空に向かって落ちていく───
……とでも云えばいいものか。底の抜けた泥沼にはまりこんだかのような気分で浮遊するのは血潮よりも赤く夜闇よりもなお昏い《霧》の中。
上を向いても赤ならば下を向いてもやっぱり赤で、“ぐるり”視線を巡らせたとてどこもかしこも真っ赤っ赤。こころと目ン玉に優しくない色彩の中、右も左もわからぬどころか上と下さえ見当つかぬその中を、私は得体のしれない夢うつつの気分で流されていく。
それはまるで夕映えを泳ぐ雲のごとく……などとといえば少しは叙情的にもなろうものですが、実際には赤潮のど真ん中に“ぶかぶか”漂うクラゲよろしく、私は泥のように絡みつく《霧》に身を任せるのでした。救いがあるといえば、この状況になんの不快感も感じないということでしょうか。だからといっても爽快感があるわけでもないのですけど。
この有り様では他にやることもできることもなく、せめてもの暇潰しとして私は自分が置かれた状況についての分析をすることにしました。その分析が正しかろうが間違っていようが、何ひとつの足しにもならんのでしょうけども。
確証はありませんがどうやらこの《霧》というやつ、現実の世界で起こった現象でも何でもなく私の精神面への干渉が意識下において具現化(精神世界における視覚化が正しい?)しているだけなのではないかと思われます。陳腐な言い方をするなら精神攻撃ですか。発生元は言わずもがな、あの蝙蝠。現実の私が今どうしているのかは判りませんが、できれば無事なことを祈りたい。端くれとはいえ仮にも悪魔がどなたに向けて祈りを捧げりゃいいのかはさておいて。
しかしよく考えなくともかなりまずい状況であるにもかかわらず、私の胸中には何ひとつの不安もありはしませんでした。とはいっても別に、いざとなったらパチュリー様が助けに来てくれるだろうなどというサッカリンをふりかけたゼリービーンズみたく甘ったるい期待をしているわけではありません。あの方にそんな温情を期待するのは子供向けカートゥーンによく出てくる悪い宇宙人に愛と平和の尊さを説くのと同じくらいの不毛さなので。あくまでも今更“じたばた”しても仕方がないのと、それ以上にこの境遇への危機感、なかんずくその対処への意欲が急速に私の中から薄れているのがその理由です。
……といいますのも、この攻撃の厄介かつタチの悪いところは、実は目に見えている《霧》そのものには何の害もないということに尽きます。人の心(私ゃ悪魔ですが)というものは本人も自覚しえない幾重の防御システムが組まれており、外からの攻撃や悪意に関してはかなりの防御力と臨機応変な対応力(ただし、それが正しい対処かどうかまでは話が別。己の首を自ら進んで絞めたがる、これもいきもののサガ)を持つのですが、この《霧》は逆に対象の精神を一切、傷つけることをせず防御ごと取り込み、外界を頑なに拒む心の殻を解きほぐしていくという、およそ攻撃とは程遠い真逆のアプローチを以って心を侵していくものなのです。
…………なぜそんなもんが精神攻撃たりうるか。それは永遠に続く心の安定、あるいは安寧。それは心を持つもの総ての欲するところでもあるからに他ならぬ。
この世は苦界、生きていくそのかぎり生きの悩みは尽きぬもの。人にかぎらず生けるものは少しでも楽な方へ傾きたがる(デストルドー、タナトスと軸を同じくする涅槃原則とはまた違った意味)。努力や忍耐だのといった自ら進んで苦労を背負い込む行為にしたところで、厭な言い方をするのならそれをしなかったがゆえの苦痛から逃れるための逃避にすぎず、結局のところ苦しいことや辛いことから逃げ出したがる奴は多くとも、安らぎや安寧から逃れたいと思う物好きはいないという結論に落ち着くのです。この《霧》はそういった、人が深層心理の奥底で渇望してやまない欲求を満たすことによって取り込んだ対象の精神を弛緩・安定に導き、そののちに捕縛したものを自縄自縛に追い込む《檻》を自らの精神内に構築するという悪辣極まる精神攻撃となるのです。
………………強固な殻の内側に誰しもが抱える精神の脆弱さから心を切り崩し、捉えた対象を繋ぎ止める檻を補足した対象自身の精神によって形成。そして一度それにとっ捕まってしまったが最期、肉体はそのまま精神のみが千年万年を閲したところで飽きることもなく辛いとも感じず《霧》の中を漂い続ける羽目になる。なにせ檻と格子の役割を果たしているのは自分自身の、ここに留まりたいという、自覚しえぬ消極的願望なのですから逃げようがない。ましてや、私ごときの軟弱な精神ではどうしようもないのは当たり前なわけで───うーん……もうだめです、面倒くさくなってきた。
酸欠を患ったかのように霞んでいく“おつむ”を必死に回転させてなんとか意識を途切れさせまいと粘る私でしたが、既に表層意識からはこの《霧》から逃れようという気力が失われつつありました。これはまずいかなとも思うのですが、正直それさえも“どうでもいい”と感じてしまうのが困ったことです(その“困る”ということさえ、すでにどうでもいい)。
あーあ、これはもうダメかな。こんなことならあのケーキ、パチュリー様にあげたりなんかしないで食べちゃうんだった……。
頭に『小』がつくけちな悪魔の身の丈に相応しい、実にしょうもない考えを最期に意識の紐をあっさりと手放した私は《霧》の奥深くへと沈みゆく。もはや二度と、浮かび上がることは叶うまい。
……はずでした。
*
───ちょっと、しっかりなさい。まだ元が取れていないのだから、こんなところで“おしゃか”にならないで
兎に騙されて泥船に乗った魔奴化な狸よろしく、意識の沼に溺れる小悪魔を掬い上げたのは日毎夜毎に聞いてきた《魔法使い》の声。おや、まさか助けに来ていただけるとは思ってもいませんでしたよ。
私だってやらずに済むんだったら、やりたかなかったわい───
微量の苦々しさがこもったその“声”に、私の意識は一本釣りのお魚よろしく急速に精神の水面から引っ張りあげられたのでした。
*
気が付けば、先程まで世界の隅々を染め上げていた《霧》も晴れ、私はキッチンのど真ん中でカカシかさもなきゃ人間灯台よろしく立ちん坊する自分を発見しました。
「お目覚めの気分はいかがかしら」
顔をしかめ、こめかみを軽く押さえる私の目の前ではさも呆れたような面持ちをなすったパチュリー様がいらっしゃいます。どうも、お手数をおかけいたしまして。私はしおらしく頭を“ぺこり”と下げました。頭蓋と眼球の裏側には“もや”がこびりついたような感じですが、これならあと数分もすれば完全に快復することでしょう。
実り多き稲穂よろしく頭を垂れた私は、そこでパチュリー様の右手に何かが握られているのに気付きました。はて、一体何でしょうか。気になったので覗きこむと、そこには例の真っ赤な蝙蝠が。それを目にした途端、私の視界が再び紅色に染まり……。
「しっかりと《抵抗》をなさい。さもないとまた、あっという間に喰われるわよ」
ふぎゃあ。
静かな叱責の声が響くや脳天から背筋を通って足の爪先までをまるで高圧電流でも流し込まれたかのような衝撃が突っ走り、私は水をぶっかけられた野良猫よろしく情けない悲鳴を上げて今度こそ“しゃっきり”と覚醒したのでした。もっとソフトな起こし方もあったでしょうにあえてこのように乱暴な方法を採ったのは、不肖の《お使い》へのお仕置きも兼ねているからに違いない。
「情けなや」
安楽にぶっ倒れることさえ許されず、爪先立ちになって悶絶する私へ浴びせかけられるのは心底から呆れ返ったようなため息でした。
「相手が悪いとはいえたかがこのくらいで“もっていかれる”とは、『小』が付くとはいえ仮にも悪魔、それも《魔法使いの弟子》がそんな体たらくでなんとする」
静やかながら有無を言わせぬ叱責に、私は身を縮こまらせるしかありませんでした。おっしゃるとおり、返す言葉もないのなら面目次第もございません。
「これに懲りたら、少しは心を入れ替えて修練に励むことよ」
いっそのこと私が自ら鍛え直してくれようか。口調こそ冗談めかしているものの、パチュリー様は割と本気のようです。なにせ目がこれっぽっちも笑っていない。
自業自得とはいえお世辞にも薔薇色とはいえなさそうな未来図にしょげかえっていると、パチュリー様のお手元から“きぃきぃ”という耳障りな音が聞こえてきました。例の蝙蝠です。そこに聴き間違えではない嘲弄の響きを受け取った私はあるったけの恨めしさを込めて“そいつ”を睨みつけました。もちろん今度こそ“へま”をしないため《目》と意識に魔力のコーティングをして。
私の視線を真っ向から受け止めた蝙蝠は、一瞬だけ小首を傾げるような仕草をしたあと、微かに身体を震わせました。
「笑ってる」
でしょうね。どこまで人を(悪魔ですけど)コケにすれば気が済むのやら。私が眉といわず顔を全体を岩塩でも口に含んだような形にしかめると蝙蝠が身体の震えを増しました。これが人間なら含み笑いを噛み殺しているといったところですか。なんて憎ったらしいんでしょう。
「少しだけ感心もしてるみたいだけどね。“こいつ”と真っ向から目を合わせる奴も、最近じゃおらなんだし」
その言い様に引っかかりを覚えた私はこころもち眉根を寄せた視線をパチュリー様へ移しました。もしかするとその蝙蝠殿のことをご存知なのですか。
「まあね」
短く応えたパチュリー様は蝙蝠を“そっ”と、胸のあたりで抱くようにして持ち上げ、その頭や喉元を優しく撫で付けました。
「“こいつ”は私の古くからの友達でな」
より正確にゃその“かけら”だけど。囁くようにして語るパチュリー様の細くしなやかな手指が触れる度、蝙蝠はむずがるように身を捩らせるのですが、手の主は気にもせずまるで大事にしている人形とのごっこ遊びに興じる少女のような手つきでそれを撫でさするのでした。もっともこの方の場合、たとえ幼少期においてでさえそんな愛らしい行為とは無縁だったことでしょうが。
「いずれ折をみて紹介するつもりだったのだけれど、こんな形になるとはね」
パチュリー様が言うには、ここに引っ越しをする前の“ねぐら”のときから招待をしてあったとのことです。招かれないかぎりは向こうからやってくることはないのだとも。おかしなことをおっしゃる。そんな律儀さ奥ゆかしさをお持ちの方が、初めて会う相手に向けて“のっけ”の挨拶で精神攻撃なんぞかましますかね。皮肉混じりの疑問のどこがツボにはまったのか、パチュリー様は“くすり”と、不意をつかれたような笑みをこぼされました。
「ああ、それには同意するわよ。面の皮の厚さと“ふてぶてしさ”に関しちゃ右に出るものがいないやつだから」
パチュリー様に太鼓判を押されるとは相当なものですね。
「“ついで”でよければ、あなたにも押してやろうか」
付け加えるところによれば、招かれねば来ないのではなく《来られないという決まり事》なのだとかで、それがゆえに自ら破ることは出来ないのだそうです。ああ、そういうことですか。知らぬものが聞けば奇妙なこととしか思えない一言に思い当たるところがあった私はそれ以上は何も言わずうなずきだけを返しました。
しかし、まさかにパチュリー様のお口から御友人などという言葉が飛び出してこようとは思いませなんだ。私が正直なところを口にすると、パチュリー様は器用に片眉を上げてみせました。
「あら、そんなにおかしな話?」
おかしいとまでは言いませんが意外ではありますね。“なんだかんだ”で世紀をまたいでのお付き合いをさせていただいておりますが、これまで我が雇い主、孤高の魔女たるパチュリー・ノーレッジにおかれましてはお仕事上での付き合いを除けば他人の影なぞ見当たらず、それどころか“ここ最近”にいたってはその付き合いさえも《お使い》に放り投げている始末。それがなんということか、古くからのご友誼を結ばれたお方がおられようとは。いやはや、世の中はまだまだ未知と意外と喫驚とにあふれているらしい。
「回りくどい形で馬鹿にされているように聞こえるのだけれど、気のせいかしらね」
気のせいですね。そうでないなら感覚機構(器官ではない)の故障ではないかと。折を見てのオーバーホールを強くお勧めいたします。常人ならば背筋も凍る流し目(比喩表現ではなく、魔力で《抵抗》していなければ実際にそうなっていた)を送られた私はしかつめらしい態度で首を横に振りました。
