Coolier - 新生・東方創想話

hoffnungslos -erster Band-

2005/11/13 07:44:54
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※この先、ほんの少しばかり容赦のない世界が待ち構えています。
※それでも進みますか?  Yes  No



















Yesにされた方、是非とも最後までお付き合いくださいませ。


















 赤い絨毯、赤い壁紙。赤い炎が廊下を走る二人の影を映し出す。
 荒い呼吸、急ぐ足音。それらも今は地鳴りにも似た音にかき消されて聞こえない。
 インテリアとして置かれていたのであろう骨董品、調度品の類はどれも変わり果てた姿となって床一面に散らばっていた。

「っとと、危ないな」

 片や散乱している壷の破片を避けながら、どたどたという音が聞こえてきそうな走り方をしている、白と黒の衣装を身に纏った少女。

「早く抜けないと、いい加減もたないわよ? この館」

 片や倒れて転がっている甲冑をひらりと飛び越え、跳ねるような足取りで駆けていく、赤と白の巫女装束を纏った少女。

 二人がこの館に攻め入るようにやってきてから、まだそれほど時間は経っていなかった。
 それにも関わらず、悪魔の住む館と怖れられてきた紅魔館は、今正に崩壊の危機を迎えていた。

 ──ほんの数時間前、門番の妖怪をなぎ倒し、外からの見た目とは余りにも不釣合いなほどに空間を捻じ曲げられて広げられた図書館を突き進み、メイド長と名乗る者を退けて館の最深部まで辿り着いた。
 そしてその場にいたのは、齢五百を数える真の吸血鬼だった。
 桁違いの魔力、ありえない運動性、その少女のような外見からは想像する事すらできないであろう、決定的な実力の差。
 一人で挑んだのであれば、彼女らは間違いなくその吸血鬼に指一本触れる事なく殺されていたであろう。
 しかし、それも“もし”の話。
 今こうして次々と崩れていく館の中を二人で走り抜けている事こそが全ての真実であり、結果だった。

 そうしてどれほど走っただろうか、目の前には先ほど自分たちが通ってきた大広間へと繋ぐドアが見えてきていた。
 メイド長との決戦の場であった大広間。思い出すだけでも背筋が震え上がった。
 相手が人間だったという事もあったが、それ以上に時間を操るという特殊能力。闘いにくさだけであれば先ほどの吸血鬼以上だっただろう。
 結局、戦闘不能の状態には陥れたものの、殺してはいないのだからまた回復して待ち構えているかもしれない。
 そんな紅白の少女──霊夢──の胸中などお構いなしとでもいうように、白黒の少女──魔理沙──が勢いよくドアを開け放った。

 果たしてそこにはメイド長の姿はなく、今まで走り抜けてきた廊下と同じようにあちこちに瓦礫の山が出来ていて、今も見上げる程に高い天井から時折大人程もある大きな瓦礫が落ちてきていた。

「ここも危ないな……」
「こんな所に長居は無用よ。ほらさっさと走る」

 促す霊夢に「解ってるぜ」とぼやきながら魔理沙が続いていく。
 その時、館のどこかが崩落したのだろうか、遠くの方からドドドドド、という地鳴りのような音と共に大きな揺れがおきた。
 そして大広間も通り抜けてまた廊下へと繋がるドアの前に立ったところで、突然、本当に突然霊夢がその足を止めた。

「霊夢? どうした」

 既にドアを出た向こう側から、気付いた魔理沙が振り返って声をかける。
 だが霊夢は魔理沙に背を向けて大広間の反対側、今まで進んできた道を睨んだまま動かない。

「ここもじきに崩れるぜ。そんなとこで突っ立ってたら──」
「魔理沙」

 魔理沙が言い終わるよりも早く霊夢がその名を呼んだが、それでもまだ背を向けたまま振り返ろうとはしない。
 訝しげな顔をして戻る魔理沙だったが、瓦礫の上に立つ霊夢の顔を見た瞬間、それが冗談で済むような事ではないというのは一目瞭然だった。

「まだ……終わってないのか?」
「ねぇ魔理沙」
「作戦はどうする? と言っても、そんなものがあいつに通用するとは思えないがな」
「次の宴会はさ」
「? なんの話をしているんだ?」
「たまにはあんたが準備しなさいよ」
「霊夢?」

