「ねぇ、蓮子」
「何」
「何か暇じゃない?」
「暇じゃない」
「どうして?」
「課題よ、課題!」
ばん、とテーブルを叩いて彼女、宇佐見蓮子は隣の相手に反論する。
いかにも『大学生の一人暮らし』といった感じの漂う一室にて、組み立て式のローテーブルを展開し、その上でノートを広げてペンを必死になって走らせていたのだ。
「まだ終わってないの」
呆れた、という表情と声音と目線でんなことぬかすのは、蓮子の友人、マエリベリー・ハーン、通称メリーである。
「うっさいな。世の中、優秀な人間とそうでない人間とがいて、優秀な人間にはそうでない人間の苦労なんて、一生、わかんないものなのよ」
「だけど、その課題の期日って、確か提示されてから一ヶ月以上あったはずだけど」
「ああいそがしいいそがしいめがまわるぐーるぐる」
メリーの指摘をあさっての方向へとスルーして、蓮子は必死にノートに向かう。
メリーはテーブルの上に頬杖をついて彼女を見て、ノートを見て、「それ違う」と指摘。
――それから、およそ一時間。
「……先生、終わらないです」
「サボっているのが悪いのよ」
「サボっていたつもりはないわ!」
「じゃあ、どうして、わたしはとっくの昔に提出した課題を、あなたは今になって血の涙を流しながらやっているの」
「それはそれとして」
「横にのけてもらうと困るのよ」
提出しなければならない『課題』は、まだまだテーブルの上に積みあがっている。
これを、蓮子曰く、『今週末までに提出』しないといけないのだ。
ちなみに、本日、その『週末』まで残り一日と言う状況である。
「あー、おなかすいた。朝から何も食べてない」
「そんなことしていたら、頭が回らなくなるでしょう。
ご飯を食べに行きましょう。わたしもおなかすいたし」
「じゃあ、メリーさん、おごってください!」
「蓮子が全裸になって犬の格好して三回回って『メリーさんに一生感謝しますワン』とか言うなら考えてあげるわ」
「誰がやるか!」
二人がやってきたのは、蓮子の住まうアパートから歩いて10分程度の距離にあるレストランである。
最近、駅前の開発が進んできて、新しく出来た商業施設の一番上のフロアにあるそれに、本日、蓮子は初めてやってきた。
「ふーん。何か高そう」
「値段はそうでもないわ」
店の雰囲気は、なかなかこじゃれているというか、ちょっと高級感を漂わせた感じだ。少なくとも、そんじょそこらにあるファミレスなどとはレベルが違う。
しかし、料理の値段は、ディスプレイに飾られているものをちらっと見るだけでも、そのファミレスより二割か三割高い程度。
店の雰囲気を加味するなら、その値段は、『なかなかお安い』と言うべきだろう。
「おお、いい眺めじゃない」
「高層ビルの展望レストラン、なんかとは比べてはいけないのでしょうけどね」
「ああ、そういうレストラン、いってみたい。
お高いんでしょ?」
「そうでもないわ」
「ほんと?」
「一食で蓮子が半月食べていけるくらいの値段程度よ」
「充分高い」
やはり、人間、住む世界が違う人間との会話は通じないものである。
ともあれ、店はそこそこの賑わいを見せていたが、運よく、二人は窓際の席をゲットすることが出来た。
そちらに案内され、料理を注文して、しばし待つ。
「いい匂い」
「店の雰囲気ばかりに金をつぎ込んで、肝心の中身が、と言うパターンではなさそうね」
「ああ、そういうお店、あるよね」
「わたしは、だから、そういうお店はあまり好きじゃないのよね」
「……だからって、赤提灯のお店に『蓮子、行くわよ!』って突撃すんのはどうかと思うけど」
「何を言っているの! あなた、そういう『日本の情緒』というものを全くわかってないの!? あなた、何人よ!」
やたら声をでかくしてメリーが怒る。目を三角にして。
……この友人、色々と、感性と言うか感覚と言うか、ともあれ何かその辺りのものが一般人を超越しているものがあると、蓮子は時たま感じている。たとえばこのような時などに。
そういう状態に突入したメリーに余計なことを言うと、一週間くらいはまともに口を利いてもらえなくなる。冷たい視線で見下され、『あら、蓮子。何しにきたの』と相手のことを見下しまくった声音と口調で攻撃してくるのだ。
ちなみに、そんな状態のメリーも、何かやたらと一部の男どもには人気があったりするのだが、ともあれ。
「お待たせしました」
「あ、美味しそう」
そうこうしていると、『店員さん』と呼ぶには憚られるほど店の洒落た見た目に似合った身なりの男性が料理を持ってやってくる。
彼は二人の前に料理を置いて、『ごゆっくり』と恭しく頭を下げて去っていく。去り際、革靴にも拘わらず、足音を全く立ててない辺りがさすがである。
「それじゃ、いただきまーす」
「蓮子は洋食派なのね」
「いや、こういうレストランで和食を頼む気にはなれなくて」
洋風漂うレストラン。
その中で、なぜかメニューに掲載されている『和食御膳』を迷うことなく頼んだメリーの一言に、蓮子も微妙に顔を引きつらせる。
