「お主、尸解仙に興味は無いか?」
突然の問いに、十六夜咲夜は動揺を隠せなかった。テーブルの反対側に座る童女はと言うと、美味しそうに紅茶を啜っている。
突然自身を訪ねて来たかと思えば、突然の質問である。彼女には、その意図が計りきれなかった。
「興味……とは?」
「尸解仙に成りたくは無いか? ということだ」
とりあえず、質問をしてみた彼女だったが、返ってきた答えは、結局意味の分からない物だった。
「待って。順を追って説明して頂戴」
「順も何も、質問をしているだけなのだが……」
物部布都は、さも当然の事をしているかのような顔で、咲夜の顔を見る。
「何か可笑しな事でも言ったかな?」
「言ってるわよ」
主導権が向こう側にある限り埒が明かないと悟り、咲夜は一つ一つ順を追って質問していった。
「まず、貴方は物部布都さんね」
「如何にも」
「私は誰だか分かる?」
「十六夜咲夜殿……だな?」
何故疑問形なのかは分からないが、とりあえず人違いで無い事は分かった。
「私の事はどこで知ったのかしら?」
「ふむ。何処でという事もあるまい。此処に生きて居れば自然と耳に入って来る」
「私の事をどう知っているの?」
「吸血鬼に仕えて居る物好きな人間だと。現にこの館に尋ねて来たのだ。それくらいは知って居る」
「宗教勧誘にでも来たのかしら?」
「違うとは言い切れんな」
「それじゃあ、道教……でしたっけ? それに私を誘っているという事で宜しいですか?」
「概ね、そう言う事だ」
此処まで聞き、漸く、彼女が此処に来た理由が分かった。
「そう言う事ならば、どうぞお引き取り下さい」
「まあ、待たれよ。そう結論を急ぐ事も無いだろう」
そう言い、布都は袖口から紙の束を取り出した。
「これは、尸解の秘術……を我が分かり易く纏めた物なんだが」
咲夜は、興味無さげにそれを布都から受け取る。
「尸解仙とはつまり、不老不死を得る為の方法の一つ。それは道教の追い求める所である故に、あながち宗教勧誘と言っても間違いでは無い。しかし、我が今回訪ねて居るのは、お主が尸解仙になるか否か、という所でな。なんであれば、尸解仙となった後にまた改宗しても構わぬぞ」
「つまり、私に仙人になれ、と。そう言っているんですね?」
「うむ。悪い話では無いだろう?」
受け取った紙を眺めながら、しかし、咲夜は、布都の提案には否定的だった。
「仙人のお仲間が欲しいのであれば、既に仙人である人を探した方が手っ取り早いのではありませんか? それに、不老不死と言うだけならば、仙人でなくとも幻想郷には何人か居ますでしょう? 何も私を仙人にした所で、貴方に得があるとは思えないのですが」
「うむ。実を言うとな、今回の提案、我には何一つ得は無い」
あっけらかんとして、重要そうな事を言う布都。
「故に、ついでに道教に入信して貰えると少しは得になるのだが……」
「ちょっと、ちょっと待って下さい」
今まで話を聞いている間、咲夜は、今回の持ち掛けが布都の何か得になる物なのだろうと推測していた。しかし、その前提が崩れた。
「何の得にもならないって、それじゃあ、よくも知らない私に、何故そんな事を?」
「これはな、我の親切心で言って居るのだ。それに、知らなくなど無い。妖怪の主人に仕える、従者、だな」
「それが何だって言うんですか?」
「ふむ。言われんと分からぬか」
やれやれと首を振り、布都は言う。
「人間と妖怪では寿命が違うだろう」
此処まで、布都の言っていることは、何一つよく分からなかった咲夜だったが、この一言で、漸く会話の意図を理解した。
「我は妖怪の事は好いて居らぬ故、お主が何故この様な場所で働いて居るのかは分からぬ。そこには何か我の計り知れぬ理由があるのだろう。だが、嫌々働かされていると言う訳では、どうも無さそうだ」
ならば、と布都は言った。
「ならば、その命は、妖怪の主人に仕えるには短すぎる物だろう。どうだ? 残りたった数十年を死に怯えて暮らすよりも、尸解仙と成り、永い時を主人と歩みたいと思わんか?」
咲夜はその問いに対し、直ぐに返答した。
「考えるまでもありません」
「そうか。では……」
「私は、仙人になんて、成りません」
ぴしゃりと言い放った。
「……何故に?」
解せぬ、と、まるで顔に書いてあるかのように、布都は分かり易く疑問を呈した。
「何故、かと言われれば、それは説明出来ませんけれど。でも、私は、人間として生きて、人間として主に仕え、人間として死にたいんです」
「永く主人の傍に居たいとは思わぬのか?」
「それは、勿論、思います。でも、それ以上に、私はこの命を大切にしたいんです。大切に、終えたいんです」
紙の束を布都に返しながら、咲夜は席を立つ。
「どうぞ、お帰り下さい」
「ふむ。残念だ」
布都もまた、席を立つ。
「しかし、決意は固い様だ。仕方あるまい」
「またのお越しをお待ちしておりますわ。今度は、是非、レミリア様に会いに来てくださいね」
「妖怪はあまり好きでは無いのだがな。まあ、お主が仕える様な者がどんな者か、興味が沸いた。また来るぞ」
布都は笑顔で去っていった。
