「さぁ、やって参りましたクイズ$マリアリアの時間です」
幻想郷時間夜7時。人も妖怪も活発な時間帯。
ここは、この日のために用意された特設スタジオ。
中央のステージをぐるりと囲むように配置された観客席に空席はなく、立ち見が出るほど。
種族も人間のみならず、妖怪、妖精、さらには神といった幻想郷中のありとあらゆる人妖がこの催しを見学するために集まっていた。
このステージの中心に立つ少女が一人。
「司会・進行役は私、アリス・マーガトロイドが務めさせていただきます」
司会という大役を務めながらも少女は緊張した様子を見せることなく優雅にお辞儀をする。
「今宵の挑戦者はこちら、魔法の森在住の霧雨魔理沙さんです、どうぞ!」
そして現れるのは今日の主役。
司会のコールとともに、姿を見せる魔理沙。
アリスに対してこちらは緊張しているのかキョロキョロしながらステージの中央へ足を進める。
これで今夜のステージに上がることの許された二人が揃ったことになる。
二人はステージの中心に向かい合うように配置された席にそれぞれ座る。
「なぁ、この騒ぎはなんなんだ?」
「何ってクイズ$マリアリアよ、まさか知らないっていうんじゃないでしょうね?」
「まさかもなにも見たことも聞いたこともないんだが」
「えー!」「あのまりさが!?」「マリアリアを」
「「「知らない!?」」」
魔理沙が知らないと言い放つと会場は騒然とする。
あまりの会場のざわめきにいつになったら収まるのか、魔理沙がうんざりし始めたその時。
ゴホン
アリスの咳払いで会場は静けさを取り戻す。
「いやにあっさり静かになったな」
「司会者権限よ、イベントを円滑に進めるために司会は進行の邪魔するものを排除することが出来るの」
皆この場を楽しみに来ているからねと付け加えるアリス。
「ふーん、まぁいいや、よくわからないけどとりあえず帰っていいか?」
面倒なことになりそうな気配を察知した魔理沙は席を立ちながら心底帰りたそうに言う。
当然ながら再び会場は騒然とする。
「にげるのかー!?」
「おくびょうものー!」
「ちびー!」
しかし、今度はアリスもこの騒ぎを止める気配はない。
「とめろよ」
「なぜ?あなたが帰ったら進まないもの」
この騒ぎは進行の邪魔ではない、むしろ協力だと態度で示す。
そんなアリスを見てこのまま何もせずに退場することはかなわないと諦め、魔理沙は再び席に着く。
「オーケーわかった。やればいいんだろ、やれば。それで本当に何も知らないから説明を求めるぜ」
一回しか言わないからよく聞いてね。
そう前置きし、アリスは説明をはじめる。
「クイズ$マリアリアはそのタイトル通りクイズをするの。全部で5問、間違えた時点で終了」
「ということは1問目で間違えれば晴れて自由の身ってわけだ」
「それはそうだけど、そんな不甲斐ない成績でいいのかしら? 明日の朝刊の一面は『あの普通の魔法使いは頭の方は普通未満だった』になるでしょうねぇ、もしかしたら朝を待たずとも号外が発行されるかもしれないわね」
言いながらアリスは顔ごと視線を横に動かす。
つられて視線の先を追うと、この幻想郷で暮らすものなら知らぬものはいないほどの有名人。
妖怪の山新聞発行数No.1(自称)の新聞記者、射命丸文がいた。
新型のカメラをぶら下げ、ペンと手記をしっかり構え、まるで今すぐにでも号外を発行できますと言わんばかり。
魔理沙と視線があうと、表情をニヤリとさせた。
その二人分隣には、最近見かけるようになった文と同じ新聞記者の天狗、姫海棠はたての姿も見受けられる。
撮影チャンスを逃さないようにと真剣な表情をしている。
その他にも会場内を見渡すとかつての異変で知り合った顔が多数見える。
たとえ記事にならなくても無様な姿を見せれば恥をかくのは必至だ。
父親の姿が見えないのには安心したが。
「うぐぐ……」
「それにあなたにとっても悪い話ではないわよ。5問全部正解すると商品があるの」
「ほう」
これがその商品だと左手に持っていた本を魔理沙に見せる。
リボンで十字に縛られた本、アリスが普段から肌身離さず持ち歩いているグリモワールだった。
魔理沙は信じられないといった様子でグリモワールとアリスを交互に見る。
「まさか。おまえ、それ大事なものだろ?」
「命の次くらいには」
「本当にもらえるのか?」
「ええ、全部正解できたならね」
そこまで大事なものを簡単に手放すわけがない。
半信半疑な魔理沙に対し、アリスはさらに続ける。
「……どうせ、絶対に解けないような問題を出すんだろ、かしら?」
「なんでわかった、お前はさとりか」
「私はさとりではないわ、さとりは別にいるもの」
それはわかっている。先ほど会場を見渡したときにさとりの姿は見た。
妹のほうの姿は見つからなかったが。
「大丈夫よ、全部あなたの知識を総動員すれば解けるはずの問題だから」
そこまで言われて引き下がる魔理沙ではない。
アリスのグリモワールが手に入るチャンスもそうそうない。
いや、チャンスは今回限りだろう。
「わかった、グリモワールがもらえるっていうならやらない手はないな。さっさとはじめようぜ」
先ほどまでとは打って変わり、帰りたいという表情はすっかり消えた魔理沙に対し、アリスは問題を読み上げる。
クイズ$マリアリアの始まりである。
「それじゃあ、第1問! 魔理沙が魔女っぽいからという理由で空を飛ぶときに使用している道具は?」
「簡単すぎるぜ、答えは箒だ」
間髪入れずに回答する。
当然だ、考えるまでもない。
「ファイナルアンサー?」
「ん?」
「答えを確定させるときはファイナルアンサーっていうのよ。後でやっぱり今のナシとか言われると困るからね。まぁ合言葉みたいなものだと思ってくれればいいわよ」
「なるほど、ファイナルアンサー」
「正解!」
ノーウェイトで告げるアリス。
正解のコールに会場が湧き立つ。
「しかし、なんだこの問題は? 私をバカにしてるのか?」
