少なくとも私――赤蛮奇にとっては暑い夏の日だった。人間の格好をして、無い首に包帯を巻いて、人里をぶらぶら歩いている時に声が聞こえたのだ。
「さあさ、寄ってらっしゃい聞いてらっしゃい。付喪神の姉妹の演奏会だよ!」
多少の涼みにでもなるかなと思ったのを覚えている。
少し待っていると演奏が始まった。
その演奏は――
「その演奏は、それは素晴らしいものだった……」
「ほおー。それは私も聞いてみたかったもんだわ」
そう言って目の前の皿から唐揚げを取り口に含んだのは、赤蛮奇の向かいの席に座った赤黒白三色のドレスに身を包んだ妖怪。今泉影狼である。その頭の上には獣の耳が――無い。服の下に濃い毛も無い。彼女がそのような姿をとるのは満月の夜だけである。
「私も気になるわー。その方達と一緒に歌でも歌えたら、楽しいでしょうねえ」
次に発言したのは影狼の隣の席に座った――いや、下半身から下を、椅子の上に乗った桶の中の水に入れている人魚。わかさぎ姫だ。彼女の足から下は魚のそれであり、乾くと死ぬのだ。だから水に浸かっている。
「ちょっと今泉、聞いてみたかったとか口ばっかり。物食べたくてたまらないのが伝わってくるよ」
最後の彼女が赤蛮奇。そのマントの下、首のあるべきところには闇が広がっている、コードレスタイプのろくろ首だ。
「なっ、そんな私が人の話も聞かない食いしん坊みたいな言い方やめてよ! その姉妹の演奏が良かったって話でしょ、聞いてるわよ!」
「そんなの表面に反応しただけじゃないか。姫みたいにその人それぞれの言葉ってものをね――」
「セキちゃん、私を山車にして影狼ちゃんをからかうのはやめなさい」
「う、ご、ごめんなさい」
「あはっやーい叱られてやんの」
「影狼ちゃんも! 子供じゃないんだから!」
「あー、今日も飲んだ飲んだ」
影狼が姫の乗った猫車をごろごろと押す。
「美味しかったわねえ。またあそこのお店行きたいわ」
「私もそう思うよ。妖怪OKの店は珍しいしね」
この日は草の根仲間同士の親交を深める目的で、人里の、妖怪でも飲める店に飲み会に来ていたのだ。
「……」
「蛮奇、どうしたの?」
「ん、あ、いやあ。飲み会の席でも話しただろう? どうにもあの付喪神の姉妹が忘れられなくて」
「ふーん。……恋とか?」
赤蛮奇はブフォッと噴き出した。
「な、何言ってんの影狼……私も女だしその子らも女だよ?」
「セキちゃん、女同士の愛情というものも確かに存在するわ。それは決して恥ずかしがることじゃないわよ?」
「そうだよ蛮奇。私らはそれを応援するよ」
「いやいやなんで私がそれを秘めてるみたいな流れになってるのさ!? てか私妖怪で精神的な存在だし! 繁殖とかしたくならないから!」
「えー? 私はちょくちょく発情期とかあるよ。姫はどう?」
「私もあるわ」
二人は当然といった顔だ。
「えっ、それはえっと、獣だし……? 私獣じゃないから……? てかそんなことどうでもいいわよ! 私はただ単純にあの演奏に惚れたんだ!」
「それは素敵なことよねえ。というか、そんなに素敵なら本当に私も聞いてみたいものだわ。ねえセキちゃん、お名前とか聞いていないの?」
「そうだね、私も聞いてみたいよ」
「名前は『九十九弁々』と『九十九八橋』っていうらしいけど……どこに住んでるかまではちょっと」
「ふふふ。そんな時こそこの今泉影狼の出番! 草の根妖怪ネットワークを利用して住処を探し出して見せるわー!」
「おー」
「流石影狼ちゃんね」
「ふふん、褒め称えなさい、崇め奉りなさい」
影狼は鼻高々といった様子である。
「威張るのは見つけてからねー」
「うっ。分かってますようはいはい」
「影狼ー。居るかいー?」
霧の湖の一角。赤蛮奇はそこへわかさぎ姫と今泉影狼へ会いに来ていた。
「はーい。ここよー」
霧の中から声が聞こえる。それに従って進んでいくと、無事に二人を見つけることができた。
「やあ二人共。影狼、九十九姉妹についてはどうなってる?」
「それについてはバッチリよ。二人があの空に浮かぶ城に出入りする姿を見たっていう妖怪が多いみたい。あそこに住んでるっぽいわ」
「なるほど。あんな辺鄙なところになあ」
「あら、あそこは確か小人が住んでるんじゃなかったかしら? 一部を借りてるのかしら」
