それは新緑の風が気持ちよく、少し夏が近づいているかのような暖かさの日でした。この季節は大分過ごしやすく、日陰のない門の前でも暑くてたまらない、ということはありません。チルノちゃんが私の元を訪れたのは、そんなある日のことでした。
「あのね、いいもの持ってきた!」
そう朗らかに笑って彼女が差し出したのは、見たこともない苗木でした。茎は藍色をしていて、触れると微かにひんやりとしています。
「きっと美鈴よろこぶよ」
チルノちゃんは何故だか嬉しそうに、そう言いました。それから、続けてこうも言いました。水はいくらあげても枯れないから、たくさんたくさん可愛がってあげてね、と。
さて、いったいこの苗は何なのでしょうか。考えれば考えるほど不思議になってきます。まず、茎が青い植物なんて、本当にこれは植物なのか、疑問符すら浮かんできます。細い枝の先には青白い蕾がいくつか付いていました。蕾が付くということは、花が咲くのかもしれません。
そこから、私の謎の植物栽培が始まりました。
一日目。
まずはその窮屈そうな苗鉢から、館の空いていた花壇にそれを移しました。土を軽く払っていると、根っこが見えました。触れてみると手袋の上からでも分かるくらいの冷たさでした。私はますますこの植物が気になってきました。
チルノちゃんはたまに不思議なものを、私の元に持ってきます。何が入っているのか分からない音の鳴る木箱や、自立人形のようなテディベア、他にもたくさんあります。大抵はひとしきり二人で遊び倒したあとに、私の部屋にわんさか積み上げられていくのですけれど。咲夜さんはそんな私の部屋を訪れるたびに、掃除をしたそうに、よく分からないものたちの山を見上げています。
けれど今回はいつもと違います。ほぼ説明もなく、ぽつりと苗木を置いていったのです。何か、びっくりさせてみたいと思っていたりするのでしょうか。楽しみだなあと思いながら、私はとりあえずじょうろ一杯の水をそれに注ぎました。
門に戻ると、生暖かい風が頬を撫でました。そういえば、もうすぐ立夏です。今年もにぎやかな季節が始まるのかと思うと、今からわくわくします。そんなことを考えながら、その日は過ぎてゆきました。
二日目。
その日は激しく雨が降っていました。私はあの植物が気になって、見に行くことにしました(もちろん門番は交代してもらいましたよ?)。すると、驚くことに、昨日は私の膝丈くらいまでだった苗木が私の腰の辺りの高さまで成長しているのです。ますます不思議になってきます。チルノちゃんが、水はいくらあげてもいい、と言った意味が私はようやく分かりました。きっと、この植物は水を与えれば与えるほど大きくなるのです。雨にも風にも強いことが分かったので、私はまもなく門に戻りました。
しかし、門に戻っても警備に集中することはできませんでした。雨のせいではありません。ずっと、あの植物のことを考えているのです。どんな風に育つのだろう、花なのだろうか、実が付くのだろうか、これほどに人をどきどきさせるチルノちゃんは天才かもしれません。
交代時間になり、仮眠を取ろうと館に戻る途中、私は花壇に寄り道をしました。するとなんということでしょうか、今日一日の雨で育ったのか、苗はまるでもう木のように大きくなっていました。枝先についていた蕾はふくらみ、少しずつ「何かになる」準備をしているようでした。
花壇に木が生えてしまったことを、咲夜さんにごめんなさいしないとなあ、なんて考えるふりをしながら、頭の中は木のことでいっぱいでした。
三日目。
今日はとても暑い日でした。門に日陰がないことを恨めしく思うくらいには、体中が熱くなっています。
そんな時、チルノちゃんがやってきました。
「今日とっても暑いから、きっと咲くよ」
にこにこしながら言うのです。
「この家に暑がりの人いる?」
そして唐突にそんなことを聞くのです。私が、ええまあ全員暑がりですね、と返すと、それはよかった、と嬉しそうに笑いました。
「あれはね、あっ……やっぱり咲くところ見たほうが楽しいから教えない!」
どうやらあの植物は花が咲くようです。
「あ、ほら、美鈴、花壇行くよ!」
チルノちゃんは、大きくなりすぎて門からも見ることの出来るその木を指差しながら、私の手を引っ張りました。
木の元に到着してから十分ほどが経ちました。チルノちゃんは楽しそうに、今にも咲きそうな花を眺めています。
「暑いですね、チルノちゃん」
私がそう呟くと、何故かチルノちゃんはここ数ヶ月で一番の笑顔を見せてくれました。そうしてそれと同時に、花がふわりと開きました。かしゃりりりり、と音をたてて、次々と青白い花が咲いてゆきます。
「かき氷の花だよ」
軽く飛び上がって一輪の花を摘み、チルノちゃんは私に差し出しました。
チルノちゃんの話を聞くと、この木は、「暑い日に」誰かが「暑い」と言うとかき氷の花が咲く植物なのだそうです。
「魔法、使えたんですか?」
「魔理沙におしえてもらったの」
ふふん、とチルノちゃんは得意げに胸を張っています。
「食べないと溶けるからね」
「味するんですか?」
「その辺はこのお屋敷で用意して」
かき氷の花の噂は、瞬く間に紅魔館だけではなく幻想郷中に広がり、皆が暑いとかき氷を食べに来るようになりました。それから、皆がチルノちゃんにありがとうと言いました。チルノちゃんは言われ慣れない言葉を聞くのが気恥ずかしいのか、最近はあまり門には来てくれません。けれどまたそのうち、不思議なものを持ってきて、一緒に楽しめる日が来ると思います。今度はきっと、皆で遊べるとも思いました。今からそれが楽しみです。
