Coolier - 新生・東方創想話

妖怪の山 一陣の風

2016/03/17 21:34:46
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 燃えるような夕日に包まれた幻想郷の最高峰、妖怪の山に僕はいる。

 妖怪の山は天狗をはじめ、河童、妖精、神が住む。その中でも最大派閥の天狗たちは妖怪の山を遥か古から守ってきた。僕はその天狗の一人、犬走椛。
 天狗の中にも種族があり、鼻高、烏、白狼がいる。白狼天狗は主に肉体労働に従事する。肉体労働とは、山火事等の自然災害や侵入者の排除、間伐等の保全や住居の建設等、とにかく仕事が山ほどある。
 僕の管轄は哨戒任務。山の異常を監視して、必要とあらば実働する。僕の能力《千里眼》は遠方を定点観測できるため管制官のような位置に就く。肉体労働は他の白狼天狗に比べれば少なめだが、山に異常が無くとも監視し続けるので常に気を張る過酷な任務だ。精神的疲労がとても大きく辛いと思うことも多々あった。
 だけど辞めたいと思ったことは、一度もない。僕は任務に誇りを持っている――静かに沈む夕日に照らされ山の木々が赤く染まる――僕はこの美しい山を、守ってる。

 木々より高い見張り小屋で一人夕日を眺めていると、入口からすうっと旋風が流れてきた。風にまかれて僕のくせ毛がふわりとそよぐ。ひゅるりとざわめく突風に混じり、乾いた下駄の音がする。その音に僕は眉をひそめて強ばった。
「こんにちは! 椛さん」
 元気な挨拶でずかずか入ってきたのは射命丸文。僕とは種族が違う、烏天狗の女の子。烏天狗と白狼天狗、種族が違うといっても幼少期の教育施設は同じなので幼馴染みたいなものだった。その後射命丸は進学、僕は哨戒天狗となり、それっきり会うこともなくなる……はずだった。
 どういうわけか射命丸は毎日僕に会いに来る。気の合う仲なら喜ぶべきだが、たいして気が合わないときた。そんな射命丸に対する感情は、一言で表すなら鬱陶しい、だ。
「やあ」哨戒任務と夕日鑑賞と射命丸の相手を、同時にこなすほど器用ではない。仕方なく夕日を諦めた。空気が読めない射命丸にはことさら短く返事を返す。
「またまたぁ、そんな冷たい返事して。貴方の好きそうなおやつ持ってきたんですよ、もっと喜んで歓迎してくださいよ」
「好きそうな――おやつ?」おやつと聞いて眉が少し上がってしまった。食い気に惑わされるなど白狼天狗の恥である。どうせいつもの、どこで手に入れたかわからないような変な食べ物なんだろう。よく差し入れを持ってくるが、美味しかった試しがない。
「ビーフジャーキーですよ! 美味しそうでしょう!」
「そんなもの、犬の食べ物じゃないか。僕は白狼、狼だ! 馬鹿にして」

 正直、欲しい。美味そうだ……

「そんなこといって、ホントは欲しいんでしょ? 尻尾だって……あれ? あんまり振ってないなあ」
「狼は犬みたいにしょっちゅう尻尾は振らない。僕はそんなにわかりやすくないぞ!」少しでも舐められたらこちらの負け。尻尾に力をぐいと込め、僕はちょっと強がった。
「ふぅん……あ、鼻をスンスンさせてますね。やっぱり欲しいんじゃないですか?」
「何っ! いや、そんなこと……ないっ!」スンスンだって? そんな馬鹿な! 鼻をスンスンさせるほど落ちぶれた覚えはないぞ――と思いつつも必死に鼻を隠して射命丸とは反対を向く。きっと射命丸の見間違いさ。白狼天狗の名にかけて、ここは耐え切ってみせてやる。
「ほらほら、そっちにビーフジャーキーはありませんよ」
 じりじりと、にじり寄ってくる射命丸。彼女が話すたび僕の髪が吐息で動く。見なくてもわかるにやけた表情が、射命丸の鬱陶しさに拍車をかける。
「ええい! 僕は任務中なんだ! 邪魔しないでくれ!」おやつの香りに堪えられず、見張り窓の方にそそくさと移動する。沈む夕日に目を凝らし、任務をしているふりをした。
「ふふふ、せっかく椛さんのために持ってきたんだから食べてくださいよ」
 あ、こら、目の前に持ってくるんじゃない――もはや、千里を見通す自慢の眼は一寸先のおやつを見通していた。我ながらとても情けない。
「いい加減にしろ! 帰れ!」射命丸の手を乱暴に跳ね除けた時、高さ三丈(約九メートル)の見張り窓から愛しのビーフジャーキーが落下した。あっと声を出したが時すでに遅し。悲しくもビーフジャーキーは落ち葉と土にまみれてしまった。僕は見張り窓から顔を出し、未練がましく地面を覗く。
 寸秒の後、自分の姿にハッとする。射命丸にみっともないところを見せてしまった。ここはひとつ、威厳を示しておかなければ。恥ずかしさを隠しつつ、息を整え襟を正し何事もなかったように振り返る。
「おい、射命丸! からかうのも大概にして……」僕の言葉は急速にしぼむ。射命丸はおやつの方を見るでもなく、僕の方を向くでもなく、ただただ宙を眺めてた。
「おい、射命丸?」僕の声に反応するも様子がいつもと少し違う。いたずらっぽい眼ではなく、まるで叱られた稚児のようにしぼんだ眼で僕を見る。
「お仕事の邪魔をしてすみません、私帰ります」
 射命丸は突然しゅんとしてしおらしくなる。よく見ると彼女の唇は震えていた。
「射命丸、僕は……」言い終わる前に風になって去っていた。彼女の風に吹き巻かれ、葉っぱが一枚はらりと落ちる。耳元に残る風の音色は、しくしくと哀しみに染まっていた。
 ふう、と後味悪くため息を漏らし見張り窓に向き直る。

