人里離れた幻想郷の奥。打ち捨てられた廃村。
今では、猫が暮らすその村の一番大きな屋敷で橙は唸っていた。
「も~~~~~~っ! どうして言う事聞いてくれないの~~!」
橙の目の前。屋敷の庭に面した座敷には、十数匹の猫が転がっている。無論、死んでいるわけではない。
ある猫は、ぐでれぐでれと畳の上を這いずり、ある猫はよだれを垂らして悶えている。
そして座敷中に散らばるマタタビの実。
そう、猫達はマタタビに酔ってこんな状態になっているのだ。
「せっかく苦労して集めてきたのにー……」
マタタビを猫達にせがまれ、集めてきたはいいものの帰ってきた瞬間、一斉にたかられ奪われてしまったのだ。
その結果が今の状況である。
「ううう、自信無くす……」
「あらあら、随分と酷い惨状ですね~」
一陣の風と共に縁側に人影が舞い降りる。元々が廃屋なのであまり戸締りといった概念はない。
「どーもー。文々。新聞でーす」
赤い頭襟に、白のブラウス。一本足が生えた赤い靴。
幻想郷のブン屋、射命丸文その人である。
「またあんたなの~。今度は何の用なのよ~」
半目で睨む橙。
「まぁまぁ。それよりもお困りのようですね~?」
ニコニコ笑顔で文が問う。
「いつから訪問販売に転職したのよ。記事にしたければすればいいでしょ~、ふん」
寝転んで背を向ける橙。
「あらあら、随分捻くれてしまってますねぇ」
ため息交じりに呆れる文。
「で・も、今日はそんなあなたに協力してもらいたくて来たんですよ?」
「……」
返事はない。が、耳がピクッと動いたのを文は見逃さない。
それを脈有りと見たのか、そのまま話し出す。
「実は今度文々。新聞で特集を組もうと思いまして。名付けて突撃!あなたのご主人様! これは幻想郷にある妖怪の派閥。まぁ紅魔館とかですね。この派閥の長に突撃インタビューしようという企画です!」
よほど企画に自信があるのか、ハイテンションで捲し立てる。
「多くの妖怪達を纏める長! きっとそのインタビューで上に立つものとしての覚悟、心構えといったものが語られる! そう思いませんか?」
葉団扇で口元を隠し、挑発するように橙を見つめる。
その視線に気付いているのかいないのか、橙の垂れていた尻尾がそわそわと動きだす。
「で、読者に対する叩き台として、リーダーの資質に悩む橙さんも取材しようと思いまして。どうです? 一緒に取材に行きませんか?悪くない提案だと思うんですが……」
沈黙。
尻尾がぺしぺし畳を叩く。
沈黙。
耳がせわしなく動いている。
沈黙。
「な~んか、巧いこと騙されてる気もするけど……」
そう言ってゆっくり体を起こす橙。
「けど?」
「わからなかったら、人に聞く!!」
すっくと立ち上がり振り向く。
「ほら! はやく! 取材行くんでしょ?」
一度決めてしまえば、橙の行動は早かった。
「ええ、もちろんです!」
文も笑顔で答える。
濡れ羽の羽根を広げ、ふわりと空へ。橙も慌ててあとを追う。
「実はもうアポも取ってあるんですよ。ですから飛ばしていきますよ?」
そういって、橙の手を取る文。
「え? え? 飛ばすって? 」
「それっ、風符『風神一扇』! 」
爆音と共に風が爆ぜ、その風に乗って急加速。
「うわわわわわわわっ!! 」
最初に感じるやは全身で風を切る感覚。目を開ければ、ものすごい勢いで流れていく景色。これが空を飛ぶ快感だと文は思っている。
しかし、高速飛行初体験の橙は、文の手にを離さないようにするので精一杯。そんな余裕はとてもなさそうだった。
「最初は永遠亭の蓬莱山輝夜さんです! ちょっと遠いんで急ぎますよー!」
「ま、まだスピードあがる… うにゃあああああああああ!!」
