--- Opening ---
◎花果子念報 読者の声のコーナー
【反省】
▼唐突の独創性さに意表をつかれ、ついに笑いを堪え切れなかった私こそが全面的によくなかった。幽玄、深く反省していますのでどうか機嫌を直して帰ってきては貰えませんか。貴女がいない私の日々の陰惨さたるや、目を背けたくなるばかりだ。経文はどこですか、砥石はどこですか。私だけでは帯がきちんと締められません。これでは今にも泣いてしまいそう▼もしも、どこかでこの欄を読んでいるならば。そして謝罪する事を許してくれるのであれば何卒命蓮寺に戻ってきてください。心待ちにしています▼そういえば何故私以外の方にはきちんと住所を教えているのですか、怒り方が微妙に陰湿でまるで気がある子に嫌がらせをする童のよ/
(掲載枠超過の為投稿された投書より抜粋して掲載しています、ご了承下さい)
文々。新聞投書欄 四方山妖怪山
「躾のすゝめ」
◆身内への躾こそ必要である。些末事ではあるも職場の上司に散々笑い飛ばされる事となった。大変憤っています。腸が煮えくり返る。誰にでも失態を犯す事はありますが此度のそれは度を越します、彼女を躾けねばならないでしょう、並々ならぬ誠意を以ってして。どうせ当事者はいつもの如くまだ自身の失敗には気が付いていない、二度と無いようにきつめのお灸を据えてやろうと心に決めました。泣いたって許さんからな。
匿名希望
--- easy ---
前略。
いきなり文を寄越すとはなんと不躾な奴である事か。里の寺子屋にでも行って社会に属す際の常識を百万遍教わってくるといい。上手くいけば今より多少は融通が利く阿呆になれる事だろう。
しかしこうして犬猿とも思われる関係性でありながら、まさかそんな君から手紙を寄越されるとは夢にも思わなく。気が動転する余り、真っ先に己が右頬へと平手を喰らわせてみた訳だが悲しいかな、我が可愛らしいことこの上ないほっぺは唯々腫れ上がるばかり。終ぞ夢幻世界からの覚醒とは事が運ばなかったのであった。これを受けるにどうも残念な事に、とうとうこれは現らしい。何という事だ。
見当を付けるに、君からの便所紙とも似つかわしいあの便り、私が寺を出奔する直前に君との間で引き起こした喧嘩の件の謝罪の催促かとも思ったがそういう訳でも無さそうである。仕方がないから便所紙には使ってやらないでおいてやろう。絶やすことなく有難がれ。
取り敢えず、渋々ではあるが不作法者からの手紙の返事を書く。何故君すらも手紙を書くだなんて大いに血迷ったかは存じぬばかりではあるけれど、藪蛇になってもそれは面倒なので今は置いておいてやる。大方響子が何をしているか気になって聞き出し、ここぞとばかり面白がっての事だろうが所詮些末事。賢将は君程度の輩の悪戯には目を瞑る器を持ち合わせている。そんな寛大な私が折角君に宛てて認めてやるのだから余計な茶々は入れぬようにここでしかと厳命しておく。常時従う事。まぁ従ったところであの日の君の羊羹は帰っては来ないが。
帰らざると言えば私も件の羊羹と同類ではなかろうか。
まさか、一輪があの底無しな阿呆に泣きつかれて代筆を任されているとは到底思っていないが、例えそうであっても考えを変える気は毛頭存在せん。これからの余生は隠居者としての慎ましい生活を送ることになるだろうし、私としても今までの喧騒から解放される今後を夢想するだけで心が逸って仕方がないのだ。自由とあれかし。
そもそも今までの日々が間違いであったのだと強く感じている。何故、一介の部下がただの上司である程度の輩の諸々含んだ後始末を付けねばならんのか。この悪法を理路整然と説明し得るが弁舌者がいるならば急須を臍で沸かしてやろう。何ならそのまま一節御覧じたっていいくらいだ。
いいか、急用の鈴で呼び出されたかと思えば放たれた一言目が「箪笥の立て付けが悪いので開けてください」だった時の私の心中が君に分かるか? 分かるまい。まぁ心配せずとも、彼女の面倒を見る事になれば似たような文言は折を介さずして耳にするだろうと半ば予言をしてみせようとも。そうなれば、ようやっと君も永らく見渡してきた我が心境の縁に立たされることになるだろう。友であるなら、またそれは友の苦労を分け合うを良しとすべし。君みたいな奔放に過ぎる阿呆は同じく阿呆によって半永久的に困らされるぐらいが丁度いいのだ。
兎も角、私は一切絆されるつもりは無いので、その旨を渦中の毘沙門天代理に一言一句違わず伝えておいてくれたまえ。我が心は既に金剛石をも凌ぐ勢いで凝り固まっておる。時価はいまだ天井知らずなことだろう。
賢将ナズーリン
愚鈍で愚かな愚者たる我が愚友 雲居一輪宛
御手紙拝読。率直に字が汚い、精々乙女らしい字面というものをを勉強すべきである。日々の写経の量を倍にでもして乙女力を磨いてみせよ。
そういえば手紙ついでに、前々から伝えあぐねておった事項が存在していたのである。此れここぞと良い機会でもあり、またぞろ迂闊に忘れぬうちに書き急いでおく事とする。是非読め。
前回話に持ち上がっていた、つまれば南無南無手芸倶楽部だが、よりにもよって「無手倶楽部」なぞという、物騒の角を揃えて額に収めたかのような、およそ無謀の極地とも形容すべき略称名を宣伝文句に打ち出すというその愚行、天地無用とばかりに正しく看過のしようもない。全くどうにかしている、幾年経った今でも改名する事を強く勧めよう。
ここは音の響きにあやかって乙女式手芸倶楽部だとか、この際舶来文字を惜しみなく使って高級感溢れる雰囲気を前面に押し出すのはどうだろう、ソーイングマスタリーなんて名前は恰好いいのではなかろうか。いや絶対恰好が良い。次があれば率先して候補に入れるとよかろう。賢将のお墨付き。
この様に、正しき創意工夫を必要に応じて凝らせば世に数多蔓延る婦女子共はその眼を存分用いて我先にと食いつくに違いない。いつ如何なる時代でも女子という脳幹直下生物は下らぬ流行には一層貪欲なのである。それさえ知る由もない君は、受注量に対しての倶楽部内生産者が数的に不足しているのだと愚痴を零してきていたが、その様な無能の極み云々を私に陳情する前に、こうして私が挙げたような代替措置を打ち出し、根本的な舵の修正を図るべきであろう。確かに改革は未知の恐怖が支配する。しかしその手綱を握ることが出来たときこそが南無南無手芸倶楽部の新たな一歩となるに違いないのである。賢将は分け隔てなく知啓を授け給うものなのだ。この全知全能な私を恒久的に崇めるがよい。
要するに。現状の問題点は、つまり過剰に前衛芸術している「無手倶楽部」と銘打った看板名が災いであると強く提唱させていただきたい。
いいか一輪。君、尊敬する相手から名前を賜ること自体は私だって微塵も疑問を差し挟まんが、その結果がこれだとなれば前言は容易く撤回されて然るべきである。あの呼称を良しと決めた輩は確実に名付けの感覚が全周的に狂っているに違いなく、でなければ仲良く手芸を嗜むべき集団に「無手」だなんという物騒に過ぎる単語は到底使えまい。乙女が拳骨を振るう機会はそう頻繁には無いのである。無いよね。
まぁ、なんだ。いくら命蓮寺における実質的独裁者、つまりは聖の事であるが、その御身から頂戴した徳のある略称とはいえ現実を見据えるがよい。十中八九その不穏極まりない文言が勢力拡大の妨げになっていると推察される。いや違うのだ、決して聖の感性を愚弄してる訳ではないから彼女の耳には入れないでおくがよい。
真に残念ながら情愛と建前は両立できぬ、そろそろ観念する時期が来たのだ。諦めるべし、潔く。ここはいくら君が妄執敬愛する聖白蓮相手であっても、涙を只管堪えながら愚直に上申すべきがこの場合の優しさではないのだろうかと私は思う所だ。機会は正に今である、ここでそれを踏みとどまれば無自覚な独裁者の歯牙による犠牲者は君だけに留まらず無闇に増えるばかり。下手な庇護は誰かにとっての刃とも成り得る、心せよ。
無邪気たる大聖母に悪気が無いのは重々承知している次第であるが、しかしそれでも目前へ抛らなければ決して仕事をしていただけないのが言葉とかいう奴なのだ。どうか、聖が受ける心傷は致命傷を避けていて欲しいと願うしかない私である。
頓首。
か弱い乙女である私
拳骨を振るわんとする乙女筆頭、雲居一輪宛
尊書拝読。
私の周囲で彼岸花の実と葉がじんわりと入れ違えてきた時期である、そちらの様子はどうか。
世は事も無く順次春になりつつあるのだろう。だからこそ見舞える景色はどれもが桃色の息吹に翻弄され、その様は我々が触れる間もなく美しい。これこそが文化の極みではあるまいか。そしてそんな折に届く文なのだから美談に終わった事を期待して、出来るだけ前向きに便りの封を切った私である。
まずは事の顛末、雑にではあるが把握させていただいた。起きてしまった騒動を改めて文字に起こすには存分に精神を消耗したと思うがその分君は立派にやり遂げたに違いない、これからも誇って生きていけばいいのではないかと思う。生きていった末に何かあっても責任は一切取りはせんが。私は悪くないのである。
しかしそんな心身衰弱の状態であってすら、端々に見え隠れする暴言の芽はもう少しどうにかならないのか、心の臓に非常に悪い。感謝の照れを隠すならもっと可愛くやって見せよ。どこぞの鵺みたいにだぞ。
いやはや、まぁ。
どうにも予想はしていたがあの根源的博愛者足る我らが聖でも相当に堪えた様子。もっとも、誰しも己が感性を否定されるのは心痛む事に違いなかろう。私だって必殺のスペルカードに自分の名前を冠してみて誇らしげだった多感な時期が点在してい気もしなくもないのだが、決まって周りの者に指摘されて目が覚めたものだ。必ず殺めて必殺と読むが、この場合残念にも仕留められたのは私という訳である。本当に、若気の至りなのだと括って捨てて過去を丸々屑籠へと投げ捨ててしまいたい残酷な過ちだった。こういった過去の私や聖に代表されるある種独特の感性を、格好良いと率先して意見できる者など湖上の館の吸血鬼以外は到底見掛けない事だろう。西洋文化とは全く珍しい。
されども、どうやら聖は心を抉られてなお自己を支えられたようで何よりである。この賢将でさえ心身の社会復帰は未だ難しく、こうして暫くの時間を要している最中であるというのに、流石は大僧正かく況やの聖白蓮といった所か。げに恐ろしき立ち直りの早さは感服するしかなく。これも信仰が為せる御業なのかと興味が尽きないのであった。
君の方もその意を汲んでかは定かではないけれど結局「無手倶楽部」で押し通すらしいではないか。続く道はどうしようもなく茨の道にはなると思われるが、だからこそ私も南無南無手芸倶楽部のさらなる発展を期待してみせようとも。
頓首。
ナズーリン
我が妬み日記登場候補に成り果てた友、一輪宛
拝啓。
しばしば春告精を外出先で見かけるこの頃。はっきりと感じられる新春の歩みなのだろうと思う。軒先は鮮やかな花の香り達が駆け回っていてとても騒々しい。これでは寺にいた時と変わらんではないか。
未だ詳細は知らされておらず、かと言って積極的に知ろうとも思わない先の倶楽部の看板を廻っての悶着は落ち着きを見せている時頃だろうか。きっと命蓮寺における唯一的先駆者と知られる聖もこれによって手痛い教訓を得たと見られる。しかし今回での経験は彼女をより高みに昇らせ、さらに優れた指導者へと導く手助けとなる事だろう。とても素晴らしい。益々に経験を積めばやがては私の様な素晴らしき存在になるのも最早間近。
無論私は比べも出来ない知恵者(幻想郷随一、下手をすると頂点に立っているかも)だが、そんな事にもお構いなく君が聖を敬うのと同じように私を敬ってしまっても至って構わない。何故なら私は偉大なる賢将なのだから。
そうなったら君は毎日三回は私が住まう掘立小屋の方角へ深々と礼をするといいのではないだろうか。すると幸いにも心が広い私は君からの熱い信仰を仕方なしにではあるが受け取ってあげようと思うだろう。別に欲しくは無いのだけれど、一輪がどうしてもと言うのであればまぁ身内の情や何やらで頂戴しておく。
しかし困った、そうなるとこの私が命蓮寺の唯一頂点である聖の存在を脅かす事になってしまうではないか、なんたる失態。やはり君からの敬愛は失礼させて頂こう。そう気を落とすな、悪いのは余りにも素晴らしい私なのだから。あぁ悩ましいなぁ。
頓首。
根津鈴
私に足を向けて寝られないであろう雲居一輪宛
拝復。
この仕打ちはあまりにも酷い。むしろ非道いと書かざるを得ないのではなかろうか。いや、きっとそうである。
先日のふざけた勢いで書き連ねてみせた我が妙案、君に完膚無きまでに無下に扱われた事でここ数日の私といえば傷心の最中である。これは悲劇だ。
いいではないか、私も偶には尊大になってみたりもするだろうし君の様な阿呆の真似をと興じる事すらある。それを君と来たら、最早手紙の体裁を成さないまでに罵詈雑言を延々書き連ねるくらいなら、せめて一言で収めてみてはどうなのか。まるで余白こそ親の仇、とでも言わんばかりの呪詛めいた長文を叩き付けられては繊細な賢将の羽毛に包まれた御心が木端微塵になるやもしれんぞ。可能な限りこの賢将を尊重するべし。一輪、私は君よりも年長者である。故に尊重するのだ、さぁ今から敬え。
そうでなくとも常々から私の時間の大半は毘沙門天の代理等という大層々々偉い阿呆に奪われておったのだから、あれくらいの悪戯心など可愛いものであるし仏罰はきっと当たるまい。何に取られているかは自明の理。是非も無くその阿保の失せ物探しであり真に不本意である。
それにしても全幅の敬愛を寄せていた我が御主人様の悪癖はいつになったら治るのであろうか。私が寺を飛び出してからもそれは些細なく変わってはおるまいな。
そこを思うと、まぁ僅かに残っている、まるで芥子粒と見紛うばかりの些細な世話心が頭を擡げかかる。しかしここで絆されてしまっては此度の反抗が無に帰す訳であるから、これからは涙を呑んで一輪にその始末を押し付けてやろう。もっと私の気苦労を味わうのだこの野郎。ちなみに、頻繁に消失させてみせる鼈甲の飾り櫛は桐箪笥の後ろに落ちていることが多いと我が独自の統計により明らかになっている。労力を惜しみなく使いたい余程の理由でもない限り、まずそこを探すが吉であろう。
とにかく、彼女が振るう素晴らしき無自覚起動型抹消技術に対し私は既にありとあらゆる手は尽くしてきつもりであるのだが、悔しくも回復の兆しはとんと見えてはこなかったのでこれは改善を促すのは得策ではないと遂に悟った。この光明の無さはまるで霧中の巣穴帰り(鼠界隈で、無理難題を押し付けられる事を指す意)、ほとほと困り果てているのだ。
今までで一番効果があったと思われるのは、御主人様の手の甲に各物品の管理場所を印し書きしておき、それを参考に整理整頓を実行させる方法なのだが実はこれだって目に見えた効果は出てはおらん。何せ彼女にかかれば両の手の甲が文字でびっしり埋まってしまうので、成程これでは物を探すよりも目で字を追う方が難儀である。更には何故そんなにも心配性であるのに失せ物が出来るのか中々に興味深いが、これは多分数世紀掛けても解かれる事の無い深淵であろう。
この様にとかく我が親愛なる御主人様は失せ物が多い多い。こうも頻発させられては、まさかどこぞの魔法使い擬きがこっそりと借りて行ってるのかと疑ってしまいたくもなる。そうだったならどれだけ良いか。余りにも紛失する為に、私が数年前に意を決して彼女の持ち物全てを紐で結わってみせた事がある。過剰? いや妥当である。
無論結わえる先は御主人様のしなやかにくびれた御腰そのもの。こうする事で、傍目からは紐で幾重にも枷をされた珍獣が出来上がる訳だがその狙いはと言えば至極明解。御主人様の御手から離れてしまった物でも、体から伸びる紐を手繰るだけでいとも簡単に見つける事が出来るという非常に画期的な算段であったのだが、結局は正規採用を見送ったのだった。
何故ならこの秘策、彼女が自分で紐を一本手繰り寄せる間に少なくとも二つは物が無くなってしまうという重大な欠陥があったのである。手繰る為に両手を使えば次は右と左に持っていた筈のそれを探すためにまた都度手繰る、これを絶望と言わずして何と言おう。奈落は正にここにありにけり。
より良い意見があれば是非にとも私に一報知らせて頂きたいものである。見合った礼は用意しよう。自腹だって切って見せる。これも不本意だが致し方なし、上司の悩みは私が始末するのが妥当。私以外に拭わさせるものか。
草々。
手を尽くした賢将
今から手を尽くすであろう一輪宛
--- Normal ---
こんにちは。
ふだんはおしゃべりにねっしんな君から、このようにしてお手紙をもらったときはおどろきました。それはもうとても吃驚(これは「びっくり」と読みます。むずかしい字があれば聖にでも聞くといいでしょう)しました。あまりにも吃驚してしまったのでたいそう大きな声が出ました。お寺にまでまさかきこえてはいないよね、大じょうぶだったでしょうか。
それはそうとお手紙ありがとう。楽しく読ませてもらいました。特に一輪が雲山とけんかしたところなど最高です、ひじょうにそうぞう力をかき立てられるよい文章でした。君はしゃべるのが得意らしいと聖からは聞いていたけれど、これなら読み書きでもきっとてっぺんをねらえるに違いない。このすばらしい私がだん言するのだからまちがいありません。つとめてきん勉にはげむように。
けれど、やっぱり急にもらったものだから少し返事にこまったのもほんとうです。今度からは相手のつごうも考えて渡せるようになればきっとほめられるはずだからがんばってみて下さい。そうしてもらえれば私もがんばって返事を書けます。書くにちがいないでしょう。
取りあえずこのまま終わるのはぜひも無くさみしいので、さらに次回をきたいします。できればあのにっくき一輪のしったいなんかを多めに記して貰えれば私が大いによろこぶでしょう。それではお返事を大いにお待ちしております。
それと、私のすんでいるところはびしゃもんてんだいりの彼女にはぜったいにおしえないようにしましょう、それでは。
おしまい。
なづりん
響子ちゃんへ
こんにちは。楽しい手紙をありがとう。
あいさつはとてもたいせつですね。だから誰とでも会うたびにそれを欠かさない、しかも元気いっぱいに声をかけてくる響子ちゃんにはお寺にいた間も、そしてこれからも私は頭があがりません。なぜなら私はちょっぴり恥ずかしがり屋で、いつも周りの目を気にしてばかりいるからです。私は小心者なのです。いまのままならこんな心ぱいなんて一切いらないけれど、それでもどうか私のようなあまりさわやかではない妖怪にならないように注意してください。でなければ花のないしょうがいを送る事になるでしょう。ぜひ教訓としてください。
でもあまりにむとんちゃくすぎると、それはそれでお寺にいるぬえのようなだらしのない妖怪になってしまうのでこれも注意する事。このまじめとふまじめのひりつという物はなかなかにむずかしくありますので、そのあんばいがわからなくなってしまったら実さいにぬえをかんさつしてみるといいでしょう、そうすればたちまちはっきりするにちがいない。彼女はいかにもぐうたらの天才だけれど、それ以上に反面教師としての才能はお寺のだれよりも一番なのでそこだけはどうか響子ちゃんもみとめてあげてください。でなければぬえのそんざいいぎがますます正体不明。いわゆるひさんというやつですね。
それとついでに、ぬえと多分よく一緒にいると思われる幽霊にも少し気を付けてみて欲しいなと思います。君はまだ日があさいから知らないかもしれないけれど、ぬえはなぜか、とてもふしぎな事に「なぜか」その幽霊とくっ付いているときに話しかけられるとひどくふきげんになってしまうのです。ですからぬえのおともだちである幽霊さんとお話ししたいなと思ったときは、まず周りに照れ照れとおしゃべりを楽しむぬえの姿がないかどうかをかくにんした方がいいと思います。やきもちをやいている彼女はひじょうに面倒くさいので、この注意じこうだけはどうか覚えておいてほしいです。
ぬえと幽霊のあれこれのくわしい内容は古いお寺のなかまなら誰でも知っているので、もし響子ちゃんが詳しく知りたいのなら一番えらい聖か、うわさ話大好きの阿呆一輪にでも聞いてみるといいでしょう。どちらともていねいに教えてくれるはずです。
なおこのお手紙のないようは、もちろんぬえにはひみつにするように。約束です。
おしまい。
なづりん
響子ちゃんへ
それから。
そういえば貰ったお返事のないように、「別に人間の幼子ではないのに響子ちゃんと書くのは変です、やめて欲しい」とあった旨をすっかり忘れていました。そしてそれをなんと今思い出しました。次からは気をつけるのでどうかゆるしてください。おねがいします。
こんにちは。そろそろお寺のわきに生えている更紗木蓮が香りだす時期でしょうか。今年もきれいに咲いていればいいなと思っています。
やはりです。
やはりあんのじょう君にしかられてしまいました。里に向かうようじが出来たとき、これはもしやお遣いに出された響子とぐうぜん出会ってしまうかもしれない等と考えて行くのを止めようかと思いもしたのです。けれどもそんなためらいごころと同じくらいに君に挨拶をしてもらいたいとも思ってしまった私がいたので、ひどくおののきながら里へ出向いてみればしかし八百屋の店先に見えるは、無理矢理はりつけたかのような笑顔で出むかえる君の姿です。へたをすればしまいには泣いてしまいそうだった。
決して短くはないわれらが妖怪生涯でありますので、これに関しては君の先輩なのだとつねひごろから自負していたこの私でさえあの時の君の笑顔の前にはにげ出したくなってしまいました。すごいはく力でした。
なので考えをあらためます。響子は妖怪という存在における私の先輩でした、ご同輩だなどと思いこんでいた私はなんともしつれいなやつだったのです。すみませんでした。きかいがあればそのこわもてのふんいきのかもしだし方なんてのをひとつ教えてほしいかも。私にもひろうしたい相手というのがいるのです。
おっと、こんなあほうなじょうだんをいつまでつづけてもいいけれど、やりすぎて本当にあほうだと思われてしまっても困るのでそろそろ続きを書きます。
実は、私は今少し困っています。そのかいけつのお手伝いを響子に頼みたいというしょぞんです。どうだろう、どうでしょう。
君もご存じのように今私はお寺をながらく離れています。ゆえあってです。わたくしごとや、しょくむかんけいの用もあって里にだけは多くないひんどで出入りはしているけれどそれすらしょうがなくです。できる事なら寺から程近いという理由だけで里にだって近づきたくない、そんな事をこの私に思わせるほどに大きなゆえがあったという事。御主人、到底許さんからな。
しつれい、文がみだれました。気にしないでほしい。
おはなしを続けます。
そう、困っているのでした。何に困っているかを手みじかにせつ明しましょう。響子は私の鼠たちを見たことがあったはず。もさもさ小さいあれです。いやいや心ぱいむよう、体は清潔にしていなさいときつく言ってあるので汚くはないです。ですので安心して近寄って欲しい、そして君のほうからそのもさもさ共に、私はしばらくお寺にもどってこないというむねを伝えておいてはくれませんか。そうしてもらえれば私が不在のあいだむだに働かせないですむからね。これがお願いです。みごとに下らないお願いではあるけれど、私とならぶ賢さの君にならわけもないはず。というわけで、どうかたのまれて下さい響子先輩。
おしまい。
なづりんより
幽谷響子先輩あて
おはようございます。こちらは現在おてんとうさまがまるまるとした顔を出した頃合いです。このお手紙がそちらにつくのは一体いつになっているでしょう。おはようの時間だといいですね。
このやりとりも数をこなして今では結構にてなれたものですから、ともなればこれはそろそろお互いのことをふかく知る時期ではないでしょうか。もっと詳しくいいますと、響子せんぱいの事をいろいろ教えてほしいと思っています。しかしそうもせっそくに事を運ぼうとした所で、しっぱいするのはじめいのりな訳ですからまずはこちらの手の内をさらすといたしましょう。ようするに、今からおっぱじめるのは自己しょうかいというやつなのです。
さて、私はせんぱいもご承知の通りすごく頭がいいので、周りからは賢将ナズーリンなどと呼ばれていて他からはいちもくおかれているそんざいです。もちろんそれが本名というはずもなく、いわゆる通り名というものですよ。恰好がいいでしょう?
