様な巨大な体躯に獅子に似た脚を備えていた。
「よ、妖獣!?」
今まで何度か妖獣と出会したことはあったが、目の前の妖獣にはどう足掻いても撃退は不可能に思えた。
妖獣の暗い瞳があたしを見据える。獲物を見つけたと笑みを形作る様にその目が細まった。
まずい、と背筋が震える。
「お嬢ちゃん」
あたしの隣に立つ少女に声を掛ける。
少女の顔があたしの方へ向く。
「いいかい。ここはあたしが出来る限り時間を稼ぐ。その間に、お嬢ちゃんは全速力で人里まで走って誰か応援を呼んでくるんだよ」
小声で話し、ゆっくりと足下の鍬を拾い上げる。
「さあ、こっちに来な化け物!」
わざと大きく叫び、あたしは鍬を振り上げた。
妖獣が駆ける。
しかし、あたしが一歩を踏み出すより早く陰が妖獣の前へと躍り出た。
それは一瞬だった。
牙を突き立てようとした妖獣の巨躯を易々と貫いたのは、細く華奢な腕だった。
「お、お嬢ちゃん、あんた……」
片腕で軽々と妖獣を持ち上げ、その血を全身に浴びながら、黒から赤へと変色した少女が軽く顔のみをあたしへと振り返る。
「おにぎりのお礼に、お姉さんは食べずにおいてあげるね」
その場の凄惨な様子にそぐわない、舌っ足らずな鈴を転がすような声があたしの耳を刺激した。
「あれだけじゃ足らなかったけど、丁度こうして大きなご飯も手に入ったしね」
「お嬢ちゃん、よ、ようか」
「私の名前はルーミアだよ」
物言わぬ亡骸になった妖獣を地に転がし、その脚を掴んで彼女は宙に浮かび上がった。その身体の周囲が徐々に黒く塗りつぶされていく。
「ごちそうさま、お姉さん」
闇色の球体の中から声が響くのを最後に、彼女はそのまま何処かへと飛去っていった。
そうして、その場に一人残されたあたしは、腰が抜けたまましばらく立ち上がることが出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
太陽が欠ける。
あたしは空に手をかざして、陽光を浸食する黒い球体に目を細めた。
「そろそろ昼飯にしようかね」
呟いて、畑の近くの井戸から水を汲む。畑の土で汚れた手足を水で洗い流し、脇に置いていた風呂敷包みを掴み上げる。
そうして近くの石に腰掛け、膝の上に乗せてそれを広げた。
中身はやや大きめに握られた握り飯が三つあった。
あたしは一つを手に取る。
と、そこで土を踏む音が耳に届いた。
「私にも一つくださいな。お姉さん」
舌っ足らずの鈴を転がすような声が聞こえる。
「お腹が空いたのかな?」
振り向けば、黒い服の金の髪の少女が立っていた。
少女が小さく頷く。
苦笑して、あたしは手に持っていた握り飯を彼女へと差し出した。
「一緒に食べようか」
満面の笑みを浮かべてそれを受け取った少女が隣に腰掛ける。
それから、あたしもまた握り飯を一つ手に取って揃って口を開いのだった。
「「いただきます」」
END