それでなくとも私のごとき木っ端な悪魔風情が、偉大なる《魔法使い》パチュリー・ノーレッジを嘲弄の的にするなどという身の程知らずな所業なぞ、畏れ多くてとてもとても。私がそう言うや、パチュリー様の手の内で為すがままにされていた蝙蝠が“きぃきぃ”と甲高い声で鳴く。さながら悪童が囃し立てるようなその鳴き声にパチュリー様は舌打ちをしたそうな顔をなさりました。
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない。後で憶えてらっしゃい」
気を悪くした様子も束の間のこと。脅すような台詞を投げかけながらも、パチュリー様は薄い唇を自虐と皮肉をブレンドしたような形に吊り上げられていました。
「……しかしまあ、癪ではあるが間違ってはいないのか。なにせ《魔女》だ《悪魔》だなんて気取ってみたところで、所詮、《ファンタジー》に足突っ込んでいるような輩は“どいつもこいつ”も、根性曲がりという名の骨格に偏屈の血肉をまとわりつかせた連中ときたものだ」
私の目の前にいる奴やあなたの目の前にいる奴、それと私の手の内にいる奴がそうであるようにね。ご自分のことさえ例外としないのがこの方の数少ないよいところ、あるいは数多くある救われないところなのかもしれません。それでその根性曲がり様の御友人が一体全体、私なんぞにどのようなご用があったというのでしょうね。こんな“ちんけ”な小悪魔風情に、興味を惹かれる何物もないと思いますが。
「用はあくまでも私によ。あなたに“ちょっかい”をかけたのは、行きがけの駄賃みたいなもんだとさ」
そんな理由であんな目に遭わされちゃ、こちとら堪ったもんではありませんよ。どっと疲れたような気分で“ぼやき”を吐き出さずにはいられませんでしたが情けないとは思うなかれ。わけもわからず不気味空間に拘束されるわ叱責は喰らうわ折檻はされるわ、まさしく踏んだり蹴ったりという言葉の総天然色見本になっちまいましたもの。
「それはあなたの油断と精進不足が招いた、云わば自業自得でしょうに」
ご主人様には鼻で笑われることさえなく一蹴されてしまいましたが。まったくもって、おっしゃるとおりで。もはや“ぐう”の音も出ません。殊勝な態度で肩をすくめる私をそれ以上は追求せず、パチュリー様は手にした御友人(“人”の形さえしてないですが)へと視線を移されました。
「さて、前置きはここまでにして……そろそろ本題に入ろうかしらね」
───とても友達に向けるものとは思えない目を。
そこに込められたものがはたして何であったか。我知らず後退る私のことになぞもはや構うことなく、パチュリー様は手にした蝙蝠をご自分の鼻先にまで近付け、言い聞かせるようにつぶやかれました。
「さっきも言ったとおり以前から再三再四、招いてはいたの。でもね……」
だというのにあなたときたら“なしのつぶて”、顔を見せるどころか便りの一つも寄越しゃせんときた。先ほどまでの親しみを込めた雰囲気はどこへやら。息を呑む私の目の前で、声と視線の温度がみるみるうちに下がっていかれる。
「ようやっと足を運んできたと思えば、やって来たのは欠片のみ。しかも真っ先に会うべき私を無視とはどういう了見かしら」
人の《お使い》にいたずらをしかけるのもいただけない。いまだ未熟とはいえ、相応に手間暇と元手がかかっているのよ、この子には。室内に小さく、それでも不思議に朗々と響く《声》。気が付けば吐く息を白く染めるほど冷え込んだ室内の温度よりも、耳孔から脳髄の隅までを侵すようなその声にこそ私は総身を震わせました。
「挙句、久方ぶりに会う友人へ土産もよこさず、持ち込んできたのは無茶な頼みときたものだ」
───そりゃあ、私でなくとも腹は立つわな。
脳天めがけて氷の杭を打つような一声とともに、パチュリー様の華奢な掌に眩い光が灯されました。うわ、今度はなんですか。とっさに私は半眼に閉じた目の前へ手をかざし、光を遮りました。ちょっとやそっとで壊れてしまう人のそれとは違い、私の目ン玉というのはサーチライトの直撃をくらったところで“びく”ともしないのですが、この光は普通のものとは違うらしい。人の手になる無機質な輝きと一線を画す、優しく柔らかで暖かな、故に夜闇の住人にとってはひどく居心地の悪いその光、これは……。訝しむ小悪魔の耳に、魔女の静かな声が届きました。
「ずいぶんと前に採集しておいた陽光よ。まだ《幻想》が世に幅を利かせていた頃の年代物だけど、家具でもワインでも時代を経たものの方が価値が付くそうな」
効果のほどは今から“こいつ”が保証してくれる。“こいつ”というのが何であるかは言うまでもありません。魔力を遮光フィルター代わりにした眼でパチュリー様のお手元を探ると、なんとあの蝙蝠が強酸でもぶっかけられたかのように白煙をあげて溶けていくのが視えました。
うへぇ、視るんじゃなかった。小心者の小悪魔の口が小さく、お世辞にも品があるとはいえない声を漏らしてしまったのもしかたなし。全身を焼け爛らせ煙さえあげながら“ぐずぐず”と溶け崩れていくのそのさまは、真っ当な人間が目にすれば1週間くらいはご飯が不味くなりそうな光景です。
これだけでも大概、気色の悪い絵面ではありますが、なによりもおぞましいのはそんな目に遭わされて尚、かの蝙蝠は苦しがる様子を見せるどころか、身動ぎさえせずに“ぎちぎち”と、実に愉快そうな響きの鳴き声を立てているということでしょう。痛いとか苦しいとか思わないんでしょうか。それともこの程度では音を上げるどころか屁でもないということなのか。蝙蝠氏(蝙蝠嬢かもしれませんが)の出自を考えれば、総身を苛む痛苦がどれほどのものとなるかは推して知るべし、だのにそれを受けてなお笑っていられる精神性とはいかなるものか。あらためて怖気をふるう私とは正反対に、パチュリー様はいつもどおりの静謐な表情のままでつぶやかれました。
「さすがにしぶとい」
しかしそうでなくてはね、これくらいで音を上げるような奴が友達だなんて願い下げだもの。言葉と態度こそ酷薄としかいえないものの、そのお声とお顔にぬくもりが戻っているのを私は見て取りました。具体的な温度で云うなら液体水素がドライアイスのそれにまで温もったくらいでしょうか。私としましてはそろそろ体と保護の魔力が限界に近いので、お部屋の温度も多少なりとも“ぬくい”ものに戻してほしいところなのですけど。
冷気に耐えかね両の腕で体を抱きしめながら震える私の胸中も知らず、口元をこころもち、それこそこの方をよく知らない人が見ればルーペでも使わないことには判らない程度に緩ませたパチュリー様が、口調を優しいものに変えて囁くように言われました。
「最後に、今日は来てくれてありがとう。ささやかなお礼として今度は私が訪ねに行く。あなたの目論見通りに、ね」
───首を洗って、待っててらっしゃい。小さく告げるや白く華奢な両手に力が込められ、かの蝙蝠は“くしゃり”と、読み終えた手紙が処分されるように捻じり潰されてしまいました。身体強化と自己改造の果てに外見はさておいて中身はもはや生物としての名残さえ留めぬパチュリー様の《お身体》は、その気になれば建設用重機とおしくらまんじゅうができるほどの身体能力を誇っているのです。もっとも、ご本人は“その気”になることがありえない上に筋金入りの出不精ものぐさ引き篭もりときたものですので、いまのところは宝の持ち腐れという言葉のいい見本でしかありません。
ささやかな抵抗もせずにひしゃげた蝙蝠は、それを見て思わず“うげ”と呻く私とは対照的に、無様な悲鳴をあげることも汚らしく臓物を撒き散らすこともせず瞬く間に灰と化し光と空気に溶けこむように消えてしまいました。
安っぽい俗悪スプラッタ映画さながらの光景を予想していただけに拍子抜けしていると、蝙蝠の最期を見届けたパチュリー様が軽く手をはたかれました。両手に残る“なごり”を打ち消すようなその所作を合図に、室内を満たしていた光と冷気も消え失せます。そのおまけとして魔力の余波と急激な温度変化とについていけなくなったらしい台所の器具や調度品の数々が、破裂したり砕けてしまったのはまあご愛嬌といったところですか。魔力で身体を保護していなければ、私もそれと運命を共にする羽目になっていたことでしょうけれど。
ですが根本的な理由はさておいて、ひとまずはこれで一件落着というところでしょうか。目眩を起こしそうなほどの状況の変化から解放され、安堵した私は疲労感を多く含んだ息を吐きだしました。まったく、なんという急展開に次ぐ急展開。最近流行りの大きな鉄砲と大柄なマッチョと大げさな暴力シーンと大爆発が内容の9割方を占める脳天底抜け超大作アクション映画(これはこれで嫌いではない)も目じゃないですね。
しかしこれで大団円を迎えるのにはまだ早かった。一連のはた迷惑なスラップスティックはまだ序盤でしかなかく、その終わりの一幕がどさくさ紛れに開けたことに私はこの時気付いてもいなかったのです。
文字通りの意味で一息つく私の前で、何事か考え事をしていたパチュリー様は静やかな声でおっしゃいました。
「少し、《外》に出かけてくるわ。長くかかるだろうから、帰ってくるまで留守をお願いね」
心ここにあらずとつぶやかれたそれは、私への言付けと云うよりもここにはいないどこかのだれかに告げるようにも聞こえました。突然のことに眉を訝しさの形にひそめたのも一瞬のこと。私は二、三度ほどの瞬きをして気を取り直しました。しがない雇われ人ならぬ雇われ小悪魔としましては、主が遠く彼方のバクテリアンに声なきコンタクトをかけようが空の向こうのベルサー人に脳内電波を飛ばそうが知ったことではなく、言われたことのみを粛々とこなすのみです。
左様で、それでは今から支度に取り掛かりますね。なにかお入用なものはございますか。しかし出立の手はずを整えるために私が携帯端末を取り出すのを、パチュリー様は“しずしず”と首を横に振って止められました。おや、なんでしょうか。
「要らないわ。着の身着のままで行くだけだし、帰ってこれぬ時のことを考えれば身も軽くしておきたい」
なので見送りも結構よ。いつも通りの“さらり”とした口調に風情。変わった様子はなにもなし。ですがよく考えてみれば、この骨の髄まで出不精が染み付いた方が自ら進んで外に出るなど天変地異にも等しい一大事であったというのに(大袈裟ではない。私の目の前にいる《魔法使い》はこの閉じた世界と半ば一蓮托生なのであって、そこから出るというのは世界を捨てるのと同義である)、それこそちょいとそこまで散歩に行ってくるかのようなつぶやきであったがゆえ、その意味するところを不肖の弟子に気づかせることがなかったのです。もちろん、理解できたところで引き止める理由もなければ心配をするだけ意味もなし、ついでに義理もなしなので結果は変わらなかったことでしょうが。
さいですか。では、いってらっしゃいませ。義務的に頭を下げる小悪魔を無視して、パチュリー様は床へと顎をしゃくられました。
「ところでそこに落ちてる鉄砲、それあなたのでしょう。拾わないの」
キングリボルバーとかいったかしら。身を屈めて拾った鉄砲に傷や支障がないのを確認し、それを懐に仕舞った私は訂正しました。違います、そんな宇宙海賊の親玉が駆る秘密兵器じみた名前じゃありません。
*
女の子にはセンチメンタルなんて感情はない───
少しばかり前にパチュリー様のご意向によって通わされていた学校(学びのためではなく、経歴を捏造するため)で知り合ったクラスメートがよく口にしていたものからの受け売りです。それが真実かどうかを立証する手立てはありせんが、もし正しいとするのなら一応は悪魔の端くれであると同時に女の子の端くれと云っても差し支えはないこの身にだって当てはまって然るべきなのでしょう(私に“女の子”の資格があるのかはさておいて)。
ましてや私、頭に『小』がつくとはいえ一応は悪魔、文字通りの“ひとでなし”ときたものでございます。人並みの感情感傷なんぞに縁や“ゆかり”があった試しも憶えもござんせん。
……だとするのなら、今まさに私が抱えているこの感情をどのように名付ければよいというのでしょう?
