暖かな日差しの温もりが、広がる芝生に注がれる。
私達の軽やかな足取りは、日当たりのいい烏天狗の住宅地に向かっていた。
古めかしい日本家屋が並ぶなか、どことなくお洒落な家が目に入る。烏天狗の新聞記者、はたてちゃんの家。以前アヤに破壊され、烏天狗の長屋を追い出されたはたてちゃんが、古い一軒家をリフォームした。私はそのリフォームに、大きく関わっている。
ピンポン!
弾けるように音がした。私の発明品は好調だ。
「はたてちゃん! にとりだよ!」元気いっぱいにはたてちゃんを呼ぶ。なんだかウキウキした気分、きっとポカポカ陽気のせいだろう。気づいたら締まりのない笑顔になっていた。
扉が開き、はたてちゃんがピョコっと顔をのぞかせた。可愛いフリルのエプロン姿と満面の笑みで迎えてくれる。はたてちゃんの後ろから、フワッと香りが流れてきた。
「いらっしゃい、早かったね」
「お! 何かお料理してたの?」
「うん、にとりが来るからお菓子食べるかな~と思って作ってたの」
「わあ、ありがとう! そうだ、椛も来てる……んだけどあれ?」先程まで一緒にいた椛がいない。振り返ると庭の外門を眺めてこちらに気づいていないようだ。
いつのまにかはたてちゃんはこっそり近づいて、椛の背中をぽんと叩く。
「やっほう、椛!」
「わぁ! や、やぁはたてさん。」
椛の尻尾がぴょんと跳ねている。普段ぶっきらぼうでもこういうちょっとした仕草が女の子なんだなあ。椛の尻尾はパタパタ動くのでその時の気持ちがわかりやすい。
「あ、ごめん! そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだ」
「いやあ僕こそ、考え事してて気付かなかったんだ。そうそう、にとりがはたてさんの家に行くって言うからついてきちゃったんだけど迷惑だったかな?」
「そんなことないよ。そうだ、お菓子作ったからよければ食べていって欲しいな」
「うん、ご馳走になるよ」
二人は話しながらこちらに来る。はたてちゃんの後ろについてきた椛は、なんとなくぎこちない歩き方で、尻尾がまっすぐのびている。椛はどうやら緊張しているようだ。可愛いとこあるじゃん。
はたてちゃんに招かれて、私たちは家に入る。玄関先で下駄を脱ぐ椛に肘でツンと付いてやる。
なんだよ、というような目で私を見てきた。緊張をほぐしてやったんだよ。私はにこっと笑い返す。
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案内された客間は、洋風の家具がバランスよく並んでいる。レースのカーテンは優しい日光を取り入れて、涼やかな風が部屋に清涼な空気をもたらした。ふかふかのソファに市松模様のサイドテーブル、部屋の隅にはちょこんと小さなガジュマルの樹が置かれてる。なんてセンスのいい空間なんだ。私の家……というか工房にも客間があるが、比べるのもおこがましい。こんな家に住んでたらきっと、素敵なアイディアが浮かぶんだろうなあ。
女の子らしい素敵な部屋にひとしきり感動して、私は当初の目的を思い出す。
「どう? かっぱ印の家電の調子は」
「すごく調子いいよ! にとりってこんなに便利な生活してたのね、いろんな家事があっという間に終わっちゃうわ」
「いやあ、お役に立てて良かった」思ったより気に入ってもらえてとても嬉しい。にへへ、と締まらない笑顔が飛び出した。恥ずかしいので横に転がっているクッションを抱っこして口元を隠す。クッションは太陽のいい香りがした。
「綺麗な部屋――はたてちゃんって家事が得意なんだね」
椛もやはりそう思うか。私たちの部屋ももっと女の子らしくしような。
「ふふ、かっぱ印の家電製品のおかげで前より楽しく家事ができるようになったわ」
「かっぱ印の家電製品は〈暮らしを豊かに〉がモットーなんだ」はたてちゃんの褒め言葉に私は気をよくして、立ち上がって胸を張る。自分の理念が役立ってることに誇りを持った。
「その割にはにとりの家は片付いてないけどな」
「む」椛め、要らぬことをペラペラと。片付いてないのは私だけじゃないだろう、コノヤロ~。だけど売り言葉に買い言葉はみっともないし、椛の思うツボだから言い返さない。少しでも可愛いと思うんじゃなかったよ、憎たらしい盟友には罰が必要だね。足踏んでやろっと。
「へえ、じゃあ便利な家電のお礼にお掃除にいってあげようか?」
「ひゅい?」椛の足を踏もうとしたら、予想だしない言葉が飛んできた。私は咄嗟に声が出ず、唇が所在無く彷徨った。頭をフル回転させて、慌てて返答をしぼり出す。
あんなぐちゃぐちゃな部屋を見られてたまるか!
