Coolier - 新生・東方創想話

メリーさんと時計

2016/05/17 22:12:00
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「本を作りましょう」
 そのようなことを宇佐見蓮子はいきなり言い出した。大学の空き教室には西日が差し込み、蓮子のほほを赤く照らす。その様がメリーには酔っ払いのように見えた。きっとメリーの白い服も、蓮子の顔色のような、鮮やかなオレンジ色になっているだろう。
「いきなりね。まだ二日酔い?」
机を挟んで向かい合う蓮子をメリーは見つめた。昨夜、というか今朝は三時にベットに入った。居酒屋を出る前の、店長が眠そうにいった勘定の言葉を、今更ながらメリーは思い出した。
「酔っ払ってたらもっと面白いことをつぶやくわ」
 顔をしかめる蓮子に向かい、メリーは右手を突き出した。
「この指何本?」
「三本」
「今何時?」
 蓮子は窓の外を向く。視線の先には明けの明星が、一足早く夜空を告げていた。
「午後6時13分21秒」
「正しいわ」
 左手の腕時計を見ながらメリーは答えると、蓮子の眉間にシワが寄った。
「別に確認取らなくてもいいわよ。とにかく、学生会に目をつけられたのよ。部費使いすぎってね」
「だいたい飲み代にしてるしねえ」
「で、ちゃんと活動してますよってところ見せないといけないわけ」
「面倒ねえ。それで本?」
 蓮子は頷いた。室内というのにかぶっている黒の帽子が、微かに揺れた。メリーは腕を組んで口を開いた。
「じゃあさ、酒の銘柄でも書きまくる?」
「自分から自白してどうする」
「居酒屋ガイドとかウケがいいと思うわ」
メリーが言うと、蓮子はだらしなく机に腕を伸ばした。
「あー、それ欲しい」
「作るなら大学前よりも駅近くがいいわね」
たいていの場合、二人が行くのは大学近くだった。駅まで行けば大学周辺よりも居酒屋は多いが、歩いて行くのに時間がかかり、自然と足は遠のいていた。もっとも週に一度は駅近くに繰り出していたが。
「商店街のあたりも悪くないわよ? というかそろそろ酒から離れましょう」
「でも私たちから酒をとったら何が残るのよ?」
 蓮子は少しだけ黙り込んだあと、顔を上げた。
「健康優良不良少女ね」
「少女って言うのもそろそろきつくないかしら?」
少なくともメリーには、飲み歩きが趣味の大学生を少女と言い張ることに、幾分の恥じらいがあった。
「悲しくなることを言わないの、メリー」
「でも何を書くの? 書けるようなことやっていないわよ?」
バイトをしてサークルをしてそして寝る。大学に入学して一ヶ月後には、そのようなスケジュールができていた。バイトとサークルといえば、聞こえこそ悪くないものの、その実態は飲み代を稼いで使っているだけなので、人に言える代物ではない。まして酒代が足りないことを工面するために、大学から支給されたサークル費を使うのは、バレれば退学になるだろう。「大学近くで飲んでいて、なんであんたらお咎めないのよ」とは同級生の言葉であるが、悪運には恵まれているようで、今のところ問題になっていない。
しかしそうすると、サークル活動は誤魔化すほかない。活動内容が飲み歩きと書くほど、メリーも正直では無かった。頭を抱えた蓮子は、ため息を吐いた。
「そうねえ。やっぱり部費の申請に関することじゃないとまずいわね」
「部費の申請ねえ。どんなふうにやってたの、蓮子?」
「だいたい旅行ね。諏訪大社とか伊勢神宮。あと太宰府に佐渡? ああ、博麗神社なんてのも書いていたかしら」
「一つも行っていないわね」
メリーは内心あきれていた。蓮子の上げた場所は全部嘘であるし、仮に実際行っていたとしても、ただの旅行に学生会が援助するとは考えられない。どういう理由をつけて学生会を言いくるめたのだろうか。メリーは同学年の蓮子に末恐ろしいものを感じた。その蓮子はメリーの前で頭をかかえていた。
「全部酒代に消えたからね。だから行ったことにして書かないと行けないの」
「まったく、面倒な仕事を持ってくるんだから」
「部費の半分を使ったのはメリーだからね」
「わかってますよう」
口をへの字に曲げて、メリーは答えた。実のところ面倒なことは全て蓮子がやっているので、メリーは感謝こそすれど、恨むことなどできない。いつだってメリーは困難から逃げていた。今までも、そしてきっとこれからも。
蒸し暑さの残る、初夏の夕暮れのせいだろうか。気だるい物思いにふけろうとしたメリーだったが、目の前の音で意識が戻る。話題を変えるためか、机の端を叩いた蓮子がいた。彼女はメリーには笑いかけた。
「期日は来週までって学生会に言われたから、5日後をめどになんか書いてきましょう。残りの日数でそれをまとめる」
「わかったわ。せいぜい、あがいてみせるわ」
「そうね。私たちの酒代がかかっているからね」
懲りた様子はなく、蓮子は宣言した。