「まだ1問目よ。いきなり終わっちゃったら興ざめじゃない」
どうやら煽りではなくただの演出らしい。
そういえばアリスは普段人形劇をやっていることからか演出を重視する傾向がある。
納得してしまって良いのかわからなかったが、商品はあのグリモワールなのだ。
こちらとしても簡単なほうが都合はいい。
と、ここで一つ気になったことがあるので聞いてみる。
「ところでアリスの後ろに光っているその3つのパネルはなんだ?」
「ああ、説明してなかったわね、これはライフラインよ」
アリスはそう言うとパネルを指差しながら順に説明をはじめた。
・50:50のパネルは『フィフティーフィフティー』問題が2択になる。
・電話が描かれてるパネルは『テレフォン』電話を30秒だけ使用することが出来る。
・人が描かれてるパネルは『オーディエンス』観客に意見を聞くことが出来る。
「それぞれ1回だけ使用することが出来るわ、使ったら対応するパネルのランプが消えるから何を使ったかは覚えておく必要はないわよ」
説明通り後ろの3つのパネルのランプは点灯しており、まだライフラインを使用していないことを示していた。
「ということは残り4問でライフライン3つってわけだな、余裕余裕。次の問題頼む」
「第2問! 魔理沙が経営してる何でも屋の名前は?」
「霧雨魔法店、いやちょっと待て」
「まだファイナルアンサーを宣言してないから大丈夫よ」
まだ2問目ではあるが、さっきと問題の難易度が変わらない気がする。
引っ掛けを疑うべきか。
だが、他の名前は使ったことはない。
店として成り立っていないとかそういう話だろうか、客もいないし。
まさかこんなところで自分の店の営業不振に悩まされるとは。
「いいぜ、霧雨魔法店だ」
結局魔理沙が下した判断はこれは引っ掛けではない、ということだった。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
ここでも間を置かずにアリスは正解を告げる。
「ずいぶん悩んでたわね、まだ2問目よ?」
「演出だよ、ほいほい答えていたら見てるほうもつまらないだろう? それにしても簡単だな。第1問もそうだったが私に出す問題として適切なのか?」
「言ったじゃない、あなたの知識を総動員すれば解けるって。そういう問題を作るにはあなたに関係する問題を作るのが一番確実なのよ」
「ということはこの問題を作ったのはアリスなのか?」
「そうよ」
これはかなり重要な情報だ。
阿求や慧音あたりと考えて作られたのならば厄介だったが、アリス一人で作ったのならば出せる問題はたかが知れている。
これはグリモワールは戴きだなと勝利を確信した魔理沙に対して次の問題が読み上げられる。
「第3問! 私、アリス・マーガトロイドと魔理沙が春雪異変で出会ったときの弾幕ごっこで、魔理沙が最初に使用したスペルカードは何?」
「む……」
「あらどうしたの? 簡単でしょう?」
確かに関係する問題ではあるが、知識ではなく記憶を求める方向でくるとは。
「そんなのいちいち覚えてるかよ、アリスは覚えてるのか?」
「ええ、もちろん」
そう言い放つアリスの表情は自信たっぷりで、さらに「あのときの魔理沙の使用したスペルカードは順番も含め全部覚えてるわよ」と付け足した。
「うわぁ……」
どんだけ記憶力いいんだよコイツ。
「じゃあ、実際に覚えてるか言ってみろよ」
「この問題が終わったらね」
「ちっ」
冷静にあしらわれてしまった。さすがに隙がない。
順番まで覚えてるとまで言ったアリスに対し、魔理沙はあの時に使用したスペルカードは順番どころか何を使ったのかすら覚えていなかった。
使った以上自分のスペルカードのどれかであることはわかるが、それ以上にわかることはない。
このままでは問題が解けないが、こういうときにはアレがある。
「この問題にライフライン使えるんだよな?」
「ええ、でも問題よく見て使うもの考えたほうがいいわよ」
魔理沙は点灯している3つのパネルを見て考える。
テレフォンは……誰に聞けばわかるんだ?
他人に聞いてわかる問題じゃないし、そういう意味ではオーディエンスも同じだ。
出題者と回答者以外知ることが出来ない問題が出題されてしまってはライフラインも無力だ。
あとは50:50だが、これも確実性はない。
だが、2択なら正解する確率は5割になる。
それに、2択の内容次第では10割になることもある。
例えばスターダストレヴァリエとブレイジングスターのどちらか?という2択になると答えはスターダストレヴァリエだ。
ブレイジングスターは最近開発したスペルだからな。
よし、希望が見えてきた。
「フィフティーフィフティー使うぜ」
宣言とともに50:50のパネルのランプが消える。
さぁ、来いと構える魔理沙。
「じゃあ2択にするわね。第3問! 魔理沙は現在白色のブラを着用している。○か×か?」
「はぁ!?待て待て待て待て! なんだそれどういうことだよ!?」
「別に問題はないじゃない、2択になったんだし」
何か問題でも?と澄ました表情をするアリスに対し、魔理沙は戸惑いを隠せない。
「そ、それにお、お前! 私のブラの色なんて知ってるのかよ!」
「さぁ?」
「さぁ?って出題者がそれでいいと思ってるのか!?」
「私が知っていようが知らなかろうが、正解はどちらかでしょう?」
「くっ……これも私が正解しないと進めないんだよな」
「もちろん」
「うう……グリモワールにはかえられん。○だ」
「ファイナルアンサー?」
「ああ、ファイナルアンサーだ」
突拍子もない問題が出て取り乱してしまったが、冷静になってみればブラの色が白でも黒でもどうでもいいじゃないかということに気づく。
「……?」
2問目までとは違い、正解通知まで間を置くアリス。
いつの間にか会場が静けさに包まれている。
これも演出かと考えたが、すぐに思い当たる。
「ああ、そうか、色知らないんだっけ? 正解だから次頼む」