 魔理沙はその時の霊夢の顔を、この先永遠に忘れる事はないだろうと思った。
 自分を見つめる見慣れた友人のその顔は、笑って、悲しんで、怒って、泣いていた。

 そしてどこから取り出したのか、魔理沙の腹の上に添えられた霊夢の手の中にはお札が一枚。

「霊夢、なにを──!」
「……ごめんね」

 瞬間、体に電気が走ったかのようなの衝撃。フラッシュバックする視界の中で魔理沙が見たのは、やはり笑って、悲しんで、怒って、泣いている友人の顔だった。
 一瞬の浮遊感。体はドアの外まで吹き飛ばされ、受身らしい受身も取れずに背中を床に打ち付けた。
 その勢いのままにごろごろと廊下を転がっていったが、それでもすぐに起き上がると再び霊夢の元へ向かって駆け出していく。
 だが大広間まで後十数メートルというところで魔理沙の前方の廊下の天井が崩れ、爆音と共にその入り口は完全に封じられてしまった。

「おい……嘘だろ……」

 間一髪瓦礫の下敷きになる事はなかった魔理沙だったが、そんな事よりも今は中に一人残ってしまった霊夢の事が気にかかった。

「こんな瓦礫の山、全部ぶち抜いて──!」

 懐から愛用の小道具、ミニ八卦炉を取り出してそこに魔力を送り込む。
 それに反応したミニ八卦炉が光り輝いて、凝縮された力を一気に前方に向けて解放する……はずだったのだが、ミニ八卦炉はうんともすんとも言わず、沈黙を保ったままだった。
 それもそのはず、魔理沙には既に魔力などというものは雀の涙ほども残っていなかったのだから。
 戦闘に次ぐ戦闘、予想を遥かに上回る大技の連発のおかげで、今の魔理沙は見た目相応のただの少女でしかなかった。
 崩れ落ちる館の中をここまで飛ばずに走ってきたのも、飛ばなかったのではなく、飛べなかったのだ。

「霊夢、お前やっぱり解ってたのか……」

 ミニ八卦炉を落とし、力なく両膝をついて項垂れる魔理沙の前に立ちはだかる瓦礫の山。やがてその向こう側から連続して大きな揺れが伝わってきた。

「ちくしょう……なんで私はこんな所にいるんだよ。お願いだ霊夢、死ぬな……死なないでくれ……」





    ∽





 魔理沙を吹き飛ばした直後、廊下へと繋がる出口が崩れて塞がってしまった。
 果たして彼女は無事に向こう側に行けただろうか。
 心配する傍ら、小さく胸を刺すのは後悔だろうか。それとも罪の意識の現われなのだろうか。

 嫌な予感がしたのは大広間に入った時からだった。
 何かが迫ってくるような圧迫感に襲われて、正直後ろを振り向くのも怖かった。
 その直後の大きな振動、もう逃げられないと思ってしまったのが間違いだったのかもしれない。
 怖かった。
 最後の瞬間、笑いながら無数の瓦礫に飲まれていった吸血鬼の顔が頭から離れない。
 怖かった。
 今も実はすぐ後ろ、振り向けば捕まえられてしまいそうな程に迫っていて、私の首に手を当てて今か今かと待ち構えているような気がして。
 怖かった。
 どうしようもなく怖かった。

 それでも、立ち止まって振り向く事が出来たのは、隣を走る彼女がいたからこそ。
 ここに来るまでに幾度となく危ない場面を助けられ、最後の戦いで魔力など底をついてしまっただろうに、それを隠してなお笑顔を向けてくれる彼女がいたからこそ。

 魔理沙だけは死なすわけにはいかない。

 その気持ちだけで、怖かったものなんて全部全部消え去った。
 魔理沙を吹き飛ばしたのはやりすぎたかとも思ったが、あのくらいはやらないときっと彼女は戻ってきてしまうだろう。

「大丈夫よ……まだ死に対してそれほど期待はしてないわ」

 瓦礫の向こう、恐らく何もできない事に項垂れているであろう友人の姿を想いながら、霊夢は再び大広間の先を睨み据えた。

「そろそろ姿、見せてもいいんじゃない? 吸血鬼のお嬢さん」
「あら、一緒に逃げなくてよかったのかしら?」
「あんたみたいなのが後ろから迫ってきてたら、安心して背中も向けてられないわ」

