Coolier - 新生・東方創想話

※この巫女は食べられません。

2016/06/17 17:11:37
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 人間って不思議な生き物だ。
 悪いことが起きれば驚く。
 でも、良いことが起きるともっと驚く。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 ――幻想郷

 あらゆる幻想が行き着く場所。それはひとやものに限らない。全ての『忘れられたもの』が最後にはここに至るのだろう。
 けれど、毎日の営みまで幻想になるわけではない。
 日々の忙しさ、わずかな変化、繰り返す日常。そんなこんなの中でひとは時を過ごしていく。

 ……だっていうのに、毎日毎日超暇そうだよね、この人」
「朝っぱらからなんなのっていうかそれはケンカ売ってんだな追加でぶっとばすぞ万年傘娘!」

 幻想郷。朝の博麗神社。
 いつものように目を覚まして、身支度もそこそこに、縁側に腰掛けてお茶していたら、なんか木陰に怪しい影があったから、符一枚で吹っ飛ばした。この間およそ十五分。
 
 眠気醒ましとばかりに景気良くやってしまった霊夢だが、すぐ後悔する羽目になった。けっこうな距離を飛んでいったはずの傘娘がいつの間にやら戻ってきて、しかもぐちぐちとぼやきだすものだから、爽やかな朝もなにもなくなってしまったのである。

 そもそも初めに手を出したのは霊夢じゃないかとか、そういうことは気にしないのが博麗クオリティ。

「……そんで、あんたは一体何してたのよ?」
「お腹すいてたんだよね」
「妖怪に食わせるメシはないんだけど」

 そもそも自分の食生活も危うい。
 思わず本気で怖い顔になる霊夢。だが、小傘は構わず話し続ける。

「人間の食べ物もいいけど、そろそろ主食がほしい。つまり驚いてほしい。すなわちうらめしやあああああ!」
「……おもてはそばや」

 ここぞとばかりに渾身の恐いボイス&ポーズ(構想三日)をとる小傘。しかし霊夢は微動だにしない。
 相手は妖怪退治の巫女。それを差し引いても博麗霊夢。三日物の恐怖では身じろぎする活力にすらならなかったようである。
 むしろエネルギーを吸いとられたかのように、小傘はしなしなとその場に崩れ落ちた。

「この みこは たべられない!」
「人を食い物にしようとするんじゃないわよ」
「人が食い物になるとかなにそれ素敵すぎるわさ」
「あんまりふざけてるとこの紋所(おんみょうだま)が目に入る。物理的に」
「やめて!」

 フライング気味に目を狙ってくる紋所を化け傘で防ぐ小傘。心なしか化け傘が涙目になっているが、霊夢はもちろん気にしない。

「いたっ! 当たっ! というか、あちきは霊夢を食べるつもりじゃなかったし!」
「それじゃあ誰を狙うつもりだったのか吐きなさいよほら」
「痛ーっ!? 殺る気全開だし! あと言ってることはまともなのにノリが完全にヤクz」
「追加ー。紋所追加入りまーす」

 突然三つに増えた陰陽玉が、縁側をところ狭しと跳ね回る。さすがに三点同時のクリーンヒットは防ぎ切れなかったのか、にょあああああああという謎の響きを振りまきながら、小傘は朝の大空を切り裂いていった。
 飛んだ先は森が広がっていたが、霊夢はあまり気にしない。なにしろ、ついさっき吹っ飛ばした時も無傷で戻ってきたのだ。
 あれはあれで意外と打たれ強いのではないだろうか。

 ともあれ、こうして博麗神社の平穏は守られた。
 湯飲みを手にした霊夢は、三分もしないうちに朝の出来事をさっぱり忘れて暇な日常に戻っていくのだろう。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 一方、吹っ飛ばされた傘娘はというと。
 森の中に突っ込んで木の葉枝隠れの術!……なんてこともなく、人里へ向かう道の上を気楽な様子で飛んでいた。

 あの後、あっさり空中で体勢を立て直すと、小傘は博麗神社の方向を見つめながら、何事か考え始めた。

 ――縁側から見えたのは、庭と居間くらい。物置とか台所とか、他にもいろいろあったかもしれないけど……。

 ――いいや、『あれ』は身近なもののほうがいいし。となると……。

 ――陰陽玉……はムリ。というか、そもそも何なのか、よく分からない。
 ――ちゃぶ台……は分かりやすい。けど、いい案が浮かばない。

 他にも神社周辺で目についたものを端から思い浮かべ、『それ』にふさわしいものを探していく。
 そして、『それ』を見つけた小傘は、人里へと向かったのだった。急がず焦らず、あくまで気楽に。
 外見は明らかに妖怪だが、その様子に警戒心を抱く人間はいないかもしれない。