出題者が答えを知らないっていいのか?という疑問はあったが5問正解すればグリモワールがもらえることに比べれば些細な事だ。
切り替えて次の問題に備える魔理沙であったが、次の問題が出題される気配はない。
「まだよ」
「へ?」
「確かめてない」
「何を?」
「正解かどうか」
「いやいやいやいや、着用してる私が言うんだ間違いない」
「それじゃあ皆が納得しないでしょう? 皆に観測されるまで魔理沙は白のブラ着用してるかもしれないし、黒かもしれないし、もしかしたらノーブラかもしれない、シュレディンガーのブラ理論よ」
「意味わかんねーし」
「グリモワール……欲しいんでしょ?」
手に持っているそれをこれ見よがしにチラつかせる。
「くっ……」
その一言で魔理沙は覚悟を決め、上着をたくしあげる。
きれいな肌が顕となっていき、そこから覗くは純白のブラ。
観客席のあちこちから「おお……」という息を呑むような声が聞こえてくる。
「これで、いいんだろ、これで!」
「ええ、紛れもない正解ね。ありがとう」
「さっさと次いくぞ、次」
ブラを着けるようになっていて良かったなと思う魔理沙に対し、次の問題が読み上げられる。
当然第4問は第3問より難しいことになる。
「第4問! 魔理沙のスリーサイズは?」
会場がざわつく。
それもそのはずだ、第3問のやり取りからしてこの問題に正解するためにやらなければならないことがある。
もちろんそれは魔理沙もわかっていた。
最初から何か変だと思ってたんだ。
グリモワールという破格な商品という時点で。
ここで間違えればさっきのような辱めに合うことはないだろうし、グリモワールを諦めるという選択肢が浮かぶ。
だが、ここで諦めてしまってはさっきの辱めが無意味となってしまう。
考えろ。まだ何か方法があるはずだ。
この問題を正解し、かつ確認が必要ない方法を。
残っているライフラインはテレフォンとオーディエンスの2つ。
どちらを使っても回答を得られる見込みはない。というか得られても困るのだ。
いや、そもそも自分ですら今のスリーサイズを知らない。
もちろんある程度はわかっているが、今計測した場合と同じ数値かどうか。
自分だってまだまだ成長期、特に胸は大きくなってるはずなのだ。
自分のちょっと小ぶりな胸を見る。
うん、大きくなってるはず、なんだ。
それらのことから導き出されるのは、この問題は現時点では誰も答えを知らないということ。
「なあアリス」
「何?」
「お前は私のスリーサイズを知ってるのか?」
「さぁ?」
「さぁって知らないだろ、どう考えても。ブラならどこかで覗き見して知ることは出来たかもしれない。でも、スリーサイズは変動するんだぜ? 私だって今のは知らないし。誰も答えがわからない問題出題して、そんなのクイズにならないぜ」
「まぁ魔理沙の言いたいことはわかるわ。でももし私がそれを知らなかったとしても答えがわかる方法があるじゃない。スリーサイズは今この場で測ってみればわかることよ」
「やっぱりそれが狙いか。だけど私は意地でも測らせないぜ? そうなると正解か不正解かわからないまま、このクイズは進みもしないし、終わりもしない。出題者として、進行役としてそれでいいのか?」
進行役自身が企画を止めることになるぞと揺さぶりをかける魔理沙に対して、アリスは少し考える素振りをした後に静かに口を開く。
「ふーん。あなたは私がスリーサイズを知らないと勝手に思ってるみたいだけど、知らないなんて証拠はどこにあるの?」
そんな証拠出せるはずがないとアリスは言う。
「それを証明できればこの問題、正解ってことでいいか?」
「……ええ」
何か策があるとアリスは思ったが、ここで断ってしまっては先へ進まない。
なにより、膠着状態になってしまえば客も飽きる。
進行役としてはそれは避けなければならない。
もはやクイズとしての体は成していないが、もとより目的はクイズそのものをやることではない。
この問題については最終的にスリーサイズを測れればよくて過程はどうでもいい。
「それで、どう証明してくれるのかしら」
「それじゃあオーディエンスを使わせてもらう」
魔理沙のライフライン使用宣言に応じてパネルのランプが消える。
「オーディエンス……? まさか『アリスが答えを知らないと思う人』なんて多数決取ってそれを証拠にするって言うんじゃないでしょうね? 言っておくけれど、それじゃ証拠として認めないわよ」
「わかってるさ、別にこの場にいる全員に聞かなくてもいいんだろ?」
「それは自由だけど……同じことだと思うわよ」
「それなら私はこいつに聞くぜ!」
魔理沙が指した先は……
「古明地さとり……っ!」
「さあ、さとり、アリスが知ってるという私のスリーサイズを読み取って教えてくれ」
「なっ! オーディエンスで答えを聞くなんて――」
「――別に禁止されてる質問はなかったはずだ。こちらには回答の確定宣言が必要なくらいだからな、やっぱナシの後だし宣言はダメだぜ!」
やはり魔理沙はくせ者だと、アリスはそう感じていた。
序盤の問題はともかく、中盤以降は魔理沙にしかわからないようなプライベートな問題を出題するように決めていた。
ライフラインを用意したのも、50:50の時のように魔理沙の反応を楽しむためで魔理沙にとって有効な使い道などないはずだった。
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「いえ、何も」
でも残念ね、魔理沙。
あなた自身が心を読めていたら良かったのに。
だって心はこれから読むんだもの。
ここで『知らない』と馬鹿正直に思ってる必要はない。
「いいわ、さとり、読み取って頂戴」
自分が指定されて戸惑っているさとりに対してアリスは促す。
「で、では……」
さとりは集中し、アリスの心を読み取る。
「出ました。魔理沙さんのスリーサイズは上から××、○○、△△!」
※読者の皆様もさとりになってアリスが思う魔理沙のスリーサイズを読み取りましょう!