人をこんなにわくわくさせるチルノちゃんは、やっぱり天才だと思いました。
おしまい
「あのね、いいもの持ってきた!」
そう朗らかに笑って彼女が差し出したのは、見たこともない苗木でした。茎は藍色をしていて、触れると微かにひんやりとしています。
「きっと美鈴よろこぶよ」
チルノちゃんは何故だか嬉しそうに、そう言いました。それから、続けてこうも言いました。水はいくらあげても枯れないから、たくさんたくさん可愛がってあげてね、と。
さて、いったいこの苗は何なのでしょうか。考えれば考えるほど不思議になってきます。まず、茎が青い植物なんて、本当にこれは植物なのか、疑問符すら浮かんできます。細い枝の先には青白い蕾がいくつか付いていました。蕾が付くということは、花が咲くのかもしれません。
そこから、私の謎の植物栽培が始まりました。
一日目。
まずはその窮屈そうな苗鉢から、館の空いていた花壇にそれを移しました。土を軽く払っていると、根っこが見えました。触れてみると手袋の上からでも分かるくらいの冷たさでした。私はますますこの植物が気になってきました。
チルノちゃんはたまに不思議なものを、私の元に持ってきます。何が入っているのか分からない音の鳴る木箱や、自立人形のようなテディベア、他にもたくさんあります。大抵はひとしきり二人で遊び倒したあとに、私の部屋にわんさか積み上げられていくのですけれど。咲夜さんはそんな私の部屋を訪れるたびに、掃除をしたそうに、よく分からないものたちの山を見上げています。
けれど今回はいつもと違います。ほぼ説明もなく、ぽつりと苗木を置いていったのです。何か、びっくりさせてみたいと思っていたりするのでしょうか。楽しみだなあと思いながら、私はとりあえずじょうろ一杯の水をそれに注ぎました。
門に戻ると、生暖かい風が頬を撫でました。そういえば、もうすぐ立夏です。今年もにぎやかな季節が始まるのかと思うと、今からわくわくします。そんなことを考えながら、その日は過ぎてゆきました。
二日目。
その日は激しく雨が降っていました。私はあの植物が気になって、見に行くことにしました(もちろん門番は交代してもらいましたよ?)。すると、驚くことに、昨日は私の膝丈くらいまでだった苗木が私の腰の辺りの高さまで成長しているのです。ますます不思議になってきます。チルノちゃんが、水はいくらあげてもいい、と言った意味が私はようやく分かりました。きっと、この植物は水を与えれば与えるほど大きくなるのです。雨にも風にも強いことが分かったので、私はまもなく門に戻りました。
しかし、門に戻っても警備に集中することはできませんでした。雨のせいではありません。ずっと、あの植物のことを考えているのです。どんな風に育つのだろう、花なのだろうか、実が付くのだろうか、これほどに人をどきどきさせるチルノちゃんは天才かもしれません。
交代時間になり、仮眠を取ろうと館に戻る途中、私は花壇に寄り道をしました。するとなんということでしょうか、今日一日の雨で育ったのか、苗はまるでもう木のように大きくなっていました。枝先についていた蕾はふくらみ、少しずつ「何かになる」準備をしているようでした。
花壇に木が生えてしまったことを、咲夜さんにごめんなさいしないとなあ、なんて考えるふりをしながら、頭の中は木のことでいっぱいでした。
三日目。
今日はとても暑い日でした。門に日陰がないことを恨めしく思うくらいには、体中が熱くなっています。
そんな時、チルノちゃんがやってきました。
「今日とっても暑いから、きっと咲くよ」
にこにこしながら言うのです。
「この家に暑がりの人いる?」
そして唐突にそんなことを聞くのです。私が、ええまあ全員暑がりですね、と返すと、それはよかった、と嬉しそうに笑いました。
「あれはね、あっ……やっぱり咲くところ見たほうが楽しいから教えない!」
どうやらあの植物は花が咲くようです。
「あ、ほら、美鈴、花壇行くよ!」
チルノちゃんは、大きくなりすぎて門からも見ることの出来るその木を指差しながら、私の手を引っ張りました。
木の元に到着してから十分ほどが経ちました。チルノちゃんは楽しそうに、今にも咲きそうな花を眺めています。
「暑いですね、チルノちゃん」
私がそう呟くと、何故かチルノちゃんはここ数ヶ月で一番の笑顔を見せてくれました。そうしてそれと同時に、花がふわりと開きました。かしゃりりりり、と音をたてて、次々と青白い花が咲いてゆきます。
「かき氷の花だよ」
軽く飛び上がって一輪の花を摘み、チルノちゃんは私に差し出しました。
チルノちゃんの話を聞くと、この木は、「暑い日に」誰かが「暑い」と言うとかき氷の花が咲く植物なのだそうです。
「魔法、使えたんですか?」
「魔理沙におしえてもらったの」
ふふん、とチルノちゃんは得意げに胸を張っています。
「食べないと溶けるからね」
「味するんですか?」
「その辺はこのお屋敷で用意して」
かき氷の花の噂は、瞬く間に紅魔館だけではなく幻想郷中に広がり、皆が暑いとかき氷を食べに来るようになりました。それから、皆がチルノちゃんにありがとうと言いました。チルノちゃんは言われ慣れない言葉を聞くのが気恥ずかしいのか、最近はあまり門には来てくれません。けれどまたそのうち、不思議なものを持ってきて、一緒に楽しめる日が来ると思います。今度はきっと、皆で遊べるとも思いました。今からそれが楽しみです。
人をこんなにわくわくさせるチルノちゃんは、やっぱり天才だと思いました。
おしまい
そんな素敵な作品でした。
自分が何だか恥ずかしくなってきました。
これからはお手本にします