ともあれ、口にする料理の味はなかなかのもの。
結論から言うと、『悪くない』どころではなく『かなりいい』部類だ。
「お店、流行るといいんだけど」
「流行るんじゃない?」
「そうかしら。
この見た目に圧倒されて、たとえばあの辺りのファミリーレストランに足を運ぶ人、少なくないと思うけど」
「そうかな。私は逆かな。
むしろこういう見た目だから、一度は入ってみたい、みたいな」
そして、そういう風にやってきた客は、出された料理の意外な値段と美味しさに驚いて、次からもやってくる。それが蓮子の理論であった。
メリーは『なるほど。確かにそういうのもありよね』となんかやたらと感心している。
「……にしても、ほんと、メリーは白いご飯と箸の似合う」
「そうでしょう?」
ふふん、とやたら偉そうに威張るメリー。
そんな彼女の見た目は、高級な西洋人形もかくやというほどの金髪美少女っぷりなのだが。
その彼女が白いご飯に味のり乗っけてもぐもぐしている光景と言うのは、何かもうミスマッチと言う言葉を通り越しているような感じすら覚える。彼女のような『お嬢様』はフォークとナイフ片手にステーキなんぞを切っているのが似合うのだ。
「ま、それも勝手なイメージだけどさ」
「蓮子は何を食べても美味しそうに食べるから、こと、食事の場と言うものにおいては似合う存在よね」
「それは私に対する褒め言葉だと思っておくわ」
「そうね。
だけど、毎日、コンビーフはよくないわ。塩分多いし」
「そんな食生活してないわ」
「そうかしら。この前、『メリー、お一人様一つ限りで、豚肉細切れがグラム50円の超大特価なの。手伝って』とか言われたような記憶があるんだけど」
大学生と言うのは何かと物入り。出来る時に節約を。
そういう根性が染み付いている蓮子は、実に庶民的な大学生である。そうした安売りセールの中、殺到するおばちゃん達の間から狙いのものを必ず手にする、その実力は伊達ではないのだ。
「けど、再開発ってのもね」
つと、蓮子がそんなことを口にする。
「住宅街の中に、いきなりでっかい商業施設。目立つわ」
「そうね」
「違和感すごいよね。
けど、ま、それが人を集めるんだし。そういうのがいずれはシンボルになっていくんだし」
「シンボルと言うのは、最初は、どこでも違和感を出すものだと思うわね」
「そりゃそうだ」
その場の雰囲気に見合っているものは、いずれその場の『世界』に取り込まれる。
しかし、そうでないものは、周りに取り込まれることなく、ただその場に厳然と存在し続ける。
やがて、それは人の目から見て『目印』となり、『シンボル』となっていく。
「蓮子だって」
「何、私が違和感たっぷりだっての?」
「そうよ。
オカルトに足を踏み入れている人間と言うのは、世の中、周りから離れていくものでしょ。
浮世離れ、って」
「なーるほど。そいつは一理ある。
確かに子供のころから、『蓮子ちゃんは道に迷わないよね』ってよく言われていた」
「ま、自慢にも何にもならないけれど」
とんとん、とメリーは自分の頭を人差し指で叩く。
要するに『地図を頭に叩き込める人間は、そんなこと当たり前』と言いたいのだ。
端的に言って、『蓮子はおバカね』とも言う。
「うっさいな」
「けれど、そういう風に目立つ人間だからこそ、周りからは慕われることもある」
「そうでしょうそうでしょう。
男も女も友達どっさりよ」
「その中で、あなたに下心を持っている人は?」
「いないよ悪かったなちくしょう」
蓮子とメリー。
二人が並んで歩いていると、メリーの方には100mに一人ずつ男が言い寄ってくるのに対して、蓮子などさっぱり。それどころか、『邪魔くさいなこいつ』な目で見られること多数である。
なお、彼女の尊厳みたいなもののために擁護しておくと、蓮子も決して見た目は悪くない。むしろ『かわいい』部類の女の子と認識されるべきなのだが、悲しいかな、世の中には『相対評価』という言葉があるのである。
「ま、あなたに下心を持って接してくるのなら、まずはわたしに話を通してもらわないといけないけど」
「あんたは私の父親か」
「何を言っているの、蓮子。
わたしがどれだけ、あなたを必要としているか。それくらいは理解してもらわないと」
「それを具体的に説明すると」
「ご飯にかける生卵」
「……こいつは」
呻いておでこを手で押さえる蓮子。
そんなたとえ方をされても全く嬉しくないどころか、『納豆とかふりかけはどうするんだ。味付け海苔はどこのポジションに入るんだ』と多数のツッコミを入れたくて仕方なくなってしまう。
「そういうわけだから。
ここのご飯はおごりにしてあげましょう。なかなかいいお店の紹介だったしね」
「ああ、そういってくれるとありがたいわね」
「次は蓮子の番よ。
とりあえず、超高級天然うなぎのお店でも、冬の寒い中に連れて行ってもらおうかしら」
「自分で払います」
「冗談よ」
