「は……はは……月が……月がねぇ、そんな馬鹿な」
有り得ない。月が降りてくるわけがない。
仮に……仮に降りてきたとしよう。
そうしたならば……昨日の月は誰から見ても異常な月であったはずだ。
しかし、昨日の月は……昨日の月は、何らの変わりなしの……ただの月であった。
「いいえ……私はこの目で見たわ。ニヒヒと笑って……月が……ね」
月を見て、それが降りてくることは今までだって一度も無い。そしてこれからだって。
月を見て分かることは兎が居ないということと、自分の場所だ。
その、月が降りてくるということは……つまり……居場所の肥大化?
「どういうことよ……」
「いやだから、月がね」
「違う違う肥大」
「え? 干鯛?」
「そうそう肥大」
「なんで急にまた……」
「え?」
「え?」
齟齬。どうにも齟齬がある。
話を戻そう。
「月が降りてきた……と」
「だからそうだと言っているじゃない」
「どう考えても……それはねぇ……有り得ないわよ」
「そんなことは……確かに……」
「メリー、疲れているのよ……」
「……貴女が『眼』を持っているから、それを頼んでお話したのに……」
メリーは勢いよく立ち上がり、カフェテラスを後にした。
残された蓮子はうなだれた。
「少しは話を、聞いてあげるべきだったかなぁ……、でも……月が降りてきた……なんてねぇ……」
突出しすぎている。秘封倶楽部の活動としての話ならまだしも、
個人間での話だったが故に、まともに取り合うのを止めてしまった。
しかし……。
「メリーがいきり立って反駁するなんてねぇ……」
しかしどう考えても「完全な狂疾」にほかならない。
蓮子は狂疾には二通りあると考えている。
まず一つは自覚のある狂疾である。
この場合は自覚があるのである程度の自制はきくし、羞恥心も湧く。
自己憐憫に溢れているので、憧憬の的になりたいという願望が見て取れる。
しかし、もう一つ……自覚の無い狂疾がある。
自覚が無いので、自分を信じて疑わない。
他者にこそ狂疾があると思い、自分を正当化し孤立する。
この自覚の無い狂疾が「完全な狂疾」であると考える。
「完全な狂疾」の場合救う手立ては数少ない。
当事者の言うこと成すこと尽く首肯するしかない。
間違ってはいない……非は貴公に在らず、と言い聞かせるしかない。
時刻を確認する。PM4:46-。
メリーにメールで「6時に公園に集合」という旨を送った。
まさかあの話が真実であるハズがない。今でも蓮子は考える。
しかし……しかし……メリーは……目の前で奇妙な事が起こった際の児子のように……
確かに、月が降りてきたと、はっきりと……彼女は言った。
現実味は無い。有り得ない。ただ……ただ……万が一……。
これはもう個人間の事柄ではない。秘封倶楽部の活動の一環として彼女の問題の調査、解決、事象の観測を行う。
約束の刻限が近づいてきたので公園へと向かう。
一歩一歩踏み歩く。胸の鼓動が高くなる。
馬鹿馬鹿しい。降りてくるわけがない。
これは事実だ……法則だ……観念だ……。
ここは地球だ……地球は時点する……春の次は夏……一日は二十四時間……。
降りてこない……。
月の観念として有り得ない……。
しかし、メリーは真に迫る表情で、確かに、月が降りてきたと言った。
月の道理を常識を真っ向から否定した。
かかる常識を否定すること程に恐ろしいものはない。それはこの世の観念の否定、ひいては他者、自己の否定にすら繋がることもある。
そう考えると……。
つまりは……メリーの狂疾。ただそれだけ。
しかし、本当に狂疾ということだけで済ましてもよいうのだろうか……。
メリーはウソをつかない。いつだって実直だ。
そんなメリーが月が降りてきたと言うならば。
ひょっとすると本当に降りてきたのかもしれんぞ……。
そう……降りてきたのが事実で、私の観念が異常なのかもしれない……。
真に狂疾なのは私なのでは……?
月は空に浮かび続けるものだが降りてこないなどと誰が決めつけたのか。
月を月たらしめることに降りてこない、ということは無い。
本当は月は降りてきたいのではないだろうか……。
「は……はは……」
いや……いやいや……私が狂疾だなんて……それこそ有り得ない……。
これは少し考えすぎているだけであって……。
たったのこれだけのことを狂疾などと……。
ならば狂疾とはなんだ……?
気が狂うことだが、常人の面持ちから逸脱することを言うのならばそれは可笑しい。
奇人にとって、それは至極まとも、単純明快な事柄なのだ。
ならば……常人奇人ともに狂疾なのだ。
だから月は降りてきても、また良いのだ。
公園に着くとメリーは居た。
「あ、蓮子。実はあのね月が降りてきたというのは……エイプリル」
そうメリーが口にした時。
ボォォォーーーン……ォォォーーーン……。
6時を知らせる鐘が鳴った。
蓮子は月を見上げた。その月は……確かに……。
「あ……あぁ……」
ほら……ほぅら……嬉しそうに……こっちに……。
有り得ない。月が降りてくるわけがない。
仮に……仮に降りてきたとしよう。
そうしたならば……昨日の月は誰から見ても異常な月であったはずだ。
しかし、昨日の月は……昨日の月は、何らの変わりなしの……ただの月であった。
「いいえ……私はこの目で見たわ。ニヒヒと笑って……月が……ね」
月を見て、それが降りてくることは今までだって一度も無い。そしてこれからだって。
月を見て分かることは兎が居ないということと、自分の場所だ。
その、月が降りてくるということは……つまり……居場所の肥大化?