 いつの間にそこにいたのか、視線の先、積み重なった瓦礫の影から姿を現した吸血鬼の少女に向かって霊夢は嘯いた。
 いざ面と向かったところで余裕ぶってみせてはいるが、声は震えを隠し切れず、背中には冷たい汗が滝のように流れている。
 先ほどの戦闘のダメージなどまるで最初からなかったかのように綺麗な姿のまま現れた少女に、自分がこれから辿るであろう未来を考えて霊夢はごくりと喉を鳴らした。
 懐、袖の中、体中に隠し持ったお札の残数を確認するまでもなく、それらはあまりにも心許ないものだった。
 その間にも吸血鬼の少女はゆっくりと霊夢に歩み寄ってくる。

「そういえばまだ自己紹介をしていなかったね。私はレミリア。この紅魔館の当主、レミリア・スカーレットよ」
「ご丁寧にどうも。私は──」
「あぁ、別に言わなくてもいいよ。博麗霊夢さん」

 ぎりっと奥歯を噛み締める。ただ立っているだけだというのに呼吸は乱れ、心臓は荒々しく脈を打った。
 落ち着け霊夢。相手は一人、ただの一人だけじゃないか。それにさっきは二人がかりとはいえ、間違いなく一度は倒した相手。
 パターンは全部解っている。何を怖がる必要がある? 何を恐れる必要がある?
 何もない。そう、何もない、何もないはずなんだ。
 そう自分に言い聞かせても、固まった足は脳がどれだけ命令してもそれを受け取ってはくれず、握った手の中ではお札がくしゃくしゃになっていた。

「怖いの? でもまぁ、仕方がないよね。私とお前じゃあ力の差がありすぎるもの。それを弁えてるだけでもお前は偉いよ」
「……減らず口を」
「そういえば、お前は博麗の者なのよね? お前の血を飲んだら、ひょっとして私もその力を使えるようになったりするのかしら」

 レミリアが口元に手を当ててくすくすと笑う。その姿が先の戦闘の最後、瓦礫に飲み込まれていった姿とだぶって見えて、再度霊夢の背中を震え上げさせた。
 自分は間違いなくここで死ぬだろう。最早それは覆す事のできない事実。今の手持ちでは、どう足掻いても目の前の少女に力及ばない事は明白だった。
 でも、と霊夢は思った。

「私が死んで、魔理沙が泣いて……そんなのは絶対に嫌よね」

 いつでも笑顔を向けてくれた大切な友人の姿を思い出す。手の中でくしゃくしゃになったお札に力を込めて、人差し指と中指で挟んでぴんと立てた。
 私はここで死ぬだろう。だけど、私はここから生きて帰る。
 運命が私を殺しても、いるかいないか解らないような神様が私の事を見放しても、私は全てを覆してここから生きて出よう。
 もう一度、彼女の笑顔を見るために。

「ふぅん、中々良い目をするじゃない。恐怖を乗り越えた? でもそれだけじゃまだまだ足りないよ」

 背中から伸びる一対の羽をばさあっと大きく広げて、それと一緒に両手を広げる。
 そのまま少し浮き上がり、この場の雰囲気を感じ取るように目を瞑って一呼吸。
 息を吸い込むその音も、未だ荒々しく脈打つ鼓動も、崩壊を続けている館のどこかで瓦礫が落ちる音も、その瞬間、全てが聞こえなくなった。

 そして──レミリアがかッとその目を開くと同時に霊夢が手にしたお札を放ち、なおも御幣を逆手に構えて床を蹴った。
 放ったお札がレミリアの弾に相殺されて宙で燃え上がる。一瞬で灰となったその場所で次の瞬間、がきん! という音を立てて、繰り出されたレミリアの貫手を御幣で受け止める霊夢の姿があった。
 力の押し合いになれば一方的にレミリアが有利。徐々に押される霊夢だったが、レミリアの爪が眼前まで来たところで薄く笑うと、左手にお札を一枚。
 それに気付いたレミリアが頭を引くよりも早く、お札がその額に張り付いて小爆発を起こした。
 爆発の勢いそのままに吹き飛ばされたレミリアだったが、空中で姿勢を立て直して難なく床に両足をつけた。

