昼下がりのローズヒップティー。
今日は普段飲まないお茶をと淹れてみたが、いつもとは違う舌触りと香りに新鮮さよりもえぐみを感じる。
ティータイムを楽しむこともなく、一気に胃まで流し込む。
その際、カップの底に沈んでいた実を噛みしめることも忘れない。
ローズヒップティーには美容効果があるけど、飲むだけじゃなくて実まで食べないと意味がないのよ、なんて言っていたあの子は、いつもこんなもので喉を潤していたのだろうか。
色濃く残る酸味を舌先で拭うと、口直しのお茶をいれようと重い腰をあげた。
時刻は14時43分17秒、13分と17秒の遅刻だ。
珍しく私の方が彼女を待っているが、一人でただ待つという行為に慣れず、先ほどから時間を確認しては、まだ来ない彼女のことばかり考えてしまっている。
彼女はいつも遅刻ばかりする私をどのようにして待っていたのだろう。
今の私と同じ状況であったなら、悪い事をしていたなと一人反省する。
しかしながら反省するのも、二人でなければつまらない。
時刻を確認すると、14時43分38秒、先ほどから20秒程度しか過ぎていなかった。
ローズヒップティーは色が濃い。
真っ白なカップに淹れると余計に濃く見えるその色は、スプーンですくわなければ赤色なのだと気づかないほどだ。
そんな深みのある赤から、このお茶を〝純血〟だと訳した人もいるらしいが、私はカップに染みがつきそうだ、なんて庶民的なことしか考えることはなかった。
そもそも、そういったロマンチックなことを考えるのは彼女の役目であって私ではないのだ。
カップに色がうつってしまう前に水で底を洗い流してしまうと、時刻は14時48分12秒。
まだまだ彼女は来ないらしい、私は口直しのお茶を淹れた。
もうすっかり口の中からあの甘酸っぱさは消えたが、なんとなくその印象だけは私の中から消えずにいた。
決して美味しくはなかったのだけれど、何故だか記憶に残る味。
あの色が、あの一杯で、私の中に染み込んでしまったのだろうか。
ローズヒップティーには中毒性があったのか、だとしたらおそろしい飲み物である。
時刻は14時58分43秒、まだ彼女は来ない。
どうやら私の中の彼女も、まだまだ消えそうにないらしい。
私は二杯目のローズヒップティーを淹れた。
時刻は16時11分11秒。
彼女がいない時間はこんなにも不安だったのだろうか。
甘酸っぱい後味が口の中を占める、何杯飲んでも、美味しくはない。
それでもこの味を求めてしまうのは、あなたが飲んでいたからか。
カップには赤い染みができつつあった。
ぐちゃりと、口の中で実が弾けて溶けた。
時刻は、分からない。
きっと夜、それは分かる。
外は曇ってしまっていた、とても暗くて、淀んだ空。
買ってあった茶葉はつきてしまい、口の中には嫌なえぐみだけが残った。
彼女は、来ない。
私の目から、口から、何かが零れて落ちる。
この液体は、私の純血だろうか。
「知っていた、知っていたのだけれど、もう一度会えると信じてみたかったの。」
だってあなたが約束を破ったことなんてなかったから。
〝ねえ蓮子。たまにはいつもとは違う店に行って、普段飲まない茶葉に挑戦してみるなんてどうかしら。今度一緒に新しいお店でも探しに行きましょうよ。〟
〝ローズヒップティー知らないの?飲んでみたら?美容にもいいし、美味しいわよ。〟
〝ねえ蓮子、この前いい雰囲気のお店を見つけたの!一緒に行きましょうよ!〟
〝じゃあ今度の土曜、14時30分ね。いつも遅刻する蓮子のために、今度は私が蓮子の家に迎えに行くから、ちゃんと家にいてよね。〟
〝ああ蓮子。大丈夫よ、最近ちょっと変な夢を見て眠れないだけ。平気、土曜までには元気になるわ。〟
〝ねえ蓮子、私ね、最近ローズヒップティーに凝ってきたのだけれど…って、なにそれって顔してるわね。この前話したじゃない…まあいいけど、今度の土曜は一緒に飲んでもらうんだから。夢?もう平気だってば。〟
〝いつもありがとう、蓮子。いえ、なんでもないの、言っておきたくなって。なんとなく、ね。〟
〝ごめんね、蓮子。約束、破っちゃうね。〟
〝ねえ、蓮子。〟
〝蓮子。〟
〝さよなら。〟
あなたの声が、私の脳にいつまでも響いて離れない。
「いつも通りで十分よ。こんな非日常なんて、いらなかったわ。」
染み込んだ懐かしい声が、甘くて心地のいい日常を作っていたなんて知らなかった。
長い間その中で溺れていた私は、すっかりその色と香りに染められて、今更新しいものなんて受け付けられなくて、あなたがいなくちゃ息もできないほど苦しいのに。
甘酸っぱい香りが私の鼻をつく。
思わず咳き込むと、口から赤い滴が漏れた。
今夜も私の静かな嗚咽は、誰の耳にも届くことなく、純血の中に溶け込んだ。
