リグル・ナイトバグは衰弱していた。
冬眠のための蓄えを切らしてしまい、どうにもできなかったリグルは、餌を求めに資源の豊富な竹林までやって来たが、寒さに身をやられてしまった。
積雪した竹林で食べ物を見つけることが困難だと気づいたのは、竹林にかなり足を進めた後からだった。傾斜している土地なのに、似た光景を見せ続ける迷いの竹林の中で完全に方向感覚を失った。何時間も飛行している内に、過度の疲労でもう飛べなくなってしまい、ついに雪に倒れこんでしまった。
純に白い雪が、残酷で、鋭い冷たさを以ってリグルの体温を奪う。熱とともに、エネルギーも消えてしまう。動くことすらままならない。
ただ眼には白銀の世界に、何本もの竹が連なる景色が映るのみだった。
目蓋が重い。
自身を包む雪が、ベッドのように思えた。
このまま凍ってしまうのだろうか……。
ここで……。
「ごらん、土の下を……」
ふと、声がした。凛とした、美しい声が響き渡る。女性の声だ。聞いたことのない声。
「もう、その土の下には春を待つ長けき子が埋められているの」くすり、と笑う声も聞こえた。
「松竹梅とかけてみたのだけど……大丈夫?あなた」
ザク、ザクと雪を踏み鳴らす音。女がリグルの前までやってきて、リグルの顔を除きこむようにする。月光が女の顔と髪をよく照らした。髪は長く、闇のように暗い、暗いけど、眩しい。その眩しさで顔はよく見えなかった。
___
こんこん、と水が湧き出る音でリグルは目覚めた。清々しい良い竹の匂いが、爽やかな空気を漂っている。冬なのに、まだ凍っていない川があるのだろうか。もしかしたら、もう春なのかもしれない。なら、この川は雪解け水なのだろうか。
リグルは何度も思考ルーチンを回している内に喉が乾いたことに気づく。音の正体である川はすぐそこにあり、水を両手で救う。水の冷たさは、あの雪の酷い冷たさとは違った。漢字で表すなら、『涼』に近い冷たさ。立ち上がり、周りを見渡す、雪は積もっていなかった。それだけではなく、気温もいくらか上がっているように感じる。しかし、それは春の気候にしてはやや不思議な感覚だ。リグルは川に沿いながら歩き続け、考える。秋だろうか、秋だとして、果たしてそこまで眠っていられるのだろうか。
目の前を向くと、小さな灯りをたくさん見つけた。リグルが凝視すると、その小さな灯りは大体の数で百いくらかあり、それらが全て同じスピードで空中を巡回している。その小さな灯りは、蛍だった。その蛍で今が夏かもしれない事実にリグルは勘付く。リグルがどんどん奥へ進むと、百を越える蛍がついて来た。二百よりも多いように感じる、いつの間にか集まってきたのだろうか。
歩き進め、リグルは止まった。さっき出会った彼女を見つけた。長い黒髪の彼女の横顔がアップでリグルの眼に映り込む。なんて、美しいんだろう。奥ゆかしさが極まりワイルドにも見える。眉毛の一本一本すら美しく、それでいてとても、アンバランス。そのアンバランスが見るものを不安にさせる、彼女の前で逃げることが禁忌であるかのような気がしてならない。
リグルは意識していない間に、彼女に近寄っていた。そして、彼女より少し距離のある所で立ち止まった。それ以上踏み入ってはならないと本能的に感じた、つま先が何かの境界線上を踏んでいる。
「おはよう」
彼女がこちらを向く。正面に向き合って、初めてリグルは彼女が何かを持っていることに気づいた。実に奇妙で奇抜な物を持っている。最初、木の枝のように見えたが、その枝の筋は黄金に光り輝き、宝石のような球の実がなっている。その実は一つ一つの色が異なっていた。
「ここまで来たあなたに、2つのテイク。片方は偽物、だけど、今から見せてあげる景色は本物」
くるり、と彼女がまわった。その時、周りに生えていた竹が切れた。折れた竹は地面に倒れこみ、残った切り株の断面が光に溢れる。その光に蛍達がつられ、二つの光が重なる。かくも幻想的な世界、その世界の中でも、やはり格別なのは彼女だとリグルは感じた。
舞い踊る彼女、唐紅のロングスカートと黒髪が揺れる。腕の動きに桃色の服の袖がひらり、ひらりと動く。その踊りが止まる。
「竹は一年中、青々とした姿を変えない。だからとても無機物的。だけども、その内には強力な自然を内包している」