主のいなくなった広い広い、無闇矢鱈にただ広いだけでしかなくなった《部屋》の中、埃を被ることさえなく“ぽつり”と置かれた椅子の前。
私は一人、センチメンタルなんてものでは決してないはずの気分を抱えて立ち尽くすのでした。
*
パチュリー様が“お出かけ”をなさってから、すでに二月が経っていました。
その日、粗方の仕事を終えて手持ち無沙汰になった私は《仕事場》の部屋でコーヒーカップを手にして窓辺に佇んでいました。傍目には窓の景色を眺め物思いに耽る佳人の姿に見えたことでありましょうが(自分で言ってて気色が悪い)、その実やることもなく“ぼけっ”としてるだけにすぎません。巷ではどうやら私の出した大量の現物売りと、それに並行しての空売り注文が引き金になったらしい相場の大暴落が波及して両手の指の数に両足の指の数をかけてなお余るほどの方々がお高いビルからスカイダイビング(パラシュート無し)をなすったとか首に縄をかけてのバンジージャンプをしただの自分の“おつむ”を的にして鉄砲の試し撃ちをしたやらという話も転がり込んできましたがそちらはどうでもよろしい。
窓の外では重くのしかかるような雲が空を覆い、それはいつか見た鈍色の空を私に思い起こさせる。淹れてからこっち口をつけぬままのカップを手に窓から離れ、私は椅子ではなくデスクの上にお行儀悪く腰を下ろしました。
本人たちにとってどれほどの深刻な出来事であろうとも、それと無縁の人々にとっては路傍の石も同然なわけでありまして、当然、世のあちこちを闊歩する数多の人々の目に数少き人外どもの事情なぞ気に留まることもなく世界も知らん顔して移ろうばかり。そんな世界におもねるように、あるいは消極的な反抗であるかのように私も普段と変わらぬ様子を崩さず、漫然と時を過ごすように日々を送っているのでした。
仕事場がフレックスタイムであるのをいいことに(もちろんマネキン連中の福利厚生のためではなく私の都合)お昼の手前頃まで惰眠を貪り、起きたら起きたで近所のカフェーで遅めの朝食を兼ねた昼食を採ってから腹ごなしのお散歩を楽しむ。それに飽きたら仕事場に篭って“だらだら”とお仕事を片付けるふりをして、終わればさっさと帰宅して寝てしまうこともあるし気が向かないなら夜の街に繰り出すなり夜更かしなりして眠くなるまで時間を潰す。もちろん、その合間合間に魔法の実験をはさむのも忘れない。なにせ私は《魔法使いの弟子》なのだから。
出立に際してパチュリー様は言い忘れていたとばかりに付け加えたものです。
───三ヶ月。それを1秒でも過ぎてなお戻らないなら、私は間違いなく死んでいる。あなたには“そうなった”ときの後始末を頼みたい
世間話でもするかのように“さらり”とした口調と内容との落差に二の句を継げずにいると、パチュリー様は立て続けに注文を追加してきました。
───この建物を含めた《図書館》や研究施設は片っ端から処分。当然、データの類も書類から電子情報まですべて破棄すること。方法は任せる、《魔法使い》パチュリー・ノーレッジが存在していたという痕跡を、この世界から完全に消しなさい
───すべての始末が終わったら、後は好きにすればいい。《遺産》はみなくれてやるから、どこぞやで自分の研究を始めるなり《魔道》と縁を切って日の当たる場所で気ままに生きていくなり、勝手になさい。それがあなたに払う最期のお給金ということね
今生の別れというよりも捨て台詞のように言い渡し、パチュリー様はお姿を消されました。それっきりなんの便りも届かず、私も私でいなくなった主の消息を探ることもせずその帰りを待ちわびて今にいたるのです。
もちろん、待ちわびてなんかいませんけれど。
ただ、それなりに長い時間、面突き合わせてきた相手がいなくなってしまうと落ち着かないのには違いない。仮にこのまま三月が過ぎてご本人が言ったようにパチュリー様がどこぞやでおくたばりあそばしたにせよ、知人が目に届かない場所で誰にも知られることもなく骸になっているというのはあまり気分のよろしいものではない。はっきりと判りやすいかたちで生き死にが確認できさえすれば“すっきり”としようものなのですが。
かすかに頭を振り、口をつけぬままのコーヒーカップをくゆらせる。その仕草が姿を消した雇い主のそれと瓜二つなことに気がついた私は、ほんの少しだけ不機嫌のかたちに眉を寄せました。
私は、パチュリー様に戻ってきてほしいのでしょうか。
もちろん、そんなことだってないのですけれど。
仮に、パチュリー様がお戻りになられないのなら私は言いつけの通りさっさとここを引き払い、貰うものは貰って姿をくらますつもりです。おそらく、いや間違いなく未練を残すことも後ろ髪を引かれることもないでしょう。なにせ私は頭に『小』がつくちんけな悪魔、どんな時だって我が身こそが何よりかわいい。骨の随まで染み付いた性根はいつだって、あるいはいついつまでも変わらないのです。
そう、私はもっと気楽な気分でいてもよいはずなのです。だってそうでしょう、もしパチュリー様が戻りさえしなければ山のような富が退職金として手に入り、《魔法使いの弟子》なんぞという“やくざ”な稼業とおさらばできて、なによりもあの陰気で病弱で偏屈で口が悪けりゃ性格も邪悪、性根にいたってはツイストドーナツがまっすぐに見えるくらいのひん曲がりっぷりな“くたばりぞこない”とも綺麗サッパリ縁が切れるのです。実に喜ばしい、良いことずくめではないですか。なればこそ、胸中にあるべきは先に述べたとおり輝かしい未来を掴むその瞬間を待ちわびる期待と高揚であるべきなのです。そうなのです。
だというに、それがどうしてこうも煩わしいなどと感じるのか。こうして思い悩む必要がどこにあるというのか。そんな思いを抱える理由なんぞ、私にゃ“これっぽっち”もありゃあせんというに。
私はカップを置いたデスクの上で身を丸め、立てた片膝を抱えてそこに顎を乗っけました。そうしてしばらくの間ふてくされたように佇んでいると、どこからともなく厭味と皮肉に満ち満ちた、飽きるのさえ通り越しもはや馴染むほど耳にしてきた声が聴こえました。
───まるで道端でだらける犬っころね。そんなだからあなた、いつまで経っても頭の『小』の字が取れんのよ
私は“のろくさ”と顔を上げてお部屋の中を見渡しました。もちろん私の他にゃ誰もいやしません。
……ばからしい。鬱々しげなため息がこぼれる。判りきっていたことなのになぜそんなことをする。姿勢を正し、コーヒーカップを両手で包み込むようにして持ち直す。いつのまにやら結構な時間が経っていたらしくカップの中身はすっかり熱を失っていました。ほんとうに、なにをしているのやら。
温め直す気にも新しく淹れなおす気にもなれず、それを一息に飲み干す。
ぬるくて苦くて渋くてまずい、私の気分が溶けた味。
終わりの日まであと、3週間。
*
“ここ”に居を構えてから少しばかりが経った頃、思い切ってパチュリー様に訊ねてみたことがありました。
「《幻想》の輩がこの世にいつまで留まっていられるか?」
読みふけっていた辞典、の体裁をとったブラックユーモア集から顔を上げたパチュリー様は胡乱な目つきで私を見やったものでした。パチュリー様の読み物としては意外に思われるかもしれませんが、実はこの方、読書のジャンルに選り好みはないので気が向けば小説詩集哲学書、子供向け絵本に童話民謡、果ては私が暇潰しのために買ってきた漫画本までお読みになることもあるのです。
それはさておき、かつてパチュリー様はおっしゃったものでした。遠からず《ファンタジー》は人の世から失われ、そこに属する人外の者共も行き場を失い諸共に消え去るだろう、と。
実際、昔と比べて夜闇に蠢く幻想の側に足突っ込んだ輩というのはその数を激減させ、いまやレッドリストも真っ白に思えるほどの数しか残っちゃおりません。当然こんな有り様ではいずれ残った連中───すなわち大都会の片隅で清くも正しくもないけれど慎ましく暮らしている死にぞこないの《魔法使い》に頭に『小』が付くちんけな悪魔もその後を追う羽目になるのでしょう。
───しかしてどっこい、私らしぶとく現世に居座り今のところは消え去る兆候もありゃしませんし、数を減らしこそすれ残ったファンタジーの者共も“ぴんしゃん”としてらっしゃいます。これは一体いかなる理屈であるのか。
「簡単なことさね、人の認識からすりゃ私らは『人』という括りがされとるからよ」
意味を測りかねた私は首を傾げました。これは異なこと妙なことをおっしゃいます。私ら人外じゃあないんですか。
「“人間以外”の略でなら、確かに間違っちゃおらんな。しかし人の輪の中にいるなら“人でなし”とて人の内さね」
誰に向けられたものか、小馬鹿にするように鼻を鳴らしてパチュリー様は続けられました。
現世からファンタジーが消え失せたのは、ひとえに『人の世に《幻想》が存在しえない』というミームが世界を覆い尽くしたのが大きい。ミームの力は絶大である。壁を作ろうが距離をとろうが、《世界》に属するありとあらゆるものを飲み込み影響を与えてしまう。故に今の御時世、幻想の側に足を突っ込んでいる輩は世に蔓延する、『人の世界に幻想不在』のミームに存在を上書きされて、実在から不在へと認識の領域から存在を抹消されてしまうのだ(絶滅動物よろしく『過去にそういうものがいた』のではなく『最初から存在していない』という意味にされる)。
「だが裏を返せば『人の世にあるもの総て人の内』ということでもある。ずいぶんと前にも言ったろが、一枚の葉っぱを隠したければ森の中───要するにそういうことさね」
人の輪から外れ人目につかぬ所に逃れようとするから、却って悪目立ちした挙句にその存在を暴かれる。あえて人の群れに紛れてその皮を被ることで人がファンタジーに向ける認識を誤魔化すのよ。ミームはより強いミームに上書きされる。ゆえに外見を取り繕い、人として振る舞うその限り“人の輪の中すべて人”なる認識が、逆説的に私らファンタジーの住人を“幻想は死んだ”という情報から逆説的に私達を保護する盾となる。なにせ世間的には私ら『人』だからね、幻想に影響を与える情報なんざ目もくれまいさ。
半ば屁理屈にも等しい暴論だとは思いましたが、同時に“そんなもんか”という奇妙な納得もまたできるのでした。なにせ理屈の是非を問うのなら、私ども幻想の輩にしてからが世の大勢を占める理屈常識の埒外にある連中なのです。
「文字通りの意味で“人の皮を被った”というやつだ。そも今も昔も世の中はそんな連中で溢れかえっとるわけで、その中に今更、本物の『人でなし』が混じりこんだところで誰が気にするね」
自分で言って可笑しかったのか、珍しくお顔に出して“くつくつ”と笑われるパチュリー様でした。
「そしてもう一つの理由、人の世からはいまだ《ファンタジー》が完全には死滅していないというのがあってな……」
前置いたところでパチュリー様は小さく咳をして言葉を切られました。言われてみりゃこの御仁にしてからが『魔女に健全たる肉体なし』のミームに蝕まれているのでしたっけか。
「誰が言ったか───神様は死んだ 悪魔は去った 神も悪魔も降立たぬ荒野に我々はいる」
しかして心の根底にはいまだファンタジーが巣食っている。昔日のように確たる形を伴って『そこに、それが、ある』ではなく、『どこかに、そんなのが、あればいい』といった曖昧なものではあるけれど、人と幻想とが縁を切り難いものであったというのは私にも意外ではあった。
「人の世に不必要と断じられながらも“在って欲しい”というお情けで生き延びる、現在における《ファンタジー》と呼ばれるもののそれが正体というわけだ」
あるいはそれこそが、私達のようなものには在りえない“センチメンタルなんて感情”なのかしら。ため息混じりに零された皮肉と自嘲を私は肩をすくめてやりすごします。パチュリー様にも“女の子”という括りがなされるのかまでは不明ですけどね。
「ほっときなさいよ、“ちんけ”な悪魔め。私にだってそんな時代はあったんだ」
はて、それは一体どれだけ昔のことだったやら。怒らせるのを覚悟で私がけけけ、と小悪魔めいた(小悪魔ですけど)笑いで混ぜっ返すも、意外やパチュリー様はやや拗ねたように口をとがらせるだけでした。
「雇い主に向かってなんてことを言いよるかな。教育を間違えたかしら、これは」
そいつはまことに相済みません。これも小悪魔の性分ということでひとつ大目に見ていただきたい。私が両手を合わせ拝むようにして謝罪すると、パチュリー様はそれ以上は何も言わず苦笑いとも失笑ともつかない曖昧な笑みだけを寄越されて、再び書物に目を落とされました。
*
指定の刻限まで1週間を切りました。
人の気も知らないで当たり前のように過ぎゆく時間をせめても有効に活用するべく、私はここ最近の日課となっているパチュリー様の《お部屋》の掃除をするため、その日の仕事を早々と切り上げて仕事場を後にし、件の隔離階層に繋がるエレベーターに乗り込みました。
“日課”というだけあってこれはパチュリー様から仰せつかったというわけでもなく自発的にやり始めたことだったりするのですが、以前にも述べたようにあの《お部屋》は塵の一つも存在しえぬ完全クリーンルームなので(正確には存在“しない”のではなく“できない”)、実際にやることといえば“はたき”を使ってありもしないホコリをとってみたり付いてもいない椅子の汚れを拭いたり等の意味もなければ意義もない暇潰し以上ではなく、もっと有り体に云うのならただのサボりと変わらないのですけれど。時間の有効活用が聞いて呆れる。
エレベーターを降り、いまやこびりついた荘厳さだけが取り柄の廃墟同然となった《図書館》から呪文唱えてひとっ飛び、主なき部屋へと到着した私はそこに昨日まで存在していなかったものを見つけました。
「今日も今日とて意味もなけりゃ意義もない、頼まれてさえいないお掃除ときたものか。実に無駄なことではあるが、労うくらいはしてやろうさ」
ご苦労さま。広い広い、無闇矢鱈にただ広いだけだった《部屋》の中、埃を被ることさえなく“ぽつり”と置かれた椅子にさも当たり前のように座る魔女は分厚い本に視線を落としたまま、こちらに一瞥もくれることなく言ったものでした。
そのとき、ひょっとしたらもう二度と見ることかなわぬかもしれなんだお姿を目にした私が胸中に抱いた感情が如何なるものであったのかは、後々になってさえも容易には判別しえぬものではありました。
なので思いもかけぬ光景に、混乱というよりはむしろ呆気にとられたような気分とあれやこれやの“もやもやむにゃむにゃ”を抱えたままの私の口からは実に芸の無い言葉だけが出たものです。
───おかえりなさいませ。
「ただいま」
返ってきたのは素っ気ないというより無味乾燥なお返事。以前と変わらずいつもと変わらぬそれに、なぜだか不可思議な安堵のようなものを覚え、私は知らずのうちに口元を緩めていました。きっと苦笑いでもしてしまったのでしょうけれど。それにしても、お帰りになられていたのならひと声かけていただければよろしいのに。お陰で主を出迎えさえしない不調法をしでかす羽目になってしまいましたよ。
「部屋の《記憶》を辿ったら、どうやら毎日のようにやらんでもいい掃除をしに来ているやつがいたようなんでね」
だからわざわざ伝えんでも、ここで待ってりゃ向こうからやってくると思ったのよ。パチュリー様はなんら悪びれることもなく(もちろん、悪びれる理由なんてないのですが)おっしゃいました。
左様ですか。それで、忠良なる小悪魔にすべてを任せっきりにして優雅な小旅行と洒落こんでいなすった雇い主様は今の今までどこで何をなすっていらっしゃったのでしょう。よろしければ土産話のひとつもお聞かせいただけませんか。言外に含ませた厭味を鼻であしらい、本を閉じたパチュリー様はこちらにお顔を向けられました。
「八十日間世界一周というわけじゃないが、それに近いことをやっていたのよ」
ちなみにこれはお土産。言いながらパチュリー様が本を仕舞い、代わって懐から取り出したのは一抱えほどの大きさをしたクリスタルの瓶でした。なんですか、そりゃ。
「おっと間違えた、こっちよ」
言いながら瓶を椅子の横に置き、あらためてパチュリー様が寄越してくださったのは、かつてこの国のセックスシンボルと謳われた大女優がこよなく愛したとされる香水の小瓶でした。今夜の就寝時にでも振りかけてみますかね。
押し頂いたお土産を懐に収め、私はあらためてパチュリー様が置かれた大瓶を観察しました。どうやら中には灰色をした砂状の物体、といいますか灰のようなものが半分ほどの割合で詰まっている様子。一体、何が詰まっているのでしょうか。
よせばいいのに好奇心に駆られた私はパチュリー様に断りをいれて、その瓶を手にして“しげしげ”と観察しました。すると、中に詰まっていた『灰』がいきなり“わさわさ”と蠢きだしたではありませんか。うわわ、なんですこれ気色悪い。突然のことに驚いた私が放り出すようにして落っことした瓶は、地面にぶつかるすれすれのところで“ぴたり”と静止し、“ふわふわ”と風に吹かれる綿帽子のように宙を漂いパチュリー様のお手元へと収まりました。それを大事そうに何度か撫でさすりながらパチュリー様はおっしゃいました。
「あまり“ぞんざい”に扱ってくれなさんな。こんなんでも私にとっちゃ大事な友達なんでね」
友達ときた。思いもよらぬその言葉に首を傾げる私をなぜだか愉快そうに眺めやり、パチュリー様は続けられます。
「それについては、これから説明してあげる。私の“お出かけ”の理由も一緒にね。でも、その前に───場所を変えましょうか。ここはお世辞にも“お客様”をお迎えするに適した場所じゃない」
それについては、私も賛成でした。そろそろお茶の時間でもありましたし。
「そうね、私も喉湿しのひとつも欲しいところだわ。久方ぶりにお茶でも淹れてもらおうかしら」
かしこまりました。少々、お待ちくださいませ。打てば響くよな返答に、魔力を込めて呪文とし、私はキッチンへ跳ぶのでした。
*
応接室に場所を移したパチュリー様は三月前とまったく変わらぬ優雅な所作でカップを手にし、立ち上る香りを受けたお顔を満足気にほころばせました。もちろん、よく見ないことにはそれと悟らせぬくらいに僅かな“ほころび”でしかありませんが。
テーブルには件の“ご友人”が鎮座ましましておられ、パチュリー様の言いつけによってその前にも紅茶と私自作のビスケットとクランベリーのジャムがお茶請けとして置かれております。おそらくは饗すためではなく、飲めるもんなら飲んでみろという嫌がらせのためなのでしょう。虫眼鏡で直視した太陽ばりの眩い友情に私、目が潰れてしまいそうです。
ひとしきり紅茶を愉しんだパチュリー様はおもむろに言われました。
「出かける前に、ここにやって来た私の『お友達』のことは憶えているわね」
そりゃあ、まあ。私は口ごもりながら頷きました。忘れたくても忘れようがありませんよ、なんせあんな目に遭わされたんですから。微妙な表情をこしらえる私を、パチュリー様はたっぷりの皮肉と僅かな滑稽さのこもった目で見やり、次いでその視線をテーブルの上に置かれたご友人(人の形どころかもはや生き物の形すらしてませんが)へと移されました。
「“こいつ”が“そいつ”の成れの果てよ」
はあ? 予想もつかないその一言に、私が間の抜けた相槌を打ったのも致し方なし。蝙蝠をお友達になすってるくらいならまだ理解の範囲内ですが、それが今度は灰になったときたものです。この三ヶ月の間に何がありゃそんな有り様になるっていうんですか。軽い混乱をもよおす私に向ける視線へ愉快そうなものを増したパチュリー様は話を続けられます。
「順を追って説明していこうか。事の起こりは三月前、こいつが私に頼み事をしに来たのが始まりよ───ニホンとかいう国を知っているかしら?」
ええ、存じております。海を隔てて遠く遥か東の彼方(ただしこの大陸からすれば西の彼方)に位置するらしい“ちっぽけ”な島国のことですね。私が応えるとパチュリー様は静かに頷かれました。
「そういえばあなたが少しばかり前に大枚はたいて買った、空から降ってくる侵略者を撃ち殺すおもちゃを造ったところでもあったわね」
懐かしいですね。最近だと可愛らしい神官の女の子が妖怪を棒で撲殺したりヘンな紙切れで射殺したり、銀色の飛行機がパチュリー様みたいな機械の身体をした魚介類を撃墜したりするゲームを出してましたか。
「“こいつ”が言うにはね、その『ちんけな島国の片隅にあるしみったれたド田舎に集まった行き場のない木っ端妖怪連中が無い知恵を寄せ集めてなんぞ小賢しい企みをしてるそうだからちょいと“からかい”に行ってみたくなった』、のだとかなんとか」
ほほう。
「で、三ヶ月に“こいつ”がここにやって来た理由というのが、私にそのド田舎とやらに“お引越し”するのを手伝わせるためだったの」
ふむ。そこまでは飲み込めました。で、その引っ越しのご相談とやらが一体全体なんだって“この”ご友人様がこんな有り様になっちまうことに繋がるんで。
「ああ、そりゃ簡単なことね。詳しく話を聞くついでに、ちょっとばかり殺し合いしちゃったから」
……なんですか、そりゃあ。私がしばしの間、二の句を継げずにいたのもむべなるかな。やんちゃ坊主が軽い“いたずら”でもしたかのような口調で、またえらく剣呑なことをおっしゃる。かろうじて精神的に踏みとどまった私の首と視線が、目の前に佇む佳人と卓上の瓶とを行き来していると、その片割れが妙に可愛らしいしぐさで小首を傾げてみせました。
「なあに、おかしなものでも見るような眼をしているわよ?」
そりゃあそんな眼にもなっちまうでしょうさ。咳払いした私は気分を変えるためにケーキスタンドから取り分けたクッキーをひとつまみ、そして珈琲で喉を潤してから再び質問をしました。しかし殺し合いにまでなったということは、結局のところ交渉は決裂したということなんですか?
