止まらない貧乏揺すり、頭の中を駆け巡る誘惑。
「うう~ん」
開かれた本の文字列の、同じ所を何度も何度も繰り返し読み返す。内容は全く頭に入ってこない。読んだ先からすぐに記憶は抜け落ち、直前までの文脈が読み取れない。やがてページを持つ手も震えてきた。
「だあああっ!もう限界だっ!」
魔理沙は戸棚の奥に封印していたソフトパックの煙草を取りだし、机の上に無造作に置かれていたミニ八卦炉を掴み、家の外の飛び出した。
霧雨魔法店と森との間に点在する切り株のひとつに腰掛け、紙巻き煙草を口にくわえると、ミニ八卦炉の火力を最小にして小さく火をつけた。
軽く息を吸いながら煙草に火を灯す。先端に火種が生まれたことを確認すると、八卦炉を脇に置いてゆっくりと煙を吸い込んだ。
「ふう…」
煙を肺に送り込んだ後、緩やかに紫煙をくゆらせる。だらしなく緩みきった表情は一時の幸せにほころんでいた。
何度か煙を吸っては吐いてを繰返した後、魔理沙は頭を抱えて屈みこむ。
「あああ…ちくしょう。やっちまったぜ…」
一時の快楽は過ぎ去り、激しい後悔の念が魔理沙を苛む。
「でも今回は結構もったな。我ながらよくやった方だと思うぜ…」
これで5回目の禁煙、つまり5回目の禁煙失敗だ。最初は3日ともたなかったが、回を追うごとに日数は徐々に増えていき、なんと今回は10日も続いたのだ、これは彼女にとっては快挙であった。
「ついに日数二桁の大台にのったと思ったんだがなあ」
魔理沙は一人呟いた。
(ああ、何で私がこんな苦労をしなくちゃあならんのだ)
吸ってしまっては仕方ない、と思って存分に喫煙を楽しむことにした魔理沙。一本目がフィルター近くまで燃えてしまったので、新しく取りだす。八卦炉で点火しながら、魔理沙は思う。
(いや、そもそも何で私は喫煙を始めたんだっけ…)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おーい、こーりん。暇潰しに来てやったぜ」
香霖堂の扉を開けながら、魔理沙は笑顔で言った。
「あ?いねーのか。まあいいか」
霖之助が現れるまで待つことに決めた魔理沙は、いつもの定位置へ移動した…その時だった。
視界の端に映ったのは霖之助愛用の水煙草、内部では炭が燻っており、煙が充満していた。それを見つけて魔理沙は生唾を飲み込んだ。
「こ、こーりんの、吸いかけ…」
一度芽生えた考えと感情に抗う暇もなく、魔理沙は水煙草の吸い口に手を伸ばした。そして、微かに震える手でそれを口へと運ぶ。
上下の唇で優しく挟み込み、魔理沙の顔は赤く火照った。
(やっちゃった…)
冷たい煙を口いっぱいに吸い込み、味と香りを存分に味わった後、大きく深呼吸をして、煙を肺に入れた。
(お?)
瞬間、魔理沙に軽い酩酊感にも似た、ぐらりと世界が揺れるような感覚が訪れた。
「おわわ。なんじゃこりゃ」
足がふらつき、霖之助の安楽椅子に座り込んだ。
(頭がボーッとして…。酒に酔った時に似てるな)
霖之助との間接キスのことは忘れ、魔理沙は初めての煙草の快楽に身を委ねた。
(何か落ち着くし…。いいな、これ)
やがて魔理沙は椅子に揺られながら、浅い眠りへと落ちていった。
「おーい魔理沙、起きてくれないか。そこは僕の場所だ」
霖之助が魔理沙の頬をぺちぺちと叩きながら、優しく声をかけた。ここで強引な手段に走らないあたりが、霖之助が少女達に好かれる由縁、または舐められる由縁だろう。
「んにゃ…。うわっ!こーりん、いつからそこに!」
「たった今だ。僕が散歩から帰ってみれば、君が僕の椅子の上で無防備な姿を晒していた」
「むっむむむ無防備って、お前」
魔理沙は激しく動揺したが、もう一方の霖之助といえば、涼しい顔をしていた。
そんな彼の様子を見て、安心すると同時に、ほんのすこしだけ落胆する魔理沙であった。
「何か用があってきたのか?」
「いや、ただ暇潰しに来ただけだぜ」
「そうか、でも僕も無用心だったな。施錠せずに店を空けるなんて。入ってきたのが君で良かっ…たわけでもないな、君は泥棒よりたちがわるい。たまには客として来てくれないか」
「今の私や霊夢が客じゃないとしたらなんなんだ?今までのツケは出世払いだぜ」
「客ってのは受け取った物にたいして、ちゃんとした対価を支払うという意志をもった者のことを云う。君もたまにはお金を落としていってくれないと、香霖堂を出禁にするぞ」
霖之助が本当にそうする気があるとは思っていないが、魔理沙は眠りに落ちる直前の心地よい体験を思い出し、ひとつの妙案を思い付いた。
「なあそこにある煙草…水煙草っていうのか。それの中身は売ってるのか?」
「ん?ああ、煙草の葉のことか、あるぞ。ただし、客に売るための商品だがな」
「買うぜ」
「君の云う"買う"の定義にもよるね」
魔理沙は口の端を軽く持ち上げ、挑むような視線を霖之助に向けた。
「買うっつってんだよ。勿論その場で現金払い、ツケなんてケチな真似はしない。わかったらもってこい」
「ツケがケチな真似という意識はあったんだね…。まあいい、君に金を払うという意志があるなら文句はない」
霖之助は言った。
「ところで君、パイプか煙管はもってるかい?」
「持ってないぜ」
「だろうね。喫煙具を持っているなら葉を買うだけでいいんだが、そうでないならこれがいいだろう」
