Coolier - 新生・東方創想話

緑眼の女将の屋台について

2016/03/26 01:04:31
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水橋パルスィはある意味で地底で有名だ。ある者は『橋守をしてる女』としか知らない。しかし知る者は『嫉妬を操る恐ろしい奴』と言う。しかしもっと知る者は『案外世話を焼く奴』と言う。そんな偏った知られ方のため、旧都に住む陽気な鬼たちですら宴会に誘う事をあまりしない。女に目の無いふしだらな者も、彼女に声をかけない。見た目でいえば旧都でも一、二を争う美人ではあるのだが。彼らが彼女に対して口をそろえていう事は一つ、『何をされるかわからないし何を言われるかわからない』。その不明さから彼女の地底での知り合いは片手で事足りるほどしかいなかった。そんなある日。
「・・・何だこりゃ」
その片手の知り合いの一人、星熊勇儀は橋の近くにある“それ”を見て目を細めた。背の丈五尺六寸はある勇儀よりも高い屋根、そこからぶら下がった緑色の暖簾。橙色の漏れ出た光はランプの物だろうか、暖簾の奥からは煙が出ていた。屋根の上には『橋姫』と達筆な文字で看板がある。どう見ても旧都にもよくある屋台だが、この辺りに店を構える屋台はほとんどない。好奇心から暖簾をくぐると
「いらっしゃ・・・あんたか」
どこで手に入れたのか、薄い緑色の着物に身を包んだパルスィが気怠げにこちらを睨んでいた。彼女が腕を乗せている調理台の横には大きな鍋と金網が設えてある。煙は鍋からのようだ。
「何だパルスィ、お前さんが店を出してたのか」
「店って程じゃないわ。もっと中心部に行けばここより大きな屋台があるじゃない。余裕があって妬ましい事ね」
「余裕があるからこの店が繁盛するんじゃないか。その鍋の中身と冷酒」
「昼間っからお酒なんて楽しそうね。・・・この中身はおでんよ?」
「この暑い時にか」
地底にある旧都に四季は無い。洞窟の中だからむしろ年中ひんやりとしている。地霊殿が出来る前はもっと熱かったらしいが、それを知っているのは古株の勇儀と地霊殿の主位だ。しかし今、旧都含む地底全体が立っていても汗が噴き出るほどの猛暑に見舞われていた。
なぜ地底の気温がこんなに高いのか。理由は至極簡単で、この時期は地上では太陽が照り付けているのを知った地獄鴉が、テンションマックスで灼熱地獄を燃やしているのだ。
「じゃあおでんと何かつまみを頼むよ。出来れば冷たいのが良い」
「冷奴に豆乳ゼリーでも乗せてあげようかしら?」
「嫌味か。まあそれは冗談として、鬼は煎り豆じゃなけりゃ普通に喰うよ。豆が怖くて酒が飲めるかってんだ」
「イワシの塩焼きに飾りで柊の葉でもいる?」
「海の無い幻想郷にイワシがあるか」
少なくともパルスィと勇儀の関係はこんな感じだった。嫌味というかよくわからない突っかかりをするパルスィを勇儀が軽く流す。他の物がやれば首から上が吹き飛びそうなやり取りだが、勇儀はパルスィとの会話を楽しんでいた。冷酒に塩ゆでして冷やした枝豆とおでんが出てきたところで、勇儀が疑問を投げかける。
「で、何で屋台なんか始めたんだ?」
「大体地上のせいよ」
そう告げるとパルスィは一冊の本を取り出した。本が苦手な勇儀がそれにざっと目を通す。どうやら外来の推理小説らしい。
「それの登場人物に引き売りの男が出てきて、その男がいつも通るコースの事を知り尽くしていたおかげで事件が解決したのよ。それに影響を受けちゃって・・・ごめんなさい、ネタバレだったわ」
「いや、私は本は読まないから別にいいよ。でもまあ、橋を離れる引き売りが無理だったからって何で屋台を?」
「その話を地上の厄神にしたら、三日で衣装と屋台をここまで持ってきたわ。とどめに地上の秋神と結託して材料の配達までされる始末よ。そのくせ当人たちは全然来ない・・・!」
どうせ地上の店に行ってるんだわああ妬ましい、と呻くパルスィに思わず苦笑い。しかし、と勇儀は思って暖簾の中から外を覗いてみた。どういう構造なのか、外から中は見えにくいのに中からは外が丸見えだ。よっぽど特殊な木の組み方をしているらしい。
「まあ、ただ橋に突っ立ってるよりはこっちの方が良いかもなあ。んぐ、旨い」
「偶に地上のお酒も入ってるのよ。今日のはそれ」
「ほほう、それはいい話を聞いたな。また今度来るよ」
ごちそうさん、と紙幣を一枚差し出すと、パルスィは悩むことなく素早く小銭を突っ返した。
「随分計算が早いね」
「あんたが頼んだ時点でもう計算は終わってるわ。ほら、さっさと行ってちょうだいな」
「はいはい。じゃあまた」
結局パルスィは礼を言わなかったが、そこそこに付き合いの長い勇儀には彼女の言わんとすることは分かっている。軽く手を振って笑みを浮かべると、旧都の方へ戻って行った。