突然の問いに、十六夜咲夜は動揺を隠せなかった。テーブルの反対側に座る童女はと言うと、美味しそうに紅茶を啜っている。
突然自身を訪ねて来たかと思えば、突然の質問である。彼女には、その意図が計りきれなかった。
「興味……とは?」
「尸解仙に成りたくは無いか? ということだ」
とりあえず、質問をしてみた彼女だったが、返ってきた答えは、結局意味の分からない物だった。
「待って。順を追って説明して頂戴」
「順も何も、質問をしているだけなのだが……」
物部布都は、さも当然の事をしているかのような顔で、咲夜の顔を見る。
「何か可笑しな事でも言ったかな?」
「言ってるわよ」
主導権が向こう側にある限り埒が明かないと悟り、咲夜は一つ一つ順を追って質問していった。
「まず、貴方は物部布都さんね」
「如何にも」
「私は誰だか分かる?」
「十六夜咲夜殿……だな?」
何故疑問形なのかは分からないが、とりあえず人違いで無い事は分かった。
「私の事はどこで知ったのかしら?」
「ふむ。何処でという事もあるまい。此処に生きて居れば自然と耳に入って来る」
「私の事をどう知っているの?」
「吸血鬼に仕えて居る物好きな人間だと。現にこの館に尋ねて来たのだ。それくらいは知って居る」
「宗教勧誘にでも来たのかしら?」
「違うとは言い切れんな」
「それじゃあ、道教……でしたっけ? それに私を誘っているという事で宜しいですか?」
「概ね、そう言う事だ」
此処まで聞き、漸く、彼女が此処に来た理由が分かった。
「そう言う事ならば、どうぞお引き取り下さい」
「まあ、待たれよ。そう結論を急ぐ事も無いだろう」
そう言い、布都は袖口から紙の束を取り出した。
「これは、尸解の秘術……を我が分かり易く纏めた物なんだが」
咲夜は、興味無さげにそれを布都から受け取る。
「尸解仙とはつまり、不老不死を得る為の方法の一つ。それは道教の追い求める所である故に、あながち宗教勧誘と言っても間違いでは無い。しかし、我が今回訪ねて居るのは、お主が尸解仙になるか否か、という所でな。なんであれば、尸解仙となった後にまた改宗しても構わぬぞ」
「つまり、私に仙人になれ、と。そう言っているんですね?」
「うむ。悪い話では無いだろう?」
受け取った紙を眺めながら、しかし、咲夜は、布都の提案には否定的だった。
「仙人のお仲間が欲しいのであれば、既に仙人である人を探した方が手っ取り早いのではありませんか? それに、不老不死と言うだけならば、仙人でなくとも幻想郷には何人か居ますでしょう? 何も私を仙人にした所で、貴方に得があるとは思えないのですが」
「うむ。実を言うとな、今回の提案、我には何一つ得は無い」
あっけらかんとして、重要そうな事を言う布都。
「故に、ついでに道教に入信して貰えると少しは得になるのだが……」
「ちょっと、ちょっと待って下さい」
今まで話を聞いている間、咲夜は、今回の持ち掛けが布都の何か得になる物なのだろうと推測していた。しかし、その前提が崩れた。
「何の得にもならないって、それじゃあ、よくも知らない私に、何故そんな事を?」
「これはな、我の親切心で言って居るのだ。それに、知らなくなど無い。妖怪の主人に仕える、従者、だな」
「それが何だって言うんですか?」
「ふむ。言われんと分からぬか」
やれやれと首を振り、布都は言う。
「人間と妖怪では寿命が違うだろう」
此処まで、布都の言っていることは、何一つよく分からなかった咲夜だったが、この一言で、漸く会話の意図を理解した。
「我は妖怪の事は好いて居らぬ故、お主が何故この様な場所で働いて居るのかは分からぬ。そこには何か我の計り知れぬ理由があるのだろう。だが、嫌々働かされていると言う訳では、どうも無さそうだ」
ならば、と布都は言った。
「ならば、その命は、妖怪の主人に仕えるには短すぎる物だろう。どうだ? 残りたった数十年を死に怯えて暮らすよりも、尸解仙と成り、永い時を主人と歩みたいと思わんか?」
咲夜はその問いに対し、直ぐに返答した。
「考えるまでもありません」
「そうか。では……」
「私は、仙人になんて、成りません」
ぴしゃりと言い放った。
「……何故に?」
解せぬ、と、まるで顔に書いてあるかのように、布都は分かり易く疑問を呈した。
「何故、かと言われれば、それは説明出来ませんけれど。でも、私は、人間として生きて、人間として主に仕え、人間として死にたいんです」
「永く主人の傍に居たいとは思わぬのか?」
「それは、勿論、思います。でも、それ以上に、私はこの命を大切にしたいんです。大切に、終えたいんです」
紙の束を布都に返しながら、咲夜は席を立つ。
「どうぞ、お帰り下さい」
「ふむ。残念だ」
布都もまた、席を立つ。
「しかし、決意は固い様だ。仕方あるまい」
「またのお越しをお待ちしておりますわ。今度は、是非、レミリア様に会いに来てくださいね」
「妖怪はあまり好きでは無いのだがな。まあ、お主が仕える様な者がどんな者か、興味が沸いた。また来るぞ」
布都は笑顔で去っていった。
次回作、期待しております。