『知らない』と出なかったことに会場がどよめく。
そのどよめきの中、力強く魔理沙は言い放つ。
「答えは上から順に××、○○、△△、ファイナルアンサー!」
「本当にそれでいいの? ま、まぁいいわそれじゃあ確認を……」
「その必要はない」
「え?」
「私はアリスが知らないことを証明できなかった。でも正解を読み取ることはできた」
「だからこれが正解かは」
「出題者が用意した正解だろ? さとりという第三者が読み取ったんだからな。それとも正解は『知らない』のか? そうなると知らないことを証明出来てしまうが?」
「そんなの屁理屈よ」
まぁそうかもなと魔理沙は続ける。
「前の問題もそうだが、弾幕ごっこで使用したスペカについてはアリスしか答えを知らない状況だった。ぶっちゃけるとアリスが正解を操作しても誰も指摘できない問題だった。そういう問題を解くには今回みたいにライフラインを使えと、知識を総動員しろと、そのつもりで用意していたんだろ?」
魔理沙はこういうことになると口達者で強い。
「……正解よ」
悔しいけれどこの問題は魔理沙の勝ち、としてあげるわ。
まだ1問残っているしね。
「さあ、次で最後だろ、頼むぜ」
アリスは用意していた最終問題の紙をくしゃくしゃに握りつぶして魔理沙に最終問題を告げた。
「それじゃあいよいよ最終問題よ、第5問! 魔理沙は何歳まで父親とお風呂に入っていたか?」
「はぁ!? ふ、ふざけるな! こんな乙女の秘密を暴くようなの、一体なんなんだよ!」
「何ってクイズよ、クイズ$マリアリア」
魔理沙は訴えるがアリスは淡々と返すのみ。
だめだ、コイツ完全に私利私欲で問題を作ってやがる。
しかし、もう最終問題。ここを乗り切ればグリモワール。
だが、この大勢の観客の前で正直に答えが言えるわけがない。
この問題もまた、アリスは答えを知らないんだろう。
しかし、3問目と4問目とは違う点がある。
それは確かめる方法がないこと。
回答するのすら恥ずかしくなる問題だが、確かめられない以上無難な年齢を言えばいいだけのこと。
そこに気づいてしまえば何も困ることはない。
アリス、どうやらお前は私を困らせたいようだが詰めが甘いな。
「3歳だ。これでグリモワールは私のものだ。クイズ$マリアリア完!」
くだらないクイズもこれで終わり。
だが私は、こんな辱めを受けてタダで終わらせるほど心は広くない。
グリモワールを受け取った後は、この場にいる人妖全てを吹っ飛ばす。
乙女の秘密を暴こうとした罪は重い。
「どうした? 早くそのグリモワールをこっちに寄こせ」
「テレフォン」
「……は?」
今、アリスは何と言った?
「私はテレフォンを使うわ」
「なんでお前が使えるんだよ!? なんのために!」
アリスは電話を取り出し、迷いなく番号を押していく。
テレフォンパネルはいつの間にか電話のマークではなく30と表示されていた。
トゥルルルルル……
やがて、番号を入力し終えたのかコール音が鳴り響く。
どうやら通話内容は会場全体に聞こえるようになっているらしい。
「こちら霧雨道具店でさあ!!」
三コール目で繋がり、聞こえてきたのはいかにも漢!というはきはきした声。
魔理沙にとって聞きなれた忘れられない声。
「な……オヤジぃ!?」
その反応で電話の相手が誰であるか、会場の人妖も理解する。
アリスがクイズ$マリアリアの司会者であると名乗ると、受話器の向こうから『いつもお世話になっております』という反応が返ってくる。
どうやらこの企画のことは知っているらしい。
「お宅の娘さんは現在最終問題まで来ています」
あと1問で全問正解というところまで到達しているという事実を聞き『おおー!』といううるさいくらいの声がした。
「それでは今から最終問題を言いますので、30秒以内に娘さんの全問正解のためにも正直にお答えくださいね」
「もちろんさあ!」
「それでは、スタート」
開始の合図とともにストップウォッチのスイッチを押すアリス。
するとテレフォンパネルの表示が30から29、28とカウントダウンをはじめる。
そしてアリスは魔理沙の父親に問う。
「魔理沙は何歳まで父親のあなたとお風呂に入って――」
「うわあああああああああああああああ!!!」
父親が応える前に魔理沙は精一杯声を張り上げる。
テレフォンの制限時間は30秒。
その間電話の内容が聞こえないようにしてしまえばいいということに気づいた結果の行動だった。
残機0の絶体絶命の状態からの30秒耐久スペル。
終わったと思ったら終わってなかった。
かつての春雪異変を想起させる状況。
パネルの表示が20になるが、魔理沙の勢いは衰えない。
もともと道具屋の跡継ぎとして育てられた魔理沙。
声を出す練習がまさかこんなところで役に立つとは思っていなかった。
表示が10になる。カウントダウン音が聞こえ始める頃だ。
さすがに魔理沙に疲労が見え始める。
だが魔理沙は気を緩めない。
耐久スペルはラストの油断が命取り。
それに相手はあの父親だ、一瞬でも隙を見せたら負ける。
4――表示が0に近づいていく
3――段々自分の声がわからなくなってきて
2――最高密度の弾幕が襲い掛かってくる
1――世界がスローモーションになり……
0――Spell Card Break!
「ぜぇ、ぜぇ。どうだやったぜ……」
肩で息をしながら魔理沙は言う。
もう二度とこんなスペルカードは攻略したくない。
そんな魔理沙の健闘のかいがあってアリスは正解を聞きだせていなかった。
リザルト画面が表示されたかのような静けさの中、このまま誰も動き出さないのではないかと思ったその時。
「13歳だなぁ」
あの漢らしい声がはっきりと告げた。
それと同時に静かだった会場がどっと湧き立つ。
「13!? 13って言った?」
「寺小屋教育終わってますよねこれ」
「魔理沙って意外と……」
「ありがとうございました」
アリスは受話器を置く。会場は騒がしいままだ。
「……なんでだ、30秒はとっくに過ぎてたはずだぞ」
魔理沙はありったけの憎しみを込めながら睨みつけて言う。
「司会者権限よ、答えがわからなければ進まないじゃない」
魔理沙の敵意など歯牙にもかけずに応える。
「ところで、私が聞いてた答えとは違うみたいだけど不正解ってことなのかしら? 残念ねぇ。せっかくここまで来たのに不正解だなんて、おつかれさま」
もともと5問目は正解させるつもりはなかった。
スリーサイズの件は残念ではあったが考えていた以上に魔理沙のいろんな一面を見られてアリスは充足していた。
「まだだ……」
「ん?」
「まだ私は答えを確定させていない。確か合言葉を言うまでは回答とみなさないんだったよな?」
アリスがはっとする。
そうだ魔理沙は確かに言っていない。
これを認めてしまってはグリモワールが! なーんてこのグリモワールは偽者だから別にいいんだけど。
私としたことが初歩的なミスをしてしまったわねと焦りを演じておく。
さぁ、高らかに宣言するがいいわ、魔理沙。
父親と13歳までお風呂に入っていたと。
正解しても意味はないけどね。
「これが私の答えだ
受け取れ!!!!