このナズーリンさんのとくぎはさまざまな物をさがしあてることです。こいつの手にかかればみつからないものなど全くなく、下はまち針から上はつりがね、はてはみほとけの鉢だって見つけてごらんにみせましょう。響子せんぱいも何かあればえんりょ無くたのんで欲しい。せんぱいのためならこの賢将、苦労をいといません。
このむ食べ物はとくにありません。見つかっていないといった方が正かくなきもします。響子せんぱいは何か好きなものはあるでしょうか、とても気になるところです。近しい所で言えばあの一輪とかいうなまぐさぼうずは、夜な夜なその身を酒でみたしているらしいからあやつの好物は十ちゅう八九おさけなのでしょう。かいしょうなしにもほどがあります。げひんなやつめ。
それにとどまらず、あの阿呆は飲みふけっているそれがどううたがってみても酒でまちがい無いくせに、やれこれは般若湯だ、やれじつは薬膳なのだ。なんてたびたびいつわってはくりかえしのみ散らかしているのです。けんこうに気をつかうわたしとしてはその姿勢がめっぽう気に入りません。いや、単に一輪が気に入らないだけかもしれないです。
だって響子、聞いてほしい、あいつったら口論するたびにわたしを小さい小さいと小ばかにしてくる、余りにひどいと思います。いつか取っちめてやる。そのさいは、どうか響子せんぱいにもご助力をお願いすると思いますのでかいだくの返事をきたいしています。図体ばかりがつよさではないのだとわれらの力で思い知らせてやりましょう。それでは。
おしまい。
なづりん
幽谷響子先輩あて
それから。
あのくそぼうずに、せめてもう少し体をいたわりなさい、とせんぱいの口からちゅういしておいてください。やむをえなければ聖につげぐちしてもいいと思います。
きっとよくじつには、一輪の枕元のすぐ横にげんこつの形をしたかざあながあいている事でしょう。
こんにちは。きょうもにわさきの桜がきれいにさいています。まるで響子のえがおみたいにすてきです。どうか散らずにいておいてほしいと思わずにはいられません。
さっそくですが、お手紙といっしょに春のとんがりをおとどけです。もちろんえんりょはいりません。少しばかしどこぞの竹林ちかくでほりかえしすぎてしまったので、それならば響子せんぱいをだいひょうとするお寺のめんめんに分けてあげようと考え、こうしてお返事とともにゆうそうさせていただきました。けさとれたばかりの新せんな筍、どうかおおさめください。そしてあわよくば聖とならんでりょうりなんてしてみてもよいのではないでしょうか。ちなみに私はしおあじに茹でたやつがそぼくでいいと思います。刃物もつかわないし安全ですよ。
きっととびきり可愛いせんぱいが、いつの日か家庭のわざを余すことなくしゅうじゅくしたとなればそれはまさに鬼にかなぼう、ふけば飛ぶようなどこぞの代理とはてんちの差でしょうから、そのままのいきおいで取って代わり、ゆくゆくはせんぱいこそが私のじょうしになったりするのかも。そうなったらどんなにいいことでしょう。払うぎせいも阿呆虎の空看板のみ、なんとへいわなげこくじょうではないですか。もしそうなれば響子には権りょくが。私にはいやしが。阿呆にはお灸がそれぞれぶんぱいされ、組織としてさらなるはってんをとげることになるでしょう。という訳ですから響子せんぱいにはいっこくもはやくお寺の中での家事のおてつだいをおたのみもうしたいのであります。私のすこやかなるみらいは君のおてつだい力に今ゆだねられました、どうかごぶうんを。
ちなみに。ろうどうに見合ったぶんのおだちんが欲しければ毘沙門天代理様にぜひねだってください、聖と。きっとこの世いちばんとも言える笑顔ですすんでおうじてくれることでしょう。
--- Hard ---
君との間に不必要なものは多々あれど、その最たるものが遠慮会釈であろうことは過去の実績により既に明白である。であるので私はここに何の気兼ねもなく前略を叩き付けよう。
何やら桜もそろそろ散り始めそうな気配がする近日であり、そうであるのに我が周囲ではその様な気配は見る影もなく、むしろ死に際を今こそと見せつけるが如くに咲き誇る花ばかりである。それは恋という名のね。
……、忘れてくれて構わん。むしろその方が良いに違いない、私なら忘れる。
閑話休題。反論は認めんぞ。
君が初志貫徹した妖怪であるために不可欠な入道が居ることだろう。その名を雲山といったように覚えている。彼とは(もしや彼女か)余り直接に親しくは無かったのでもし間違っていたら失礼ではあるが、しかしながらあれ程の髭面に野太い唸り声、これでもし万が一に婦女子を名乗られては今後私は雲山の眼を見てきっと話せないに違いないだろう。その時はどうか許してほしい。そして迅速に乙女力を磨くように君の方から申し立てよ。
彼、彼女かもしれないがともかく。雲山は力仕事などは余程得意なのだろうかと下心をありありと籠め申した推察を送ってみる。出来れば得意であってほしい。そうであれば賢者が一匹救われる事となりにけり。
というのも、私が現在反旗を翻して立て籠もっている小屋の屋根住まいが何処からともなく輪廻転生を始めているらしく、風情豊かな五月雨の日ともなれば必ずと言って差し支えなく雨粒の野郎が漏ってくるのである。まるで君の様に生意気そのもの、どうしてくれようか。
滴り落ちるそいつは大変冷たく、私はこの梅雨に差し掛かるであろう前線基地に置いて精神的に追いつめられていく日々を過ごして居る。物理的にも部屋の隅へと追いつめられてしまっているあたり、中々笑い話には出来なくもなってきた。困る。
幸いここ暫くは春らしい天気が続いているから、目に見えるまでの実害を被るには幾許も大丈夫だと思いたいが、問題はその先に居座る梅雨時に決まっているのである。結局の所、今のままの貧相な茅葺きのままでは、凄惨に及ぶべくかと思われる礫雨には万事耐えられるか分からん。漏るだけならいいが小屋事吹き飛ばされでもした日には目も当てられない、濡れ鼠の出来上がりだ。
催促をするつもりではないのだが、どうにか空いた御日柄にでも我が仮初めの居城の修復を雲山氏とついでに君に頼めないかとこの便りで打診をしてみる訳だね。私は周知のとおり小柄で非力で貧相だから左官仕事なんて逆立ちしようと無理に決まっている。どうだろう、君さえよければ都合のつく日に出張をお願いしたい。只でとは言わない、報酬も用意します。落ち着いた時にでも連絡待っている。
草々頓首。
賢将ナズーリン
まるで菩薩の生まれ変わりやもしれぬ雲居一輪宛
追伸。
前回、聖とのあれそれを私にからかわれたからといってその仕返しを企てたりだとかは我が精神衛生上に大変良くないので思いつかないように。ここはお互い熟達した精神を見せ合おうではないか。
拝啓。貴様は悪魔か。
先日久方ぶりに、今は遠く懐かしき命蓮寺へと足を向けてみた。
断固たる決意を以てして寺を離れた私ではあるが、それにより聖に余計な負担が廻って来てははいないかとの心配は如何なるときでも我が心の中に万遍に張り付いていた。そんな事もあり、一時これは寺の様子を伺うべきではなかろうかとの思いが行動として還元された結果の訪問である。決して寂しさが募ったからとかでは断じてないので邪推はよせ。それが証拠に、あの阿呆が寺を空ける時間をしっかり把握して聖を訪ねたぞ。偉いだろう、私はしっかり我慢ができるのだ。
そしてその日は惜しい事に、君も件の阿呆共々里へ出ていた様で不在だった。仕事熱心だと感心するしかない。はたまた色恋に掛ける準備に忙しそうだなとからかってみるか。
つまり、その時はこういった至極まともな考えを巡らせつつも門前へと至った訳なのだ。当然、門前ともなれば近くに居るであろう響子に声をかけるのが普通であろう。勿論私もそれに違わず、持ち前の鈴が鳴るかのような美声でもって挨拶をしたのだった。問題は、その惜しげもなく可愛らしい響子の口から発せられていた言葉がいつもの読経の手習いなんかでは無かった事である。
何故。響子が。私の。私が、自ら文机の奥底に封印した数多ものスペルカードの名前を余すことなく網羅して読み上げているのだ! 貴様は悪魔か!
あんなにも私が慈悲を請うたというのに無情にも切り捨て、あろう事か我が古住処かの文机から生涯に渡るかもしれぬ汚点を態々引っ張り上げて晒し上げるというこの仕打ち、良心を失っていなければとても出来はしない筈の芸当である。永劫に恨んでやる、末代まで呪われてしまえ阿呆。寧ろ君で末代になってしまえばいいとさえ思う。
とにかく、私が帰還した際に外出中だったおかげで己はその命を拾えたのだと心の底から噛み締めよ。でなければ君の一生はそこで幕を閉じていただろう。命蓮寺の只中で怒り狂う私はさながら夜叉面、居合わせていたなら君など一捻りだったに違いない。恐怖に囚われて出鱈目な命令を下された、寄せては返す入道の拳を明鏡止水もさながらに掻い潜り、固く握った我が拳骨が必ずや君の脳天を成敗したであろう事はどうあっても想像に難くない。此度顔を合わせたが貴様の命日だ。今の内に身辺整理でもしておくがいい。
さらには響子に聴取して曰く、私が訪れる数刻前に御山の血塗れではない方の巫女が門前を通り抜けていたそうではないか。どうしてくれる。いや、どうしよう。
きっと今度からは会うたび会うたびに「あぁ、これはこれは名付けの天才である所の賢将さんではないですか。どうです、斬新な命名は閃きそうですか。ねぇ、小さい賢将さんったら」とかいって容赦なく手玉に取られてしまう未来なのだ。私の涼やかな印象は既に風前の灯火でしかない。こうなっては暫くはあちらの御山へ出向くのは控えようと思う。一輪の方も万事飛び火に気を付けるように。阿呆。地獄に堕ちろ。
頓首。
悪魔を調伏せし私
悪魔すら凌駕する糞破戒僧宛
拝啓、春の顔もそろそろ見納め、名残惜しいものである。軒先から見える原の桜は最早散り散りだし、先日の事件で私の心中は散々。
つくづく思うが皮肉に皮肉で返したところでどうにも争いは止まないし平和なんてどこからも生まれないのだ。故に私は御自慢の弁舌という兵器を放棄しよう。だから君も馬鹿な真似は今後一切止めるが良い。特に響子は関わらせないように。でなければもしも私の破廉恥な噂が君が操縦した響子によって爆発的に広がって、それを苦にした私はきっと命を絶って君の枕元に化けて出てやろうとも。
そう、争いに生産性は皆無であると颯爽に明察した私は誰よりも平和主義者。そうと決まれば近況なんぞをちらと報告してみせよう。また、我が住まいの修理の件の返事はお早めに頼むのである。
最近の私は延々と地下探査に明け暮れる毎日だ。何せ金脈を見つけて掘り当てれば夢の生活が待っている。貴金属の価値というのは素晴らしいものだ。どこかでみかけた森の近辺に居を構えている古道義屋にでも強引に売り払えば、買いたたかれでもしない限り相当に懐があったかくなるというものだ。
いい機会だから話しておくが私の夢はとても偉大かつ壮大で誰も思いつくはずもない、天界すら眩む広大な夢だ。知りたいと思っていそうなので詳細を記してやろう。
まずは売却して得た資金で住居を改める、いの一番で。今の襤褸小屋からは別れ、部屋が数多あって檜の香りもする新しい家を構えてみる算段だ。朝目が覚めて初めに嗅ぐのはその優しい香りであるし、就寝の際もまるで森に包まれながら眠りにつく。これはもう気分は森林浴と変わらなく、なのでとてつもない贅沢である。とっても贅沢だろう! もうこの時点で凡人には手も足も出ない奇抜な発想だという事が言わずとも文面に滲み出てしまっている。賢将なのだから当然である。
居を新たにすれば残りは衣と食だ。
私は自分の外見を華美に装飾するという行為に余り理解を示せないのでこの点は、つまり衣服はそこまで重要視はしなくてもいいだろう。可愛いだとか可愛くないだとか、そういった個体の差異は元来美麗な私には生涯無関係な項の一つでしかないのだ。君も私の垢を煎じて飲み下せば多少はこの賢将のつま先に近づけるに違いない。
ここまで順調に進んでしまえば、仕上げは食という事になる。正に最後の晩餐と呼ぶに相応しい。誤用だろうとか野暮な事、まさかここで書き下ろすつもりではあるまいな一輪。
好みとは個々によって好き好き様々なのだが私はなんといっても醍醐が最上の品だと考えているしその自信がある。乳は好んで口に入れたいと思いはしないが、何故か醍醐だけは別格なのだ。舌の上で転がせば、広がる匂いにあの独特の触感も一級品、難点なのは製造法故の希少性だけれどそれだって金脈で一山当てれば何も問題は無い。掻き集めて買い占めて見せるさ。私はそれの為なら私財全てを投げ打ってでも構わない覚悟があるね。
どうしてだろうか醍醐という奴にはそういった魅力があるのだ、まるで遺伝子から訴えかけてくような求心。これも生き物の性か。君もあの醍醐味を知ってしまえばきっと私と同じになると思われる。侮ることなかれ。
しかしながら一番の問題はこの地にそういった鉱脈の気配が皆無という事に他ならない。夢はもうしばらく追いかける事になりそうである、私の夢は賢将であるがゆえの壮大さのために、どうやら敵わんようだ。(夢が叶わないと掛けているのだ。上手いだろう)
頓首。
勘が鋭い私
鈍らの雲居一輪宛
拝啓。新聞でも読んではいかがか。失礼、君が阿呆な事を失念していた。しんぶんというのは、それを読む事で時世を知った風になれるという暇つぶしの読み物だよ。
これで昨日よりも賢くなったろう。よかったな。
一輪を小馬鹿にすることで思い出したが、先日里の貸本屋にて何冊か見繕ってきたとこである。あそこはつまらない割には購読層が多い事で評判な烏天狗の日報もそれなりの数を取ってあるので手持ち無沙汰な時間を浪費するには上出来な場所であろう。こういった、私と同じ考えの者はそれなりに存在するようで、店に寄るついでにと暇を潰す趣で多種多様人妖関わらずにそれぞれが手に取って読み流している姿を見かける。その為もあってか、販路拡大を企む天狗様共がよく売り込みに来て最近は騒々しい日が続いているのだと店主が言っていたな。(心配せずとも店主は君より乙女である)近頃は製紙技術も庶民文化へと流入され、妖怪の山ならず里の中でも宣伝喧伝に質の高い紙が使われているようだから驚くほかない。それが証拠にただの甘味処でさえもそれに文字を刷ってばらまいている始末。なんとも贅を凝らせる時代になったものだ、真に羨ましい限りである。
しかしながらここでただ単に移り変わりを嘆くは並み居るばかりの愚者だけなのは公にされている通りで、どんなときであっても私のような賢者は変化を我が力とすべく動くものである。さて、この機会を逃すは愚かと言って切り捨てるがも同等価値であり、我ら命蓮寺一派としてはこれを機に今までよりも大々的な布教活動に臨むべくだと考えている私だ。多少難しい話だと思うから君は実る稲穂の如くただ頭を垂れてこれを呼んでいればよい。
なに、奇を衒うばかりが賢さではなく、ここは我らも巷の流行りに相乗りさせていただく所存しかあるまいよ。つまりはこちらも同じ手を食えばよいのである。美味いものがあれば周囲の事などお構いなくに手を出す、なんとも君向きの案件ではなかろうか。知を労して実を得る私にはとても真似できない芸当ともなればこれはもう君は私を超えたと言っても大言ではないだろう。ほら、ここまで煽ててやったのだから精々夜半遅くまで布教のための広告をせっせと刷るがよい。そして休む暇なく配り歩けば酒で鈍った体も多少は機敏になるだろう。
友の健康を大変に思いつつ布教活動もこなすべく頭を働かせるだなんて、私はなんと偉大なのだろうか。余りに賢いというのも考え物、この世を気楽に生きるにはきっと君くらい阿呆なのが丁度いいのだろう。存分にひけらかしていいぞ一輪。
草々頓首。
頭脳労働担当の私
それ以外担当の一輪宛
追伸。
紙面や活版印刷を用意するに当たっての初期費用は私は一切関与しないことをここに宣誓しておく。決して巻き込まないように注意されたし。
拝啓。
新春の兆しもとうに薄れてきて新たに迎えるはしとどの雨である。さっさと過ぎ去ってしまえばいい。一体何が楽しくて軒先で跳ねる雨粒を気にせねばいかぬのか。上昇し続ける私の不快指数はとどまる所を知らず既に天井間近である。
そこへ来てさらに一昨日は酷い暴風日和の模様。時折吹き荒ぶ強風が腕を振るうたびに、我が居城の屋根が悲鳴を上げていた。このままではいかん。私の煌びやかな襤褸小屋が瓦解する恐れが大いにある、真に由々しい。
というかとっとと修繕に来るべきではなかろうか。最早部屋の四隅には胞子共が我が物顔で住み着いておられる訳で、いくら私の事が嫌いだとしてもつい最近まで寝食を同じ屋根の下で共にしていた付き合い、温情は大いにあって然るべきだと思っている。さもなければ咽び泣く覚悟がある。
暴風といえば近頃に駆け巡る風は中々悪戯に手を込んでいるらしいと響子から聞いた。あの子は耳が早いね、伊達に山彦では無いという訳だ。一体どこまで拾うというのか。
