「はぁ……もう夕方じゃん」
「その……すまない」
「……べつにいいけどさ……」
命蓮寺への帰路についたのは、すっかり夕暮れになってからだった。
「……すぐに済む用事のはずだったのにさ」
「ぬえ、その………………すまない」
隣を歩く星は、おんなじことを言ってばっかり。
もういいって言ってるのに、これだ。
確かに星が付いてきたせいで、こんなに時間がかかってしまったけど責めるつもりじゃない。
そんなに私の発言は責めているように聞こえるんだろうか。
星を一瞥して、ため息を吐き出す。
そんなことに対しても、星はどことなく情けない表情をした。
ホント、もういいって。
それより、こんなことになるんなら、もっと着込んでくるんだった。
命蓮寺に着く頃には日は暮れてしまっているに違いないし、徐々に寒さが顔を出してきている。緩やかに吹く風ですら身を切るみたいに冷たく感じるほどだ。
いつものワンピースの上に短いコートを着ただけじゃ、全然寒さ対策になってない。
ブーツで足先だけはわずかに暖かいけど、それも時間の問題。
道に半端に積もった雪は風よけにならないにも関わらず、踏みしめろとばかりに広がっている。
「……はぁ」
まったく、なんでこんな思いをしなきゃいけないんだろう。
寒い、冷たいという問題だけじゃなく、もう一つ。
星が貰いすぎた荷物も、私たちの歩みを遅くしている。
一人で持ちきれなくなるほど貰い受けているんだから、何を考えているんだか。
横に目を向けると、あー、なんていうか情けない。
星は白い息を短く吐き出しながら、両手鍋の上に冬野菜やらを詰め込んだ麻袋を載せて、ゆらゆら揺れるように進んでいる。
あまりの量に私も小さな麻袋一つ持ってやっているけど、これを積んだら前が見えなくなるんじゃないだろうか。
これじゃ、早く歩くことなんて期待できるわけない。
というか荷物を持ったせいで、ろくに身を縮ませることもできないなんて、もうやってられない。
聖からのお願いを安請け合いしたこと事態に後悔したけれど、そんなのもう今更だった。
「……やっぱり飛んで帰る」
「それは駄目だと言っただろう」
ぼそりとつぶやいた途端、星が制止してきた。
何度目かの私の発言にやれやれといった表情だ。
「せっかく頂いた物を落としでもしたらどうするんだ?」
「うまく飛ぶから大丈夫だって」
「駄目だ」
頬を膨らませてみせるけれど、星は拒否するみたいに目を閉じて首を左右に振ってみせた。
ホント、コイツは頭が固いんだから。
毎回毎回、あーしないといけない、こーしないといけないってさ。
「……石頭」
「だ、誰が石頭だっ。そもそも、毎回毎回、楽をしようとするお前は――――」
「あー、うるさいうるさい」
あーもー、ホントに全部、バカ寅のせいだ。
メンドーなお説教に文字通り耳を塞ぐ。
すると、冷えた手がこれまた冷えた耳に触れて、身震いしてしまった。
思った以上に早く身体が冷えてきているのかもしれない。
耳に当てた手をすぐに下ろして、ため息交じりに息を吐く。
もわりと浮かぶ白い吐息。
まだ体に熱が残っているんだな、なんて他人事のように思う。
他人事のように思ってみても、寒さが際立った気がするのは気のせいじゃないだろう。
短く息を吐きつつ星を盗み見ると、彼女はまた、すまないと言い出しそうな表情を浮かべていた。
「……さむ」
こんなに寒いっていうのに、星はやけに暖かそうなのが、また癇に障る。
オーバーなくらいの重装備だ。
普段の厚着っぽい服装の上に洋装のモコモコした分厚い羽織を着て、ぐるぐる巻きにしたマフラーに分厚い手袋。
ほんのり赤くなった頬や鼻頭から、やっぱり寒いのは間違いないんだろうけど、私からしてみたら羨ましくなるくらい暖かそうだ。
じっと眺めていると、星は私の視線に気が付いた。
「手袋、いるか?」
「……いらない」
素っ気ない返事で、私は目を逸らした。
いつも通り星は、真っ直ぐな瞳を私に向ける。
それは、正面から捉えられているみたいで気恥ずかしい。
「……」
反射的に答えたことに……ちょっと後悔。
素直に手袋を借りれば良かった。
寒いものは寒いんだから。
けれど、言ってしまったんだから、しょうがない。
うつむき加減になって、かじかんだ手を擦り合わせる。
うっすら赤くなった手は、わずかな温度に反応してじんとなった。
まだ大丈夫だから……いいんだ、別に。
張らなくてもいい意地だなって思う。
いつもの天邪鬼な私の癖。
星はわかっているんだろうけど。
だから、星はそれ以上何も言わなかった。
