Coolier - 新生・東方創想話

オンボロOS、何が残酷?

2016/05/29 16:49:08
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 春が過ぎ気候が落ち着いた頃、妖怪の賢者と詠われる八雲紫が白玉楼の庭師である魂魄妖夢の元へ訪れた。たいへん珍しいことで、紫の友人であり妖夢の主である西行寺幽々子に会いに来ることはしばしばあったが妖夢に会いに来ることは今回が初めてで、同時に最後だった。
 この日のことを妖夢は脳内に強くとどめている。なぜなら、その後八雲紫が幻想郷から失踪したからだ。あまりに衝撃的で記憶に鮮明に残っているはずの会話を一度も思い出すことができなかった。
 もし紫がこの後幻想郷から消えると知っていたならば、もっと話を真剣に聞いていた。もっと話を深く掘り広げていたのにと思う。
 ただその去り方が、とても彼女らしい去り方だと感じた。しかし違和感もあった。八雲紫が時々口にしていたという、「幻想郷は全てを受け入れる」の言葉の通りなら、彼女が幻想郷から出て行く必要は無かったのではないか。
 そしてもう1つ、より大きな疑問がある。八雲紫の式神で現在、幻想郷の最高管理責任者である八雲藍に話を伺ったところ、紫の行動が確認できる範囲では最後に向かったのが白玉楼だという。あの時、彼女は幽々子に挨拶もしなかった。つまり、紫が最後に出会い、最後に話を交わしたのは魂魄妖夢なのだ。それが、妖夢にはどうしても分からない。最後の話をするには友人である西行寺幽々子や直属の部下である八雲紫、その当時の博麗の巫女が相応しいのではないか。紫と深い関連があるその三人には何のメッセージも残されていないらしい。どうして、八雲紫は自分だけに話を持ちかけたのだろう。彼女の気まぐれだけだけでは説明がつかない。
 自分だけに与えられた境遇ということをヒントに、妖夢は記憶を再生する。



 5月上旬、不安定な気候も収まり梅雨まで幻想郷は爽やかである。もちろん、冥界も例外ではない。気候もそうだが冥界の一大イベント、春の花見シーズンのごった返しが過ぎ魂魄妖夢はとても落ち着いた気分で仕事と鍛錬をこなすことができた。
 朝焼けを拝むことなく、鋭さのある肌寒さを感じながら剣術の稽古を始めていた。朝の寒さが身を引き締めさせてくれ、剣を奮う手はしなやかだ。
 空は薄暗いブルーから一転し、線形グラデーションのレインボーで彩られている。遥か彼方の地平は茜色に、上に行くにつれ光の波長が低くなり橙色に移り藍色、そして紫色に終わる。黄色や緑色などはよく目を凝らすと、空に靄がかかったようにあるのが分かった。太陽の低い朝だからこそ見れるこの景色に妖夢は感嘆する。
 「手、止まっているわよ」急に妖夢の背後から声がした。
「うわ!いつの間に」妖夢が振り返るとそこには、妖夢の主の友人である八雲紫が居た。何度か顔を合わせたことはあるがこうして二人きりで会う機会は滅多とない。
「いつでも、どこでも居ますわ。スキマ妖怪とはそういうものです」
「はあ」相変わらず、理解しがたい言動だと妖夢は思う。「幽々子様にご用ですか?まだ眠っていらっしゃいますよ」
「いいえ」紫は丁寧に首を横に振る。
「もしかして、幽霊が逃げ出したりしました?」しっかりと冥界で管理していましたが、と言うのはやめた。もし幽霊が逃げていた場合この言葉は全く意味を成さないどころか自分の罪を重くする。
「それも、いいえ」
「じゃあ、結界のことかしら」春に白玉楼で死後の楽しみであるはずの冥界の花見には生者も集う。まさかとは思うが、その影響で結界にガタが入ったのかもしれない。妖夢は、どちらかと言うとその逆だと感じている。数日前に人里へ用があって幻想郷へ出向いた時に結界が強固になっているようだった。
「しばらくは冥界の結界も心配しなくて良いでしょう」
「あら、じゃあ今日はどうされました?」妖夢はわずかに首をかしげる。
「今日は、貴女にお話があります」紫は口端をあげる。いつもの皮肉的な笑顔でもなく、花の咲くような柔和な笑みでもなかった。その表情は普段の彼女ではないように健気で、あどけなく、同時に寂しさも感じさせた。



