Coolier - 新生・東方創想話

泣いた桃鬼

2016/03/05 09:55:01
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 むかしむかし、都良香という娘がおりました。
 良香は詩を詠むのがたいへん上手く、その腕前は洛内の歌人の間で評判になるほどでありました。その縁あって官職に就いてからも、休みを見つけては方々へ旅をして、旅をしては詩を詠む、そんな詩に彩られた生活を送っておりました。

 厳しい寒さも和らいできた早春のある朝のこと。良香はいつものように詩を詠みに出かけました。
 夜明けごろに出発した良香は、この日はたまたま羅城門に通りがかりました。近年羅城門は荒廃しつつあり、それにともない流れはじめたとある噂もあいまってか、周辺にはひとっこひとりも見当たりません。
 その噂とは、羅城門には鬼が出る、というとても恐ろしいものでした。
 しかし、この日の羅城門はそんな噂とは裏腹に、凛として冷える空気の中、朝日に照らされ荘厳にたたずんでいます。ほのかにざわめく方へ振り向けば、明けたばかりの透きとおるように晴れ渡る空を背に、芽吹き柳が風にくしけずられるようにゆられているのでした。
 良香は肌寒さを忘れ、しばし見とれておりましたが、やがていそいそと筆と短冊を取り出しました。

 良香、一句を吟じて曰わく、

『気霽れては ────
    風新柳の ────
       髪を梳る ──── 』

 そこまで詠んで続きを考えあぐねていると、どこからともなく声が聞こえてくるのでした。

『氷消えては ────
    波旧苔の ────
       鬚を洗ふ ──── 』

 はたと羅城門の脇に目をやると、柳の木陰から苔むした岩が顔を出し、その苔は溶けゆく霜によって潤いを与えられていたのです。

「おおっ! 今の詩はいったいどなたが…………あっ……」

 その詩の素晴らしさに驚かされた良香でしたが、例の噂を思い出したとたん、へなへなと腰を抜かしてしまいました。

「ああ、ごめんなさい」

 頭上から先ほどと同じ声が聞こえてきました。恐る恐る見上げると、羅城門上階の欄干から女性がひとり、微笑みながら良香を見下ろしています。

「私は旅の者です。私も詩が好きなものでして、我慢できませんでした。私のことは華扇と呼んでください。あなたの名は何というのです?」

 良香の表情はまだ強張ったままでしたが、女性が華扇と名乗ってみせたことで少しずつ落ちつきを取り戻してゆきます。

「わ、わたしは、都良香。あなたは、華扇というのですか? なぜそのような場所に……おいでで?」

「あー……、私は今、勝手に居座っているものでして、あなたもやり過ごすつもりだったのですが、つい、つい、あなたの詩に心が踊ってしまいました。もうしばらくここに隠れて住まわせてほしいのです。どうか私のことは秘密にしてはもらえませんか?」

 良香ははじめ、すぐにでもこの場から逃げだしたいと思っておりましたが、自分の詩を完成させた華扇の腕前を思い出すと、恐怖とは由来の違う震えをその身に覚えるのでした。

「先ほどの詩、あの素晴らしさに比べればお安いご用です。それはそれとして、もっともっと一緒に詩を詠んではもらえませんか?」

 この日、良香と華扇は何遍もの詩を詠みあい、華扇の取り出した酒も相まって朝っぱらから大いに盛り上がりました。
 鬼が出る、などと恐れられていた羅城門。そんな思わぬ場所で感じられた春の訪れ。その喜びを表した詩は、華扇によって春に相応しい出会いの意味合いも持つようになったのです。
 それからというもの、良香は日を見ては羅城門を訪ねて華扇に会い、共に詩を興じるようになったのでした。

 しかし残念なことに、巡る季節が春を終わらせるように、この関係もそう長くは続きませんでした。

「やはり、あなたが噂の鬼でありましたか」

「……角を見られては言い訳のしようもありません。私のことは忘れ、もうここにも来てはいけませんよ」

「待ってください。わたしとあなたの仲ではないですか。素晴らしき詠み手に人も鬼も関係あるものですか」

「それは違う。私は人を殺める鬼なのです。もう会うべきではない」

「何を言いますか。せっかく友人になれたのに」

「私は鬼を追う者たちから隠れています。私の正体を黙っていれば、あなたまで裁かれてしまうでしょう。ああ良香、そうなれば、私は耐えられない」

「あなたほどの者がわたしに負い目を感じているのなら、それこそわたしは耐えられません……」

「…………」

「…………」

 ふたりは無言になってしまいました。しばらくして、別れを受け入れた華扇は黙って去ろうとすると、良香は勢いよく立ち上がりました。意外にも、その顔はとても晴れ晴れとしており、快活に口を開きます。