その響子が言うには既に里の人間が数人春一番の犠牲になっているらしい。悪戯の手口も一層悪質だそうだ。犠牲者が全員うら若き里の乙女共という事からも事態の深刻さが君にも伝わる事だろうと思います。これはもしや異変か。
なんでも、陽も上がり切った白昼堂々に少女が静々と歩いている所を狙われるという話。いや実際の所は日時は関係ないのだけれど、それでも悪質な戯れが里で横行している事に変わりは無い。事が荒立てば大事件にまで発展してしまうかも知れぬ。
と散々煽り立ててはみたものの、実は天狗の様な姿形をし、撮影機らしき物体を引っさげた形容し難き疾駆の妖怪が隠し通せぬ酒気を撒き散らしながら跋扈している、といった証言が相次いでいるそうで多分この件は迅速に処理されるに違いない。あの巫女に酔眼朦朧は言い訳と通る筈もないであろうし、悪酔いの上から降りかかる大幣はさぞ痛かろう。まぁ所詮粗野な天狗の自業自得、酔にかまけて鼻の下を見境なく伸ばした方が悪い。
そういえば君も確か一応分類上ではまだ乙女だったか。乙女は乙女らしくあれ、清廉的象徴者たりえる聖を前にして私との応酬の癖そのままに、つい似合わぬ罵詈雑言が飛び出さぬよう精々気を付けるべし。乙女力を磨くのだ、でなければかの金剛力な大僧正の誠意ある一撃を貰う羽目になるだろう。
草々頓首。
根津鈴
雲居一輪宛
追伸。
この便りを投函しに外に出た所、奇しくもその道中にまるで射命丸文かのような模様の襤褸切れを見かけた。あの巫女にしては仕事が早く、どうも嫉妬心とは中々大きな原動力になり得るようだ。
肝心の仏さんの方はといえば、汚れ具合から察するに軽い痴話喧嘩の後だろうと推測される。虐殺と呼んで差し控え無い程度のな。かの巫女の朱色の所以たるはやはりその返り血に因る物なのかそれとも嫉妬に染まり易いその頬の気からなのか果てさて。まぁ彼女も乙女の一人には違いかったという証明であり、加減の無い一途さもさながら真っ直ぐな恋慕の裏返しであるし大いに可憐と呼べよう。
--- Lunatic ---
おひさしぶりです。せんぱいはげんきにしてましたでしょうか。わたしの方はときたまふる雨で心も体もしとしと加減がいいかんじです。
せんぱいには以前、すこしおみみに入れさせていただいたかもしれんのですが、我が家のたいようねんすうさんがそろそろお亡くなりになりそうなのです。たんてきに、ぼろい。
このままではいけません。だって、私がすめなくなってしまうからです。そうなればいくら賢い私と言えどもいずれはげんかいをむかえることでしょう。もしも、まぁ来ないことが一番なのですが。もしもその時がくればどうか響子せんぱいの部屋にいちじ転がりこませてほしいとおもいます。なにせ当てをたよろうとも、片方は口がわるい入道使いの阿呆、かたやもう一方は私が三下り半をたたきつけた阿呆。まさにはっぽうふさがりとはこのことです。ですからここは新たな退路としてせんぱいの力をおかりしたいしょぞん。ふがいない私をゆるしてください。
えぇっと。
まぁ、ですね。
じつのところ、小屋はこわれてしまってもいいのではないかとおもっているのです。
これを読んでいるなせんぱいのふしぎそうな顔がありありとうかびます。だってこの私でさえもうまいこと説明はできやしないのです、きっと。
なんといいましょうか。
さみしいわけなのであります、これまた端的にもうせば。これはもうひじょうにこころぼそいといってしまっても最早さしつかえないでしょう。このじじつに一ばん吃驚しているのはじつはわたしだろうとすいそくされます。どうやらわたし自身すらもしらぬまにどこぞの阿呆な猫に絆され果てたらしい、せんぱいはわたしのような事にならないよう、どうかちゅう意ぶかくいきてください。あの阿呆、どうも知らぬ間にこころにすみつくのが異様にうまいようなので。むだにすごいぎじゅつなのがとても腹が立ちます。
くやしいので私はぜったいにみとめてやらないことにしました。先輩もどうかそのつもりでかかってくださればと思います。われらが力を合わせればひとひねりでしょうとも。
おしまい。
なづりん
響子先輩へ
せんぱい、たすけて。
空が私をとっちめにかかってきます、もはやぜったいぜつめいです。
この便りがとどいたときには多分私はいきたえていることでしょう。ですがどうかかなしまないでください、私はけんめいにあらがいました。どうやっても命をうばわれることになるでしょうが、しかし私はこのとどろくばかりの稲光なんかには屈しかったことでしょう。
どうか私のことをわすれないでください。おげんきで。
さようなら。
なづりんより
響子先輩へ
はいけい、はやあしの雨がすぎさってくんぷうが原にかけるおりのこう。
ぜん回のお手紙はせんぱいを吃驚させようとして送りました。ちょっとしたお茶目心というやつですね。せいこうしているといいと思います。きっとさぞ吃驚したことでしょう。それはもう先輩のいげんが少しばかりころがりおちてしまうほどに。ですけれどもそんなせんぱいを見ても私はなんらかわらない敬意をもってして接するとせんせいします。ぜったいです。
ですのでせんぱいも私がいつかひどいしっぱいをおかしてしまったとしてもきっと見て見ぬふりで通していただけることだと信じております。いえ、深いいみはないのですけれどもね。
それではまたじかい。ごきげんよう。
後、以前にお送りさせて頂いた御手紙は他の者の卑しい目に触れる事の無いよう速やかに焼却処分して下さい。お願いします。
こんにちは。さいきんはじめじめした日がつづきますね。わたしのおうちはよすみが黒ずんできています。いえ、きっと気のせいでしょう。なにも見ていないことに今決めました
先輩があんなちんけな吃驚お手紙では吃驚しないということなので私のとっておきを教えてあげましょう。
じつはわれらがほこる命蓮寺のうらての墓地にはとっておきにこわい妖怪がすみついているのであります。きいておどろくことなかれ、なんときだいの化け傘なのです。
その化け傘、おなまえは小傘といいます。たたら、と書いて多々良小傘。じひがおよぶべくもないありとあらゆるをあくじを働き、ぜんりょうなる人びとをきょうふの底へとたたきおとす大ようかい、と自分のことをしんじて止まないこれまた阿呆です。ついでに泣き虫で背丈のわりにひん弱、たぶんうでずもうをしかければ響子が勝つでしょう。弾幕しょうぶでもきっと先輩のほうが上だ。
すいません、とっておきというのは嘘でした。どうかゆるしてください。
ですが、小傘はだれとでもなかよくできる天才ではありますので先輩とはきっと気が合うにちがいありません。友だちができるというのはすばらしいことだからぜひともちょうせんしてみてください。なにをするにしても心をともにできるなかというのはあんがい心地がよいものです。君にとってのそれに小傘がたりえるかはじつにむつかしい所ですが、そうでないとしてもそういう大切なそんざいが響子の心にあらわれるといいなと思います。
私ですか? 私はざんねんなことに手のかかる阿呆ねこをしつけるのにせいいっぱいで、そこまで気のゆるせる誰かはいないのです。まぁ、こうはな一ぴきおおかみの私にはこどくがにあうのでもんだいはありません。おっとしっけい、せんぱいがいました。ですのでこのばあいは二ひきおおかみですね。なんとも、いっきにかどがとれた気がします。これも響子先輩のあいらしさのなせる技にちがいない。そのみょうぎ、少し私にわけてくれませんか。かんぜんむてきな私ですが、なにぶん愛想をふりまくのはにが手とするとこで、だからいつもあの阿呆の前では空回り、こまったものですね。
そういえばさい近は風がつよくなっているのでお外にお出かけするさいはめっぽう気をつけるといいでしょう。そういうとっぷうの事を春一番といい、のんきな人間たちは春の訪れだとありがたがるそうです。しかし時期からみればもうとうに春百番、なんとも寝坊助なことです。
おしまい。
なづりん
響子先輩へ
こんにちは。きょうもお元気ですか。
お手紙、きちんとお読みしました。小傘とはぶじにお友達になれたようで、後輩ながら自分のことのようにうれしくおもうかぎりです。やはりせんぱいはかわいくて賢くて、やさしいうえに心がひろい。まるで童女の頃の私のようだ。
その賢い頭でこれからもびしゃもんてんだいり様にだいひょうされるお寺の各種阿呆の面々を助けていってあげてほしいです。あぁ、一輪だけはいいです、あいつは響子が救いの手をさしむけるにあたいする阿呆に違いはないけれど、それとはべっけんでとても悪いやつなのでどんどんこらしめてやって下さい、たとえばやつの頭巾で鼻をかむなどして。それが彼女のためでしょう。すくいのまえには試練がつきもの。
前回、私がお寺でいかりくるっていたのは響子のせいではなくあの一輪とかいうはかいそうのさくりゃく(策略と書きます。良い言葉ではないので多用はひかえましょう)のためであり、決して響子自身にはおこってなどいないのです。私がせんぱいにおこりなどするものか。
響子先輩は阿呆にすっかりりようされただけであるからむしろひがいしゃとしてふるまって良いでしょう。ですのでこの前の様なすっぱい顔なんてしなくてけっこう。せんぱいには笑顔がいちばんにあう。
にあうといえばもうそろそろ、大雨とともにほんかくてきななつのあらしが差し迫ってきます。雨や風は好きですか? 私はどちらかというとにが手です、お天気をいちいち気にしてすごすだなんてぐうたらな私には中々やっかいなものなのです。天の気まぐれと書いて天気だなんて、よくもまぁ言ったものですね。
また、気まぐれつながりとすればせんぱいもごぞんじのように私のじょうしはことさら気まぐれ。あれはもはやてんねんと呼んでさしつかえないと思います。たしょうのきょうみもあるかと思いますのでまたまた私のじょうしのお話でも少し書きましょう。
かのじょは背がとてもたかいです。私と響子がたてに並んでようやく追いこせるといったくらいですよね。きっと間がぬけているのは身長の代償(だいしょう。)にちがいありません。でなければ妖怪といえどああもうんと高くなどなるものではない。
やっかむは背丈だけにはおよばないのがまたいやらしい。このさいみとめてしまいますが私はじょうしとは比べるべくもない程に哀しい肉付きなので、ぜひとも彼女のほうまんな凹凸をよこしてもらいたいです、響子だってそう思うでしょう。一度でいいから私もにくたいてきよういんによって肩がこったと呟いてみたい!
でもまちがってはいけないのです。うらやんでいるだけであって、尊敬はもちろんしています。私のすばらしきじょうしはその鈴色の声でもってよく私のしんぱいをしてくれていましたし、たまにではありますが、あの大きくやさしい手でなでてもらったりもしました。
これにはふと、もしや子供あつかいされているのではと思うときもあるわけですが、しんそこ嫌ではないのでけっきょくは私もなでてもらいたがっているのかもしれません。おっと、これはぜったいにひみつです。他言は無用。はかばまで持っていくこと。
だからといって本当にはかばまで持っていって読んだりなんて、賢いせんぱいはしないとは分かっているのですが一応ちゅういしておきます。だってあそこには一輪と並んでそんしょくない響子のお友達がひそんでいるのですから。せんぱいもじゅうぶん気を付ける事。
ではまた。お便り待っています。
おしまい。
根津鈴より
幽谷響子あて
--- Phantasm ---
拝啓、湿気で洗濯に向かわせた肌着が中々乾かない。困った。
多分に重い空気が満ちてきている。とうとう幻想郷にも梅雨がやってきた。
しかし今はそんな事はどうでもいいのだ。先日に出掛けた永遠亭の傍でちらと耳にしたのだが、どうやら喧嘩をした後は自身の体に洋風の帯を巻いた上で頭を下げに行くと効果が覿面に良いらしい。体躯全体を用いて謝罪の念を受け入れてほしいという現れらしいそうだ。成程、案外あの阿呆な不死者共も上等な手を思いつくものである。
えー。して、君。何でも南無南無手芸倶楽部の納入の関係でどこぞの洋裁店と良好な付き合いをしているそうではないか。おぉ、これはなんとも奇遇、謂わずとも常日頃から徳を積んでいる私への地蔵菩薩様の縁合わせと賜ってしまっていいであろう程の良縁。
率直に言えば、そういった類の風である洋装の帯紐を私が君に取り寄せさせてやってもよいぞ。
いや別にこの賢将がそんなものに興味を持っている訳では無い、そこは正誤しっかり判断してくれ。言っても私は喧嘩など児戯にも劣る他愛無い時間の浪費はしたことがない。つまり特定の関係者との早急な仲の修繕を求めてはいない訳なのだ。
では私ではないなら誰か。それはもう一も二も無く響子の為である。そう、響子の。
風の噂で聞いたがなんでもかの先輩、あ、いや響子は親友と名高い件の化け傘と仲違いをおこしたらしいので。詰まるはそういうこと。
いいか、響子を思っての聴取であって決して私自身の損得の為ではないし、けれど可愛い可愛い御同輩の為であるので真剣に取り組む事を約束せよ。さもなくば待針千本を用意する他ないだろう。また、記さずとも無論他言は厳禁である。
回りくどくなってしまったが結局どうしてほしいのか。君は今憤っている事だろうと思う。ありありとその光景が目に浮かぶ、手慣れたものだ。眉間の皺が増えても知らんぞ。おっとまて、まだ破り捨てるのは早計である。
転じて急とするに、その洋裁店へ注文を取りつけに行ってもらいたい。代金は心配せずとも包んでおいた。注文書もちゃんと認めて同封した、私に映えるに決まっている桃色だぞ。多めに送りつけたとは思うが、それでも足りなければ後日にでも言いつけてくれれば喜んで財布の紐を開けさせていただく。糸目は付けない。
私が直接その店へ出向ければそれが一番なのだが、何せ最近はやらなければいけない仕事が多く猫の手も借りたい程多忙である。ですのでどうかその一式、出掛けにでも届けてもらえればと思う。態々変装までして店に出向いて手に入れた注文書、記入漏れも多分無いとは思われるので一輪はさっさと店主に渡しに行くこと。急務。
頓首。
濡れ鼠
きっと優しさ溢れる我が友宛
拝啓前略。
君は変わらず元気でやっているのだろうか、と柄にも無く気を使ってみた。別にこれといって他意はない。偶には他者からの好意を素直に受け取って見せろ。
何やら幻想郷では雨音が絶えない日々が続いており私は大変憂鬱。延々かと思われる水気に苛まれる我が身であるが、襤褸小屋の軒先で咲き誇る紫陽花ばかりがここ最近の私の憂った心を癒してくれている。いや、君からの便りの方が断然いいに決まっている。安心しろ、大嘘だ。
で、その後の首尾はどうなっただろうか。何かとは勿論書くまいな。一応書いておくが私の注文の件だ、君に頼んだ。まぁ続報が入り次第速達でもってして教えて貰えれば良いに違いない。その時は私に感謝される準備でもしておけばいいだろう。しっかりと期待に沿って見せようとも。
また、先の件とはがらりと話題が変わるが、その、我が愚かな上司であるところの寅丸星は元気にしているでしょうか。御飯はちゃんと三食口に入っているのか不安でならない。特に朝食を抜かしてしまっているなんて事はないだろうか。あの方は眠りが深いので殊更不安です。部屋の掃除は……、頃合いを見てこっそりそっちに顔を出した時にでも済ませておこう。どうせ酷い有様だろうから。全く、それだから失せ物が増える一方なのだと何回諫言すればいいのか。
それからまさかとは思うけれど、体調を崩したり等はしていないだろうね。いくら神格を授かったといっても臥せるときは臥せるものなのだし、君からも注意して見てあげて欲しい。連日連夜の雨に降られて風邪なんて貰えば凄惨である。莫迦は風邪を引かぬが故心配無用であるが残念ながら御主人様の分類は阿保、しっかり監視に励め。あとついでに君も阿呆なので気を付けるのだぞ。
だらだらと連ねてしまったが要は上司がしっかりしてくれないと私まで阿呆に見られてしまい困る、という話。変に勘繰ってまたもや寺中に吹聴するだなんて以ての外、慎むように。
早々。
健康志向好きな私
いかにも不健康そうな一輪宛
拝啓。そろそろ洗濯が本格的にもどかしい。干さねば乾かず、干さずとも又乾かず。果たしてこれに意味はあるのか。
古来よりの四季は大変豊かであり見方は千差万別で限りなく優雅。けれどそれは受け取り方も自由というものであり、酷なことに私はこの時期があまり好きではない。はっきり嫌いとは言わせない所がまた梅雨の憎いやり口。これはまるで君の様ではないか。褒めているわけでは無い、君が悪いのでその口角が上がったにやけ面は即刻収めることを忠告しておく。
肝心要の中文であるが、惜しみなく賞賛を送ろうと思う、誇ってくれ。いや冗談、平身低頭で感謝している。まぁ三日間は持たせて見せよう。
丁度一昨日、魔法の森の件の店から小包が届いた。これほどまでに待ち侘びたものは無かったと言い切らせるまでもに輝くそれは、中を改めるまでもなく私への君の奉仕が実を結んだ結果である。これさえあればきっと許してもらえる!
