Coolier - 新生・東方創想話

半透明のスイートピー 夏 (Ⅱ)

2016/08/14 01:07:14
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 2. 冒険の夏


 はぐれ妖精の世界を知った次の日の朝。
 木の根っこを枕にして寝ていた私は、お日様の光ではなく、鳥さんの鳴き声に起こされました。
 薄く瞼を開けると、そよ風が吹き、木漏れ日に額を撫でられ、とてもいい香りに包まれました。

 久しぶりの優しい目覚めです。
 ここのところずっと怖い夢を見てばかりだったし、起きても寝ても嫌な気持ちの続く毎日でした。
 でも今日は何だか違う気分。一日が始まって、嬉しいって素直に言える。
 それもこれも、チルノちゃんと出会ったおかげです。

 私は体を起こし、うーん、と伸びをしてから、霧の湖の方に顔を向けました。

「……わっ」

 びっくり。
 湖の岸に、私の身体よりも大きな白いボールを半分に切ったような、まぁるいものができていたのです。
 しばらくそれが何なのかわからず、ずっと見つめていたのですが、やがて私も気付きました。
 それは氷でできた家で、チルノちゃんのお家だったのです。

 私たち妖精は、一人一人が大きさが違うし、好きな場所も全然違います。
 ほら、動物さんだって茂みが好きな子たちもいれば、穴の中が好きな子もいるでしょう?
 それと同じで、花に囲まれて眠る子もいれば、木の上が好きな子もいるし、家を作って暮らす子もいます。
 私は花の妖精ですから、木の陰や草むらの中で目を閉じているのが一番気持ちいいです。
 そしてチルノちゃんは氷の妖精だから、きっとああいうお家じゃないと落ち着かないのでしょう。

 立ち上がった私は、チルノちゃんの家の側まで足音を立てないように近付きました。
 白いドーム型のお家は、とても分厚い氷でできているようで、外からでは中の様子がわかりません。
 おはようの挨拶をするために、私はちらりと中を覗きこみます。
 もしチルノちゃんがまだ眠っていたのなら、起こさないであげようと思ったので、静か~に。
 ですが、

「あれ?」

 家の中は空っぽで、チルノちゃんの姿はありませんでした。
 どこに行ってしまったのでしょう。すぐに不安が広がります。
 昨日ダンスをしつこく教えたのを怒ったままで、私を置いてどこかに行ってしまったのでしょうか。

 湖の霧に包まれながら、私はしゅんとした気分になってましたが……


 ――――――!


 突然、遠くから届いたその声は、チルノちゃんのものでした。
 私は大急ぎで、そちらの方へと飛び立ちました。
 薄いもやが立ち込める中、キラキラとしたチルノちゃんの羽を見つけて、

「チ……」

 私は名前を呼びかけて、口を閉じ、立ち止まりました。
 チルノちゃんだけじゃなく、他にも違う何かがそこにいたんです。
 霧の中、私は目を凝らして見ました。そこで、もう少しで悲鳴を上げるところでした。
 
 お日様の光を受けて輝く、チルノちゃんの氷の羽。
 それと正反対の、まるで夜を丸く切り取ったように真っ暗なものが宙に浮かんでいたのです。
 一体あれは何? 真っ黒ボール?

「だから言ったでしょ! あたいはもう遊べなくなったの! 『ルーミア』は帰ってみんなにそう伝えて!」

 チルノちゃんがキンキン声で、その黒くて大きな丸いものに向かって喚いています。

「でもー、どうして行けなくなったのー? 今日は妖怪の山で遊ぼうって前から言ってたのにー」

 私はその間延びした声が、最初誰のものなのかわかりませんでした。
 しばらく二人を眺めていて、ようやくあの黒い丸が喋っているということが分かり、その正体が、妖怪だということにも気付きました。
 チルノちゃんは、妖怪と言い合いをしていたのです。

「別に何だっていいでしょ! あたいだって用事があるのよ!」
「用事って、湖じゃなきゃできないことなのー?」
「そ、そうよ!」
「でも他のみんなは山から離れちゃいけないって言われてるから、それじゃあ遊べないよー」
「あたいだって湖から離れられないの! いいからもう放っておいてよ!」

 よく聞いてみると、言い合いをしているというより、チルノちゃんが一方的に妖怪の方を追い払おうとしているみたいです。
 私はその中に入っていけず、じっと続きを見守ることにしました。もちろん気付かれないよう身を低くして。

 やがて、チルノちゃんの剣幕におされたのか、ついに黒い丸の子は、ふよふよと森の方に去ってしまいました。
 途中で木にぶつかったりして、何だか危なっかしい飛び方でしたけど。
 岸にはチルノちゃん一人が残りました。
 私はおそるおそる、話しかけました。

「……チルノちゃん」

 ハッとしたように、水色の頭が鋭くこちらを向きます。

「大ちゃん、今の聞いてたの?」
「……ううん」

 私はどうしてか、首を振ってました。

「今声がしたからここに来たんだけど、どうしたの? 何かあったの?」
 
 そんな風に、嘘までついてしまいました。
 なんとなく、チルノちゃんが何も聞いてほしくなさそうな顔をしていたからです。
 どうやら私の返事にチルノちゃんは安心してくれたらしく、

「なんでもないわ! おはよう大ちゃん!」

 そう腰に手を当てて、ニカッと歯を見せて笑います。
 ああ! なんだか私もすごくホッとしてしまって、自然と笑みが込み上げてきます。

「おはよう! チルノちゃん!」

 と私は元気よく挨拶を返しました。
 はぐれ妖精としての、素敵な一日が始まりそうな予感です。

 でも、

「さぁ! 今日も大ちゃんの修行に行くわよ! 立派なだいだらぼっちになるためにね!」

 私は自分の笑顔がため息になるのを、何とかこらえなくてはいけませんでした。
 チルノちゃんは、まだ私のことを、だいだらぼっちというものの妖精だと信じていて、巨人になるための修行をさせるつもりのようです。
 いくら私が頑張っても、そんな怪獣みたいな妖精になれる気はしないのですが……。

 ……でも、それはそれとして、確かに思ってもいるんです。
 だいだらぼっちじゃなくても、立派なはぐれ妖精になるために、私はチルノちゃんに、色々なことを教えてもらうべきなんじゃないかって。
 それに昨日の人間の里だって、最初は緊張したけど、そんなに怖くなくて、美味しいものも味わえたんですから、今日もあんな修行であれば歓迎です。
 私は気を取り直して、心からの笑顔を浮かべました。

「よろしくね、チルノちゃん。頼りにしてるから」
「当然! あたいは最強の妖精だからね! どんどん頼りにしていいわよ!」
「それで、今日はどこに連れていってくれるの?」
「太陽の畑!」

 チルノちゃんは力強く言いました。

「今日またあそこで、妖精の大集会をやりなおすだろうから、大ちゃんと一緒に襲撃に……」
「だめー!!」

 私は慌てて止めました。
 妖精の大集会を二人で襲撃。冗談ではありません。
 チルノちゃんは不思議そうな顔をして尋ねてきます。

「なんでダメなの?」
「よくないことだから! それにそんなことしたら、みんなからひどい目にあわされるから!」
「ふん! そんなの! あたいは強いから誰にもやられないわ!」

 チルノちゃんは腕組みして堂々と言い張ります。
 思わずひるんじゃいましたが、私は頑張ってもう一度説得しようとしました。

「で、でも大集会には、すごくたくさんの妖精が来てるし……」
「弱虫が何匹集まってもムダムダムダ! あたいの力で、けちょんけちょんにやっつけてやる!」
「もっと嫌われちゃうかもしれないし……」
「あたいだってあいつらのことが大嫌いだから問題なし! 第一あいつらは弱いから、強いあたいを嫌ってるんだ」
「な、仲良くできないかな」
「絶対に嫌! あんな弱くて性格が悪くてうざったい奴らは、この世界からみんな消えてなくなった方がいいわ」

 私はチルノちゃんの物言いに、圧倒されてしまいました。
 やっぱり、はぐれ妖精になるための道のりは、簡単ではないようです。
 チルノちゃんに会うまで、私も同じく『弱虫』だったし、本当のところ今もそうなのですから。

「だから大ちゃん! これから太陽の畑にレッツゴー!」
「ま、待って。チルノちゃん。私、他に行きたいところがあるんだけど」
「どこ?」
「えーと、えーと……」

 私は尋ねられてから、一生懸命考えます。
 とにかく、大集会の襲撃なんてさせてはいけません。
 もっと穏やかで、楽しそうで、チルノちゃんも納得してくれそうなところ……。
 そんな都合のいい場所、あったかしら。

「……あ、そうだ! チルノちゃん! 私ね、連れて行ってほしい場所がある!」

 名案を思い付いた私は、思わず声が弾んでいました。

「私、チルノちゃんの生まれたところに行ってみたい!」

 え? おかしい? そうですか?
 でも妖精の間では、仲良くなった子を自分の生まれた場所に招待するというのは、普通の挨拶のようなものです。
 私が春に仲間と住んでいたお花畑にも、色んな友だちが来てくれましたし、私も色んな友だちの場所に毎日のように出かけていました。
 だから、今ではただ一人の妖精の友だちとなったチルノちゃんとも、そんな関係を築きたいと思ったんです。
 「なぁんだ、そんなこと」って、チルノちゃんが笑ってくれるのを、私は期待してました。
 けど、

「……知らない」

 晴れた空と同じ色の髪の間に現れたのは、雨雲のような顔でした。

「え?」
「そんなの知らない。覚えてない」

 チルノちゃんは、ぶっきらぼうに言います
 あっけにとられていた私は、慌ててもっと詳しく聞こうとしました。

「ち、チルノちゃん。それって本当?」
「…………」
「本当に生まれた場所知らないの? いつ生まれたかとか、どんな場所だったとか、誰と最初に話したかとか……」
「うるさいなぁ大ちゃんは!」
 
 質問を重ねる私を、チルノちゃんはそっぽを向いて、無視しようとしてきます。
 でも私も今度ばかりは、訊ねるのを止められませんでした。
 ようやくチルノちゃんの事情が、分かりかけた気がしたんです。
 チルノちゃんは、最初からはぐれ妖精だったんじゃなくて、


 もしかすると、迷子妖精だったんじゃないでしょうか。




 ◆◇◆




 チルノちゃんは私が知っている妖精の中で、一番頑固な子です。
 そんなチルノちゃんが一度決めたことをひっくり返すのは、地面に埋まっている岩を道具を使わずにひっくり返すよりも大変です。
 けどその時は、根気よく粘ったかいがあったのでしょう。 
 チルノちゃんはずっと話したがろうとはしませんでしたけど、私が懸命に語りかけるうちに静かになって、湖の岸に座り込み、ぽつぽつと途切れ途切れに、昔のことを語ってくれたのです。
 私は隣に座り、一言も聞き洩らさないように、じっと耳を傾けました。

 まず私が知ったことは、チルノちゃんはやっぱり、自分が妖精として生まれた場所をはっきりと覚えていないということでした。
 霧の湖も別にふるさとということではなく、それまではずっといろんなところを漂っていたのだとか。
 たまたま、ここの湖の水を凍らせるのが楽しいことに気づいてから、この岸辺で暮らしているだけだったそうです。
 次に私が知ったことは、チルノちゃんが私と違って、もう数えきれないくらい春も夏も見てきているということ。
 これには、びっくりしてしまいました。そうは見えなかったのですけど、チルノちゃんは私よりもずっと年上だったのです。
 そしてもっとびっくりしたのは、チルノちゃんは妖精の仲間を持ったことがなく、私に会うまで妖怪や人間としか知り合いがいなかったということです。

 なんてかわいそう、と私は思いました。
 はぐれ妖精になる前の私は、生まれてから周りに妖精の仲間がいっぱいいて、みんな優しくしてくれたし、なんでも助けてくれました。
 でもチルノちゃんは、生まれてからずっと他の妖精と付き合うことなく、一人で生きてきただなんて。