これは言わずもがなだったか……などと考えたのも一瞬のこと。
「うんにゃ、それについては端から了承済みだったよ。こいつが頼み事をしてきた時点で、私にゃ拒否する気なんざなかった」
…………。
二の句どころの話じゃありません。今度こそ私は絶句するにいたりました。向かいのソファに悠然と腰掛ける魔女の寄越した応えは、予想の斜め上どころか異層次元戦闘機で時空の壁を突き破ったかのごときところにあったのですから。
「そんなに不思議な話かしら。友達の、それもたった一人───人外の数え方がこれでいいのかは知らんけど───の友達の頼みとあらば、なんだって聞いてあげたい、どんなことだって叶えてあげたい。そう考えることに、なにか問題でも?」
はぁ、そんなもんですか。つぶやくように言い、私は引き下がることにしました。もちろん納得できたわけではないのですが、これ以上続けていたところで堂々巡りにさえなりゃしないのが目に見えていたので。理解も共感もできない事柄は下手に突き回すより無視してしまうのが正しい対処。それを出来ない奴ほど藪に潜む大蛇や猛獣にしたたか痛い目に遭わされる。
しかしそれならまた別の疑問が浮かんできます。答えが最初から決まっていたととするなら、なんだって殺し合いなんかをなすったんでしょうか。
「決まってるじゃない、そんなの」
友達だからよ。パチュリー様はさも当たり前のようにおっしゃいますが、私は露骨なまでの不可解と理不尽さを面に表してパチュリー様を見つめずにはいられませんでした。今更ではありますが、この方の思考回路と精神構造はどうなってんでしょう。実は頭から上が遊星からの物体に乗っ取られてるか、さもなきゃ異次元からの侵略者が人の形に化けてるだけなのと違いますか。
「人のことをなんだと思ってるんだか。世間一般の友情の示し方なんぞに迎合するなんざ、こちとらにはないってだけじゃない」
曰く───喧嘩するほど仲が良い、東洋の諺にもあるのを知らんのか。したり顔でのたまうパチュリー様でしたが、それにしたところで殺し合いまでせんでもよいのでは。
「本気で殺し合うことも出来んような、“やわい”関係であった記憶もないのだけれど」
これまた東洋の諺に曰く断金の交わりということですか。この場合は交わらせた側の命や首がついでとばかりに断たれているみたいですが。
「まあ付け加えるなら、長いこと顔も見せなんだ奴がいきなりひょっこりやって来たかと思えば、『引っ越しするから手伝え。ついでにお前もついてこい』なんぞと言ってくりゃ腹も立つわな」
だから引っ越しの手間賃を頂戴したのよ、対価を身体で払ってもらうというかたちで。意地悪く口の端を吊り上げる魔女。それは要するに、腹いせというのが本音では。
「否定はせんがよ。だがこのくらいであっさり滅ぶようなボンクラであるならその時点で見限りもする」
無条件の友情なんざ願い下げ。私も、こいつも。言いながらパチュリー様が“御友人”の詰まった瓶を人差し指で弄うように弾かれると、中の灰が“ざわざわ”と蠢きました。それが憤慨ではなく同意のように見えたのは、おそらく気のせいではないのでしょう。
「で、決着そのものは三日三晩で済ませたんだけどね、帰りの寄り道がてら、分割したこいつの“遺灰”を地の底に埋めたり、あちこちの海にバラ撒いたりしていたらすっかり遅くなっちまったのよ」
そこで言葉を切ったパチュリー様はティーカップを置き、代わって“ご友人様”を手に取られました。
「あとは残ったこの瓶の中身を始末すれば、今回の一件はひとまず終了というわけね」
成る程。他人事のように頷くもこれが虫の知らせというやつでしょうか、このとき私はヤブ医者に健康診断を受ける病持ちのような気分を感じておりました。それを見透かしたかのごとく、パチュリー様は手元のご友人様を私の前に置き、一言おっしゃいます。
「というわけで、あなたには最後に残ったこいつを処分して、一連の騒動に幕を下ろしてもらいたい」
私が、ですか。声に思わず嫌そうなものを混ぜ込んでしまったのもいたしかたなし。
「そう、あなた。処分と云ってもそこまで大袈裟に考えなくてもいい。粗大ごみと一緒に捨てるなり燃料として《動力炉》にでも放り込むなり、思いついた方法でいいわ」
よろしいんですかね、そんないい加減な方法でも。
「構わんよ。なにせこいつにゃあるったけの封殺をかましとるんだ。このあと何をしようが結果は変わらん」
パチュリー様が言うには最低でも2、3年はこのままなのだそうです。殺る気満々じゃあないですか。
「そりゃあそうだ。こちとらやりあう前に、『必ず死なす』とまで啖呵を切ったのだから、手を抜いたら侮辱になる」
だから本気で殺してやったの。今の今まで《魔法使いパチュリー・ノーレッジ》が積み上げてきた“あるったけ”、知恵と知識と技術と技能のことごとくすべてを叩きつけてやった。言外に“ざまあみろ”というフレーズをにじませるパチュリー様でした。げに麗しき友情かな。
「それにこっちだって今までストックしていた“もの”の数十年分が“ぱあ”になってしまったのだし、それを考えりゃ痛み分けね。文句を言われる筋合いはないわな」
お陰で大赤字もいいところよ。忌々しさを隠そうともしない言葉の内容はさておき、パチュリー様はのあくまでも上機嫌の体でした。自分をそこまで手こずらせた御友人の力量が嬉しいのか、あるいはそれほどに手こずった相手を沈めたことが嬉しいのか。どちらにせよ私ごときではこの方々の友情の示し方なんぞは見当も想像もつかないものであるのだけは間違いなさそうです。そも私に他人の友情を云々できる資格があるとも思えませんし。なにせ私にゃ友達なんてもんがない。
しかしそこまでしてしまってはこの方、もう復活なんて出来んのではないでしょうか。私が余計な心配をしていると、瓶詰めのご友人様が“がたがた”と震えられました。今度はなんですか、一体。困惑する私とご友人様を見比べたパチュリー様は意地悪そうに口の端を吊り上げてみせました。
「頭に『小』がつくけちな悪魔風情に心配されるいわれはないとさ。見てくれはさておき、こいつは数ある幻想の輩にあってさえ特に強力なファンタジーだ。もっと酷い目に遭わせたことだって何度もあるけど、その都度しっかりと復活したもんよ」
こんな有り様よりもさらに酷い目とは如何なるものか、さらにそんな目に遭ってなお復活できるとはどのような存在であることか。背筋に冷たいものを感じた私は話題を変えることにしました。見てくれといえばこの方、普段から蝙蝠だの灰だのといった奇天烈な風体をなすっているんで?