「そういうことかもしれないわね。ともかく一度様子を見に行ってみましょう。姫はここで待っててね」
「了解ー」
二人で空へ飛び上がり、空飛ぶ城の近くまで寄ってみる。
「近くで見るのは初めてだけど、なかなか威厳があるわね……」
「そうだね、思っていたよりも大きく感じる」
そうやってふよふよと飛んでいた時だ。
「何者だ」
突然背後から声が聞こえた。振り返るとそこには――
「――お椀?」
つい気の抜けた声を漏らすと、そのお椀が凄まじい速度で接近してくる! 影狼の喉元まで来ると同時、そのお椀の隙間から針が飛び出した。
「もう一度聞く。何者だ」
「せ、赤蛮奇。妖怪。ろくろ首」
「お、同じく妖怪、今泉影狼」
「何をしに来た」
「ここに住んでいるという付喪神の演奏を聴きに」
「……ふん。嘘は吐いてないように見える」
お椀の中へ針が仕舞われる。そしてパカリと開くと、中から現れたのは小人だった。
「あ、あなたがここに住んでるっていう小人の」
「その通り。私の名は少名針妙丸。ここの主だ」
いきなり敵意を浴びせかけられた二人は手を挙げて害意が無いことを示す。
「私達の用はさっき言った通りです。どうか付喪神の姉妹に会わせていただけませんか?」
針妙丸は少し考え込む様子を見せた後、首肯した。
「あっ、もう一人連れが居るんです。下から連れてくるんで待ってて貰えますか?」
「……早くしろ」
「わっほーい、こんなところまで追っかけだなんて熱心なファンよ姉さん!」
「全くだわ。付喪神冥利に尽きるわ」
「じゃあ――」
「ええ、いいわよ。演奏してあげる」
「やったあ!」
「ふふ、良かったわねえ、セキちゃん」
「そうと決まれば早速準備しなくちゃ。ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「ええ、勿論――」
「はあー。良い演奏だった」
「あれなら蛮奇がまた聞きたくなるのも良く分かったわ」
「流石付喪神ね、自分の弾き方を完璧に熟知しているのねー」
「聞くのに苦労しただけあったね。ありがとう、影狼」
「そうね、今回は影狼ちゃんのお手柄だものね。ありがとう影狼ちゃん」
「え、えへえ、なんかそう言われると照れるなあ。あはは――」
「さあさ、寄ってらっしゃい聞いてらっしゃい。付喪神の姉妹の演奏会だよ!」
多少の涼みにでもなるかなと思ったのを覚えている。
少し待っていると演奏が始まった。
その演奏は――
「その演奏は、それは素晴らしいものだった……」
「ほおー。それは私も聞いてみたかったもんだわ」
そう言って目の前の皿から唐揚げを取り口に含んだのは、赤蛮奇の向かいの席に座った赤黒白三色のドレスに身を包んだ妖怪。今泉影狼である。その頭の上には獣の耳が――無い。服の下に濃い毛も無い。彼女がそのような姿をとるのは満月の夜だけである。
「私も気になるわー。その方達と一緒に歌でも歌えたら、楽しいでしょうねえ」
次に発言したのは影狼の隣の席に座った――いや、下半身から下を、椅子の上に乗った桶の中の水に入れている人魚。わかさぎ姫だ。彼女の足から下は魚のそれであり、乾くと死ぬのだ。だから水に浸かっている。
「ちょっと今泉、聞いてみたかったとか口ばっかり。物食べたくてたまらないのが伝わってくるよ」
最後の彼女が赤蛮奇。そのマントの下、首のあるべきところには闇が広がっている、コードレスタイプのろくろ首だ。
「なっ、そんな私が人の話も聞かない食いしん坊みたいな言い方やめてよ! その姉妹の演奏が良かったって話でしょ、聞いてるわよ!」
「そんなの表面に反応しただけじゃないか。姫みたいにその人それぞれの言葉ってものをね――」
「セキちゃん、私を山車にして影狼ちゃんをからかうのはやめなさい」
「う、ご、ごめんなさい」
「あはっやーい叱られてやんの」
「影狼ちゃんも! 子供じゃないんだから!」
「あー、今日も飲んだ飲んだ」
影狼が姫の乗った猫車をごろごろと押す。
「美味しかったわねえ。またあそこのお店行きたいわ」
「私もそう思うよ。妖怪OKの店は珍しいしね」
この日は草の根仲間同士の親交を深める目的で、人里の、妖怪でも飲める店に飲み会に来ていたのだ。
「……」
「蛮奇、どうしたの?」
「ん、あ、いやあ。飲み会の席でも話しただろう? どうにもあの付喪神の姉妹が忘れられなくて」