「……はぁ」
でも、考えてみれば、両手鍋を抱えて、その上に冬野菜が詰まった麻袋を載せて運んでいるのに、どうやって手袋を渡そうって思ったんだろう。
一時的な場合でも私に荷物を持てなんて言わないくせに。
まぁ、星のことだ。
どーせ、考えてないんだ。
渡し方なんて考えずに言ったに決まってる。
そういうことをなんにも気にしないで、自分のことを犠牲にしようとするんだ、星は。
いつも、そう。
それで、いつもそうやって、私に声をくれる。
「……バカ寅」
「お、おいっ、ぬ、ぬえ?」
星にもたれかかるように身体を寄せると、星は手荷物のバランスを取りながら慌てて声を上げた。
それをこっそり眺めて、「よし」なんて思う。
さっきの意地っ張りがなかったみたいに、私は満足しているに違いない。
ホント、星といるのはイヤじゃない。
色々あってメンドーだけど、退屈しないっていうか……。
今日は私にまで荷物を持たせたんだから、文句なんて聞いてやらない。
ホントなら、私ひとり飛んで帰ってもいいんだし。
置いていかないだけ、ありがたく思ってほしい。
ぽつり、ぽつりと思う。
いつもより遅い星の足取り。
少し背を逸らしてバランスを取る星は本当に遅くて、どれだけ経っても命蓮寺に辿りつけないんじゃないかって思ってしまう。
……それでも、いいや。
こうしていれるなら辿りつけなくても……いいや。
彼女の歩調に合わせて、歩幅を小さくして並んで歩く。
しんとした雪の中、ぎゅっ、ぎゅっと一歩ずつ踏みしめるような小さな足音が二つ。
私と、星の二つだけが響いている。
静かな世界。
二人だけしかいない……みたいな。
それは案外悪くはないのかも、なんて……。
「ぬえ?」
「えっ?」
ぼんやりとしていたら、星に怪訝な声をかけられて意識が戻った。
途端に変なことを考えてしまっていた自分が恥ずかしくて堪らない。
不思議と感じていなかった寒さと、身体の内側からこみ上げてくる熱を感じて、私は誤魔化すように星から身を離すと、
「いただきっ」
「あっ、こら、ぬえ」
星からマフラーを解いて取りあげた。
寒がりな星がしているんだから、きっと、暖かいに決まってる。
こんな寒い中を歩かせてるバツだ。
星の声も気にすることなく、星を真似してぐるぐるとマフラーを首に巻く。
幅のあるちょっと長めのマフラーは、星の体温をふんわりと帯びていた。
正解。やっぱり、あったかい。
私は満足げに口元を曲げると、取り返そうと距離を詰める星をひらりとかわした。
「取れるもんなら取ってみなよ」
「ま、待てっ、うぅ、きゅ、急に取られたら寒いだろう」
「べぇ、待ってやらな~い」
荷物と私を交互に見比べて困惑する星を後目に私はイタズラな表情を向けた。
そうして、これ見よがしに巻き付けたマフラーを深くかける。
あ…………。
そこに、ほのかな香りがあった。
いつも私を包んでくれる、星の柔らかな香り。
鼻孔に感じるそれを、二度三度と小さく吸う。
やっぱり……正解。
冬の寒さなんて忘れて私は誰にも気づかれないように一度だけ小さく笑った。
そうして、星に視線を送ると見せつけるように笑ってやった。
「ほら、ちゃんと取り返してみてよ」
「ぬ、ぬえっ」
そのまま、星の数歩先を後ろ向きで歩く。
星の方を向いたまま、進む先なんて見ない。
危なっかしい私の行動に、星は困ったような、咎めるようなそんな表情をしたけど、決して止めようとはしなかった。
曖昧な星の様子は、なんだか楽しい。
まったく、しょうがないヤツだなぁ、なんて。
でも、本当にしょうがないって思うのは、そんな星を独り占めしているような、子供っぽい感覚を抱いている私自身だった。
マフラーをキュッと握る。
冷えた手を包む柔らかな布地は、その質感に反して残り香のようなわずかな暖かさがあるだけ。
大した温かみなんてなくて、やっぱり寒い。
でも。
じんわりと内を照らすような……。
言葉にできない暖かさを帯びているみたいだった。
飛んだら物を落とすから駄目とか変なルールがウザい。
二人ともクソ強い妖怪のはずだから、寒がったり荷物ぐらいで手間取ったりするのは不自然ではないだろうか?
「ただただかわいい天邪鬼な女子」と「要領の悪い男子(女子だけど)」のデートにしか見えない。
最近は百合(殺伐)が多かった気がするから
甘い!ふたりのやり取りが甘過ぎるのと、ぬえちゃんのツンデレっぷりにニヤニヤしました
(話ががベタベタなのは否定しない)
あーぬえっちょにマフラー取られたい
次も楽しみにしてます。