霖之助はソフトパックの煙草をいくつか取り出した。
「一口に煙草といっても、沢山の種類がある。何か要望はあるかい?」
「そうだな…、あれの中身と似た味のをお願いするぜ」
魔理沙は机上の水煙草を指差した。
「なぜ急に煙草が欲しいだなんて言い出すかと思ったら、あれを吸ったんだな」
魔理沙は間接キスのことを思い出し、一瞬耳を赤くしたが、すぐに持ち直す。
「まあいいさ。あれがきっかけで君が新しいものに興味をもってくれたし、君が初めて代金を支払ってくれると言うんだ。文句はない」
「で、あるのか?」
「あるぞ。確か…、これだ」
そういってひとつのパッケージを差し出した。
「常連サービスだ、味見させてあげよう」
霖之助は封を切り、煙草を一本とマッチを手渡した。
「おっ、お前に似合わず気が利いたことしてくれるじゃねえか」
「似合わずは余計だ。これで悩みのタネがひとつ消えると思えば…」
「こーりん、お前なにか勘違いしているんじゃあないか?私はツケも払うとはいってないぜ」
「魔理沙…、くそ。まあいい、それを口にくわえて軽く息を吸い込みながら火をつけるんだ」
「オーケーオーケー、それでは」
小さな口にフィルターをくわえ、煙草の先にマッチの火を近づけた。
「口の中に広がる煙の味と、お好みで肺にも入れるといい」
魔理沙の口にほのかな甘味が広がり、肺を通った煙を恍惚とした目で吐き出す。
「はあああ~、いいねえ」
「それにしても、魔理沙が煙草を吸うようになるなんてね。人の成長は早いなあ」
「何年寄りじみたこといってんだ。それよりこれ、あるだけ貰うぜ、じゃなかった買ってくぜ」
「本当に金を払ってくれるんだろうね…。手持ちはあるのかい?」
「家にひとっ飛び取りに帰ってくる。いくらだ?」
「これくらいだ」
近くにあった紙に代金をメモする。
「わかったぜ!いってきまーす」
「焦って何かにあたるなよ」
そして霖之助にちゃんと代金を支払い、
「うひひひ…こんな素晴らしいもんがこの世にあるなんてな」
霖之助から受け取った煙草を帽子に詰め込んで、ホクホク顔で家に持ち帰った。
それからというもの、魔理沙はどこに行くにも煙草をもっていった。
「よう霊夢!魔理ちゃんが遊びに来てやったぜ」
「あーいらっしゃい魔理沙。とりあえずお茶淹れてくるわ」
「おう。サンキュー」
霊夢が奥に引っ込んでる間に、魔理沙はいつもの縁側に座り、そしてあたりまえのように懐から煙草と八卦炉を取りだした。静かにくわえ、火をつける。
「ああ…、うめえ」
煙草を吐き出す彼女の顔は緩み切り、吐き出した濃い煙が青空に渦を巻きながら消えていく様子を、穏やかな眼差しで眺めていた。
「ちょっと…、家主に一言いってからにしてよね」
熱いお茶のはいった湯呑みを二つもって、霊夢が戻ってきた。
「あれ、お前匂いとか気になる奴だっけ?」
「別に煙草の匂いは嫌いじゃないわ。香霖堂なんかいつもヤニくさいしね」
「別にいいだろ、私とお前の仲じゃないか」
そう言いながら、魔理沙は手に持った煙草の灰を、フィルター部分を指で弾いて地面に落とした。
「ちょっと!」
「ん?何だ」
「灰よ!灰!」
「ああ、それがどうし…」
「掃除するの誰だとおもってんのよ!」
「ええー。別に灰位いいじゃないか。フィルターはちゃんともって帰ってるぜ。それに今に始まった話じゃないだろ」
「今に始まった話じゃないって…、いつも境内に灰が落ちてたのはあんたの仕業だったのね!」
「はあああ!私以外誰がいるってんだよ!」
「数少ない参拝客のものかと思って我慢してたのよ!お賽銭入れてくれるならお安いご用だとおもってね!」
「お賽銭箱に最後に金が入ってたのはいつだ?幻想抱いてんじゃねえ!」
言い切ってから魔理沙は、しまったと後悔した。
「あーすまん霊夢、言い過ぎ…」
「お賽銭は入れない、煙草の灰は放置。挙げ句のはてにはその態度…」
「やべえ!霊夢、本当にすまなかっ…」
「出てけえええー!」
魔理沙は箒に飛び乗り、背後から飛んでくる針やらお札やらの弾幕を必死で避けながら飛び去った。
「ふーい。えらい目にあったぜ、今度キノコの詰め合わせでももって謝りにいくか」
霊夢が追って来ていないことを確認して、空中で箒を停止させた。
「これからどうすっかなー。今日は1日神社で時間を潰す予定だったんだが。とりあえず一服しよう」
新しい煙草を取りだし、八卦炉で火をつける。
「ふぅー。紅魔館でも行くか」
箒の先を紅魔館方面へと向け、魔理沙は煙草をくわえたままのんびりと出発した。
門の前で立ったまま居眠りをする美鈴に紫煙を吹きかける。
「むにゃ…、ごほっげほげほ」
「よう!邪魔するぜ」
言い終わるな否や、大図書館の方へ一瞬で飛び去ってゆく。
「あっ!ちょっ、魔理沙さん待って…げっほごほ」
「あら魔理沙…、美鈴は?」
「居眠りしてたから起こしてきてやったぜ」
魔理沙がやって来たことを知ると、パチュリーは読んでいた本から顔を上げた。
「そう、あとで咲夜に言ってお仕置きしてもらわなくちゃね」
パチュリーは魔理沙が口にくわえているものを見てとると、あからさまに渋い表情をした。
「ちょっと魔理沙、ここで煙草は止めてよ」
「あ?別にいいだろ」
「良くないわよ、本にヤニがつくでしょ。それに…」