やはり持つべきは気心知れた友だと改めて痛感した。困ったときは存分利用せねば損であるし、私だって喜んで利用されもしよう。しかしかの無手倶楽部への御参入だけは勘弁願いたい始末である。だって自分の時間が減ってしまう、となれば一大事だ。
時に(正に時だけに)一輪は時間を上手く消費出来ているだろうか。私はここ最近までは鉱脈を探してみたり、希少価値の高そうな骨董等を巡り歩いていた。無縁塚は幸いにもそういった曰くが度々流れ着く。寂れた場所ではあるが、しかし趣味に没頭するには都合が宜しい。
そう。骨董はいい、見ているだけで己の社会的地位が数段上がったと錯覚してしまうし何より採集物が骨董だなんて恰好が付く、羨ましかろう。この前だって小傘との会話の端にふと漏らしたが、それから暫くは尊敬の眼差しが絶えなかった気がした。何とも言えぬむず痒さであった。
されど幾ら楽しみ方は千路《ちじ》あろうとも、骨董品に真贋を付けるのは半端な二流がやらかす事、肥えた一流は真贋問わずして愛で尽くすのみだと私は考える。麗しく聡しき私のような、洗練されし境地に到達した者は目先を曇らせる事無くその物に価値を見出すのだ。決してそういった価値如何等がよく判らないからではない。便りにて言及するのはよせ。
君はこの手紙を拝読したことで私の考えにさぞや強く感銘を受けたに違いなく、尽きぬ興味と衰えぬ自身があるならこの賢将自ら手解きをしてやってやらん事もない。
授業料と申込料は別途負担という事でどうだろうか。今なら身内割引なんてしてやってもいい。嬉しさのあまり咽び泣いても構わない。ではまた。
早々頓首。
賢将ナズーリン
三日天下の一輪宛
拝啓、面倒なので略。
最近やっと判ってきた事なのだが君は存外勤勉らしい。でなければ回を増すごとに語彙を増し威力を上げては毎度見事に散りばめられるこの罵倒の説明がつかない。もしやせずともその表れである。初めの内は我が方が優勢であった舌戦も、いつの間にか度重なる弱みを君に握られて最早手の打ちようがない。袋小路の先が四面楚歌だ。
だが余り私を見くびらない方がいい、ここまで一方的に負かされてはこちらは聖に泣きついしまっても構わないのである。恥だなんてこの賢将が感じ入るものか。選ぶ手段など元より無い。しかし、そうなって大いに困るは恥をかく私よりもむしろ聖を慕う君の方だろう、きっとそうだ。でなければこの目論見が破綻してしまう。
もし私がそういった最終自衛手段を取ったとすれば、その時の光景がまるで目に浮かぶ。聖は、我々同門同士が書簡を通してとはいえ数度に及び争った事を知ればおいおいと悲しむに違いないし、ましてやその関係者の一人は君と聞くではないか。かわいそうな絶対的支配者であるところの聖白蓮よ、信頼を寄せる右腕が加担者の一翼と知れば深い絶望に囚われてしまうかもしらん。彼女は素晴らしき浪漫思想者だ、一層と不思議はない。
という訳で綴られる舌戦はお互い控えることにしようではないか、でなければいい加減私が涙汁を漏らしかねない。知恵比べなら君を屈服させるも容易いという事を努々忘れるな。これが単なる下らん舌戦であった事を命辛々有り難がるが宜しい。はい、お仕舞い。これ以上触れるな。
繋げる話題に困窮すれば天気の話、間違いない。
梅雨は結局許されざる、というか雨そのものがいけないと最近は滅法思うばかり。
こうも続いて振られてはこちらとしても楽観視だなんて到底出来そうになく。未だ乾く事無い部屋の中にだらりと吊るされている私の服が不憫だとは思わないのか。仕方なしにそれを身に着けなければいけない我が屈辱、推して知るべし。素肌に張り付く感覚が気持ち悪くていけない、不愉快すぎて筆の進みが芳しくない。
このまま不快係数が最果てまで行ってしまえば私の横で溜まっている多くの便りへの返信もままならず交遊的窮地である。本当に、この時期の雨足には僅かの憎悪を抱く。しかしここでいくら書き散らそうとも服が乾く筈は無く、まして梅雨が明ける訳でも無いので賢い私は渋々耐え忍ぶ事を選択する事にしました。
溜まった鬱憤はどこぞの御主人様でいつか晴らす。
早々頓首。
私
口が悪い君宛
拝啓。まるで往生際の悪い梅雨、しかしその余命は間近、雨雲は益々遠のき生温い陰気風ともそろそろの関係だろうと思われる。
けれども損失した我が東屋の傘が一向戻る気配がない、一体何故だ。いや結構、この博学者の始祖とも呼ばれる私に掛かれば原因等暇も与えず判明した。
そう、それもこれも君が聖白蓮という慈母的聖職者との逢引を優先した結果である。私の様な素晴らしき友との約束を放ってまで己が恋仲を進むべくの悪行看過し難き。私は忘れてやるものか。友情を塵紙に包めてしまう様な君にはきっと仏罰が下るに違いない、平伏して震えていればよい。
というよりも何故、態々先の手紙の返信に逢瀬の内容を緻密に認めたのかと百万遍問い質したくある。私との文通は君の惚気に私的使用して良い場では無い、余所様の甘ったるい桃色な話程憎たらしい物は無いのだ。
話枕より殊更やっかんで文を続ける。一輪、君達の仲が進展した事は目覚ましい訳だし嬉々となるも判らなくは無いがどうだろう、流石にその報告を十枚近くに及んで綴られてはそれは既に強迫で、駆られるのはこの場合私である。君はそんな軟派で浮ついた奴では無かった筈だろうに、色恋とは実に恐ろしき誘惑であるらしい。
賢い私としては、早ければ翌日にでも君が正気に戻る事を願ってやまない。そしてとっとと布団に顔を埋めて羞恥に苛まれるべきだ。一時の阿呆はそれからも偏差無く阿呆であるのが此の世の真理であるので君も慎んで阿呆になれ。それと返せと言っても渦中の君の手紙は返さんのでそのつもりでいるように。焼却処分なんてさせるものか。私は今君の弱みを掴んでやったぞ。
つまり考えるに、どうやら私と君との勝敗は決したようだ。言うまでも無く私の華麗なる勝利、圧勝と書き換えてもいいくらい。罵るならば浮かれた勢いで手紙を認めた過去の自分に向けるが宜しかろう。君の命運はついに我が手中である。
頓首。
勝利者の賢将
負け犬宛
追伸。
何やら先程から小屋全体までもが我が完全なる勝利を称えるかのごとくに静かな喝采を鳴らしておる。そう、例えるならば空気中の水分を多量に含んだ古木が自らの新緑に耐えきれず幹を折るかのような深みある称賛。なんと心地のいいことか。我らが闘争の内の負け犬に成り果てた君にも率先して聞かせてやりたいくらいである。
全く、今夜は良い夢が見れそうで大変結構だ、それでは失礼。
追々伸。
小屋の修理の件はもう結構。どうやら今季の梅雨は軟弱な暴風雨しか連れてこないらしい。なんとも張り合い甲斐が無いものである。
--- Ending ---
文々。新聞、取材メモの一端。
「白昼の無縁塚に響く轟音!」見出しはこれで決まりです!
なんと当記者の目の前で事件は起こりました! 皆様も周知の通り、日々起こる幻想郷の大小な事件に対して迅速果敢な取材を身上とする記者の鏡のようなこの私ではありますが、先日に偶然にも妖怪の身でありながら全治一月の大怪我を負っていましたので現場に急行している今の私は文字通り骨の折れる思いであった訳でありますね。怪我の原因は……えー、人身事故です。私の過失でございます。すいません霊夢さん許して! 私の指はそちらには曲がるようには出来ていませんから!
そ、それは今は置いておきましょう。何故なら私の目の前には恐らく歴代の異変と並んで遜色のないであろう大事件が転がっているのです。上手くやればきっと名声も転がりこむに違いありません。
おっと、そろそろ当該現場付近に付きますね。これは腕が鳴りますよ!
案山子念報、念写メモ走り書き
・無縁塚 家屋倒壊、小屋か? 被害者無し
・周囲の状況 普遍的 小屋の柱に経年劣化の痕跡 作為性無し
・周囲の人影 恐らく毘沙門天補佐の鼠 項垂れている 手にはリボン 住人か?
・訂正 被害者一 以上、記事の価値無し
--- Legacy ---
拝啓、そちらは至って平穏でしょうか。
どうせ貴方の事なのだから仔細変わらずなのだと思います。しかしそれは私としては都合が悪い。どうか御身体に差し障りがあればいいと切に願って止まない日はありませんでした。何故なら、そうとでもならなければ私から会いに行く為の口実がどうしても見つけられなかった。上手い言い訳を考える為に日数を浪費し、このまま挙句の果てには住処の崩壊によるとんぼ返りと相成りそうな勢い。なんとも卑怯で恥ずかしい奴なのです、私は。
こうして言葉を。正確には文字となりますが、投げ掛けるのはいつ以来でしょう。ここ最近は会話は愚か、顔を合わせる機会すらありませんでしたのでいやに懐かしく感じます。期間にしてみればはてさて、桃の香りを肌に感じてから我が家が梅雨の中に雨曝しになるまでと、さして特筆する程の長さではなかった筈なのですがそれでも私には無間の別離と言わんばかりの心苦しさでした。勿論偶然等では到底無く、これは全てが私主導の下で行われた狡猾で滑稽な反逆行為なのであります。
全容に関しては機会があれば追って触れていこうかとは思いますが、まずはこれまでの滑稽な抗議活動、それが大義の旗印の下であったかの程はさておくも幾許かの成果が出ていれば幸い。因みに、この場合の成果とは貴女が危機的状況(失せ物等々)に陥り生活上での精神的苦痛を感じた際に、果たしてどれ程までに私の存在が貴女にとって必要であるかを痛感し、そして私という個の素晴らしさや偉大さを改めて確認して頂きたかった。如何なる時も頼りになる貴女の賢将が永らく寺に不在にあったとなれば、それはもう君にとっては上質な悪夢に他ならないのではなかった筈だと踏んでいるのですが如何でしたか。これに懲りたら少しは部下の機嫌を窺い知る術を磨くべきでしょう。前々から感じていた事ですが御主人様は愛情表現が下手糞でいけない。大いに改善すべきだよ。
こういったそちらへの文句についてはまだ果てを尽きないのですが、全てを書き連ねていけばそれはそれはもう長くなってしまうので割愛させていただきます。ご存知の事でしょうが、私は結構優しいのだ。
優しいと言えば気になるのは貴女の顔色です。こちらとしては正義とあっても、この小さな反逆。そちらからしてみれば理不尽な交流遮断にしか見えなかったかもしれないのではと懸念が浮かぶところです。普通であれば怒髪天を衝きかねない出来事ですが、これについては貴女は怒る権利はお持ちではいないので、今は大人しく読み上げていた方が私の為になると思われます。
私がこの様な間接的武力行使を振るう破目になったのは計り知れぬ理由がありまして。重ねて申し上げますが貴女は激怒すべきではないでしょう、是非とも御願いします。決して憤怒を身に纏った貴女を想像して恐れをなしている訳ではない、何故なら私の方が先輩であり年長者なのだから。今訪れているこの身の震えはきっと武者震いだ。
いいですか、私が先輩であるという事は貴女は必然的に後輩。師の後背を拝む輩は恭しく先達を敬うものです。良き後輩は猥らに先輩を恐怖で震え上がらせないと信じている。なんといっても私は先輩である前にか弱い乙女、細やかな気遣い心遣いは廻らせてしかるべきではありませんか。
果てさて、そんな愚直な乙女としてどのような切り口で実のある本題を申し上げたらいいものか、先程から筆が空中を延々闊歩してはいるけれどここは恥を忍んで書くしかない。
実は、ある時私に悲劇が訪れました。それはまるで駆け巡る雷鳴の如く鋭く、唐突に私の元へとやってきたのです。お陰で無警戒であったこちらの心の湖面は波飛沫をまき散らしての大騒ぎ、それは凄惨な現場が我が心境内で巻き起こっておりました。
そうです、こと悲劇とは春先でのそちらの失言の件に他なりません。いくら寝食を共にして背を預けあっている関係とは言いましても、相手方を最低限立てねば決して勤まる事では既にないのです。私の乙女な心は酷く深い傷を受けました。
いいですか、再三再四申します。例え、勿論例えの話ですが。私の呪符命名に措ける感性が周囲と見比べて、もしや僅かばかし劣っていたと仮定しても、それでも熟考の末の麗しい出来栄えである所の我が「ナズーリンペンデュラム」を口喧嘩の先兵に挙げるのはやはり卑怯ではあるまいか。私だって薄々勘付いてはいたけれどそれをあの他愛もない口論の場で、よりにもよって貴女を朗々と言い包めてみせている最中に持ち出されては一転攻勢もいい所、こちらとしては防ぐ手段がまるで無い。
舶来文字にかぶれて何が悪いのか。振り子と言うよりペンデュラムと表した方が絶対恰好が良いに決まっているのに!
あぁ、推測するにきっとこの便りは我が生涯で唯一となる弱点になるに違い無いでしょうし、であるから出来れば読み終わった傍から間断措かずに記憶を忘却して欲しいのですがどうだろうか、とは思ったがここに来て、そういえば貴女はいつだって私の恥ずかしい過去を忘れたがらない事を失念していました。本当に性格が悪い、意地悪だ。
失礼、またまた話が逸れました。冗長は宜しくありませんのでいい加減本題に入りましょう。無論虚言も吐かない、だからこそ恥ずかしいのだと深く理解を求めます。括る腹は今更緊張で大混乱だ。
前述しました取るに足らない反逆の切っ掛けはわかって頂けましたでしょうからここからは悲劇を回避するための方法を貴女に伝授しましょう。何を隠そうこちらが此度の便りの概ねの命題と言ってもいいくらいだ。
過ちは防がねばならない。二度とは繰り返されぬ為にも御主人様には以下の五点、誠心誠意守って頂きたい。
一つ、早寝早起き。
一つ、整理整頓の徹底。
一つ、先達を尊重する事。
一つ、他者の必殺技名における感性に一切触れない事。次は無い。
一つ、拗ねた部下から目を離さない事。
さもなければ。私が反旗を翻す原因に成りかねません。
さて、つらつら列挙した風に装った訳ですけれども想像以上に羞恥心という奴は厄介でして、顔が火照っては仕方が無い。あぁ、約束を忘れた御主人様が悪いのになんで私がこうして羞恥に耐えないといけないのでしょうか。理不尽ここに極まれり。
つまり、本音という奴は面倒な生き物だからこの手紙のように態々形にして相手に伝えてやらなければきちんと仕事をしてくれないのだな、という事を私は味不明瞭な長々しい駄文を散見させつつ披露して見せたかったらしい。控えめに見てもこれでは唯の阿呆であります。あぁ、きっと阿呆だからここまで事がややこしくなったのだ。
速やかに纏めに入りましょう、何せ恥ずかしさで憤死してしまいそうですから。今ならきっと額で湯が沸く。
結局の所。
心に素直にならなければ、損を被るのはきっと己自身。これこそが今回の教訓です。
変に意固地になって家出(この場合むしろ出家でしょうか?)の真似事を計った所で、日々を連ねる度に貴女に会いたい気持ちが募るばかりだった。なのにそこに来てその阿呆はと言えば持ち前の愚鈍さを如何なく発揮して私の真意をいつまでたっても読み取らない。私は貴女から「呪符の名前を小馬鹿にして御免なさいね、次からは気を付けます。お詫びと言ってはなんですが今夜は忘れさせません」なんて殺し文句を携えて会いに来てくれるのを疑いもせず待っていたというのに。馬鹿者か私は! 恥ずかしい! 誰か私を埋没してくれ!