ころころ笑ってみせるメリーだが、こやつの場合、その『冗談』がどこまで本気かわからない。
とりあえず、蓮子はその視線を、テーブルの上に置かれた伝票に向ける。
メリーは伝票をひょいと手に取ると、それをひらひら、顔の真横で振ってみせた。
二人は食事を終えると、建物の中をめぐってみることにした。
入っているお店を眺めながら、『お、この店、いい服あるな』と思ったらしっかりとメモしておくのだ。
女の価値は見た目で決まる。と言うか、見た目を飾らないと、蓮子ではどうやってもメリーには勝てない。
「何よ」
「いいえ、別に」
本当に『美少女』と言う奴はお得な生き物だ、と蓮子は肩をすくめてみせる。
建物の中を巡り、次は屋上でもいってみようとエレベーターに乗って上の階へと移動する。
「ふぅん」
「今時珍しい」
その屋上は、いわゆる『屋上遊園地』になっていた。
色んな遊具があちこちに並び、それに子供たちが乗って歓声を上げている。
「こんなもの、今時流行らないでしょうに」
「そう? 流行ってるんじゃない?」
「一時的に、でしょ」
「メリー、さっき言ってたことと違う」
あちこちに並ぶ遊具は、見る限り、子供で全て埋まっている。
一見した限りでは、この屋上遊園地は大盛況。これから、どれほど人を集められるかはわからないが、古来より人類の間に伝わる最強のマスメディア『口コミ』の力が炸裂すれば、かなりのものになるのは容易に想像できる光景だ。
「蓮子はこういうの好きそうね」
「子供じゃないんだから」
示されたパンダカートを見ながら、蓮子は笑って軽く手を振ってみせた。
「ああ、いい天気」
空は相変わらず青色一色。
降り注ぐ日差しも徐々に強さを増してきている。
日焼けには気をつけないといけない季節が、そろそろやってくる。
「ああ、夏物買わないと」
そんなことをつぶやいて、蓮子はつとメリーを見る。
「メリー。何やってんの」
屋上と外側の空間を仕切る金網を手で軽く掴み、じっと、『外』を見ているメリー。
「ねぇ、蓮子」
「何」
「もし、この金網の外に、ここではない別の世界が広がっていて。
そこに、わたしが行ってしまうとしたら、あなたはどうする?」
「全力で止める」
「そうね。あなたならそう言うと思っていたわ」
「あんたはたまに変なこと言い出すよね」
金網の外の世界。
それは確かに、この世界とは別の世界なのは間違いない。
メリーの言う『浮世離れ』した空間が、そこには間違いなく広がっているだろう。
「知ってる? メリー。
人間、高いところから地面に叩きつけられると、べちゃりと潰れて、真っ赤なトマトになるんだってさ。
引き剥がそうと思っても離れないほど、それはそれは真っ赤なものだそうよ」
「まあ、怖い」
「そんな無様な姿になりたいってんなら、私は止めないけどね」
「まさか」
メリーは振り返ると、『わたしは死ぬまで生きるのよ』と、なぜか胸を張ってみせる。
なるほど、その言葉は、捉え方によっては『死ぬまで長生きしてやる』と言う宣言にも近い。
メリーはこれだから、と蓮子は肩をすくめる。
「その向こうに何が見える?」
「さあ。何も。見えてるのかもしれないけれど」
「私には何にも見えないわ。
下を見ると……うわ、たっかい」
「これくらいの高さでも、人間、落ちたら木っ端微塵でしょうね」
「明日のニュース、トップニュースになれるでしょうね」
「けど、どうせトップニュースになるのなら、おしゃれなデザインの傘を手に持って、ふわりふわりと舞い降りてみたいわね」
「ぱんつ丸見えになるけど」
「世の中、見せパンというものがあるでしょう」
「あんの? メリーに」
「ないわね」
「じゃ、ダメじゃない」
「蓮子のぱんつを奪い取ればいいんじゃないかしら」
「なぜそうなる」
そこからしばらく『ぱんつ』議論が続くのだが、それはさておこう。
話はとりとめもなく続いていきそうになる。
そんなどうでもいいことを続けていると、メリーがふっと蓮子の肩越しに何かを見るような仕草をした。
「何。何かいるの?」
「子供よ」
「まぁ、そりゃあちこちにいるわな」
「そうね。かわいい子供がいるわ」
「おいおい、メリーさん。その発言はなんか怖い」
「気のせいね」
「どっちが」
「さあ」
肩をすくめてみせたメリーが、「下に降りましょう」といって歩いていく。
彼女に倣って、ここに上ってくるときに使ったエレベーターではなく、階段を使って、蓮子は歩いていく。
「階段の上り下りって、かなりカロリー使うのよね。ダイエットにちょうどいい」
「わたし、ダイエットなんてしたことないわ」
「うっわ、それすっげぇむかつくんですけど」
「自堕落な生活をするから太るの。
食べた分だけ動けばいい。頭を使えばいい。何もしないなら食べなければいい」
「刹那的な生き方ね」
「自分でもそう思うわ」
振り返り、にんまりと、メリーは笑ってみせる。
その笑い方のいやらしさと言ったら。
思わず、『こいつ殴ってやろうか』と蓮子が思うほどである。