秘封倶楽部に部室はない。大学の適当な空き教室には入り込み、机と椅子を占拠すればそこが秘封倶楽部の部室になる。講義が終わったらしい学生が廊下を歩く音をききながら、メリーは手元にプリントされた紙を読んだ。
「で、なんで蓮子はトイレの花子さんなの?」
「こういうオカルトって秘封倶楽部っぽくない?」
はにかむ蓮子に対して、メリーは不満げな表情を浮かべる。
「でも遠征と関係ないよね?」
「だって行ったことのない場所を書くなんて難しいわよ。そういうメリーはどうなの?」
「博麗神社も行ったことになっているでしょう? そこの話を書いたわ」
博麗神社は江戸時代以前より続く古い神社であり、春日大社や住吉大社、諏訪大社などよりは知名度が劣るものの、五月に開催される例大祭には万を超える人が訪れる、規模の大きい神社である。もちろん二人共足を運んだことはなく、蓮子は眉を潜めてプリントを見た。
「あそこをねえ。書けたの?」
「まあ見てごらんなさい」
ホッチキスで止められたプリントを蓮子に手渡す。二枚目を開く頃には蓮子の目つきがかわっていた。手に取った時の胡散臭そうな感じはなく、紙を持つ手には力みからかシワが寄っていた。しばらくして蓮子は顔を上げた。
「書けているじゃない……」
「どう? これならいけそうじゃない?」
「でもよく書けたわね。私たち一度も行ったことがないでしょう?」
「ふふふ。そうね」
 曖昧にメリーは笑う。その様子を可笑しいものだと蓮子は思わなかったようで、メリーのプリントを閉じて蓮子のものの上に置いた。
「これまとめれば行けそうね。蓮子、データ持っている?」
「はいはい」
ポケットの中のメモリーをとりだすと、蓮子の手の中に入れた。蓮子は俯いて手渡されたメモリーを眺めながら言った。
「貸してもらうわ。こっちで内容をまとめてそれを提出するから」
メリーからの返事はない。次の授業が始まったのか廊下からは足音が消え、奇妙な静けさが部屋をみたした。
「メリー?」
顔を上げた蓮子の前には、誰も座っていない椅子があった。


「どうしたのメリー、ぼうっとしちゃって」
気がつくとメリーは暗闇の中にいた。目の前の街灯の下に蓮子が立っている。蓮子の背後は上り階段になっていて、その上には暗闇をさらに黒く塗りつぶしたような影がある。はっきりとは見えないものの、つい先ほどメリーはこの下をくぐった。博麗神社の大鳥居だ。
昼間は湿気を含んだ熱気をともなう初夏の空気は、夜になると途端に寒くなる。メリーは長袖を手でさすりながら蓮子を見返した。
「ちょっとね。それで帰りはどうする?」
「そうねえ。バスもうなさそうだしタクシー呼ぶ?」
神社の多くは市街地から離れた場所に建っている。博麗神社も例外ではなく、二人の前には車一つ通っていないアスファルトが広がっている。人気がないということはバスも無いということで、帰りのことを考えず神社を散策していた二人は、いざ帰る時になって、ようやく慌てる羽目になった。どこからかフクロウの重苦しい鳴き声がきこえてきた。
「タクシーは高いから好きじゃないのよねえ」
蓮子はそう言うが、車を使わず電車とバスで来た二人には、取りうる選択肢は限られている。少なくとも歩くよりはマシだろう、と思いつつメリーは口を開いた。
「もうあたりも暗くなったわね。今何時かしら?」
「午後7時53分12秒」
「そう、5分ほど遅れているわね」
メリーは左手につけた腕時計を覗き込んでいた。
「時計くらい合わせなさいって。でもこのあたり田舎だから、タクシー呼んでも来るかどうか分からないわ」
「さすがに観光地だからくるでしょう。なんといったって博麗神社なんだから」
博麗神社は一応観光名所でもあり、行くまでの道路も悪くない。タクシーを呼んで、来ないということは無いと、メリーは考えていた。
「そうね。どうする? 呼ぶ?」
「せっかくだし呼びましょう。えーっと」
携帯電話を開いた蓮子は近場のタクシーを探す。検索して出てきた数件のタクシー会社のうち、最初に検索結果に出てきたものを選択する。蓮子は耳元に携帯電話を近づけた。
「はい。博麗神社まで。えーと人数は二人……あれ?」
蓮子の視線の先には誰もおらず、ただ闇が広がっているだけだった。
「メリー……?」
口からつぶやきが漏れる。しかし蓮子が言った言葉に蓮子自信が首をかしげる。
メリーって誰?
宇佐見蓮子は一人でここに来て、一人でタクシーを頼んだ。蓮子の記憶では、ここにいたのは彼女一人のみのはずだった。蓮子は携帯電話を握りしめたまま立ち尽くした。


