最近になって紅魔の館に住み着いた、というか引き取られた者たちがいる。種族の名はホフゴブリン。一時期は人里で住人たちの手伝いをしていたのだが、『顔が怖い』という理由で受け入れられなかった者たち。今回は、そんなホフゴブリンたちの物語である。
雪融けが終わり、春の声がだんだんと大きくなっているある日、館のメイドである十六夜咲夜はホフゴブリンたちの詰所へ足を延ばしていた。彼ら(彼女もいるのかは咲夜には判断がつかないが)の詰所は妖精たちと同じように館の内部と外に存在している。その厳つめの風貌から、最初は妖精メイドたちがうまく対応できるかと多少の不安を持っていたが、人間よりも自然に近しい存在である妖精たちにはさしたる問題もなかったようで、今はなんやかんやと館にも馴染んできている。
詰所につくと、一匹のホフゴブリンがテーブルで忙しなく指を動かしていた。どうやら他の者は出払っているらしい。こんにちはと咲夜が声をかけると、ホフゴブリンは作業を中断して頭を下げた。
「頼んでおいたものは出来ていますか?」
咲夜の言葉に、ホフゴブリンは近くに置いてあった木箱からあるものを取り出す、布にくるまれたそれは、細長い形状をしていた。受け取った咲夜が布をとると、美しい光沢を放つ一本のナイフが姿を現した。
「まあ、綺麗」
うっとりとナイフを見ている咲夜に、ホフゴブリンは一枚の羊皮紙を渡す。それを受け取り、紙を撫でるようにナイフを動かすと、紙はすぱりと二枚に分かれた。
「うん、いい仕上がり。ありがとうございます。一郎」
咲夜が礼を述べると、一郎と呼ばれたホフゴブリンは。頭を掻きながら気恥ずかしそうにしている。
元々個体差が少ない種族であるため、館の住人たちはホフゴブリンたちにわずかな差を見出し、それぞれに名前を付けた。咲夜に『一郎』と呼ばれたホフゴブリンは、他の者たちよりも一回り体が大きく、他の者たちを良くまとめているため、『ホフ一郎』という名前を付けられた。
他にも、一郎の次に大きい体(とはいっても、ホフゴブリンという種族の中で、ではあるが)を持つ『ホフ二郎』。時々ゴブゴブとではなく、サブサブと鳴く『ホフ三郎』。手先が得意でよく小物を作っている『ホフ四郎』、鍛冶が得意な『アンドレイ』等がいる。
なんとも言えないネーミングではあるが、名前を付けた館の主であるレミリア・スカーレットが言うには『それぞれに真名があるのだから、あくまで役職みたいなもの』らしい。ちなみに、人間である咲夜を含め、ホフゴブリンたちの名前が決まってから、その名を呼び間違えたものは誰もいない。咲夜が詰所を離れるのを見送り、ホフ一郎は軽く伸びをすると、仕事場へ向かうのだった。
「あら、二郎じゃない。どうしたのかしら」
紅魔大図書館。そこの主であるパチュリー・ノーレッジは、やってきたホフゴブリンに声をかける。二郎と呼ばれたホフゴブリンは、ゴブゴブとパチュリーに要件を説明した。
「……つまり、漢字の説明が載っている本を貸してほしいと」
ゴブっと鼻を鳴らし、ホフ二郎は首肯する。わかったわと一言、パチュリーは奥で本の整理をしている小悪魔を呼ぶために、ベルを鳴らした。
厳めしい風貌とは裏腹に、意外とホフゴブリンたちは勤勉である。元来のまじめな性格もあるが、以前にパチュリーはホフ二郎にその真面目さを問いかけたことがあった。
それに対し、ホフ二郎はゴブゴブとこう述べた。
拾ってもらった恩がある
いい拾い物をしたとはレミリアの談だが、多分に照れ隠しだろう。あの吸血鬼は家族に飢えているのだから。本を持ってきた小悪魔に頭を下げているホフ二郎を見て、パチュリーはひらひらと手を振るのだった。
ある日の夜。夜勤の妖精に引き継ぎを終えた咲夜は、二階に設置されているテラスで、一息をついていた。主のレミリアは博麗神社の巫女のところに遊びに行っている。以前に将棋で負けたことは大層悔しかったらしく、リベンジとのことだった。神社までは一緒についていったが、巫女に三連敗を喫したところで、帰って良いといわれた。勝つまで帰らないと宣言していたので、もしかした泊まってくるのかもしれない。
