古今東西、私は千年以上、いろんな人間を見てきた。そりゃもう、飽きるほどに。
けれど、いろんな人間の中でも、名前を覚えている人間は、ただ一人しかいない。
もちろんそれは、私を初めて退治した、源頼政だ。
一応、人間の歴史の中では私は彼にに討たれて死んだことになってるけど、妖怪がそうそう簡単に死ぬわけがない。いや、すっごく、死ぬほど痛かったんだけど。
まあそれはともかく、私はまだ彼のことを、名前に限らず、全て覚えている。全てと言っても、相対したほんの僅かな、瞬きするような短さのことだけでしかないけど、それでも、私は、そんな短い時間の全てを覚えている。
それは彼が私を殺しかけた、にっくき怨敵だから、というのも、まあ、少し、ほんの少しはある。あるけれど、それ以上に、正体不明(わけのわからないもの)である私に、怯むことなく、臆すことなく、毅然と、弓と矢一本で正面から向かってきたのは、彼だけだったからだ。
それまで見た人間は、誰彼構わず、絶対に私を「形のあるもの」として捉えようとしていた。分からないものを分かろうとする。知らないものを知ろうとする。それはきっと、地上を知恵という武器で手中に収めた人間という種族の本能なのだと思う。でも彼は違った。彼は、頼政は、私を「正体不明(かたちなきもの)」であると思い切ったまま、私に弓を射かけたのだ。
普通、一対一で弓を射るなら、相手をよく見て、その急所に狙いを定めて、集中して、ようやく撃つと思う。事実、それ以前に私を討とうとした愚かな人間たちは、皆そうしてきた。けれど、彼は違った。彼は私を見ないまま、その狙いを目で定めないまま、ただ「私」を討つという想いだけを込めて、弓を引いたのだ。まるでそうすればそれは鵺退治のための必殺の矢になると確信していたかのように、僅か一本の矢を放った。だから、私は、「正体不明の向こうにいる正体」である「私」は、討たれた。
もちろん、それだけでも彼のことを覚え続けるには十分足る理由だろうけど、さらに言うなら、……いや、白状するなら、きっとその時、私は息も絶え絶えになりながら、彼に惚れてしまったのだろう。メルヘンチックな例えをするなら、心臓をズキューンと、その矢で討たれたのだろう。なぜかって? 簡単だよ。生き物がより強いものに惚れるのは、生き物としての本能でしょ?
……ちょっと話が脱線しかけたわね。だけど、それが私がまだ頼政のことを、もう何百年も前に死んで、歴史の中にちょこんと名前と肖像を残しただけの人間のことを鮮明に覚えている理由。ふふ、妖怪様が人間に恋して、しかも相手が死んだ後もずっと未練たらたらに想い続けてるなんて、情けないにも程があるわね、我ながら。
うん。でもまあ。
そんな千何百年越しの恋もどうやらもうすぐ終わるみたい。
博麗霊夢。彼女の手で。幻想郷という、京からはとても遠い楽園で。
言うのが遅れたけど、私は今、彼女と戦っている。幻想郷の決闘ルール「弾幕ごっこ」で。
もうかれこれしばらく戦っているけれど、彼女は「正体不明」に、全く怯えてなどいない。それどころか、私を倒そうと、一目散に「私」に向かってくる。
私が放つ攻撃にも怯まず、己の一挙手一投足を全て信頼しているかのような動きで、こっちに向かってくる。私を真っ正面から見据えてくる。
その姿がまるで、あの時の頼政のように見えて。
例え弾幕ごっこなんていう枷がなくとも、私は彼女には勝てないんじゃないかと思わせられているようで。
私は、彼女に夢中になっていた。
彼女は、恐ろしいまでに自分に自信を持って私に向かってきている。自分というものを正確に知った上で、私を退治しに来ている。
千何百年生きていろんな人間を見てきた私だけど、そういう風に私に向かってきたのは、頼政以来二人目だ。間違いない。他にいたら、頼政みたいに名前も顔も仕草も声も、全て覚えているはずだもの。
もちろん、頼政の奴は老いて一層強さを得た勇敢な男で、あの巫女は二十にも満たない、触れれば折れそうな少女、という真逆とも言える違いはある。それでも、どうしても弾幕ごっこをしていると、彼女が頼政とダブって見える。
それはきっと、所謂「芯」の強さなのだろう。
竹のように真っ直ぐで、しなやかで、その強さは私を射る弓となる。そんな心(しん)を持っているのだろう。
ああ。
頼政の姿が見えなくなっていく。遠くなっていく。