旧都の端にある地底の端は殆ど往来が無い。故に基本的に橋守なんて必要ないのだが、何となくパルスィは橋守をやっていた。それによりいくつか不具合が生じたのだが、その最たる例が
「おーすパルスィ!来たぞ!」
「うっさい帰れ」
地上の氷精がふらふらと遊びに来るようになったことである。最初は地霊殿の地獄鴉に遊びに行くついでにパルスィと顔を合わせていた程度だったのだが、いつの間にかパルスィに会うのが目的で彼女は地底に降りてくるようになったのだ。時々鬼に絡まれるらしいが、それを前に一度尋ねたところ『さいきょーのあたいがオニなんかに負けるわけないじゃない!』と突っ返されて以来、その質問をしていない。
「今日はちゃんとお金を持ってきたわ!」
「それが当たり前よ。注文は?」
「かき氷!」
「よし、すぐに川に飛び込みなさい」
何度も言うが今地底はかなりの高温だ。そんな中で冷たいものを売るのは最も売り上げを伸ばすのに手っ取り早い方法である。しかし生憎とこの屋台に冷凍庫機能は無い。そもそもこの時期におでんを売っている時点でお察しである。
「川の水を凍らせればいいのね!そんなの簡単よ!」
「あ、ちょっ」
パキィィィィィン・・・
少し遅かったようだ。流石に全ては凍らせられなかったようだが、それでも見える範囲の川はきっちりと凍っていた。
「さあ、氷を持ってきてあげたわ!早くかき氷を作りなさい!」
「・・・このアホ」
思わず毒付くと、しまっておいたかき氷機を取り出しその中にチルノの氷を・・・。
「・・・チルノ」
「何?」
「川の氷じゃなくて普通にその場で氷を作りなさい。川の水は汚いから」
「おおー!そうか、流石だな!」
にこにこして氷をパルスィに突き出す。結局断り切れない自分にため息をつくと、氷をガリガリと削り始めた。適当な量が器に盛られたところで、その上からシロップをかける。出来上がったそれを無造作にチルノに突き出した。
「はい、先にお金貰うわよ」
「これだ!」
かき氷を頬張りながらチルノがポケットから出したのは金色の小粒。五、六粒ほどあるそれを一つつまんでよく見ると
「これ砂金!?あんたこんなのどこで見つけたのよ!?」
「神社に落ちてた!」
「・・・まあ、代金代わりならこれだけで十分よ。ほら、忙しくなるから食べ終わったらさっさと帰りなさい」
「ん、分かった」
しゃくしゃくとかき氷を食べるチルノを見守るパルスィ。結局チルノは数分もしないうちに食べ終わり、「ごちそーさま!」まで綺麗に言って帰って行った。その数日後、チルノが持って行った砂金について巫女が乗り込んできたが、それはまた別の話。

旧都の夜は長い。宴会の好きな鬼が住人のほとんどなだけあって、ほぼ毎日夜遅くまで旧都では宴会が行われる。その喧噪の外側、橋の傍の屋台は早々と店じまいの準備をしていた。暖簾を下ろし、鍋と網を洗うとランプを天井から外して持ち手を握りしめる。彼女のお気に入りの一つであるこのランプは、旧都の職人の手を借りてもう何百年も使い続けていた。屋台からほど近い自宅へ帰ると、ランプを机に置き、日記を書く。何時から書き始めたかは覚えていないが、もう随分な量が溜まっていた。書き終えるとその場に転がって一息つく。天井のシミを見ながら少し物思いにふけっていたが、すぐに起き上ると銭湯に行くべく荷物の用意をする。桶と手拭いをいくつか持つと、戸に鍵をかけて家を出た。開きっぱなしの日記帳には、チルノと勇儀への感謝がたっぷりと詰め込まれていたのだった。
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コメント



0.190簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
ぱるしぃとゆうぎの鉄板ぶりは実際凄い