「どういうことよ……」
「いやだから、月がね」
「違う違う肥大」
「え? 干鯛?」
「そうそう肥大」
「なんで急にまた……」
「え?」
「え?」
齟齬。どうにも齟齬がある。
話を戻そう。
「月が降りてきた……と」
「だからそうだと言っているじゃない」
「どう考えても……それはねぇ……有り得ないわよ」
「そんなことは……確かに……」
「メリー、疲れているのよ……」
「……貴女が『眼』を持っているから、それを頼んでお話したのに……」
メリーは勢いよく立ち上がり、カフェテラスを後にした。
残された蓮子はうなだれた。
「少しは話を、聞いてあげるべきだったかなぁ……、でも……月が降りてきた……なんてねぇ……」
突出しすぎている。秘封倶楽部の活動としての話ならまだしも、
個人間での話だったが故に、まともに取り合うのを止めてしまった。
しかし……。
「メリーがいきり立って反駁するなんてねぇ……」
しかしどう考えても「完全な狂疾」にほかならない。
蓮子は狂疾には二通りあると考えている。
まず一つは自覚のある狂疾である。
この場合は自覚があるのである程度の自制はきくし、羞恥心も湧く。
自己憐憫に溢れているので、憧憬の的になりたいという願望が見て取れる。
しかし、もう一つ……自覚の無い狂疾がある。
自覚が無いので、自分を信じて疑わない。
他者にこそ狂疾があると思い、自分を正当化し孤立する。
この自覚の無い狂疾が「完全な狂疾」であると考える。
「完全な狂疾」の場合救う手立ては数少ない。
当事者の言うこと成すこと尽く首肯するしかない。
間違ってはいない……非は貴公に在らず、と言い聞かせるしかない。
時刻を確認する。PM4:46-。
メリーにメールで「6時に公園に集合」という旨を送った。
まさかあの話が真実であるハズがない。今でも蓮子は考える。
しかし……しかし……メリーは……目の前で奇妙な事が起こった際の児子のように……
確かに、月が降りてきたと、はっきりと……彼女は言った。
現実味は無い。有り得ない。ただ……ただ……万が一……。
これはもう個人間の事柄ではない。秘封倶楽部の活動の一環として彼女の問題の調査、解決、事象の観測を行う。
約束の刻限が近づいてきたので公園へと向かう。
一歩一歩踏み歩く。胸の鼓動が高くなる。
馬鹿馬鹿しい。降りてくるわけがない。
これは事実だ……法則だ……観念だ……。
ここは地球だ……地球は時点する……春の次は夏……一日は二十四時間……。
降りてこない……。
月の観念として有り得ない……。
しかし、メリーは真に迫る表情で、確かに、月が降りてきたと言った。
月の道理を常識を真っ向から否定した。
かかる常識を否定すること程に恐ろしいものはない。それはこの世の観念の否定、ひいては他者、自己の否定にすら繋がることもある。
そう考えると……。
つまりは……メリーの狂疾。ただそれだけ。
しかし、本当に狂疾ということだけで済ましてもよいうのだろうか……。
メリーはウソをつかない。いつだって実直だ。
そんなメリーが月が降りてきたと言うならば。
ひょっとすると本当に降りてきたのかもしれんぞ……。
そう……降りてきたのが事実で、私の観念が異常なのかもしれない……。
真に狂疾なのは私なのでは……?
月は空に浮かび続けるものだが降りてこないなどと誰が決めつけたのか。
月を月たらしめることに降りてこない、ということは無い。
本当は月は降りてきたいのではないだろうか……。
「は……はは……」
いや……いやいや……私が狂疾だなんて……それこそ有り得ない……。
これは少し考えすぎているだけであって……。
たったのこれだけのことを狂疾などと……。
ならば狂疾とはなんだ……?
気が狂うことだが、常人の面持ちから逸脱することを言うのならばそれは可笑しい。
奇人にとって、それは至極まとも、単純明快な事柄なのだ。
ならば……常人奇人ともに狂疾なのだ。
だから月は降りてきても、また良いのだ。
公園に着くとメリーは居た。
「あ、蓮子。実はあのね月が降りてきたというのは……エイプリル」
そうメリーが口にした時。
ボォォォーーーン……ォォォーーーン……。
6時を知らせる鐘が鳴った。
蓮子は月を見上げた。その月は……確かに……。
「あ……あぁ……」
ほら……ほぅら……嬉しそうに……こっちに……。
しかし考えてみたら秘封倶楽部自体狂うごっこみたいなもんですね
ごっこがごっこじゃなくなってる境目を楽しむみたいな