「午後、どうするの? 課題、やらないといけないのでしょ」
「そうね。
さっさと片付けて、今日は枕を高くして眠りたいわ」
「ああ、今日、泊まって行くつもりだから。
美味しい晩御飯をよろしくね」
「メリーもちょっとは料理を身につけたら?」
「練習しているのだけど、諦めているの」
「それは練習してるとは言わない」
女に生まれて料理が出来ないとは何事だ、と蓮子が持論を展開すると、メリーは『それなら蓮子をお嫁にもらえば問題なさそうね』などと言う。
全く、口が回り頭の回転が速い連中は困る。何を言っても堪えない。
「ついでに買い物していくか。地下のスーパー、そんなに高くなかったし」
「来たことあるの?」
「そりゃね。
近場のスーパーが、おかげでだいぶ大変みたいよ。
値段はそんなに変わらないんだけど、品揃えが違うから」
「それは大変ね」
「あっちはあっちでいいスーパーなんだけどね。
昔からの顔なじみの人たちが、今も通ってるみたい」
「固定客を掴むと、客商売は強いわね」
「そうだね」
「蓮子は浮気性、と」
「何でさ」
メリーの一言に、蓮子は苦笑して肩をすくめた。
「蓮子は」
「ん?」
「道に迷ったりしないと言っていたわね」
「まぁね」
「それは、目印も何もない、どこにつながるかもわからない、そんな道でも有効に機能するのかしら」
とてとて、買い物を終えて、家に帰る道すがら。
メリーはそんなことを尋ねてきた。
そうだなぁ、と蓮子。
「何にも道しるべがないのなら、さすがに迷うかもしれない。
空も見えない、星も見えない、足下も見えない、暗闇の中。それじゃ、どっちへ行っても四方八方どん詰まりだ」
「けれど、足下を叩いてみれば地面がある。地面があるということは、どこかに通じる道がある。
そんな状況であっても?」
「そいつは無理ってもんね」
世の中、出来ることと出来ないことがある。
そして、出来ないことの中には、どう頑張っても、逆立ちしたってかなわないことがある。
メリーの問いかけは、後者を示している。それにははっきりと『無理』と言うしかない。
「そう。蓮子は、意外と根性なしなのね。
わたしなら、とりあえず、適当に辺りを歩き回ってしまうけれど」
「それ、一番まずい対応。
道に迷った時はその場を動かず、黙って救助を待つのが一番。出来ることなら携帯電話とか、GPSとか、そういう機器を持っていくことをお勧めするわ」
「ご丁寧にどうも。蓮子はついてきてくれないの?」
「そーね」
わはは、と笑って、
「あんたがどっか行って迷って帰ってこられなくなったら、真っ先に探しに行っちゃるよ」
片手に持った、スーパーのビニール袋をがさがさ揺らしながら、
「あ、その目、『迷い道に入ったら、蓮子なんて役に立たない』って目だな?
大丈夫、大丈夫。
メリーが私の目印だ。ちゃーんと見つけてやるから、心配しなさんな」
「そうね」
小さく笑って、メリーは、『それは頼りになる言葉だわ』と言った。
「けれど、動き回ってしまうのなら、それは目印にならないのではない?」
「んじゃ、逆に聞くけど、メリーさん。
あんなに目立つシンボルが、あちこちうろちょろしてたとして、それを見つけられない理由ってある?」
肩越しに指差す、先ほどの駅前開発の『シンボル』。
なるほど、あんなものがあちこちうろちょろしていたとしたら、逆に、それはそれは目立って仕方ないだろう。
見つけられないのは余程のバカだ。
「ああ、確かに。蓮子の言う通り」
「でしょ?」
「やっぱりそういうところ、あなたは無駄に頼りがいがあるわね」
「何よ、『無駄に』ってのは」
「そういう意味」
「はいはい。
あんまり減らず口叩いてると、蓮子さんお手製の晩御飯、食べさせてやんないぞ」
「そうなったら、どこかの一流レストランにでもご飯を食べに行くからご心配なく」
「あ、その時は私も連れてって」
「それは無理と言う相談ね。
あなた、ドレスコードに合う衣装、持ってなさそうだもの」
「どこ行くつもりさ」
「どこかしら」
そんな会話をしながら、てくてく、道を歩いていく。
もう少し、あと5分も歩けば目的地に到着する。
そして幸いなことに、その目的地は、二人にとって、とてもわかりやすい見た目をした『目標』であった。
「あ、ちなみに。
課題は手伝わないから」
「最初から期待してません」
「だけど、わたしに向かって土下座して、『メリー様よろしくお願い致します』って言うなら考えてあげる」
「やるかんなこと」
「蓮子は心が狭いのね」
「それとこれとは違うっつの」
「じゃ、わたし、ゲームやってるから」
「ヘッドホンでもつけてちょうだい」
「どうしてもクリアできないステージがあるのだけど」
「私は課題で忙しい」
「ひどいわ、蓮子」
「それがメリーにとっての課題。一人で頑張ってクリアして」
「残念」
ひょいと肩をすくめて、ぺろりと舌を出すメリーの顔は、実に何と言うか、『こいつめ』と言いたくなる顔だった。
「何」