 でも、たまたま見つかってないだけで、どこかにきっとチルノちゃんの仲間がいるのかもしれません。
 そう思った私は、勢いよく立ち上がって言いました。

「ねぇチルノちゃん! 一緒に探そう! チルノちゃんのふるさと!」

 その時、チルノちゃんがそれまで見たことがないくらい、真ん丸の目になりました。

「きっとそこに、チルノちゃんの仲間もいるよ! 私も一緒に探してあげる!」

 この世界のどこかにある、チルノちゃんのふるさとを見つける。
 今思い出してもそれは、妖精の私たちにとって、すごく大きな目標だったんじゃないかな、と思います。
 そして妖精であれば、当たり前の望みでもありました。
 だって普通の妖精は、生まれた場所が一番好きで安心できる所で、その恵みを受けるために、そこからなるべく離れて暮らさないようにしているくらいなのです。
 だから私が協力して、チルノちゃんのふるさとを見つけてあげたら、それはきっと何よりの素敵なプレゼントになると思ったんです。

 それが、私たちの夏の冒険が始まったきっかけでした。




 ◆◇◆



 
 目標を立ててから、十日目のことです。

 私とチルノちゃんは、人間の里の外れにある、一軒家の裏に来ていました。
 夏の雲は食いしん坊。だからすごく太ってる。でもそのおかげで、世界が溶けちゃわないですんでる。
 私が春に聞いたそんな噂は、本当のことだったみたいです。
 とても空がまぶしくて、日差しが強くて、色んなものが歪んでみえます。
 もし雲が消えちゃって、これ以上お日様が元気になっちゃったら、本当に世界が溶けてなくなっちゃうんじゃないかと思います。
 でも氷の妖精のチルノちゃんは、溶けちゃうどころか、すごく元気でした。

「さぁ大ちゃん! 今日も計画を立てるわよ!」

 いつもの自信たっぷりの笑顔を浮かべて、大張り切り。十日前からずっとこんな調子です。

「じゃあチルノちゃん、今日調べに行く場所を決めようね」

 私もそう言って、小屋の陰にある日の当たっていない涼しい所を選び、黄色い大きな紙を広げました。
 これは地図というもので、この家に住んでいる人が、私たちにくれたものです。
 その読み方をはじめて教えてもらった時、私は本当にびっくりしました。
 私が過ごしていた場所は、この世界の本当の本当の本当~のちょびっとしかないっていうことがわかったんです。

 例えば私が住んでいた場所を小石だとすれば、太陽の畑は岩くらいの大きさでした。
 そして、迷いの竹林は小高い丘くらいの大きさで、この世界全体は霧の湖くらいの大きさという感じでした。
 でも聞いたところによれば、この世界の外側には、もっともーっと大きな世界が広がっているんだとか。
 凄すぎます。そんな広い世界、考えただけで目を回してしまいそう。

 それはともかくとして、始めの方はあてずっぽうに目的地を探していた私たちは、今ではこの地図を手がかりに計画を立てるようになったのです。
 地図を読むのは、ずっと私の役目でした。
 というのもチルノちゃんは、昨日ようやく地図の見方を覚えてくれたばかりだからです。
 最初は、「どうして山がこんなに平べったいのよ」とか、「どうして湖がこんなに乾いてるのよ」とか言っていて、納得できなかったみたい。
 今ではチルノちゃんも、地図を読むことにとても積極的です。

「ここも行ったし、ここも行ったし……あと行ってないのは、ここと、ここと、ここと、ここと……」
「まだまだいっぱいあるね。ここはまだ全部回ったわけじゃないし、こっちだって……」

 お互いに地図を指さしながら、相談します。
 チルノちゃんは私よりも色んな場所を知っていましたが、それでも地図の全ての場所を見て回ったわけではないし、まだまだ行ったことのない所はたくさんありました。
 なのでそういった場所を二人で巡っているのですが、今のところ、チルノちゃんのふるさとらしい所も、その手がかりになりそうなものも見つかっていません。
 きっと残っている場所のどこかにあるはずなのですが、その残っている場所もあと何日かければ全て回れるか、見当もつきません。

 うーんと私たちが考え込んでいると、家の方から物音がしました。
 白い四角が並んだ戸が、横に静かに開き、腰の曲がった『おばあさん』が出てきます。

「せいがでるねぇ」
「あ、ミチバー。おはよう」

 私は地図から顔を上げて立ち上がり、きちんと挨拶しました。

「もう起きてていいの?」
「今日は調子がよくてねぇ。それにこの頃は、二人の顔を見るのが何よりの楽しみでねぇ」
「ミチバー! ここ! ここ見て!」

 チルノちゃんが地面に広げていた地図を指でせわしなく叩いて、はしゃいで言います。

「あたい、昨日はここに行ったのよ! 大ちゃんと一緒にね! 大ちゃん、こーんな顔して叫んで逃げてたのよ? おかしいでしょ!」
「だ、だって! あんな風にうねうね動く木なんて知らなかったもの!」

 私は言い訳します。
 昨日行った魔法の森は、噂以上におっかないところで、ほとんど探検することができませんでした。
 すごくじめじめしているし空気はにごっているし、油断してるとうねうねと動く木が追いかけてきたりするのです。
 あの森はまだ十分に調べてないけど、できれば、次に挑戦するのは、もう少し経ってからにしてほしいかな……。

「そうそう。大ちゃんのお菓子だけどねぇ」

 楽しそうに話を聞いてくれていたミチバーが、シワの深い顔を私の方に向けます。

「もう昨日のうちに全部売り切れちゃったよぉ」
「え、本当?」
「あれは小さい子だけじゃなくて、私ら大人が食べても美味しいからねぇ。後でお礼に何かあげないと」
「う、ううん。地図をくれたお礼だし……また作るから……」
   
 なんだか、くすぐったい気持ちになりました。
 だって今まで私のお菓子のことをほめくれたのは、妖精の友だちだけでしたから。
 春の妖精はもういません。私のふるさとも、もう思い出の中にしかありません。
 今の友だちは、チルノちゃんとミチバーだけです。二人とも全然タイプが違うし、ミチバーは妖精じゃなくて人間です。
 けど、いつもお菓子や飲み物を私たちにくれて、地図や場所も貸してくれる、とても優しい人です。
 それに私たちの知らない様々なことを、おっとりとした口調で教えてくれたりもします。
 
 そうだ。もしかすると、今回も聞いてみたら、何か教えてくれるかも。

「ねぇミチバー。ミチバーは夏でも冷たい場所って知ってる?」

 ミチバーの温かい眼差しが、私の隣に移りました。

「そうだねぇ。チルノちゃんのいる場所はいつも冷たいねぇ。小川とかも湖もいいけど、チルノちゃんほどじゃないねぇ」
「当ったり前よ! あたいは最強だもん!」

 チルノちゃんは腰に手を当てて、得意そうに胸を張ります。
 すごいかもしれないけど、それでは困るのです。
 実は、十日前から色々なところを回って、一つわかった残念なことがあります。
 それは、どこに行っても、チルノちゃんの羽よりも冷たいものは見つからなかったということでした。
 チルノちゃんが氷の妖精なら、氷があるような冷たい場所で生まれたと思うんだけど。

「チルノちゃんが行ったことがなくて、冷たくて涼しい場所……」

 私はつぶやきながら、もう一度地図を眺めました。
 たとえば、冬という季節はとっても冷たくて寒いそうです。
 その季節では氷も珍しくないといいますし、チルノちゃんのふるさとになりそうな場所はたくさんありそうです。
 でもそれなら、こんなに暑い夏の間にチルノちゃんが消えていない理由がわかりません。
 きっとどこかに、今の季節でも冷たい場所があるはずだと思うんだけど……。

「そぉそぉ」

 とそこで、宙を見上げていたミチバーが、ゆっくりと顔を動かしながら言いました。
 
「うちの孫が、だいぶ前にあの山に行ったらしくてねぇ」
「あの山に?」
 
 私とチルノちゃんも、ミチバーの指が示す方角にそびえたつ、大きな山に目を向けました。
 上半分は白っぽい灰色でごっつくて、下半分は緑の森のスカート。
 この世界のどこにいても、くるりと一回転すれば必ず目に入るくらい立派なその山は、『妖怪の山』と呼ばれてます。

「そうそう、あの山の上の方はとても涼しくて、一年中溶けずに残ってる雪や氷があるという話をしてくれたよ」
「それじゃあ……チルノちゃんのふるさとは、山にあるのかな」

 私は期待と同じくらい不安が大きくなりました。
 一度だけチルノちゃんを追って、ふもとの森に足を踏み入れたことはありましたが、山に登ったことはありませんでした。 それにあそこにまつわる怖い噂は、他の場所よりもずっと多かったのです。
 たとえば、上に行けば行くほど強い妖怪が住んでいて、よそから来た者は誰であっても許さないとか。
 『普通の妖精が行ったらダメな場所ランキング』を作れば、一位になるような所です。
 今の私は一応、普通の妖精じゃなくて、はぐれ妖精ではあるんですけど。

「どうする? チルノちゃん……」

 困った私は、隣を見ました。
 チルノちゃんは、とても難しそうな顔をして山を睨んだまま、黙ってました。
 何だか意外です。いつものノリで、「すぐに出発するわよ大ちゃん!」って元気よく言うと思ったのに。

 私はピンときました。
 きっとチルノちゃんも山が怖いのです。
 どんなに強がってみせても、チルノちゃんはただの妖精で、妖怪に敵うほどの力はないでしょう。
 見つかって、捕まって、ひどい目にあって、一生山から出られなくなるかもしれません。

 でももし、それでも行かなきゃいけない理由があったら……。
 他に手がかりがあるわけではありませんし、そこにチルノちゃんのふるさとがあるなら、 

「行ってみようよ、チルノちゃん」
 
 私は怖いのを隠し、思い切って言いました。

「生まれた場所、見つけたいんでしょ? 私もついていくから」

 チルノちゃんは山から視線をずらし、私の方をジッと見つめます。
 それから口元を引き結び、力強くうなずいて、

「うん! じゃあ行こう大ちゃん! 今すぐ!」

 と宣言しました。
 私は怖い気持ちを忘れて、思わず微笑んでしまいました。
 だって、やっぱりこっちの方が、ずっとチルノちゃんらしいですもん。

「気をつけてねぇ。もし故郷が見つかったら、私にもちゃんと教えておくれよぉ」
「うん!!」

 私たち二人は笑顔でうなずきました。
 はぐれ妖精じゃなくても、ミチバーだって、私たちの大切な仲間に違いありません。 




 ◆◇◆




 がさごそざっざ、がさごそざっざ。
 
 頭よりも高い草の中、前を行く氷の羽が、時々のこぎりみたいな音を立てながら、見え隠れします。

 変なことを聞きますけど。
 まだ会ったことのない誰かさんの家に、突然押しかけて勝手に入ったら、いけないことだと思いませんか?
 しかも、いきなりその誰かさんにぶつかったり、その足を踏んづけちゃったりして、ごめんなさいも言わずに出ていったら、ますますいけないことだと思いませんか?

 その時の私たちは、まさにいけないことをしていました。
 霧の湖の近くにある林は優しくて、迷いの竹林は物静かで、魔法の森は――好きじゃありませんけど、暗くて眠っているような感じ。
 そしてこの妖怪の山の森は、とても賑やかで元気が有り余っている感じでした。
 草木もどれもすごく太ってて力強くて、立ち止まって見渡すと、自分がアリさんくらい小さくなったみたい。

 でもここに生えている「人たち」は始め、私たちを面白がって歓迎してくれていたんです。私は花の妖精だから、そんな気持ちがちゃんと伝わってきます。
 そういう時は、こちらも礼儀正しくして、森の奥に入らせてもらうものです。それは妖精と自然の間の、当たり前の作法でした。

 ところがチルノちゃん、お行儀が悪いなんてものじゃありません。
 周りの木さんの声に耳を貸さないで、無理矢理やぶをかきわけて進んでいくのですから、たまりません。
 後ろを泳ぐようにしてついていく私は、ちぎれた葉っぱが、顔や服にくっつくたびに、身がすくみました。

 ――なんじゃこやつら!
 ――どこから来おった!
 ――ワレの足を踏むでない! 
 ――何か言わぬか! 失敬な!