「……はずかしいし、片付いてないからいいよ。片付けたら呼ぶから」
「ふふ、片付いてないと言われたら尚更見たくなっちゃうわ」
「ははは」
「かぱぱ」私は、から笑いして色々な失態を誤魔化した。
椛めぇ、あとで尻子玉抜いてやろうか。
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はたてちゃんがガラスの器に、なにかを入れて持ってきた。ふわっと部屋に広がった香りは、お菓子の香りだった。見たことのないカラフルで可愛い色をしたお菓子は、ぽこっと丸くふかふかしてる。一口噛むと味わったことのない甘さが口の中に広がった。私と椛は夢中になって、不思議なお菓子をむしゃむしゃ食べる。
「このお菓子おいしい! なんていうお菓子?」
「マカロンって言うの。前にアリスが教えてくれてね。アリスのマカロンはこれより美味しいよ」
「すごいなあ。僕、こんなの作れないよ」
椛が絶賛している。当然だ、私たちはいつも、きゅうりや干し肉をバリボリ食べているのだから。
「前はクッキー作ってくれたし、ピクニックでもスポーンだっけ? 美味しいの作ってくれたよね」
「スコーンね、あれもアリスに教わったの。アリスの洋菓子のレパートリーってすごいのよ。レシピを全部記したら、彼女が持ってるグリモワールよりも分厚い量になるでしょうね」
お菓子の名前を間違えた!あっちゃ~カッコ悪いなあ。お菓子の勉強しようかな……へこむ私をよそに、椛とはたてちゃんは話を続ける。
「はたてさんってアリスと仲がいいんだね」
「花果子念報でコラムを書いてて、そのコラムを監修してくれてるのがアリスなの。監修ついでにいろんなこと教えてもらうのよ」
「女子力アップの秘訣ってコラム? あれの御意見番、アリスだったんだ」
「本当は監修アリス・マーガトロイドって書きたかったんだけど、本人が恥ずかしがっちゃって」
はたてちゃんは残念そうな顔をする。確かに、アリスは恥ずかしがり屋だもんなあ。
「コラムに限らず花果子念報って可愛い新聞だよね。はたてさんらしいというか」
「そうかな?」
はにかんだ顔で椛を見ているはたてちゃん。上目遣いが可愛らしい。
「僕はああいう新聞好きだな。女の子らしくて見てて楽しいよ」
「わあ、ありがとう。新聞の出来を直接聞く機会ってあまりないから、うれしい」
椛がはたてちゃんをベタ褒めしてる……なんとなく、なんとなくだがイラッときた。椛がはたてちゃんと仲良くなるのは良い事だけど、なんだか釈然としない。こうしちゃいられない、ふくれている場合じゃない。
「わたしもいつも褒めてるじゃーん」
「そうね、いつもありがとう」
はたてちゃんの笑顔がこちらに向いた。ふっふ~んどうだ、椛め。ん? じっとりこっちを見ているな。へへん、はたてちゃんの笑顔を取られて悔しいのか。その悔し顔に免じて尻子玉抜きの刑は許してやろう。
細かいレースのカーテンから、のどかな陽気が差し込んでいた。私たちはカラフルな美味しいお菓子に舌鼓を打ちながら、至福のティータイムを目いっぱい楽しんだ。
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「はたてぇ」 ピンポン
「あれ? 文だね。こんな昼間に来るのは珍しい」
はたてちゃんが席を立つ。声を聞くだけでわかるんだ。アヤはよくここに来るのかな? ふと椛に視線をやると目があった。私は以前アヤと椛の、雑言合戦の板挟みにあった。その頃の椛はアヤと聞くと、つり上がった迷惑そうな目をしていたもんだ。今はいつもの、ぱっちり開いた愉快なお目々。
「あやや? みなさんお揃いで」
意外そうな顔で私と椛を見るアヤ。黒い髪は、彼女の飛行速度に耐えられずボサボサだ。ささっと髪を直すアヤは少しはにかみながら椛を見ている。なんだろう、椛の目が気になるのかな?