挙句の果てにはこちらの無言の抗議を主従関係の放棄に因る物だと思い込んだらしいではありませんか。なぜそのような終末的結論に行きつくのです。きちんと私の乙女心を汲み取りなさい。
いやしかし。流石に、これに関しては急の出奔を何も説明しようとしなかった私も悪いとは思いますがそれでも失礼な話でしょう。この私が貴方を大事に思っていない筈がない、少しばかり我儘になってみせただけです。それがこの様な互いの思慮の行き違いに至ったのは、まぁ少々反省すべき点ではありましたが。
詰まる所、言いたい事があれば素直に言う。此度の騒動の根底はこれに尽きるに違いないと私は踏んでいます。本当、幼子の様に頬を膨らませて拗ねるくらいなら、当事者に即刻不満を言うべきだった。
こうして冷静に纏めてみれば余程簡単な事ですが、これに気が付くのに案外中々の時間が掛かりました。この境地に至るまでに果たして一体どれだけの自尊心が犠牲になったのだろう、途中から数えるのを止めた程。全く、手酷い深手を負って得た教訓だった。されどもそれもこれも身から出た錆、しかと受け止め対応する次第です。
しかしながらですね。半ば自縄自縛な所はあったものの、結果だけを見れば君の落ち度によって私が多岐に渡る実害を被ったとも見れるのだから、その分の始末は当然御主人様が請け負うべきです。現在この便りと平行して抗議の意を表すべく鈴を速達で送りますので、私を深く傷付けた事、僅かでも罪悪感があるのならば今から判を用意して責任を取って荷物を受け取る覚悟を決めておくと良いでしょう。事が素早く進みますので。実印が見つからない場合は箪笥の三段目、錦の袈裟の下になっている事が多いのでで参考にしてください。
何故鈴なのか不思議そうな顔をしていることでしょう。別段深い意味ははありません、やんちゃな阿呆猫は鈴をつけて躾けるのは世の道理です。御主人様の尊厳なんてこの際無視すべきに決まっております。その間の抜けた御顔に、小奇麗になる鈴はきっとよくお似合いになる事でしょう。
又、これは様々な相手との文通の中で発見した事なのですが、どうやら私はこのように回りくどい伝達の仕方を好むようです。自分でも面倒な性格だとつくづく思いましたが今回その矛先はこうやって御主人様にのみ向く訳で、これもそれも私の心を籠絡して貴女に釘付けにしてきたそちらが悪いのですからその責任を負うが如く、思う存分困ればいいと既に勝手に思っている。
そういえば困ると言えば寺の皆はきっと一層困っていた事でしょう。何せ御主人様の手綱を捕まえておくことが出来る私という唯一の存在がそれを放棄してしまったのですから。貴女の面倒を見る苦労は私が一番良く知っています。優しい渋面を浮かべる聖や、溜息が尽きない一輪の顔がともすればありありと思い浮かぶ。一輪はいい気味だ。
けれども今後は、惜しくも寂しさに負け、ついでに住まいも吹き飛んだ間抜けな私が再び寺へ収まる事によってそんな日々からは目出度く解放される事だろう。
兎も角、これが届く頃には件の荷物は届いている事でしょうから優しく迎え入れていただきたい。
きっと貴女によく似合う、桃色の帯の小さな鈴に違いない。
根津 鈴 より
寅丸 星、及び毘沙門天代理兼阿呆宛
寅丸/鈴 〈了〉
--- Extra Stage --☆
毘沙門天(独身)へのおてがみ
定期報告。
特に報告することはない、以上。精々若作りに励んで良い相手を捕まえるといい。
おっと失敬、貴女程の美貌なら引く手数多の事でしょう。何せ私が下積みの時に散々言ってくれてたものなぁ? まさか未だに成果が無いなんてことはあり得ないに決まっていました。結婚式には読んでいただきたいものです、感動的な祝詞を差し上げましょうとも。
そういえばこの前、この報告書を記すに当たってまるで貴女のような事を表す際に何か的確な言葉がないだろうかと辞書を引いておりました。しかし見つかるのは「辺境頑固」や「自画自賛」、「漱石枕流」なんて有り触れたものしか出てきませんでした。流石毘沙門天様、貴女を形容するなんて恐れ多い事なぞ考えるものではありませんな。
ちなみに私の場合は「眉目秀麗」「才色兼備」「博学多才」なんてこれまたちんけな熟語しか引けない始末でして。なんともお恥ずかしい限り、厚顔無恥に届く勢い。これでは仕方なし
に新しく作る事としましょう。
そうですね、ここは私の現状を鑑みて、「良妻賢将」なんてのは如何でしょうか。
賢い私ではありますが、それでも母になるにはまだ掛かる。
寅丸 鈴より
暴虐武人宛
◎花果子念報 読者の声のコーナー
【反省】
▼唐突の独創性さに意表をつかれ、ついに笑いを堪え切れなかった私こそが全面的によくなかった。幽玄、深く反省していますのでどうか機嫌を直して帰ってきては貰えませんか。貴女がいない私の日々の陰惨さたるや、目を背けたくなるばかりだ。経文はどこですか、砥石はどこですか。私だけでは帯がきちんと締められません。これでは今にも泣いてしまいそう▼もしも、どこかでこの欄を読んでいるならば。そして謝罪する事を許してくれるのであれば何卒命蓮寺に戻ってきてください。心待ちにしています▼そういえば何故私以外の方にはきちんと住所を教えているのですか、怒り方が微妙に陰湿でまるで気がある子に嫌がらせをする童のよ/
(掲載枠超過の為投稿された投書より抜粋して掲載しています、ご了承下さい)
文々。新聞投書欄 四方山妖怪山
「躾のすゝめ」
◆身内への躾こそ必要である。些末事ではあるも職場の上司に散々笑い飛ばされる事となった。大変憤っています。腸が煮えくり返る。誰にでも失態を犯す事はありますが此度のそれは度を越します、彼女を躾けねばならないでしょう、並々ならぬ誠意を以ってして。どうせ当事者はいつもの如くまだ自身の失敗には気が付いていない、二度と無いようにきつめのお灸を据えてやろうと心に決めました。泣いたって許さんからな。
匿名希望
--- easy ---
前略。
いきなり文を寄越すとはなんと不躾な奴である事か。里の寺子屋にでも行って社会に属す際の常識を百万遍教わってくるといい。上手くいけば今より多少は融通が利く阿呆になれる事だろう。
しかしこうして犬猿とも思われる関係性でありながら、まさかそんな君から手紙を寄越されるとは夢にも思わなく。気が動転する余り、真っ先に己が右頬へと平手を喰らわせてみた訳だが悲しいかな、我が可愛らしいことこの上ないほっぺは唯々腫れ上がるばかり。終ぞ夢幻世界からの覚醒とは事が運ばなかったのであった。これを受けるにどうも残念な事に、とうとうこれは現らしい。何という事だ。
見当を付けるに、君からの便所紙とも似つかわしいあの便り、私が寺を出奔する直前に君との間で引き起こした喧嘩の件の謝罪の催促かとも思ったがそういう訳でも無さそうである。仕方がないから便所紙には使ってやらないでおいてやろう。絶やすことなく有難がれ。
取り敢えず、渋々ではあるが不作法者からの手紙の返事を書く。何故君すらも手紙を書くだなんて大いに血迷ったかは存じぬばかりではあるけれど、藪蛇になってもそれは面倒なので今は置いておいてやる。大方響子が何をしているか気になって聞き出し、ここぞとばかり面白がっての事だろうが所詮些末事。賢将は君程度の輩の悪戯には目を瞑る器を持ち合わせている。そんな寛大な私が折角君に宛てて認めてやるのだから余計な茶々は入れぬようにここでしかと厳命しておく。常時従う事。まぁ従ったところであの日の君の羊羹は帰っては来ないが。
帰らざると言えば私も件の羊羹と同類ではなかろうか。
まさか、一輪があの底無しな阿呆に泣きつかれて代筆を任されているとは到底思っていないが、例えそうであっても考えを変える気は毛頭存在せん。これからの余生は隠居者としての慎ましい生活を送ることになるだろうし、私としても今までの喧騒から解放される今後を夢想するだけで心が逸って仕方がないのだ。自由とあれかし。
そもそも今までの日々が間違いであったのだと強く感じている。何故、一介の部下がただの上司である程度の輩の諸々含んだ後始末を付けねばならんのか。この悪法を理路整然と説明し得るが弁舌者がいるならば急須を臍で沸かしてやろう。何ならそのまま一節御覧じたっていいくらいだ。
いいか、急用の鈴で呼び出されたかと思えば放たれた一言目が「箪笥の立て付けが悪いので開けてください」だった時の私の心中が君に分かるか? 分かるまい。まぁ心配せずとも、彼女の面倒を見る事になれば似たような文言は折を介さずして耳にするだろうと半ば予言をしてみせようとも。そうなれば、ようやっと君も永らく見渡してきた我が心境の縁に立たされることになるだろう。友であるなら、またそれは友の苦労を分け合うを良しとすべし。君みたいな奔放に過ぎる阿呆は同じく阿呆によって半永久的に困らされるぐらいが丁度いいのだ。
兎も角、私は一切絆されるつもりは無いので、その旨を渦中の毘沙門天代理に一言一句違わず伝えておいてくれたまえ。我が心は既に金剛石をも凌ぐ勢いで凝り固まっておる。時価はいまだ天井知らずなことだろう。
賢将ナズーリン
愚鈍で愚かな愚者たる我が愚友 雲居一輪宛
御手紙拝読。率直に字が汚い、精々乙女らしい字面というものをを勉強すべきである。日々の写経の量を倍にでもして乙女力を磨いてみせよ。
そういえば手紙ついでに、前々から伝えあぐねておった事項が存在していたのである。此れここぞと良い機会でもあり、またぞろ迂闊に忘れぬうちに書き急いでおく事とする。是非読め。
前回話に持ち上がっていた、つまれば南無南無手芸倶楽部だが、よりにもよって「無手倶楽部」なぞという、物騒の角を揃えて額に収めたかのような、およそ無謀の極地とも形容すべき略称名を宣伝文句に打ち出すというその愚行、天地無用とばかりに正しく看過のしようもない。全くどうにかしている、幾年経った今でも改名する事を強く勧めよう。
ここは音の響きにあやかって乙女式手芸倶楽部だとか、この際舶来文字を惜しみなく使って高級感溢れる雰囲気を前面に押し出すのはどうだろう、ソーイングマスタリーなんて名前は恰好いいのではなかろうか。いや絶対恰好が良い。次があれば率先して候補に入れるとよかろう。賢将のお墨付き。
この様に、正しき創意工夫を必要に応じて凝らせば世に数多蔓延る婦女子共はその眼を存分用いて我先にと食いつくに違いない。いつ如何なる時代でも女子という脳幹直下生物は下らぬ流行には一層貪欲なのである。それさえ知る由もない君は、受注量に対しての倶楽部内生産者が数的に不足しているのだと愚痴を零してきていたが、その様な無能の極み云々を私に陳情する前に、こうして私が挙げたような代替措置を打ち出し、根本的な舵の修正を図るべきであろう。確かに改革は未知の恐怖が支配する。しかしその手綱を握ることが出来たときこそが南無南無手芸倶楽部の新たな一歩となるに違いないのである。賢将は分け隔てなく知啓を授け給うものなのだ。この全知全能な私を恒久的に崇めるがよい。
要するに。現状の問題点は、つまり過剰に前衛芸術している「無手倶楽部」と銘打った看板名が災いであると強く提唱させていただきたい。
いいか一輪。君、尊敬する相手から名前を賜ること自体は私だって微塵も疑問を差し挟まんが、その結果がこれだとなれば前言は容易く撤回されて然るべきである。あの呼称を良しと決めた輩は確実に名付けの感覚が全周的に狂っているに違いなく、でなければ仲良く手芸を嗜むべき集団に「無手」だなんという物騒に過ぎる単語は到底使えまい。乙女が拳骨を振るう機会はそう頻繁には無いのである。無いよね。
まぁ、なんだ。いくら命蓮寺における実質的独裁者、つまりは聖の事であるが、その御身から頂戴した徳のある略称とはいえ現実を見据えるがよい。十中八九その不穏極まりない文言が勢力拡大の妨げになっていると推察される。いや違うのだ、決して聖の感性を愚弄してる訳ではないから彼女の耳には入れないでおくがよい。
真に残念ながら情愛と建前は両立できぬ、そろそろ観念する時期が来たのだ。諦めるべし、潔く。ここはいくら君が妄執敬愛する聖白蓮相手であっても、涙を只管堪えながら愚直に上申すべきがこの場合の優しさではないのだろうかと私は思う所だ。機会は正に今である、ここでそれを踏みとどまれば無自覚な独裁者の歯牙による犠牲者は君だけに留まらず無闇に増えるばかり。下手な庇護は誰かにとっての刃とも成り得る、心せよ。
無邪気たる大聖母に悪気が無いのは重々承知している次第であるが、しかしそれでも目前へ抛らなければ決して仕事をしていただけないのが言葉とかいう奴なのだ。どうか、聖が受ける心傷は致命傷を避けていて欲しいと願うしかない私である。
頓首。
か弱い乙女である私
拳骨を振るわんとする乙女筆頭、雲居一輪宛
尊書拝読。
私の周囲で彼岸花の実と葉がじんわりと入れ違えてきた時期である、そちらの様子はどうか。
世は事も無く順次春になりつつあるのだろう。だからこそ見舞える景色はどれもが桃色の息吹に翻弄され、その様は我々が触れる間もなく美しい。これこそが文化の極みではあるまいか。そしてそんな折に届く文なのだから美談に終わった事を期待して、出来るだけ前向きに便りの封を切った私である。
まずは事の顛末、雑にではあるが把握させていただいた。起きてしまった騒動を改めて文字に起こすには存分に精神を消耗したと思うがその分君は立派にやり遂げたに違いない、これからも誇って生きていけばいいのではないかと思う。生きていった末に何かあっても責任は一切取りはせんが。私は悪くないのである。
しかしそんな心身衰弱の状態であってすら、端々に見え隠れする暴言の芽はもう少しどうにかならないのか、心の臓に非常に悪い。感謝の照れを隠すならもっと可愛くやって見せよ。どこぞの鵺みたいにだぞ。
いやはや、まぁ。
どうにも予想はしていたがあの根源的博愛者足る我らが聖でも相当に堪えた様子。もっとも、誰しも己が感性を否定されるのは心痛む事に違いなかろう。私だって必殺のスペルカードに自分の名前を冠してみて誇らしげだった多感な時期が点在してい気もしなくもないのだが、決まって周りの者に指摘されて目が覚めたものだ。必ず殺めて必殺と読むが、この場合残念にも仕留められたのは私という訳である。本当に、若気の至りなのだと括って捨てて過去を丸々屑籠へと投げ捨ててしまいたい残酷な過ちだった。こういった過去の私や聖に代表されるある種独特の感性を、格好良いと率先して意見できる者など湖上の館の吸血鬼以外は到底見掛けない事だろう。西洋文化とは全く珍しい。
されども、どうやら聖は心を抉られてなお自己を支えられたようで何よりである。この賢将でさえ心身の社会復帰は未だ難しく、こうして暫くの時間を要している最中であるというのに、流石は大僧正かく況やの聖白蓮といった所か。げに恐ろしき立ち直りの早さは感服するしかなく。これも信仰が為せる御業なのかと興味が尽きないのであった。
君の方もその意を汲んでかは定かではないけれど結局「無手倶楽部」で押し通すらしいではないか。続く道はどうしようもなく茨の道にはなると思われるが、だからこそ私も南無南無手芸倶楽部のさらなる発展を期待してみせようとも。
頓首。
ナズーリン
我が妬み日記登場候補に成り果てた友、一輪宛
拝啓。
しばしば春告精を外出先で見かけるこの頃。はっきりと感じられる新春の歩みなのだろうと思う。軒先は鮮やかな花の香り達が駆け回っていてとても騒々しい。これでは寺にいた時と変わらんではないか。
未だ詳細は知らされておらず、かと言って積極的に知ろうとも思わない先の倶楽部の看板を廻っての悶着は落ち着きを見せている時頃だろうか。きっと命蓮寺における唯一的先駆者と知られる聖もこれによって手痛い教訓を得たと見られる。しかし今回での経験は彼女をより高みに昇らせ、さらに優れた指導者へと導く手助けとなる事だろう。とても素晴らしい。益々に経験を積めばやがては私の様な素晴らしき存在になるのも最早間近。
無論私は比べも出来ない知恵者(幻想郷随一、下手をすると頂点に立っているかも)だが、そんな事にもお構いなく君が聖を敬うのと同じように私を敬ってしまっても至って構わない。何故なら私は偉大なる賢将なのだから。
そうなったら君は毎日三回は私が住まう掘立小屋の方角へ深々と礼をするといいのではないだろうか。すると幸いにも心が広い私は君からの熱い信仰を仕方なしにではあるが受け取ってあげようと思うだろう。別に欲しくは無いのだけれど、一輪がどうしてもと言うのであればまぁ身内の情や何やらで頂戴しておく。
しかし困った、そうなるとこの私が命蓮寺の唯一頂点である聖の存在を脅かす事になってしまうではないか、なんたる失態。やはり君からの敬愛は失礼させて頂こう。そう気を落とすな、悪いのは余りにも素晴らしい私なのだから。あぁ悩ましいなぁ。
頓首。
根津鈴
私に足を向けて寝られないであろう雲居一輪宛
拝復。
この仕打ちはあまりにも酷い。むしろ非道いと書かざるを得ないのではなかろうか。いや、きっとそうである。
先日のふざけた勢いで書き連ねてみせた我が妙案、君に完膚無きまでに無下に扱われた事でここ数日の私といえば傷心の最中である。これは悲劇だ。
いいではないか、私も偶には尊大になってみたりもするだろうし君の様な阿呆の真似をと興じる事すらある。それを君と来たら、最早手紙の体裁を成さないまでに罵詈雑言を延々書き連ねるくらいなら、せめて一言で収めてみてはどうなのか。まるで余白こそ親の仇、とでも言わんばかりの呪詛めいた長文を叩き付けられては繊細な賢将の羽毛に包まれた御心が木端微塵になるやもしれんぞ。可能な限りこの賢将を尊重するべし。一輪、私は君よりも年長者である。故に尊重するのだ、さぁ今から敬え。
そうでなくとも常々から私の時間の大半は毘沙門天の代理等という大層々々偉い阿呆に奪われておったのだから、あれくらいの悪戯心など可愛いものであるし仏罰はきっと当たるまい。何に取られているかは自明の理。是非も無くその阿保の失せ物探しであり真に不本意である。
それにしても全幅の敬愛を寄せていた我が御主人様の悪癖はいつになったら治るのであろうか。私が寺を飛び出してからもそれは些細なく変わってはおるまいな。
そこを思うと、まぁ僅かに残っている、まるで芥子粒と見紛うばかりの些細な世話心が頭を擡げかかる。しかしここで絆されてしまっては此度の反抗が無に帰す訳であるから、これからは涙を呑んで一輪にその始末を押し付けてやろう。もっと私の気苦労を味わうのだこの野郎。ちなみに、頻繁に消失させてみせる鼈甲の飾り櫛は桐箪笥の後ろに落ちていることが多いと我が独自の統計により明らかになっている。労力を惜しみなく使いたい余程の理由でもない限り、まずそこを探すが吉であろう。
とにかく、彼女が振るう素晴らしき無自覚起動型抹消技術に対し私は既にありとあらゆる手は尽くしてきつもりであるのだが、悔しくも回復の兆しはとんと見えてはこなかったのでこれは改善を促すのは得策ではないと遂に悟った。この光明の無さはまるで霧中の巣穴帰り(鼠界隈で、無理難題を押し付けられる事を指す意)、ほとほと困り果てているのだ。
今までで一番効果があったと思われるのは、御主人様の手の甲に各物品の管理場所を印し書きしておき、それを参考に整理整頓を実行させる方法なのだが実はこれだって目に見えた効果は出てはおらん。何せ彼女にかかれば両の手の甲が文字でびっしり埋まってしまうので、成程これでは物を探すよりも目で字を追う方が難儀である。更には何故そんなにも心配性であるのに失せ物が出来るのか中々に興味深いが、これは多分数世紀掛けても解かれる事の無い深淵であろう。
この様にとかく我が親愛なる御主人様は失せ物が多い多い。こうも頻発させられては、まさかどこぞの魔法使い擬きがこっそりと借りて行ってるのかと疑ってしまいたくもなる。そうだったならどれだけ良いか。余りにも紛失する為に、私が数年前に意を決して彼女の持ち物全てを紐で結わってみせた事がある。過剰? いや妥当である。
無論結わえる先は御主人様のしなやかにくびれた御腰そのもの。こうする事で、傍目からは紐で幾重にも枷をされた珍獣が出来上がる訳だがその狙いはと言えば至極明解。御主人様の御手から離れてしまった物でも、体から伸びる紐を手繰るだけでいとも簡単に見つける事が出来るという非常に画期的な算段であったのだが、結局は正規採用を見送ったのだった。
何故ならこの秘策、彼女が自分で紐を一本手繰り寄せる間に少なくとも二つは物が無くなってしまうという重大な欠陥があったのである。手繰る為に両手を使えば次は右と左に持っていた筈のそれを探すためにまた都度手繰る、これを絶望と言わずして何と言おう。奈落は正にここにありにけり。
より良い意見があれば是非にとも私に一報知らせて頂きたいものである。見合った礼は用意しよう。自腹だって切って見せる。これも不本意だが致し方なし、上司の悩みは私が始末するのが妥当。私以外に拭わさせるものか。
草々。
手を尽くした賢将
今から手を尽くすであろう一輪宛
--- Normal ---
こんにちは。
ふだんはおしゃべりにねっしんな君から、このようにしてお手紙をもらったときはおどろきました。それはもうとても吃驚(これは「びっくり」と読みます。むずかしい字があれば聖にでも聞くといいでしょう)しました。あまりにも吃驚してしまったのでたいそう大きな声が出ました。お寺にまでまさかきこえてはいないよね、大じょうぶだったでしょうか。
それはそうとお手紙ありがとう。楽しく読ませてもらいました。特に一輪が雲山とけんかしたところなど最高です、ひじょうにそうぞう力をかき立てられるよい文章でした。君はしゃべるのが得意らしいと聖からは聞いていたけれど、これなら読み書きでもきっとてっぺんをねらえるに違いない。このすばらしい私がだん言するのだからまちがいありません。つとめてきん勉にはげむように。
けれど、やっぱり急にもらったものだから少し返事にこまったのもほんとうです。今度からは相手のつごうも考えて渡せるようになればきっとほめられるはずだからがんばってみて下さい。そうしてもらえれば私もがんばって返事を書けます。書くにちがいないでしょう。
取りあえずこのまま終わるのはぜひも無くさみしいので、さらに次回をきたいします。できればあのにっくき一輪のしったいなんかを多めに記して貰えれば私が大いによろこぶでしょう。それではお返事を大いにお待ちしております。
それと、私のすんでいるところはびしゃもんてんだいりの彼女にはぜったいにおしえないようにしましょう、それでは。
おしまい。
なづりん
響子ちゃんへ
こんにちは。楽しい手紙をありがとう。
あいさつはとてもたいせつですね。だから誰とでも会うたびにそれを欠かさない、しかも元気いっぱいに声をかけてくる響子ちゃんにはお寺にいた間も、そしてこれからも私は頭があがりません。なぜなら私はちょっぴり恥ずかしがり屋で、いつも周りの目を気にしてばかりいるからです。私は小心者なのです。いまのままならこんな心ぱいなんて一切いらないけれど、それでもどうか私のようなあまりさわやかではない妖怪にならないように注意してください。でなければ花のないしょうがいを送る事になるでしょう。ぜひ教訓としてください。
でもあまりにむとんちゃくすぎると、それはそれでお寺にいるぬえのようなだらしのない妖怪になってしまうのでこれも注意する事。このまじめとふまじめのひりつという物はなかなかにむずかしくありますので、そのあんばいがわからなくなってしまったら実さいにぬえをかんさつしてみるといいでしょう、そうすればたちまちはっきりするにちがいない。彼女はいかにもぐうたらの天才だけれど、それ以上に反面教師としての才能はお寺のだれよりも一番なのでそこだけはどうか響子ちゃんもみとめてあげてください。でなければぬえのそんざいいぎがますます正体不明。いわゆるひさんというやつですね。
それとついでに、ぬえと多分よく一緒にいると思われる幽霊にも少し気を付けてみて欲しいなと思います。君はまだ日があさいから知らないかもしれないけれど、ぬえはなぜか、とてもふしぎな事に「なぜか」その幽霊とくっ付いているときに話しかけられるとひどくふきげんになってしまうのです。ですからぬえのおともだちである幽霊さんとお話ししたいなと思ったときは、まず周りに照れ照れとおしゃべりを楽しむぬえの姿がないかどうかをかくにんした方がいいと思います。やきもちをやいている彼女はひじょうに面倒くさいので、この注意じこうだけはどうか覚えておいてほしいです。
ぬえと幽霊のあれこれのくわしい内容は古いお寺のなかまなら誰でも知っているので、もし響子ちゃんが詳しく知りたいのなら一番えらい聖か、うわさ話大好きの阿呆一輪にでも聞いてみるといいでしょう。どちらともていねいに教えてくれるはずです。
なおこのお手紙のないようは、もちろんぬえにはひみつにするように。約束です。
おしまい。
なづりん
響子ちゃんへ
それから。
そういえば貰ったお返事のないように、「別に人間の幼子ではないのに響子ちゃんと書くのは変です、やめて欲しい」とあった旨をすっかり忘れていました。そしてそれをなんと今思い出しました。次からは気をつけるのでどうかゆるしてください。おねがいします。
こんにちは。そろそろお寺のわきに生えている更紗木蓮が香りだす時期でしょうか。今年もきれいに咲いていればいいなと思っています。
やはりです。
やはりあんのじょう君にしかられてしまいました。里に向かうようじが出来たとき、これはもしやお遣いに出された響子とぐうぜん出会ってしまうかもしれない等と考えて行くのを止めようかと思いもしたのです。けれどもそんなためらいごころと同じくらいに君に挨拶をしてもらいたいとも思ってしまった私がいたので、ひどくおののきながら里へ出向いてみればしかし八百屋の店先に見えるは、無理矢理はりつけたかのような笑顔で出むかえる君の姿です。へたをすればしまいには泣いてしまいそうだった。
決して短くはないわれらが妖怪生涯でありますので、これに関しては君の先輩なのだとつねひごろから自負していたこの私でさえあの時の君の笑顔の前にはにげ出したくなってしまいました。すごいはく力でした。
なので考えをあらためます。響子は妖怪という存在における私の先輩でした、ご同輩だなどと思いこんでいた私はなんともしつれいなやつだったのです。すみませんでした。きかいがあればそのこわもてのふんいきのかもしだし方なんてのをひとつ教えてほしいかも。私にもひろうしたい相手というのがいるのです。
おっと、こんなあほうなじょうだんをいつまでつづけてもいいけれど、やりすぎて本当にあほうだと思われてしまっても困るのでそろそろ続きを書きます。
実は、私は今少し困っています。そのかいけつのお手伝いを響子に頼みたいというしょぞんです。どうだろう、どうでしょう。
君もご存じのように今私はお寺をながらく離れています。ゆえあってです。わたくしごとや、しょくむかんけいの用もあって里にだけは多くないひんどで出入りはしているけれどそれすらしょうがなくです。できる事なら寺から程近いという理由だけで里にだって近づきたくない、そんな事をこの私に思わせるほどに大きなゆえがあったという事。御主人、到底許さんからな。
しつれい、文がみだれました。気にしないでほしい。
おはなしを続けます。
そう、困っているのでした。何に困っているかを手みじかにせつ明しましょう。響子は私の鼠たちを見たことがあったはず。もさもさ小さいあれです。いやいや心ぱいむよう、体は清潔にしていなさいときつく言ってあるので汚くはないです。ですので安心して近寄って欲しい、そして君のほうからそのもさもさ共に、私はしばらくお寺にもどってこないというむねを伝えておいてはくれませんか。そうしてもらえれば私が不在のあいだむだに働かせないですむからね。これがお願いです。みごとに下らないお願いではあるけれど、私とならぶ賢さの君にならわけもないはず。というわけで、どうかたのまれて下さい響子先輩。
おしまい。
なづりんより
幽谷響子先輩あて
おはようございます。こちらは現在おてんとうさまがまるまるとした顔を出した頃合いです。このお手紙がそちらにつくのは一体いつになっているでしょう。おはようの時間だといいですね。
このやりとりも数をこなして今では結構にてなれたものですから、ともなればこれはそろそろお互いのことをふかく知る時期ではないでしょうか。もっと詳しくいいますと、響子せんぱいの事をいろいろ教えてほしいと思っています。しかしそうもせっそくに事を運ぼうとした所で、しっぱいするのはじめいのりな訳ですからまずはこちらの手の内をさらすといたしましょう。ようするに、今からおっぱじめるのは自己しょうかいというやつなのです。
さて、私はせんぱいもご承知の通りすごく頭がいいので、周りからは賢将ナズーリンなどと呼ばれていて他からはいちもくおかれているそんざいです。もちろんそれが本名というはずもなく、いわゆる通り名というものですよ。恰好がいいでしょう?