 そんな風に、あらゆる方向から睨まれたり叱られたりしている気分です。

「ねぇチルノちゃん。やっぱり飛んで行かない?」
「ダーメ!」

 私の三度目の相談に、チルノちゃんは三度目のダメを言いました。

「さっきも言ったでしょ。ここには色んなやつらがうろついているんだから、見つからないようにしないといけないのよ」
「うん……」

 色んなやつらというのは、きっと妖怪のことでしょう。
 もちろん私だって、見つかりたくはないですから、チルノちゃんの言うことにうなずいて従うしかありません。
 私は心の中で周りの草や木に頭を下げながら、黙って冷たい緑の穴を進むことにしました。

 それにしても、やっぱり長いなぁ……。
 一度目のダメを言われた時が、まるで昨日か一昨日のことのようです。
 それは、ミチバーの家を出発して、山のふもとに着いた時でした。
 この上の方、そのどこかに私たちが探している場所がある。
 やる気に溢れていた私たちの前に立ちはだかったのは、緑のやぶでびっしりとおおわれた、巨大で急な坂。
 妖怪の山のつま先は、近付いてみるとすごく大きくて、視線を上げていくうちに、その場に引っくり返ってしまいました。

 二度目にダメと言われたのは、チルノちゃんがこの終わらないヤブの中に飛び込んだ時です。
 「うおお!」とか「がおお!」とか叫びながら、草の中に突撃していく背中に、私はたまらず提案したのでした。
 結局その時も、チルノちゃんに同じ理由で説得されちゃったんですけれど……。
 でもいくら進んでも、自分たちが今、山のどの辺りにいるのかが、全然わからないのが不安です。
 せめてこのムシムシしてチクチクして申し訳ない気持ちになるヤブの道が、早く終わってくれればいいのに。

 私の思いが通じたのは、それからだいぶ後のことでした。
 ようやくヤブが終わって、開けた場所に出ることができたのです。
 ところが……。

「ここ、どこ?」

 私は思わず、そう口にしていました。
 そこは薄暗ーくて、ごつごつした木の影がたくさんあって、ひっそりとした怖い場所でした。
 私の知っている樹よりもずっと太くて、ゲンコツを固めて緑色にしたような幹。
 そして、私の体よりも太い枝が、にょきにょきとあちらこちらに伸びていて、動き出さないのが不思議なくらい変な形で、ポーズを取っていました。
 そんな樹の影が、一、二、三、四……数えきれないほどあるのです。
 まるで魔法の森の兄弟みたい。いかにも何かが出てきそうな、危ない雰囲気の場所です。

「あっちに行くわよ大ちゃん」

 チルノちゃんが、二またに分かれた木の向こう側を指さし、そちらを目指して歩き始めました。

「あたいの勘がこっちだって告げてるわ」

 私は文句も言えずに、その後ろをついていきました。
 近くで見ると、ごつごつした緑の木は、コケと葉っぱでお化粧をした、おじいさんやおばあさんの木でした。
 いきなり現れた私たちを、興味深そうに見下ろしています。
 薄暗いのは、青空が木の葉っぱで全部隠れちゃってるからでした。

 日の光が当たらない場所をずっと歩いているせいか、山に登る前のような元気は、もう残ってません。
 けれどチルノちゃんの方は、まだまだ元気いっぱいの様子です。
 やっぱり自分のふるさとを見つけるというのは、ワクワクするものなのでしょう。
 私も、もし自分が生まれた頃のあの場所に帰れるということを聞いたら、どんなことをしてでも帰りたいと思うはずですから。
 チルノちゃんが生まれた場所、早く見つかるといいな。それもできれば今日のうちに……。

「あったわ大ちゃん! 見つけた!」
「ええっ!?」

 は、早すぎます。もう見つかっちゃったなんて。
 私は慌てて、走り出したチルノちゃんの背中を追いかけました。

「これ! ここがあたいの生まれた場所に違いないわ!!」

 急停止して振り返ったチルノちゃんは、その場所をパーで示して、自信たっぷりに言いました。
 けれど……私にはどうもピンときませんでした。
 だって、

「チルノちゃんは木の妖精だったの?」
「は? ちがうわよ。バカじゃないの大ちゃん」
「…………じゃあ何でここがチルノちゃんが生まれた場所だと思ったの?」 
「でっかくて強そうでカッコいい形だからよ!」

 私は思わずため息をこぼしました。
 そんなことだろうと思ったのです。

 チルノちゃんが示してるのは、大きな木が折れてうろになって、不思議な形になっているものでした。
 元はきっと、相当大きな木だったのでしょう。怪物が口を開けているようで、今にも怖い声で叫んだり、長い舌を伸ばして呑みこんできそう。
 そして確かに、チルノちゃんが好きそうな感じではありますが、

「チルノちゃんは氷の妖精なんだから、もっと冷たそうな場所だと思う」

 と正直に感想を伝えると、

「……そうね! じゃあ他にもっといいのが見つからなかったら、ここがあたいの生まれた場所ってことにするわ!」

 と、チルノちゃんは元気よく駆けだしました。
 あーもう。生まれた場所っていうのは、そういうのじゃないのに~。
 どうやらチルノちゃんは、妖精にとって故郷というのがどういう意味なのかをわかってないようです。
 これもはぐれ妖精だからなのかしら。だったら、私がちゃんと教えてあげないと。

「大ちゃん! またあったわ! あたいが生まれた場所!」

 チルノちゃんは一体何回この世に生まれたの? と私は思わず訊ねたくなりました。
 今度示された場所は、組み合わさった大きな岩の隙間にある穴でした。
 確かに、これはさっきよりは可能性がありそうです。

「じゃあチルノちゃんは、この穴から生まれたってこと?」
「うん! きっとそう!」

 私はしゃがみこんで、その穴をじっと見つめ、それから振り返り、ある疑問を抱きました。

「チルノちゃんの頭、ここに入るかな?」
「もっちろん!」

 と言って、チルノちゃんはその岩にいきなり体当たりするように、小さな穴目がけて飛び込みました。
 
 ゴチン!!

「イタッ!」

 大きな音がして、私は自分が頭をぶつけたわけでもないのに、思わずそう叫んで顔をしかめました。
 けれどもチルノちゃんはめげずに、

「んぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃ!!」

 と、両手両足をバタバタと動かしながら穴の中に入ろうとします。
 でもチルノちゃんの頭の方が大きすぎて、やっぱり入れないみたいでした。
 妖精は花の中に隠れられるくらいの大きさの子もいるので、この穴を住み処にしてる子もいるかもしれませんが……。
 しばらく私が見守っていると、急にチルノちゃんの動きが止まりました。
 それから彼女は顔を穴から離し、片手を突っ込んで、何か長いものを取り出しました。

「大ちゃん! ほら! ヘビがいた!」
「きゃー!」

 ぐにゃぐにゃと動く緑色のそれを見て、私は悲鳴を上げました。

「大ちゃんパス!」
「きゃーあーあー!?」

 私は投げつけられたヘビさんをお手玉してから、ヤブの中に思わず投げこんじゃいました。
 たまらず叫んで抗議します。

「もー! やめてよチルノちゃん!」
「あ! 大ちゃん大声出してる!」
「ち、チルノちゃんの方こそさっきから!」

 とお互いに言い合ってから、私たちは慌てて口を閉じ、誰か聞いてないかキョロキョロと首を動かしました。
 薄暗い森の中は、虫さんや鳥さんの声が遠くから聞こえてくるくらいで、妖怪の気配はありません。
 目を真ん丸にして周囲を見ていた私たちは、顔を見合わせて……

「…………ぷっ……」
「…………ふふ……」

 思わず笑いが込み上げてきます。
 誰もいないのに、騒いでたりそのことで言い合ったり怖がったりしてる自分たちがおかしかったのです。
 考えてみれば、ここに来るまでも普通に喋っていたけれど、誰かに呼び止められたりはしませんでした。
 それどころか、妖怪さんの姿すら見ていませんし、もしかするとそんなに気を付けることもないのかもしれません。

「それじゃあ大ちゃん、次のあたいが生まれた場所を探しに行こ」

 そう言って、チルノちゃんはまた元気にあふれた足取りで奥へと向かいます。
 私はその後に続きながら、こんな調子だと、きっと今日はチルノちゃんの本当に生まれた場所は見つからないだろうな、って思いました。
 そのかわり、チルノちゃん好みのカッコいい場所がたくさん見つかることでしょう。
 この山が広くて大変なことがわかったので、私としても今日のところは、無事に帰れればそれでもう満足です。

 でも……と私は歩きながら、頭の中で想像を巡らせていました。

 チルノちゃんの生まれたところって、本当にどんな所かしら。
 花の妖精の私が生まれたのは、お花のたくさん咲いている、日当たりがよくてぽかぽかと暖かい野原でした。
 だから、これから見つけようとしてる場所は、きっとチルノちゃんの羽みたいな、きれいな氷がたくさんある所でしょう。
 色とりどりの透き通ったそれらが並んでる、氷のお花畑のような場所かもしれません。
 そして、チルノちゃんみたいに賑やかな妖精がたくさんいるところでしょう。
 きっとみんな氷を作りだすことができて、青だったり水色だったり白だったり、涼しそうな髪の色をしていて。
 
「あっ……」

 私は足を止め、小さく息を呑みました。
 
 そう。その時になって私はようやく、大変なことに気付いてしまったのです。
 この山を登っていた目的は、チルノちゃんのふるさとを探すということです。
 それは生まれてから一度も自分の仲間と出会えなかったチルノちゃんのために、同じ仲間を見つけるという意味もありました。
 でももし、チルノちゃんと同じ氷の妖精がたくさん見つかったら……その時からもうチルノちゃんは、はぐれ妖精じゃなくなります。

 そうしたら?
 私だけが、はぐれ妖精になってしまうのです。
 そして、普通の妖精がはぐれ妖精に対してどういうことをするのかと言えば……
 
「……………………」

 突然、歩いている先が真っ暗闇に見えてきました。
 そこから伸びた見えない紐が、私の喉や胸の奥に絡まってるような気もしてきました。
 暗闇の中に小さく見えている背中を追いかけ、私は呼び止めます。

「ね、ねぇチルノちゃん」
「何?」
「一度山を下りて、もう一度考えてみない?」
「まだまだ! 今日は日が沈むまで、ずっとこの山を探検するんだから」

 胸の中の紐の結び目が、また一つ増えたような気がしました。

「で、でも見つかるかどうかわからないし……」
「見つかるわ! 絶対この山に何かある! 最強のあたいの勘がそう告げている!」
「疲れてきてない?」
「全然!」
「お腹が痛くなったりしてない?」
「全然」
「足がズーンって重くなってたりとか、暑さで頭がクラクラしてたりとか、何だか胸がズキズキしてたりとか」
「………………」