「学生会に提出してきたわ」
そう言うと蓮子は音をたてて椅子に座り込んだ。対面に座るメリーは微笑みかける。
「ご苦労様。ずいぶん長かったわね」
蓮子が出る前は青かった空が、今ではオレンジ色に変わり、窓の外より暖かな光を差し込んでいる。蓮子は机の上に身を投げ出し、大きなため息を吐いた。
「すっかり嫌味言われたわ」
「お疲れ。ところで今何時?」
「18時41分34秒ね、って自分の時計を見なさい」
「はいはい」
そう言われてメリーは自分の腕時計をみた。蓮子の言葉通りの時刻が、時計の文字盤に刻まれている。ようやく戻ってこれたことに、メリーは安堵する。


 別次元に移動できることにメリーが気づいたのはつい最近、秘封倶楽部に入って一ヶ月ほどたった頃だった。それまでも空間の隙間が見えることはあったが、大学に入った頃より段々とその隙間は濃く、はっきりとしてきた。初めのうちは視界の邪魔としか思えなかったその能力だが、五月には入りゴールデンウィークが終わったころから、空間を見ているうちに一瞬意識が飛ぶことにきづいた。
それだけならただの立ちくらみと考えていたところだが、何度かそのような経験をするうちに意識に食い違いが生まれるようになってきた。例えば昼食をとっていたと思っていたら、気がつけばアパートでシャワーを浴びているという具合だ。
 メリーは思う。自分が見ている空間は、きっと別次元への入り口だと。その空間を見続けると、別次元の、別の場所にメリーの意識が転送されるのだと。
 突拍子もないが、不思議とこの考えにメリーは納得していた。一つの世界しか知らないよりも、いくつもの世界を知っている方が面白い。それにメリーはいつでも元の世界に戻れると考えていた。
 別次元だとメリーの時間が異なる。きっと時間の流れが異なる場所から転送されるからだろう。だから正しい時間を確認できれば、メリーは元の世界に戻ることができる。そして蓮子は『その世界の正しい時間』を知ることができる。蓮子の時間と自分の時間を確認すれば、そこが自分の世界かどうか分かるのだから。
「蓮子」
「ん?」
疲れたのか、眠そうに半目を開けた蓮子に、メリーは顔を近づける。
「ありがと」
肩をすくめる蓮子に、メリーは曖昧に笑った。


