色々あって、我が家に八雲藍がやってきたらしい。
それにしても、自分と同じ部屋に八雲藍その人がいるというのは落ち着かない。
僕は雑多な物で溢れるこの部屋の中央のテーブルで藍さんと向き合っていた。
「藍さんは……いえ、八雲さんは――」
「むず痒いから苗字はやめてくれ。藍さんでいい」
「あ、はい」
苗字に関して主人への複雑な感情があったりするのだろうか。
そうだったらいいなと思う。
「えっと、僕はどうすればいいのでしょう」
「それを私が決めるのかい」
藍さんはからからと笑った。
奇妙な話かもしれないが、紛れも無い実物の八雲藍を見てひとしきり感激した僕は、どうしていいのかわからなくなっていたのだった。
藍さんは少しだけ考えて言った。
「そうだな、せっかくだし質疑応答はどうだ。君も聞きたいことがあるだろう」
僕は藍さんの提案に喜んで乗ることにした。こんな機会はもうないだろう。
「油揚げが大好きってほんとですか。具体的にどれくらい好きなんですか」
「ああ好きだ。外界広しといえど私ほどの油揚げ狂いは居ないだろうな。一日三食油揚げ、三時のおやつも油揚げで生活している。五時のおやつも油揚げだ」
「なるほど」
「ちなみに、今のは冗談だ」
「あ、そうなんですか」
「でも油揚げは好きだぞ」
「やっぱり」
意外な一面もあるようだが、油揚げは好きらしい。残念なのは、現在我が家に油揚げはないということだ。
頬張る姿をぜひとも見たかった。
「記念写真とっていいですか」
「すまないがそれは駄目だ。写真や映像に残るといろいろまずくてね。財産権に関して事務所と話し合わないといけない」
「そうですか……」
別に、写真に残してどうするということはないのだけれど残念だ。
「……ベタだと思ったんだが」
藍さんは釈然としない様子だった。
「九尾の狐なんですよね?かつては傾国の美女とも呼ばれたというのは本当なんですか」
折角なので、ファンの間で解釈が別れる設定について聞いてみることにした。
単純に気になるし、今後の二次創作に活かそうという考えもあってのことだ。
「どうだろうなあ。ふふふ、試しに国を傾けるに値するか確かめてみるか?」
「い、いえ、そういえばどうして外界に?」
慌てて話題を修正すると、藍さんはあらためて居住まいを正して事の次第を話し始めた。
「そのことなんだが、実は尻尾を一本落としてしまったんだ。それがどうやら、なんやかんや外界に流れ着いてしまったらしくてな。こう、どんぶらこどんぶらこといった感じに。いや、どちらかというと、どんぶらーこどんぶらーこかもしれないな。それがちょうどこの辺りにあるらしいんだ」
藍さんは『どんぶらこどんぶらこ』あるいは『どんぶらーこどんぶらーこ』のジェスチャーをしながら説明する。
「そんな、尻尾が落ちるだなんて」
そういえば藍さんの尻尾は大きさの割に根本が細いし、取れやすいのかもしれない。
無茶な姿形の多い妖怪特有の欠陥だ。
「ああ、だからこんな姿なんだ」
気が付くと藍さんはいかにも十代前半といった外見となっていた。
「なるほど」
「こっちのほうが好きか?」
「はい」
僕は素直にうなずいた。
「ま、そういうことなんだが、先ほど言ったように私は目立たぬよう行動しなければならない。そこで代わりに、君に私の尻尾を探して欲しいと思ったんだ」
「僕にですか?」
「ああ、君の幻想郷に対する想いや普段の行いを鑑みて、きっと誠実に協力してくれるだろうと思ったんだ」
「見てくれていたんですね。感激です」
「ああ、幻想郷はいつも君のそばにある。つい先日、君が大量に嘘をついて鼻を高くしようとしていたのも見ていた」
「そんなことしてませんよ」
「そうか、してそうに見えたんだけどな。まあ頑張り給え」
そう言うと、ゆったりとした動作で藍さんはキセルを吹かせた。煙が螺旋に花開きながらのぼってゆく。幼さを残す容貌と厳かな動作のミスマッチが艶やかであった。
煙で火災報知器のベルが鳴った。
「はい。では探してきます」
僕は張り切って家を出て、いくつもの道を渡った。
そうして『関係者かつ関係者以外の方は立ち入り禁止』の看板を横目に行きつけの惣菜屋に入った。
「お、いつものかい」
「いいえ、今日は違うんです。八雲藍の尻尾ありますか」
「うーん今切らしちゃっててねえ」
「そうですか」
やはりシーズンオフだと厳しいか。
「これならあるんだけど」
店主はカウンターの下から、つぶらな瞳が印象的な抱えるほどの大きさの蛙を取り出した。
「グエー」
蛙はふてぶてしくひと鳴きした。
「これじゃあなあ……」
「安くしとくよ」
夕日が燃えていた。洗濯物は乾いただろうか。
家に帰り、僕は藍さんに捜索失敗の報告をした。
結局あのあと、他に行く宛も思い浮かばずそのまま帰ってしまったのである。
「すいません無理でした」
「グエー」
期待に答えられなかったこと、藍さんが大変長い時間を積み重ねて手に入れたに違いない尻尾を取り戻せないことがひどく心苦しかった。あと蛙が重かった。
「無いならいいんだ。仕方ない」
「え、いいんですか」
意外にも、藍さんは気にしたようではなかった。
「尻尾はなくとも、君がいるじゃないか」
藍さんが優しく僕の全身をつつむ。
藍さんからは、先ほどのキセルか、それとも別の何かか、オリエンタルな甘い香りがした。
火災報知機がじりじりと音を立てる。
「藍さん……」
「グェッ……」
そして気が付くと、僕は藍さんの尻尾の一本になっていた。
一番右端の尻尾が僕です。
釈然としないけど。
物凄く奇妙だがくせになる
普通に八百屋のトークみたいな感じで蛙買って帰る(激ウマギャグ)辺りが好き
藍の尻尾から一人だけ誰だか分からん奴が生えてるの想像すると面白いですね(?)
よかったわw
面白かったです。
というか一部になるという暗示かな(適当)
朱に交われば赤くなる
赤くなれば朱になる的な