(明日は少し早めに起きて、神社に向かわないといけませんね)
そんなことを考えながらぼうっとしていると、俄かに門前が騒がしい。目をやると、美鈴が誰かを担いでこちらに向かっている。その後ろには霧の湖でよく見る氷精と、その保護者妖精の姿も見える。なんぞ厄介ごとかと咲夜はテラスから飛び降りると、美鈴に駆け寄った。
「あ、咲夜さん!」
「……それ、四郎じゃない。どうしたの」
「それが……」
説明を聞きながらも、咲夜達は運ばれてきたホフ四郎に手当てを済ませると大図書館内に設置されている医務室で休ませた。傷を見た感じでは、命にかかわるような傷は見受けられなかったものの、所々に擦り傷やひっかき傷などが見られ、何かに襲われたのは確実だった。
数時間ほど前、美鈴が門前で体を動かしていると、ホフ四郎がやってきた。何事かと聞くと、ホフ四郎は鉱石が取れるところはないかと尋ねたらしい。いくつか思い当たるところはあったが、その中でも館から近いところに水晶窟があることを美鈴は思い出した。人にはまだ発見されたような様子もなく、妖精たちの遊び場所とされているらしい。場所について教えると、ホフ四郎は頭を下げて館を後にした。
美鈴はとくに理由を聞こうとはしなかったが、少なくとも悪だくみの類ではないだろうと、今までの生活を通して確信はしていた。日が暮れるまでには戻りなさいよと声をかけ、美鈴は業務に戻ったのだ。しかし、日が沈んで夜の帳が下り始めても、ホフ四郎は戻ってこない、探しに行ったほうがいいかもしれないかと思案していると、林の向こうから、両肩でホフ四郎を担ぐ氷精と大妖精の姿が見えた。聞くと、最近大きな化け狼が水晶窟を根城にしているので、氷精が喧嘩を売りに行ったらしい。その際に、化け狼におもちゃにされていたホフ四郎を発見し、ここに連れてきたのだという。
「ありがとうね、チルノ。それに大妖精も」
「さいきょうのあたいにかかれば、こんなミッソンインポッシブルよ!」
「チルノちゃん、それじゃあお味噌が出来なくなっちゃうよ」
妖精同士のやり取りに、咲夜は少しばかり顔を綻ばせる。妖精たちが退室するのと入れ替わるように、パチュリーが部屋へと入ってきた。
「容体は?」
「特に問題はありませんわ。まあシーツが少しばかり血で汚れてしまいましたけれど」
「まあそれくらいなら些事でしょう。レミィにはさっき水晶で連絡しておいたわ」
「かしこまりました。夜食の準備もしておいたほうがよろしいですかね?」
その必要はない
その声を発した者……レミリア・スカーレットはあわただしくドアを開けた。何度もノブを回し損ねていた当たり、結構な動揺が見て取れる。厳しいまなざしのままかつかつと大股で歩き、ホフ四郎の姿を覗き見ると、空いていた左手を両の手で優しく包んだ。
「無茶をして……馬鹿者が」
そのまなざしは厳しいままだが、叱責には責める感情は微塵も感じられず、ただ、心配と安堵のみがあった。その声に、ホフ四郎が目を覚ます。レミリアは手を放すと、馬鹿者がと、もう一度つぶやいた。まあまあと美鈴が宥めながらホフ四郎に事情を聴く。どうして水晶窟に向かったのかと。ホフ四郎はしばらく困ったような顔を浮かべていたが、やがて、気絶していた時から握りしめていた右の拳を、サイドテーブルの上でそっと開いた。そこから出てきたのは、いくつかの小さな水晶の破片。それを見ながら、ホフ四郎はゴブゴブとつぶやき始めた。
数日ほど前のことだった。一匹のメイド妖精が、ホフ四郎のもとを訪れた。用件を聞いてみると、髪留めを作ってほしいとのことだった。どうやら先日、黒白鼠が襲来した際に髪飾りを壊してしまったらしい。壊れたものは直した後に他のメイド妖精にあげてしまったと。