今日は普段飲まないお茶をと淹れてみたが、いつもとは違う舌触りと香りに新鮮さよりもえぐみを感じる。
ティータイムを楽しむこともなく、一気に胃まで流し込む。
その際、カップの底に沈んでいた実を噛みしめることも忘れない。
ローズヒップティーには美容効果があるけど、飲むだけじゃなくて実まで食べないと意味がないのよ、なんて言っていたあの子は、いつもこんなもので喉を潤していたのだろうか。
色濃く残る酸味を舌先で拭うと、口直しのお茶をいれようと重い腰をあげた。
時刻は14時43分17秒、13分と17秒の遅刻だ。
珍しく私の方が彼女を待っているが、一人でただ待つという行為に慣れず、先ほどから時間を確認しては、まだ来ない彼女のことばかり考えてしまっている。
彼女はいつも遅刻ばかりする私をどのようにして待っていたのだろう。
今の私と同じ状況であったなら、悪い事をしていたなと一人反省する。
しかしながら反省するのも、二人でなければつまらない。
時刻を確認すると、14時43分38秒、先ほどから20秒程度しか過ぎていなかった。
ローズヒップティーは色が濃い。
真っ白なカップに淹れると余計に濃く見えるその色は、スプーンですくわなければ赤色なのだと気づかないほどだ。
そんな深みのある赤から、このお茶を〝純血〟だと訳した人もいるらしいが、私はカップに染みがつきそうだ、なんて庶民的なことしか考えることはなかった。
そもそも、そういったロマンチックなことを考えるのは彼女の役目であって私ではないのだ。
カップに色がうつってしまう前に水で底を洗い流してしまうと、時刻は14時48分12秒。
まだまだ彼女は来ないらしい、私は口直しのお茶を淹れた。
もうすっかり口の中からあの甘酸っぱさは消えたが、なんとなくその印象だけは私の中から消えずにいた。
決して美味しくはなかったのだけれど、何故だか記憶に残る味。
あの色が、あの一杯で、私の中に染み込んでしまったのだろうか。
ローズヒップティーには中毒性があったのか、だとしたらおそろしい飲み物である。
時刻は14時58分43秒、まだ彼女は来ない。
どうやら私の中の彼女も、まだまだ消えそうにないらしい。
私は二杯目のローズヒップティーを淹れた。
時刻は16時11分11秒。
彼女がいない時間はこんなにも不安だったのだろうか。
甘酸っぱい後味が口の中を占める、何杯飲んでも、美味しくはない。
それでもこの味を求めてしまうのは、あなたが飲んでいたからか。
カップには赤い染みができつつあった。
ぐちゃりと、口の中で実が弾けて溶けた。
時刻は、分からない。
きっと夜、それは分かる。
外は曇ってしまっていた、とても暗くて、淀んだ空。
買ってあった茶葉はつきてしまい、口の中には嫌なえぐみだけが残った。
彼女は、来ない。
私の目から、口から、何かが零れて落ちる。
この液体は、私の純血だろうか。
「知っていた、知っていたのだけれど、もう一度会えると信じてみたかったの。」
だってあなたが約束を破ったことなんてなかったから。
〝ねえ蓮子。たまにはいつもとは違う店に行って、普段飲まない茶葉に挑戦してみるなんてどうかしら。今度一緒に新しいお店でも探しに行きましょうよ。〟
〝ローズヒップティー知らないの?飲んでみたら?美容にもいいし、美味しいわよ。〟
〝ねえ蓮子、この前いい雰囲気のお店を見つけたの!一緒に行きましょうよ!〟
〝じゃあ今度の土曜、14時30分ね。いつも遅刻する蓮子のために、今度は私が蓮子の家に迎えに行くから、ちゃんと家にいてよね。〟
〝ああ蓮子。大丈夫よ、最近ちょっと変な夢を見て眠れないだけ。平気、土曜までには元気になるわ。〟
〝ねえ蓮子、私ね、最近ローズヒップティーに凝ってきたのだけれど…って、なにそれって顔してるわね。この前話したじゃない…まあいいけど、今度の土曜は一緒に飲んでもらうんだから。夢?もう平気だってば。〟
〝いつもありがとう、蓮子。いえ、なんでもないの、言っておきたくなって。なんとなく、ね。〟
〝ごめんね、蓮子。約束、破っちゃうね。〟
〝ねえ、蓮子。〟
〝蓮子。〟
〝さよなら。〟
あなたの声が、私の脳にいつまでも響いて離れない。
「いつも通りで十分よ。こんな非日常なんて、いらなかったわ。」
染み込んだ懐かしい声が、甘くて心地のいい日常を作っていたなんて知らなかった。
長い間その中で溺れていた私は、すっかりその色と香りに染められて、今更新しいものなんて受け付けられなくて、あなたがいなくちゃ息もできないほど苦しいのに。
甘酸っぱい香りが私の鼻をつく。
思わず咳き込むと、口から赤い滴が漏れた。
今夜も私の静かな嗚咽は、誰の耳にも届くことなく、純血の中に溶け込んだ。
もう少しわかりやすくすると読者さんにも親切な気がします。
でもこのままでも私は美味しかったです!