音速を越えた音か、スペルによる風の爆音か。
お腹に響くようなその音を聞くと同時に、橙は意識を失った。
…
……
………
竹林の奥にそびえる永遠亭。その奥座敷に文と橙は居た。
謁見用と思われる巨大な座敷。
が、兎達は出払っているのか、この広い座敷には橙と文を含めて3人しかいない。
上座には永遠亭当主である蓬莱山輝夜。
部屋が広いせいだろうか、なんだか緊張するなぁと橙は思う。
決して、来る際の文の加速に酔った訳ではない、と言い聞かせる。
「で、今回は私にインタビューですって?」
「はい! 月の姫であり、永遠亭当主である輝夜さんに上に立つ者としての心意気を語って頂きたいのです! 」
気だるそうにしている輝夜とは、対称的に張り切っている文。
自分から行くと言い出したものの、どうも、橙は自分が場違いな場所にいる気がしてならない。
「それにしても、いつの間に猫を助手に雇ったのかしら? その猫、確かスキマ妖怪の関係者だった記憶があるのだけれども」
「えっ! えーっと……その……」
急に話を振られ、慌てる橙。が、文が即座にフォローする。
「ああ、実はこの橙さんが猫の統率を始めたんですがなかなか上手くいかないらしくてですね。で、永遠亭のリーダーである、輝夜さんの助言を 聞くことで、何か得られるものがあるのではないかと。これも記事のうちなんですよ」
「猫の統率ねぇ。うちは兎専門なんだけど。まぁいいわ。それよりも早く始めましょう」
そして、インタビューが始まった。
名前身長体重趣味といった部類から入り、苦労したエピソードやらを聞き出していく。
その様はいかにも敏腕記者といった感じである。
普通に記事書いた方が売れるんじゃないの、などと橙が失礼な事を考えていると、
「それじゃ、最後にひとつよろしいでしょうか?」
いつの間にかインタビューは終わりらしい。
「人の上に立つのに必要な事とはいったいなんだと思いますか?猫の統率に悩む橙さんに、アドバイスをお願いしたいのですよ。あなたの感覚でいいので、お答えください」
来た。これこそが橙が聞きたかったことである。
文を見ると、一瞬こちらを振り向いてウインク。案外お茶目な人なのかもしれない。
「そうねぇ……」
(わくわく)
(わくわく)
「わからないわ、そんなの」
「……へ?」
予想だにしなかった答えに、思わず聞き返してしまう。
「だって、そんなこと意識してやってるわけじゃないもの」
上に立つのに必要な事。リーダーとしての資質。だが、輝夜は生まれた時から姫であり、永遠亭も運営自体ほとんどが永琳に任せっぱなしである。
つまり、輝夜にとって、自分は姫であることは当然であり、姫としての行動などは体に刷り込まれているものであって、改めて聞かれても困るのであった。
「そこをなんとか……。なにかあるでしょう?」
さすがにこれじゃ記事にならないとは言えない。
「うまく言えるかわからないのだけれども、私は私であることが重要なのよ」
首をかしげながら答える輝夜。
「さっぱりわからないのですが……」
「だから、口で説明できるものじゃないって言ってるでしょう。私が姫であるという自覚。ああ、姫は主と置き換えてもいいわね。つまり、自分が主であると、自覚するところから始めるのよ。あなたも天狗の族長にでもなればわかるわ。」
「族長なんて夢のまた夢ですよ……」
鞍馬の大天狗様なんてもう何十年と見ていない。
「これで質問は終わりかしら? 今日は永琳がいないから、色々とやらないといけないことがあるのよ。」
そういって席を立つ。
「あ、はい。今日はどうもありがとうございました。」
「全然参考にならないんだけど~……?」