「何か暇じゃない?」
「暇じゃない」
「どうして?」
「課題よ、課題!」
ばん、とテーブルを叩いて彼女、宇佐見蓮子は隣の相手に反論する。
いかにも『大学生の一人暮らし』といった感じの漂う一室にて、組み立て式のローテーブルを展開し、その上でノートを広げてペンを必死になって走らせていたのだ。
「まだ終わってないの」
呆れた、という表情と声音と目線でんなことぬかすのは、蓮子の友人、マエリベリー・ハーン、通称メリーである。
「うっさいな。世の中、優秀な人間とそうでない人間とがいて、優秀な人間にはそうでない人間の苦労なんて、一生、わかんないものなのよ」
「だけど、その課題の期日って、確か提示されてから一ヶ月以上あったはずだけど」
「ああいそがしいいそがしいめがまわるぐーるぐる」
メリーの指摘をあさっての方向へとスルーして、蓮子は必死にノートに向かう。
メリーはテーブルの上に頬杖をついて彼女を見て、ノートを見て、「それ違う」と指摘。
――それから、およそ一時間。
「……先生、終わらないです」
「サボっているのが悪いのよ」
「サボっていたつもりはないわ!」
「じゃあ、どうして、わたしはとっくの昔に提出した課題を、あなたは今になって血の涙を流しながらやっているの」
「それはそれとして」
「横にのけてもらうと困るのよ」
提出しなければならない『課題』は、まだまだテーブルの上に積みあがっている。
これを、蓮子曰く、『今週末までに提出』しないといけないのだ。
ちなみに、本日、その『週末』まで残り一日と言う状況である。
「あー、おなかすいた。朝から何も食べてない」
「そんなことしていたら、頭が回らなくなるでしょう。
ご飯を食べに行きましょう。わたしもおなかすいたし」
「じゃあ、メリーさん、おごってください!」
「蓮子が全裸になって犬の格好して三回回って『メリーさんに一生感謝しますワン』とか言うなら考えてあげるわ」
「誰がやるか!」
二人がやってきたのは、蓮子の住まうアパートから歩いて10分程度の距離にあるレストランである。
最近、駅前の開発が進んできて、新しく出来た商業施設の一番上のフロアにあるそれに、本日、蓮子は初めてやってきた。
「ふーん。何か高そう」
「値段はそうでもないわ」
店の雰囲気は、なかなかこじゃれているというか、ちょっと高級感を漂わせた感じだ。少なくとも、そんじょそこらにあるファミレスなどとはレベルが違う。
しかし、料理の値段は、ディスプレイに飾られているものをちらっと見るだけでも、そのファミレスより二割か三割高い程度。
店の雰囲気を加味するなら、その値段は、『なかなかお安い』と言うべきだろう。
「おお、いい眺めじゃない」
「高層ビルの展望レストラン、なんかとは比べてはいけないのでしょうけどね」
「ああ、そういうレストラン、いってみたい。
お高いんでしょ?」
「そうでもないわ」
「ほんと?」
「一食で蓮子が半月食べていけるくらいの値段程度よ」
「充分高い」
やはり、人間、住む世界が違う人間との会話は通じないものである。
ともあれ、店はそこそこの賑わいを見せていたが、運よく、二人は窓際の席をゲットすることが出来た。
そちらに案内され、料理を注文して、しばし待つ。
「いい匂い」
「店の雰囲気ばかりに金をつぎ込んで、肝心の中身が、と言うパターンではなさそうね」
「ああ、そういうお店、あるよね」
「わたしは、だから、そういうお店はあまり好きじゃないのよね」
「……だからって、赤提灯のお店に『蓮子、行くわよ!』って突撃すんのはどうかと思うけど」
「何を言っているの! あなた、そういう『日本の情緒』というものを全くわかってないの!? あなた、何人よ!」
やたら声をでかくしてメリーが怒る。目を三角にして。
……この友人、色々と、感性と言うか感覚と言うか、ともあれ何かその辺りのものが一般人を超越しているものがあると、蓮子は時たま感じている。たとえばこのような時などに。
そういう状態に突入したメリーに余計なことを言うと、一週間くらいはまともに口を利いてもらえなくなる。冷たい視線で見下され、『あら、蓮子。何しにきたの』と相手のことを見下しまくった声音と口調で攻撃してくるのだ。
ちなみに、そんな状態のメリーも、何かやたらと一部の男どもには人気があったりするのだが、ともあれ。
「お待たせしました」
「あ、美味しそう」
そうこうしていると、『店員さん』と呼ぶには憚られるほど店の洒落た見た目に似合った身なりの男性が料理を持ってやってくる。
彼は二人の前に料理を置いて、『ごゆっくり』と恭しく頭を下げて去っていく。去り際、革靴にも拘わらず、足音を全く立ててない辺りがさすがである。
「それじゃ、いただきまーす」
「蓮子は洋食派なのね」
「いや、こういうレストランで和食を頼む気にはなれなくて」
洋風漂うレストラン。
その中で、なぜかメニューに掲載されている『和食御膳』を迷うことなく頼んだメリーの一言に、蓮子も微妙に顔を引きつらせる。