「アヤ、こんにちかっぱ!」
「こんにちかっぱ! 丁度よかったです、この前のピクニックの写真が現像出来たので持ってきたんです」
太陽の畑のピクニック以来、私もアヤと仲良くなり、お互いを名前で呼んでいる。ノリのいいアヤは軽快な話術と豊富なネタを持っていて、椛とはまた違った楽しい会話が楽しめる。新聞配達やカメラの調整依頼の時と違った彼女の一面を知れたので、ピクニックはすごく意義があった。
「あ、そうだ! 私も撮ったの見せなきゃ。ソファでゆっくりしていって」
奥の部屋にパタパタと駆け出すはたてちゃん。女の子らしい仕草で可愛さが溢れてる。私があんな仕草をしたら、椛はどんな反応をするだろう……きっと気持ち悪がるだろうな。
「写真を見せようと椛さんの家に行ったら居ないから、はたての家に来たんです。まさかこっちに居るとは思いませんでしたよ」
「僕も、まさか文さんが僕に会いに来るとは思ってなかったなあ」
「毎日椛さんに会いに行ってるじゃないですか。意地悪……」
「わかったよ、ごめんごめん」
ピクニック以来、椛とアヤは普通に会話するようになった。たまに冷たい椛が飛び出すが、アヤが拗ねると優しくなる。二人はお互いの距離感が掴めてきたんだろうか。以前の雑言合戦が遠い日の事のように思えるくらい、今はとても仲が良い。
「あや~美味しそうなお菓子ですね。いただきますよ」
アヤは椛と対照的に表情が豊かだ。さっきまでふくれっ面していたのに、お菓子を見つけた途端ぱっと花咲くように明るくなる。まるでお菓子を見つけた子供みたいだ。
「これはマカロンっていうお菓子なんだって、はたてさんが作ったんだよ」
「う~ん、すごく美味しいですね。いいお嫁さんになれますよ、はたて」
アヤはヒョイヒョイと口に運び、ムシャムシャと食べながら感想を言う。アヤの座ってるソファの背に頬杖をつきながら、はたてちゃんが満足そうにうなずいた。子供みたいにお菓子を頬張るアヤを、お姉さんのような優しい視線で眺めてる。
「結構好評ね、このレシピを今度のコラムに載せようかしら」
「きっと読者も喜びます、そのときは私が非常に美味しかったと感想を書きますよ」
「あら、文だと身内の褒め合いになるからダメよ。やっぱり物書き以外の人からのコメントを入れないと。椛とかにとりとかね」
新聞記者ならではの見解をはたてちゃんが言う。新聞記者とはそんなことまで気にして書いているのだなあとアヤを見ると、はたてちゃんの主張を気にせずマカロンをまだ頬張っている。そういえばアヤの新聞は思いっきりゴシップ系だった。文々。新聞はしょっちゅう身内が登場しているので、そういったことを気にしている暇がない。新聞記者にはそれぞれのスタンスがあるんだなあと、新たな知識を手に入れた。
マカロンをひとしきり食べ終わったアヤが封筒を手渡してきた。
「さあ、どうぞ。全員分現像しときましたよ」
「わあ、綺麗に撮れてるね。さすがアヤ!」
「かっぱ印のカメラに不可能はないですよ」
「いやあ、どんなにいい道具でも使い手次第だよ」構図やピントの合わせ方等の細かい技術はわからない。ただ、アヤの撮る写真は躍動感にあふれている。感動を切り取り、その写真を見る人全てにその感動を分け与える。写真に心がこもっているのだ。
ピクニックの時、アヤが写真を撮る姿を初めて見た。その顔は喜色満面、純粋に情景を楽しんで撮っている。だからこそ、写真を通して感動が伝わってくるんだろう。私も椛も、はたてちゃんも、アヤの写真が大好きだ。