 刀を自室に置き、二人分のお茶を盆に乗せ紫の居る縁側へ運んできた。紫は庭に面している縁側から見える枯山水を眺めていた。雨戸の無い濡縁は、逆に雨戸が無いお陰でこの枯山水をまるで一枚の絵のように鑑賞することができた。水を使わず、石や砂の向きや表面の模様を利用して表現されている水の流れが実に素晴らしく、生物らしさの無い冥界の空気とマッチしていた。
「貴女が造園したの?」紫が妖夢に尋ねる。
「ええ」
「和がありありと、それでいてシャープに写されているわ」紫が感心する。「気持ちのいいぐらい清らかね」
「ありがとうございます」妖夢自身もこの枯山水には自信があった。花見で来る客のために冬に試行錯誤していたのだ。
「そっくりだわ」
「え?」
「そっくりよ、妖忌の庭と」
「お師匠様と、私が?」妖夢が驚く。
「妖忌は貴女に教えを説いたのね、きちんと受け継いでいるわ」
「そんな名誉な言葉、他にありません」
「みんな、そうなのよ。冥界の者ってきちんと言葉で伝えたがらないの。幽々子もそうだわ。自分の言葉が死んでいるとでも思っているのかしら」
「貴女だって」意地悪に妖夢が言った。褒められた後に調子に乗っていると思われるかもしれない、と感じて言ってから後悔した。
「今の言葉、言うべきじゃなかったって想ったでしょう」自分の心が見透かされ妖夢はどきっとした。「別に良いのよ。妖忌みたいになれなんて誰も言わないわ」
「でも、お師匠様を目指していかないといけません」
「それはアイデンティティね。もちろんそれも大切よ。妖忌なんて完全にそうね。だからこそ悟りを開いて出て行っちゃった訳だけど」
「アイデンティティだから出て行った?」言葉の意味がいまいち妖夢に伝わらなかった。
「アイデンティティ、自分が見た自分。だけど今はパーソナリティが重要視される時代。他人との関係を気にするようになった。だから古いタイプの思考を持つ妖忌は出て行ったのよ」
「古いタイプだなんて」
「実際そうでしょう。今の時代、どれだけ悟りを開いた存在が居るかしら?周囲との環境を遮断できない世の中になっているのよ。良く言えば社会が道徳的になって来ているとも言えるわ。幻想郷も公平性を重視しています。スペルカードシステムは、また別の目的があるけれどもその象徴よ」
「私はお師匠様になりたいって想ったわ。これは他人との関わりがあって生まれた望みでしょう?」
「貴女は、妖忌そのものになりたいと思っている。自分を見失っているわ。弟子に姿を見習わせるのはとても良いことだけど、妖忌はやっぱり言葉不足だったのよ。自分の技術から良いものだけを取り入れろって言えば良いのに、それすら言わないんだから」紫は言葉を続ける。「貴女と妖忌は違うわ。違うのだから、違うなりに参考にしなさい。学而不思則罔、学びに対して自分なりの考えを持ち理解すること。思而不学則殆、自分なりの考えに対して学びをふまえ理解すること。学びと考えを両立させなさい」
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。妖夢は紫の言葉を受けて今までに教えられた魂魄妖忌の行動と自分がその行動を見て何を想ったかを想像する。確かに今まで、師匠の教えを誤解していた節があった。「学び」だけであった。自分は本当に師匠の教えを受け継いできたのかどうか、不安になってきたが紫の言葉で拭き取られた。