「そうです華扇、わたしは不老不死になりたい。そう、仙人だ。わたしは仙人になりたい」

「突然どうしましたか。不老不死なんて、後で決まって後悔する呪いのようなものでしょう」

「そんなことはありません。不老不死は幸せの頂点です。何せ永遠に旅ができるのですから。この人の身ではあなたのように長くは生きられません。しかし仙人になり、長く生きられれば、それだけ世界を旅することができましょう。そして旅をしただけ詩を詠むことができるのです。あなたとその喜びを分かち合えたなら、他に言うことはありません!」

 この日は酒も入っていなかったというのに、良香はこうまで言葉を張りました。堂々と熱弁する良香に華扇は圧倒されるばかりです。

「華扇、あなたがわたしに会えないというならば、仕方ありません。わたしがここを訪ねることはもうないでしょう。だからあなたが、わたしに会いに来てください。わたしは仙人となり、あなたの罪滅ぼしを気長に待ちましょう」

「な、何をいったい、罪滅ぼしだなんて、そんな資格、私にはない。私は人を殺しすぎている。この私が今さら人のために生きられるわけがない!」

「華扇はおかしなことを言いますね。あなたはわたしを歓待し、わたしと詩を詠みあいました。しかも正体を知られてなお、私にどうかする素振りもない。華扇、あなたは鬼でありながらも人と生きることができるのです」

「…………!」

「ここから南の山に仙界があるという噂があります。わたしはまずそこを目指しましょう。なに、わたしがわたしである限り、いつまでも詩を詠み続けます。詩を辿ればまた巡り会えましょう」

 華扇は口をポカンと開け、あっさり納得させられていた自分に今更ながら驚きました。
 そして、華扇ははじめて人を尊いと思いました。詩を抜きにして、良香という人間を尊いと思ったのです。

「……わかりました。絶対会いにいきます。もはや懐かしきあの出会いの詩に誓いましょう────」

 それから、住人を失った羅城門は再びさびれてゆくのでした。
 当てもない華扇の旅がはじまったのです。



 時は流れ、あっという間に百年が経ちました。色々なことがありましたが、華扇の旅はなおも続いています。
 とりあえずは人助けになる行いを目標に、その途中々々、人を襲う獣の噂を耳にしてはそこへ出向き、獣を諌め、手懐けるようになっていました。
 しかし、せっかく人助けをしていても、妖怪と知られる度に村から追い立てられたり、鬼を討つ者に殺されそうになったりするなど、世知辛さは変わってはくれません。時たま言葉の通じる妖怪に会ったとしても、人助けを鼻で笑われては決別を繰り返すばかりです。
 やがていつの間にか、旅の目的を忘れる日が増えてしまいました。手懐けた動物たちを愛でる時間が多くなり、良香を思い出せない日が増えてしまいました。良香を思い出したとしても、遠いあの日に受けた感銘までは、華扇にはもう思い出すことができなくなっておりました。

 そんなある日、華扇はとある町へ立ち寄りました。いつものように正体を隠して歩いていると、道の向こうから懐かしい雰囲気を持つ少女が歩いてきます。
 この懐かしさは何なのか、華扇は少し悩みましたが、すぐさま頭を殴られたような衝撃とともに思い出すのでした。
 なんと、こちらに歩いてくるあの娘、あれはまさに良香ではありませんか。華扇の知る百年前の若さのままに、約束違わず仙人になれたであろうあの良香ではありませんか。後で知ったところでは、ここは良香が目指した仙界があるという山域の麓の町なのでした。
 さてしかし、良香はまだこちらに気づいてはいない様子。慌てた華扇はとっさに不思議な術で姿をくらましました。
 旅の意味を見失っていた華扇には、良香に合わせる顔がなかったのです。不義理な自分を許すことができなかったのです。
 そして、物陰に隠れた華扇は声を殺して泣きました。誰にも気づかれないよう、必死に隠れて泣きました。

「私を、待ってるだなんて……」

 嬉しいやら情けないやらで、華扇の顔はもうぐしゃぐしゃです。
 やがてようよう立ち上がると、良香に背を向け歩きだしました。
 胸を張り、上を向き、前へと進むのです。
 決意新たに空を睨むのです。
 この日から、華扇による真心からの贖罪の旅がようやく始まったのでした。