 タクシーの車窓を街灯の弱々しい明かりがよぎる。宇佐見蓮子は窓によりかかりつつ星を見上げた。空が見たいわけではない。少しずつ上がっていく料金メーターを、視界に入れたくなかった。とはいえ、意識はどうしてもタクシー代の方に向いてしまい、気がつけば蓮子はズボンのポケットに右手を入れる。
 財布を取り出そうとした蓮子の手に、薄い何かが触れた。財布以外の物を入れた覚えの無い蓮子は、眉を潜めてそれを取り出す。丸められ、シワクチャになったレシートがあった。レシートには、博麗神社に行く前に立ち寄ったレストランの名前が書かれている。蓮子は何気なくレシートの数字を見た。
「……あれ、これ二人分?」
 書かれている品物は明らかに一人分よりも多い。そして蓮子が頼んだ覚えのないものが幾つか混ざっている。しかし宇佐見蓮子は一人で博麗神社に来たはずだった。
 元はといえば学生会に目をつけられたことが発端だった。何か活動報告をしなければ部費を支給しないと言われ、仕方ないので小さな冊子を作ることに決めた。神社を巡って感想をまとめる。秘封倶楽部らしいその活動は、いざやってみるとかなり面倒な作業だった。部員が多ければ楽なのだろうが、部員数一名の秘封倶楽部にそのような贅沢はできない。
 しかし時折、蓮子は考える。本当に秘封倶楽部は自分一人だけなのか、と。
 蓮子の脳裏に、一人の少女の後ろ姿がよぎる。薄紫のワンピースを着た金髪の女性。どうしても蓮子は、彼女と一緒に神社に行った気がしてならなかった。
 窓にようやく民家の明かりがポツポツと映る。あと十分もすれば駅につくだろう。あくびを噛み殺して蓮子は窓の外を眺める。後方へと消えゆく星々を目に入れながら考える。
 ——もし本当に彼女が実在したとしたら?
 ありえない話だが、どうしようもなく時間を持て余した蓮子は、考えを進めていく。
 一緒にいたにも関わらず、気が付くと記憶ごと彼女の存在は消えてしまった。この現象はどうやって説明できるのだろうか。
 まず蓮子は、彼女が幽霊ではないかと想像した。しかしすぐに考えなおす。もし幽霊だとしたら彼女と会った記憶すら消えることが説明できない。それに幽霊がレシートに書かれているような食べ物を食べるとも思えない。
 蓮子は考え方を少し変えてみた。彼女はある時点まで実在して、そして今は存在していない。そう仮定するとどのような答えが導き出せるのか?
 神隠し、という言葉が蓮子の頭に浮かぶ。何らかの超常現象に巻き込まれて、その存在ごとこの世界から消えてしまったのではないか? あるいは彼女に何らかの能力があって、この世界から自身の痕跡を消してしまったというのはどうだろうか? 少なくとも彼女が存在するとしたら、記憶を操作するような現象が発生したか、あるいは彼女自身が記憶操作を行うような能力を持っていることになる。もしそうだとしたら彼女は一体どこから来て、どこに消えたのか? 
 唐突に蓮子は一つの考えに思い至る。『彼女』の実態は存在せず、情報だけがあるのではないか?
 別の次元、または別の世界にいる彼女は、自身の情報を他の世界の人間の脳内に転送する。転送された人間は、彼女が実体を持っていないにも関わらず、存在しているように感じる。そして折を見て転送した情報を、対象の脳内より消す。あるいは回収する。だから宇佐見蓮子は彼女のことを思い出せないのではないか?
 そこまで考えて、蓮子はため息を吐いた。あまりに突拍子もない考えだった。
「疲れているのかな、私」
 ぼやきつつ蓮子は手の中のレシートを眺めた。
 くだらない考えとは思いつつ、どうしても蓮子は想像してしまう。一人ではなく、彼女と二人の秘封倶楽部を。
 駅まであと五分。街の明かりは星々の光を消し、路上には何人もの歩行者が歩いている。博麗神社ははるか後ろに消えている。もう見えない神社の境内を、宇佐見蓮子ともう一人の女性が歩く。石畳の上を、鳥居の下を、二人は並んで進む。そんな光景が蓮子の頭をかすめる。
 ふと蓮子は自分の頬が緩んでいることに気づき、思わず苦笑する。
 ありえない想像ということは蓮子にも分かっていた。でもありえないからこそ、その光景が蓮子にとって愛おしかった。
 タクシーが駅の前で止まる。料金を払い外に出た蓮子は、空を見上げた。ビルの明かりに揺らぎながらも星は輝いている。
 目の前の夜の向こうに、彼女がいるような気がした。
初投稿です。

燕石博物誌のブックレットを読んでいる時に、この話が思い浮かびました。
至らない点も多々あると思いますが、よろしくお願いします。

https://twitter.com/warabibox

>2 ぎゃあああ、ミスってましたOTL 修正しました。
maro
http://warabibox.net/
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コメント



0.70簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
>蓮子は窓の外を向く。視線の先には明けの明星が、一足早く夜空を告げていた。
日没後に見える金星は「宵の明星」です。

>「蓮子?」
>顔を上げた蓮子の前には、誰も座っていない椅子があった。
ここは「メリー?」では?
3.70名前が無い程度の能力削除
なんだか部費ちょろまかす上にメンヘラな…ってみてしまったけど
それを愛するのがモラトリアムかなんかなんだろう
多分そういう愛を無くせば社会に拡張性がなくなるというのはなんとなくわかる気がする

本当に社会を前に進める想像力なんてメンヘラじゃなけりゃ生み出せないだろうし
5.70名前が無い程度の能力削除
良かったです