「それに、何だ?よく聞こえないな」
魔理沙は煙を吐きながらパチュリーへと歩み寄る。
「ちょっと…私にそれをゲホっ近づゴホゴホ」
「うん?なにいってんのかわからん」
「だからそれを止めっゴッホゲホゲホ」
「もうちょっとはっきりしゃべってくれ」
「うう、お願いだから止め…、うおえええ」
咳き込み続けたパチュリーは、ついに胃液を吐き出してしまった。赤い絨毯にしみが広がっていく。
「おわっ、大丈夫か!?どうしたパチュリー!?」
「おえっ、ぐすっひぐっ。うえええええええん!こあくまああああ!!」
「どういたしましたパチュリー様…って、ちょっと!何をしてるんですか!」
駆けつけた小悪魔がくずおれているパチュリーを抱き起こす。
「魔理沙さん!パチュリー様の持病をわすれたんですか!?喘息ですよ喘息!」
「ああっそうだった!すまんパチュリー!」
「うえっ、あぐううう…出てけええええ!!」
パチュリーが怒りのままに発動したアグニシャインの爆風を背にうけながら、魔理沙は急いで紅魔館を後にした。
「ああーまたやっちまった。今日は厄日だな」
紅魔館を飛び出してきて、魔理沙は再び空中で煙草をふかしていた。
またもや行き場を失った魔理沙は自宅のある魔法の森の方へ戻ってきていた。
「神社もだめ、紅魔館もだめとなると後は…、そうだ!あいつんちいけばいいじゃないか!」
グッドアイディアを思い付いた魔理沙は、猛スピードで目的地へと飛んでいった。
「よっアリス、遊びに来たぜ」
「きゃっ魔理沙!いらっしゃい!」
突然の来訪に対しアリスは満面の笑みで出迎えた。
「急に来て平気だったか?」
「魔理沙ならウチは24時間365日いつでも大歓迎よ!さあ入って入って!」
「おう、邪魔するぜ」
魔理沙とアリスはテーブルに向かい合わせで座った。
「はあ…」
魔理沙にしては珍しい、大きなため息をついた。
「あらどうしたの魔理沙、私でよかったら話てみて。はい、灰皿」
アリスはハートマークのついた灰皿を魔理沙のそばにおいてやった。
「ああ、サンキュー。アリスはやさしいなあ」
「えっそんな、やさしいだなんて…うひひ」
アリスが喜びに顔を歪める。
「ああ…実は今日こんなことがあってだな…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
少女説明中…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なるほどね、それは全部魔理沙が悪いわ」
「だよなあ…、あいつらになんて謝ればいいのかな…」
「そうねえ…、やっぱり誠意を見せることね」
「誠意って、金で解決するのか?」
「違うわ、確かに霊夢はそれでもいいかもしれないけど、根本的な解決になってない。今日のトラブルの原因は何?」
「そりゃあ、煙草だな」
「そうよ、そしてそれの根本的な解決策と云えば?」
「…禁煙か」
「ご名答」
魔理沙はまたもや大きなため息をついた。
「できるかなあ…」
「いやいや何もこれから一生幻想郷中のどこででも煙草をすっちゃだめなんて言ってるわけじゃないわ。私の家でなら喫煙オーケーよ!」
「そんな、悪いぜ」
「いいのよ、それにわたしは霊夢と違って、灰皿を用意してあげるし、灰もフィルターもここに置いていってかまわないわよ」
「何でそこまでよくしてくれるんだ?私がお前にあげられるものなんてキノコぐらいしか…」
「ふふ、いいのよ」(魔理沙が家に頻繁に来るようになる上に、魔理沙の使用済みフィルターが手に入るなら安いもんよ)
「ありがとう…アリス、本当にありがとう…それしか言う言葉が見つからない」
「何よ、私とあなたの仲じゃない」(いずれは私とニコチンなしでは生きられなくしてあげるわ、魔理沙)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はあ…いつまでもアリスに甘えるわけにもいかないしな。それにアリスの家でなら吸っていいだなんて、禁煙とは云えないぜ」
魔理沙は大きく息を吸い、深く煙を吐き出した。
「そういや禁煙自体のコツはまだ一度も聞いてないな。私の周りに禁煙してそうな、またはしたことのある奴はいないだろうか」
喫煙歴があり、なおかつ人に語り聞かせるだけの人生経験が豊富な者…そうとなれば、数は相当限られてくる。
「こーりん、はダメだな。あいつが禁煙なんてするはずもない。それに質問すれば最後"そもそも煙草などの嗜好品とは~"なーんて長々と語り出すに違いない」
魔理沙は煙草の先端が火種に侵食される様を眺めながら、求める人物像を固めた。
長生き…、喫煙…、そして火種…。
「はっ!」
魔理沙はついに、答えへとたどり着いた。
「いるじゃあねえか、最適な奴が」
煙草をくわえながら、魔理沙は歯をむき出しにしてニヤリと笑った。
「待ってろよ妹紅!いざ、迷いの竹林へ!」
カコーン…、カコーン…。静寂に包まれている竹林に、薪を割る音だけが鳴り響く。
「ふう、こんなところでいいかな」
一仕事を終えた妹紅は薪割りに使用していた切り株に腰掛け、ズボンのポケットから煙草のパッケージを取り出した。
口にくわえ、先端にそっと触れる、するといつの間にか小さな火種が生まれていた。
「はあー」