「驚いた。そんな事もできるのね」

 焦げ痕のついた額を擦るレミリアに対し、霊夢は次なる一手で応えた。
 力を込められ、鋭利な刃となって飛んでいくお札は一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚……と次々に分かれ、弾幕となってレミリアを襲った。
 一方のレミリアも、頭上に掲げた右手に力を集中、一気に振り下ろす。
 放たれたのは眩く輝く光の弾。それは宙を切り、風を裂き、散らばる瓦礫を巻き上げて霊夢へと猛進した。
 二人の間で、無数のお札と光の弾が交差していく。その悉くが互いに相殺しあい、小さな炎を上げて薄闇に染まった室内を明るく照らす。
 狐火のように揺らめく炎の間を抜けてきた光の弾が霊夢に飛来する。それが到達するよりも早く、霊夢は横っ飛びにかわし、床に転がった。

「隙だらけよ!」

 だが起き上がる間もなく、転がる霊夢目掛けて今度はレミリア自身が滑るように飛んできた。
 霊夢は片膝をついた体勢のまま身を反らせた。その眼前をレミリアの足先が空間ごと切り裂くように過ぎ去り、一泊おいて霊夢の前髪を風が揺らした。
 空中で蹴りを放った勢いで一瞬背中を見せたレミリアだったが、そのまま回転するに任せるように、振り向きざまに左手の爪を立てて横薙ぎに払った。
 それを床に背をつけてやり過ごすと同時にレミリアの腹を蹴り飛ばし、霊夢自身も後転して床を蹴って後ろへと跳ねる。
 そうして両者の間には再び最初と同じ間合いがとられた。

「私のスピードについてくるなんて、お前本当に人間なの?」
「……おかげさまで、十数年ほど人間をさせてもらっているわ」

 たった一度の攻防であったが、向き合う二人の様子はまるで正反対だった。
 少し意外そうな顔をしながらも余裕の笑みを浮かべるレミリアに対し、既に肩で息をしている霊夢。
 正直、自分でもここまで対抗できるとは思っていなかった。
 一瞬の攻防の中、霊夢は己の勘のみを頼りに全ての攻撃を避けていたにすぎない。
 自分へ向けられた攻撃のどれもが、後一刹那反応が遅れていれば致命傷……。いや、即死に繋がっただろう。

「やっぱり、小手先の技だけで倒せるような相手じゃないわよね」

 ともなれば、やはり大技で一気に叩くしかないだろう。
 だがどうやって?
 目で追うのがやっとというスピードで動いているレミリアを相手にしては、いくら霊符を追尾させたところできっと振り切られてしまうだろう。
 下手をすれば、お札ごと撃ち落とされかねない。
 せめてあの足を止める事ができれば……。

「……そうよ、まだあれが残ってるじゃない」

 微かに覗いた勝利の光に再び構えをとった霊夢だったが、既にその目の前にレミリアの姿はなかった。

「──右っ!?」
「余所見してる場合なの!」

 右へと体を向けると同時に引いた霊夢の右袖から零れるようにお札が空中にばら撒かれた。
 その内の一枚を掴んで一気に引っ張ると、一見ばらばらだったそれらは引かれるようにぴんと伸び、一枚の壁となってレミリアの前に立ち塞がった。

「無駄ァッ!」

 レミリアが放っていた光弾は間一髪、その壁に阻まれたが、しかし数多のお札が幾重にも重なった壁も続くレミリアの爪により引き裂かれていく。
 口の端を吊り上げるように笑いその向こう側へと顔を見せたレミリアだったが、そこに求める姿はなかった。

「余所見してるのはどっちかしらね」
「──いつの間に!?」

 背後からの声にレミリアが振り向いた時には、既にその眼前にまで霊夢の振り下ろした御幣が到達していた。
 ただの木の棒と侮ることなかれ。常日頃から霊夢の霊力を一身に浴び続けてきた代物。本気で振れば妖怪の類であれば真っ二つだろう。
 いくらレミリアといえど、こればかりは無傷ではすまない。
 渾身の力を込めて振り下ろされた御幣は、確かにレミリアを切り裂いた。