「良香ちゃん、どうかしたかしら?」
「あ、いえ、いつかお話しした友人のことを思い出しまして」
「あらそう、案外近くにいるのかもしれないわね」
「あはっ、まあ例えそうでも約束ですから、わたしからは探しはしないのです」
「そうだったわね。でも私もお会いしたいわあ。再会の暁には私も紹介してちょうだいね?」
「もちろんです。青娥様は大恩あるわたしの師匠なのですから!」
初投稿です。普段はピクシブに同名義で投稿してます。よろしゅー
石71
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コメント



0.480簡易評価
2.10名前が無い程度の能力削除
原作と擦り合わせる気の全くないなんちゃって二次創作。ゴミ以下。
6.無評価石71削除
投稿者です
コケにされて悔しかったので何が悪かったのか考えてみました

①説明不足
>原作と擦り合わせる気の全くない
心外である。
しかし妄想ばかりの過去話だというなら間違いない。
それでも多少なりとも元ネタを調べて「お約束」で済まない矛盾がないように仕上げたつもりだ。

今作は、華扇が良香と出会い、いずれ華扇自らが仙人を目指すことになるきっかけのお話、という体である。
序盤は元ネタの漢詩を解釈した話、中盤で華扇と良香の関係を深め、終盤で華扇の心情が人間寄りになる、という構成。
説明不足とするならそれは中盤と終盤だろうか。
原作で華扇が神子にもらした「少しでも人に近づきたかったから」という仙人になった理由、それは今作のような流れでそうなったのではないかと思い、文章にした。
こんな説明で解決するならありがたい。


②根本的に、文章が下手
批判にそういう意味が含まれていた場合、もう私が泣くしかない

今までコメントをもらえたことがまったくないもので、自分の作品を見直すきっかけにしたい。
できれば意見がほしいです。お願いします
7.無評価名前が無い程度の能力削除
本当に読んでるんだかわからんコメントにいちいちカリカリしなさんな
8.80名前が無い程度の能力削除
原作の気になるセリフ、設定から妄想が広がるのはよくある話
やや急ぎ足な展開なので物語的に少し物足りなさを感じましたが
最後まで楽しく読ませて頂きました

文章に関してはとても上手い、とは言えないけど、少なくとも下手ではないですよ
言いたい事が読み手にきちんと伝わる文章だと思います
10.80名前が無い程度の能力削除
私ゃいいと思うけどね、こういう話の筋よりも雰囲気を楽しむSSってのも。絵本形式とでも云えばいいのか、文体が要点をかいつまんで描いていくタイプだから小説としてみたら物足りなさが残るのは否めんけど、それでもいい話だと思うよ。
P.S.
↑の人も書いてるけど『原作と擦り合わせる~』云々に関しちゃそこまで気にせんでもいんじゃね。こんな話もあるんじゃないかてな原作の『if』を描いてこその二次創作だ。
11.80名前が無い程度の能力削除
設定に関しては私にはそこまで不自然なところは感じませんでした、普通に読んでいけましたよ。
ただ一行目からこの名乗りをされると、展開を読んでしまってちょっと構えてしまうかも……?(予想が当たるか外れるかとは別として)
それと、強いて言えば話の進む速さに対して心情の変化などが唐突に感じられてしまいました。筋書きは面白いと思います。
13.70名前が無い程度の能力削除
文体に大きな乱れもなく、読みやすい作品でした。
概要どおりの作風なので、短いながらも緩やかなテンポに感じました。
惜しむらくは長編映えするであろう内容でしたので、出来ればそちらにて読んでみたかったということでしょうか。
14.無評価名前が無い程度の能力削除
その人、どの作品でも読んだかわからないような曖昧な中傷コメントしてる人なんで、スルー推奨ですぜ
どうしても気になるなら掲示板で報告して対応の判断仰げば良いかと
15.無評価名前が無い程度の能力削除
コメントしたやつの特定までしてるとか自治厨コワイ。
17.100名前が無い程度の能力削除
凄くよかったですよ
原作らしい妙に失礼で自分勝手ですけど妙に品がよくて自分を貫いて気高い感じが出ていて

人喰いの癖に博愛的であろうとする危うさとか素敵です

怒っている方は多分原作らしいから怒っている気がします
18.90ばかのひ削除
面白かったー
綺麗な文章でした。先がキョンシーだから寂しい気もしますが
22.100もんてまん削除
縦読みが読み難いと感じる日本人の屑。
私です。
こういうお話好きです!
果たして、幻想郷にてキョンシーと再会した桃鬼さんは何を思うのか。
25.100大根屋削除
心地良いお話でした。幻想郷に至るまでの歴史は、どのような形があっても良いと思います。
それこそ人が作り出す夢の、あってよい形なのですから。