「あ! この写真、僕のスカートをにとりが踏んじゃって転んだとこじゃないか。恥ずかしいな、いつの間に撮ったんだ」
「えへへ、その写真は我ながら気に入ってるんですよ」
「私もプリントしてきたけど、やっぱり文の写真には負けるわね」
「そんなことないよ、はたてちゃんの写真もすごくいいよ」はたてちゃんの写真もアヤに負けず劣らず、綺麗でステキ。よく見ると、はたてちゃんの写真にはアヤがたくさん写っている。アヤの写真には、撮影者なのでアヤ自身あまり写ってないが、はたてちゃんがアヤのことを撮っていたので二人合わせてとても良い写真が集まり、記念に残るアルバムができた。
「あ、この写真見て! 幽香さんがカメラ目線だ」
「もしかして写りたかったんでしょうか。今度焼き増しして持って行ってみます」
「焼き鳥にされないよう気をつけてね」
「えぇ! 焼かれるんですか! ミディアムレアで許してくれますかねえ」
アヤがおどけてみんなが笑う。ああ楽しいなあ。いつまでもおしゃべりしていたい。だけどそんな時間はあっという間に過ぎ、いつのまにか日は沈む。
私と椛は帰り支度を済ませた後、はたてちゃんの家を出る。ああ、名残惜しい、もっと四人で遊びたい。はたてちゃんの方を振り返ると、はたてちゃんの後ろからアヤが小さく手を振った。どうやらアヤは、はたてちゃんの家に泊まっていくようだ。本当は私も泊まりたいが、かっぱ印のアフターサービスで明日も何軒か回らなければならないので、しぶしぶ楽しい時間に別れを告げてお暇する。
「今日はお邪魔様。また来るよ」
「お菓子と写真ありがとうね。かっぱ印の新製品ができたらそれも見せに来るね」
「うん、二人共また来てね」
薄暮の中、はたてちゃんとアヤはいつまでも手を振ってくれていた。
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濃藍の夜空を見上げれば、下弦の三日月が浮かんでおり、満面の星々が散らばっている。澄んだ空気が火照った頬をするりと撫でた。暗く寂しい山道のなか、私と椛はしばらく無言で、さくさくと草を踏みしめる。
「すごいよな」
「ん? なんのこと?」
「あんな美味しいお菓子作れて、部屋も可愛らしくて、家事もしっかりこなせるなんて」
「はたてちゃんのことか、たしかにすごく女の子らしいよね。椛とは大違いだなあ」
「ふん」
おや? 鼻息を荒くしただけで、いつもの軽口が返ってこない。怒ったの? もしかして空気を読み違えたか。いや、今私なんて言ったっけ……いつも軽口を叩きすぎて、無意識でひどいこと言ったかも。
「椛?」
「え? あ、あぁ。にとりには言われたくないよ!」
「はは、私たちじゃはたてちゃんの足元にも及ばないね」
「…………」
椛はまたもや押し黙る。うーん、怒った感じでもなさそうだな、尻尾はビンビンしてないし。なんだか今日の椛はいつもと様子が違う。なんだろう、なにか考え事だろうか。椛が将棋以外でこんなふうに考え事をするのは珍しい。
「ねえ、にとり」
「なあに?」
「にとりは、……」
「やっぱ何でもない」
「ひゅい? 変な椛」
やっぱり何か考え事をしているのだろう、しかも私に言いにくい事とみた。まあ、話す気になったら相談してくるだろう。ほっといてやるのが一番だ、私って大人だな~。
自画自賛をしていると、前方で光がちらりと動く。
「あ! みて、ホタルだ!」