つくれないかな、というメイド妖精の言葉に、ホフ四郎は二つ返事で了承した。正直なところ、かわいい娘がしょんぼりとしている顔をあまり見ていたくはないというのが直接的な理由だったのは内緒だ。
ホフ四郎の記憶が確かならば、この妖精メイドは、花をかたどった髪留めを着けていたはずと、ホフ四郎は材料となるもの探すべく、数日の間辺りを捜索したが、これといったものに巡り合うことは出来なかった。そんな折、氷精のチルノが氷で花を作っているのを見て、これだ、と思ったのだ。色々と候補を絞り、最終的には鉱物に落ち着いた。大きなものを加工するには作業場がないので、小さい破片などを細工して作ろうと計画した。
そんなことで情報収集をしていると、美鈴から水晶窟の話を聞いた。場所もそう遠くなく、探すには絶好の場所だった。意気揚々と向かったホフ四郎を待っていたのは、それこそ自分の体など一呑みにされてしまうだろう体躯の狼の姿。到底逃げられるはずもなく、そのまま好き放題にされていたところをチルノと大妖精に助けられたという。
「……まあ、これからは気を付けなさい。パチェ、申し訳ないけれど、こいつの看病
を任せてもいいかしら?」
「わかったわ。どこか行くの?」
「勝負の途中で帰ってきたからな。リベンジだよ。咲夜、美鈴、行くわよ」
レミリアたちが去るのを見届けると、パチュリーは椅子に腰かけ、手に持っていた本を広げた。騒ぎが起きる前に読んでいた本である。冒険譚で中々に気になるところだったのだが、騒ぎが起こったため、いいところで読むのををやめてしまったのだ。数分ほどの間本を読み進めていると、ふとパチュリーは視線を感じた。ベッドを見ると、ホフ四郎がなんとも申し訳なさそうな表情で天井を見上げていた。
「どこか痛む?」
パチュリーの言葉にホフ四郎はゆっくりと頭を横に振ると、小さな声で申し訳ないと呟く。どうしてと尋ねると、自分のせいで主達に迷惑をかけてしまったと、小さい声でゴブゴブと鳴いた。
「ふふっ」
ホフ四郎が頭を横に向けると、パチュリーは笑っていた。どうして笑っているのかはわからなかったが、パチュリーはちょっと待ってなさいというと部屋を出て行った。自分は迷惑をかけたはずなのに、どうして笑っていたのだろうか。その理由を考えたが答えを見つける前にパチュリーが部屋に戻ってくる。その胸元には、連絡用に使われている水晶がふわふわと浮いている。そのまま水晶は、ホフ四郎の枕元にぽすりと着地した。
「面白いもの、聞かせてあげる」
パチュリーが短い呪文を唱えると、水晶が淡く輝く。すると、音が、ホフ四郎の耳に入ってきた。びゅうびゅうとなびく風の音、それに交じりながら、聞きなれた声が入ってきた。
『美鈴、こっちであっているのね?』
『ええ、まあそうですけど。本当に今から行くんですか?』
『当たり前だ。人様の家族に手を出すとは、躾のなっていないわんころみたいだからね』
『お嬢様、僭越ながらそこは人様ではなく、吸血鬼様かと』
『……それもそうね』
水晶の輝きが消え、音がなくなる。パチュリーはひとしきり声を抑えて笑うと、ホフ四郎に優しく微笑んだ。
「いいじゃない、迷惑をかけたって。家族なんだもの」
体はひどく痛んでいるが、ホフ四郎は心の中に温かさが沁みこんでいくのを感じた。
次の日。パチュリーが作った薬のおかげもあってすっかり快復したホフ四郎が行ったことは、館の住人たちの所に足を向けた。心配をかけてごめんなさいという言葉と、心配をしてくれてありがとうという言葉を一緒に添えて。
主の吸血鬼は一瞬きょとんとしていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべると、主たるもの館の者を心配するのは当然だしいと言った。顔には出ていなかったが、ぱたぱたと動く羽が、心中を現していた。一緒にいた妹君は、そんな姉の様子を見てあきれた様子だったが。