 たとえ心の内が、人を襲う妖怪そのものであったとしても。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 あれから、しばらく経ったある日。朝の博麗神社。

 いつぞやの不審者のことなど十秒で忘れきっていた霊夢は、その後も傘娘の来訪を思い出すこともなく、変わらぬ日々を過ごしていた。

 その朝もいつもと変わらず、起き抜けに茶を沸かす。縁側に腰掛け、湯飲みの中に茶柱を見つけ、知らず知らず上機嫌になりながら、その日最初の一杯を口元へ寄せて


 ――強烈な違和感に襲われた。


 霊夢は思わず咄嗟に湯飲みから顔を遠ざける。
 しかし、視線を離すことはない。なぜなら、木陰でも背後でもなく、その違和感を発していたのは他でもない湯飲み――正確には、そこに注がれたお茶だったのだから。

 もう一度、湯飲みへ顔を寄せる霊夢。だが、今度は口ではなく鼻を近づけていく。そして、恐る恐る、しかし、しっかりと立ち上る湯気を吸い込んだ。
 その香りが鼻、喉、だけでなく、口の中いっぱいに広がっていく。
 同時に、霊夢の中でも疑念が確信に変わっていく。

 今度こそ霊夢は、躊躇することなくお茶に口をつけた。
 いつもなら喉へと直接流し込むように飲むお茶を、口の中に留め、最後の一滴まで味わうように、ゆっくりと飲み込んでいく。
 そして、ふう、と一息ついた。
 この瞬間、霊夢は近年稀にみる幸せな朝を味わっていた。
 ふと上げた視線の先には、いつもと変わらない景色が広がっている。……いや、『同じ』ではないのかもしれない。
 変わらないはずの風景が、なぜか普段よりも鮮やかに緑を増して。そよぐ風からは、想像だにしなかった風味さえ感じられる。
 全てが新しく見えた。たった今口にしたお茶。その味わいが、その香りが、ただの一口で全てを変えてしまったのだ。

 どれほどの時間が経っていたのだろうか。
 息苦しさに、霊夢は自身が呼吸さえ忘れていたことに気づいた。
 息することも忘れて、一体自分はどんな顔で惚けていたのか。思い返して人知れず赤面しながら、霊夢は胸一杯に空気を吸い込んだ。
 そして、ただため息を吐く。そんな、なんでもないことが、この芳醇に香る空気の中では、どれほど幸せな行為だろう。半ば無意識に期待しながら、辺り一面の空気を吸い込んだ
霊夢の左右の肩に



ドッ、という衝撃を伴って、力強く、それでいて柔らかな何かが落ちてきた。

いや、

『掴んだ』



 認識した瞬間、胸一杯に溜め込まれた空気は、全てが青空へと打ち出された。
 幸せなため息などではなく、数段甲高い悲鳴となって。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 『驚き』とは。
 お化け屋敷。びっくり箱。落とし穴。
 『恐怖』にも似たマイナスイメージが先行するかもしれないが、そもそも『驚き』とはそういった感情ではないはずだ。
 意識するしないに関わらず、胸の内に抱く期待感。それが『裏切られた』ときの違和感。その落差が『驚き』という形で現れる。

 ならば。
 いつものように口にしたお茶が、何故か信じられないほど美味しかったら。
 その幸福も、あるいは『驚き』と見なせるのではないだろうか。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 近年稀に見る渾身の悲鳴を披露してから、たっぷり二十秒ほど。
 霊夢の身体はその間、固まりきっていた。
 そして、両肩に手をのせている誰かが、まだ背後にいるということにようやく思い至った。柄にもなく恐る恐る振り返ると
そこには



「――うらめしや?」

 いつだったか吹っ飛ばした覚えのある傘娘が、可愛らしく小首を傾げていた。
 数瞬の空白が生まれる。
 咄嗟に手近なお盆で殴りかかるが、その数瞬であっさりかわされてしまった。霊夢の頭を飛び越えた小傘は、軽々と縁側の外、土の上に降り立つ。
 そして、未だに状況を掴みきれていない霊夢に向かって、満面の笑みを湛えて、
「ごちそうさまでした」
と言った。
 その言葉の意味を霊夢が理解する間もなく、小傘はその場から飛び去った。
 霊夢が後を追わなかったのは、してやられた敗北感もあったかもしれない。手際の良さにむしろ感心してしまったからかもしれない。
 しかし何よりも、手にした湯飲みには、お茶がまだたっぷりと残っていたのである。