ファイナル……
マスタースパーク!!!」
幻想郷時間夜7時。人も妖怪も活発な時間帯。
ここは、この日のために用意された特設スタジオ。
中央のステージをぐるりと囲むように配置された観客席に空席はなく、立ち見が出るほど。
種族も人間のみならず、妖怪、妖精、さらには神といった幻想郷中のありとあらゆる人妖がこの催しを見学するために集まっていた。
このステージの中心に立つ少女が一人。
「司会・進行役は私、アリス・マーガトロイドが務めさせていただきます」
司会という大役を務めながらも少女は緊張した様子を見せることなく優雅にお辞儀をする。
「今宵の挑戦者はこちら、魔法の森在住の霧雨魔理沙さんです、どうぞ!」
そして現れるのは今日の主役。
司会のコールとともに、姿を見せる魔理沙。
アリスに対してこちらは緊張しているのかキョロキョロしながらステージの中央へ足を進める。
これで今夜のステージに上がることの許された二人が揃ったことになる。
二人はステージの中心に向かい合うように配置された席にそれぞれ座る。
「なぁ、この騒ぎはなんなんだ?」
「何ってクイズ$マリアリアよ、まさか知らないっていうんじゃないでしょうね?」
「まさかもなにも見たことも聞いたこともないんだが」
「えー!」「あのまりさが!?」「マリアリアを」
「「「知らない!?」」」
魔理沙が知らないと言い放つと会場は騒然とする。
あまりの会場のざわめきにいつになったら収まるのか、魔理沙がうんざりし始めたその時。
ゴホン
アリスの咳払いで会場は静けさを取り戻す。
「いやにあっさり静かになったな」
「司会者権限よ、イベントを円滑に進めるために司会は進行の邪魔するものを排除することが出来るの」
皆この場を楽しみに来ているからねと付け加えるアリス。
「ふーん、まぁいいや、よくわからないけどとりあえず帰っていいか?」
面倒なことになりそうな気配を察知した魔理沙は席を立ちながら心底帰りたそうに言う。
当然ながら再び会場は騒然とする。
「にげるのかー!?」
「おくびょうものー!」
「ちびー!」
しかし、今度はアリスもこの騒ぎを止める気配はない。
「とめろよ」
「なぜ?あなたが帰ったら進まないもの」
この騒ぎは進行の邪魔ではない、むしろ協力だと態度で示す。
そんなアリスを見てこのまま何もせずに退場することはかなわないと諦め、魔理沙は再び席に着く。
「オーケーわかった。やればいいんだろ、やれば。それで本当に何も知らないから説明を求めるぜ」
一回しか言わないからよく聞いてね。
そう前置きし、アリスは説明をはじめる。
「クイズ$マリアリアはそのタイトル通りクイズをするの。全部で5問、間違えた時点で終了」
「ということは1問目で間違えれば晴れて自由の身ってわけだ」
「それはそうだけど、そんな不甲斐ない成績でいいのかしら? 明日の朝刊の一面は『あの普通の魔法使いは頭の方は普通未満だった』になるでしょうねぇ、もしかしたら朝を待たずとも号外が発行されるかもしれないわね」
言いながらアリスは顔ごと視線を横に動かす。
つられて視線の先を追うと、この幻想郷で暮らすものなら知らぬものはいないほどの有名人。
妖怪の山新聞発行数No.1(自称)の新聞記者、射命丸文がいた。
新型のカメラをぶら下げ、ペンと手記をしっかり構え、まるで今すぐにでも号外を発行できますと言わんばかり。
魔理沙と視線があうと、表情をニヤリとさせた。
その二人分隣には、最近見かけるようになった文と同じ新聞記者の天狗、姫海棠はたての姿も見受けられる。
撮影チャンスを逃さないようにと真剣な表情をしている。
その他にも会場内を見渡すとかつての異変で知り合った顔が多数見える。
たとえ記事にならなくても無様な姿を見せれば恥をかくのは必至だ。
父親の姿が見えないのには安心したが。
「うぐぐ……」
「それにあなたにとっても悪い話ではないわよ。5問全部正解すると商品があるの」
「ほう」
これがその商品だと左手に持っていた本を魔理沙に見せる。
リボンで十字に縛られた本、アリスが普段から肌身離さず持ち歩いているグリモワールだった。
魔理沙は信じられないといった様子でグリモワールとアリスを交互に見る。
「まさか。おまえ、それ大事なものだろ?」
「命の次くらいには」
「本当にもらえるのか?」
「ええ、全部正解できたならね」
そこまで大事なものを簡単に手放すわけがない。
半信半疑な魔理沙に対し、アリスはさらに続ける。
「……どうせ、絶対に解けないような問題を出すんだろ、かしら?」
「なんでわかった、お前はさとりか」
「私はさとりではないわ、さとりは別にいるもの」
それはわかっている。先ほど会場を見渡したときにさとりの姿は見た。
妹のほうの姿は見つからなかったが。
「大丈夫よ、全部あなたの知識を総動員すれば解けるはずの問題だから」
そこまで言われて引き下がる魔理沙ではない。
アリスのグリモワールが手に入るチャンスもそうそうない。
いや、チャンスは今回限りだろう。
「わかった、グリモワールがもらえるっていうならやらない手はないな。さっさとはじめようぜ」
先ほどまでとは打って変わり、帰りたいという表情はすっかり消えた魔理沙に対し、アリスは問題を読み上げる。
クイズ$マリアリアの始まりである。
「それじゃあ、第1問! 魔理沙が魔女っぽいからという理由で空を飛ぶときに使用している道具は?」
「簡単すぎるぜ、答えは箒だ」
間髪入れずに回答する。
当然だ、考えるまでもない。
「ファイナルアンサー?」
「ん?」
「答えを確定させるときはファイナルアンサーっていうのよ。後でやっぱり今のナシとか言われると困るからね。まぁ合言葉みたいなものだと思ってくれればいいわよ」
「なるほど、ファイナルアンサー」
「正解!」
ノーウェイトで告げるアリス。
正解のコールに会場が湧き立つ。
「しかし、なんだこの問題は? 私をバカにしてるのか?」
「まだ1問目よ。いきなり終わっちゃったら興ざめじゃない」