「ふーん。……恋とか?」
赤蛮奇はブフォッと噴き出した。
「な、何言ってんの影狼……私も女だしその子らも女だよ?」
「セキちゃん、女同士の愛情というものも確かに存在するわ。それは決して恥ずかしがることじゃないわよ?」
「そうだよ蛮奇。私らはそれを応援するよ」
「いやいやなんで私がそれを秘めてるみたいな流れになってるのさ!? てか私妖怪で精神的な存在だし! 繁殖とかしたくならないから!」
「えー? 私はちょくちょく発情期とかあるよ。姫はどう?」
「私もあるわ」
二人は当然といった顔だ。
「えっ、それはえっと、獣だし……? 私獣じゃないから……? てかそんなことどうでもいいわよ! 私はただ単純にあの演奏に惚れたんだ!」
「それは素敵なことよねえ。というか、そんなに素敵なら本当に私も聞いてみたいものだわ。ねえセキちゃん、お名前とか聞いていないの?」
「そうだね、私も聞いてみたいよ」
「名前は『九十九弁々』と『九十九八橋』っていうらしいけど……どこに住んでるかまではちょっと」
「ふふふ。そんな時こそこの今泉影狼の出番! 草の根妖怪ネットワークを利用して住処を探し出して見せるわー!」
「おー」
「流石影狼ちゃんね」
「ふふん、褒め称えなさい、崇め奉りなさい」
影狼は鼻高々といった様子である。
「威張るのは見つけてからねー」
「うっ。分かってますようはいはい」
「影狼ー。居るかいー?」
霧の湖の一角。赤蛮奇はそこへわかさぎ姫と今泉影狼へ会いに来ていた。
「はーい。ここよー」
霧の中から声が聞こえる。それに従って進んでいくと、無事に二人を見つけることができた。
「やあ二人共。影狼、九十九姉妹についてはどうなってる?」
「それについてはバッチリよ。二人があの空に浮かぶ城に出入りする姿を見たっていう妖怪が多いみたい。あそこに住んでるっぽいわ」
「なるほど。あんな辺鄙なところになあ」
「あら、あそこは確か小人が住んでるんじゃなかったかしら? 一部を借りてるのかしら」
「そういうことかもしれないわね。ともかく一度様子を見に行ってみましょう。姫はここで待っててね」
「了解ー」
二人で空へ飛び上がり、空飛ぶ城の近くまで寄ってみる。
「近くで見るのは初めてだけど、なかなか威厳があるわね……」
「そうだね、思っていたよりも大きく感じる」
そうやってふよふよと飛んでいた時だ。
「何者だ」
突然背後から声が聞こえた。振り返るとそこには――
「――お椀?」
つい気の抜けた声を漏らすと、そのお椀が凄まじい速度で接近してくる! 影狼の喉元まで来ると同時、そのお椀の隙間から針が飛び出した。
「もう一度聞く。何者だ」
「せ、赤蛮奇。妖怪。ろくろ首」
「お、同じく妖怪、今泉影狼」
「何をしに来た」
「ここに住んでいるという付喪神の演奏を聴きに」
「……ふん。嘘は吐いてないように見える」
お椀の中へ針が仕舞われる。そしてパカリと開くと、中から現れたのは小人だった。
「あ、あなたがここに住んでるっていう小人の」
「その通り。私の名は少名針妙丸。ここの主だ」
いきなり敵意を浴びせかけられた二人は手を挙げて害意が無いことを示す。
「私達の用はさっき言った通りです。どうか付喪神の姉妹に会わせていただけませんか?」
針妙丸は少し考え込む様子を見せた後、首肯した。
「あっ、もう一人連れが居るんです。下から連れてくるんで待ってて貰えますか?」
「……早くしろ」
「わっほーい、こんなところまで追っかけだなんて熱心なファンよ姉さん!」
「全くだわ。付喪神冥利に尽きるわ」
「じゃあ――」
「ええ、いいわよ。演奏してあげる」
「やったあ!」
「ふふ、良かったわねえ、セキちゃん」
「そうと決まれば早速準備しなくちゃ。ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「ええ、勿論――」
「はあー。良い演奏だった」
「あれなら蛮奇がまた聞きたくなるのも良く分かったわ」
「流石付喪神ね、自分の弾き方を完璧に熟知しているのねー」
「聞くのに苦労しただけあったね。ありがとう、影狼」
「そうね、今回は影狼ちゃんのお手柄だものね。ありがとう影狼ちゃん」
「え、えへえ、なんかそう言われると照れるなあ。あはは――」
ほのぼのとした内容で良かったと思う。