永遠亭名物、無限廊下を歩きながら、肩を落とした橙が文を睨みつける。
「そんな事いわれても、困りますよ。私だって意外だったんですから」
あれはあれで何かを語っている気もするのだが、基本的に一人で行動する文にはわからない。
「でもまぁ、まだ次がありますよ、次が! 」
「次~?」
胡散臭そうに睨んで来る橙。
「次は紅魔館のレミリア・スカーレットお嬢様です。彼女ならきっと答えを出してくれますよ! 」
廊下が終わり、玄関から外に出る。
そろそろ夕暮れ。夜が活動時間のお嬢様もそろそろ目覚めているだろう。
「さ、行きましょうか」
そういって、手を掴もうと伸ばすがひょいと避けられる。
「いい! 次は自分で飛ぶから!! 」
永遠亭へ来た際の、苦い記憶が思い浮かび、慌てて空へ浮かび上がる。
「残念」
言葉とは裏腹に文の表情は笑っている。手のかかる妹を見つめる姉、といった雰囲気だろうか。
「ああ、紅魔館はそっちじゃないですよー! 」
一度くらいの失敗ではめげていられない。きっと次は何か収穫があるに決まっています。
文はそう信じて、橙を追いかけた。
…
……
………
「ふむ、君主として必要なものか」
紅魔館の接客ルーム。
あれから、紅魔館へ向かいレミリアにも同様のインタビューを行っている。
「簡単だよ、力と恐怖だ」
紅茶をテーブルに置き、ニヤリと笑う。
「この場合の力というのは、腕力だけじゃない。魔力、知力、財力、相手に言うことを聞かせる力のことだな。恐怖は力を行使した結果に付随してくる。逆らえば殺される、死ぬのは怖い。だからあいつには逆らわないようにしよう。単純な理屈だよ」
力と恐怖。確かに最も単純な支配方法だ。橙はそう思う。しかし、一度猫達相手に、弾幕で無理矢理命令を聞かせようとしたことがある。その時は猫達は逃げ散ってしまいしばらく戻ってこなかった。力と恐怖の結果がこれでは、とても統率しているとは言えないじゃないか。
「でも、それだけじゃダメですよね」
橙の考えを代弁するように文が聞く。
「そりゃそうよ。あくまで一要素にしかすぎないわ。でも、限りなく全てに近いものよ」
「なるほど、そういうものですか。で、他の要素というのは?」
レミリアはクッキーをつまみ、年相応の笑顔で笑う。
「秘密。一から十まで教えてもらうものではないわ。で、話は終わりかしら?」
「ええ、質問は終わりなんですが……」
「しつこいわねぇ。それとも、直接お前たちの体に力と恐怖ってものをを教えてあげようかしら?」
食い下がろうとした文に、睨みつけ威圧するレミリア。
「い、いえ!! ありがとうございましたー!! 」
レミリアの手にスペルカードが現れたのを見て、文が慌てて立ち上がり、逃げるように部屋の外へ。橙も慌てて文の後を追いかける。どうもあの紅い吸血鬼は苦手だ。
門を出たところで、文が言う。
「の……残るは白玉楼です。三度目の正直! 行きましょう!」
「お、おー……」
先ほどの感覚が残っているのか、文も橙も声がやや震えている。
橙の主人の主人である紫と白玉楼の主、西行寺幽々子は旧知の仲である。
その関係上、橙も何度か会った事がある。ふわふわとした印象だが、やさしい人だったはず。
彼女なら何か教えてくれるのではないか、そんな期待を胸に橙は夜空へ飛んだ。
…
……
………
「そりゃレミリアの言う通りよ。そういう物は人から教えられてなんとかなるものではないわ」
白玉楼。庭を一望できる縁側で3人は居る。
「え~~~~~!! 輝夜もレミリアもそんなのばっかりで全然さっぱりだよ~」
顔見知りの幽々子だからか、他では黙って聞いていた橙が素直に不満の声を漏らす。