 ちょうど広場の端っこに来たところで、前を行く背中が立ち止まり、私も自然と足を止めました。
 くるりと振り返ったチルノちゃん。
 私は思わず身を縮めました。

「もう! 大ちゃんの弱虫、意気地なし!」

 久しぶりの、チルノちゃんの怒った顔です。
 そして私は昔から、誰かの怒った顔が苦手でした。

「大ちゃんは行きたいの? 行きたくないの? どっち!?」

 キンキンとした声に頭を叩かれます。
 大きな声を出さないという決まり事も、チルノちゃんはとっくに忘れてしまってるようです。

 一方、私は何も言えませんでした。
 チルノちゃんのために、故郷を見つけてあげたい。それは私の本心です。
 でも一人ぼっちの仲間外れにはなりたくありません。それも私の本心です。
 だから、ここに来るまでは行きたかったけど、今は行きたくなくなった、というのが正直な答えでした。

 自分勝手な話だって、わかってます。始めにチルノちゃんのふるさとを探そうって言ったのは私の方なんですから。
 今さらこんな気持ちをチルノちゃんに正直に伝えても、許してくれそうにありません。
 答えに迷っていると、


 …………キ――――――ン、ピシュォオオオオオオオオオオ…………

 
 耳に針を差しこまれたような、鋭くて大きな音が、頭のずっと上の方を通り過ぎて行きました。
 ざわざわと緑の天井が揺れて、青空が見え隠れします。
 今の風でちぎられてしまったのか、みずみずしい色の葉っぱが、はらりと私たちの足下に落ちてきました。

 私は別の意味でドキドキしていました。
 今の風はなんだったのかしら。いつも吹いている風とは全然違った気がします。
 チルノちゃんも、厳しい顔で周りに視線を走らせました。
 それから一番近くにあった、大きな茂みを指さして、

「大ちゃんはここに隠れてて。あたい様子を見てくる」

 私はチルノちゃんの言葉に慌てて従いました。
 茂みの裏に移動して、羽をたたみ、なるべく体を小さく丸めます。
 さっ、と目の前に、チルノちゃんが両方の手を出しました。どちらも手のひらに、薄い氷ができています。

「あたいが戻ったら、こうやって氷を鳴らすから」

 チルノちゃんは大まじめな顔で、両手を大きく鳴らしました。
 パキン、と澄んだ音がして氷が割れ、私の顔を涼しい風が包み込みました。
 
「それまで見つからないように、ここを動かないで」
「う、うん……チルノちゃん、あまり遠くに行かないでね。危ないこともしないでね。ちゃんとこの場所に戻ってきてね」

 言ってから、私は不安になります。チルノちゃん、ちゃんとここに戻って来れるのかな。
 
「大丈夫よ。この花を目印にすればいいわ」

 チルノちゃんは自信たっぷりに、近くに咲いていた青い一輪の花を指して言いました。
 私も首を伸ばして、それを確かめます。地上には咲いていない珍しい花で、花びらが一つだけ、ちょっと欠けていました。
 確かに、これを目印にすれば、この場所を間違わずにすみそうです。

「それじゃあ、百数えたら戻って来る」

 そう言って、チルノちゃんは勢いよく飛んで行き、林の奥に消えてしまいました。
 私は茂みの中にしゃがみこんで、周りの草と呼吸を合わせました。
 こうすることで、他の誰にも見つからなくなるのです。花の妖精である私の、ひそかな特技でした。
 いつ合図の音がしても聞こえるように、耳に手を当てます。
 その状態で私は、心の中で一から百まで数えはじめました。
 
 いーち、にーい、さーん、しーい……。

 ところが百まで数えても、チルノちゃんは戻ってきません。
 氷の鳴る音も、全然聞こえてきません。
 もしかしたら、私が数えるのが速すぎたんじゃないかと思って、もう一度試してみました。

 よんじゅきゅう、ごーじゅう、ごーじゅいち、ごーじゅに……。

 そして、百が五回繰り返される間、私の頭の中を、悪い想像が次から次へと流れていきました。
 チルノちゃんは、やっぱり迷子になってしまったんじゃないか、とか。
 もしかすると、妖怪に捕まってしまったんじゃないか、とか。
 もしくは、もっとひどいことになってるんじゃないか、とか。
 ああ、早く無事に帰ってきてチルノちゃん。


 ………………ぇ…………ぅ………………。


 息が止まりそうになりました。
 チルノちゃんが行っちゃったのとは別の方向から、話し声が聞こえたのです。
 木の葉のざわめきじゃありません。あれは間違いなく話し声です。
 そして、チルノちゃんじゃないのは間違いありませんでした。

 ひょっとして……山の妖怪さんでしょうか……!?
 見つかったら大変です。私は目を閉じて、もっと集中して周りの草と呼吸を合わせました。
 妖怪さんなら、こうしていれば私の気配に気づかないはずだから。

 ところが話し声は、どんどん私の方に近付いてきました。
 しかもまた違う方向からも、別の話し声が近付いてきたんです。
 話し声はやがて、この広場にたくさん集まってきて、ついには騒がしいくらいになりました。
 もう我慢できなくなった私は、自分との約束を破ってしまいました。
 目を薄ーく開けて……周りを確かめてみて……。








 ええっ!?

 そう声を上げなかったのが不思議なくらいです。

「やっほーみんなー!」
「一番乗りは私だったわー!」
「私は二番乗りー!」

 私は目の前の光景に、びっくり仰天してしまいました。

「私たちは四番と五番!!」
「久しぶりー!! 元気してたー!?」
「あんたはコナラの木の精!? 私たちと同じね! こっちの輪に混ざりなよ!」

 そう。
 いつの間にか薄暗い森の中の広場に……妖精がたくさん集まっていたんです。
 あっちにもこっちにもいっぱい。いくつものグループが、お喋りしたり踊ったり手を振ったりしています。

 すぐに私は、彼女たちが山の妖精だということに気付きました。
 考えてみれば、これだけたくさんの草木が生えているのですから、妖精がたくさん住んでいるのは当然のことでした。
 そうすると、これってもしかして、山の妖精の大集会?
 この広場は、彼女たちの集会所だったのかしら。

 私は目を見開いて、もっとよく彼女たちを観察してみることにしました。
 え、怖くないのかって? 
 怖かった気持ちなんて、もうとっくに消えちゃってます!
 前にも言いましたけど、妖精は好奇心をエネルギーにして生きてるようなものなのです。
 
「クヌギのジュースほしい人ー! 早いもの勝ちだよー!」

 クヌギのジュースってどんな味かしら。
 山の妖精も、甘いものが好きなのかな。 
 
「その服、何の花で染めたの? とってもステキな色ね」

 多くの子は、ふもとの妖精とは似ているようで違う格好をしています。
 きっと山にしかない花や木から生まれた子たちなのでしょう。

「それー!!」
「あー! やったなこのー!」
「うわーん!」
「ぎゃひーん!」
「ばんばーん!」

 みんな、蝉さんの鳴き声に負けないくらい大きな声です。
 ふもとの妖精であっても、夏の妖精は元気が有り余っている感じですけど、この山に住んでいる妖精はなおのこと元気な様子でした。
 今のところ、チルノちゃんに似た子はいません。
 水色の髪の子はいたけど、羽は蝶の羽でしたし、氷の妖精には見えませんでしたので。

「この前、天狗にイタズラした子が、ひどい目にあったんだって」
「風で羽が取れちゃいそうになったみたいよ」
「矢で撃たれて消えちゃったーって話も聞いたけど」

 矢? それは一体なんのことかしら?
 天狗という妖怪は、見たことはないけど噂に聞いたことがあります。
 この山にたくさん住んでるといいますが……。

「じゃあ今度は、貴方とペアを作らない?」
「あいよー。ついておいでー。ワン・ツー・ハーフターン!」

 わぁ、なんて素敵なダンス!
 はぐれ妖精になってからずっと、二人で手を繋いだり、皆で輪になったりして踊るあの面白さを味わえてません。
 だってチルノちゃんはダンスが大々々嫌いで、私がその話をするとすぐにゴキゲン斜めになるんです。
 この光景を見たら、チルノちゃんも踊ってみたくなったりしないかな。

 ダンスしている二人の子は、小さな光の弾を振りまきながら、空中を弾むようなステップで移動しています。
 やがて踊るペアの数はどんどん増えていき、林の中はますます明るく、賑やかになりました。
 もうこの広場だけでは、広さが足りてないように思えるくらい、山の妖精だらけです。

 その時でした。
 一番元気に踊っていた黄色とオレンジのペアが、足を絡ませて他のペアとぶつかっちゃいました。
 そして、「どわぁああああ」とお互いを転がすように激しく回転して、私が隠れている茂みに倒れ込んできたのです。
 
 「きゃ!」と私は思わず小さな悲鳴を上げて、体を引きます。
 それが失敗でした。
 声を出したり動いたりしなければ、まだ植物と勘違いしてくれたままだったかもしれないのに。

「あれ? そこに誰か隠れてるわよ?」

 ドッキーンと、私の胸が鳴りました。
 ついに見つかってしまいました! どうしよう!

「かくれんぼしてるの?」
「早く出てきなよー」

 出て行っても大丈夫なのでしょうか。
 いいえ、大丈夫なはずがありません。
 ふもとの妖精の大集会でも、私ははぐれ妖精だということがすぐにバレてしまったのですから。
 ここで顔を出したら、すぐに別のところから来た妖精だとわかってしまうでしょう。
 それからはどうなるのか、考えたくもありません。

 お喋りをしていた他のグループも、みんな私が隠れている場所に注目し始めました。
 こうなると、隙を見て逃げ出すことも難しそうです。
 チルノちゃんが近くにいれば助けを呼びたいのですが、まだ氷の鳴る音は聞こえてきません。

「何で出てこないのかしら」
「恥ずかしがり屋だとか?」
「まだ来てない子って誰だっけ」
「新入り? それとも……」

 きゃー大変!
 何かうまく時間を稼ぐ方法を、私は必死になって考えました。
 そして、

「わ、私が誰か当ててみて!」

 なぞなぞ遊び。
 それは、とっさの思いつきでした。
 この遊びは、妖精の大好きな遊びの一つですし、きっと時間を稼げるんじゃないかって。
 思った通り、山の妖精の子たちが顔を見合わせて、

「誰だろう?」
「声が高いから、石の妖精じゃないよね」
「草の裏に上手に隠れてるし、花の妖精とかかな」

 当たり! と答えてしまいそうになりましたが、私は口をつぐみました。
 そんなに早く正解してもらっては困るのです。なるべく長い間、答えに悩んでもらわないと……。
 と考えていた私の頭に、突然すごいアイディアが浮かびました。

「ひ、ヒントは~、とても冷たいところに住んでます」

 わかりましたか?
 つまり私はチルノちゃんのふりをして、彼女たちからチルノちゃんのふるさとの場所を聞き出そうと思ったんです。
 二人で歩いてみてわかりましたが、この妖怪の山は広すぎます。
 あてもなく探していては、どれくらい時間がかかるか、わかりません。
 けど山に住んでる妖精の子たちなら、もしかするとその場所を知っているかも。
 自分でもびっくりするくらい、大胆な作戦でした。
 ところが、

「冷たいところって?」「西側にある泉とか?」「あそこよりも、日陰の石の裏とかの方が冷たいよー」
「夏だったら、夜の小川よりも冷たい場所なんてないよねー」「雲の中なら、いっつもすごく冷たいよ!」
「わかるわかる。でも山は風が強いから、雲に入ろうとしても、どこかに飛ばされちゃうんだよね」

 私は呆れてしまいました。
 はぐれ妖精だからこんなことを思うのかもしれないけど、ホウセンカの実が弾けてるみたい。
 その後も、ぽんぽんぽんっと出てくる答えを、私は二つの耳で何とか拾い集めました。
 とはいっても、小川や石の裏くらいの冷たさの場所では、希望には届いていません。
 チルノちゃんと同じくらいか、それ以上に冷たい場所じゃないと。
 つまり、

「もっとすごいヒント! 氷のある場所に住んでいます!」

 言ってしまってから、ヒントとしてはやり過ぎだったのではないかと思って、私はすぐに反省します。
 しん、と場が静まりました。
 でもお喋りが止んだのはほんのわずかな時間で、またまたみんな難しい顔で考え始めました。

「氷ってなんだっけ?」「あんた何も知らないのねー。水が固まったら氷になるのよ」
「あんたこそバカね。水がどうやって固まるのよ」「だから冷たいと固まるんでしょ」
「あれでしょ? 河童がたまに作って食べてる、イチゴで味付ける前のアイスキャンディー。それが氷よ」
「イチゴ味じゃなきゃダメなの?」「そう。ダメなの」「ミカン味だとどうなるのかしら」

 私はまた呆れてしまいました。
 時間を稼げている気はしましたが、大事な目的の方には近づけている気が全然しません。
 でも、私だってこの山の子たちをバカにすることはできない気がします。
 だってチルノちゃんと会うまで、私も氷に触ったことがなかったし、どういうものかも知らなかったんですから。
 せめてこの中に、ちゃんとした氷を見た子がいるとよかったんだけど……。

 ところが、

「ああ、もしかして……仲間外れの冷たい子の歌のことじゃない?」

 仲間外れの冷たい子の歌……?