昼餉の準備をしていたメイド長に言葉を伝えると、にこやかに微笑んでくれた。
大図書館の主従に言葉を伝えると、主のほうは昨日とはうってかわった無表情で、よかったわねと祝ってくれた。帰り際、小悪魔に照れているのだと教えられた。
館の外に出ると、門前に大きな影が見えた。足を向けると、昨日の化け狼がの姿が見え、思わずびっくりしてしまったが、よく見ると鎖に繋がれ、しゅんとうなだれている。頭のてっぺんには、おおきなたんこぶが二つできていた。多分姉妹の仕業だろう。鎖の根元に目をやると、「けるべろす」と書かれた大きな犬小屋が立っていた。
「おや、四郎。怪我はもうよいのですか?」
美鈴の言葉に、ホフ四郎は礼を返す。美鈴は頭を掻きながら、礼はいらない、教えた自分が悪いのだからと苦い笑みを浮かべていた。
「この子、貴方に言いたいことがあるみたいですよ」
化け狼はうなだれながら、ごめんなさいと謝った。久しぶりに自分以外の者にあったから、思わず興奮してじゃれついてしまったのだそうだ。ホフ四郎はそんな化け狼の謝罪に、鼻先を撫でることで応えた。
後で自分を助けてくれた妖精たちにも礼を言いに行こう。そう考えて仕事場へ戻る。同族たちからも心配されたが、暑苦しいので早々に仕事に戻る。その日のうちに完成した水晶の花飾りを、メイド妖精は大層気に入ってくれた。
気が付くと既に日は沈んでいる。夜勤のホフ五郎と交代し、門前へ向かった。けるべろすは『お座り』の姿勢のまま、美鈴と一緒にたたずんでいる。ホフ四郎はけるべろすにさっきもらってきたパンを半分にちぎり、口元へ運んだ。
「おや、お友達になったのですか」
けるべろすの頭に乗ったホフ四郎に美鈴は問いかける。首肯すると、美鈴は薄く笑った。けるべろすも応えたのだろうか、頭上のホフ四郎を落とさないように、遠吠えを上げる。なんだかホフ四郎も嬉しくなって、ごぶぉーんと遠吠えを上げた。
紅魔の館のホフゴブリンたち。そんな彼らのいつものお話。
雪融けが終わり、春の声がだんだんと大きくなっているある日、館のメイドである十六夜咲夜はホフゴブリンたちの詰所へ足を延ばしていた。彼ら(彼女もいるのかは咲夜には判断がつかないが)の詰所は妖精たちと同じように館の内部と外に存在している。その厳つめの風貌から、最初は妖精メイドたちがうまく対応できるかと多少の不安を持っていたが、人間よりも自然に近しい存在である妖精たちにはさしたる問題もなかったようで、今はなんやかんやと館にも馴染んできている。
詰所につくと、一匹のホフゴブリンがテーブルで忙しなく指を動かしていた。どうやら他の者は出払っているらしい。こんにちはと咲夜が声をかけると、ホフゴブリンは作業を中断して頭を下げた。
「頼んでおいたものは出来ていますか?」
咲夜の言葉に、ホフゴブリンは近くに置いてあった木箱からあるものを取り出す、布にくるまれたそれは、細長い形状をしていた。受け取った咲夜が布をとると、美しい光沢を放つ一本のナイフが姿を現した。
「まあ、綺麗」
うっとりとナイフを見ている咲夜に、ホフゴブリンは一枚の羊皮紙を渡す。それを受け取り、紙を撫でるようにナイフを動かすと、紙はすぱりと二枚に分かれた。
「うん、いい仕上がり。ありがとうございます。一郎」
咲夜が礼を述べると、一郎と呼ばれたホフゴブリンは。頭を掻きながら気恥ずかしそうにしている。
元々個体差が少ない種族であるため、館の住人たちはホフゴブリンたちにわずかな差を見出し、それぞれに名前を付けた。咲夜に『一郎』と呼ばれたホフゴブリンは、他の者たちよりも一回り体が大きく、他の者たちを良くまとめているため、『ホフ一郎』という名前を付けられた。