「気持ちはわかるけど、本当にこういうのは教えられるものではないのよ。1+1が必ず2になるようなものないの」
困り顔で茶をすする幽々子。
「しかし、輝夜さんもレミリアさんも、そういった事ばかりで非常に記事にしにくいのですが……」
輝夜やレミリアとは別の、幽々子の持つ柔らかい雰囲気に当てられたか、文もつい本音を漏らしてしまう。
「あら、記事には記者の私見が必要でしょう?あなたは何のしがらみもないのだから、思ったままに書けばいいのよ」
「……それはまぁ、そうですが」
がっくりと項垂れる文。
「とまぁ、こんな事ばかり言っていても世に華は無いわよね。私からもひとつアドバイスしてあげるわ」
橙が飛び起きる。
「ほんと!?」
「必要なのは信頼よ。部下であれ従者であれ、その相手をお互いに信頼しあう事が必要なの」
「その割には、いつも妖夢さんの扱いが酷くないですか?」
文の疑問も尤もだ。普段、妖夢にあれやこれや難癖つけている幽々子が何をいわんやである。
「あら、それは些細な事よ。普段どれだけ馬鹿な事やっていても、きちんと締める時は締めるわ」
桜餅をひとつ頬張る幽々子。
「橙、あなただって自分の主人である藍を信頼しているでしょう?」
そもそも藍と橙は式神とその主人という関係であり、信頼とは違うんじゃないのかと思う。
「藍様、普段は紫様の世話とか紫様の世話とか紫様の世話とかで、全然相手してくれないし……」
「藍は紫の式でもあるからねぇ。でも、あなたの事もきちんと考えてくれているわよ?外出する時は毎回赤鬼青鬼憑けてくれてるでしょう? 」
確かに言うとおりだ。毎回出かける前には、赤鬼青鬼を憑けてくれる。川に落ちたせいで、今は外れてしまっているが。
そういえば、ここ数日、マヨイガに帰ってないなぁと思う。藍様は寂しがっているだろうか。
「信頼を得る方法は自分で考えなさい。自分が主人であるという自覚があるのなら、おのずと機会は訪れるわ」
そう言って立ち上がる。
「さて、たまには妖夢を手伝う事にしましょうか。主人らしからぬ事をして喜ばせないと」
こんな事をいいだすと、妖夢は嫌がりつつも決して断りはしないだろう。
善くも悪くもそういう子である。
「ええ、今日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、それじゃ頑張ってね」
…
……
………
そろそろ夜明けも近い時分。
「すいません、あまり参考にならなかったみたいで……」
取材を全て終え猫屋敷への帰る途中、文がそう言った。
「ううん、文さんのせいじゃないよ」
悪いのは理解できなかった自分だ。そう思うとまた憂鬱になる。
溜息ひとつ。
「やっぱり私にはそういうの向いてないのかも……」
「ほ、ほら、幽々子さんも言ってたじゃないですか。機会はいつか訪れるって! 落ち込んじゃだめですよ」
「ありがとう……ってあれ? 」
夜空の向こう、猫屋敷の方、空がほんのりと赤くなっている。
「どうかしましたか……って、あれはまさか火事!? 」
文が言い終わより早く、橙は猫屋敷に向かって加速する。
猫達の無事だけを祈りスピードを上げる。
悪い予感は的中するもの。猫屋敷は盛大に炎上していた。
「みんな、大丈夫!? 」
庭が広くて幸いしたのか、あらかたの猫は避難していた。
「大丈夫ですか? 」
先に庭に降りていた橙の側に着地する。
橙はすぐ側にに居た猫から事情を聞いていたようだ。
「文さん、手を貸して! まだ中に猫が残ってるの!! 」
即座に状況を理解する。
「わかりました。私が風を起こして、火の勢いを弱めますからその間に猫を助けてあげてください! 」
こくり。橙が頷く。
「では、いきますよ! 物言えば、唇寒し、秋の風。……疾風『風神少女』!! 」