彼女が空を見上げ、リグルも空を見上げた。深い夜に月が浮かんでいた。
「竹は人と寄り添ってきた歴史がある。そう、私を育てたあの人も……」
そこで彼女の言葉が途切れた。
奇妙な枝を彼女は手から離した。それはふわり、と空中に浮かぶ。
「竹はずっと生き続ける、地下茎が伸び、生き続ける」
竹の断面の光が増してくる、光源となり、辺りを強く照らした。
「鳥獣や虫の住処になる、そしてそれらを食べる動物が居る。幾多の生命の歴史を繰り返す」
竹に花が咲き始める、稲穂のような花で、蘇芳の色の部分から、黄色い実のような花を咲かせている。
「竹の花が不吉と呼ばれる理由は、竹自身に強大な生命エネルギー、穢れが宿るから。森とは比べ物にならないぐらいよ。きっと、海と同じぐらい」
「そう、竹林こそが……」
「蓬莱の樹海」
彼女がスペルカード宣言をする。悍ましいほど輝くばかりの鮮明さで溢れている弾幕だった。勢いは留めなく氾濫する川のようで、たくさんの虹を束ねたかのような見栄えだ。
その極色彩に包まれる。
ぐるぐると弾幕が廻る。
だんだん分からなくなる。
上と下が、分からない。
右と左が、分からない。
今と昔が、分からない。
見事で、綺羅びやかで、麗しい。
どうしようもなく派手で、夢のような色合い。
夢なのかもしれない。
夢でもいい。
でも夢じゃなかったら、もっと良い。
リグルはまた、意識を手放す。
___
気づけばそこは、自分の住処だった。住処の中には驚くことに、盛々の食材があった。これだけあれば、冬どころか春まで過ごせるだろう、と予測できるぐらいの量だった。
そして、その食材と一緒にある物を見つける。黒髪の彼女が持っていたあの枝だ。多色の実の内、赤い実を触ってみると、耳たぶのようなふにふにとした感触だった。その赤い実を手でちぎり、口の中に放り投げる。しばらく口の中で転がし、歯で噛む。
よく出来た団子だった。
冬眠のための蓄えを切らしてしまい、どうにもできなかったリグルは、餌を求めに資源の豊富な竹林までやって来たが、寒さに身をやられてしまった。
積雪した竹林で食べ物を見つけることが困難だと気づいたのは、竹林にかなり足を進めた後からだった。傾斜している土地なのに、似た光景を見せ続ける迷いの竹林の中で完全に方向感覚を失った。何時間も飛行している内に、過度の疲労でもう飛べなくなってしまい、ついに雪に倒れこんでしまった。
純に白い雪が、残酷で、鋭い冷たさを以ってリグルの体温を奪う。熱とともに、エネルギーも消えてしまう。動くことすらままならない。
ただ眼には白銀の世界に、何本もの竹が連なる景色が映るのみだった。
目蓋が重い。
自身を包む雪が、ベッドのように思えた。
このまま凍ってしまうのだろうか……。
ここで……。
「ごらん、土の下を……」
ふと、声がした。凛とした、美しい声が響き渡る。女性の声だ。聞いたことのない声。
「もう、その土の下には春を待つ長けき子が埋められているの」くすり、と笑う声も聞こえた。
「松竹梅とかけてみたのだけど……大丈夫?あなた」
ザク、ザクと雪を踏み鳴らす音。女がリグルの前までやってきて、リグルの顔を除きこむようにする。月光が女の顔と髪をよく照らした。髪は長く、闇のように暗い、暗いけど、眩しい。その眩しさで顔はよく見えなかった。
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こんこん、と水が湧き出る音でリグルは目覚めた。清々しい良い竹の匂いが、爽やかな空気を漂っている。冬なのに、まだ凍っていない川があるのだろうか。もしかしたら、もう春なのかもしれない。なら、この川は雪解け水なのだろうか。
リグルは何度も思考ルーチンを回している内に喉が乾いたことに気づく。音の正体である川はすぐそこにあり、水を両手で救う。水の冷たさは、あの雪の酷い冷たさとは違った。漢字で表すなら、『涼』に近い冷たさ。立ち上がり、周りを見渡す、雪は積もっていなかった。それだけではなく、気温もいくらか上がっているように感じる。しかし、それは春の気候にしてはやや不思議な感覚だ。リグルは川に沿いながら歩き続け、考える。秋だろうか、秋だとして、果たしてそこまで眠っていられるのだろうか。