「まさか。今でこそこんなんだが、本来はそれこそ古典童話につきものな、魔女にたぶらかされるお姫様みたいな愛らしい見てくれをしとるよ───見てくれだけなら」
しかして中身は青ひげ公の顔色さえも青褪めさせるようなお方だそうで。そりゃおっかない。
「そうね、おっかないわね。だから我が身が可愛いのなら精々、丁重に捨てて差し上げなさいな」
それが終わり次第、早速『お引越し』の準備にとりかかるので、私には諸々の手配も頼むことになるとのことでした。お戻りになられて早々、こき使って下さいますね。肩をすくめるも、パチュリー様には鼻で笑われるばかり。
「文句を言いなさんな。どうせこの三月、私の不在をいいことにサボっていたんじゃない」
むしろ良いリハビリだと思いなさい。“ぴしゃり”と言い渡したパチュリー様は席を立つこともせず、ソファに腰掛けた姿のまま空気に溶けこむようにして消えてしまわれました。後に残された小悪魔はこれからの厄介事を思い浮かべてため息ひとつだけをこぼし、後片付けをはじめるのでした。
*
その日の深夜、住まいからちょいと離れたところを流れてるどでかい河に架けられた、これまたどでかい橋の隅っこで、盗みに入る泥的さながらに挙動不審な小悪魔の影があったとさ。
横断歩道を渡る良い子のように右見て左見て後ろ見て、人気がないのを確認した私は脇に抱えたバッグから件の瓶を取り出して、細腕に魔力を込めて砲丸投げよろしく投擲の構えを取りました。投げ込む場所はもちろん陸上競技場に設けられたトラックでもなんでもなく、眼下のでかいくらいしか取り柄のない巨大ドブ川です。瓶詰めのご友人様が“やめんか、こら”とばかりにお震えあそばされておいでですが、事ここに至ってはもはや観念していただきたい。ついでに堪忍していただきたい。
……そんな恨めしそうに蠢かんでくださいな。私だってやりたくてやってるんじゃない、雇い主にゃ逆らいようがないんですからここは堪えてくださいよ。ここに来るまでに何度口にしたかもわからぬ言い訳をつぶやいた私は思いっきり腕を振るうのでした。
……とでも云えばいいものか。底の抜けた泥沼にはまりこんだかのような気分で浮遊するのは血潮よりも赤く夜闇よりもなお昏い《霧》の中。
上を向いても赤ならば下を向いてもやっぱり赤で、“ぐるり”視線を巡らせたとてどこもかしこも真っ赤っ赤。こころと目ン玉に優しくない色彩の中、右も左もわからぬどころか上と下さえ見当つかぬその中を、私は得体のしれない夢うつつの気分で流されていく。
それはまるで夕映えを泳ぐ雲のごとく……などとといえば少しは叙情的にもなろうものですが、実際には赤潮のど真ん中に“ぶかぶか”漂うクラゲよろしく、私は泥のように絡みつく《霧》に身を任せるのでした。救いがあるといえば、この状況になんの不快感も感じないということでしょうか。だからといっても爽快感があるわけでもないのですけど。
この有り様では他にやることもできることもなく、せめてもの暇潰しとして私は自分が置かれた状況についての分析をすることにしました。その分析が正しかろうが間違っていようが、何ひとつの足しにもならんのでしょうけども。
確証はありませんがどうやらこの《霧》というやつ、現実の世界で起こった現象でも何でもなく私の精神面への干渉が意識下において具現化(精神世界における視覚化が正しい?)しているだけなのではないかと思われます。陳腐な言い方をするなら精神攻撃ですか。発生元は言わずもがな、あの蝙蝠。現実の私が今どうしているのかは判りませんが、できれば無事なことを祈りたい。端くれとはいえ仮にも悪魔がどなたに向けて祈りを捧げりゃいいのかはさておいて。
しかしよく考えなくともかなりまずい状況であるにもかかわらず、私の胸中には何ひとつの不安もありはしませんでした。とはいっても別に、いざとなったらパチュリー様が助けに来てくれるだろうなどというサッカリンをふりかけたゼリービーンズみたく甘ったるい期待をしているわけではありません。あの方にそんな温情を期待するのは子供向けカートゥーンによく出てくる悪い宇宙人に愛と平和の尊さを説くのと同じくらいの不毛さなので。あくまでも今更“じたばた”しても仕方がないのと、それ以上にこの境遇への危機感、なかんずくその対処への意欲が急速に私の中から薄れているのがその理由です。
……といいますのも、この攻撃の厄介かつタチの悪いところは、実は目に見えている《霧》そのものには何の害もないということに尽きます。人の心(私ゃ悪魔ですが)というものは本人も自覚しえない幾重の防御システムが組まれており、外からの攻撃や悪意に関してはかなりの防御力と臨機応変な対応力(ただし、それが正しい対処かどうかまでは話が別。己の首を自ら進んで絞めたがる、これもいきもののサガ)を持つのですが、この《霧》は逆に対象の精神を一切、傷つけることをせず防御ごと取り込み、外界を頑なに拒む心の殻を解きほぐしていくという、およそ攻撃とは程遠い真逆のアプローチを以って心を侵していくものなのです。
…………なぜそんなもんが精神攻撃たりうるか。それは永遠に続く心の安定、あるいは安寧。それは心を持つもの総ての欲するところでもあるからに他ならぬ。
この世は苦界、生きていくそのかぎり生きの悩みは尽きぬもの。人にかぎらず生けるものは少しでも楽な方へ傾きたがる(デストルドー、タナトスと軸を同じくする涅槃原則とはまた違った意味)。努力や忍耐だのといった自ら進んで苦労を背負い込む行為にしたところで、厭な言い方をするのならそれをしなかったがゆえの苦痛から逃れるための逃避にすぎず、結局のところ苦しいことや辛いことから逃げ出したがる奴は多くとも、安らぎや安寧から逃れたいと思う物好きはいないという結論に落ち着くのです。この《霧》はそういった、人が深層心理の奥底で渇望してやまない欲求を満たすことによって取り込んだ対象の精神を弛緩・安定に導き、そののちに捕縛したものを自縄自縛に追い込む《檻》を自らの精神内に構築するという悪辣極まる精神攻撃となるのです。
………………強固な殻の内側に誰しもが抱える精神の脆弱さから心を切り崩し、捉えた対象を繋ぎ止める檻を補足した対象自身の精神によって形成。そして一度それにとっ捕まってしまったが最期、肉体はそのまま精神のみが千年万年を閲したところで飽きることもなく辛いとも感じず《霧》の中を漂い続ける羽目になる。なにせ檻と格子の役割を果たしているのは自分自身の、ここに留まりたいという、自覚しえぬ消極的願望なのですから逃げようがない。ましてや、私ごときの軟弱な精神ではどうしようもないのは当たり前なわけで───うーん……もうだめです、面倒くさくなってきた。
酸欠を患ったかのように霞んでいく“おつむ”を必死に回転させてなんとか意識を途切れさせまいと粘る私でしたが、既に表層意識からはこの《霧》から逃れようという気力が失われつつありました。これはまずいかなとも思うのですが、正直それさえも“どうでもいい”と感じてしまうのが困ったことです(その“困る”ということさえ、すでにどうでもいい)。
あーあ、これはもうダメかな。こんなことならあのケーキ、パチュリー様にあげたりなんかしないで食べちゃうんだった……。
頭に『小』がつくけちな悪魔の身の丈に相応しい、実にしょうもない考えを最期に意識の紐をあっさりと手放した私は《霧》の奥深くへと沈みゆく。もはや二度と、浮かび上がることは叶うまい。
……はずでした。
*
───ちょっと、しっかりなさい。まだ元が取れていないのだから、こんなところで“おしゃか”にならないで
兎に騙されて泥船に乗った魔奴化な狸よろしく、意識の沼に溺れる小悪魔を掬い上げたのは日毎夜毎に聞いてきた《魔法使い》の声。おや、まさか助けに来ていただけるとは思ってもいませんでしたよ。
私だってやらずに済むんだったら、やりたかなかったわい───
微量の苦々しさがこもったその“声”に、私の意識は一本釣りのお魚よろしく急速に精神の水面から引っ張りあげられたのでした。
*
気が付けば、先程まで世界の隅々を染め上げていた《霧》も晴れ、私はキッチンのど真ん中でカカシかさもなきゃ人間灯台よろしく立ちん坊する自分を発見しました。
「お目覚めの気分はいかがかしら」
顔をしかめ、こめかみを軽く押さえる私の目の前ではさも呆れたような面持ちをなすったパチュリー様がいらっしゃいます。どうも、お手数をおかけいたしまして。私はしおらしく頭を“ぺこり”と下げました。頭蓋と眼球の裏側には“もや”がこびりついたような感じですが、これならあと数分もすれば完全に快復することでしょう。
実り多き稲穂よろしく頭を垂れた私は、そこでパチュリー様の右手に何かが握られているのに気付きました。はて、一体何でしょうか。気になったので覗きこむと、そこには例の真っ赤な蝙蝠が。それを目にした途端、私の視界が再び紅色に染まり……。
「しっかりと《抵抗》をなさい。さもないとまた、あっという間に喰われるわよ」
ふぎゃあ。
静かな叱責の声が響くや脳天から背筋を通って足の爪先までをまるで高圧電流でも流し込まれたかのような衝撃が突っ走り、私は水をぶっかけられた野良猫よろしく情けない悲鳴を上げて今度こそ“しゃっきり”と覚醒したのでした。もっとソフトな起こし方もあったでしょうにあえてこのように乱暴な方法を採ったのは、不肖の《お使い》へのお仕置きも兼ねているからに違いない。
「情けなや」
安楽にぶっ倒れることさえ許されず、爪先立ちになって悶絶する私へ浴びせかけられるのは心底から呆れ返ったようなため息でした。
「相手が悪いとはいえたかがこのくらいで“もっていかれる”とは、『小』が付くとはいえ仮にも悪魔、それも《魔法使いの弟子》がそんな体たらくでなんとする」
静やかながら有無を言わせぬ叱責に、私は身を縮こまらせるしかありませんでした。おっしゃるとおり、返す言葉もないのなら面目次第もございません。
「これに懲りたら、少しは心を入れ替えて修練に励むことよ」
いっそのこと私が自ら鍛え直してくれようか。口調こそ冗談めかしているものの、パチュリー様は割と本気のようです。なにせ目がこれっぽっちも笑っていない。
自業自得とはいえお世辞にも薔薇色とはいえなさそうな未来図にしょげかえっていると、パチュリー様のお手元から“きぃきぃ”という耳障りな音が聞こえてきました。例の蝙蝠です。そこに聴き間違えではない嘲弄の響きを受け取った私はあるったけの恨めしさを込めて“そいつ”を睨みつけました。もちろん今度こそ“へま”をしないため《目》と意識に魔力のコーティングをして。
私の視線を真っ向から受け止めた蝙蝠は、一瞬だけ小首を傾げるような仕草をしたあと、微かに身体を震わせました。
「笑ってる」
でしょうね。どこまで人を(悪魔ですけど)コケにすれば気が済むのやら。私が眉といわず顔を全体を岩塩でも口に含んだような形にしかめると蝙蝠が身体の震えを増しました。これが人間なら含み笑いを噛み殺しているといったところですか。なんて憎ったらしいんでしょう。
「少しだけ感心もしてるみたいだけどね。“こいつ”と真っ向から目を合わせる奴も、最近じゃおらなんだし」
その言い様に引っかかりを覚えた私はこころもち眉根を寄せた視線をパチュリー様へ移しました。もしかするとその蝙蝠殿のことをご存知なのですか。
「まあね」
短く応えたパチュリー様は蝙蝠を“そっ”と、胸のあたりで抱くようにして持ち上げ、その頭や喉元を優しく撫で付けました。
「“こいつ”は私の古くからの友達でな」
より正確にゃその“かけら”だけど。囁くようにして語るパチュリー様の細くしなやかな手指が触れる度、蝙蝠はむずがるように身を捩らせるのですが、手の主は気にもせずまるで大事にしている人形とのごっこ遊びに興じる少女のような手つきでそれを撫でさするのでした。もっともこの方の場合、たとえ幼少期においてでさえそんな愛らしい行為とは無縁だったことでしょうが。
「いずれ折をみて紹介するつもりだったのだけれど、こんな形になるとはね」
パチュリー様が言うには、ここに引っ越しをする前の“ねぐら”のときから招待をしてあったとのことです。招かれないかぎりは向こうからやってくることはないのだとも。おかしなことをおっしゃる。そんな律儀さ奥ゆかしさをお持ちの方が、初めて会う相手に向けて“のっけ”の挨拶で精神攻撃なんぞかましますかね。皮肉混じりの疑問のどこがツボにはまったのか、パチュリー様は“くすり”と、不意をつかれたような笑みをこぼされました。
「ああ、それには同意するわよ。面の皮の厚さと“ふてぶてしさ”に関しちゃ右に出るものがいないやつだから」
パチュリー様に太鼓判を押されるとは相当なものですね。
「“ついで”でよければ、あなたにも押してやろうか」
付け加えるところによれば、招かれねば来ないのではなく《来られないという決まり事》なのだとかで、それがゆえに自ら破ることは出来ないのだそうです。ああ、そういうことですか。知らぬものが聞けば奇妙なこととしか思えない一言に思い当たるところがあった私はそれ以上は何も言わずうなずきだけを返しました。
しかし、まさかにパチュリー様のお口から御友人などという言葉が飛び出してこようとは思いませなんだ。私が正直なところを口にすると、パチュリー様は器用に片眉を上げてみせました。
「あら、そんなにおかしな話?」
おかしいとまでは言いませんが意外ではありますね。“なんだかんだ”で世紀をまたいでのお付き合いをさせていただいておりますが、これまで我が雇い主、孤高の魔女たるパチュリー・ノーレッジにおかれましてはお仕事上での付き合いを除けば他人の影なぞ見当たらず、それどころか“ここ最近”にいたってはその付き合いさえも《お使い》に放り投げている始末。それがなんということか、古くからのご友誼を結ばれたお方がおられようとは。いやはや、世の中はまだまだ未知と意外と喫驚とにあふれているらしい。
「回りくどい形で馬鹿にされているように聞こえるのだけれど、気のせいかしらね」
気のせいですね。そうでないなら感覚機構(器官ではない)の故障ではないかと。折を見てのオーバーホールを強くお勧めいたします。常人ならば背筋も凍る流し目(比喩表現ではなく、魔力で《抵抗》していなければ実際にそうなっていた)を送られた私はしかつめらしい態度で首を横に振りました。
それでなくとも私のごとき木っ端な悪魔風情が、偉大なる《魔法使い》パチュリー・ノーレッジを嘲弄の的にするなどという身の程知らずな所業なぞ、畏れ多くてとてもとても。私がそう言うや、パチュリー様の手の内で為すがままにされていた蝙蝠が“きぃきぃ”と甲高い声で鳴く。さながら悪童が囃し立てるようなその鳴き声にパチュリー様は舌打ちをしたそうな顔をなさりました。
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない。後で憶えてらっしゃい」
気を悪くした様子も束の間のこと。脅すような台詞を投げかけながらも、パチュリー様は薄い唇を自虐と皮肉をブレンドしたような形に吊り上げられていました。
「……しかしまあ、癪ではあるが間違ってはいないのか。なにせ《魔女》だ《悪魔》だなんて気取ってみたところで、所詮、《ファンタジー》に足突っ込んでいるような輩は“どいつもこいつ”も、根性曲がりという名の骨格に偏屈の血肉をまとわりつかせた連中ときたものだ」
私の目の前にいる奴やあなたの目の前にいる奴、それと私の手の内にいる奴がそうであるようにね。ご自分のことさえ例外としないのがこの方の数少ないよいところ、あるいは数多くある救われないところなのかもしれません。それでその根性曲がり様の御友人が一体全体、私なんぞにどのようなご用があったというのでしょうね。こんな“ちんけ”な小悪魔風情に、興味を惹かれる何物もないと思いますが。
「用はあくまでも私によ。あなたに“ちょっかい”をかけたのは、行きがけの駄賃みたいなもんだとさ」