このナズーリンさんのとくぎはさまざまな物をさがしあてることです。こいつの手にかかればみつからないものなど全くなく、下はまち針から上はつりがね、はてはみほとけの鉢だって見つけてごらんにみせましょう。響子せんぱいも何かあればえんりょ無くたのんで欲しい。せんぱいのためならこの賢将、苦労をいといません。
このむ食べ物はとくにありません。見つかっていないといった方が正かくなきもします。響子せんぱいは何か好きなものはあるでしょうか、とても気になるところです。近しい所で言えばあの一輪とかいうなまぐさぼうずは、夜な夜なその身を酒でみたしているらしいからあやつの好物は十ちゅう八九おさけなのでしょう。かいしょうなしにもほどがあります。げひんなやつめ。
それにとどまらず、あの阿呆は飲みふけっているそれがどううたがってみても酒でまちがい無いくせに、やれこれは般若湯だ、やれじつは薬膳なのだ。なんてたびたびいつわってはくりかえしのみ散らかしているのです。けんこうに気をつかうわたしとしてはその姿勢がめっぽう気に入りません。いや、単に一輪が気に入らないだけかもしれないです。
だって響子、聞いてほしい、あいつったら口論するたびにわたしを小さい小さいと小ばかにしてくる、余りにひどいと思います。いつか取っちめてやる。そのさいは、どうか響子せんぱいにもご助力をお願いすると思いますのでかいだくの返事をきたいしています。図体ばかりがつよさではないのだとわれらの力で思い知らせてやりましょう。それでは。
おしまい。
なづりん
幽谷響子先輩あて
それから。
あのくそぼうずに、せめてもう少し体をいたわりなさい、とせんぱいの口からちゅういしておいてください。やむをえなければ聖につげぐちしてもいいと思います。
きっとよくじつには、一輪の枕元のすぐ横にげんこつの形をしたかざあながあいている事でしょう。
こんにちは。きょうもにわさきの桜がきれいにさいています。まるで響子のえがおみたいにすてきです。どうか散らずにいておいてほしいと思わずにはいられません。
さっそくですが、お手紙といっしょに春のとんがりをおとどけです。もちろんえんりょはいりません。少しばかしどこぞの竹林ちかくでほりかえしすぎてしまったので、それならば響子せんぱいをだいひょうとするお寺のめんめんに分けてあげようと考え、こうしてお返事とともにゆうそうさせていただきました。けさとれたばかりの新せんな筍、どうかおおさめください。そしてあわよくば聖とならんでりょうりなんてしてみてもよいのではないでしょうか。ちなみに私はしおあじに茹でたやつがそぼくでいいと思います。刃物もつかわないし安全ですよ。
きっととびきり可愛いせんぱいが、いつの日か家庭のわざを余すことなくしゅうじゅくしたとなればそれはまさに鬼にかなぼう、ふけば飛ぶようなどこぞの代理とはてんちの差でしょうから、そのままのいきおいで取って代わり、ゆくゆくはせんぱいこそが私のじょうしになったりするのかも。そうなったらどんなにいいことでしょう。払うぎせいも阿呆虎の空看板のみ、なんとへいわなげこくじょうではないですか。もしそうなれば響子には権りょくが。私にはいやしが。阿呆にはお灸がそれぞれぶんぱいされ、組織としてさらなるはってんをとげることになるでしょう。という訳ですから響子せんぱいにはいっこくもはやくお寺の中での家事のおてつだいをおたのみもうしたいのであります。私のすこやかなるみらいは君のおてつだい力に今ゆだねられました、どうかごぶうんを。
ちなみに。ろうどうに見合ったぶんのおだちんが欲しければ毘沙門天代理様にぜひねだってください、聖と。きっとこの世いちばんとも言える笑顔ですすんでおうじてくれることでしょう。
--- Hard ---
君との間に不必要なものは多々あれど、その最たるものが遠慮会釈であろうことは過去の実績により既に明白である。であるので私はここに何の気兼ねもなく前略を叩き付けよう。
何やら桜もそろそろ散り始めそうな気配がする近日であり、そうであるのに我が周囲ではその様な気配は見る影もなく、むしろ死に際を今こそと見せつけるが如くに咲き誇る花ばかりである。それは恋という名のね。
……、忘れてくれて構わん。むしろその方が良いに違いない、私なら忘れる。
閑話休題。反論は認めんぞ。
君が初志貫徹した妖怪であるために不可欠な入道が居ることだろう。その名を雲山といったように覚えている。彼とは(もしや彼女か)余り直接に親しくは無かったのでもし間違っていたら失礼ではあるが、しかしながらあれ程の髭面に野太い唸り声、これでもし万が一に婦女子を名乗られては今後私は雲山の眼を見てきっと話せないに違いないだろう。その時はどうか許してほしい。そして迅速に乙女力を磨くように君の方から申し立てよ。
彼、彼女かもしれないがともかく。雲山は力仕事などは余程得意なのだろうかと下心をありありと籠め申した推察を送ってみる。出来れば得意であってほしい。そうであれば賢者が一匹救われる事となりにけり。
というのも、私が現在反旗を翻して立て籠もっている小屋の屋根住まいが何処からともなく輪廻転生を始めているらしく、風情豊かな五月雨の日ともなれば必ずと言って差し支えなく雨粒の野郎が漏ってくるのである。まるで君の様に生意気そのもの、どうしてくれようか。
滴り落ちるそいつは大変冷たく、私はこの梅雨に差し掛かるであろう前線基地に置いて精神的に追いつめられていく日々を過ごして居る。物理的にも部屋の隅へと追いつめられてしまっているあたり、中々笑い話には出来なくもなってきた。困る。
幸いここ暫くは春らしい天気が続いているから、目に見えるまでの実害を被るには幾許も大丈夫だと思いたいが、問題はその先に居座る梅雨時に決まっているのである。結局の所、今のままの貧相な茅葺きのままでは、凄惨に及ぶべくかと思われる礫雨には万事耐えられるか分からん。漏るだけならいいが小屋事吹き飛ばされでもした日には目も当てられない、濡れ鼠の出来上がりだ。
催促をするつもりではないのだが、どうにか空いた御日柄にでも我が仮初めの居城の修復を雲山氏とついでに君に頼めないかとこの便りで打診をしてみる訳だね。私は周知のとおり小柄で非力で貧相だから左官仕事なんて逆立ちしようと無理に決まっている。どうだろう、君さえよければ都合のつく日に出張をお願いしたい。只でとは言わない、報酬も用意します。落ち着いた時にでも連絡待っている。
草々頓首。
賢将ナズーリン
まるで菩薩の生まれ変わりやもしれぬ雲居一輪宛
追伸。
前回、聖とのあれそれを私にからかわれたからといってその仕返しを企てたりだとかは我が精神衛生上に大変良くないので思いつかないように。ここはお互い熟達した精神を見せ合おうではないか。
拝啓。貴様は悪魔か。
先日久方ぶりに、今は遠く懐かしき命蓮寺へと足を向けてみた。
断固たる決意を以てして寺を離れた私ではあるが、それにより聖に余計な負担が廻って来てははいないかとの心配は如何なるときでも我が心の中に万遍に張り付いていた。そんな事もあり、一時これは寺の様子を伺うべきではなかろうかとの思いが行動として還元された結果の訪問である。決して寂しさが募ったからとかでは断じてないので邪推はよせ。それが証拠に、あの阿呆が寺を空ける時間をしっかり把握して聖を訪ねたぞ。偉いだろう、私はしっかり我慢ができるのだ。
そしてその日は惜しい事に、君も件の阿呆共々里へ出ていた様で不在だった。仕事熱心だと感心するしかない。はたまた色恋に掛ける準備に忙しそうだなとからかってみるか。
つまり、その時はこういった至極まともな考えを巡らせつつも門前へと至った訳なのだ。当然、門前ともなれば近くに居るであろう響子に声をかけるのが普通であろう。勿論私もそれに違わず、持ち前の鈴が鳴るかのような美声でもって挨拶をしたのだった。問題は、その惜しげもなく可愛らしい響子の口から発せられていた言葉がいつもの読経の手習いなんかでは無かった事である。
何故。響子が。私の。私が、自ら文机の奥底に封印した数多ものスペルカードの名前を余すことなく網羅して読み上げているのだ! 貴様は悪魔か!
あんなにも私が慈悲を請うたというのに無情にも切り捨て、あろう事か我が古住処かの文机から生涯に渡るかもしれぬ汚点を態々引っ張り上げて晒し上げるというこの仕打ち、良心を失っていなければとても出来はしない筈の芸当である。永劫に恨んでやる、末代まで呪われてしまえ阿呆。寧ろ君で末代になってしまえばいいとさえ思う。
とにかく、私が帰還した際に外出中だったおかげで己はその命を拾えたのだと心の底から噛み締めよ。でなければ君の一生はそこで幕を閉じていただろう。命蓮寺の只中で怒り狂う私はさながら夜叉面、居合わせていたなら君など一捻りだったに違いない。恐怖に囚われて出鱈目な命令を下された、寄せては返す入道の拳を明鏡止水もさながらに掻い潜り、固く握った我が拳骨が必ずや君の脳天を成敗したであろう事はどうあっても想像に難くない。此度顔を合わせたが貴様の命日だ。今の内に身辺整理でもしておくがいい。
さらには響子に聴取して曰く、私が訪れる数刻前に御山の血塗れではない方の巫女が門前を通り抜けていたそうではないか。どうしてくれる。いや、どうしよう。
きっと今度からは会うたび会うたびに「あぁ、これはこれは名付けの天才である所の賢将さんではないですか。どうです、斬新な命名は閃きそうですか。ねぇ、小さい賢将さんったら」とかいって容赦なく手玉に取られてしまう未来なのだ。私の涼やかな印象は既に風前の灯火でしかない。こうなっては暫くはあちらの御山へ出向くのは控えようと思う。一輪の方も万事飛び火に気を付けるように。阿呆。地獄に堕ちろ。
頓首。
悪魔を調伏せし私
悪魔すら凌駕する糞破戒僧宛
拝啓、春の顔もそろそろ見納め、名残惜しいものである。軒先から見える原の桜は最早散り散りだし、先日の事件で私の心中は散々。
つくづく思うが皮肉に皮肉で返したところでどうにも争いは止まないし平和なんてどこからも生まれないのだ。故に私は御自慢の弁舌という兵器を放棄しよう。だから君も馬鹿な真似は今後一切止めるが良い。特に響子は関わらせないように。でなければもしも私の破廉恥な噂が君が操縦した響子によって爆発的に広がって、それを苦にした私はきっと命を絶って君の枕元に化けて出てやろうとも。
そう、争いに生産性は皆無であると颯爽に明察した私は誰よりも平和主義者。そうと決まれば近況なんぞをちらと報告してみせよう。また、我が住まいの修理の件の返事はお早めに頼むのである。
最近の私は延々と地下探査に明け暮れる毎日だ。何せ金脈を見つけて掘り当てれば夢の生活が待っている。貴金属の価値というのは素晴らしいものだ。どこかでみかけた森の近辺に居を構えている古道義屋にでも強引に売り払えば、買いたたかれでもしない限り相当に懐があったかくなるというものだ。
いい機会だから話しておくが私の夢はとても偉大かつ壮大で誰も思いつくはずもない、天界すら眩む広大な夢だ。知りたいと思っていそうなので詳細を記してやろう。
まずは売却して得た資金で住居を改める、いの一番で。今の襤褸小屋からは別れ、部屋が数多あって檜の香りもする新しい家を構えてみる算段だ。朝目が覚めて初めに嗅ぐのはその優しい香りであるし、就寝の際もまるで森に包まれながら眠りにつく。これはもう気分は森林浴と変わらなく、なのでとてつもない贅沢である。とっても贅沢だろう! もうこの時点で凡人には手も足も出ない奇抜な発想だという事が言わずとも文面に滲み出てしまっている。賢将なのだから当然である。
居を新たにすれば残りは衣と食だ。
私は自分の外見を華美に装飾するという行為に余り理解を示せないのでこの点は、つまり衣服はそこまで重要視はしなくてもいいだろう。可愛いだとか可愛くないだとか、そういった個体の差異は元来美麗な私には生涯無関係な項の一つでしかないのだ。君も私の垢を煎じて飲み下せば多少はこの賢将のつま先に近づけるに違いない。
ここまで順調に進んでしまえば、仕上げは食という事になる。正に最後の晩餐と呼ぶに相応しい。誤用だろうとか野暮な事、まさかここで書き下ろすつもりではあるまいな一輪。
好みとは個々によって好き好き様々なのだが私はなんといっても醍醐が最上の品だと考えているしその自信がある。乳は好んで口に入れたいと思いはしないが、何故か醍醐だけは別格なのだ。舌の上で転がせば、広がる匂いにあの独特の触感も一級品、難点なのは製造法故の希少性だけれどそれだって金脈で一山当てれば何も問題は無い。掻き集めて買い占めて見せるさ。私はそれの為なら私財全てを投げ打ってでも構わない覚悟があるね。
どうしてだろうか醍醐という奴にはそういった魅力があるのだ、まるで遺伝子から訴えかけてくような求心。これも生き物の性か。君もあの醍醐味を知ってしまえばきっと私と同じになると思われる。侮ることなかれ。
しかしながら一番の問題はこの地にそういった鉱脈の気配が皆無という事に他ならない。夢はもうしばらく追いかける事になりそうである、私の夢は賢将であるがゆえの壮大さのために、どうやら敵わんようだ。(夢が叶わないと掛けているのだ。上手いだろう)
頓首。
勘が鋭い私
鈍らの雲居一輪宛
拝啓。新聞でも読んではいかがか。失礼、君が阿呆な事を失念していた。しんぶんというのは、それを読む事で時世を知った風になれるという暇つぶしの読み物だよ。
これで昨日よりも賢くなったろう。よかったな。
一輪を小馬鹿にすることで思い出したが、先日里の貸本屋にて何冊か見繕ってきたとこである。あそこはつまらない割には購読層が多い事で評判な烏天狗の日報もそれなりの数を取ってあるので手持ち無沙汰な時間を浪費するには上出来な場所であろう。こういった、私と同じ考えの者はそれなりに存在するようで、店に寄るついでにと暇を潰す趣で多種多様人妖関わらずにそれぞれが手に取って読み流している姿を見かける。その為もあってか、販路拡大を企む天狗様共がよく売り込みに来て最近は騒々しい日が続いているのだと店主が言っていたな。(心配せずとも店主は君より乙女である)近頃は製紙技術も庶民文化へと流入され、妖怪の山ならず里の中でも宣伝喧伝に質の高い紙が使われているようだから驚くほかない。それが証拠にただの甘味処でさえもそれに文字を刷ってばらまいている始末。なんとも贅を凝らせる時代になったものだ、真に羨ましい限りである。
しかしながらここでただ単に移り変わりを嘆くは並み居るばかりの愚者だけなのは公にされている通りで、どんなときであっても私のような賢者は変化を我が力とすべく動くものである。さて、この機会を逃すは愚かと言って切り捨てるがも同等価値であり、我ら命蓮寺一派としてはこれを機に今までよりも大々的な布教活動に臨むべくだと考えている私だ。多少難しい話だと思うから君は実る稲穂の如くただ頭を垂れてこれを呼んでいればよい。
なに、奇を衒うばかりが賢さではなく、ここは我らも巷の流行りに相乗りさせていただく所存しかあるまいよ。つまりはこちらも同じ手を食えばよいのである。美味いものがあれば周囲の事などお構いなくに手を出す、なんとも君向きの案件ではなかろうか。知を労して実を得る私にはとても真似できない芸当ともなればこれはもう君は私を超えたと言っても大言ではないだろう。ほら、ここまで煽ててやったのだから精々夜半遅くまで布教のための広告をせっせと刷るがよい。そして休む暇なく配り歩けば酒で鈍った体も多少は機敏になるだろう。
友の健康を大変に思いつつ布教活動もこなすべく頭を働かせるだなんて、私はなんと偉大なのだろうか。余りに賢いというのも考え物、この世を気楽に生きるにはきっと君くらい阿呆なのが丁度いいのだろう。存分にひけらかしていいぞ一輪。
草々頓首。
頭脳労働担当の私
それ以外担当の一輪宛
追伸。
紙面や活版印刷を用意するに当たっての初期費用は私は一切関与しないことをここに宣誓しておく。決して巻き込まないように注意されたし。
拝啓。
新春の兆しもとうに薄れてきて新たに迎えるはしとどの雨である。さっさと過ぎ去ってしまえばいい。一体何が楽しくて軒先で跳ねる雨粒を気にせねばいかぬのか。上昇し続ける私の不快指数はとどまる所を知らず既に天井間近である。
そこへ来てさらに一昨日は酷い暴風日和の模様。時折吹き荒ぶ強風が腕を振るうたびに、我が居城の屋根が悲鳴を上げていた。このままではいかん。私の煌びやかな襤褸小屋が瓦解する恐れが大いにある、真に由々しい。
というかとっとと修繕に来るべきではなかろうか。最早部屋の四隅には胞子共が我が物顔で住み着いておられる訳で、いくら私の事が嫌いだとしてもつい最近まで寝食を同じ屋根の下で共にしていた付き合い、温情は大いにあって然るべきだと思っている。さもなければ咽び泣く覚悟がある。
暴風といえば近頃に駆け巡る風は中々悪戯に手を込んでいるらしいと響子から聞いた。あの子は耳が早いね、伊達に山彦では無いという訳だ。一体どこまで拾うというのか。