轟音と共に、吹きすさぶ疾風。
いつもは弾幕交じりだが、今は爆風のみ。
突風が屋敷を包み、勢いの弱い火は消えていく。
「今です! 」
庭の池の水をかぶっていた橙が、文の合図と同時に炎の中へ。
「 翔符『飛翔韋駄天』! 」
炎に巻かれないよう、スペルカードで加速して屋敷の中に飛び込む。
屋敷の中はいまだに炎が暴れ狂っていた。外からでは、文の風で火の勢いは衰えたように見えたが、風の届かない屋敷の中はいまだ燃え盛っているようだ。
微かに聞こえる猫の鳴き声を頼りに、屋敷内を駆ける。
座敷を3つ越えた先で1匹の猫が鳴いているのを見つけすぐさま駆け寄る。
「よかった……。無事だったんだね」
一匹の猫を抱えあげ、屋敷から脱出しようと試みる。
が、無情にも、轟音と共に崩れてきた天井が逃げ道を塞ぐ。
熱気が頬を叩き、火の粉が剥き出しの肌を掠める。
どこか火の手の回っていないところはないか?周りを見渡すが燃え盛る炎ばかり。
弾幕で壁を破壊しようと思いもしたが、下手に壊すと逆に屋敷の崩壊を早めるだけ。
「せっかく助けに来たのに……」
猫をきつく抱き締める。せめて、自分にもう少し力があれば……。
「橙さん!まだですか!? 」
屋敷の外では文が踏ん張っていた。
風を操るのにも妖力を消費する。そしてそれは操る風の強さに比例する。
橙が突入してそろそろ5分。
風で火の威力は弱めることもできるが、逆に火の勢いが増している所もある。
それに、炎で屋敷そのものの耐久力が減っている所に、あまり強い風をぶつけては屋敷が崩壊してしまう危険がある。
「水を使う術も……、学んでおけばっ……よかったですねぇ……っ」
自分の持つ最大のスペルカードで風を起こしているのだ。そろそろ妖力も限界に近い。
「くっ…… 橙さん! 」
限界かと思ったその時、
「あと1分持たせてくれ」
声と共に、文の横を疾風が通り過ぎていく。
「えっ……? 何……、今の? 」
天井がミシミシと嫌な音を建てている。今にでも崩れてきそうだ。
「こんなことで諦めたら、みんなに笑われるよね……! 」
意を決し、猫を抱いて立ち上がる。
一か八か、弾幕で壁を破壊し、天井が崩れてくるまでに外に脱出する。
使うスペルカードは二枚。『鳳凰卵』と『飛翔晴明』
橙の立てた方法はこう。『鳳凰卵』で壁を破壊し、『飛翔晴明』で加速、脱出する。
屋敷に突入する時に『飛翔韋駄天』を使ってしまったことが悔やまれる。が、今更悔やんでも仕方ない。
覚悟は決めた。
「いくよ……っ! 仙符『鳳凰卵』!! 」
二色の弾丸が燃え盛る炎と壁に穴を開ける。
「続いて、式符『飛翔……! 」
が、それよりも早く真上の天井が崩れてくる。
自分を潰そうと押し迫る瓦礫を前にして、咄嗟に猫に覆いかぶさる
「……っ!!」
振ってくる瓦礫の痛みを想像し、目を瞑り歯を食いしばる。
「式弾『アルティメットブディスト』!! 」
橙に降り注ぐはずの瓦礫が粉微塵に砕け散る。
「……え? 」
恐る恐る顔をあげるとそこには……。
「橙、大丈夫か? 」
「……藍様!! 」
「さ、こんなところすぐに脱出しよう。」
橙を片手で軽々と抱えあげる。
「え、……でも……」
不安げな橙。
「やれやれ、主人はもっと信用しなさい。それと……、しっかり捕まっていろ」
「え?」
「幻神『飯綱権現降臨』!! 」
発動と同時に、体が引っ張られる感触。
次の瞬間には屋敷の外にいた。
「ふ、ふえぇ……」
自らに飯綱を降臨させて、能力を飛躍的に高めるスペル。
八雲藍、必殺の一枚である。
直後、屋敷の屋根が轟音を立てて崩壊する。