目の前を向くと、小さな灯りをたくさん見つけた。リグルが凝視すると、その小さな灯りは大体の数で百いくらかあり、それらが全て同じスピードで空中を巡回している。その小さな灯りは、蛍だった。その蛍で今が夏かもしれない事実にリグルは勘付く。リグルがどんどん奥へ進むと、百を越える蛍がついて来た。二百よりも多いように感じる、いつの間にか集まってきたのだろうか。
歩き進め、リグルは止まった。さっき出会った彼女を見つけた。長い黒髪の彼女の横顔がアップでリグルの眼に映り込む。なんて、美しいんだろう。奥ゆかしさが極まりワイルドにも見える。眉毛の一本一本すら美しく、それでいてとても、アンバランス。そのアンバランスが見るものを不安にさせる、彼女の前で逃げることが禁忌であるかのような気がしてならない。
リグルは意識していない間に、彼女に近寄っていた。そして、彼女より少し距離のある所で立ち止まった。それ以上踏み入ってはならないと本能的に感じた、つま先が何かの境界線上を踏んでいる。
「おはよう」
彼女がこちらを向く。正面に向き合って、初めてリグルは彼女が何かを持っていることに気づいた。実に奇妙で奇抜な物を持っている。最初、木の枝のように見えたが、その枝の筋は黄金に光り輝き、宝石のような球の実がなっている。その実は一つ一つの色が異なっていた。
「ここまで来たあなたに、2つのテイク。片方は偽物、だけど、今から見せてあげる景色は本物」
くるり、と彼女がまわった。その時、周りに生えていた竹が切れた。折れた竹は地面に倒れこみ、残った切り株の断面が光に溢れる。その光に蛍達がつられ、二つの光が重なる。かくも幻想的な世界、その世界の中でも、やはり格別なのは彼女だとリグルは感じた。
舞い踊る彼女、唐紅のロングスカートと黒髪が揺れる。腕の動きに桃色の服の袖がひらり、ひらりと動く。その踊りが止まる。
「竹は一年中、青々とした姿を変えない。だからとても無機物的。だけども、その内には強力な自然を内包している」
彼女が空を見上げ、リグルも空を見上げた。深い夜に月が浮かんでいた。
「竹は人と寄り添ってきた歴史がある。そう、私を育てたあの人も……」
そこで彼女の言葉が途切れた。
奇妙な枝を彼女は手から離した。それはふわり、と空中に浮かぶ。
「竹はずっと生き続ける、地下茎が伸び、生き続ける」
竹の断面の光が増してくる、光源となり、辺りを強く照らした。
「鳥獣や虫の住処になる、そしてそれらを食べる動物が居る。幾多の生命の歴史を繰り返す」
竹に花が咲き始める、稲穂のような花で、蘇芳の色の部分から、黄色い実のような花を咲かせている。
「竹の花が不吉と呼ばれる理由は、竹自身に強大な生命エネルギー、穢れが宿るから。森とは比べ物にならないぐらいよ。きっと、海と同じぐらい」
「そう、竹林こそが……」
「蓬莱の樹海」
彼女がスペルカード宣言をする。悍ましいほど輝くばかりの鮮明さで溢れている弾幕だった。勢いは留めなく氾濫する川のようで、たくさんの虹を束ねたかのような見栄えだ。
その極色彩に包まれる。
ぐるぐると弾幕が廻る。
だんだん分からなくなる。
上と下が、分からない。
右と左が、分からない。
今と昔が、分からない。
見事で、綺羅びやかで、麗しい。
どうしようもなく派手で、夢のような色合い。
夢なのかもしれない。
夢でもいい。
でも夢じゃなかったら、もっと良い。
リグルはまた、意識を手放す。
___
気づけばそこは、自分の住処だった。住処の中には驚くことに、盛々の食材があった。これだけあれば、冬どころか春まで過ごせるだろう、と予測できるぐらいの量だった。
そして、その食材と一緒にある物を見つける。黒髪の彼女が持っていたあの枝だ。多色の実の内、赤い実を触ってみると、耳たぶのようなふにふにとした感触だった。その赤い実を手でちぎり、口の中に放り投げる。しばらく口の中で転がし、歯で噛む。
よく出来た団子だった。
結局何が言いたいんだか分からない話なってるなと感じた。ごめんな。
何だか良くわからない内に話が終わってしまった印象
冬眠の間に、リグルはまた同じ夢を見られるかしら