「そ、それはどんな歌?」

 私は思わず、茂みに隠れたまま聞いていました。
 すると妖精の子は、大きな声で歌いはじめました。

「ずっとずっとずーっと、ずっと前の~♪」
「ずっと前の冬に~、生ーまれた子~♪」

 別の子が歌声を合わせます。
 そして、久しぶりに聞く妖精の合唱……いいえ、はじめて聞く山の妖精の合唱が始まりました。


 ずっとずっとずーっと、ずっと前の~♪

 ずっと前の冬に~、生ーまれた子~♪

 雨より川より冷たい子~♪ ずーっと溶けない氷の子~♪

 花と遊んでもこおらせて~♪ 虫と遊んでもこおらせて~♪

 どーこに行っても 嫌われて

 誰と遊んでも 嫌われて
 
 なーかま外れにされちゃって

 その子は山から消えちゃった
 
 その子の仲間はどこにいる? 

 その子が生まれたとこにいる

 暗い暗ーい穴の中

 見つからないし 入れない

 氷の子しか 入れない 

 さらさらさら から ごうごう へ

 横だったのに 縦になる
 
 落ちるの簡単 戻るの大変
 
 どこにあるかは わからない

 冷たいあの子は 消えちゃって

 平和になって おめでとう

 おしまいに歌声がぴったりと重なりました。
 歌い終わってから、みんなは拍手したり飛び跳ねたりして喜んでいます。

「山にいる子なら、みんな知ってるよねー」
「えー。私初めて聞いたー」
「ずーっと昔からあるけど、なんでこんな変な歌があるのかしら」

 黙って聞いていた私は、胸のドキドキがおさまりませんでした。
 ずっと前の冬に生まれた、雨より川より冷たい、溶けない氷の子。

 それはきっと、チルノちゃんのことです!
 つまりチルノちゃんが生まれた場所は、やっぱりこの山にある!
 そのヒントは……

「暗い暗い……氷の穴の中っ!」

 興奮した私は叫んで立ち上がっていました。
 そして、姿を見せた私を見て、山の妖精の子たちは皆、あんぐりと口を開けていました。

 あ……。

 このパターン……もしかして……。


「はぐれ妖精ッッッッッッッッッ!!!!」


 三つ編みのがっしりした体の子が、私を指さして叫びます。
 咄嗟に逃げ出した私の背中に、他の山の妖精の怒った声がぶつかりました。

「待てー!」
「追いかけろー!」
「やっつけるのよー!」

 声だけじゃなくて、いろんなものが後ろから飛んできます。そのうちのいくつかは、私の背中に当たりました。
 前に大集会で追いかけられた時の記憶を、なぞっているみたいです。
 そしてもっと悪いことに、ここは私の知っている場所ではなく、彼女たちの庭みたいなもの。
 どの道を通れば逃げ切れるかもわからず、無我夢中で進むことしかできない私が捕まるのは、時間の問題でした。

 でも私はあの時よりも、たくさんの冒険を経験してましたし、あの時ほど泣き虫じゃありません。痛いのだって我慢できます。
 何より、行くあてもなかったあの時と違って、今の私にはちゃんと目指すものがある!

「さらさらさらから……ごうごうへ……!」

 ぬかるみをジャンプで跳びこえて、

「横だったのに……縦になる……!」

 ツタのアーチをくぐりぬけ、
 
「落ちるの簡単……戻るの大変……!」

 私は何度も心の中で繰り返し、覚えようとしました。

 早くチルノちゃんに、このことを伝えてあげないと。
 今日まで二人で探してきて、やっと見つけた本物の手がかりなんですから。

 でも、チルノちゃんがその場所を見つけてしまったら、私は……。

「っ!?」

 走るリズムがずれちゃった瞬間、私は木の根っこに、つまづいてました。
 すぐに、背中に叫び声が、おぶさってきます。

「捕まえたー!」
 
 私は肩越しに後ろを見ました。
 視界の真ん中で、大きく迫りくる一匹の妖精と、他にも何匹もの山の妖精が……。


 パシューン、と光の粉を撒き散らして、みんなかき消えました。


 全て。あんなにいた妖精が、一度にまとめて消えてしまいました。
 その一瞬前、頭の上を猛烈な風が通り過ぎていったことに、私は気づいていました。
 その音を出した何かは、草や木の葉をちぎって飛ばし、木に突き刺さってプルルルル……と震えて、やがて止まりました。

 それが、生まれて初めて私が見た本物の『矢』でした。
 私は座ったまま、幹に突き刺さったそれを、じっと見つめていました。
 何が起こったのかよくわからなくて、言葉もろくに浮かびませんでした。
 
 我に返ったのは、そのすぐ後。
 背後で二回、草を踏むような軽い音がして、首筋を撫でるようなヒヤリとした風が、身体を通り抜けたのです。
 そのまま、サクサクと音が近づいてきて……ぬっ、と私のすぐ隣を、二つの影が過ぎていきました。

 髪の毛を掴んで持ち上げられた気分になります。
 二つの影は、どちらも同じ種類の妖怪さんで、同じ服装をしていました。
 オオカミさんのような尖った白い耳。髪の色も白で、赤くて小さな帽子をかぶっています。
 片方は頬にすごい傷跡があって、見たこともないくらい鋭い目つきをしていました。
 もう片方は、顔も目も細く、白ヤギさんのようなおヒゲが生えています。
 そしてどちらも、体が妖精とは比べ物にならないくらい大きくて丈夫そうです。

 天狗さんだ……。直感的に、私は気付きました。
 いつの間にか私は、山に住んでいる彼らの縄張りまで入り込んでしまっていたのでしょう。
 片方の天狗さんは、幹に深々と刺さった矢を、片手で引っこ抜いてしまいました。
 それから、木くずのついた矢に鼻を近付け、くんくんと動かし、

「ちはついていません。しとめたのは、ただのようせいでしょう」
「このひじょうじに、じゃまなやつらめ」

 ヒゲの生えた方の天狗さんが、不機嫌そうな声で言います。 
 この二人が矢を撃って、山の妖精たちをみんな消しちゃったんだ……と、私もようやくわかりました。
 私だけが助かったのは、偶然その瞬間に転んでいたからで、もしまだ走って逃げていたら、同じ目にあってたかも。

 二人はそのまま、座り込んでいる私に気付いていない様子で、ないしょ話をはじめました。

「けいかいもうに、ひっかかったのはまちがいない。やまのようかいでないものが、きんしくいきにはいりこんでいる」
「いつぞやの、つちぐもというかのうせいもあります」
「むろん、おれもかんがえた。が、けはいはつちぐもにしてはびじゃくだ。くんれんせいのいぬばしりが『水色の姿』をもくげきしたというほうこくをしていたが……」

 声が低くて小さいし、なんだか難しそうな言葉をしゃべっていて、話してることの半分も理解できません。
 でも『水色の姿』という言葉だけは、なぜかはっきりと聞き取れました。
 それはチルノちゃんのことかもしれません。
 でも水色なのはチルノちゃんだけじゃありませんし、違う何かかもしれません。
 それに私たちはただの妖精ですから、見つかってもそんなにひどい目に遭わされないはず……。

「もしみつけたら、どうします?」
「とうぜん、生きては返さん」

 その言葉に、私は暑さがどこかに飛んで行ってしまったような気がしました。

「いかなるきけんのたねもよびこんではならん。ようかいのやまのふもとまで、けいかいもうをひろげるというはなしもでているこのじせいにて、めんどうなめはすべてつんでおかねばならん。われわれ、はくろうてんぐの、めんつにかけてもな」

 その後の妖怪の人たちが言っていることは、やっぱり妖精の私にはよくわかりませんでした。
 ただ、山の妖怪の人たちが、山に入った水色の何かを捜していて……それを消しちゃおうとしているというのは確かなようでした。
 大変です。山に入るのが、そんなにいけないことだったなんて。
 そしてチルノちゃんのことが心配です。もう彼女が、他の天狗の人たちに見つかってしまっていたら?
 それにまだ見つかってなくてもチルノちゃんはきっと、今捜されているという事に気付いていないのではないでしょうか。

 パキーン……パキーン……パキーン……。

「あれはなんのおとだ」

 天狗さんが、小声で言いました。
 私はその音が何なのかわかり、もういても立ってもいられなくなりました。
 あれは間違いなく、氷が打ち鳴らされる音です。
 チルノちゃんがすぐ近くに来ているんです! 
 でもチルノちゃんが見つかったら、きっとこの妖怪の人たちに消されてしまいます。
 そんなことはさせられません!

 私は思い切って、わざと気付いてもらえるように、勢いよく音を出して起き上がりました。
 二人は、ハッとしたように振り返りました。
 髭の生えた天狗さんは左の腰に右手を持っていき、顔に傷のある天狗さんは背中から矢を抜いています。

 そして私の姿を見て、拍子抜けしたように言いました。

「またようせいか。おどろかせおって」
「きゃあっ」

 あっという間に腕をつかまれ、ねじり上げられた私は、悲鳴を上げました。

「いてもよいですかね」
「すきにしろ」

 ヒゲの生えた天狗さんが、あっさりと言いました。

「ようせいは、いくらころしてもへりはせん。ゆみのれんしゅうにはちょうどいい」

 そ、そんなことありません!
 妖怪や他の人たちにとっては、妖精はみんな同じように見えるかもしれない。
 でも本当に、同じ妖精なんて一匹もいないんです。
 それに妖精は皆、自然な形で『還る』ことを望んでいます。 
 悪いこともイタズラもしていないのに、矢の的にされるなんて、ひどすぎます。
 
 でも私は意気地なしで、そんな風に言い返すことなんてできませんでした。
 ただ掴まれた腕を振りほどこうとして、もがくのが精いっぱいでした。
 その時、

「大ちゃんー?」

 こんなピンチのときに一番会いたくて、今は一番来てほしくない子の声がしました。
 私と天狗さんたちは、同じ方向に首を向けます。緑のカーテンが二つに分かれ、涼しげな水色が現れました。

「なんでこんなとこにいるの? あたい約束した場所で待っててって……」

 チルノちゃんの声が途切れました。
 腕をひねられている私を見て、真ん丸だった両目のはしが吊り上ります。

「あんたたち! 何してんのよ!? 大ちゃんが溶けちゃうじゃない!」
「チルノちゃん!」

 逃げて、という前に、天狗さんが私を突き飛ばしました。
 そしてチルノちゃんに向かって、弓につがえた矢を向けます。

 危ない!

 怖くて目をつむってしまう私の前で、ビン、という音がしました。

 そのすぐ後に、ガツンという音が……



 ……ガツン?