そんな理由であんな目に遭わされちゃ、こちとら堪ったもんではありませんよ。どっと疲れたような気分で“ぼやき”を吐き出さずにはいられませんでしたが情けないとは思うなかれ。わけもわからず不気味空間に拘束されるわ叱責は喰らうわ折檻はされるわ、まさしく踏んだり蹴ったりという言葉の総天然色見本になっちまいましたもの。
「それはあなたの油断と精進不足が招いた、云わば自業自得でしょうに」
ご主人様には鼻で笑われることさえなく一蹴されてしまいましたが。まったくもって、おっしゃるとおりで。もはや“ぐう”の音も出ません。殊勝な態度で肩をすくめる私をそれ以上は追求せず、パチュリー様は手にした御友人(“人”の形さえしてないですが)へと視線を移されました。
「さて、前置きはここまでにして……そろそろ本題に入ろうかしらね」
───とても友達に向けるものとは思えない目を。
そこに込められたものがはたして何であったか。我知らず後退る私のことになぞもはや構うことなく、パチュリー様は手にした蝙蝠をご自分の鼻先にまで近付け、言い聞かせるようにつぶやかれました。
「さっきも言ったとおり以前から再三再四、招いてはいたの。でもね……」
だというのにあなたときたら“なしのつぶて”、顔を見せるどころか便りの一つも寄越しゃせんときた。先ほどまでの親しみを込めた雰囲気はどこへやら。息を呑む私の目の前で、声と視線の温度がみるみるうちに下がっていかれる。
「ようやっと足を運んできたと思えば、やって来たのは欠片のみ。しかも真っ先に会うべき私を無視とはどういう了見かしら」
人の《お使い》にいたずらをしかけるのもいただけない。いまだ未熟とはいえ、相応に手間暇と元手がかかっているのよ、この子には。室内に小さく、それでも不思議に朗々と響く《声》。気が付けば吐く息を白く染めるほど冷え込んだ室内の温度よりも、耳孔から脳髄の隅までを侵すようなその声にこそ私は総身を震わせました。
「挙句、久方ぶりに会う友人へ土産もよこさず、持ち込んできたのは無茶な頼みときたものだ」
───そりゃあ、私でなくとも腹は立つわな。
脳天めがけて氷の杭を打つような一声とともに、パチュリー様の華奢な掌に眩い光が灯されました。うわ、今度はなんですか。とっさに私は半眼に閉じた目の前へ手をかざし、光を遮りました。ちょっとやそっとで壊れてしまう人のそれとは違い、私の目ン玉というのはサーチライトの直撃をくらったところで“びく”ともしないのですが、この光は普通のものとは違うらしい。人の手になる無機質な輝きと一線を画す、優しく柔らかで暖かな、故に夜闇の住人にとってはひどく居心地の悪いその光、これは……。訝しむ小悪魔の耳に、魔女の静かな声が届きました。
「ずいぶんと前に採集しておいた陽光よ。まだ《幻想》が世に幅を利かせていた頃の年代物だけど、家具でもワインでも時代を経たものの方が価値が付くそうな」
効果のほどは今から“こいつ”が保証してくれる。“こいつ”というのが何であるかは言うまでもありません。魔力を遮光フィルター代わりにした眼でパチュリー様のお手元を探ると、なんとあの蝙蝠が強酸でもぶっかけられたかのように白煙をあげて溶けていくのが視えました。
うへぇ、視るんじゃなかった。小心者の小悪魔の口が小さく、お世辞にも品があるとはいえない声を漏らしてしまったのもしかたなし。全身を焼け爛らせ煙さえあげながら“ぐずぐず”と溶け崩れていくのそのさまは、真っ当な人間が目にすれば1週間くらいはご飯が不味くなりそうな光景です。
これだけでも大概、気色の悪い絵面ではありますが、なによりもおぞましいのはそんな目に遭わされて尚、かの蝙蝠は苦しがる様子を見せるどころか、身動ぎさえせずに“ぎちぎち”と、実に愉快そうな響きの鳴き声を立てているということでしょう。痛いとか苦しいとか思わないんでしょうか。それともこの程度では音を上げるどころか屁でもないということなのか。蝙蝠氏(蝙蝠嬢かもしれませんが)の出自を考えれば、総身を苛む痛苦がどれほどのものとなるかは推して知るべし、だのにそれを受けてなお笑っていられる精神性とはいかなるものか。あらためて怖気をふるう私とは正反対に、パチュリー様はいつもどおりの静謐な表情のままでつぶやかれました。
「さすがにしぶとい」
しかしそうでなくてはね、これくらいで音を上げるような奴が友達だなんて願い下げだもの。言葉と態度こそ酷薄としかいえないものの、そのお声とお顔にぬくもりが戻っているのを私は見て取りました。具体的な温度で云うなら液体水素がドライアイスのそれにまで温もったくらいでしょうか。私としましてはそろそろ体と保護の魔力が限界に近いので、お部屋の温度も多少なりとも“ぬくい”ものに戻してほしいところなのですけど。
冷気に耐えかね両の腕で体を抱きしめながら震える私の胸中も知らず、口元をこころもち、それこそこの方をよく知らない人が見ればルーペでも使わないことには判らない程度に緩ませたパチュリー様が、口調を優しいものに変えて囁くように言われました。
「最後に、今日は来てくれてありがとう。ささやかなお礼として今度は私が訪ねに行く。あなたの目論見通りに、ね」
───首を洗って、待っててらっしゃい。小さく告げるや白く華奢な両手に力が込められ、かの蝙蝠は“くしゃり”と、読み終えた手紙が処分されるように捻じり潰されてしまいました。身体強化と自己改造の果てに外見はさておいて中身はもはや生物としての名残さえ留めぬパチュリー様の《お身体》は、その気になれば建設用重機とおしくらまんじゅうができるほどの身体能力を誇っているのです。もっとも、ご本人は“その気”になることがありえない上に筋金入りの出不精ものぐさ引き篭もりときたものですので、いまのところは宝の持ち腐れという言葉のいい見本でしかありません。
ささやかな抵抗もせずにひしゃげた蝙蝠は、それを見て思わず“うげ”と呻く私とは対照的に、無様な悲鳴をあげることも汚らしく臓物を撒き散らすこともせず瞬く間に灰と化し光と空気に溶けこむように消えてしまいました。
安っぽい俗悪スプラッタ映画さながらの光景を予想していただけに拍子抜けしていると、蝙蝠の最期を見届けたパチュリー様が軽く手をはたかれました。両手に残る“なごり”を打ち消すようなその所作を合図に、室内を満たしていた光と冷気も消え失せます。そのおまけとして魔力の余波と急激な温度変化とについていけなくなったらしい台所の器具や調度品の数々が、破裂したり砕けてしまったのはまあご愛嬌といったところですか。魔力で身体を保護していなければ、私もそれと運命を共にする羽目になっていたことでしょうけれど。
ですが根本的な理由はさておいて、ひとまずはこれで一件落着というところでしょうか。目眩を起こしそうなほどの状況の変化から解放され、安堵した私は疲労感を多く含んだ息を吐きだしました。まったく、なんという急展開に次ぐ急展開。最近流行りの大きな鉄砲と大柄なマッチョと大げさな暴力シーンと大爆発が内容の9割方を占める脳天底抜け超大作アクション映画(これはこれで嫌いではない)も目じゃないですね。
しかしこれで大団円を迎えるのにはまだ早かった。一連のはた迷惑なスラップスティックはまだ序盤でしかなかく、その終わりの一幕がどさくさ紛れに開けたことに私はこの時気付いてもいなかったのです。
文字通りの意味で一息つく私の前で、何事か考え事をしていたパチュリー様は静やかな声でおっしゃいました。
「少し、《外》に出かけてくるわ。長くかかるだろうから、帰ってくるまで留守をお願いね」
心ここにあらずとつぶやかれたそれは、私への言付けと云うよりもここにはいないどこかのだれかに告げるようにも聞こえました。突然のことに眉を訝しさの形にひそめたのも一瞬のこと。私は二、三度ほどの瞬きをして気を取り直しました。しがない雇われ人ならぬ雇われ小悪魔としましては、主が遠く彼方のバクテリアンに声なきコンタクトをかけようが空の向こうのベルサー人に脳内電波を飛ばそうが知ったことではなく、言われたことのみを粛々とこなすのみです。
左様で、それでは今から支度に取り掛かりますね。なにかお入用なものはございますか。しかし出立の手はずを整えるために私が携帯端末を取り出すのを、パチュリー様は“しずしず”と首を横に振って止められました。おや、なんでしょうか。
「要らないわ。着の身着のままで行くだけだし、帰ってこれぬ時のことを考えれば身も軽くしておきたい」
なので見送りも結構よ。いつも通りの“さらり”とした口調に風情。変わった様子はなにもなし。ですがよく考えてみれば、この骨の髄まで出不精が染み付いた方が自ら進んで外に出るなど天変地異にも等しい一大事であったというのに(大袈裟ではない。私の目の前にいる《魔法使い》はこの閉じた世界と半ば一蓮托生なのであって、そこから出るというのは世界を捨てるのと同義である)、それこそちょいとそこまで散歩に行ってくるかのようなつぶやきであったがゆえ、その意味するところを不肖の弟子に気づかせることがなかったのです。もちろん、理解できたところで引き止める理由もなければ心配をするだけ意味もなし、ついでに義理もなしなので結果は変わらなかったことでしょうが。
さいですか。では、いってらっしゃいませ。義務的に頭を下げる小悪魔を無視して、パチュリー様は床へと顎をしゃくられました。
「ところでそこに落ちてる鉄砲、それあなたのでしょう。拾わないの」
キングリボルバーとかいったかしら。身を屈めて拾った鉄砲に傷や支障がないのを確認し、それを懐に仕舞った私は訂正しました。違います、そんな宇宙海賊の親玉が駆る秘密兵器じみた名前じゃありません。
*
女の子にはセンチメンタルなんて感情はない───
少しばかり前にパチュリー様のご意向によって通わされていた学校(学びのためではなく、経歴を捏造するため)で知り合ったクラスメートがよく口にしていたものからの受け売りです。それが真実かどうかを立証する手立てはありせんが、もし正しいとするのなら一応は悪魔の端くれであると同時に女の子の端くれと云っても差し支えはないこの身にだって当てはまって然るべきなのでしょう(私に“女の子”の資格があるのかはさておいて)。
ましてや私、頭に『小』がつくとはいえ一応は悪魔、文字通りの“ひとでなし”ときたものでございます。人並みの感情感傷なんぞに縁や“ゆかり”があった試しも憶えもござんせん。
……だとするのなら、今まさに私が抱えているこの感情をどのように名付ければよいというのでしょう?
主のいなくなった広い広い、無闇矢鱈にただ広いだけでしかなくなった《部屋》の中、埃を被ることさえなく“ぽつり”と置かれた椅子の前。
私は一人、センチメンタルなんてものでは決してないはずの気分を抱えて立ち尽くすのでした。
*
パチュリー様が“お出かけ”をなさってから、すでに二月が経っていました。
その日、粗方の仕事を終えて手持ち無沙汰になった私は《仕事場》の部屋でコーヒーカップを手にして窓辺に佇んでいました。傍目には窓の景色を眺め物思いに耽る佳人の姿に見えたことでありましょうが(自分で言ってて気色が悪い)、その実やることもなく“ぼけっ”としてるだけにすぎません。巷ではどうやら私の出した大量の現物売りと、それに並行しての空売り注文が引き金になったらしい相場の大暴落が波及して両手の指の数に両足の指の数をかけてなお余るほどの方々がお高いビルからスカイダイビング(パラシュート無し)をなすったとか首に縄をかけてのバンジージャンプをしただの自分の“おつむ”を的にして鉄砲の試し撃ちをしたやらという話も転がり込んできましたがそちらはどうでもよろしい。
窓の外では重くのしかかるような雲が空を覆い、それはいつか見た鈍色の空を私に思い起こさせる。淹れてからこっち口をつけぬままのカップを手に窓から離れ、私は椅子ではなくデスクの上にお行儀悪く腰を下ろしました。
本人たちにとってどれほどの深刻な出来事であろうとも、それと無縁の人々にとっては路傍の石も同然なわけでありまして、当然、世のあちこちを闊歩する数多の人々の目に数少き人外どもの事情なぞ気に留まることもなく世界も知らん顔して移ろうばかり。そんな世界におもねるように、あるいは消極的な反抗であるかのように私も普段と変わらぬ様子を崩さず、漫然と時を過ごすように日々を送っているのでした。
仕事場がフレックスタイムであるのをいいことに(もちろんマネキン連中の福利厚生のためではなく私の都合)お昼の手前頃まで惰眠を貪り、起きたら起きたで近所のカフェーで遅めの朝食を兼ねた昼食を採ってから腹ごなしのお散歩を楽しむ。それに飽きたら仕事場に篭って“だらだら”とお仕事を片付けるふりをして、終わればさっさと帰宅して寝てしまうこともあるし気が向かないなら夜の街に繰り出すなり夜更かしなりして眠くなるまで時間を潰す。もちろん、その合間合間に魔法の実験をはさむのも忘れない。なにせ私は《魔法使いの弟子》なのだから。
出立に際してパチュリー様は言い忘れていたとばかりに付け加えたものです。
───三ヶ月。それを1秒でも過ぎてなお戻らないなら、私は間違いなく死んでいる。あなたには“そうなった”ときの後始末を頼みたい
世間話でもするかのように“さらり”とした口調と内容との落差に二の句を継げずにいると、パチュリー様は立て続けに注文を追加してきました。
───この建物を含めた《図書館》や研究施設は片っ端から処分。当然、データの類も書類から電子情報まですべて破棄すること。方法は任せる、《魔法使い》パチュリー・ノーレッジが存在していたという痕跡を、この世界から完全に消しなさい
───すべての始末が終わったら、後は好きにすればいい。《遺産》はみなくれてやるから、どこぞやで自分の研究を始めるなり《魔道》と縁を切って日の当たる場所で気ままに生きていくなり、勝手になさい。それがあなたに払う最期のお給金ということね
今生の別れというよりも捨て台詞のように言い渡し、パチュリー様はお姿を消されました。それっきりなんの便りも届かず、私も私でいなくなった主の消息を探ることもせずその帰りを待ちわびて今にいたるのです。
もちろん、待ちわびてなんかいませんけれど。
ただ、それなりに長い時間、面突き合わせてきた相手がいなくなってしまうと落ち着かないのには違いない。仮にこのまま三月が過ぎてご本人が言ったようにパチュリー様がどこぞやでおくたばりあそばしたにせよ、知人が目に届かない場所で誰にも知られることもなく骸になっているというのはあまり気分のよろしいものではない。はっきりと判りやすいかたちで生き死にが確認できさえすれば“すっきり”としようものなのですが。
かすかに頭を振り、口をつけぬままのコーヒーカップをくゆらせる。その仕草が姿を消した雇い主のそれと瓜二つなことに気がついた私は、ほんの少しだけ不機嫌のかたちに眉を寄せました。
私は、パチュリー様に戻ってきてほしいのでしょうか。
もちろん、そんなことだってないのですけれど。
仮に、パチュリー様がお戻りになられないのなら私は言いつけの通りさっさとここを引き払い、貰うものは貰って姿をくらますつもりです。おそらく、いや間違いなく未練を残すことも後ろ髪を引かれることもないでしょう。なにせ私は頭に『小』がつくちんけな悪魔、どんな時だって我が身こそが何よりかわいい。骨の随まで染み付いた性根はいつだって、あるいはいついつまでも変わらないのです。
そう、私はもっと気楽な気分でいてもよいはずなのです。だってそうでしょう、もしパチュリー様が戻りさえしなければ山のような富が退職金として手に入り、《魔法使いの弟子》なんぞという“やくざ”な稼業とおさらばできて、なによりもあの陰気で病弱で偏屈で口が悪けりゃ性格も邪悪、性根にいたってはツイストドーナツがまっすぐに見えるくらいのひん曲がりっぷりな“くたばりぞこない”とも綺麗サッパリ縁が切れるのです。実に喜ばしい、良いことずくめではないですか。なればこそ、胸中にあるべきは先に述べたとおり輝かしい未来を掴むその瞬間を待ちわびる期待と高揚であるべきなのです。そうなのです。
だというに、それがどうしてこうも煩わしいなどと感じるのか。こうして思い悩む必要がどこにあるというのか。そんな思いを抱える理由なんぞ、私にゃ“これっぽっち”もありゃあせんというに。