積み上げた薪を眺めながら達成感に包まれて一服する…このときの煙草は格別の美味しさだ。
「よう!うまそうに吸うじゃねえか」
声がした方へ体を向ける。煙草をくわえた魔理沙が立っていた。
「よお、あんたがここにくるなんて珍しいな」
「ちょっと妹紅に用があってな」
「魔理沙が私に?何だ一体。てゆうかあんたも喫煙者だったんだな」
「まあ色々あってだな…とりあえず聞いてくれ」
妹紅は長話の予感を感じとり、妹紅庵へと場所を変えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
少女説明中…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なるほど、あんたは禁煙のコツを聞きに来たという訳だな」
「そうなんだ、愛煙家でありなおかつ人生経験豊富な妹紅なら、きっと素晴らしい知恵をもっていると思って来た」
「私も…過去に何十回何百回と禁煙を決意したことがあった。しかし見ての通り、成功したことは一度としてない」
そう言いながら、妹紅は卓上の竹製灰皿に灰を落とした。
「そうなのか、最高でどれくらいの期間続いたんだ?」
「んーと、確か200年くらいかな」
「200年!?」
それは禁煙成功といってもいいのではないだろうか。少なくとも、その200年の間は喫煙を我慢できていたという事実に変わりはないのだから。
だが、もうひとつ気になることがあった。200年もの間続いた禁煙を、どうして破ってしまったのだろうか。
恐らくそこには、永遠の命を持つ蓬莱人にとって避けることのできない、限りなく続いてゆく別れの宿命が深く関わっているのだろう。
「なあ、妹紅。良ければでいいんだが、その200年の禁煙をどうやって続けることができたのか教えてくれないか」
「そうだな…、あの頃の私はたしか800歳くらいだったかな。とても仲がいい妖怪がいたんだ。丁度いまの私と慧音みたいな関係だな。今思えば、あいつ自身も慧音に少し似ていたかもしれない。口うるさくて、おせっかいで、頼んでもいないのにいらん面倒をみるような…いい奴だったよ。
そんな性格だから、勿論私の喫煙にも口を出してきた。最初はうざったかったが、あいつと一緒にいたらいつしか喫煙したいという欲は薄れていったよ。元々私が煙草を吸い始めた理由は、孤独を癒し、自らを慰めるためだったからな。煙を吸い込み、吐き出しているときだけは、自分が一人であることを忘れられた。いや、受け入れられた、かな。まあ実際は私が受け入れようが受け入れまいが、孤独であることに変わりはなかったんだがな。
とにかく、あいつと共に過ごした時に煙草は不要だった。
だから私は禁煙できた…この場合は意図せずとも、だけどね」
魔理沙は押し黙った。今の話を聞いて、先程感じた二つ目の疑問の答えが自分の中で導かれようとしていたからだ。
しかしそれは、あまりにも残酷な…
「こんなこと言っていいのかどうかわからないが、すると妹紅がまた煙草を吸い始めた理由って…」
「そう、あいつが死んだからさ」
魔理沙が言おうとする前に、妹紅が台詞を引き継いだ。
「あいつを失って、私はまた、一人ぼっちになってしまった」
妹紅は更に言葉を継いだ。
「あいつと過ごした時間の埋め合わせをするように、私はまた煙草を吸い始めた。200年ぶりの煙の味はひどく辛かったよ、それでも私はがむしゃらに煙を肺に入れた。やがて立っていられなくなって、顔を押さえながら吸った煙草はなんだか塩辛くって、とても吸えたもんじゃなかったよ」
話し終えると、妹紅は新しい煙草を口にくわえ、指先で火をつけた。
目をつむって煙をすいこむと、遠い目をして妹紅は紫煙をくゆらせた。
「あ、ちなみに今は寂しくて煙草を吸ってるわけじゃないぞ。今の私には慧音がいるからな。これは嗜好品として楽しんでるだけだ」
パチンと魔理沙に向けてウィンクを送る。今の彼女から寂しさは少しも感じられなかった。
「お前も、本当に大事なもの失ってしまう前に、早く謝りに行った方がいいぞ」
「…そうだな。ありがとう、勉強になったよ」
感傷的になっていた気持ちを振り払い、魔理沙は立ち上がった。
「これ、1本やるよ」
「おお、ありがたく受け取っておこう。一本だけということは、煙草を止める気はないのか?魔理沙」
「いいや、止めるさ」
「そうかい。ま、煙草が吸いたくなったらまた来な。一本くらい分けてやるよ」
「ああ、じゃあな」
魔理沙は妹紅庵を後にした。
霧雨魔法店前、霊夢とパチュリー用にキノコと焼き菓子を用意し、飛び立つ前についここ最近の癖で煙草を探して懐を探った。
しかし、そこに煙草はない。
無意識で一服しようと体が動いていたことに気付き、魔理沙は軽く自嘲する。
「体が癒しを求めているのか…。だったら早く、あいつらに会わなきゃな」
魔理沙は箒に跨がり、一点の曇りもない青い空へと風を切って飛んでいった。
「うう~ん」
開かれた本の文字列の、同じ所を何度も何度も繰り返し読み返す。内容は全く頭に入ってこない。読んだ先からすぐに記憶は抜け落ち、直前までの文脈が読み取れない。やがてページを持つ手も震えてきた。
「だあああっ!もう限界だっ!」