他にも、一郎の次に大きい体(とはいっても、ホフゴブリンという種族の中で、ではあるが)を持つ『ホフ二郎』。時々ゴブゴブとではなく、サブサブと鳴く『ホフ三郎』。手先が得意でよく小物を作っている『ホフ四郎』、鍛冶が得意な『アンドレイ』等がいる。
なんとも言えないネーミングではあるが、名前を付けた館の主であるレミリア・スカーレットが言うには『それぞれに真名があるのだから、あくまで役職みたいなもの』らしい。ちなみに、人間である咲夜を含め、ホフゴブリンたちの名前が決まってから、その名を呼び間違えたものは誰もいない。咲夜が詰所を離れるのを見送り、ホフ一郎は軽く伸びをすると、仕事場へ向かうのだった。
「あら、二郎じゃない。どうしたのかしら」
紅魔大図書館。そこの主であるパチュリー・ノーレッジは、やってきたホフゴブリンに声をかける。二郎と呼ばれたホフゴブリンは、ゴブゴブとパチュリーに要件を説明した。
「……つまり、漢字の説明が載っている本を貸してほしいと」
ゴブっと鼻を鳴らし、ホフ二郎は首肯する。わかったわと一言、パチュリーは奥で本の整理をしている小悪魔を呼ぶために、ベルを鳴らした。
厳めしい風貌とは裏腹に、意外とホフゴブリンたちは勤勉である。元来のまじめな性格もあるが、以前にパチュリーはホフ二郎にその真面目さを問いかけたことがあった。
それに対し、ホフ二郎はゴブゴブとこう述べた。
拾ってもらった恩がある
いい拾い物をしたとはレミリアの談だが、多分に照れ隠しだろう。あの吸血鬼は家族に飢えているのだから。本を持ってきた小悪魔に頭を下げているホフ二郎を見て、パチュリーはひらひらと手を振るのだった。
ある日の夜。夜勤の妖精に引き継ぎを終えた咲夜は、二階に設置されているテラスで、一息をついていた。主のレミリアは博麗神社の巫女のところに遊びに行っている。以前に将棋で負けたことは大層悔しかったらしく、リベンジとのことだった。神社までは一緒についていったが、巫女に三連敗を喫したところで、帰って良いといわれた。勝つまで帰らないと宣言していたので、もしかした泊まってくるのかもしれない。
(明日は少し早めに起きて、神社に向かわないといけませんね)
そんなことを考えながらぼうっとしていると、俄かに門前が騒がしい。目をやると、美鈴が誰かを担いでこちらに向かっている。その後ろには霧の湖でよく見る氷精と、その保護者妖精の姿も見える。なんぞ厄介ごとかと咲夜はテラスから飛び降りると、美鈴に駆け寄った。
「あ、咲夜さん!」
「……それ、四郎じゃない。どうしたの」
「それが……」
説明を聞きながらも、咲夜達は運ばれてきたホフ四郎に手当てを済ませると大図書館内に設置されている医務室で休ませた。傷を見た感じでは、命にかかわるような傷は見受けられなかったものの、所々に擦り傷やひっかき傷などが見られ、何かに襲われたのは確実だった。
数時間ほど前、美鈴が門前で体を動かしていると、ホフ四郎がやってきた。何事かと聞くと、ホフ四郎は鉱石が取れるところはないかと尋ねたらしい。いくつか思い当たるところはあったが、その中でも館から近いところに水晶窟があることを美鈴は思い出した。人にはまだ発見されたような様子もなく、妖精たちの遊び場所とされているらしい。場所について教えると、ホフ四郎は頭を下げて館を後にした。
美鈴はとくに理由を聞こうとはしなかったが、少なくとも悪だくみの類ではないだろうと、今までの生活を通して確信はしていた。日が暮れるまでには戻りなさいよと声をかけ、美鈴は業務に戻ったのだ。しかし、日が沈んで夜の帳が下り始めても、ホフ四郎は戻ってこない、探しに行ったほうがいいかもしれないかと思案していると、林の向こうから、両肩でホフ四郎を担ぐ氷精と大妖精の姿が見えた。聞くと、最近大きな化け狼が水晶窟を根城にしているので、氷精が喧嘩を売りに行ったらしい。その際に、化け狼におもちゃにされていたホフ四郎を発見し、ここに連れてきたのだという。
「ありがとうね、チルノ。それに大妖精も」