◇◇◇◇◇◇◇◇

――っていう感じでいけませんか? いやイケるッ! 小傘さんならきっと!」
「『例えば』の話が果てしなく長いよ!? ていうかムリムリムリムリムリ! あの巫女にそんなことしたら巫女が飛ぶ針が飛ぶ首が飛ぶ!」

 やたらと輝く瞳で小傘に迫るのは翠の巫女。風の人間、東風谷早苗。
 妖怪の山に構える神社の巫女とはいえ、いたずらに人を害する妖怪は彼女も見逃してはおかない。
 ……はずなのだが、今現在、最も分かりやすく『人間を標的にする妖怪』代表、小傘の今後について頭をひねっている最中である。
 『コガサをプロデュース』してみたかった、というのが当人の言い分だった。小傘自身にはさっぱりわけの分からない状況だが、早苗が張り切っているのは間違いない。
 そんなこんなで、小傘の次の標的と手口を思案する二人だったが、なかなかに難航していた。
 なにしろ、早苗の出す案がどれも某大作戦ばりの超難易度ミッションだったのだ。手口はともかく、標的候補に問題がある。
 霊夢を初めに、御阿礼の子、人里の守護者……などなど、およそ『手を出したら負け』な人選が続く。手口など思い浮かぶはずもなく、小傘は早苗をなだめるだけで精一杯だった。

「ほ、ほら。ムリして人間じゃなくても! 驚いてくれたらいいんだし!」

 苦し紛れの一言が小傘本人をさらなる窮地に追いやる。『人間じゃなくてもいい』……その言葉に、早苗がいっそうやる気になってしまったのだ。
 そして列挙される、相手にすることも考えたくない面々の名前。
 その中には何故か、早苗の仕える神々の名も入っていたりいなかったりしていた。早苗自身は親切の延長なのかもしれないが、小傘としてはご遠慮願いたい気持ちでいっぱいである。

「何か、何かあるはず! 小傘さんにも輝ける世界が……!」

 戦慄収まらぬ小傘の心の内を知ってか知らずか、さらにヒートアップするプロデューサー早苗。
 完全に自分の世界に飛んでしまっている翠の巫女。その横顔を、小傘はぼんやりと眺めながら考える。

――なんでこんな話になったんだっけ?

 『コガサをプロデュース』などという話になったのは、最近は本職(妖怪的な意味で)での収入(獲物的な意味で)が思わしくないという小傘のぼやきを聞いた早苗が奮起したからだ。
 そんな話をしたのは、守谷神社の参道を歩いていたら早苗に捕獲されたからだ。
 そもそも、守谷神社に向かっていたのは――

「ああーーーー!!」
「どっ!? どうしたんですか、急に?」

 突然叫んだかと思うと、小傘は服のポケットを広げたり、ひっくり返したりして何かを探し始めた。
 しばらく全てのポケットを、何度も確かめるように探っていたが、今度は思い出したように化け傘の裏を探し始め、手の平大のものを引っ張り出した。
 取り出した『それ』を、小傘は早苗に差し出そうとして――しかし、慌てて引っ込めてしまった。

「えー、えっとね」

 どこかばつが悪そうに、小傘は再び手を差し出す。

「あ、あの、無くしたら大変だから! ポケットだと落とすかもしれないし!」
「ええと……小傘さん?」
「変な意味があって傘にくっつけてたんじゃないけど、匂いとか気になったら煮るなり焼くなり好きにしてください!」
「しませんよ!? ……じゃなくて、小傘さん。これって……?」

小傘から手渡された『それ』は、鮮やかな薄緑色をしていた。
 早苗の髪飾りにも似た、蛇が環を作り、永遠や輪廻といった意味を表したような意匠。それが薄緑色の半透明の素材で形作られている。
 おそらくは根付か、現代風にいうならばキーホルダーといったものだろうか。
 その素材がガラスか何かなのか、それとも翡翠のような鉱物なのか、早苗には分からない。
 だが、かつて外の世界でよく見かけた、店先で大量に売られているようなものではないことは、手に取ってみれば明らかだった。

 どうやら小傘はそれを早苗に贈りたいらしい。
 プレゼントは嬉しいが、その理由が思い浮かばない早苗は、手にした贈り物を眺めつつ、内心で首をひねる。
 そして、ややしばらく考えた末にうっすらと浮かび上がってきた答えを――