私はカップを置いたデスクの上で身を丸め、立てた片膝を抱えてそこに顎を乗っけました。そうしてしばらくの間ふてくされたように佇んでいると、どこからともなく厭味と皮肉に満ち満ちた、飽きるのさえ通り越しもはや馴染むほど耳にしてきた声が聴こえました。
───まるで道端でだらける犬っころね。そんなだからあなた、いつまで経っても頭の『小』の字が取れんのよ
私は“のろくさ”と顔を上げてお部屋の中を見渡しました。もちろん私の他にゃ誰もいやしません。
……ばからしい。鬱々しげなため息がこぼれる。判りきっていたことなのになぜそんなことをする。姿勢を正し、コーヒーカップを両手で包み込むようにして持ち直す。いつのまにやら結構な時間が経っていたらしくカップの中身はすっかり熱を失っていました。ほんとうに、なにをしているのやら。
温め直す気にも新しく淹れなおす気にもなれず、それを一息に飲み干す。
ぬるくて苦くて渋くてまずい、私の気分が溶けた味。
終わりの日まであと、3週間。
*
“ここ”に居を構えてから少しばかりが経った頃、思い切ってパチュリー様に訊ねてみたことがありました。
「《幻想》の輩がこの世にいつまで留まっていられるか?」
読みふけっていた辞典、の体裁をとったブラックユーモア集から顔を上げたパチュリー様は胡乱な目つきで私を見やったものでした。パチュリー様の読み物としては意外に思われるかもしれませんが、実はこの方、読書のジャンルに選り好みはないので気が向けば小説詩集哲学書、子供向け絵本に童話民謡、果ては私が暇潰しのために買ってきた漫画本までお読みになることもあるのです。
それはさておき、かつてパチュリー様はおっしゃったものでした。遠からず《ファンタジー》は人の世から失われ、そこに属する人外の者共も行き場を失い諸共に消え去るだろう、と。
実際、昔と比べて夜闇に蠢く幻想の側に足突っ込んだ輩というのはその数を激減させ、いまやレッドリストも真っ白に思えるほどの数しか残っちゃおりません。当然こんな有り様ではいずれ残った連中───すなわち大都会の片隅で清くも正しくもないけれど慎ましく暮らしている死にぞこないの《魔法使い》に頭に『小』が付くちんけな悪魔もその後を追う羽目になるのでしょう。
───しかしてどっこい、私らしぶとく現世に居座り今のところは消え去る兆候もありゃしませんし、数を減らしこそすれ残ったファンタジーの者共も“ぴんしゃん”としてらっしゃいます。これは一体いかなる理屈であるのか。
「簡単なことさね、人の認識からすりゃ私らは『人』という括りがされとるからよ」
意味を測りかねた私は首を傾げました。これは異なこと妙なことをおっしゃいます。私ら人外じゃあないんですか。
「“人間以外”の略でなら、確かに間違っちゃおらんな。しかし人の輪の中にいるなら“人でなし”とて人の内さね」
誰に向けられたものか、小馬鹿にするように鼻を鳴らしてパチュリー様は続けられました。
現世からファンタジーが消え失せたのは、ひとえに『人の世に《幻想》が存在しえない』というミームが世界を覆い尽くしたのが大きい。ミームの力は絶大である。壁を作ろうが距離をとろうが、《世界》に属するありとあらゆるものを飲み込み影響を与えてしまう。故に今の御時世、幻想の側に足を突っ込んでいる輩は世に蔓延する、『人の世界に幻想不在』のミームに存在を上書きされて、実在から不在へと認識の領域から存在を抹消されてしまうのだ(絶滅動物よろしく『過去にそういうものがいた』のではなく『最初から存在していない』という意味にされる)。
「だが裏を返せば『人の世にあるもの総て人の内』ということでもある。ずいぶんと前にも言ったろが、一枚の葉っぱを隠したければ森の中───要するにそういうことさね」
人の輪から外れ人目につかぬ所に逃れようとするから、却って悪目立ちした挙句にその存在を暴かれる。あえて人の群れに紛れてその皮を被ることで人がファンタジーに向ける認識を誤魔化すのよ。ミームはより強いミームに上書きされる。ゆえに外見を取り繕い、人として振る舞うその限り“人の輪の中すべて人”なる認識が、逆説的に私らファンタジーの住人を“幻想は死んだ”という情報から逆説的に私達を保護する盾となる。なにせ世間的には私ら『人』だからね、幻想に影響を与える情報なんざ目もくれまいさ。
半ば屁理屈にも等しい暴論だとは思いましたが、同時に“そんなもんか”という奇妙な納得もまたできるのでした。なにせ理屈の是非を問うのなら、私ども幻想の輩にしてからが世の大勢を占める理屈常識の埒外にある連中なのです。
「文字通りの意味で“人の皮を被った”というやつだ。そも今も昔も世の中はそんな連中で溢れかえっとるわけで、その中に今更、本物の『人でなし』が混じりこんだところで誰が気にするね」
自分で言って可笑しかったのか、珍しくお顔に出して“くつくつ”と笑われるパチュリー様でした。
「そしてもう一つの理由、人の世からはいまだ《ファンタジー》が完全には死滅していないというのがあってな……」
前置いたところでパチュリー様は小さく咳をして言葉を切られました。言われてみりゃこの御仁にしてからが『魔女に健全たる肉体なし』のミームに蝕まれているのでしたっけか。
「誰が言ったか───神様は死んだ 悪魔は去った 神も悪魔も降立たぬ荒野に我々はいる」
しかして心の根底にはいまだファンタジーが巣食っている。昔日のように確たる形を伴って『そこに、それが、ある』ではなく、『どこかに、そんなのが、あればいい』といった曖昧なものではあるけれど、人と幻想とが縁を切り難いものであったというのは私にも意外ではあった。
「人の世に不必要と断じられながらも“在って欲しい”というお情けで生き延びる、現在における《ファンタジー》と呼ばれるもののそれが正体というわけだ」
あるいはそれこそが、私達のようなものには在りえない“センチメンタルなんて感情”なのかしら。ため息混じりに零された皮肉と自嘲を私は肩をすくめてやりすごします。パチュリー様にも“女の子”という括りがなされるのかまでは不明ですけどね。
「ほっときなさいよ、“ちんけ”な悪魔め。私にだってそんな時代はあったんだ」
はて、それは一体どれだけ昔のことだったやら。怒らせるのを覚悟で私がけけけ、と小悪魔めいた(小悪魔ですけど)笑いで混ぜっ返すも、意外やパチュリー様はやや拗ねたように口をとがらせるだけでした。
「雇い主に向かってなんてことを言いよるかな。教育を間違えたかしら、これは」
そいつはまことに相済みません。これも小悪魔の性分ということでひとつ大目に見ていただきたい。私が両手を合わせ拝むようにして謝罪すると、パチュリー様はそれ以上は何も言わず苦笑いとも失笑ともつかない曖昧な笑みだけを寄越されて、再び書物に目を落とされました。
*
指定の刻限まで1週間を切りました。
人の気も知らないで当たり前のように過ぎゆく時間をせめても有効に活用するべく、私はここ最近の日課となっているパチュリー様の《お部屋》の掃除をするため、その日の仕事を早々と切り上げて仕事場を後にし、件の隔離階層に繋がるエレベーターに乗り込みました。
“日課”というだけあってこれはパチュリー様から仰せつかったというわけでもなく自発的にやり始めたことだったりするのですが、以前にも述べたようにあの《お部屋》は塵の一つも存在しえぬ完全クリーンルームなので(正確には存在“しない”のではなく“できない”)、実際にやることといえば“はたき”を使ってありもしないホコリをとってみたり付いてもいない椅子の汚れを拭いたり等の意味もなければ意義もない暇潰し以上ではなく、もっと有り体に云うのならただのサボりと変わらないのですけれど。時間の有効活用が聞いて呆れる。
エレベーターを降り、いまやこびりついた荘厳さだけが取り柄の廃墟同然となった《図書館》から呪文唱えてひとっ飛び、主なき部屋へと到着した私はそこに昨日まで存在していなかったものを見つけました。
「今日も今日とて意味もなけりゃ意義もない、頼まれてさえいないお掃除ときたものか。実に無駄なことではあるが、労うくらいはしてやろうさ」
ご苦労さま。広い広い、無闇矢鱈にただ広いだけだった《部屋》の中、埃を被ることさえなく“ぽつり”と置かれた椅子にさも当たり前のように座る魔女は分厚い本に視線を落としたまま、こちらに一瞥もくれることなく言ったものでした。
そのとき、ひょっとしたらもう二度と見ることかなわぬかもしれなんだお姿を目にした私が胸中に抱いた感情が如何なるものであったのかは、後々になってさえも容易には判別しえぬものではありました。
なので思いもかけぬ光景に、混乱というよりはむしろ呆気にとられたような気分とあれやこれやの“もやもやむにゃむにゃ”を抱えたままの私の口からは実に芸の無い言葉だけが出たものです。
───おかえりなさいませ。
「ただいま」
返ってきたのは素っ気ないというより無味乾燥なお返事。以前と変わらずいつもと変わらぬそれに、なぜだか不可思議な安堵のようなものを覚え、私は知らずのうちに口元を緩めていました。きっと苦笑いでもしてしまったのでしょうけれど。それにしても、お帰りになられていたのならひと声かけていただければよろしいのに。お陰で主を出迎えさえしない不調法をしでかす羽目になってしまいましたよ。
「部屋の《記憶》を辿ったら、どうやら毎日のようにやらんでもいい掃除をしに来ているやつがいたようなんでね」
だからわざわざ伝えんでも、ここで待ってりゃ向こうからやってくると思ったのよ。パチュリー様はなんら悪びれることもなく(もちろん、悪びれる理由なんてないのですが)おっしゃいました。
左様ですか。それで、忠良なる小悪魔にすべてを任せっきりにして優雅な小旅行と洒落こんでいなすった雇い主様は今の今までどこで何をなすっていらっしゃったのでしょう。よろしければ土産話のひとつもお聞かせいただけませんか。言外に含ませた厭味を鼻であしらい、本を閉じたパチュリー様はこちらにお顔を向けられました。
「八十日間世界一周というわけじゃないが、それに近いことをやっていたのよ」
ちなみにこれはお土産。言いながらパチュリー様が本を仕舞い、代わって懐から取り出したのは一抱えほどの大きさをしたクリスタルの瓶でした。なんですか、そりゃ。
「おっと間違えた、こっちよ」
言いながら瓶を椅子の横に置き、あらためてパチュリー様が寄越してくださったのは、かつてこの国のセックスシンボルと謳われた大女優がこよなく愛したとされる香水の小瓶でした。今夜の就寝時にでも振りかけてみますかね。
押し頂いたお土産を懐に収め、私はあらためてパチュリー様が置かれた大瓶を観察しました。どうやら中には灰色をした砂状の物体、といいますか灰のようなものが半分ほどの割合で詰まっている様子。一体、何が詰まっているのでしょうか。
よせばいいのに好奇心に駆られた私はパチュリー様に断りをいれて、その瓶を手にして“しげしげ”と観察しました。すると、中に詰まっていた『灰』がいきなり“わさわさ”と蠢きだしたではありませんか。うわわ、なんですこれ気色悪い。突然のことに驚いた私が放り出すようにして落っことした瓶は、地面にぶつかるすれすれのところで“ぴたり”と静止し、“ふわふわ”と風に吹かれる綿帽子のように宙を漂いパチュリー様のお手元へと収まりました。それを大事そうに何度か撫でさすりながらパチュリー様はおっしゃいました。
「あまり“ぞんざい”に扱ってくれなさんな。こんなんでも私にとっちゃ大事な友達なんでね」
友達ときた。思いもよらぬその言葉に首を傾げる私をなぜだか愉快そうに眺めやり、パチュリー様は続けられます。
「それについては、これから説明してあげる。私の“お出かけ”の理由も一緒にね。でも、その前に───場所を変えましょうか。ここはお世辞にも“お客様”をお迎えするに適した場所じゃない」
それについては、私も賛成でした。そろそろお茶の時間でもありましたし。
「そうね、私も喉湿しのひとつも欲しいところだわ。久方ぶりにお茶でも淹れてもらおうかしら」
かしこまりました。少々、お待ちくださいませ。打てば響くよな返答に、魔力を込めて呪文とし、私はキッチンへ跳ぶのでした。
*
応接室に場所を移したパチュリー様は三月前とまったく変わらぬ優雅な所作でカップを手にし、立ち上る香りを受けたお顔を満足気にほころばせました。もちろん、よく見ないことにはそれと悟らせぬくらいに僅かな“ほころび”でしかありませんが。
テーブルには件の“ご友人”が鎮座ましましておられ、パチュリー様の言いつけによってその前にも紅茶と私自作のビスケットとクランベリーのジャムがお茶請けとして置かれております。おそらくは饗すためではなく、飲めるもんなら飲んでみろという嫌がらせのためなのでしょう。虫眼鏡で直視した太陽ばりの眩い友情に私、目が潰れてしまいそうです。
ひとしきり紅茶を愉しんだパチュリー様はおもむろに言われました。
「出かける前に、ここにやって来た私の『お友達』のことは憶えているわね」
そりゃあ、まあ。私は口ごもりながら頷きました。忘れたくても忘れようがありませんよ、なんせあんな目に遭わされたんですから。微妙な表情をこしらえる私を、パチュリー様はたっぷりの皮肉と僅かな滑稽さのこもった目で見やり、次いでその視線をテーブルの上に置かれたご友人(人の形どころかもはや生き物の形すらしてませんが)へと移されました。
「“こいつ”が“そいつ”の成れの果てよ」
はあ? 予想もつかないその一言に、私が間の抜けた相槌を打ったのも致し方なし。蝙蝠をお友達になすってるくらいならまだ理解の範囲内ですが、それが今度は灰になったときたものです。この三ヶ月の間に何がありゃそんな有り様になるっていうんですか。軽い混乱をもよおす私に向ける視線へ愉快そうなものを増したパチュリー様は話を続けられます。
「順を追って説明していこうか。事の起こりは三月前、こいつが私に頼み事をしに来たのが始まりよ───ニホンとかいう国を知っているかしら?」
ええ、存じております。海を隔てて遠く遥か東の彼方(ただしこの大陸からすれば西の彼方)に位置するらしい“ちっぽけ”な島国のことですね。私が応えるとパチュリー様は静かに頷かれました。
「そういえばあなたが少しばかり前に大枚はたいて買った、空から降ってくる侵略者を撃ち殺すおもちゃを造ったところでもあったわね」
懐かしいですね。最近だと可愛らしい神官の女の子が妖怪を棒で撲殺したりヘンな紙切れで射殺したり、銀色の飛行機がパチュリー様みたいな機械の身体をした魚介類を撃墜したりするゲームを出してましたか。
「“こいつ”が言うにはね、その『ちんけな島国の片隅にあるしみったれたド田舎に集まった行き場のない木っ端妖怪連中が無い知恵を寄せ集めてなんぞ小賢しい企みをしてるそうだからちょいと“からかい”に行ってみたくなった』、のだとかなんとか」
ほほう。
「で、三ヶ月に“こいつ”がここにやって来た理由というのが、私にそのド田舎とやらに“お引越し”するのを手伝わせるためだったの」
ふむ。そこまでは飲み込めました。で、その引っ越しのご相談とやらが一体全体なんだって“この”ご友人様がこんな有り様になっちまうことに繋がるんで。
「ああ、そりゃ簡単なことね。詳しく話を聞くついでに、ちょっとばかり殺し合いしちゃったから」
……なんですか、そりゃあ。私がしばしの間、二の句を継げずにいたのもむべなるかな。やんちゃ坊主が軽い“いたずら”でもしたかのような口調で、またえらく剣呑なことをおっしゃる。かろうじて精神的に踏みとどまった私の首と視線が、目の前に佇む佳人と卓上の瓶とを行き来していると、その片割れが妙に可愛らしいしぐさで小首を傾げてみせました。
「なあに、おかしなものでも見るような眼をしているわよ?」
そりゃあそんな眼にもなっちまうでしょうさ。咳払いした私は気分を変えるためにケーキスタンドから取り分けたクッキーをひとつまみ、そして珈琲で喉を潤してから再び質問をしました。しかし殺し合いにまでなったということは、結局のところ交渉は決裂したということなんですか?