「さいきょうのあたいにかかれば、こんなミッソンインポッシブルよ!」
「チルノちゃん、それじゃあお味噌が出来なくなっちゃうよ」
妖精同士のやり取りに、咲夜は少しばかり顔を綻ばせる。妖精たちが退室するのと入れ替わるように、パチュリーが部屋へと入ってきた。
「容体は?」
「特に問題はありませんわ。まあシーツが少しばかり血で汚れてしまいましたけれど」
「まあそれくらいなら些事でしょう。レミィにはさっき水晶で連絡しておいたわ」
「かしこまりました。夜食の準備もしておいたほうがよろしいですかね?」
その必要はない
その声を発した者……レミリア・スカーレットはあわただしくドアを開けた。何度もノブを回し損ねていた当たり、結構な動揺が見て取れる。厳しいまなざしのままかつかつと大股で歩き、ホフ四郎の姿を覗き見ると、空いていた左手を両の手で優しく包んだ。
「無茶をして……馬鹿者が」
そのまなざしは厳しいままだが、叱責には責める感情は微塵も感じられず、ただ、心配と安堵のみがあった。その声に、ホフ四郎が目を覚ます。レミリアは手を放すと、馬鹿者がと、もう一度つぶやいた。まあまあと美鈴が宥めながらホフ四郎に事情を聴く。どうして水晶窟に向かったのかと。ホフ四郎はしばらく困ったような顔を浮かべていたが、やがて、気絶していた時から握りしめていた右の拳を、サイドテーブルの上でそっと開いた。そこから出てきたのは、いくつかの小さな水晶の破片。それを見ながら、ホフ四郎はゴブゴブとつぶやき始めた。
数日ほど前のことだった。一匹のメイド妖精が、ホフ四郎のもとを訪れた。用件を聞いてみると、髪留めを作ってほしいとのことだった。どうやら先日、黒白鼠が襲来した際に髪飾りを壊してしまったらしい。壊れたものは直した後に他のメイド妖精にあげてしまったと。
つくれないかな、というメイド妖精の言葉に、ホフ四郎は二つ返事で了承した。正直なところ、かわいい娘がしょんぼりとしている顔をあまり見ていたくはないというのが直接的な理由だったのは内緒だ。
ホフ四郎の記憶が確かならば、この妖精メイドは、花をかたどった髪留めを着けていたはずと、ホフ四郎は材料となるもの探すべく、数日の間辺りを捜索したが、これといったものに巡り合うことは出来なかった。そんな折、氷精のチルノが氷で花を作っているのを見て、これだ、と思ったのだ。色々と候補を絞り、最終的には鉱物に落ち着いた。大きなものを加工するには作業場がないので、小さい破片などを細工して作ろうと計画した。
そんなことで情報収集をしていると、美鈴から水晶窟の話を聞いた。場所もそう遠くなく、探すには絶好の場所だった。意気揚々と向かったホフ四郎を待っていたのは、それこそ自分の体など一呑みにされてしまうだろう体躯の狼の姿。到底逃げられるはずもなく、そのまま好き放題にされていたところをチルノと大妖精に助けられたという。
「……まあ、これからは気を付けなさい。パチェ、申し訳ないけれど、こいつの看病
を任せてもいいかしら?」
「わかったわ。どこか行くの?」
「勝負の途中で帰ってきたからな。リベンジだよ。咲夜、美鈴、行くわよ」
レミリアたちが去るのを見届けると、パチュリーは椅子に腰かけ、手に持っていた本を広げた。騒ぎが起きる前に読んでいた本である。冒険譚で中々に気になるところだったのだが、騒ぎが起こったため、いいところで読むのををやめてしまったのだ。数分ほどの間本を読み進めていると、ふとパチュリーは視線を感じた。ベッドを見ると、ホフ四郎がなんとも申し訳なさそうな表情で天井を見上げていた。
「どこか痛む?」
パチュリーの言葉にホフ四郎はゆっくりと頭を横に振ると、小さな声で申し訳ないと呟く。どうしてと尋ねると、自分のせいで主達に迷惑をかけてしまったと、小さい声でゴブゴブと鳴いた。
「ふふっ」