「なっ……こ、こやつ」

 私は恐る恐る、目を開けました。
 
 天狗さんが撃った矢は、チルノちゃんに当たっていませんでした。
 それは『氷でできた壁』に深く突き刺さって、止まっていました。
 妖精一匹が隠れられるくらいの大きさです。ヒビは入っていたけれど、砕けてません。 
 その突然現れた分厚い氷の裏側で、キラリと何かが光り、

「ぬっ!」

 キン! と硬くて澄んだ音が、私の頭のすぐ上でしました。
 さらに、キィン、カチン、カパッ、ペキン、コチンといくつもの音が連続して起こり、涼しい風と共に弾けました。 
 びっくりして伏せていた顔を、恐る恐る上げて見ると、天狗さんが目にもとまらぬスピードで刀を動かしています。
 そして、

「大ちゃんを放せー!」

 甲高い叫び声と共に、チルノちゃんが壁の向こうから、こちら目がけて何かを飛ばしているところでした。
 それらはまさにちょうど、私の側に立っている天狗さんの頭に当たるくらいの高さに飛んできて、次々に空中で弾けていきます。
 光の破片が冷気と共に散らばりました。その正体は氷の矢。つまりチルノちゃんの攻撃でした。

「こしゃくな!」

 ざん、という音と共に、私を押さえこんでいた力が消えました。
 尻餅をついた私は、天を見上げ、側にいた二人の天狗さんが、足下の草を蹴ちらして飛び立ったのだと理解しました。
 空と樹、青と緑の境界を、チルノちゃんの姿が横切ります。

「あたいがただの妖精と思ったら大間違いよ!」

 そして、チルノちゃんと天狗さんたちの戦いが始まりました。
 妖精同士のじゃれ合いじゃなくて本物の戦いです。真剣勝負です。
 普通だったら、怖くて見ていられなかったに違いありません。
 けれどもその時は、怖いからじゃなくて、別の理由で戦いが目に映りませんでした。

 あまりにも速かったんです。
 天狗さんは私よりももっと大きな体なのに、飛んでいると風そのものといった感じで、目で追うこともできません。
 チルノちゃんだって、私の知っているどんな妖精よりも速く、勢いよく飛んでいます。
 右へ左へと、風が唸りを上げて、見たこともないような流れを起こしています。
 それに混ざって、突風が葉を散らす音だったり、枝が折れる音だったり、氷が砕けるような音だったりと、色んな音が飛び交っています。
 そのうち、私の目も慣れてきて、戦いの様子が分かるようになりました。

「ち、チルノちゃん……」

 見守る私は、そう呟いたきり、何も言えなくなってしまいました。
 二人の天狗さんは、チルノちゃんを囲むようにすごいスピードで移動し続けながら、隙を見て攻撃しています。
 一方のチルノちゃんは、ジグザグの軌跡を描いてそれらをかわしながら、氷の矢を撃ち返しています。
 天狗さんたちの攻撃に、少しも怯んでいません。それどころか反撃し、打ち勝とうとしています。

 すごい……!
 私はいつしか、その大迫力の戦いに見入ってました。
 チルノちゃんは強がりを言ってたんじゃなくて、本当に強かったんです!
 本気になったチルノちゃんが、こんなにすごいだなんて!
 たった一匹で妖怪と戦える妖精なんて、聞いたことがありません。
 というか、チルノちゃんってホントに妖精なの!?

「これでも食らえ! 冷凍ビーム!」

 と、空中に止まったチルノちゃんが、両手から青白い光線を発射しました。
 天狗さんの一人が、ひらりと身をかわします。
 チルノちゃんは逆立ちして向きを変え、今度は後ろに向かって撃ちます。
 すると、天狗さんが避けたその光線が、離れて見ていた私の方にも飛んできて……

「ひゃあっ!?」

 慌てて身を伏せます。
 ガキリーンというような音がしてから、背後にあった木の幹が、ギザギザの氷のコートをまとっていました。
 ち、チルノちゃん、もっとちゃんと狙ってよ!
 と思ったけれども、そんなことを言ってられる状況ではありません。それくらい、チルノちゃんは必死な様子です。
 私は凍っちゃった木の裏に隠れ直して、戦いを見守ることにしました。

 ひとまず安全な場所に隠れてみると、闘いの様子がよりはっきりとわかります。
 妖精は自然のエネルギーの変化に敏感です。
 だからこそ、目の前で起こっている現象が、自然の暴走として捉えられるようになってきたんです。
 森の中に生まれた小さな嵐の中で、様々な形の氷が生まれ、光の破片となって散っていく。
 まさにそれは、乱暴な風と怒った氷の決闘でした。
 周りの木々や石、そして小さな命も、びっくりしたり叫んだり息を凝らしたりして、闘いの行方を見つめています。

 けどそのうち、氷の気が、風の気によって徐々に封じ込められていきました。
 チルノちゃんの動きも遅くなっていきます。逆に、天狗さんたちは速いままです。

「はっ! いせいがいいのはさいしょだけか!」
「………………!」

 チルノちゃんは言い返さずに、一生懸命氷の弾を作っています。
 とても苦しそうでした。矢をよけながら、やたらめったらに氷の弾を撃っているうちに、疲れてしまったようです。
 けれどもそのチルノちゃんの攻撃も、さっきから全然当たる様子がありません。
 天狗さんたちの方は、まだ余裕がありそうです。頑張って一人で戦っているチルノちゃんを、からかっているのかもしれません。

 あれ? と木の陰に隠れてる私は、何度かチルノちゃんと目が合うことに気づきました。
 闘っている間、青い二つの視線がちらちらとこっちに向けられるのです。
 それだけじゃなく、氷の弾を撃った後に、手で払うような動きもしています。
 とっても真剣な表情です。

 ――あっ……!

 私がさっきチルノちゃんに叫ぼうとした理由と同じ。
 チルノちゃんは隠れてる私に、天狗さんが見ていない間に、「早く逃げて」と言ってるんです。

 あの太陽の畑での出来事を思い出しました。
 はぐれ妖精の私をいじめてきた大勢の他の妖精を、チルノちゃんが一人で追い払ってくれたことです。
 その時は、ただの偶然だったことが後でわかりましたけれど、今度は違います。 
 チルノちゃんは今、本当に私を助けようとしてくれてるんです。

 でもこのままチルノちゃんを置いて逃げ出すなんて、私には考えられませんでした。
 私ももうどこにでもいる花の妖精じゃなくて、一匹のはぐれ妖精なんです。
 そしてチルノちゃんは、私にとって自分以外の唯一のはぐれ妖精。見捨てることなんでできません!

 私も闘わないと! チルノちゃんに任せっぱなしじゃダメ! 助けないと! でもどうやって!?
 だいだらぼっちでも何でもない、ただの花の妖精の私にできることなんてあるでしょうか。
 力の弱くて動きも遅い私でもできることは……。

「ええっと……うーんと……!」

 私はとにかく急いで頑張って考えました。
 早く何か思いつかないと、このままじゃチルノちゃんがやられてしまいます。
 でも、私がここから石か何かを投げたって当たりそうにありません。
 かといって、私が今持っているのは地図の他には何も……

「あっ……あった!」

 私はミチバーにもらった、ガラスの瓶を取り出しました。
 その中にたっぷり入っているのは、ここに来るまでにお菓子用に集めていた木の蜜!
 もちろんこれを投げたって当たるかどうかわかりませんし、天狗さんたちに差し出したって、絶対に許してはくれないでしょう。
 けど、これには他にもすごい使い道があるんです。

 瓶のふたを開けて、中の蜜を手にこぼし、

「それー!」

 と私は宙に投げました。
 それは天狗さんたちが起こしている風に乗って、大きく広がりました。
 あたりいっぱいに、甘酸っぱい匂いが立ち込めます。
 そして、すぐにブーンブーンと多くの音が集まってきました。

「う、うわあ!」
「なんだ一体!?」

 天狗さんたちが大慌てしています。
 三つの大きな影しかなかった空に、小さな点がたくさん集まってきたのです。
 その正体は、木の蜜が大好きな虫さんたちでした。
 この山に生きる虫さんはどれも大きくて、ふもとじゃ見られない、小鳥くらいの大きさのハチさんもいました。 
 さっきまであんなに速く動いていた天狗さんたちは、虫さんの大群に飛ぶのを邪魔されて、大慌てしてます。
 けどチルノちゃんは、いつも体から冷たい空気を出してるので、虫さんも寄ってきません。
 これで、速いのはチルノちゃんの方で、遅いのは天狗さんの方に替わりました!

「そこだぁ!」

 チルノちゃんがまた、青白い光線を放ちます。
 それは見事、天狗さんの一人の羽に命中しました!
 天狗さんは「わー!」と叫びながら地面に落ちていきます。

「あんたにはこっちよ!」

 びっくりして止まっていたもう一人の天狗さんの額に、チルノちゃんが投げた氷の球が命中!
 天狗さんは空中でひっくり返っちゃって、逆さになって落ちていき、やぶの中に頭から飛び込んでしまいました。
 空に一人だけ残ったチルノちゃんが腕を組んで胸を張り、「ハッハッハー!」と大きな笑い声を上げます。
 それから、地上から戦いを見守っていた私の方に親指を立て、

「大ちゃん! ナイス!」

 と言ってくれました。
 やった! 二人で力を合わせて、本当に天狗さんをやつけちゃった!

 私も嬉しくなって、木の陰から飛び出そうとしました。



 ばずん



 何かが弾けるような音がして、私の足が地面に縫い止められました。

 視界の中心にいた、チルノちゃんの体の真ん中に、大きな穴が開いてました。

 今日まで見てきた満面の笑みに影が差し込み、すーっ、と表情が消えていきました。

 私は、まばたきすることも忘れて、その光景を見つめていました。
 それから、思わず叫ぼうとした瞬間、チルノちゃんの姿が、頭からつま先まで、銀色の光の粒に変わりました。 
 光の粒は風に吹きちらされ、そのまま一つ残らず消えてしまいました。

 その下には、さっきビームで地面に落っこちちゃった天狗さんが、弓を上に向けていました。
 きっと、勝ったと思ってチルノちゃんが油断した、一瞬の隙をついたのでしょう。
 天狗さんが新しい矢を取り出し、弓につがえました。
 それから、今度は私の方に向けて、顔の傷が引きつるような笑みを浮かべて……。 
 
 ざむ! 