私が放つスペルが巫女に破られる度、だんだんと頼政が私の中から消えていく。
姿が朧気になり、声は思い出せなくなり、色が薄れていく。
私の中で形を持っていた彼が、幻想へと消えていく。
けれど私はそれを、怖いとか、悲しいとか、ちっとも思わない。むしろ、清々しくさえ思っている。
きっと分かっていたんだ。私の抱えている想いは、いつまでも持っていていいものじゃないって。
きっと知ってしまったんだ。恋をすること以上に面白いことも、この世界にはあるんだって。
これから私は、もっと面白いものを見るのだろう。そして、頼政の事なんか、すっかり忘れてしまうのだろう。
私の、九枚目のカードが破られる。もう、残すのは切り札しかない。
なんて強い人間。こんな人間にまた会えるなんて思ってもみなかった。
ああ、なんてワクワクするんだろう。こんなの、ずいぶん久しぶりだよ。頼政。あんたを見た時以来だ。
……ねえ頼政。あんたが私の事をどう思ってたのかは知らないけどさ。
私はあんたのこと、けっこう好きだったんだよ。
でもしばらく……どれくらいしばらくになるかは私にもサッパリだけど、とにかく、しばらくのお別れになるから、挨拶ぐらいはしておこうと思うんだ。
私は、私に刺さっていた、形のない矢を引き抜く。胸のつっかえが取れたような、清々しい気持ちだ。
「埋もれ木の 花咲くことは なかりしかど そのこはき思いは 弓になりきぞ」
字余りも甚だしい、拙い歌だ。だけどこの歌を、矢に込め、括り付ける。
そして、誰もいない宙へと、渾身の一撃を放つ。
私の捻くれた弓じゃ、真っ直ぐお前を射ることなんてできないだろうけど、それでも、何百年と引き絞り続けた一撃、せめて足下にぐらいは届いていることを願う。
私は、眼前の光景へと意識を戻す。
霊夢が、私を不審げに見ている。そりゃそうだろう。彼女には私が、何もない虚空に向けて弓を撃つ真似をしたように見えているのだろうから。
さあ。儀式は終わった。私も全力で、この遊びに新たな恋をするとしよう。
最後の、始まりのスペルを以て。
「恨弓『源三位頼政の弓』!」
けれど、いろんな人間の中でも、名前を覚えている人間は、ただ一人しかいない。
もちろんそれは、私を初めて退治した、源頼政だ。
一応、人間の歴史の中では私は彼にに討たれて死んだことになってるけど、妖怪がそうそう簡単に死ぬわけがない。いや、すっごく、死ぬほど痛かったんだけど。
まあそれはともかく、私はまだ彼のことを、名前に限らず、全て覚えている。全てと言っても、相対したほんの僅かな、瞬きするような短さのことだけでしかないけど、それでも、私は、そんな短い時間の全てを覚えている。
それは彼が私を殺しかけた、にっくき怨敵だから、というのも、まあ、少し、ほんの少しはある。あるけれど、それ以上に、正体不明(わけのわからないもの)である私に、怯むことなく、臆すことなく、毅然と、弓と矢一本で正面から向かってきたのは、彼だけだったからだ。
それまで見た人間は、誰彼構わず、絶対に私を「形のあるもの」として捉えようとしていた。分からないものを分かろうとする。知らないものを知ろうとする。それはきっと、地上を知恵という武器で手中に収めた人間という種族の本能なのだと思う。でも彼は違った。彼は、頼政は、私を「正体不明(かたちなきもの)」であると思い切ったまま、私に弓を射かけたのだ。
普通、一対一で弓を射るなら、相手をよく見て、その急所に狙いを定めて、集中して、ようやく撃つと思う。事実、それ以前に私を討とうとした愚かな人間たちは、皆そうしてきた。けれど、彼は違った。彼は私を見ないまま、その狙いを目で定めないまま、ただ「私」を討つという想いだけを込めて、弓を引いたのだ。まるでそうすればそれは鵺退治のための必殺の矢になると確信していたかのように、僅か一本の矢を放った。だから、私は、「正体不明の向こうにいる正体」である「私」は、討たれた。
もちろん、それだけでも彼のことを覚え続けるには十分足る理由だろうけど、さらに言うなら、……いや、白状するなら、きっとその時、私は息も絶え絶えになりながら、彼に惚れてしまったのだろう。メルヘンチックな例えをするなら、心臓をズキューンと、その矢で討たれたのだろう。なぜかって? 簡単だよ。生き物がより強いものに惚れるのは、生き物としての本能でしょ?