 僕の大好きな夕焼けは、既に地平に隠れてた。



 ======



「はたてぇ」 トントン

「はたてぇ」 トントン

 私を呼んだこの声は、同じ新聞記者でよく家に来る文の声。
「文? どうしたの、こんな暗くなってから」寝巻きに着替えて明かりを消そうとした私は、あくびをこらえて扉を開ける。玄関先には、ぴよぴよ泣いてる文がいた。面食らって立ち尽くすと私の胸に飛び込んでくる。いやというほど涙が染みこみ、私の寝巻きはあっという間にびしょびしょになった……まさか鼻水ではないだろうな。
「はたてぇ、どうしよう……」
「何が?」なんとなく、私は嫌な予感がした。でも、一応聞いてあげるのが友人としての優しさだ。眠い目をこすりながら、文のしょぼくれた姿を他の天狗に見られないよう自宅に招き事情を聴く。

 寒さの残る夜を飛んできたので、文の身体はとても冷えていた。暖かくリラックスできるようペパーミントティーをカップに注ぐ。
「椛に嫌われちゃった……」
「椛? ああ、あなたの幼馴染の白狼天狗ね。嫌われたって……何して嫌われたの?」優しく、努めて優しく聞き出した。心身ともに滅入った者の相談事には優しくしろ、姫海棠家では代々そう伝えられている。
「かくかくしかじか、まるまるうまうま」
 大好きな椛にお土産を渡そうとしてしくじった、か。なんだ、大したことじゃなさそうだ。こんなことでなぜ涙を浮かべることになるのか、私にはちょっとわからない。
「私、どうすればいいんでしょう……」
 じんわり涙を湛えた眼は、烏天狗の集まりで見せる勝気な文とは、印象がずいぶんかけ離れている。いつもは明朗快活で思ったことをくっちゃべり、大天狗様にも意見を言う。新聞の取材でも人間や妖精はおろか、大妖怪や神にさえパパラッチを敢行する。そんな怖いもの知らずの彼女にも怖いものはあったのか。
「もう椛さんとおしゃべりできないですよう……」
 なんともしおれた姿だこと、ここはひと肌脱ぐべき時か。こんなに落ち込んだ友人を放っておくほど薄情ではない。みたところ文は早々に色々諦めている。こんな状態では大した問題でなくとも解決できなくなってしまう。悲劇のヒロインぶった文のため、伝家の宝刀《姫海棠式話術》を使うことしよう。