椛の手を引き川辺に下りる。慌てずゆっくりと草をかき分けて、大きな岩に腰を下ろした。そっと二人で見てみると、ゲンジホタルとヘイケホタルが入り乱れて、川辺の草木に明かりを灯す。リズムの違う明滅は、さながら楽団の奏でる音符のよう。椛が指差す方を見ると、平らな巨岩にマントをひるがえすリグル・ナイトバグの姿が見えた。ひらひらとマントの動きにあわせ蛍の光が流れを作る。四方の茂みに耳をすませばコオロギたちが合唱し、まるでオーケストラのようだった。
「綺麗だね」
「うん、とっても」
私と椛は隣り合い、二人で静かに蛍のコンサートを聞き入った。
リリリリ……
コロロロ……
耳に染み入り心地よい。友人たちと楽しい昼を過ごした帰りに、こんな素敵な事に遭遇できるなんて、私たちはついている。ふいにぱさりと椛の尻尾が私に当たる。ふわふわもこもこ暖かい。川のそばということもあり、夜の風が冷ややかなので尻尾をにぎにぎして暖を取る。椛の顔がこちらを向いたので、怒られるかと思い手を離した。すると椛は耳元で一言ささやいた。
「にとりの大切な人って誰?」
どういう意図で言ったのだろう。あまりに抽象的なので、いまいち要領を得ない言葉だった。もし、その言葉通りの意味なら、椛自身わかりきっているだろう?
「そりゃあ、椛とはたてちゃんとアヤだよ。椛の大切な人は?」
「……にとりと、はたてさんと文さん」
背後で椛の尻尾がパタパタ動く。やっぱり言葉通り、今の答えでよかったのか。椛の機嫌のいい時は、こうやって尻尾がぱたついた。すごろくげーむで私に勝利した時や、椛の家にお泊りした日にくすぐり合いをした時や、二人で初日の出を見に行った時、いつも尻尾がぱたついてたっけ。椛は、笑ったり驚いたり、怒ったり泣いたり。そういった感情は口よりも尻尾の方が雄弁に語ってくれる。感情表現が素直だから、私は椛が大好きだ。
ぽやぽや椛との思い出を頭に浮かべながら、煌く緑のプラネタリウムを見ていると、私の肩に椛が頭を預けてきた。もさもさした椛の髪が首筋をくすぐって、思わず声が出そうになる。ぷにぷにと柔らかい頬を肩に乗せ、身体はぴったりくっついていた。
いつもなら「何くっついてんのよ」と笑い飛ばしてお尻をひっぱたくところだが、やめておこう。椛はよく、山の美しい景色をこよなく愛し、うっとりと素敵な余韻に浸っている。きっと今も景色を堪能しているのだろう、私は椛の良き理解者なので、友人の愛した雰囲気を共に理解し共有する。
そうだ、なんなら私も椛の真似してよりロマンチックにしてやろう。後で椛をからかう口実になるに違いない。目を細め、私も椛に頭を預ける。椛のもさもさの髪は、なにかに似た香りがした。最近かいだ、いい香り。
そうだ、はたてちゃんの家にあったクッションだ、ふわっと暖かい太陽の香りに似ているんだ。月と星と蛍を見ながら太陽を感じるなんて、私はとても贅沢だ。
あぐらをかいた私の足になにかの感触がした。見ると、椛が手を置いていた。今日は皆とたくさんおしゃべりしたからきっと疲れたのだろう。そういえばピクニックの後私の家に泊まりに来て、私の腕を枕にしたと思ったらそのまま寝てしまったんだ。今回も疲れたからに違いない。
椛の体温が太ももを通じて伝わって来る。椛の手と顔はとても暖かく、だんだん眠気がやってきた――椛のことだからこんな風に甘えたことを恥ずかしがって、明日は何も無かったように黙っているに違いない。無かった事にするなんてもったいない、友人として是非とも言ってやらねば。
あんた昨日の夜、私相手に超ロマンチックになってたんだぞ、恥ずかしい奴~ってね。
椛をからかう愉快な想像をしながら、私はゆっくりまぶたを閉じた。
ほっこりしました