「やって……ないわよね」

 霊夢の手にはいつまでたっても確かな手応えが伝わってこなかったし、霊夢自信もそれほど期待はしていなかった。
 しかし、飛び上がった姿勢からの一撃だった為に、着地に一瞬の隙が生まれた。
 それを見越していたのか、目の前で真っ二つに裂かれたレミリアがぼん! と爆発したかと思うとそれと同時に霊夢の左側から傷一つないレミリアが現れ、一瞬反応の遅れた霊夢は放たれた蹴りをまともに受けてしまった。

「きゃあぁぁッ!」

 まるで自分自身が弾丸になって発射されたかのような勢いで吹き飛ばされた霊夢は、そのまま受身を取る事も叶わず、床に刺さった大きな一枚の瓦礫にその身を打ち付けた。
 激しい衝撃に一瞬目の前が真っ暗になったが、続いて床に倒れこんだ衝撃ですぐに目を覚ます。

「お前……どうやって私の後ろに回り込んだの?」

 力なく垂れる左腕を右手で抱きながら、それでも今の一撃が相当のダメージになっていたのか、瓦礫にもたれかかるようになんとか立ち上がった霊夢に向かって、最初の時と同じようにレミリアがゆっくりと歩み寄っていく。
 だが、その顔にはこの戦いが始まってから初めて笑み以外の表情が張り付いていた。

「別に、普通に移動しただけよ……」

 先の衝撃で唇を切ったのか、口の端をじんわりと紅に染めながらもしてやったりといったふうに笑う霊夢の元まで来たレミリアは、その顔をますます怒りに染め上げていた。
 膝を曲げてもたれかかっているとはいえ自分よりも幾分背の高い霊夢の胸倉を掴むと、力任せに自分の方へと近づけた。

「嘘は寿命を縮めるよ?」
「だから……なにもしてないってば。私があんたよりも一枚上手だった、それだけよ」
「──このッ!」

 掴んだ胸倉を、そのまま横に薙ぎ払う。
 またしても吹き飛ばされた霊夢だったが、抵抗する力も残っていないのか、為すがままに床の上を転がっていった。

「見えなかったのよ! この私が! たかが人間の動きを!」

 腕を広げ、芝居がかった口調で叫ぶレミリアだったが、その怒りは本物だった。
 彼女にとって、人間とは餌であり、そこら辺の雑魚妖怪や何もできない動物たちと変わりはなかった。
 なのに、目の前の人間はこれだけ力の差を見せ付けてもいまだに笑みを浮かべ、更には自分が把握できないような事をやってのけていた。
 人間なんて、ただの下等生物だ。
 だが、今まさにその見下していた人間が自分に牙を向けているのだ。
 そう思うと、レミリアの中には唐突に笑いがこみ上げてきた。

「はは、ふふ……ふふはははは! そう、そうよね。どうでもいいのよ、そんな事は。どの道お前はここで死ぬんだもの。これから死ぬやつが何をしようが、そんな事は関係ないわ」

 天を仰ぎ、顔に手を当てて一頻り笑うと、再びその目を憐れな人間へと移した。
 しかし、その先に見えたのは先ほどまでの勢いとは打って変わって、自分に背を向け片足を引きずりながら逃げていく霊夢の姿だった。

「あは、なぁに? 今頃になって怖気づいたの? 少しは期待していたのだけれど、お前も所詮は人間だったって事なのね」

 だが霊夢は答えず、動かすたびに激痛の走る体に鞭打って、なんとかレミリアから距離を取ろうと這うように歩いていく。
 今の自分がどれほど惨めな姿を晒しているのかなんて、よく解っている。
 それでも、レミリアが油断しきっている今をおいて他に勝機がないという事も、またよく解っていた。
 そんな霊夢を追い立てるように、後ろからレミリアがわざと足音を立て、声を上げて、ゆっくりと近づいてくる。