ともあれ、口にする料理の味はなかなかのもの。
結論から言うと、『悪くない』どころではなく『かなりいい』部類だ。
「お店、流行るといいんだけど」
「流行るんじゃない?」
「そうかしら。
この見た目に圧倒されて、たとえばあの辺りのファミリーレストランに足を運ぶ人、少なくないと思うけど」
「そうかな。私は逆かな。
むしろこういう見た目だから、一度は入ってみたい、みたいな」
そして、そういう風にやってきた客は、出された料理の意外な値段と美味しさに驚いて、次からもやってくる。それが蓮子の理論であった。
メリーは『なるほど。確かにそういうのもありよね』となんかやたらと感心している。
「……にしても、ほんと、メリーは白いご飯と箸の似合う」
「そうでしょう?」
ふふん、とやたら偉そうに威張るメリー。
そんな彼女の見た目は、高級な西洋人形もかくやというほどの金髪美少女っぷりなのだが。
その彼女が白いご飯に味のり乗っけてもぐもぐしている光景と言うのは、何かもうミスマッチと言う言葉を通り越しているような感じすら覚える。彼女のような『お嬢様』はフォークとナイフ片手にステーキなんぞを切っているのが似合うのだ。
「ま、それも勝手なイメージだけどさ」
「蓮子は何を食べても美味しそうに食べるから、こと、食事の場と言うものにおいては似合う存在よね」
「それは私に対する褒め言葉だと思っておくわ」
「そうね。
だけど、毎日、コンビーフはよくないわ。塩分多いし」
「そんな食生活してないわ」
「そうかしら。この前、『メリー、お一人様一つ限りで、豚肉細切れがグラム50円の超大特価なの。手伝って』とか言われたような記憶があるんだけど」
大学生と言うのは何かと物入り。出来る時に節約を。
そういう根性が染み付いている蓮子は、実に庶民的な大学生である。そうした安売りセールの中、殺到するおばちゃん達の間から狙いのものを必ず手にする、その実力は伊達ではないのだ。
「けど、再開発ってのもね」
つと、蓮子がそんなことを口にする。
「住宅街の中に、いきなりでっかい商業施設。目立つわ」
「そうね」
「違和感すごいよね。
けど、ま、それが人を集めるんだし。そういうのがいずれはシンボルになっていくんだし」
「シンボルと言うのは、最初は、どこでも違和感を出すものだと思うわね」
「そりゃそうだ」
その場の雰囲気に見合っているものは、いずれその場の『世界』に取り込まれる。
しかし、そうでないものは、周りに取り込まれることなく、ただその場に厳然と存在し続ける。
やがて、それは人の目から見て『目印』となり、『シンボル』となっていく。
「蓮子だって」
「何、私が違和感たっぷりだっての?」
「そうよ。
オカルトに足を踏み入れている人間と言うのは、世の中、周りから離れていくものでしょ。
浮世離れ、って」
「なーるほど。そいつは一理ある。
確かに子供のころから、『蓮子ちゃんは道に迷わないよね』ってよく言われていた」
「ま、自慢にも何にもならないけれど」
とんとん、とメリーは自分の頭を人差し指で叩く。
要するに『地図を頭に叩き込める人間は、そんなこと当たり前』と言いたいのだ。
端的に言って、『蓮子はおバカね』とも言う。
「うっさいな」
「けれど、そういう風に目立つ人間だからこそ、周りからは慕われることもある」
「そうでしょうそうでしょう。
男も女も友達どっさりよ」
「その中で、あなたに下心を持っている人は?」
「いないよ悪かったなちくしょう」
蓮子とメリー。
二人が並んで歩いていると、メリーの方には100mに一人ずつ男が言い寄ってくるのに対して、蓮子などさっぱり。それどころか、『邪魔くさいなこいつ』な目で見られること多数である。
なお、彼女の尊厳みたいなもののために擁護しておくと、蓮子も決して見た目は悪くない。むしろ『かわいい』部類の女の子と認識されるべきなのだが、悲しいかな、世の中には『相対評価』という言葉があるのである。
「ま、あなたに下心を持って接してくるのなら、まずはわたしに話を通してもらわないといけないけど」
「あんたは私の父親か」
「何を言っているの、蓮子。
わたしがどれだけ、あなたを必要としているか。それくらいは理解してもらわないと」
「それを具体的に説明すると」
「ご飯にかける生卵」
「……こいつは」
呻いておでこを手で押さえる蓮子。
そんなたとえ方をされても全く嬉しくないどころか、『納豆とかふりかけはどうするんだ。味付け海苔はどこのポジションに入るんだ』と多数のツッコミを入れたくて仕方なくなってしまう。
「そういうわけだから。
ここのご飯はおごりにしてあげましょう。なかなかいいお店の紹介だったしね」
「ああ、そういってくれるとありがたいわね」
「次は蓮子の番よ。
とりあえず、超高級天然うなぎのお店でも、冬の寒い中に連れて行ってもらおうかしら」
「自分で払います」
「冗談よ」
ころころ笑ってみせるメリーだが、こやつの場合、その『冗談』がどこまで本気かわからない。