あと少し遅れていれば、橙も藍も助からなかったろう。いや、藍はあの中からでも生還できる実力くらいはあるのだが。
「ふぅ……。すまないな、橙。火をつけた妖怪を追っていたら遅れてしまった」
「え、火をつけたって……。もしかして藍様、ずっと見てた?」
「すまないな……。使い魔を通してずっと見ていて、橙が困っているのも分かっていたんだが、頑張っているのを見ると口出しするのも躊躇われてな」
照れくさそうに、鼻の頭をかく。
「それよりも、だ。後ろを見てみなさい」
橙が後ろを振り向くと、
「あ……」
猫達が皆、橙に向かって頭を下げていた。
「どうして……?」
「おまえが自分の危険も省みず、仲間を助けにいったからだよ、橙」
頭に手を置いて優しく撫でてくれる。
「信頼というのはお互いがお互いを思いやることから始まるんだ。自分が主だからが皆を守るという自覚、守る為の力、それを守る信頼。これが 主と従者に必要なことなんだよ」
橙の腕の中で、助けた猫が橙に向かってやさしく一声鳴く。
「ふっ……ふ……ふぇぇぇん! 」
それで緊張の糸が切れたのか泣き出す橙。
が、悲しくて泣いているわけじゃない。嬉しくて泣いているのだ。やっと猫達と心が通じた喜びで。
「……で、そこの天狗にも世話になったな」
振り向いて、文に笑いかける。
「いえいえ、これでこちらもいい記事が書けそうなんで問題ないですよー」
「ふふ……、橙にもいい勉強になったろう。だが、今後は控えてもらおうか?」
「仕方ありませんねぇ、九尾の狐たる貴方を敵に回すつもりはありませんし。心持ち控える事にします」
煤だらけの顔で笑う。こんな気持ちのいい気分は久しぶり。
夜の幕がだんだん薄くなっている。そろそろ夜が明けそうだった。
後日。
全焼した前の屋敷の代わりに、小さめの屋敷に移った猫達。
そこで、いつもの通り橙の叫び声が響く。
「も~~~~~~っ! どうして言う事聞いてくれないの~~!」
今日も今日とて、マタタビを取ってくれば猫達に奪われる始末。しかも、服の下に隠しておいた自分の分まで持っていかれてしまった。
「ぐすん。やっと主って認められたと思ったのにー!!」
両手をあげて威嚇する。が、効果はない。
「あはは、今日もやってますねぇ~」
縁側に舞い降りる文。
「む~、どうしていつもいつも嫌なタイミングで来るかなぁ」
「偶然ですよ、偶然。それより、おかげでいい記事が書けましたんでお礼を言いに来たんですよ」
あれから一週間も経ったのに今更か、この天狗。
「ま、それはそれでいいんだけどね……」
「で、お礼に一緒にデートにでも行きませんか?マタタビが一杯生えてる所に案内しますよ?」
よりによってデートと来た。しかし、猫達に自分のマタタビを奪われてしまった橙にその誘惑は耐え難く。
「ま、そんなに言うなら行こうかな。マタタビ欲しいし。」
やれやれといった風情で立ち上がる。
「んふふ。それじゃ行きましょう。ちょっと遠いのでまた飛ばしていきますよ?」
「んえ~。それはもう勘弁してよ~」
文を追いかけ、縁側を出る際、猫達に声をかける。
「それじゃ、言ってくるね。」
猫達は、一斉に一声鳴いて主を送り出した。
文と橙も良いコンビ♪
猫屋敷計画、うまくいきそうですねぇ
この発言に驚愕したオレガイル。
そんな馬鹿な、てるよは主である前にニーtうわなにをするやめhsdfhふじこkぽあn
いいお話でした、しかし意外にいいコンビだなこの2人……。
最後の一分の余韻もいいです。優しい話っていいですねぇ
少し思うところはあるけれど、それはまた例の場所で語らいましょう。良作、お見事でした。
橙は良い経験でしたね。
コレからも色んな事を学んで往くでしょう~。
(゚∀゚) ニャー
頑張れ橙。