「……あれ、えっと。早苗、今日が誕生日じゃなかったっけ?」

 ――おずおずとした小傘の言葉が裏付けた。

「――――」
「――――」

 思わず放心気味の表情のまま、小傘の方へ顔を向けてしまう早苗。
 一方、小傘は不安げな表情の内で相手の反応を注意深く伺う。そんな緊張感を秘めている。

「――小傘さん」
「なっ、なんでしょうか」
「来月ですよ?」
「うそっ!?」
「はい、嘘です」

 ほぇ!? という気の抜けた叫びを上げ、ややあってから、その場にへたりこむ小傘。

「そりゃないよう。おどろかすのはわたしのしごとだよう」
「ふふっ、ごめんなさい。でも本当は明日なんです、私の誕生日」
「……ええっ!? こ、こっちこそ、ごめん」
「そんなことありません。遅くても、早すぎたって――」

 思えば、家族以外から誕生日に何かを贈られるということ自体、早苗にとっては珍しい経験だった。
 プレゼントと自身の誕生日がすぐに結びつかなかったのは、そういう理由もあったかもしれない。
 けれども、だからこそ。

「――すごく、すごく嬉しいです。ありがとうございます、小傘さん」
「…………」

 感謝の言葉を聞いた小傘は座り込んだまま、さらに顔をうつむけてしまった。
 表情を伺うことはできないが、きゅっと引き結んだ唇は、早苗からも見てとれた。
 あまり、他人から感謝されることには慣れていないのかもしれない。妖怪としての特性が特性なのだ。
 そんな顔をあまり見つめられるのも、小傘にとっては恥ずかしいだけだろう。早苗は、再びプレゼントに目を戻す。

 それにしても、と早苗は思う。
 誕生日を祝って何かを贈られること自体は、『外』にいたころは多くはなくても不思議なことではなかった。
 それを今、意外だと感じているのは、「妖怪にはそういった文化がない」とどこかで思い込んでいたからかもしれない。

 だからこそ、この贈り物はとても嬉しかった。
 だからこそ、この贈り物にはとても驚いた。

 ――『驚いた』?

「ああっ! すっかり忘れてましたけど、小傘さん! 例えば幽香さんとか――」

 早苗が顔を上げると、そこに小傘の姿はなかった。
 あたりを見回してみても、文字通り影も形も見当たらない。
 しばらく周辺を探してみたが、やはりどこにも小傘はいない。
 しかし、早苗の手の中には、たった今贈られたプレゼントがしっかりとある。夢や幻ではない。
 となると……

「逃げるほど恥ずかしかったんですか? もう……」

 伝えきれなかった喜びは、とりあえず苦笑にかえて。
 『プロデュース』もそう急ぐものでもない。ゆっくりと進めていけばいいだろう。
 彼女は近いうちにまた、きっとここを訪れてくれるはずだから。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 守谷神社の鳥居をくぐると、その外には長い階段が続いている。
 その石段の一番下で、小傘は乱れきった息を整えようとしていた。
 だが、荒く鋭く速まった呼吸は、なかなか収まってくれない。
 ……異常は、呼吸だけではなかった。
 目は焦点がはっきりせず、それでいて力み過ぎたように血走り、額どころか全身から汗が吹き出している。
 膝は手で押さえていなければ抜けてしまいそうなほどに震えているし、どこかで打ったのか、腕や脚の数ヶ所には痣が出来ている。

 見た目にも明らかなこの異常は、しかし、身体の不調ではなかった。
 むしろ、本能が強制的に身体の調子を引き上げようとして、小傘がそれに抗った結果、こうなったのだった。

 そこから逃げきるためには、歩いても走っても間に合わない。空を飛んでもまだ遅い。
 結果として、小傘は数十段ある石段をほとんど一歩で飛び下りる羽目になった。
 身体中の痣や傷は、その途中で出来たものだろう。

 それでも、小傘は逃げなければならなかった。
 後を追ってくるかもしれない早苗から。
 強烈な本能の要求から。
 そして、何よりも――

 ――目の前に現れた極上の『驚き(ごちそう)』から。



 プレゼントを渡すと決めた時から、こうなるかもしれないと想像していた。
 だから咄嗟に反応出来たし、無事逃げきることも出来た。

 だが、そもそもなぜ『獲物』から逃げなければならないのか。
 それは小傘にも、よく分かっていなかった。
 もし食べてしまったとしても、本人に気付かれることはない。
 もしかすると、早苗の仕える二柱に感付かれるかもしれない。そうとなればたたではすまないだろう。
 しかし、そういった打算から食べなかったのか、それも小傘の中では判然としなかった。

 もはや自分が何を考えて、何を望んでいるのか。それさえもはっきりとしない。それでもただひとつだけ、断言出来ることは。



「この巫女は、食べられない」
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