どうやら煽りではなくただの演出らしい。
そういえばアリスは普段人形劇をやっていることからか演出を重視する傾向がある。
納得してしまって良いのかわからなかったが、商品はあのグリモワールなのだ。
こちらとしても簡単なほうが都合はいい。
と、ここで一つ気になったことがあるので聞いてみる。
「ところでアリスの後ろに光っているその3つのパネルはなんだ?」
「ああ、説明してなかったわね、これはライフラインよ」
アリスはそう言うとパネルを指差しながら順に説明をはじめた。
・50:50のパネルは『フィフティーフィフティー』問題が2択になる。
・電話が描かれてるパネルは『テレフォン』電話を30秒だけ使用することが出来る。
・人が描かれてるパネルは『オーディエンス』観客に意見を聞くことが出来る。
「それぞれ1回だけ使用することが出来るわ、使ったら対応するパネルのランプが消えるから何を使ったかは覚えておく必要はないわよ」
説明通り後ろの3つのパネルのランプは点灯しており、まだライフラインを使用していないことを示していた。
「ということは残り4問でライフライン3つってわけだな、余裕余裕。次の問題頼む」
「第2問! 魔理沙が経営してる何でも屋の名前は?」
「霧雨魔法店、いやちょっと待て」
「まだファイナルアンサーを宣言してないから大丈夫よ」
まだ2問目ではあるが、さっきと問題の難易度が変わらない気がする。
引っ掛けを疑うべきか。
だが、他の名前は使ったことはない。
店として成り立っていないとかそういう話だろうか、客もいないし。
まさかこんなところで自分の店の営業不振に悩まされるとは。
「いいぜ、霧雨魔法店だ」
結局魔理沙が下した判断はこれは引っ掛けではない、ということだった。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
ここでも間を置かずにアリスは正解を告げる。
「ずいぶん悩んでたわね、まだ2問目よ?」
「演出だよ、ほいほい答えていたら見てるほうもつまらないだろう? それにしても簡単だな。第1問もそうだったが私に出す問題として適切なのか?」
「言ったじゃない、あなたの知識を総動員すれば解けるって。そういう問題を作るにはあなたに関係する問題を作るのが一番確実なのよ」
「ということはこの問題を作ったのはアリスなのか?」
「そうよ」
これはかなり重要な情報だ。
阿求や慧音あたりと考えて作られたのならば厄介だったが、アリス一人で作ったのならば出せる問題はたかが知れている。
これはグリモワールは戴きだなと勝利を確信した魔理沙に対して次の問題が読み上げられる。
「第3問! 私、アリス・マーガトロイドと魔理沙が春雪異変で出会ったときの弾幕ごっこで、魔理沙が最初に使用したスペルカードは何?」
「む……」
「あらどうしたの? 簡単でしょう?」
確かに関係する問題ではあるが、知識ではなく記憶を求める方向でくるとは。
「そんなのいちいち覚えてるかよ、アリスは覚えてるのか?」
「ええ、もちろん」
そう言い放つアリスの表情は自信たっぷりで、さらに「あのときの魔理沙の使用したスペルカードは順番も含め全部覚えてるわよ」と付け足した。
「うわぁ……」
どんだけ記憶力いいんだよコイツ。
「じゃあ、実際に覚えてるか言ってみろよ」
「この問題が終わったらね」
「ちっ」
冷静にあしらわれてしまった。さすがに隙がない。
順番まで覚えてるとまで言ったアリスに対し、魔理沙はあの時に使用したスペルカードは順番どころか何を使ったのかすら覚えていなかった。
使った以上自分のスペルカードのどれかであることはわかるが、それ以上にわかることはない。
このままでは問題が解けないが、こういうときにはアレがある。
「この問題にライフライン使えるんだよな?」
「ええ、でも問題よく見て使うもの考えたほうがいいわよ」
魔理沙は点灯している3つのパネルを見て考える。
テレフォンは……誰に聞けばわかるんだ?
他人に聞いてわかる問題じゃないし、そういう意味ではオーディエンスも同じだ。
出題者と回答者以外知ることが出来ない問題が出題されてしまってはライフラインも無力だ。
あとは50:50だが、これも確実性はない。
だが、2択なら正解する確率は5割になる。
それに、2択の内容次第では10割になることもある。
例えばスターダストレヴァリエとブレイジングスターのどちらか?という2択になると答えはスターダストレヴァリエだ。
ブレイジングスターは最近開発したスペルだからな。
よし、希望が見えてきた。
「フィフティーフィフティー使うぜ」
宣言とともに50:50のパネルのランプが消える。
さぁ、来いと構える魔理沙。
「じゃあ2択にするわね。第3問! 魔理沙は現在白色のブラを着用している。○か×か?」
「はぁ!?待て待て待て待て! なんだそれどういうことだよ!?」
「別に問題はないじゃない、2択になったんだし」
何か問題でも?と澄ました表情をするアリスに対し、魔理沙は戸惑いを隠せない。
「そ、それにお、お前! 私のブラの色なんて知ってるのかよ!」
「さぁ?」
「さぁ?って出題者がそれでいいと思ってるのか!?」
「私が知っていようが知らなかろうが、正解はどちらかでしょう?」
「くっ……これも私が正解しないと進めないんだよな」
「もちろん」
「うう……グリモワールにはかえられん。○だ」
「ファイナルアンサー?」
「ああ、ファイナルアンサーだ」
突拍子もない問題が出て取り乱してしまったが、冷静になってみればブラの色が白でも黒でもどうでもいいじゃないかということに気づく。
「……?」
2問目までとは違い、正解通知まで間を置くアリス。
いつの間にか会場が静けさに包まれている。
これも演出かと考えたが、すぐに思い当たる。
「ああ、そうか、色知らないんだっけ? 正解だから次頼む」