 地面が揺れると共に、座り込んだ私の前に、大きな影が落ちてきました。 

「なにをしておるきさまら」

 それは私が生まれて今まで聞いた声の中で、一番低い声でした。
 そして、私の前に現れたのは、今まで見た中で一番大きな体の天狗さんでした。
 顔には白い毛がびっしりと生えており、紅色の太くて曲がった線が何本も描かれています。
 まるで、二本足で歩く丸太のような腕と体の白いオオカミさんが、顔に怖い落書きをして、人間の服をまとってるような姿でした。
 すると、さっきまで戦っていた天狗さんたちが慌てた様子で駆け寄り、片方の膝を地面につきながら、

「はっ! このふきんへの、しんにゅうしゃのほうこくをうけ、げいげきにむかっていたところです」
 
 と、一人がそう返事しました。
 すると、遠くで鳴る雷のような音が、すぐ側の、大柄な天狗さんの喉から聞こえてきます。

「……そのとちゅうで、ようせいとたわむれていたとでもぬかすのか」
「そ、それは……」
「うつけものどもめ。ひとをおそえぬうっぷんを、そこらのざこではらし、しかもふかくをとるとは」
「めんもくございません……」

 あんなに自信たっぷりの様子だった二人の天狗さんが、枯れちゃったお花みたいに元気を失くしています。
 耳も尻尾も垂れていて、今にも倒れ込んでしまいそうな感じです。

「ちちうえ」

 今度は、妖精とほとんど変わらない高さの、けれども風鈴のように涼やかな声がしました。
 それは今話していた三人ではない、いつの間にかもう一人いた、体の小さな天狗さんの声でした。
 ピンと耳と背筋を伸ばし、その天狗さんは、はきはきとした様子で言います。

「わたしには、ただのようせいとはおもえませんでした。せんぱいがたのたたかいぶりをみておりましたが、ばあいによっては、じゅうぶんきょういになるかと」
「よけいなくちをはさむな、モミジ」
「はっ……」

 モミジと呼ばれた天狗さんは返事して、顔を伏せました。
 大柄な天狗さんは、カチンと牙を鳴らして、

「いずれにせよ、ようせいごときにてをやいているようでは、やまのぼうびはまかせられんぞ。このさき、ようかいどうしのみぞうのいくさがおこるという、けいじがでておる。そのときは、ようせいどころか、おにをあいてにせねばならぬかもしれぬのだからな。……たて」
 
 その言葉に、しゃがみこんでいた二人の天狗さんが、立ち上がりました。 
 オオカミの頭の天狗さんの体の周りに、つむじ風が生まれ、徐々に大きくなっていきます。

「ゆくぞ。せいぜい、こおりであたまもひえたことだろう。いごけっして、てんぐのなをおとしめるようなまねはいたすな」
「そこのようせいはいかがいたしましょう」
「すておけい」
 
 その時、私の目の前を、ビュォオと大きな風が横切りました。
 砂埃が舞い上がり、葉っぱの切れ端がサリサリと音を立てて逃げ出していきます。
 やがて風がおさまった後、天狗さんたちはみんな消えていました。

 誰もいなくなり、私だけになりました。
 そして自分一人だけになっても、私は時間が止まってしまったかのように、動くことができませんでした。
 目の前で起こったことを受け入れるのが、あまりにも怖くて、辛くて。

 チルノちゃんが……チルノちゃんが消えちゃった。
 私を助けようとして、殺されちゃった。
 ただ一人の、はぐれ妖精の仲間だったのに。ただ一人の友だちだったのに。
 こんな、何もない哀しい別れ方になっちゃうなんて……。

 そんな時でした。
 私の目の前で、何かが集まってきました。
 その眩しい光景は、私の記憶の中にあったものと同じでした。

 あの懐かしい春の記憶。
 最後の仲間と一緒に手をつないで、向こうに還ろうとしている彼女と一緒に行こうとしたとき。

 昔見た光景を逆さまにしたように。時間が戻っていく。
 金の粉粒はやがて白くなり、アイスブルーに。
 そして光はとんどん強くなっていって、女の子の形になりました。
 さらに水色の強い輝きを一度放って、

「あたい、ふっか――つ!!」

 耳になじんだ声が びーん、と空気を震わせて、私の耳に、胸に、飛び込んできました。
 開きっぱなしだった私の口を、涼しい風が通り抜けます。
 チルノちゃんが、浮かんでいました。
 空中で、両手両足と、氷の羽をいっぱいに広げて、浮かんでいました。
 
「何度やっつけられても、あたいは消えない! 今度はあいつらを氷ダルマに変えて、山から転がして、湖に沈めてやる! えい、えい、やー!」
「……………………」
「……あれ? 大ちゃんそこで何してんの?」
「……………………」

 私の時間は、まだ止まったままでした。
 何が起こったのか、全然、全く、何もわかってなくて、魔法で石に変えられてしまったかのように、口を開けたまま立っていました。
 でも、そこにいる。目の前にいる。消えちゃったはずの友だちが、また目の前にいる。
 そのことだけが何とか受け入れられた時、一瞬で体の力が抜けてしまって、

「チルノちゃん……いなくなんなかったぁ……戻ってきてくれたぁ」

 私はへなへなと座り込んでしまいました。

「あはは。大ちゃんったら変なの。泣きながら笑ってる」
「笑ってないよぉ……」

 チルノちゃんのバカ。
 こんなに涙が流れてるのに、笑ってるはずなんてないじゃない。
 けど本当によかった。チルノちゃんが私を置いて、向こうの世界に行っちゃわなくて。
 私は目を何度も何度もこすって、

「でも、どうしてかな。妖精は消えたら、向こうの世界に『還る』はずなのに」
「かえる?」
「うん……」
「あたいカエル好きよ! 凍らせたら面白いし! 今度大ちゃんにも見せてあげるわ!」
「………………」

 もう! チルノちゃんたら!
 カエルさんじゃなくて、あっちの世界に「還る」ってこと!

「それより大ちゃん! どうして約束の場所で待ってなかったの!?」
「え? そ、それは、チルノちゃんが早く帰ってきてくれないから……」
「あたいはとっくに帰ってて、花の所で待ってたわよ。ほら、あそこ」

 と、チルノちゃんが指をさしたのは、すぐ近くに咲いてる青色の花でした。

「ええっ!?」

 これのどこが、あの花なんですか!
 花びらの形も葉っぱの大きさも違うし、匂いだって違います。同じなのは青いところだけです。
 そう。私は忘れてました。チルノちゃんはお花にほとんど興味のない子だってことを。
 だから、ちょっとだけ似てる花であれば、みんな同じに見えてしまうんでしょう。

 ああ、もっと別の目印にすればよかった……。
 けれど今さら、私も文句を言うつもりはありませんでした。

「まぁ何でもいいわ! 無事に合流できたんだし!」

 そうです。
 ようやく心の底からホッとして、私も元気が出てきました。

「よーし! じゃあ大ちゃん! まだ冒険は続くわよ! しゅっぱーつ!」
「ねぇチルノちゃん」

 もうワガママなんていいません。助けてくれたチルノちゃんに、私も恩返ししないと。

「あのね? もしかしたら、チルノちゃんの生まれた場所、見つかるかもしれない」

 


 ◆◇◆




 急に案内すると言い出した私に、チルノちゃんは始め驚いたようでしたが、ちゃんとついてきてくれました。
 けれどブルーの眉はハの字で、大きな口はへの字。
 もしかしたら、先頭を行く役目が入れ替わっちゃったことが不満だったのかもしれません。
 でも私は案内に自信がありました。
 闇雲に山を登るのではなく、川に沿って登ればいいのです。
 帰る時もちゃんとこの流れに沿って山を下りれば、道に迷わず、真っ暗になる前にふもとまで戻れるはずです。
 川に沿って飛んでいくと、やがて、ごうごう、と重たい音が聞こえてきました。
  

 さらさらさら から ごうごう へ


 なぞなぞが得意な私は、もう歌の答えがわかっていました。


 横だったのに 縦になる

 
 そうです。川はいつも横に流れてるけど、縦になる場所もある。


 落ちるの簡単 戻るの大変


 落ちたことはありませんが、確かに戻るよりも落ちるほうが簡単でしょう。

 川沿いを上り続けていると、しばらくして、せせらぎとは違う音が耳に入ってきました。
 その音は歩くにつれて、どんどんと大きくなり、やがて地面までも震え始めました。
 右側にカーブしている川の先は、ちょうど林の木々に隠れて見えなくなっています。
 私たちの足は速まり、ついには二人とも飛んでいました。
 そして、目的の場所が姿を現したのです。

「すごい……」

 私は思わず、見とれてしまいました。
 想像していたよりも幅があって、ずっと高い滝です。
 崖を下りていく水の集まりは白い縦糸に変わり、底で煙を上げながら音を立てています。
 こんなに多くの水が毎日、いつでもずっと、私たちが起きている時も寝ている時も変わらず音を立て続けている。
 そのことに、妖精の私は感動しました。
 そして、きっとこの場所は、この山の中でも特別な場所に違いないって、そう感じ取ったんです。
 山から地上まで流れてくる川は一つじゃないと思うし、きっと滝もこれ以外にもあるんでしょうけれど……
  
「あたい……ここ知ってる……」

 側にいたチルノちゃんの呟き声が、滝の音をくぐりぬけて、私の耳にはっきりと届きました。
 そして私の胸の奥は、さらに大きくドキンと鳴りました。
 チルノちゃんがここを知ってる……それが本当なら……やっぱりそういうことなんでしょうか。
 なぞなぞの歌が正しければ、この裏側に氷の穴というものがあるというのですが……。

 私が見守る前で、チルノちゃんが吸い寄せられるように滝に近づいていきます。
 水しぶきがおでこに当たるくらい近づいても、水の壁にさえぎられて、裏側の様子はよくわかりません。
 突然、チルノちゃんが叫びました。

「パーフェクトフリーズ!!」

 その甲高い声は、変わることなく続く世界に、魔法をかけてしまいました。
 チルノちゃんの力が、滝の上側を氷に変えてしまったのです。
 流れは止まっていませんが、そこがちょうど受け皿になって、水の落ちてくる場所がわずかに手前になりました。
 これで滝の奥の様子がわかります。

「あっ……!」

 私はびっくりしました。
 本当にその滝の裏側に、肩車した妖精が入れそうなくらいの大きさの穴があったんです。
 いかにも秘密の場所、という感じでした。きっとチルノちゃんじゃなければ、見つけられなかったでしょう。

 ……いいえ、もしかすると、この穴はチルノちゃんが帰ってくるのをずっと待っていたのかもしれません。

「横側を通れば、中に入れるかしら……」

 チルノちゃんと私は、試しに体をぴったりと岩にくっつけて、滝の裏を目指しました。
 もっと体が大きかったら、きっと二人ともびしょ濡れになってしまっていたでしょうけど、幸い何とか入り込むことができました。
 そして二人で、穴のふちに立ちました。 

 山の妖精が歌っていた通りです。
 そこは星のない夜よりも暗く、どこまで続いているかもわからない穴でした。
 真っ暗な奥から冷たい風が吹いてきます。一体、何が待っているんだろう。
 チルノちゃんが無言で歩きはじめるのに合わせて、私もその側をついていきました。
 
 でも私は結局、その奥に何があるのかを、実際に目にすることはできませんでした。
 しばらく洞窟を歩くうちに、体がしびれてきて、意識がぼんやりしてきたのです。

 私にとって、その道はあまりにも寒すぎたのでした。
 はじめに吐く息が白くなっていき、その次にのどが痛くなって、指がうまく動かせなくなってきました。
 そのうち、自分の足の感触も消えちゃって、飛んでないのに浮いている感じがしてきました。
 もう少しで倒れそうになった時、チルノちゃんが私の様子に気付いて、

「大ちゃん、大丈夫?」
 
 と、立ち止まってくれました。

「ごめんチルノちゃん。足がもう……」

 私は誤魔化すことができず、正直に言いました。
 首から下が全部じんじん痺れちゃっていて、もうこれ以上進めそうにありません。
 チルノちゃんは一瞬、一緒に引き返すようなそぶりを見せました。
 けど私は首を振りました。

「行ってチルノちゃん。この先にあるよきっと。チルノちゃんがずっと見たかった場所があるよ。チルノちゃんなら、大丈夫」

 そう勇気づけてあげると、チルノちゃんも決心したような顔つきになり、、

「うん……じゃあ大ちゃんは入り口のところで待ってて」 

 そう言って、チルノちゃんはさらに奥へと進んでいきました。

 私はチルノちゃんの背中を見送りました。
 六つの氷の羽が、闇の中に消えてしまうまで、そこに立ってました。

 


 外に出た私は、しばらく洞窟で浴びた冷気のせいか、頭がぼんやりとしてました。
 けれど、日の光を浴びて、足を何度かさするうちに元気が戻ってきて、しおれていた羽も元通りに。
 それからは、滝がごうごうと音を立てて白い泡を作り出すのを眺めながら、チルノちゃんの帰りを待っていました。

 チルノちゃんは、無事にふるさとを見つけることができたでしょうか。
 そこで自分と同じ仲間の子たちに会うことはできたでしょうか。
 せっかく決心したはずだったのに、いざとなると不安になってしまいます。
 そのうち、私の頭は悪い想像ばかり浮かべるようになりました。
 もしかすると、チルノちゃんは洞窟の奥で生まれた場所を見つけて、そこがとっても気に入ってしまったかもしれません。


(すごくいいところね! 外なんて、もううんざり! 今日からずっとここに住むわ!)