魔理沙は戸棚の奥に封印していたソフトパックの煙草を取りだし、机の上に無造作に置かれていたミニ八卦炉を掴み、家の外の飛び出した。
霧雨魔法店と森との間に点在する切り株のひとつに腰掛け、紙巻き煙草を口にくわえると、ミニ八卦炉の火力を最小にして小さく火をつけた。
軽く息を吸いながら煙草に火を灯す。先端に火種が生まれたことを確認すると、八卦炉を脇に置いてゆっくりと煙を吸い込んだ。
「ふう…」
煙を肺に送り込んだ後、緩やかに紫煙をくゆらせる。だらしなく緩みきった表情は一時の幸せにほころんでいた。
何度か煙を吸っては吐いてを繰返した後、魔理沙は頭を抱えて屈みこむ。
「あああ…ちくしょう。やっちまったぜ…」
一時の快楽は過ぎ去り、激しい後悔の念が魔理沙を苛む。
「でも今回は結構もったな。我ながらよくやった方だと思うぜ…」
これで5回目の禁煙、つまり5回目の禁煙失敗だ。最初は3日ともたなかったが、回を追うごとに日数は徐々に増えていき、なんと今回は10日も続いたのだ、これは彼女にとっては快挙であった。
「ついに日数二桁の大台にのったと思ったんだがなあ」
魔理沙は一人呟いた。
(ああ、何で私がこんな苦労をしなくちゃあならんのだ)
吸ってしまっては仕方ない、と思って存分に喫煙を楽しむことにした魔理沙。一本目がフィルター近くまで燃えてしまったので、新しく取りだす。八卦炉で点火しながら、魔理沙は思う。
(いや、そもそも何で私は喫煙を始めたんだっけ…)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おーい、こーりん。暇潰しに来てやったぜ」
香霖堂の扉を開けながら、魔理沙は笑顔で言った。
「あ?いねーのか。まあいいか」
霖之助が現れるまで待つことに決めた魔理沙は、いつもの定位置へ移動した…その時だった。
視界の端に映ったのは霖之助愛用の水煙草、内部では炭が燻っており、煙が充満していた。それを見つけて魔理沙は生唾を飲み込んだ。
「こ、こーりんの、吸いかけ…」
一度芽生えた考えと感情に抗う暇もなく、魔理沙は水煙草の吸い口に手を伸ばした。そして、微かに震える手でそれを口へと運ぶ。
上下の唇で優しく挟み込み、魔理沙の顔は赤く火照った。
(やっちゃった…)
冷たい煙を口いっぱいに吸い込み、味と香りを存分に味わった後、大きく深呼吸をして、煙を肺に入れた。
(お?)
瞬間、魔理沙に軽い酩酊感にも似た、ぐらりと世界が揺れるような感覚が訪れた。
「おわわ。なんじゃこりゃ」
足がふらつき、霖之助の安楽椅子に座り込んだ。
(頭がボーッとして…。酒に酔った時に似てるな)
霖之助との間接キスのことは忘れ、魔理沙は初めての煙草の快楽に身を委ねた。
(何か落ち着くし…。いいな、これ)
やがて魔理沙は椅子に揺られながら、浅い眠りへと落ちていった。
「おーい魔理沙、起きてくれないか。そこは僕の場所だ」
霖之助が魔理沙の頬をぺちぺちと叩きながら、優しく声をかけた。ここで強引な手段に走らないあたりが、霖之助が少女達に好かれる由縁、または舐められる由縁だろう。
「んにゃ…。うわっ!こーりん、いつからそこに!」
「たった今だ。僕が散歩から帰ってみれば、君が僕の椅子の上で無防備な姿を晒していた」
「むっむむむ無防備って、お前」
魔理沙は激しく動揺したが、もう一方の霖之助といえば、涼しい顔をしていた。
そんな彼の様子を見て、安心すると同時に、ほんのすこしだけ落胆する魔理沙であった。
「何か用があってきたのか?」
「いや、ただ暇潰しに来ただけだぜ」
「そうか、でも僕も無用心だったな。施錠せずに店を空けるなんて。入ってきたのが君で良かっ…たわけでもないな、君は泥棒よりたちがわるい。たまには客として来てくれないか」
「今の私や霊夢が客じゃないとしたらなんなんだ?今までのツケは出世払いだぜ」
「客ってのは受け取った物にたいして、ちゃんとした対価を支払うという意志をもった者のことを云う。君もたまにはお金を落としていってくれないと、香霖堂を出禁にするぞ」
霖之助が本当にそうする気があるとは思っていないが、魔理沙は眠りに落ちる直前の心地よい体験を思い出し、ひとつの妙案を思い付いた。
「なあそこにある煙草…水煙草っていうのか。それの中身は売ってるのか?」
「ん?ああ、煙草の葉のことか、あるぞ。ただし、客に売るための商品だがな」
「買うぜ」
「君の云う"買う"の定義にもよるね」
魔理沙は口の端を軽く持ち上げ、挑むような視線を霖之助に向けた。
「買うっつってんだよ。勿論その場で現金払い、ツケなんてケチな真似はしない。わかったらもってこい」
「ツケがケチな真似という意識はあったんだね…。まあいい、君に金を払うという意志があるなら文句はない」
霖之助は言った。
「ところで君、パイプか煙管はもってるかい?」
「持ってないぜ」
「だろうね。喫煙具を持っているなら葉を買うだけでいいんだが、そうでないならこれがいいだろう」
霖之助はソフトパックの煙草をいくつか取り出した。
「一口に煙草といっても、沢山の種類がある。何か要望はあるかい?」
「そうだな…、あれの中身と似た味のをお願いするぜ」
魔理沙は机上の水煙草を指差した。
「なぜ急に煙草が欲しいだなんて言い出すかと思ったら、あれを吸ったんだな」