出題者が答えを知らないっていいのか?という疑問はあったが5問正解すればグリモワールがもらえることに比べれば些細な事だ。
切り替えて次の問題に備える魔理沙であったが、次の問題が出題される気配はない。
「まだよ」
「へ?」
「確かめてない」
「何を?」
「正解かどうか」
「いやいやいやいや、着用してる私が言うんだ間違いない」
「それじゃあ皆が納得しないでしょう? 皆に観測されるまで魔理沙は白のブラ着用してるかもしれないし、黒かもしれないし、もしかしたらノーブラかもしれない、シュレディンガーのブラ理論よ」
「意味わかんねーし」
「グリモワール……欲しいんでしょ?」
手に持っているそれをこれ見よがしにチラつかせる。
「くっ……」
その一言で魔理沙は覚悟を決め、上着をたくしあげる。
きれいな肌が顕となっていき、そこから覗くは純白のブラ。
観客席のあちこちから「おお……」という息を呑むような声が聞こえてくる。
「これで、いいんだろ、これで!」
「ええ、紛れもない正解ね。ありがとう」
「さっさと次いくぞ、次」
ブラを着けるようになっていて良かったなと思う魔理沙に対し、次の問題が読み上げられる。
当然第4問は第3問より難しいことになる。
「第4問! 魔理沙のスリーサイズは?」
会場がざわつく。
それもそのはずだ、第3問のやり取りからしてこの問題に正解するためにやらなければならないことがある。
もちろんそれは魔理沙もわかっていた。
最初から何か変だと思ってたんだ。
グリモワールという破格な商品という時点で。
ここで間違えればさっきのような辱めに合うことはないだろうし、グリモワールを諦めるという選択肢が浮かぶ。
だが、ここで諦めてしまってはさっきの辱めが無意味となってしまう。
考えろ。まだ何か方法があるはずだ。
この問題を正解し、かつ確認が必要ない方法を。
残っているライフラインはテレフォンとオーディエンスの2つ。
どちらを使っても回答を得られる見込みはない。というか得られても困るのだ。
いや、そもそも自分ですら今のスリーサイズを知らない。
もちろんある程度はわかっているが、今計測した場合と同じ数値かどうか。
自分だってまだまだ成長期、特に胸は大きくなってるはずなのだ。
自分のちょっと小ぶりな胸を見る。
うん、大きくなってるはず、なんだ。
それらのことから導き出されるのは、この問題は現時点では誰も答えを知らないということ。
「なあアリス」
「何?」
「お前は私のスリーサイズを知ってるのか?」
「さぁ?」
「さぁって知らないだろ、どう考えても。ブラならどこかで覗き見して知ることは出来たかもしれない。でも、スリーサイズは変動するんだぜ? 私だって今のは知らないし。誰も答えがわからない問題出題して、そんなのクイズにならないぜ」
「まぁ魔理沙の言いたいことはわかるわ。でももし私がそれを知らなかったとしても答えがわかる方法があるじゃない。スリーサイズは今この場で測ってみればわかることよ」
「やっぱりそれが狙いか。だけど私は意地でも測らせないぜ? そうなると正解か不正解かわからないまま、このクイズは進みもしないし、終わりもしない。出題者として、進行役としてそれでいいのか?」
進行役自身が企画を止めることになるぞと揺さぶりをかける魔理沙に対して、アリスは少し考える素振りをした後に静かに口を開く。
「ふーん。あなたは私がスリーサイズを知らないと勝手に思ってるみたいだけど、知らないなんて証拠はどこにあるの?」
そんな証拠出せるはずがないとアリスは言う。
「それを証明できればこの問題、正解ってことでいいか?」
「……ええ」
何か策があるとアリスは思ったが、ここで断ってしまっては先へ進まない。
なにより、膠着状態になってしまえば客も飽きる。
進行役としてはそれは避けなければならない。
もはやクイズとしての体は成していないが、もとより目的はクイズそのものをやることではない。
この問題については最終的にスリーサイズを測れればよくて過程はどうでもいい。
「それで、どう証明してくれるのかしら」
「それじゃあオーディエンスを使わせてもらう」
魔理沙のライフライン使用宣言に応じてパネルのランプが消える。
「オーディエンス……? まさか『アリスが答えを知らないと思う人』なんて多数決取ってそれを証拠にするって言うんじゃないでしょうね? 言っておくけれど、それじゃ証拠として認めないわよ」
「わかってるさ、別にこの場にいる全員に聞かなくてもいいんだろ?」
「それは自由だけど……同じことだと思うわよ」
「それなら私はこいつに聞くぜ!」
魔理沙が指した先は……
「古明地さとり……っ!」
「さあ、さとり、アリスが知ってるという私のスリーサイズを読み取って教えてくれ」
「なっ! オーディエンスで答えを聞くなんて――」
「――別に禁止されてる質問はなかったはずだ。こちらには回答の確定宣言が必要なくらいだからな、やっぱナシの後だし宣言はダメだぜ!」
やはり魔理沙はくせ者だと、アリスはそう感じていた。
序盤の問題はともかく、中盤以降は魔理沙にしかわからないようなプライベートな問題を出題するように決めていた。
ライフラインを用意したのも、50:50の時のように魔理沙の反応を楽しむためで魔理沙にとって有効な使い道などないはずだった。
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「いえ、何も」
でも残念ね、魔理沙。
あなた自身が心を読めていたら良かったのに。
だって心はこれから読むんだもの。
ここで『知らない』と馬鹿正直に思ってる必要はない。
「いいわ、さとり、読み取って頂戴」
自分が指定されて戸惑っているさとりに対してアリスは促す。
「で、では……」
さとりは集中し、アリスの心を読み取る。
「出ました。魔理沙さんのスリーサイズは上から××、○○、△△!」
※読者の皆様もさとりになってアリスが思う魔理沙のスリーサイズを読み取りましょう!