その響子が言うには既に里の人間が数人春一番の犠牲になっているらしい。悪戯の手口も一層悪質だそうだ。犠牲者が全員うら若き里の乙女共という事からも事態の深刻さが君にも伝わる事だろうと思います。これはもしや異変か。
なんでも、陽も上がり切った白昼堂々に少女が静々と歩いている所を狙われるという話。いや実際の所は日時は関係ないのだけれど、それでも悪質な戯れが里で横行している事に変わりは無い。事が荒立てば大事件にまで発展してしまうかも知れぬ。
と散々煽り立ててはみたものの、実は天狗の様な姿形をし、撮影機らしき物体を引っさげた形容し難き疾駆の妖怪が隠し通せぬ酒気を撒き散らしながら跋扈している、といった証言が相次いでいるそうで多分この件は迅速に処理されるに違いない。あの巫女に酔眼朦朧は言い訳と通る筈もないであろうし、悪酔いの上から降りかかる大幣はさぞ痛かろう。まぁ所詮粗野な天狗の自業自得、酔にかまけて鼻の下を見境なく伸ばした方が悪い。
そういえば君も確か一応分類上ではまだ乙女だったか。乙女は乙女らしくあれ、清廉的象徴者たりえる聖を前にして私との応酬の癖そのままに、つい似合わぬ罵詈雑言が飛び出さぬよう精々気を付けるべし。乙女力を磨くのだ、でなければかの金剛力な大僧正の誠意ある一撃を貰う羽目になるだろう。
草々頓首。
根津鈴
雲居一輪宛
追伸。
この便りを投函しに外に出た所、奇しくもその道中にまるで射命丸文かのような模様の襤褸切れを見かけた。あの巫女にしては仕事が早く、どうも嫉妬心とは中々大きな原動力になり得るようだ。
肝心の仏さんの方はといえば、汚れ具合から察するに軽い痴話喧嘩の後だろうと推測される。虐殺と呼んで差し控え無い程度のな。かの巫女の朱色の所以たるはやはりその返り血に因る物なのかそれとも嫉妬に染まり易いその頬の気からなのか果てさて。まぁ彼女も乙女の一人には違いかったという証明であり、加減の無い一途さもさながら真っ直ぐな恋慕の裏返しであるし大いに可憐と呼べよう。
--- Lunatic ---
おひさしぶりです。せんぱいはげんきにしてましたでしょうか。わたしの方はときたまふる雨で心も体もしとしと加減がいいかんじです。
せんぱいには以前、すこしおみみに入れさせていただいたかもしれんのですが、我が家のたいようねんすうさんがそろそろお亡くなりになりそうなのです。たんてきに、ぼろい。
このままではいけません。だって、私がすめなくなってしまうからです。そうなればいくら賢い私と言えどもいずれはげんかいをむかえることでしょう。もしも、まぁ来ないことが一番なのですが。もしもその時がくればどうか響子せんぱいの部屋にいちじ転がりこませてほしいとおもいます。なにせ当てをたよろうとも、片方は口がわるい入道使いの阿呆、かたやもう一方は私が三下り半をたたきつけた阿呆。まさにはっぽうふさがりとはこのことです。ですからここは新たな退路としてせんぱいの力をおかりしたいしょぞん。ふがいない私をゆるしてください。
えぇっと。
まぁ、ですね。
じつのところ、小屋はこわれてしまってもいいのではないかとおもっているのです。
これを読んでいるなせんぱいのふしぎそうな顔がありありとうかびます。だってこの私でさえもうまいこと説明はできやしないのです、きっと。
なんといいましょうか。
さみしいわけなのであります、これまた端的にもうせば。これはもうひじょうにこころぼそいといってしまっても最早さしつかえないでしょう。このじじつに一ばん吃驚しているのはじつはわたしだろうとすいそくされます。どうやらわたし自身すらもしらぬまにどこぞの阿呆な猫に絆され果てたらしい、せんぱいはわたしのような事にならないよう、どうかちゅう意ぶかくいきてください。あの阿呆、どうも知らぬ間にこころにすみつくのが異様にうまいようなので。むだにすごいぎじゅつなのがとても腹が立ちます。
くやしいので私はぜったいにみとめてやらないことにしました。先輩もどうかそのつもりでかかってくださればと思います。われらが力を合わせればひとひねりでしょうとも。
おしまい。
なづりん
響子先輩へ
せんぱい、たすけて。
空が私をとっちめにかかってきます、もはやぜったいぜつめいです。
この便りがとどいたときには多分私はいきたえていることでしょう。ですがどうかかなしまないでください、私はけんめいにあらがいました。どうやっても命をうばわれることになるでしょうが、しかし私はこのとどろくばかりの稲光なんかには屈しかったことでしょう。
どうか私のことをわすれないでください。おげんきで。
さようなら。
なづりんより
響子先輩へ
はいけい、はやあしの雨がすぎさってくんぷうが原にかけるおりのこう。
ぜん回のお手紙はせんぱいを吃驚させようとして送りました。ちょっとしたお茶目心というやつですね。せいこうしているといいと思います。きっとさぞ吃驚したことでしょう。それはもう先輩のいげんが少しばかりころがりおちてしまうほどに。ですけれどもそんなせんぱいを見ても私はなんらかわらない敬意をもってして接するとせんせいします。ぜったいです。
ですのでせんぱいも私がいつかひどいしっぱいをおかしてしまったとしてもきっと見て見ぬふりで通していただけることだと信じております。いえ、深いいみはないのですけれどもね。
それではまたじかい。ごきげんよう。
後、以前にお送りさせて頂いた御手紙は他の者の卑しい目に触れる事の無いよう速やかに焼却処分して下さい。お願いします。
こんにちは。さいきんはじめじめした日がつづきますね。わたしのおうちはよすみが黒ずんできています。いえ、きっと気のせいでしょう。なにも見ていないことに今決めました
先輩があんなちんけな吃驚お手紙では吃驚しないということなので私のとっておきを教えてあげましょう。
じつはわれらがほこる命蓮寺のうらての墓地にはとっておきにこわい妖怪がすみついているのであります。きいておどろくことなかれ、なんときだいの化け傘なのです。
その化け傘、おなまえは小傘といいます。たたら、と書いて多々良小傘。じひがおよぶべくもないありとあらゆるをあくじを働き、ぜんりょうなる人びとをきょうふの底へとたたきおとす大ようかい、と自分のことをしんじて止まないこれまた阿呆です。ついでに泣き虫で背丈のわりにひん弱、たぶんうでずもうをしかければ響子が勝つでしょう。弾幕しょうぶでもきっと先輩のほうが上だ。
すいません、とっておきというのは嘘でした。どうかゆるしてください。
ですが、小傘はだれとでもなかよくできる天才ではありますので先輩とはきっと気が合うにちがいありません。友だちができるというのはすばらしいことだからぜひともちょうせんしてみてください。なにをするにしても心をともにできるなかというのはあんがい心地がよいものです。君にとってのそれに小傘がたりえるかはじつにむつかしい所ですが、そうでないとしてもそういう大切なそんざいが響子の心にあらわれるといいなと思います。
私ですか? 私はざんねんなことに手のかかる阿呆ねこをしつけるのにせいいっぱいで、そこまで気のゆるせる誰かはいないのです。まぁ、こうはな一ぴきおおかみの私にはこどくがにあうのでもんだいはありません。おっとしっけい、せんぱいがいました。ですのでこのばあいは二ひきおおかみですね。なんとも、いっきにかどがとれた気がします。これも響子先輩のあいらしさのなせる技にちがいない。そのみょうぎ、少し私にわけてくれませんか。かんぜんむてきな私ですが、なにぶん愛想をふりまくのはにが手とするとこで、だからいつもあの阿呆の前では空回り、こまったものですね。
そういえばさい近は風がつよくなっているのでお外にお出かけするさいはめっぽう気をつけるといいでしょう。そういうとっぷうの事を春一番といい、のんきな人間たちは春の訪れだとありがたがるそうです。しかし時期からみればもうとうに春百番、なんとも寝坊助なことです。
おしまい。
なづりん
響子先輩へ
こんにちは。きょうもお元気ですか。
お手紙、きちんとお読みしました。小傘とはぶじにお友達になれたようで、後輩ながら自分のことのようにうれしくおもうかぎりです。やはりせんぱいはかわいくて賢くて、やさしいうえに心がひろい。まるで童女の頃の私のようだ。
その賢い頭でこれからもびしゃもんてんだいり様にだいひょうされるお寺の各種阿呆の面々を助けていってあげてほしいです。あぁ、一輪だけはいいです、あいつは響子が救いの手をさしむけるにあたいする阿呆に違いはないけれど、それとはべっけんでとても悪いやつなのでどんどんこらしめてやって下さい、たとえばやつの頭巾で鼻をかむなどして。それが彼女のためでしょう。すくいのまえには試練がつきもの。
前回、私がお寺でいかりくるっていたのは響子のせいではなくあの一輪とかいうはかいそうのさくりゃく(策略と書きます。良い言葉ではないので多用はひかえましょう)のためであり、決して響子自身にはおこってなどいないのです。私がせんぱいにおこりなどするものか。
響子先輩は阿呆にすっかりりようされただけであるからむしろひがいしゃとしてふるまって良いでしょう。ですのでこの前の様なすっぱい顔なんてしなくてけっこう。せんぱいには笑顔がいちばんにあう。
にあうといえばもうそろそろ、大雨とともにほんかくてきななつのあらしが差し迫ってきます。雨や風は好きですか? 私はどちらかというとにが手です、お天気をいちいち気にしてすごすだなんてぐうたらな私には中々やっかいなものなのです。天の気まぐれと書いて天気だなんて、よくもまぁ言ったものですね。
また、気まぐれつながりとすればせんぱいもごぞんじのように私のじょうしはことさら気まぐれ。あれはもはやてんねんと呼んでさしつかえないと思います。たしょうのきょうみもあるかと思いますのでまたまた私のじょうしのお話でも少し書きましょう。
かのじょは背がとてもたかいです。私と響子がたてに並んでようやく追いこせるといったくらいですよね。きっと間がぬけているのは身長の代償(だいしょう。)にちがいありません。でなければ妖怪といえどああもうんと高くなどなるものではない。
やっかむは背丈だけにはおよばないのがまたいやらしい。このさいみとめてしまいますが私はじょうしとは比べるべくもない程に哀しい肉付きなので、ぜひとも彼女のほうまんな凹凸をよこしてもらいたいです、響子だってそう思うでしょう。一度でいいから私もにくたいてきよういんによって肩がこったと呟いてみたい!
でもまちがってはいけないのです。うらやんでいるだけであって、尊敬はもちろんしています。私のすばらしきじょうしはその鈴色の声でもってよく私のしんぱいをしてくれていましたし、たまにではありますが、あの大きくやさしい手でなでてもらったりもしました。
これにはふと、もしや子供あつかいされているのではと思うときもあるわけですが、しんそこ嫌ではないのでけっきょくは私もなでてもらいたがっているのかもしれません。おっと、これはぜったいにひみつです。他言は無用。はかばまで持っていくこと。
だからといって本当にはかばまで持っていって読んだりなんて、賢いせんぱいはしないとは分かっているのですが一応ちゅういしておきます。だってあそこには一輪と並んでそんしょくない響子のお友達がひそんでいるのですから。せんぱいもじゅうぶん気を付ける事。
ではまた。お便り待っています。
おしまい。
根津鈴より
幽谷響子あて
--- Phantasm ---
拝啓、湿気で洗濯に向かわせた肌着が中々乾かない。困った。
多分に重い空気が満ちてきている。とうとう幻想郷にも梅雨がやってきた。
しかし今はそんな事はどうでもいいのだ。先日に出掛けた永遠亭の傍でちらと耳にしたのだが、どうやら喧嘩をした後は自身の体に洋風の帯を巻いた上で頭を下げに行くと効果が覿面に良いらしい。体躯全体を用いて謝罪の念を受け入れてほしいという現れらしいそうだ。成程、案外あの阿呆な不死者共も上等な手を思いつくものである。
えー。して、君。何でも南無南無手芸倶楽部の納入の関係でどこぞの洋裁店と良好な付き合いをしているそうではないか。おぉ、これはなんとも奇遇、謂わずとも常日頃から徳を積んでいる私への地蔵菩薩様の縁合わせと賜ってしまっていいであろう程の良縁。
率直に言えば、そういった類の風である洋装の帯紐を私が君に取り寄せさせてやってもよいぞ。
いや別にこの賢将がそんなものに興味を持っている訳では無い、そこは正誤しっかり判断してくれ。言っても私は喧嘩など児戯にも劣る他愛無い時間の浪費はしたことがない。つまり特定の関係者との早急な仲の修繕を求めてはいない訳なのだ。
では私ではないなら誰か。それはもう一も二も無く響子の為である。そう、響子の。
風の噂で聞いたがなんでもかの先輩、あ、いや響子は親友と名高い件の化け傘と仲違いをおこしたらしいので。詰まるはそういうこと。
いいか、響子を思っての聴取であって決して私自身の損得の為ではないし、けれど可愛い可愛い御同輩の為であるので真剣に取り組む事を約束せよ。さもなくば待針千本を用意する他ないだろう。また、記さずとも無論他言は厳禁である。
回りくどくなってしまったが結局どうしてほしいのか。君は今憤っている事だろうと思う。ありありとその光景が目に浮かぶ、手慣れたものだ。眉間の皺が増えても知らんぞ。おっとまて、まだ破り捨てるのは早計である。
転じて急とするに、その洋裁店へ注文を取りつけに行ってもらいたい。代金は心配せずとも包んでおいた。注文書もちゃんと認めて同封した、私に映えるに決まっている桃色だぞ。多めに送りつけたとは思うが、それでも足りなければ後日にでも言いつけてくれれば喜んで財布の紐を開けさせていただく。糸目は付けない。
私が直接その店へ出向ければそれが一番なのだが、何せ最近はやらなければいけない仕事が多く猫の手も借りたい程多忙である。ですのでどうかその一式、出掛けにでも届けてもらえればと思う。態々変装までして店に出向いて手に入れた注文書、記入漏れも多分無いとは思われるので一輪はさっさと店主に渡しに行くこと。急務。
頓首。
濡れ鼠
きっと優しさ溢れる我が友宛
拝啓前略。
君は変わらず元気でやっているのだろうか、と柄にも無く気を使ってみた。別にこれといって他意はない。偶には他者からの好意を素直に受け取って見せろ。
何やら幻想郷では雨音が絶えない日々が続いており私は大変憂鬱。延々かと思われる水気に苛まれる我が身であるが、襤褸小屋の軒先で咲き誇る紫陽花ばかりがここ最近の私の憂った心を癒してくれている。いや、君からの便りの方が断然いいに決まっている。安心しろ、大嘘だ。
で、その後の首尾はどうなっただろうか。何かとは勿論書くまいな。一応書いておくが私の注文の件だ、君に頼んだ。まぁ続報が入り次第速達でもってして教えて貰えれば良いに違いない。その時は私に感謝される準備でもしておけばいいだろう。しっかりと期待に沿って見せようとも。
また、先の件とはがらりと話題が変わるが、その、我が愚かな上司であるところの寅丸星は元気にしているでしょうか。御飯はちゃんと三食口に入っているのか不安でならない。特に朝食を抜かしてしまっているなんて事はないだろうか。あの方は眠りが深いので殊更不安です。部屋の掃除は……、頃合いを見てこっそりそっちに顔を出した時にでも済ませておこう。どうせ酷い有様だろうから。全く、それだから失せ物が増える一方なのだと何回諫言すればいいのか。
それからまさかとは思うけれど、体調を崩したり等はしていないだろうね。いくら神格を授かったといっても臥せるときは臥せるものなのだし、君からも注意して見てあげて欲しい。連日連夜の雨に降られて風邪なんて貰えば凄惨である。莫迦は風邪を引かぬが故心配無用であるが残念ながら御主人様の分類は阿保、しっかり監視に励め。あとついでに君も阿呆なので気を付けるのだぞ。
だらだらと連ねてしまったが要は上司がしっかりしてくれないと私まで阿呆に見られてしまい困る、という話。変に勘繰ってまたもや寺中に吹聴するだなんて以ての外、慎むように。
早々。
健康志向好きな私
いかにも不健康そうな一輪宛
拝啓。そろそろ洗濯が本格的にもどかしい。干さねば乾かず、干さずとも又乾かず。果たしてこれに意味はあるのか。
古来よりの四季は大変豊かであり見方は千差万別で限りなく優雅。けれどそれは受け取り方も自由というものであり、酷なことに私はこの時期があまり好きではない。はっきり嫌いとは言わせない所がまた梅雨の憎いやり口。これはまるで君の様ではないか。褒めているわけでは無い、君が悪いのでその口角が上がったにやけ面は即刻収めることを忠告しておく。
肝心要の中文であるが、惜しみなく賞賛を送ろうと思う、誇ってくれ。いや冗談、平身低頭で感謝している。まぁ三日間は持たせて見せよう。
丁度一昨日、魔法の森の件の店から小包が届いた。これほどまでに待ち侘びたものは無かったと言い切らせるまでもに輝くそれは、中を改めるまでもなく私への君の奉仕が実を結んだ結果である。これさえあればきっと許してもらえる!