「ほらほら、早くお逃げなさいな、可愛い子羊さん。後ろから怖い怖い狼が追いかけてきてるわよ」

 その音は一歩一歩、確実に近づいてきていたが、霊夢は振り向かない。
 まるで初めからどこに行けばいいのかが解っているかのように、真っ直ぐに最後のポイントへ向かって這っていく。
 問題はどうやってレミリアを誘い込むか。
 だが、後少しというところで、後ろから聞こえていた足音は唐突にその方向を変え、霊夢から離れていった。

「あらあら? 子羊さん、これは何かしら?」

 そこで、初めて霊夢はレミリアへと振り返った。
 積み重なる瓦礫の上に立ったレミリア。顔の前でひらひらと揺らす手の中には一枚のお札があった。

「さっきからずっと何かやっていたみたいだけど、私が気付かないとでも思ったの? これは……退魔の札ってとこかしら? まさか結界でも敷いて私を封じるつもりだったりしたの?」

 振り向いた姿勢のまま、霊夢が奥歯を噛み締めた。
 ──バレていた。
 あからさまに仕掛けていても、レミリアが大人しくその内に入ってくれるとは限らない。
 だからこれほどのダメージを覚悟してまでわざと吹き飛ばされ、結界を敷くのに必要な四隅の符を配置していたというのに。
 そんな霊夢の顔を見たレミリアが、にいぃぃっと口の端を吊り上げて笑う。
 こうなっては仕方がないと、大きく息を吐いて向き直った霊夢だったが、そこでレミリアに向けたのは……またしても笑みだった。

「残念ね……そのお札、五枚目─フェイク─よ」
「なに……?」

 レミリアの掴んでいたお札が燃え上がる。伝わる熱に咄嗟に腕を引くと、お札はそのまま宙で灰となって崩れた。

「陣は既に完成している。あんたは自らその中に入ってきてくれたのよ!」

 霊夢が突き出した右手を握ると同時に、瓦礫の影に隠れたお札からお札へと結ぶ線が伸び、やがてそこに四角形の空間が作り上げられる。
 自分を囲っていくそれらを見て舌打ちしたレミリアが、対抗すべく両手を合わせた……が、その力が解放される事はなかった。
 お札同士が結ばれた瞬間、その形のままに霊気の壁が床から天井まで伸びていく。

「ぐ……が…!」

 それが天井まで届くと同時に、ぎりぎりと音がしそうなほどに歯を食いしばり、忌々しげに霊夢を睨むレミリアの動きが止まった。
 その小さな体は自分を押さえつけようとする力に対抗して震えていたが、それも結界──霊夢の側に利があったのか、ばちぃ! という激しい音と共に両腕が自分の体を抱くようにその身に貼り付けられた。

「が……あぁぁぁぁッ!」
「無駄よ。退魔の符で敷かれた全ての魔を封ずる陣。あんたもその例外ではないわ」
「これしきの結界で……この私が捕らえられるとでも!」

 完璧に捕らえたはずの結界の中でレミリアが足掻き、もがいている。
 見えない縄に縛られているように締め上げられていた両手を無理矢理に上げようとする度に、ぎちぎちと結界内の空間が軋み、同時にレミリアの両腕のあちこちから血が飛沫となって吹き出た。
 霊夢は信じられないものを見ているといった様子だったが、それでも破られる訳にはいかないと、結界を最終段階に持ち込むために握る拳に更に力を込める。
 だが、すでに残りの霊力もほとんどない現状では、今の状態を維持するだけでも精一杯だった。

「これを破られたら、それこそどうしろっていうのよ……!」

 しかし、霊夢がもう限界だと思ったその時、微かに床が揺れ、どこからか地鳴りのような音が聞こえてきた。
 またどこかが崩落したのだろうかとも思ったが、それにしては揺れと音の聞こえ方がおかしい。
 これはまるで何か巨大なものが大地を揺らして近づいてきているような──。

 レミリアも同じ事を思っていた。
 何かが来る。そういった漠然としたものでしかなかったが、それが自分に仇なすものだという事は嫌というほどに感じ取っていた。
 早くこの結界をどうにかしなければと思いながらも、予想以上の力に中々思い通りに力を使う事ができず、ただもがく事しかできないでいた。