……ちょっと話が脱線しかけたわね。だけど、それが私がまだ頼政のことを、もう何百年も前に死んで、歴史の中にちょこんと名前と肖像を残しただけの人間のことを鮮明に覚えている理由。ふふ、妖怪様が人間に恋して、しかも相手が死んだ後もずっと未練たらたらに想い続けてるなんて、情けないにも程があるわね、我ながら。
うん。でもまあ。
そんな千何百年越しの恋もどうやらもうすぐ終わるみたい。
博麗霊夢。彼女の手で。幻想郷という、京からはとても遠い楽園で。
言うのが遅れたけど、私は今、彼女と戦っている。幻想郷の決闘ルール「弾幕ごっこ」で。
もうかれこれしばらく戦っているけれど、彼女は「正体不明」に、全く怯えてなどいない。それどころか、私を倒そうと、一目散に「私」に向かってくる。
私が放つ攻撃にも怯まず、己の一挙手一投足を全て信頼しているかのような動きで、こっちに向かってくる。私を真っ正面から見据えてくる。
その姿がまるで、あの時の頼政のように見えて。
例え弾幕ごっこなんていう枷がなくとも、私は彼女には勝てないんじゃないかと思わせられているようで。
私は、彼女に夢中になっていた。
彼女は、恐ろしいまでに自分に自信を持って私に向かってきている。自分というものを正確に知った上で、私を退治しに来ている。
千何百年生きていろんな人間を見てきた私だけど、そういう風に私に向かってきたのは、頼政以来二人目だ。間違いない。他にいたら、頼政みたいに名前も顔も仕草も声も、全て覚えているはずだもの。
もちろん、頼政の奴は老いて一層強さを得た勇敢な男で、あの巫女は二十にも満たない、触れれば折れそうな少女、という真逆とも言える違いはある。それでも、どうしても弾幕ごっこをしていると、彼女が頼政とダブって見える。
それはきっと、所謂「芯」の強さなのだろう。
竹のように真っ直ぐで、しなやかで、その強さは私を射る弓となる。そんな心(しん)を持っているのだろう。
ああ。
頼政の姿が見えなくなっていく。遠くなっていく。
私が放つスペルが巫女に破られる度、だんだんと頼政が私の中から消えていく。
姿が朧気になり、声は思い出せなくなり、色が薄れていく。
私の中で形を持っていた彼が、幻想へと消えていく。
けれど私はそれを、怖いとか、悲しいとか、ちっとも思わない。むしろ、清々しくさえ思っている。
きっと分かっていたんだ。私の抱えている想いは、いつまでも持っていていいものじゃないって。
きっと知ってしまったんだ。恋をすること以上に面白いことも、この世界にはあるんだって。
これから私は、もっと面白いものを見るのだろう。そして、頼政の事なんか、すっかり忘れてしまうのだろう。
私の、九枚目のカードが破られる。もう、残すのは切り札しかない。
なんて強い人間。こんな人間にまた会えるなんて思ってもみなかった。
ああ、なんてワクワクするんだろう。こんなの、ずいぶん久しぶりだよ。頼政。あんたを見た時以来だ。
……ねえ頼政。あんたが私の事をどう思ってたのかは知らないけどさ。
私はあんたのこと、けっこう好きだったんだよ。
でもしばらく……どれくらいしばらくになるかは私にもサッパリだけど、とにかく、しばらくのお別れになるから、挨拶ぐらいはしておこうと思うんだ。
私は、私に刺さっていた、形のない矢を引き抜く。胸のつっかえが取れたような、清々しい気持ちだ。
「埋もれ木の 花咲くことは なかりしかど そのこはき思いは 弓になりきぞ」
字余りも甚だしい、拙い歌だ。だけどこの歌を、矢に込め、括り付ける。
そして、誰もいない宙へと、渾身の一撃を放つ。
私の捻くれた弓じゃ、真っ直ぐお前を射ることなんてできないだろうけど、それでも、何百年と引き絞り続けた一撃、せめて足下にぐらいは届いていることを願う。
私は、眼前の光景へと意識を戻す。
霊夢が、私を不審げに見ている。そりゃそうだろう。彼女には私が、何もない虚空に向けて弓を撃つ真似をしたように見えているのだろうから。
さあ。儀式は終わった。私も全力で、この遊びに新たな恋をするとしよう。
最後の、始まりのスペルを以て。
「恨弓『源三位頼政の弓』!」
私もぬえちゃん見たい。
スペルカードにこんなこと込めたのかなと思うとぬえちゃんて
かわいくていじらしいやつです
万感の思いを込めたスペルカードが心に染みました
新たな恋に生きるぬえが今後どうなって行くのかが気になります
恋に性別を気にしないぬえちゃんマジでロックです