「文っ!」
「!」

 大きな声で驚かせ、関心をこちらに向けさせる。姫海棠式話術その一、ぴーちくぱーちく言ってる者を落ち着かせ話の核にゆっくり迫る。
「あやや……な、なんですか?」
「文、あなた今まで椛に素直に好意を伝えたことがあった?」
「ええもちろんですよ、たくさんあります」
「ほんと? 例えばどんな風に?」ふうむ、やけに自信たっぷりな様子だ。これは怪しい。
「毎朝、哨戒任務に起きるのが辛そうなのでかっぱ印の栄養ドリンクなるものを渡したり、山を駆け巡るから下駄が駄目になりやすいみたいなのでたくさん贈呈したり、暇そうな時におしゃべり相手になりに行ったりしてますよ」
「ふむふむ……あれ? 結構普通に接してるみたいね」本来、冷静になった当事者の口から解決の糸口が見えてくる。そのはずだけど見えてこない。そんなばかな、姫海棠式話術が通用しない?
「いろいろ尽くしてるのに好意が伝わってないの? 変なの」
「そうなんですよ! なのにやれ栄養ドリンクが不味かっただの下駄もこんなにいらないだの、あまつさえ今から河城にとりが来るので席を外してくれないかと私に向かって言うんですよ!」
 おや? なにかが引っかかった。私は思考を巡らせて、文の言わんとしていることを推理する。
「文、あなた、それらに対して事前に調査した?」
「調査、とはなんですか?」
 文は、キョトンとした顔をこちらに向ける。なんと腹立つ顔なんだ、平手でバシっとはたいてやりたい。文はこういう仕草を無自覚にやるので、あちこちで敵を作ってる。
「栄養ドリンクがどんな味かとか、下駄が何足いるかどうか聞いたりとか、このあと予定はあるのか聞いたりとか、よ」私の聞いた質問に対して文は、終始やれやれといった様子だ。頬をぎゅうっとつねってやりたい。
「やだなあ、私がしてあげてるんだからどれも無条件に喜んでくれるはずでしょう?」
「……つまり事前に椛が喜ぶように工夫してるわけではないのね」なるほど、だんだん原因がわかってきた。
「う、まあ……でも好意は普通伝わるでしょう!?」

 ああ、これか。思考のモヤが晴れわたり、解決の筋道がスッキリ見えた。

「それよ、その態度。してあげる、とか喜んで当然、とか。そういう独善的な態度が椛を怒らせるのよ」
「……え?」
 またキョトンとした顔をする。腹立つなあ、でこぴんしてもいいかしら。
「押し付けがましい親切なんてされたら迷惑でしょう? 自分の身になって考えてみなさいな」どうにも理解しがたいらしく、しばらく腕を組んで悩む文。文が納得いくまで私も辛抱強く待つ。
「自分の身に……」
「たしかに」
「めいわく、ですね……」
「……」
 みるみるうちにしょんぼりする文。小さくなった文の姿は、途切れとぎれの言葉を聞かなくても、反省したのがよくわかる。これならすぐに解決しそうね。後は素直に謝れるかどうかにかかっている。
 どうにも文は、椛に誤解を受けやすい喋り方をしているみたい。文の十八番の達者な口も仲直りには適さなそうだ。だったら別のアプローチ、解決策はひとつじゃない。ベストな答えはきっとある。

「あなた、椛に手紙を出しなさい」
「へ?」
 我ながら名案だ。文通なら、自分の気持ちを確認しながら書けるので相手に誤解は生まれにくい。
「幻想郷の文筆屋として、これ以上活かせる術はないわ」
「そ、そうでしょうか」
「そうよ。文字なら素直になれるでしょう?」
「そう、ですね。」
「やりなさい、文! 善は急げよ!」
「はい! では、早速書いて渡してきます!」
 言うやいなや、文は風を撒き散らして家から飛び出した。幻想郷最速を自称するだけのことはある。やる気になったら行動速度は幻想郷随一ね。
 台風のように一過した文を見送って、風で散らかった部屋を片付ける。煌々とつく電球にあてられて、眠気はすっかりなくなった。整ったベッドにぽふっと座り、白い枕をチラと見る。眠気を取り戻す気は毛頭なく、頬をピシャンと平手した。思いがけないスクープに寝巻き姿でやる気が満ちる。
「私のカメラが火を噴くわ!」能力《念写》に呼応して、携帯の画面がピカリと起動した。

 ごめんね文、私の新聞の犠牲になって。心の中で、心にもないことを呟いた。



 ======



 深紺の闇の中、ほうほうとふくろうが鳴いていた。丑三つ時でもたゆまず外を見続ける。
「こんばんわ、椛さん」
 真夜中なのに見張り小屋にやってきた射命丸は、借りてきた橙のようにおとなしい。
「やあ」僕は射命丸に背を向けて小さく短く返事する。今宵は満月、明るい夜空。部屋の中にも光が届く。
「あの、これ……読んでください」
 渡された紙には《文々。新聞ぷち》と書いていた。
「私の……椛さんに対する気持ちが書いてます。その――よかったら返事を、下さい」