『知らない』と出なかったことに会場がどよめく。
そのどよめきの中、力強く魔理沙は言い放つ。
「答えは上から順に××、○○、△△、ファイナルアンサー!」
「本当にそれでいいの? ま、まぁいいわそれじゃあ確認を……」
「その必要はない」
「え?」
「私はアリスが知らないことを証明できなかった。でも正解を読み取ることはできた」
「だからこれが正解かは」
「出題者が用意した正解だろ? さとりという第三者が読み取ったんだからな。それとも正解は『知らない』のか? そうなると知らないことを証明出来てしまうが?」
「そんなの屁理屈よ」
まぁそうかもなと魔理沙は続ける。
「前の問題もそうだが、弾幕ごっこで使用したスペカについてはアリスしか答えを知らない状況だった。ぶっちゃけるとアリスが正解を操作しても誰も指摘できない問題だった。そういう問題を解くには今回みたいにライフラインを使えと、知識を総動員しろと、そのつもりで用意していたんだろ?」
魔理沙はこういうことになると口達者で強い。
「……正解よ」
悔しいけれどこの問題は魔理沙の勝ち、としてあげるわ。
まだ1問残っているしね。
「さあ、次で最後だろ、頼むぜ」
アリスは用意していた最終問題の紙をくしゃくしゃに握りつぶして魔理沙に最終問題を告げた。
「それじゃあいよいよ最終問題よ、第5問! 魔理沙は何歳まで父親とお風呂に入っていたか?」
「はぁ!? ふ、ふざけるな! こんな乙女の秘密を暴くようなの、一体なんなんだよ!」
「何ってクイズよ、クイズ$マリアリア」
魔理沙は訴えるがアリスは淡々と返すのみ。
だめだ、コイツ完全に私利私欲で問題を作ってやがる。
しかし、もう最終問題。ここを乗り切ればグリモワール。
だが、この大勢の観客の前で正直に答えが言えるわけがない。
この問題もまた、アリスは答えを知らないんだろう。
しかし、3問目と4問目とは違う点がある。
それは確かめる方法がないこと。
回答するのすら恥ずかしくなる問題だが、確かめられない以上無難な年齢を言えばいいだけのこと。
そこに気づいてしまえば何も困ることはない。
アリス、どうやらお前は私を困らせたいようだが詰めが甘いな。
「3歳だ。これでグリモワールは私のものだ。クイズ$マリアリア完!」
くだらないクイズもこれで終わり。
だが私は、こんな辱めを受けてタダで終わらせるほど心は広くない。
グリモワールを受け取った後は、この場にいる人妖全てを吹っ飛ばす。
乙女の秘密を暴こうとした罪は重い。
「どうした? 早くそのグリモワールをこっちに寄こせ」
「テレフォン」
「……は?」
今、アリスは何と言った?
「私はテレフォンを使うわ」
「なんでお前が使えるんだよ!? なんのために!」
アリスは電話を取り出し、迷いなく番号を押していく。
テレフォンパネルはいつの間にか電話のマークではなく30と表示されていた。
トゥルルルルル……
やがて、番号を入力し終えたのかコール音が鳴り響く。
どうやら通話内容は会場全体に聞こえるようになっているらしい。
「こちら霧雨道具店でさあ!!」
三コール目で繋がり、聞こえてきたのはいかにも漢!というはきはきした声。
魔理沙にとって聞きなれた忘れられない声。
「な……オヤジぃ!?」
その反応で電話の相手が誰であるか、会場の人妖も理解する。
アリスがクイズ$マリアリアの司会者であると名乗ると、受話器の向こうから『いつもお世話になっております』という反応が返ってくる。
どうやらこの企画のことは知っているらしい。
「お宅の娘さんは現在最終問題まで来ています」
あと1問で全問正解というところまで到達しているという事実を聞き『おおー!』といううるさいくらいの声がした。
「それでは今から最終問題を言いますので、30秒以内に娘さんの全問正解のためにも正直にお答えくださいね」
「もちろんさあ!」
「それでは、スタート」
開始の合図とともにストップウォッチのスイッチを押すアリス。
するとテレフォンパネルの表示が30から29、28とカウントダウンをはじめる。
そしてアリスは魔理沙の父親に問う。
「魔理沙は何歳まで父親のあなたとお風呂に入って――」
「うわあああああああああああああああ!!!」
父親が応える前に魔理沙は精一杯声を張り上げる。
テレフォンの制限時間は30秒。
その間電話の内容が聞こえないようにしてしまえばいいということに気づいた結果の行動だった。
残機0の絶体絶命の状態からの30秒耐久スペル。
終わったと思ったら終わってなかった。
かつての春雪異変を想起させる状況。
パネルの表示が20になるが、魔理沙の勢いは衰えない。
もともと道具屋の跡継ぎとして育てられた魔理沙。
声を出す練習がまさかこんなところで役に立つとは思っていなかった。
表示が10になる。カウントダウン音が聞こえ始める頃だ。
さすがに魔理沙に疲労が見え始める。
だが魔理沙は気を緩めない。
耐久スペルはラストの油断が命取り。
それに相手はあの父親だ、一瞬でも隙を見せたら負ける。
4――表示が0に近づいていく
3――段々自分の声がわからなくなってきて
2――最高密度の弾幕が襲い掛かってくる
1――世界がスローモーションになり……
0――Spell Card Break!
「ぜぇ、ぜぇ。どうだやったぜ……」
肩で息をしながら魔理沙は言う。
もう二度とこんなスペルカードは攻略したくない。
そんな魔理沙の健闘のかいがあってアリスは正解を聞きだせていなかった。
リザルト画面が表示されたかのような静けさの中、このまま誰も動き出さないのではないかと思ったその時。
「13歳だなぁ」
あの漢らしい声がはっきりと告げた。
それと同時に静かだった会場がどっと湧き立つ。
「13!? 13って言った?」
「寺小屋教育終わってますよねこれ」
「魔理沙って意外と……」
「ありがとうございました」
アリスは受話器を置く。会場は騒がしいままだ。
「……なんでだ、30秒はとっくに過ぎてたはずだぞ」
魔理沙はありったけの憎しみを込めながら睨みつけて言う。
「司会者権限よ、答えがわからなければ進まないじゃない」
魔理沙の敵意など歯牙にもかけずに応える。
「ところで、私が聞いてた答えとは違うみたいだけど不正解ってことなのかしら? 残念ねぇ。せっかくここまで来たのに不正解だなんて、おつかれさま」
もともと5問目は正解させるつもりはなかった。
スリーサイズの件は残念ではあったが考えていた以上に魔理沙のいろんな一面を見られてアリスは充足していた。
「まだだ……」
「ん?」
「まだ私は答えを確定させていない。確か合言葉を言うまでは回答とみなさないんだったよな?」
アリスがはっとする。
そうだ魔理沙は確かに言っていない。
これを認めてしまってはグリモワールが! なーんてこのグリモワールは偽者だから別にいいんだけど。
私としたことが初歩的なミスをしてしまったわねと焦りを演じておく。
さぁ、高らかに宣言するがいいわ、魔理沙。
父親と13歳までお風呂に入っていたと。
正解しても意味はないけどね。
「これが私の答えだ
受け取れ!!!!
ファイナル……
マスタースパーク!!!」