 ぶんぶんぶん、と私は首を振りました。

 そんなはずありません。チルノちゃんは「待ってて」と言ったのですから、きっと戻ってきてくれるはずです。
 でもチルノちゃんが生まれた場所で、自分と同じ仲間を見つけたとして、私も仲間に入れてもらえるでしょうか。
 もしかすると、はぐれ妖精の私を、みんなでいじめてくるかもしれません。
 その中にチルノちゃんが混ざってたりしたら……。


(ほら! あいつよ! 今まであたいの仲間のふりしてたやつ!)
(そうか! あいつがはぐれ妖精か!)
(チルノは私たちの仲間よ! ここから出ていけー!)

 
 ぶんぶんぶん、と私はまた首を振って、やな想像を消しました。

 そんなことになるくらいなら、あの天狗さんの矢で撃たれて消えてしまいたい。
 でも私が消えてしまっても、チルノちゃんの時みたいに、また私のまま生まれてくるのかもしれませんけど……どうなのかしら。
 しばらく忘れてましたが、まだチルノちゃんがチルノちゃんのままこの世界に復活できたのは謎のままです。
 はぐれ妖精になったら、そういう風になるのでしょうか。
 じゃあ私も、今ここで消えてしまっても、元通り生まれてくることができるようになってるのかしら。

「そういえば……」

 私は前に聞いたある噂を思い出しました。 
 大昔には、妖精が消えても元通りに復活する時代があったという噂です。
 それはこの世界がもっと豊かで安定していて、妖精の数ももっと多い、とても賑やかで幸せな時代だったとか。
 その時は「還る」のが当たり前だと思ってたので信じられませんでしたが、あれは本当のことだったのかもしれません。
 チルノちゃんが元通りに復活することができるのは、もしかすると、その時代から生きてる妖精だからなのかな。
 そんな風に考えていた時のことでした。

 突然、バシャン、と滝が音を立てて割れ、水色の影が飛び出してきました。

 霧になった水が、冷たい欠片になってキラキラとこぼれ落ちます。

「チルノちゃん!」

 ぶるぶる体を震わせて水を払う姿に、私はドキドキしながら訊ねていました。

「ど、どうだった? チルノちゃんの故郷は見つかった?」

 チルノちゃんはうなずきます。けれども、すぐに首を振り、

「……誰もいなかった」
「え?」
「氷がたくさんあるだけで、妖精は一匹もいなかった……」

 チルノちゃんの告白に、私は安心するどころか、別の意味でショックを受けてました。

「そんな……」

 言葉がうまく出てきません。 
 せっかく生まれた場所を見つけたのに、そこに自分みたいな妖精はいなかった。
 それはつまり、チルノちゃんはやっぱり、同じ仲間のいない一人ぼっちの妖精だったということです。
 生まれた時からずっと、これからもずっと、はぐれ妖精のまま。なんて残酷な話なのでしょう。

「……ごめんね……チルノちゃん」

 私は心の底から謝りました。
 ふるさとを見つけようなんて言い出したのは私で、その後にふるさとなんて見つからなければいいなんて思って。
 自分勝手なことばかりしていたのが、すごく恥ずかしくて、チルノちゃんに申し訳なかったんです。
 こんな気持ちにさせてしまうなら、いっそのこと私が仲間外れになった方がよかった。そんな気さえしました。

 ところが、


「あーっはっはっは!!」


 私は腰を抜かしそうになりました。
 チルノちゃんがいきなり、口を大きく開けて笑い出したのですから。
 
「最高に愉快だわ! つまり、あたいはやっぱりこの世に一人しかいない特別な妖精だったってことだもんね!!」

 え、えええええ――!!?

「妖精なんてたくさんいるけど! 氷の妖精はあたい一人! 誰よりも強いし、やられてもすぐに復活! あたいったら最強ね!!」
「……………………!!」

 腰に手を当てて叫ぶチルノちゃんに、呆れた私は何も言えませんでした。

 なんてたくましいんでしょう。そして、なんて図太いんでしょう。
 チルノちゃんは、ひとりぼっちだということなんて、全く寂しく思うような性格じゃなかったのです。
 それどころか、自分がこの世に一匹だけの特別な存在だとわかって、喜んでます。

 安心したような気が抜けたような、とにかくまともな感想が浮かばなかった私は、

「よ、よかったね、チルノちゃん」

 としか言えませんでした。

「いぇーい!」

 とVサインするチルノちゃんの笑みは、とっても幸せそう。
 背中の氷の羽が、お日様の光を反射して、ますます輝いて見えました。
 けれどもすぐにチルノちゃんは、ハッと顔をこわばらせて、

「大ちゃん! 隠れて!」
 
 と言い出したのです。

「早く! 」
「か、隠れてって、どこに?」
「どこでもいいから! 早く早く早く!」

 どんどんどん、と乱暴に手のひらで突かれます。
 私は訳も分からず、押されるまま、言われるままに、茂みの裏へと逃げ込みました。

 出来るだけ身を低くすると、ちょうど葉っぱと葉っぱの間から、滝側の方の様子が窺えました。
 するとまもなく、空から何かが下りてくる気配がして、青いチルノちゃんの服の側に、赤い新しい服が現れました。

「チルノ! やっぱり!」

 チルノちゃんと同じく甲高いけど、もっと張りのある、知らない声でした。
 赤いスカートから二つの黒いしっぽが伸びています。妖怪、でしょうか。声と格好からして、女の子でしょう。
 彼女はチルノちゃんのことを知っているようです。

「なぁに、チェン」
「『なぁに』じゃないよ! どうしてこんなに山の高いところに来てるの?」
「ふん。あたいがどこで何しようと、あたいの勝手でしょ」

 チルノちゃんがすごく威張った様子で言います。
 ここに来た用事について、話すつもりはないようです。
 でもなんだかすごくケンカ腰。
 赤い服の妖怪の子も、ムッとしたように声をとんがらせて、

「そんな言い方ないでしょ! 天狗さんや河童さんじゃなかったら、山の高いところまで登っちゃだめなんだよ!」
「チェンだって登ってるじゃない!」
「私はここら辺に前から住んでるからいいの! それに遊ぶときはいっつも、麓の方にしてるもん! そうだ! どうして最近遊びに来てくれないの? リグルもミスチーもルーミアもいるのに、チルノだけいっつもいなくて……」
「ルーミアには言ったわよ。用事ができたって」
「でもその後、ずっと用事が続いてるの?」
「そうなの! とにかくチェンとは今、話したくないの! もうあたいのことは放っておいて、会いに来ないで!」

 チルノちゃんは、大きくて乱暴な声を出して、無理やり追い払おうとしている様です。
 でも妖怪の子の方も負けておらず、それからの二人は、お互いすごい剣幕で言い合いをはじめました。

「会いに来ないでって、チルノが勝手に山のこんなとこまで入り込んできたんでしょ! 理由くらい話してくれたっていいじゃない!」
「だから話せないったら話せないって言ってんでしょ! しつこいわね!」
「他のみんなもすっごく心配してたんだよ!」
「あたいは心配されるほど弱くないわ! 最強だもん!」

 今にも取っ組み合いを始めかねない様子です。茂みのかげにいる私は、聞いててハラハラしてしまいました。
 お終いに「ふぅううううぅぅ」と妖怪の子が唸り、尻尾の毛を逆立てて、

「わかったわ! もうチルノのことなんて知らないから!」

 その叫び声はしっかりと覚えています。
 私が言われたわけじゃないのに、胸に突き刺さるような言葉だったから。
 妖怪の子はそのまま、どこかに飛び去ってしまいました。

「……出てきて大ちゃん。もうチェンは行ったから」

 チルノちゃんに言われて、私は緊張しながらも出て行きました。
 じっとたたずむ姿に向かって、おそるおそるたずねてみました。

「いいの? チルノちゃん」
「……何が?」
「だって、あの子、友だちだったんじゃないの?」
 
 チルノちゃんが前に、霧の湖にやってきた黒い丸の妖怪の子と話していたことを、私は思い出していました。
 あの時もチルノちゃんは、その妖怪の子を今のように乱暴に追い払ってしまったのです。
 きっと彼女たちもミチバーと同じく、チルノちゃんのお友だちだと思ったのに。

 チルノちゃんは腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らします。
  
「いいのよ。チェンたちとはその気になればいつだって遊べるもの」
「だったら……」
「でも大ちゃんは、妖怪がダメなんだから、しょうがないじゃない」

 チルノちゃんが言ったことの意味が、私はすぐに理解できませんでした。

 けれどもそれが分かった時、驚きのあまり、飛び上がりそうになりました。

 だって、
 
「じゃ、じゃあチルノちゃんは……! 私のためにあの子を追い返しちゃったの!?」
「そういうことになるのかしら」

 とぼけたように言われ、私の心の中でおさまりかけていた申し訳なさが、もの凄い勢いで膨らみました。
 ということはもしかして……と今まで引っかかっていたことが、次々につながっていきます。

 あの黒い丸の妖怪の子を追い返してしまったのも、私がいたからで。
 山に入るのを迷っていたのも、実は私と二人でいるところを妖怪の友だちに見つかりたくなかったからなんでしょうか。

 大変です。私は気づかないうちに、ずっとチルノちゃんに迷惑をかけていたのです。
 ますます申し訳なさが膨らみ、ついに大爆発。泣き出したい気持ちで、私は必死に頭を下げました。

「ごめん! チルノちゃん! 私のせいでそんなこと!」
「そうよ! 大ちゃんが悪いんだからね!」

 びしっ、とチルノちゃんは指をつけつけてきます。
 なぐさめてくれるとは思ってませんでしたが、まさかそんな風に言われるとも思ってなかったので、私は首を縮めました。

「妖怪に会ったら溶けちゃう大ちゃんが悪い! それにどっちにしろ、チェンたちとの遊びに、大ちゃんがついてこれるはずないもん。どうせまた怖がって泣いてへこたれて、みんなガッカリすることになるもん」

 あまりにもひどい言い草です。
 でも言い返すことができません。だってそれはおそらく、本当のことですから。

 地面にお尻をついて、へこたれていた私の前に、手が差し伸べられました。
 顔を上げると、チルノちゃんがニッコリと笑います。

「だから、大ちゃんがもっと強くなってから、みんなに紹介したって遅くないわ。これから毎日修行ね、大ちゃん」 




 ◆◇◆




 あの時チルノちゃんから受け取った言葉は、今でも宝物として、私の心の中にしまってあります。
 他のどんな妖精よりも聞かんぼうで、どんな妖精よりも危なっかしくて、ときどきとんでもなく乱暴なことをする子。
 けれど、あんなに友だちのことをきちんと考えてくれる優しい妖精の子を、私は他に知りませんでした。
 本当に、チルノちゃんは色んな意味で、この世界の特別な妖精に思えたのです。

 結局、私はチルノちゃんの優しさに甘えることにしました。
 さらに新しい目標もできました。チルノちゃんのような大胆でたくましくて強い妖精になることです。
 そうすれば私の中の世界ももっと広がって、妖怪の友だちができたり、妖怪と戦えるようになったりして。
 きっと、もっともっとはぐれ妖精の生き方が好きになれると思ったから。

 今思うと、夏は暑くて大変な季節でしたけど、素敵な思い出がたくさん作れました。 
 というのも、それから妖怪の山でもふもとの森でも遊ぶことはなかったのですが、私とチルノちゃんの世界探検はずっと続いていたんです。
 縄張りがあって、そこからあまり離れたりできずにいる普通の妖精や妖怪と比べて、私たちはとっても自由な妖精でした。

 そしてまた季節は移り変わり、私は世界の新しい色を知ることになります。




(続く)
 

 Ⅲ(秋)に続きます。
このはずく
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