 僕は新聞を読まずに横に置く。
 《文々。新聞ぷち》は夜風に吹かれ、ページがひらりと裏返る。

 束の間の静けさ――ふと射命丸のほうを向く。白いシャツに青い月光が反射した。力なく立つその姿は、まるで柳の下の幽鬼のよう。生気の失せた唇から消えいりそうな微かな声で、今生の別れの言葉を放った。

「さようなら椛さん……さようなら」
 新聞の端がぱさぱさと、風で小さくないていた。



 ======



「文さん」
「!」私の耳に届いた声に、我を忘れて振り返る。
「僕は読まなくても内容を知ってる。文さんがこの新聞を書いていたのを、ずっとここから見てたんだ」
「どうやって……あ!」私は言いかけて思い出す。哨戒天狗の椛さんは《千里眼》を持っている。
「はたてさんに相談したり、叱られて落ち込んだり、熱心にこの新聞を書いてたところを僕は全部見ていたよ。」
「は、はは」口元が緩んででた笑みは、驚きと恥じらいと喜びが複雑に入り混じる。ああ、きっと変な顔になっているだろうなあ。自分の姿を意識した途端、だらしなく開いた口をきゅっと閉じる。
「新聞の最後はこうだよね――もし私を許し、友人としていてくれるなら、私を名前で呼んでください――……あの、その」
 椛さんは頭をポリポリかきながら、赤い顔で私に言う。

「まだ、呼び慣れてないから『文さん』でいいかな」

 その言葉に私もボッと朱に染まる。心臓がバクンと大きくはね、手の甲が激しく脈を打つ。頭の中に同じ言葉がくり返し浮かび、私の思考を揺さぶった。
 私を、名前で、呼んでくれた! それだけで、胸がいっぱいになる。いままで苗字で呼ばれていたので、避けられているのでは? と心の距離を感じてた。でも、それでも、私は椛さんのそばにいたい。できるなら、もっと仲良くなれたらいいな、そう思って近寄った。何十年こうしていただろう、何百年ああしていただろう。長い年月の私の想いが、今この時に集約された。今まで様々な幸せを感じてきたが、今が一番幸せだ。人生をかけて、言い切れる。
「椛さん……」
「文さん」
 夜風に吹かれた白銀の髪に、私はしっとり見とれている。気づけばホロリと泣いていた、大粒の涙が頬を伝ってぽたりと落ちる。
 涙でぼやけた視界の隅に、月の光に反射した白い尻尾がちらついた。椛さんの真面目な顔とは裏腹に尻尾は小さく横に跳ね、まるで踊っているようだった。
 椛さんが手を伸ばし――私はその手を握った――握手だと思ったのだ。
 本当は涙を拭こうとしたのでは? いや、勘違いして握手して良かった。涙を拭かれようものならば、感極まって意識を失うに違いない。そのまま両手で椛さんの手を包み、喜びに浸って目を閉じる。

 肌寒い夜風が通っても、手のひらだけは暖かい。私はずっと、幼馴染の手を握る。



 ======



 私は大急ぎで記事を書き、《花果子念報》を刊行する。念写で撮った写真はもちろん、作為的にズームした。主役は当然、椛と文の握手ではなく、涙で濡れた文の顔。
 花果子新聞は普段ゴシップ記事を扱わない。けれど新聞記者として、こんな特種をみすみす逃すつもりはない。
 泣きっ面の文を一面にした花果子念報特別号は、妖怪の山以外でもたくさん売れた。普段あちこちで文が迷惑をかけている面々が、我も我もとこぞって買ってくれたのだ。椛と文には悪いけど、好調な売れ行きに私は沸いた。
 浮かれた私は取って置きのお酒のふたを開ける。紫の美しい切子をあしらったグラスにとくとくと注ぎ、香りを楽しみながらソファに座りくつろいだ。ガウンに包まれ優雅な気持ちで成功の余韻に浸っているとトントンと戸を叩く音がする。
 真夜中だというのに誰だろう。酔った私は誰が来たかも確かめずに扉を開けてしまった。私の運はここで尽きる。

 私の家に赤面の、一陣の風が吹き荒れた。暴風に見舞われて、外の表札がカタンと落ちた。



二〇一六年五月二十八日 改訂
CARTE
http://www.geocities.jp/carte_0406/index.html
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コメント



0.590簡易評価
4.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.80名前が無い程度の能力削除
僕っ子の椛とは珍しいですね
初々しい感じの文も良かったです