とりあえず、蓮子はその視線を、テーブルの上に置かれた伝票に向ける。
メリーは伝票をひょいと手に取ると、それをひらひら、顔の真横で振ってみせた。
二人は食事を終えると、建物の中をめぐってみることにした。
入っているお店を眺めながら、『お、この店、いい服あるな』と思ったらしっかりとメモしておくのだ。
女の価値は見た目で決まる。と言うか、見た目を飾らないと、蓮子ではどうやってもメリーには勝てない。
「何よ」
「いいえ、別に」
本当に『美少女』と言う奴はお得な生き物だ、と蓮子は肩をすくめてみせる。
建物の中を巡り、次は屋上でもいってみようとエレベーターに乗って上の階へと移動する。
「ふぅん」
「今時珍しい」
その屋上は、いわゆる『屋上遊園地』になっていた。
色んな遊具があちこちに並び、それに子供たちが乗って歓声を上げている。
「こんなもの、今時流行らないでしょうに」
「そう? 流行ってるんじゃない?」
「一時的に、でしょ」
「メリー、さっき言ってたことと違う」
あちこちに並ぶ遊具は、見る限り、子供で全て埋まっている。
一見した限りでは、この屋上遊園地は大盛況。これから、どれほど人を集められるかはわからないが、古来より人類の間に伝わる最強のマスメディア『口コミ』の力が炸裂すれば、かなりのものになるのは容易に想像できる光景だ。
「蓮子はこういうの好きそうね」
「子供じゃないんだから」
示されたパンダカートを見ながら、蓮子は笑って軽く手を振ってみせた。
「ああ、いい天気」
空は相変わらず青色一色。
降り注ぐ日差しも徐々に強さを増してきている。
日焼けには気をつけないといけない季節が、そろそろやってくる。
「ああ、夏物買わないと」
そんなことをつぶやいて、蓮子はつとメリーを見る。
「メリー。何やってんの」
屋上と外側の空間を仕切る金網を手で軽く掴み、じっと、『外』を見ているメリー。
「ねぇ、蓮子」
「何」
「もし、この金網の外に、ここではない別の世界が広がっていて。
そこに、わたしが行ってしまうとしたら、あなたはどうする?」
「全力で止める」
「そうね。あなたならそう言うと思っていたわ」
「あんたはたまに変なこと言い出すよね」
金網の外の世界。
それは確かに、この世界とは別の世界なのは間違いない。
メリーの言う『浮世離れ』した空間が、そこには間違いなく広がっているだろう。
「知ってる? メリー。
人間、高いところから地面に叩きつけられると、べちゃりと潰れて、真っ赤なトマトになるんだってさ。
引き剥がそうと思っても離れないほど、それはそれは真っ赤なものだそうよ」
「まあ、怖い」
「そんな無様な姿になりたいってんなら、私は止めないけどね」
「まさか」
メリーは振り返ると、『わたしは死ぬまで生きるのよ』と、なぜか胸を張ってみせる。
なるほど、その言葉は、捉え方によっては『死ぬまで長生きしてやる』と言う宣言にも近い。
メリーはこれだから、と蓮子は肩をすくめる。
「その向こうに何が見える?」
「さあ。何も。見えてるのかもしれないけれど」
「私には何にも見えないわ。
下を見ると……うわ、たっかい」
「これくらいの高さでも、人間、落ちたら木っ端微塵でしょうね」
「明日のニュース、トップニュースになれるでしょうね」
「けど、どうせトップニュースになるのなら、おしゃれなデザインの傘を手に持って、ふわりふわりと舞い降りてみたいわね」
「ぱんつ丸見えになるけど」
「世の中、見せパンというものがあるでしょう」
「あんの? メリーに」
「ないわね」
「じゃ、ダメじゃない」
「蓮子のぱんつを奪い取ればいいんじゃないかしら」
「なぜそうなる」
そこからしばらく『ぱんつ』議論が続くのだが、それはさておこう。
話はとりとめもなく続いていきそうになる。
そんなどうでもいいことを続けていると、メリーがふっと蓮子の肩越しに何かを見るような仕草をした。
「何。何かいるの?」
「子供よ」
「まぁ、そりゃあちこちにいるわな」
「そうね。かわいい子供がいるわ」
「おいおい、メリーさん。その発言はなんか怖い」
「気のせいね」
「どっちが」
「さあ」
肩をすくめてみせたメリーが、「下に降りましょう」といって歩いていく。
彼女に倣って、ここに上ってくるときに使ったエレベーターではなく、階段を使って、蓮子は歩いていく。
「階段の上り下りって、かなりカロリー使うのよね。ダイエットにちょうどいい」
「わたし、ダイエットなんてしたことないわ」
「うっわ、それすっげぇむかつくんですけど」
「自堕落な生活をするから太るの。
食べた分だけ動けばいい。頭を使えばいい。何もしないなら食べなければいい」
「刹那的な生き方ね」
「自分でもそう思うわ」
振り返り、にんまりと、メリーは笑ってみせる。
その笑い方のいやらしさと言ったら。
思わず、『こいつ殴ってやろうか』と蓮子が思うほどである。