魔理沙は間接キスのことを思い出し、一瞬耳を赤くしたが、すぐに持ち直す。
「まあいいさ。あれがきっかけで君が新しいものに興味をもってくれたし、君が初めて代金を支払ってくれると言うんだ。文句はない」
「で、あるのか?」
「あるぞ。確か…、これだ」
そういってひとつのパッケージを差し出した。
「常連サービスだ、味見させてあげよう」
霖之助は封を切り、煙草を一本とマッチを手渡した。
「おっ、お前に似合わず気が利いたことしてくれるじゃねえか」
「似合わずは余計だ。これで悩みのタネがひとつ消えると思えば…」
「こーりん、お前なにか勘違いしているんじゃあないか?私はツケも払うとはいってないぜ」
「魔理沙…、くそ。まあいい、それを口にくわえて軽く息を吸い込みながら火をつけるんだ」
「オーケーオーケー、それでは」
小さな口にフィルターをくわえ、煙草の先にマッチの火を近づけた。
「口の中に広がる煙の味と、お好みで肺にも入れるといい」
魔理沙の口にほのかな甘味が広がり、肺を通った煙を恍惚とした目で吐き出す。
「はあああ~、いいねえ」
「それにしても、魔理沙が煙草を吸うようになるなんてね。人の成長は早いなあ」
「何年寄りじみたこといってんだ。それよりこれ、あるだけ貰うぜ、じゃなかった買ってくぜ」
「本当に金を払ってくれるんだろうね…。手持ちはあるのかい?」
「家にひとっ飛び取りに帰ってくる。いくらだ?」
「これくらいだ」
近くにあった紙に代金をメモする。
「わかったぜ!いってきまーす」
「焦って何かにあたるなよ」
そして霖之助にちゃんと代金を支払い、
「うひひひ…こんな素晴らしいもんがこの世にあるなんてな」
霖之助から受け取った煙草を帽子に詰め込んで、ホクホク顔で家に持ち帰った。
それからというもの、魔理沙はどこに行くにも煙草をもっていった。
「よう霊夢!魔理ちゃんが遊びに来てやったぜ」
「あーいらっしゃい魔理沙。とりあえずお茶淹れてくるわ」
「おう。サンキュー」
霊夢が奥に引っ込んでる間に、魔理沙はいつもの縁側に座り、そしてあたりまえのように懐から煙草と八卦炉を取りだした。静かにくわえ、火をつける。
「ああ…、うめえ」
煙草を吐き出す彼女の顔は緩み切り、吐き出した濃い煙が青空に渦を巻きながら消えていく様子を、穏やかな眼差しで眺めていた。
「ちょっと…、家主に一言いってからにしてよね」
熱いお茶のはいった湯呑みを二つもって、霊夢が戻ってきた。
「あれ、お前匂いとか気になる奴だっけ?」
「別に煙草の匂いは嫌いじゃないわ。香霖堂なんかいつもヤニくさいしね」
「別にいいだろ、私とお前の仲じゃないか」
そう言いながら、魔理沙は手に持った煙草の灰を、フィルター部分を指で弾いて地面に落とした。
「ちょっと!」
「ん?何だ」
「灰よ!灰!」
「ああ、それがどうし…」
「掃除するの誰だとおもってんのよ!」
「ええー。別に灰位いいじゃないか。フィルターはちゃんともって帰ってるぜ。それに今に始まった話じゃないだろ」
「今に始まった話じゃないって…、いつも境内に灰が落ちてたのはあんたの仕業だったのね!」
「はあああ!私以外誰がいるってんだよ!」
「数少ない参拝客のものかと思って我慢してたのよ!お賽銭入れてくれるならお安いご用だとおもってね!」
「お賽銭箱に最後に金が入ってたのはいつだ?幻想抱いてんじゃねえ!」
言い切ってから魔理沙は、しまったと後悔した。
「あーすまん霊夢、言い過ぎ…」
「お賽銭は入れない、煙草の灰は放置。挙げ句のはてにはその態度…」
「やべえ!霊夢、本当にすまなかっ…」
「出てけえええー!」
魔理沙は箒に飛び乗り、背後から飛んでくる針やらお札やらの弾幕を必死で避けながら飛び去った。
「ふーい。えらい目にあったぜ、今度キノコの詰め合わせでももって謝りにいくか」
霊夢が追って来ていないことを確認して、空中で箒を停止させた。
「これからどうすっかなー。今日は1日神社で時間を潰す予定だったんだが。とりあえず一服しよう」
新しい煙草を取りだし、八卦炉で火をつける。
「ふぅー。紅魔館でも行くか」
箒の先を紅魔館方面へと向け、魔理沙は煙草をくわえたままのんびりと出発した。
門の前で立ったまま居眠りをする美鈴に紫煙を吹きかける。
「むにゃ…、ごほっげほげほ」
「よう!邪魔するぜ」
言い終わるな否や、大図書館の方へ一瞬で飛び去ってゆく。
「あっ!ちょっ、魔理沙さん待って…げっほごほ」
「あら魔理沙…、美鈴は?」
「居眠りしてたから起こしてきてやったぜ」
魔理沙がやって来たことを知ると、パチュリーは読んでいた本から顔を上げた。
「そう、あとで咲夜に言ってお仕置きしてもらわなくちゃね」
パチュリーは魔理沙が口にくわえているものを見てとると、あからさまに渋い表情をした。
「ちょっと魔理沙、ここで煙草は止めてよ」
「あ?別にいいだろ」
「良くないわよ、本にヤニがつくでしょ。それに…」
「それに、何だ?よく聞こえないな」
魔理沙は煙を吐きながらパチュリーへと歩み寄る。
「ちょっと…私にそれをゲホっ近づゴホゴホ」
「うん?なにいってんのかわからん」
「だからそれを止めっゴッホゲホゲホ」
「もうちょっとはっきりしゃべってくれ」
「うう、お願いだから止め…、うおえええ」