 紫が湯のみを空にすると、縁側から降りて妖夢の方へ振り向いた。
「そろそろ幽々子の起きる時間でしょう?」
「ええ、はい。でも、あの、いいんですか?せめて挨拶ぐらい」妖夢が紫を引き留めようとする。
「今日ぐらい素直に失礼させてちょうだい」今日ぐらい、という言葉が妖夢には引っかかった。
「あの、本当に私と話すためだけに?」
「強いていうなら、喝入れ」
「喝入れって……」
「スヌーピーなのよ、私」紫がいやらしい笑みを浮かべる。妖夢は何度もそれを見たことがあった。
「スヌーピー?」
「おせっかい焼きという意味」
「むしろ、こっちが手を焼いてますけど」
「幻想郷はね、伝統と紅夢で出来たオンボロのOSなのよ」突然、紫が話題を変えた。
「え?オーエス?」
「いちいち聞かないこと」
「あっ、ごめんなさい」紫の発言は以前、幽々子にもきかれたことだった。先程の会話でも頭ごなしに考えないようにしようと思っていたのに、失言をしてしまった。
「クリーンアップツールなんて持ち合わせてないの」
「箒のことかしら」
「どちらかと言うと、掃除機ね」
妖夢の知らない単語が出たが、どういう意味なのか妖夢は想像して質問しないことにした。
「幻想郷は全てを受け入れるわ。残酷なことかもしれない。だけどそれが楽園である条件で、すでにわかっていることでしょう?」紫は言葉を続ける。「完全に予測できる災害なら平気だわ。問題は対策を講じることができるかどうか」
「あの、結局は何の話なんです?」これぐらいの質問は許されるだろう、と思った。
「立夏にピッタリな話」
 気づいた時には、妖夢の視界から八雲紫は消えていた。すでに空は青く完全に朝がやってきた。起床した主には、紫が来たことを伝えなかった。わざわざ友人に挨拶もしなかった事情があるに違いない、と考えての行動であった。



 妖忌が古いタイプの人間だから出て行ったと言ったように、紫は自分が今の幻想郷にそぐわないと考えたからこそ自ら出て行ったのだ。だから幻想郷がクリーンアップツール、排除機能を持ち合わせてないと説明したのだろう。
 幻想郷は全てを受け入れる、幻想郷が自ら誰かを追放することは無い。それが妖怪の楽園と呼ばれる理由で、何より残酷なのだ。
 立夏が過ぎれば小満が訪れ、梅雨がやってくる。雨は龍神の象徴の一つであり梅雨時には幻想郷が龍神によって守護される。なら、梅雨が来る前に出て行けば幻想郷は不安定にならない。
 白玉楼でまだ残っている桜が咲いていた。咲いていたのに、急に降り始めた雨が微力な生命力を余すことなく削りとるように小さな花弁へ水滴を撃つ。
 楽園が誰も追い出さず、自分は楽園には不適合だと考えたのなら自分から出て行くしか無い。
 そう決断させることが、残酷なのだ。
 その残酷さがこの景色のようだった。
 美しく、醜い。美麗と冷徹で充足されている。
 紫が自分にだけメッセージを伝えたのは、親しい友人を任せる最終確認であると共に、その親しい友人には別れを告げるのが恥ずかしかったのかもしれない。仲が浅い自分には恥ずかしくないのだろう。
 寂しいとは思わなかった。
 その大妖怪としてのプライドと、幻想郷を愛する姿が愛しいと思った。
 雨はまだ降り続けている。
 それでもまだ少しだけ、桜が咲き残っている。
重用アリ、需要の無い受容は非重要
胡桃麺麭
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コメント



0.280簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
朱に交われば赤くなる
なら赤くしたくないのであれば朱はさるしかない
ってドクトリンかしら?