ホフ四郎が頭を横に向けると、パチュリーは笑っていた。どうして笑っているのかはわからなかったが、パチュリーはちょっと待ってなさいというと部屋を出て行った。自分は迷惑をかけたはずなのに、どうして笑っていたのだろうか。その理由を考えたが答えを見つける前にパチュリーが部屋に戻ってくる。その胸元には、連絡用に使われている水晶がふわふわと浮いている。そのまま水晶は、ホフ四郎の枕元にぽすりと着地した。
「面白いもの、聞かせてあげる」
パチュリーが短い呪文を唱えると、水晶が淡く輝く。すると、音が、ホフ四郎の耳に入ってきた。びゅうびゅうとなびく風の音、それに交じりながら、聞きなれた声が入ってきた。
『美鈴、こっちであっているのね?』
『ええ、まあそうですけど。本当に今から行くんですか?』
『当たり前だ。人様の家族に手を出すとは、躾のなっていないわんころみたいだからね』
『お嬢様、僭越ながらそこは人様ではなく、吸血鬼様かと』
『……それもそうね』
水晶の輝きが消え、音がなくなる。パチュリーはひとしきり声を抑えて笑うと、ホフ四郎に優しく微笑んだ。
「いいじゃない、迷惑をかけたって。家族なんだもの」
体はひどく痛んでいるが、ホフ四郎は心の中に温かさが沁みこんでいくのを感じた。
次の日。パチュリーが作った薬のおかげもあってすっかり快復したホフ四郎が行ったことは、館の住人たちの所に足を向けた。心配をかけてごめんなさいという言葉と、心配をしてくれてありがとうという言葉を一緒に添えて。
主の吸血鬼は一瞬きょとんとしていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべると、主たるもの館の者を心配するのは当然だしいと言った。顔には出ていなかったが、ぱたぱたと動く羽が、心中を現していた。一緒にいた妹君は、そんな姉の様子を見てあきれた様子だったが。
昼餉の準備をしていたメイド長に言葉を伝えると、にこやかに微笑んでくれた。
大図書館の主従に言葉を伝えると、主のほうは昨日とはうってかわった無表情で、よかったわねと祝ってくれた。帰り際、小悪魔に照れているのだと教えられた。
館の外に出ると、門前に大きな影が見えた。足を向けると、昨日の化け狼がの姿が見え、思わずびっくりしてしまったが、よく見ると鎖に繋がれ、しゅんとうなだれている。頭のてっぺんには、おおきなたんこぶが二つできていた。多分姉妹の仕業だろう。鎖の根元に目をやると、「けるべろす」と書かれた大きな犬小屋が立っていた。
「おや、四郎。怪我はもうよいのですか?」
美鈴の言葉に、ホフ四郎は礼を返す。美鈴は頭を掻きながら、礼はいらない、教えた自分が悪いのだからと苦い笑みを浮かべていた。
「この子、貴方に言いたいことがあるみたいですよ」
化け狼はうなだれながら、ごめんなさいと謝った。久しぶりに自分以外の者にあったから、思わず興奮してじゃれついてしまったのだそうだ。ホフ四郎はそんな化け狼の謝罪に、鼻先を撫でることで応えた。
後で自分を助けてくれた妖精たちにも礼を言いに行こう。そう考えて仕事場へ戻る。同族たちからも心配されたが、暑苦しいので早々に仕事に戻る。その日のうちに完成した水晶の花飾りを、メイド妖精は大層気に入ってくれた。
気が付くと既に日は沈んでいる。夜勤のホフ五郎と交代し、門前へ向かった。けるべろすは『お座り』の姿勢のまま、美鈴と一緒にたたずんでいる。ホフ四郎はけるべろすにさっきもらってきたパンを半分にちぎり、口元へ運んだ。
「おや、お友達になったのですか」
けるべろすの頭に乗ったホフ四郎に美鈴は問いかける。首肯すると、美鈴は薄く笑った。けるべろすも応えたのだろうか、頭上のホフ四郎を落とさないように、遠吠えを上げる。なんだかホフ四郎も嬉しくなって、ごぶぉーんと遠吠えを上げた。
紅魔の館のホフゴブリンたち。そんな彼らのいつものお話。
大好き!
魔力のグングニル+5とか鍛えてくれそう