咳き込み続けたパチュリーは、ついに胃液を吐き出してしまった。赤い絨毯にしみが広がっていく。
「おわっ、大丈夫か!?どうしたパチュリー!?」
「おえっ、ぐすっひぐっ。うえええええええん!こあくまああああ!!」
「どういたしましたパチュリー様…って、ちょっと!何をしてるんですか!」
駆けつけた小悪魔がくずおれているパチュリーを抱き起こす。
「魔理沙さん!パチュリー様の持病をわすれたんですか!?喘息ですよ喘息!」
「ああっそうだった!すまんパチュリー!」
「うえっ、あぐううう…出てけええええ!!」
パチュリーが怒りのままに発動したアグニシャインの爆風を背にうけながら、魔理沙は急いで紅魔館を後にした。
「ああーまたやっちまった。今日は厄日だな」
紅魔館を飛び出してきて、魔理沙は再び空中で煙草をふかしていた。
またもや行き場を失った魔理沙は自宅のある魔法の森の方へ戻ってきていた。
「神社もだめ、紅魔館もだめとなると後は…、そうだ!あいつんちいけばいいじゃないか!」
グッドアイディアを思い付いた魔理沙は、猛スピードで目的地へと飛んでいった。
「よっアリス、遊びに来たぜ」
「きゃっ魔理沙!いらっしゃい!」
突然の来訪に対しアリスは満面の笑みで出迎えた。
「急に来て平気だったか?」
「魔理沙ならウチは24時間365日いつでも大歓迎よ!さあ入って入って!」
「おう、邪魔するぜ」
魔理沙とアリスはテーブルに向かい合わせで座った。
「はあ…」
魔理沙にしては珍しい、大きなため息をついた。
「あらどうしたの魔理沙、私でよかったら話てみて。はい、灰皿」
アリスはハートマークのついた灰皿を魔理沙のそばにおいてやった。
「ああ、サンキュー。アリスはやさしいなあ」
「えっそんな、やさしいだなんて…うひひ」
アリスが喜びに顔を歪める。
「ああ…実は今日こんなことがあってだな…」
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少女説明中…
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「なるほどね、それは全部魔理沙が悪いわ」
「だよなあ…、あいつらになんて謝ればいいのかな…」
「そうねえ…、やっぱり誠意を見せることね」
「誠意って、金で解決するのか?」
「違うわ、確かに霊夢はそれでもいいかもしれないけど、根本的な解決になってない。今日のトラブルの原因は何?」
「そりゃあ、煙草だな」
「そうよ、そしてそれの根本的な解決策と云えば?」
「…禁煙か」
「ご名答」
魔理沙はまたもや大きなため息をついた。
「できるかなあ…」
「いやいや何もこれから一生幻想郷中のどこででも煙草をすっちゃだめなんて言ってるわけじゃないわ。私の家でなら喫煙オーケーよ!」
「そんな、悪いぜ」
「いいのよ、それにわたしは霊夢と違って、灰皿を用意してあげるし、灰もフィルターもここに置いていってかまわないわよ」
「何でそこまでよくしてくれるんだ?私がお前にあげられるものなんてキノコぐらいしか…」
「ふふ、いいのよ」(魔理沙が家に頻繁に来るようになる上に、魔理沙の使用済みフィルターが手に入るなら安いもんよ)
「ありがとう…アリス、本当にありがとう…それしか言う言葉が見つからない」
「何よ、私とあなたの仲じゃない」(いずれは私とニコチンなしでは生きられなくしてあげるわ、魔理沙)
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「はあ…いつまでもアリスに甘えるわけにもいかないしな。それにアリスの家でなら吸っていいだなんて、禁煙とは云えないぜ」
魔理沙は大きく息を吸い、深く煙を吐き出した。
「そういや禁煙自体のコツはまだ一度も聞いてないな。私の周りに禁煙してそうな、またはしたことのある奴はいないだろうか」
喫煙歴があり、なおかつ人に語り聞かせるだけの人生経験が豊富な者…そうとなれば、数は相当限られてくる。
「こーりん、はダメだな。あいつが禁煙なんてするはずもない。それに質問すれば最後"そもそも煙草などの嗜好品とは~"なーんて長々と語り出すに違いない」
魔理沙は煙草の先端が火種に侵食される様を眺めながら、求める人物像を固めた。
長生き…、喫煙…、そして火種…。
「はっ!」
魔理沙はついに、答えへとたどり着いた。
「いるじゃあねえか、最適な奴が」
煙草をくわえながら、魔理沙は歯をむき出しにしてニヤリと笑った。
「待ってろよ妹紅!いざ、迷いの竹林へ!」
カコーン…、カコーン…。静寂に包まれている竹林に、薪を割る音だけが鳴り響く。
「ふう、こんなところでいいかな」
一仕事を終えた妹紅は薪割りに使用していた切り株に腰掛け、ズボンのポケットから煙草のパッケージを取り出した。
口にくわえ、先端にそっと触れる、するといつの間にか小さな火種が生まれていた。
「はあー」
積み上げた薪を眺めながら達成感に包まれて一服する…このときの煙草は格別の美味しさだ。
「よう!うまそうに吸うじゃねえか」
声がした方へ体を向ける。煙草をくわえた魔理沙が立っていた。
「よお、あんたがここにくるなんて珍しいな」
「ちょっと妹紅に用があってな」
「魔理沙が私に?何だ一体。てゆうかあんたも喫煙者だったんだな」