やはり持つべきは気心知れた友だと改めて痛感した。困ったときは存分利用せねば損であるし、私だって喜んで利用されもしよう。しかしかの無手倶楽部への御参入だけは勘弁願いたい始末である。だって自分の時間が減ってしまう、となれば一大事だ。
時に(正に時だけに)一輪は時間を上手く消費出来ているだろうか。私はここ最近までは鉱脈を探してみたり、希少価値の高そうな骨董等を巡り歩いていた。無縁塚は幸いにもそういった曰くが度々流れ着く。寂れた場所ではあるが、しかし趣味に没頭するには都合が宜しい。
そう。骨董はいい、見ているだけで己の社会的地位が数段上がったと錯覚してしまうし何より採集物が骨董だなんて恰好が付く、羨ましかろう。この前だって小傘との会話の端にふと漏らしたが、それから暫くは尊敬の眼差しが絶えなかった気がした。何とも言えぬむず痒さであった。
されど幾ら楽しみ方は千路《ちじ》あろうとも、骨董品に真贋を付けるのは半端な二流がやらかす事、肥えた一流は真贋問わずして愛で尽くすのみだと私は考える。麗しく聡しき私のような、洗練されし境地に到達した者は目先を曇らせる事無くその物に価値を見出すのだ。決してそういった価値如何等がよく判らないからではない。便りにて言及するのはよせ。
君はこの手紙を拝読したことで私の考えにさぞや強く感銘を受けたに違いなく、尽きぬ興味と衰えぬ自身があるならこの賢将自ら手解きをしてやってやらん事もない。
授業料と申込料は別途負担という事でどうだろうか。今なら身内割引なんてしてやってもいい。嬉しさのあまり咽び泣いても構わない。ではまた。
早々頓首。
賢将ナズーリン
三日天下の一輪宛
拝啓、面倒なので略。
最近やっと判ってきた事なのだが君は存外勤勉らしい。でなければ回を増すごとに語彙を増し威力を上げては毎度見事に散りばめられるこの罵倒の説明がつかない。もしやせずともその表れである。初めの内は我が方が優勢であった舌戦も、いつの間にか度重なる弱みを君に握られて最早手の打ちようがない。袋小路の先が四面楚歌だ。
だが余り私を見くびらない方がいい、ここまで一方的に負かされてはこちらは聖に泣きついしまっても構わないのである。恥だなんてこの賢将が感じ入るものか。選ぶ手段など元より無い。しかし、そうなって大いに困るは恥をかく私よりもむしろ聖を慕う君の方だろう、きっとそうだ。でなければこの目論見が破綻してしまう。
もし私がそういった最終自衛手段を取ったとすれば、その時の光景がまるで目に浮かぶ。聖は、我々同門同士が書簡を通してとはいえ数度に及び争った事を知ればおいおいと悲しむに違いないし、ましてやその関係者の一人は君と聞くではないか。かわいそうな絶対的支配者であるところの聖白蓮よ、信頼を寄せる右腕が加担者の一翼と知れば深い絶望に囚われてしまうかもしらん。彼女は素晴らしき浪漫思想者だ、一層と不思議はない。
という訳で綴られる舌戦はお互い控えることにしようではないか、でなければいい加減私が涙汁を漏らしかねない。知恵比べなら君を屈服させるも容易いという事を努々忘れるな。これが単なる下らん舌戦であった事を命辛々有り難がるが宜しい。はい、お仕舞い。これ以上触れるな。
繋げる話題に困窮すれば天気の話、間違いない。
梅雨は結局許されざる、というか雨そのものがいけないと最近は滅法思うばかり。
こうも続いて振られてはこちらとしても楽観視だなんて到底出来そうになく。未だ乾く事無い部屋の中にだらりと吊るされている私の服が不憫だとは思わないのか。仕方なしにそれを身に着けなければいけない我が屈辱、推して知るべし。素肌に張り付く感覚が気持ち悪くていけない、不愉快すぎて筆の進みが芳しくない。
このまま不快係数が最果てまで行ってしまえば私の横で溜まっている多くの便りへの返信もままならず交遊的窮地である。本当に、この時期の雨足には僅かの憎悪を抱く。しかしここでいくら書き散らそうとも服が乾く筈は無く、まして梅雨が明ける訳でも無いので賢い私は渋々耐え忍ぶ事を選択する事にしました。
溜まった鬱憤はどこぞの御主人様でいつか晴らす。
早々頓首。
私
口が悪い君宛
拝啓。まるで往生際の悪い梅雨、しかしその余命は間近、雨雲は益々遠のき生温い陰気風ともそろそろの関係だろうと思われる。
けれども損失した我が東屋の傘が一向戻る気配がない、一体何故だ。いや結構、この博学者の始祖とも呼ばれる私に掛かれば原因等暇も与えず判明した。
そう、それもこれも君が聖白蓮という慈母的聖職者との逢引を優先した結果である。私の様な素晴らしき友との約束を放ってまで己が恋仲を進むべくの悪行看過し難き。私は忘れてやるものか。友情を塵紙に包めてしまう様な君にはきっと仏罰が下るに違いない、平伏して震えていればよい。
というよりも何故、態々先の手紙の返信に逢瀬の内容を緻密に認めたのかと百万遍問い質したくある。私との文通は君の惚気に私的使用して良い場では無い、余所様の甘ったるい桃色な話程憎たらしい物は無いのだ。
話枕より殊更やっかんで文を続ける。一輪、君達の仲が進展した事は目覚ましい訳だし嬉々となるも判らなくは無いがどうだろう、流石にその報告を十枚近くに及んで綴られてはそれは既に強迫で、駆られるのはこの場合私である。君はそんな軟派で浮ついた奴では無かった筈だろうに、色恋とは実に恐ろしき誘惑であるらしい。
賢い私としては、早ければ翌日にでも君が正気に戻る事を願ってやまない。そしてとっとと布団に顔を埋めて羞恥に苛まれるべきだ。一時の阿呆はそれからも偏差無く阿呆であるのが此の世の真理であるので君も慎んで阿呆になれ。それと返せと言っても渦中の君の手紙は返さんのでそのつもりでいるように。焼却処分なんてさせるものか。私は今君の弱みを掴んでやったぞ。
つまり考えるに、どうやら私と君との勝敗は決したようだ。言うまでも無く私の華麗なる勝利、圧勝と書き換えてもいいくらい。罵るならば浮かれた勢いで手紙を認めた過去の自分に向けるが宜しかろう。君の命運はついに我が手中である。
頓首。
勝利者の賢将
負け犬宛
追伸。
何やら先程から小屋全体までもが我が完全なる勝利を称えるかのごとくに静かな喝采を鳴らしておる。そう、例えるならば空気中の水分を多量に含んだ古木が自らの新緑に耐えきれず幹を折るかのような深みある称賛。なんと心地のいいことか。我らが闘争の内の負け犬に成り果てた君にも率先して聞かせてやりたいくらいである。
全く、今夜は良い夢が見れそうで大変結構だ、それでは失礼。
追々伸。
小屋の修理の件はもう結構。どうやら今季の梅雨は軟弱な暴風雨しか連れてこないらしい。なんとも張り合い甲斐が無いものである。
--- Ending ---
文々。新聞、取材メモの一端。
「白昼の無縁塚に響く轟音!」見出しはこれで決まりです!
なんと当記者の目の前で事件は起こりました! 皆様も周知の通り、日々起こる幻想郷の大小な事件に対して迅速果敢な取材を身上とする記者の鏡のようなこの私ではありますが、先日に偶然にも妖怪の身でありながら全治一月の大怪我を負っていましたので現場に急行している今の私は文字通り骨の折れる思いであった訳でありますね。怪我の原因は……えー、人身事故です。私の過失でございます。すいません霊夢さん許して! 私の指はそちらには曲がるようには出来ていませんから!
そ、それは今は置いておきましょう。何故なら私の目の前には恐らく歴代の異変と並んで遜色のないであろう大事件が転がっているのです。上手くやればきっと名声も転がりこむに違いありません。
おっと、そろそろ当該現場付近に付きますね。これは腕が鳴りますよ!
案山子念報、念写メモ走り書き
・無縁塚 家屋倒壊、小屋か? 被害者無し
・周囲の状況 普遍的 小屋の柱に経年劣化の痕跡 作為性無し
・周囲の人影 恐らく毘沙門天補佐の鼠 項垂れている 手にはリボン 住人か?
・訂正 被害者一 以上、記事の価値無し
--- Legacy ---
拝啓、そちらは至って平穏でしょうか。
どうせ貴方の事なのだから仔細変わらずなのだと思います。しかしそれは私としては都合が悪い。どうか御身体に差し障りがあればいいと切に願って止まない日はありませんでした。何故なら、そうとでもならなければ私から会いに行く為の口実がどうしても見つけられなかった。上手い言い訳を考える為に日数を浪費し、このまま挙句の果てには住処の崩壊によるとんぼ返りと相成りそうな勢い。なんとも卑怯で恥ずかしい奴なのです、私は。
こうして言葉を。正確には文字となりますが、投げ掛けるのはいつ以来でしょう。ここ最近は会話は愚か、顔を合わせる機会すらありませんでしたのでいやに懐かしく感じます。期間にしてみればはてさて、桃の香りを肌に感じてから我が家が梅雨の中に雨曝しになるまでと、さして特筆する程の長さではなかった筈なのですがそれでも私には無間の別離と言わんばかりの心苦しさでした。勿論偶然等では到底無く、これは全てが私主導の下で行われた狡猾で滑稽な反逆行為なのであります。
全容に関しては機会があれば追って触れていこうかとは思いますが、まずはこれまでの滑稽な抗議活動、それが大義の旗印の下であったかの程はさておくも幾許かの成果が出ていれば幸い。因みに、この場合の成果とは貴女が危機的状況(失せ物等々)に陥り生活上での精神的苦痛を感じた際に、果たしてどれ程までに私の存在が貴女にとって必要であるかを痛感し、そして私という個の素晴らしさや偉大さを改めて確認して頂きたかった。如何なる時も頼りになる貴女の賢将が永らく寺に不在にあったとなれば、それはもう君にとっては上質な悪夢に他ならないのではなかった筈だと踏んでいるのですが如何でしたか。これに懲りたら少しは部下の機嫌を窺い知る術を磨くべきでしょう。前々から感じていた事ですが御主人様は愛情表現が下手糞でいけない。大いに改善すべきだよ。
こういったそちらへの文句についてはまだ果てを尽きないのですが、全てを書き連ねていけばそれはそれはもう長くなってしまうので割愛させていただきます。ご存知の事でしょうが、私は結構優しいのだ。
優しいと言えば気になるのは貴女の顔色です。こちらとしては正義とあっても、この小さな反逆。そちらからしてみれば理不尽な交流遮断にしか見えなかったかもしれないのではと懸念が浮かぶところです。普通であれば怒髪天を衝きかねない出来事ですが、これについては貴女は怒る権利はお持ちではいないので、今は大人しく読み上げていた方が私の為になると思われます。
私がこの様な間接的武力行使を振るう破目になったのは計り知れぬ理由がありまして。重ねて申し上げますが貴女は激怒すべきではないでしょう、是非とも御願いします。決して憤怒を身に纏った貴女を想像して恐れをなしている訳ではない、何故なら私の方が先輩であり年長者なのだから。今訪れているこの身の震えはきっと武者震いだ。
いいですか、私が先輩であるという事は貴女は必然的に後輩。師の後背を拝む輩は恭しく先達を敬うものです。良き後輩は猥らに先輩を恐怖で震え上がらせないと信じている。なんといっても私は先輩である前にか弱い乙女、細やかな気遣い心遣いは廻らせてしかるべきではありませんか。
果てさて、そんな愚直な乙女としてどのような切り口で実のある本題を申し上げたらいいものか、先程から筆が空中を延々闊歩してはいるけれどここは恥を忍んで書くしかない。
実は、ある時私に悲劇が訪れました。それはまるで駆け巡る雷鳴の如く鋭く、唐突に私の元へとやってきたのです。お陰で無警戒であったこちらの心の湖面は波飛沫をまき散らしての大騒ぎ、それは凄惨な現場が我が心境内で巻き起こっておりました。
そうです、こと悲劇とは春先でのそちらの失言の件に他なりません。いくら寝食を共にして背を預けあっている関係とは言いましても、相手方を最低限立てねば決して勤まる事では既にないのです。私の乙女な心は酷く深い傷を受けました。
いいですか、再三再四申します。例え、勿論例えの話ですが。私の呪符命名に措ける感性が周囲と見比べて、もしや僅かばかし劣っていたと仮定しても、それでも熟考の末の麗しい出来栄えである所の我が「ナズーリンペンデュラム」を口喧嘩の先兵に挙げるのはやはり卑怯ではあるまいか。私だって薄々勘付いてはいたけれどそれをあの他愛もない口論の場で、よりにもよって貴女を朗々と言い包めてみせている最中に持ち出されては一転攻勢もいい所、こちらとしては防ぐ手段がまるで無い。
舶来文字にかぶれて何が悪いのか。振り子と言うよりペンデュラムと表した方が絶対恰好が良いに決まっているのに!
あぁ、推測するにきっとこの便りは我が生涯で唯一となる弱点になるに違い無いでしょうし、であるから出来れば読み終わった傍から間断措かずに記憶を忘却して欲しいのですがどうだろうか、とは思ったがここに来て、そういえば貴女はいつだって私の恥ずかしい過去を忘れたがらない事を失念していました。本当に性格が悪い、意地悪だ。
失礼、またまた話が逸れました。冗長は宜しくありませんのでいい加減本題に入りましょう。無論虚言も吐かない、だからこそ恥ずかしいのだと深く理解を求めます。括る腹は今更緊張で大混乱だ。
前述しました取るに足らない反逆の切っ掛けはわかって頂けましたでしょうからここからは悲劇を回避するための方法を貴女に伝授しましょう。何を隠そうこちらが此度の便りの概ねの命題と言ってもいいくらいだ。
過ちは防がねばならない。二度とは繰り返されぬ為にも御主人様には以下の五点、誠心誠意守って頂きたい。
一つ、早寝早起き。
一つ、整理整頓の徹底。
一つ、先達を尊重する事。
一つ、他者の必殺技名における感性に一切触れない事。次は無い。
一つ、拗ねた部下から目を離さない事。
さもなければ。私が反旗を翻す原因に成りかねません。
さて、つらつら列挙した風に装った訳ですけれども想像以上に羞恥心という奴は厄介でして、顔が火照っては仕方が無い。あぁ、約束を忘れた御主人様が悪いのになんで私がこうして羞恥に耐えないといけないのでしょうか。理不尽ここに極まれり。
つまり、本音という奴は面倒な生き物だからこの手紙のように態々形にして相手に伝えてやらなければきちんと仕事をしてくれないのだな、という事を私は味不明瞭な長々しい駄文を散見させつつ披露して見せたかったらしい。控えめに見てもこれでは唯の阿呆であります。あぁ、きっと阿呆だからここまで事がややこしくなったのだ。
速やかに纏めに入りましょう、何せ恥ずかしさで憤死してしまいそうですから。今ならきっと額で湯が沸く。
結局の所。
心に素直にならなければ、損を被るのはきっと己自身。これこそが今回の教訓です。
変に意固地になって家出(この場合むしろ出家でしょうか?)の真似事を計った所で、日々を連ねる度に貴女に会いたい気持ちが募るばかりだった。なのにそこに来てその阿呆はと言えば持ち前の愚鈍さを如何なく発揮して私の真意をいつまでたっても読み取らない。私は貴女から「呪符の名前を小馬鹿にして御免なさいね、次からは気を付けます。お詫びと言ってはなんですが今夜は忘れさせません」なんて殺し文句を携えて会いに来てくれるのを疑いもせず待っていたというのに。馬鹿者か私は! 恥ずかしい! 誰か私を埋没してくれ!
挙句の果てにはこちらの無言の抗議を主従関係の放棄に因る物だと思い込んだらしいではありませんか。なぜそのような終末的結論に行きつくのです。きちんと私の乙女心を汲み取りなさい。
いやしかし。流石に、これに関しては急の出奔を何も説明しようとしなかった私も悪いとは思いますがそれでも失礼な話でしょう。この私が貴方を大事に思っていない筈がない、少しばかり我儘になってみせただけです。それがこの様な互いの思慮の行き違いに至ったのは、まぁ少々反省すべき点ではありましたが。
詰まる所、言いたい事があれば素直に言う。此度の騒動の根底はこれに尽きるに違いないと私は踏んでいます。本当、幼子の様に頬を膨らませて拗ねるくらいなら、当事者に即刻不満を言うべきだった。
こうして冷静に纏めてみれば余程簡単な事ですが、これに気が付くのに案外中々の時間が掛かりました。この境地に至るまでに果たして一体どれだけの自尊心が犠牲になったのだろう、途中から数えるのを止めた程。全く、手酷い深手を負って得た教訓だった。されどもそれもこれも身から出た錆、しかと受け止め対応する次第です。
しかしながらですね。半ば自縄自縛な所はあったものの、結果だけを見れば君の落ち度によって私が多岐に渡る実害を被ったとも見れるのだから、その分の始末は当然御主人様が請け負うべきです。現在この便りと平行して抗議の意を表すべく鈴を速達で送りますので、私を深く傷付けた事、僅かでも罪悪感があるのならば今から判を用意して責任を取って荷物を受け取る覚悟を決めておくと良いでしょう。事が素早く進みますので。実印が見つからない場合は箪笥の三段目、錦の袈裟の下になっている事が多いのでで参考にしてください。
何故鈴なのか不思議そうな顔をしていることでしょう。別段深い意味ははありません、やんちゃな阿呆猫は鈴をつけて躾けるのは世の道理です。御主人様の尊厳なんてこの際無視すべきに決まっております。その間の抜けた御顔に、小奇麗になる鈴はきっとよくお似合いになる事でしょう。
又、これは様々な相手との文通の中で発見した事なのですが、どうやら私はこのように回りくどい伝達の仕方を好むようです。自分でも面倒な性格だとつくづく思いましたが今回その矛先はこうやって御主人様にのみ向く訳で、これもそれも私の心を籠絡して貴女に釘付けにしてきたそちらが悪いのですからその責任を負うが如く、思う存分困ればいいと既に勝手に思っている。
そういえば困ると言えば寺の皆はきっと一層困っていた事でしょう。何せ御主人様の手綱を捕まえておくことが出来る私という唯一の存在がそれを放棄してしまったのですから。貴女の面倒を見る苦労は私が一番良く知っています。優しい渋面を浮かべる聖や、溜息が尽きない一輪の顔がともすればありありと思い浮かぶ。一輪はいい気味だ。
けれども今後は、惜しくも寂しさに負け、ついでに住まいも吹き飛んだ間抜けな私が再び寺へ収まる事によってそんな日々からは目出度く解放される事だろう。
兎も角、これが届く頃には件の荷物は届いている事でしょうから優しく迎え入れていただきたい。
きっと貴女によく似合う、桃色の帯の小さな鈴に違いない。
根津 鈴 より
寅丸 星、及び毘沙門天代理兼阿呆宛
寅丸/鈴 〈了〉
--- Extra Stage --☆
毘沙門天(独身)へのおてがみ
定期報告。
特に報告することはない、以上。精々若作りに励んで良い相手を捕まえるといい。
おっと失敬、貴女程の美貌なら引く手数多の事でしょう。何せ私が下積みの時に散々言ってくれてたものなぁ? まさか未だに成果が無いなんてことはあり得ないに決まっていました。結婚式には読んでいただきたいものです、感動的な祝詞を差し上げましょうとも。
そういえばこの前、この報告書を記すに当たってまるで貴女のような事を表す際に何か的確な言葉がないだろうかと辞書を引いておりました。しかし見つかるのは「辺境頑固」や「自画自賛」、「漱石枕流」なんて有り触れたものしか出てきませんでした。流石毘沙門天様、貴女を形容するなんて恐れ多い事なぞ考えるものではありませんな。
ちなみに私の場合は「眉目秀麗」「才色兼備」「博学多才」なんてこれまたちんけな熟語しか引けない始末でして。なんともお恥ずかしい限り、厚顔無恥に届く勢い。これでは仕方なし
に新しく作る事としましょう。
そうですね、ここは私の現状を鑑みて、「良妻賢将」なんてのは如何でしょうか。
賢い私ではありますが、それでも母になるにはまだ掛かる。
寅丸 鈴より
暴虐武人宛
本来は文章中に発生する間が差っ引かれてる分、たたみかける様なナズーリンの会話がとても気持ちよく読めました。しかい仲間内に勝った気でいるようで実はそうでもないところが…。不憫可愛い
普段見かけるようなナズーリンとは手を変えて、それでいて没個性にならずキャラを動かされていていつの間にか完全に引き込まれていました。面白かったです!
余裕かましてるナズーリンが地味に追いつめられていくのが面白かったです
終始にやにやしてた、ごちそうさまでした
前作のも大好きっす
とありますが、末代に「子孫」とかそういう意味はありませんので念のため。
まあ、なんだかんだいって一輪とは「やり合える仲」なんですねぇ。
そのあと「先輩」になっててああやっと覚えたんだなぁと和んだり、
…あ、ナズーリンについて話せ?サーセンw
ナズーリンにしても、表面上は皮肉やらなんやらで口が減らないなぁって感じだったけど結局弱み握られたりそれで不貞腐れたり寂しがったりととても可愛かった。
特になんだかんだ言って結局ご主人にデレデレな所が…。
とても良かったです。
単なる面白い文通の抜粋やこれ
ナズーリンの語彙と言うか罵倒と言うか皮肉と言うか…まあとにかくその辺にスパイスやバリエーションに富んでて、笑いながら読みました(特に「阿呆」のバリエーション)
一輪や響子は内容が公表されてなくとも、どんな手紙送っとんねん、とナズの手紙から類推できる辺りが上手いと言うか面白い
一輪とは口論ばかりっぽいですが、ただの仲良しだろお前ら…としか思えなく、響子への手紙はつとめて分かりやすく書こうとし、且つ彼女相手だと口が軽くなるのか、弱みを見せるのが良いです
「貴様は悪魔か」のくだりや、
>わたしの方はときたまふる雨で心も体もしとしと加減がいいかんじです
まるでどせいさんの発言みたいな微妙に分かるような分からないような表現にも笑いました
過去作も読み返したくなりました
というか今から読んできます
登場が最序盤しかないこともあってか影の薄い寅丸さん。それにかわっての一輪の登板が見事にツボに合いました いっちゃんてばどんだけ口悪いねん!と言わずにはいられませんでした
まぁ多分後でひじりんの愛ある説教を喰らってるんですねわかります
そんな、迂闊で惚気なナズーリンが非常に可愛らしかったです。