 そして“それ”は爆音と共に大広間の一角の壁を貫いてやって来た。

 巨大な、いや、巨大すぎる光の塊。
 留まるところを知らない土石流のように目の前にある全てをなぎ払い、迫ってくる“それ”を霊夢は知っていた。
 彼女の十八番。全てを塵に返す、威力だけならば最大最強であろう、魔砲・マスタースパーク。
 既に魔力の尽きていた彼女がどうやってこれを放ったのかは解らない。
 だが、光の奔流は霊夢の前、大広間の中央で結界の中に縛り上げられ、その顔を驚愕の色に染めたレミリアを確かに飲み込んで、そのまま反対側の壁を突き崩して霧散した。

 後に残ったのは、今までの出来事がまるで嘘だったかのような静寂。
 へなへなとへたり込んだ霊夢が魔砲の過ぎ去った先を眺めていると、反対側からかつんかつんと固い床を踏みしめる音が聞こえてきた。

「間一髪ってところだな」
「……遅いわよ」

 見て確かめるまでもなく、現れたのは魔理沙だった。
 先ほどまでの悲愴感もどこへやら、いつもの箒を肩に担いでにぃっと笑う姿に霊夢も安堵の息を吐いた。
 正直こんな展開になるとは思ってもいなかったが、今回ばかりは本当に危ないところだったのだから、力が抜けるのも無理はない。

「またあんたに助けられたのね……」
「これで貸し借りは無しだ。よって、今度の宴会の準備もお前が担当だぜ」

 からからと笑う魔理沙を眺めながら、霊夢は座り込んだままもう一度大きく息を吐いた。
 全てが終わったのだ。これで後は家に帰ってひとまず寝て、明日になったら魔理沙の言うとおり宴会の準備でもしようじゃないか。
 ようやく戻ってきた日常に安堵の色を隠せない霊夢だったが、その刹那、突如として感じ取った何かに慌てて顔を上げた。

 なんだ? この嫌な感じ、どこから来ている? そう、これは……最初に大広間に入った時に感じたのと同じ。
 ありえない。レミリアは確かに魔理沙の魔砲に飲み込まれて塵と消えたはず。今この場に存在しているはずがないんだ。
 それなのに、この纏わりつくような感じはなんなの?

 慌しく周りを見渡す霊夢を他所に、魔理沙は魔砲を放った先、崩れ落ちた瓦礫の山へと近づいていっていた。

「しかしまぁ、吸血鬼ってのも末恐ろしいもんだな。流石に今回ばかりは肝を冷やされたぜ」
「──! 魔理沙! それに近づいちゃ駄目!」
「え……?」

 霊夢の伸ばした腕が、振り向く魔理沙が、その場の時間の流れの全てが緩やかになって見えた。
 振り向いた魔理沙の背後の瓦礫の中から一本の腕が飛び出してきたその瞬間ですら、まるでコマ送りの映像を見ているかのように、ゆっくりと、だが確実に、その細腕は魔理沙の体を貫いた。

「なに……を…? ──がふッ!」

「魔理沙あああああぁぁぁぁぁぁぁッ!」

魔理沙、絶体絶命!?
不死身の吸血鬼を前に、霊夢は再び立ち上がる事ができるのか!

次回、hoffnungslos -letzter Teil-

「さよならだ、霊夢」

──愛ゆえに人は苦しまねばならない!



そんなのらしいです。
二週目TrueLastBossってな具合に、その辺のBGM聞きながらだといい感じになるかと。

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http://www5b.biglobe.ne.jp/~cck/
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コメント



0.1140簡易評価
1.無評価おやつ削除
続きを……ただひたすらにその先をっをおをををおww…………
5.無評価七死削除
王道。
東方シリーズが、もし別人の手でつくられていたのなら、こう言う展開になったのかも。

つくり込み、展開、何もかもが期待通りで期待をさらにその先に膨らませてくれます!
こっちも続きを待ってます~!!
10.40名前が無い程度の能力削除
なにこの週刊東方ジャンプw
15.100Izumi削除
王道は最強ゆえに王道である。
純粋に燃えた……!!
21.90名前が無い程度の能力削除
おお、漫画できるね
22.70床間たろひ削除
あー後編来るまで読むんじゃなかった!
無理を承知で続きをっ! 早く続きをっ!!
24.無評価月影 夜葬削除
後編来てから前半分も得点入れます故フリーレスにさせてもらいます。

続きが気になる、気になる。