「まあ色々あってだな…とりあえず聞いてくれ」
妹紅は長話の予感を感じとり、妹紅庵へと場所を変えた。
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少女説明中…
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「なるほど、あんたは禁煙のコツを聞きに来たという訳だな」
「そうなんだ、愛煙家でありなおかつ人生経験豊富な妹紅なら、きっと素晴らしい知恵をもっていると思って来た」
「私も…過去に何十回何百回と禁煙を決意したことがあった。しかし見ての通り、成功したことは一度としてない」
そう言いながら、妹紅は卓上の竹製灰皿に灰を落とした。
「そうなのか、最高でどれくらいの期間続いたんだ?」
「んーと、確か200年くらいかな」
「200年!?」
それは禁煙成功といってもいいのではないだろうか。少なくとも、その200年の間は喫煙を我慢できていたという事実に変わりはないのだから。
だが、もうひとつ気になることがあった。200年もの間続いた禁煙を、どうして破ってしまったのだろうか。
恐らくそこには、永遠の命を持つ蓬莱人にとって避けることのできない、限りなく続いてゆく別れの宿命が深く関わっているのだろう。
「なあ、妹紅。良ければでいいんだが、その200年の禁煙をどうやって続けることができたのか教えてくれないか」
「そうだな…、あの頃の私はたしか800歳くらいだったかな。とても仲がいい妖怪がいたんだ。丁度いまの私と慧音みたいな関係だな。今思えば、あいつ自身も慧音に少し似ていたかもしれない。口うるさくて、おせっかいで、頼んでもいないのにいらん面倒をみるような…いい奴だったよ。
そんな性格だから、勿論私の喫煙にも口を出してきた。最初はうざったかったが、あいつと一緒にいたらいつしか喫煙したいという欲は薄れていったよ。元々私が煙草を吸い始めた理由は、孤独を癒し、自らを慰めるためだったからな。煙を吸い込み、吐き出しているときだけは、自分が一人であることを忘れられた。いや、受け入れられた、かな。まあ実際は私が受け入れようが受け入れまいが、孤独であることに変わりはなかったんだがな。
とにかく、あいつと共に過ごした時に煙草は不要だった。
だから私は禁煙できた…この場合は意図せずとも、だけどね」
魔理沙は押し黙った。今の話を聞いて、先程感じた二つ目の疑問の答えが自分の中で導かれようとしていたからだ。
しかしそれは、あまりにも残酷な…
「こんなこと言っていいのかどうかわからないが、すると妹紅がまた煙草を吸い始めた理由って…」
「そう、あいつが死んだからさ」
魔理沙が言おうとする前に、妹紅が台詞を引き継いだ。
「あいつを失って、私はまた、一人ぼっちになってしまった」
妹紅は更に言葉を継いだ。
「あいつと過ごした時間の埋め合わせをするように、私はまた煙草を吸い始めた。200年ぶりの煙の味はひどく辛かったよ、それでも私はがむしゃらに煙を肺に入れた。やがて立っていられなくなって、顔を押さえながら吸った煙草はなんだか塩辛くって、とても吸えたもんじゃなかったよ」
話し終えると、妹紅は新しい煙草を口にくわえ、指先で火をつけた。
目をつむって煙をすいこむと、遠い目をして妹紅は紫煙をくゆらせた。
「あ、ちなみに今は寂しくて煙草を吸ってるわけじゃないぞ。今の私には慧音がいるからな。これは嗜好品として楽しんでるだけだ」
パチンと魔理沙に向けてウィンクを送る。今の彼女から寂しさは少しも感じられなかった。
「お前も、本当に大事なもの失ってしまう前に、早く謝りに行った方がいいぞ」
「…そうだな。ありがとう、勉強になったよ」
感傷的になっていた気持ちを振り払い、魔理沙は立ち上がった。
「これ、1本やるよ」
「おお、ありがたく受け取っておこう。一本だけということは、煙草を止める気はないのか?魔理沙」
「いいや、止めるさ」
「そうかい。ま、煙草が吸いたくなったらまた来な。一本くらい分けてやるよ」
「ああ、じゃあな」
魔理沙は妹紅庵を後にした。
霧雨魔法店前、霊夢とパチュリー用にキノコと焼き菓子を用意し、飛び立つ前についここ最近の癖で煙草を探して懐を探った。
しかし、そこに煙草はない。
無意識で一服しようと体が動いていたことに気付き、魔理沙は軽く自嘲する。
「体が癒しを求めているのか…。だったら早く、あいつらに会わなきゃな」
魔理沙は箒に跨がり、一点の曇りもない青い空へと風を切って飛んでいった。
廃れるのも無理ないわ
もう少し各描写や造形に手を入れて話の筋に説得力をもたせられんものか
凄くよかったです
なんかこういうやつらなんですよって感じで
ルーズだけどなんか人情味があっていいみたいな
こういうのが本当の東方な気がします
コメ欄みるに最近の日本は少し厳格すぎるしその癖下品だ
それだけみんな本気なんだろうなと思うけどもう少し手を抜いてもいいと思う
ごっこというものを許さない空気というか
逆に今の日本人はごっこ遊びはやめて本気遊びしたい年頃なのかも知れませんが
あと、どうでもいいかもしれませんが、小説書きには『…』を『……』する方が多いですよ。
ぜひ次回作も作っていただきたく思います。