「午後、どうするの? 課題、やらないといけないのでしょ」
「そうね。
さっさと片付けて、今日は枕を高くして眠りたいわ」
「ああ、今日、泊まって行くつもりだから。
美味しい晩御飯をよろしくね」
「メリーもちょっとは料理を身につけたら?」
「練習しているのだけど、諦めているの」
「それは練習してるとは言わない」
女に生まれて料理が出来ないとは何事だ、と蓮子が持論を展開すると、メリーは『それなら蓮子をお嫁にもらえば問題なさそうね』などと言う。
全く、口が回り頭の回転が速い連中は困る。何を言っても堪えない。
「ついでに買い物していくか。地下のスーパー、そんなに高くなかったし」
「来たことあるの?」
「そりゃね。
近場のスーパーが、おかげでだいぶ大変みたいよ。
値段はそんなに変わらないんだけど、品揃えが違うから」
「それは大変ね」
「あっちはあっちでいいスーパーなんだけどね。
昔からの顔なじみの人たちが、今も通ってるみたい」
「固定客を掴むと、客商売は強いわね」
「そうだね」
「蓮子は浮気性、と」
「何でさ」
メリーの一言に、蓮子は苦笑して肩をすくめた。
「蓮子は」
「ん?」
「道に迷ったりしないと言っていたわね」
「まぁね」
「それは、目印も何もない、どこにつながるかもわからない、そんな道でも有効に機能するのかしら」
とてとて、買い物を終えて、家に帰る道すがら。
メリーはそんなことを尋ねてきた。
そうだなぁ、と蓮子。
「何にも道しるべがないのなら、さすがに迷うかもしれない。
空も見えない、星も見えない、足下も見えない、暗闇の中。それじゃ、どっちへ行っても四方八方どん詰まりだ」
「けれど、足下を叩いてみれば地面がある。地面があるということは、どこかに通じる道がある。
そんな状況であっても?」
「そいつは無理ってもんね」
世の中、出来ることと出来ないことがある。
そして、出来ないことの中には、どう頑張っても、逆立ちしたってかなわないことがある。
メリーの問いかけは、後者を示している。それにははっきりと『無理』と言うしかない。
「そう。蓮子は、意外と根性なしなのね。
わたしなら、とりあえず、適当に辺りを歩き回ってしまうけれど」
「それ、一番まずい対応。
道に迷った時はその場を動かず、黙って救助を待つのが一番。出来ることなら携帯電話とか、GPSとか、そういう機器を持っていくことをお勧めするわ」
「ご丁寧にどうも。蓮子はついてきてくれないの?」
「そーね」
わはは、と笑って、
「あんたがどっか行って迷って帰ってこられなくなったら、真っ先に探しに行っちゃるよ」
片手に持った、スーパーのビニール袋をがさがさ揺らしながら、
「あ、その目、『迷い道に入ったら、蓮子なんて役に立たない』って目だな?
大丈夫、大丈夫。
メリーが私の目印だ。ちゃーんと見つけてやるから、心配しなさんな」
「そうね」
小さく笑って、メリーは、『それは頼りになる言葉だわ』と言った。
「けれど、動き回ってしまうのなら、それは目印にならないのではない?」
「んじゃ、逆に聞くけど、メリーさん。
あんなに目立つシンボルが、あちこちうろちょろしてたとして、それを見つけられない理由ってある?」
肩越しに指差す、先ほどの駅前開発の『シンボル』。
なるほど、あんなものがあちこちうろちょろしていたとしたら、逆に、それはそれは目立って仕方ないだろう。
見つけられないのは余程のバカだ。
「ああ、確かに。蓮子の言う通り」
「でしょ?」
「やっぱりそういうところ、あなたは無駄に頼りがいがあるわね」
「何よ、『無駄に』ってのは」
「そういう意味」
「はいはい。
あんまり減らず口叩いてると、蓮子さんお手製の晩御飯、食べさせてやんないぞ」
「そうなったら、どこかの一流レストランにでもご飯を食べに行くからご心配なく」
「あ、その時は私も連れてって」
「それは無理と言う相談ね。
あなた、ドレスコードに合う衣装、持ってなさそうだもの」
「どこ行くつもりさ」
「どこかしら」
そんな会話をしながら、てくてく、道を歩いていく。
もう少し、あと5分も歩けば目的地に到着する。
そして幸いなことに、その目的地は、二人にとって、とてもわかりやすい見た目をした『目標』であった。
「あ、ちなみに。
課題は手伝わないから」
「最初から期待してません」
「だけど、わたしに向かって土下座して、『メリー様よろしくお願い致します』って言うなら考えてあげる」
「やるかんなこと」
「蓮子は心が狭いのね」
「それとこれとは違うっつの」
「じゃ、わたし、ゲームやってるから」
「ヘッドホンでもつけてちょうだい」
「どうしてもクリアできないステージがあるのだけど」
「私は課題で忙しい」
「ひどいわ、蓮子」
「それがメリーにとっての課題。一人で頑張ってクリアして」
「残念」
ひょいと肩をすくめて、ぺろりと舌を出すメリーの顔は、実に何と言うか、『こいつめ』と言いたくなる顔だった。
2人がちゃんと大学生してて読んでいて楽しかったです