これは言わずもがなだったか……などと考えたのも一瞬のこと。
「うんにゃ、それについては端から了承済みだったよ。こいつが頼み事をしてきた時点で、私にゃ拒否する気なんざなかった」
…………。
二の句どころの話じゃありません。今度こそ私は絶句するにいたりました。向かいのソファに悠然と腰掛ける魔女の寄越した応えは、予想の斜め上どころか異層次元戦闘機で時空の壁を突き破ったかのごときところにあったのですから。
「そんなに不思議な話かしら。友達の、それもたった一人───人外の数え方がこれでいいのかは知らんけど───の友達の頼みとあらば、なんだって聞いてあげたい、どんなことだって叶えてあげたい。そう考えることに、なにか問題でも?」
はぁ、そんなもんですか。つぶやくように言い、私は引き下がることにしました。もちろん納得できたわけではないのですが、これ以上続けていたところで堂々巡りにさえなりゃしないのが目に見えていたので。理解も共感もできない事柄は下手に突き回すより無視してしまうのが正しい対処。それを出来ない奴ほど藪に潜む大蛇や猛獣にしたたか痛い目に遭わされる。
しかしそれならまた別の疑問が浮かんできます。答えが最初から決まっていたととするなら、なんだって殺し合いなんかをなすったんでしょうか。
「決まってるじゃない、そんなの」
友達だからよ。パチュリー様はさも当たり前のようにおっしゃいますが、私は露骨なまでの不可解と理不尽さを面に表してパチュリー様を見つめずにはいられませんでした。今更ではありますが、この方の思考回路と精神構造はどうなってんでしょう。実は頭から上が遊星からの物体に乗っ取られてるか、さもなきゃ異次元からの侵略者が人の形に化けてるだけなのと違いますか。
「人のことをなんだと思ってるんだか。世間一般の友情の示し方なんぞに迎合するなんざ、こちとらにはないってだけじゃない」
曰く───喧嘩するほど仲が良い、東洋の諺にもあるのを知らんのか。したり顔でのたまうパチュリー様でしたが、それにしたところで殺し合いまでせんでもよいのでは。
「本気で殺し合うことも出来んような、“やわい”関係であった記憶もないのだけれど」
これまた東洋の諺に曰く断金の交わりということですか。この場合は交わらせた側の命や首がついでとばかりに断たれているみたいですが。
「まあ付け加えるなら、長いこと顔も見せなんだ奴がいきなりひょっこりやって来たかと思えば、『引っ越しするから手伝え。ついでにお前もついてこい』なんぞと言ってくりゃ腹も立つわな」
だから引っ越しの手間賃を頂戴したのよ、対価を身体で払ってもらうというかたちで。意地悪く口の端を吊り上げる魔女。それは要するに、腹いせというのが本音では。
「否定はせんがよ。だがこのくらいであっさり滅ぶようなボンクラであるならその時点で見限りもする」
無条件の友情なんざ願い下げ。私も、こいつも。言いながらパチュリー様が“御友人”の詰まった瓶を人差し指で弄うように弾かれると、中の灰が“ざわざわ”と蠢きました。それが憤慨ではなく同意のように見えたのは、おそらく気のせいではないのでしょう。
「で、決着そのものは三日三晩で済ませたんだけどね、帰りの寄り道がてら、分割したこいつの“遺灰”を地の底に埋めたり、あちこちの海にバラ撒いたりしていたらすっかり遅くなっちまったのよ」
そこで言葉を切ったパチュリー様はティーカップを置き、代わって“ご友人様”を手に取られました。
「あとは残ったこの瓶の中身を始末すれば、今回の一件はひとまず終了というわけね」
成る程。他人事のように頷くもこれが虫の知らせというやつでしょうか、このとき私はヤブ医者に健康診断を受ける病持ちのような気分を感じておりました。それを見透かしたかのごとく、パチュリー様は手元のご友人様を私の前に置き、一言おっしゃいます。
「というわけで、あなたには最後に残ったこいつを処分して、一連の騒動に幕を下ろしてもらいたい」
私が、ですか。声に思わず嫌そうなものを混ぜ込んでしまったのもいたしかたなし。
「そう、あなた。処分と云ってもそこまで大袈裟に考えなくてもいい。粗大ごみと一緒に捨てるなり燃料として《動力炉》にでも放り込むなり、思いついた方法でいいわ」
よろしいんですかね、そんないい加減な方法でも。
「構わんよ。なにせこいつにゃあるったけの封殺をかましとるんだ。このあと何をしようが結果は変わらん」
パチュリー様が言うには最低でも2、3年はこのままなのだそうです。殺る気満々じゃあないですか。
「そりゃあそうだ。こちとらやりあう前に、『必ず死なす』とまで啖呵を切ったのだから、手を抜いたら侮辱になる」
だから本気で殺してやったの。今の今まで《魔法使いパチュリー・ノーレッジ》が積み上げてきた“あるったけ”、知恵と知識と技術と技能のことごとくすべてを叩きつけてやった。言外に“ざまあみろ”というフレーズをにじませるパチュリー様でした。げに麗しき友情かな。
「それにこっちだって今までストックしていた“もの”の数十年分が“ぱあ”になってしまったのだし、それを考えりゃ痛み分けね。文句を言われる筋合いはないわな」
お陰で大赤字もいいところよ。忌々しさを隠そうともしない言葉の内容はさておき、パチュリー様はのあくまでも上機嫌の体でした。自分をそこまで手こずらせた御友人の力量が嬉しいのか、あるいはそれほどに手こずった相手を沈めたことが嬉しいのか。どちらにせよ私ごときではこの方々の友情の示し方なんぞは見当も想像もつかないものであるのだけは間違いなさそうです。そも私に他人の友情を云々できる資格があるとも思えませんし。なにせ私にゃ友達なんてもんがない。
しかしそこまでしてしまってはこの方、もう復活なんて出来んのではないでしょうか。私が余計な心配をしていると、瓶詰めのご友人様が“がたがた”と震えられました。今度はなんですか、一体。困惑する私とご友人様を見比べたパチュリー様は意地悪そうに口の端を吊り上げてみせました。
「頭に『小』がつくけちな悪魔風情に心配されるいわれはないとさ。見てくれはさておき、こいつは数ある幻想の輩にあってさえ特に強力なファンタジーだ。もっと酷い目に遭わせたことだって何度もあるけど、その都度しっかりと復活したもんよ」
こんな有り様よりもさらに酷い目とは如何なるものか、さらにそんな目に遭ってなお復活できるとはどのような存在であることか。背筋に冷たいものを感じた私は話題を変えることにしました。見てくれといえばこの方、普段から蝙蝠だの灰だのといった奇天烈な風体をなすっているんで?
「まさか。今でこそこんなんだが、本来はそれこそ古典童話につきものな、魔女にたぶらかされるお姫様みたいな愛らしい見てくれをしとるよ───見てくれだけなら」
しかして中身は青ひげ公の顔色さえも青褪めさせるようなお方だそうで。そりゃおっかない。
「そうね、おっかないわね。だから我が身が可愛いのなら精々、丁重に捨てて差し上げなさいな」
それが終わり次第、早速『お引越し』の準備にとりかかるので、私には諸々の手配も頼むことになるとのことでした。お戻りになられて早々、こき使って下さいますね。肩をすくめるも、パチュリー様には鼻で笑われるばかり。
「文句を言いなさんな。どうせこの三月、私の不在をいいことにサボっていたんじゃない」
むしろ良いリハビリだと思いなさい。“ぴしゃり”と言い渡したパチュリー様は席を立つこともせず、ソファに腰掛けた姿のまま空気に溶けこむようにして消えてしまわれました。後に残された小悪魔はこれからの厄介事を思い浮かべてため息ひとつだけをこぼし、後片付けをはじめるのでした。
*
その日の深夜、住まいからちょいと離れたところを流れてるどでかい河に架けられた、これまたどでかい橋の隅っこで、盗みに入る泥的さながらに挙動不審な小悪魔の影があったとさ。
横断歩道を渡る良い子のように右見て左見て後ろ見て、人気がないのを確認した私は脇に抱えたバッグから件の瓶を取り出して、細腕に魔力を込めて砲丸投げよろしく投擲の構えを取りました。投げ込む場所はもちろん陸上競技場に設けられたトラックでもなんでもなく、眼下のでかいくらいしか取り柄のない巨大ドブ川です。瓶詰めのご友人様が“やめんか、こら”とばかりにお震えあそばされておいでですが、事ここに至ってはもはや観念していただきたい。ついでに堪忍していただきたい。
……そんな恨めしそうに蠢かんでくださいな。私だってやりたくてやってるんじゃない、雇い主にゃ逆らいようがないんですからここは堪えてくださいよ。ここに来るまでに何度口にしたかもわからぬ言い訳をつぶやいた私は思いっきり腕を振るうのでした。
今回の小悪魔は珍しくしおらしい姿が多目なんですね。二次創作なら珍しくはないどころかそれが普通なんですが、この小悪魔はゲスいのがデフォなので妙に新鮮に思ったものです
それにしてもお嬢様、せっかく登場したのにこの扱いとは……(´;ω;`)
パッチェさんからよく飛び出す伝法な口調ほんとすき
奇々怪々は意外と難しいんだよな
こういうテンションの連中は確実にいまくると思う
白人黄色人関係なく
ふたことでいうならニヒリズムな熱血野郎
ニーチェも構造主義には気づいたけど人の熱血の価値を認められずに発狂したのかも
この二人はニヒリストだけどアッツイアッツイ熱血が芯になるから様になるんでしょうね
逆にこんだけバーニングで触れると大火傷不可避な熱血野郎(熱血女性かしら?)だからそりゃ自然に考えて構造主義的に考えてニヒリズムにも走るがなってイメージです
ニヒリストな熱血漢 そんなむさくてウザくてめんどくさいのが弱肉強食という構造の中で自我を実在しなくてはならない人に課された構造又は果たすべき実在かもしれないしそうでないのかもしれない
適当に書いたけど欧米もイスラムも中華も勿論日本もカッカしてるときは大体自分らの文化に熱血してて他の文化に対してニヒリズム的に見下しまくってるし(右翼化)
そうでないときは自分らの文化に冷めてて他の文化に憧れてる感じだし(左翼化)
この小悪魔たちみたいに弱肉強食の世界におかれると修羅化して前者みたいになってそうでないと平和ボケして後者になると思う
だとしたらこの魔女と悪魔は数百年間ずっと極右化してるようなもんで
やっぱりトンデモナイやつらだと思います 社会から独立しててふたりで国みたいなものですから仕方ないかもしれませんが
(だからこそ社会は個人に和を求めるし個人は社会に服従したがるのでしょう
双方あまりにもメンドクサすぎますからね)
長くなりましたがこの物語が意味するところは名に恥じないとおり悪魔主義だと思います ファシズムでありナチズムであり軍靴の音ガーというやつですね
(あ、でも軍服パッチェさんの太ももならちょっとみてみたいかも)
説得力や物語の求心力においても名に恥じない小悪魔的魔力をもっていると思います 面白いしイデオロギーに催眠をかける力があります
ですから上に書いたことと矛盾しますがやはりこの物語やこの小悪魔達にこそニヒリズムのフィルターをとおして冷淡にみるべきであり、あまりこの小悪魔たちと比較して「俺ってあまちゃんだよなあ!もっとなりふり構わず頑張らなきゃ!」とか「私ってあまちゃんだわ!もっとドライに冷淡にならなきゃ!」って思わないほうがいいかも知れません (いや前向きに頑張るきっかけになるのならなんでも素晴らしいと思いますが)
まあ悪魔だけにあくまで悪魔的なものだと認識すべきですね
悪魔的と見せかけて実は人間臭いと見せかけてやっぱり悪魔的
まああくまでダークサイドで偏ったものとしてみるべきだと思います
排他的ニヒリズムや熱血さは確かに人間臭いですがあまりそればかりだと人間離れした悪魔的になりやすいってことかもですね
まあしかしそれにしてもこのパチェさんは魔女っぽいですね
冗談はさておきお久しぶり&お疲れ様です。自らをNon-Sentimentalismeと言いながらも(実際にそうとしか思えませんが)律儀にパチュリーを待ち続ける小悪魔の胸中はいかなるものであったのでしょうか。そしてドブ川に放り捨てられたお嬢様(灰)の明日や如何に?(合掌)