Coolier - 新生・東方創想話

嘘吐きふたり

2005/11/12 11:42:20
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   これはまだ私が幼かったころの話。
   これはまだ私の嘘が幼かったころの話。

   今よりずっと空が高くて、だけど今よりずっと月が近くにあったころの話。
   むかしむかしに結ばれた、指切りみたいに小さな約束の話。
   笑ってしまうほど薄っぺらな、兎と薬師の化かしあいの話。

   これはまだ私が幼かったころの話。
   これはまだ私の嘘が幼かったころの話。

   今からずっと昔に、私はひらがなばかりの嘘をついた。










 『嘘吐きふたり』










   空にはたかく、かけた月。
   丸くゆがんだ、かけた月。
   きれいだな、とそう思う。



   ―――とおくからの声がきこえる。



   月になかまがいることはずっとむかしからしっていた。
   声がきこえていたんだから、あたりまえだ。
   ながい耳はそのためにあることだって、ずっとむかしからしっていた。

   だから、永琳に言われなくてもしっていた。
   『兎は淋しいと死んでしまうと言うわ』
   そのことだって、ずっとむかしからしっていた。



   ―――とおくからの声がきこえる。



   わたしは永琳の話を思い出す。
   『だから、兎のあなたは月の晩に私の所へおいでなさい。
   そうすれば私はあなたに何か話をしてあげましょう』
   永琳はそう言って、めずらしくわたしをなでた。
   こどもあつかいして、わたしをなでた。

   かけ出した。
   きょうも、話をききにいこうと思った。



   ―――とおくからの声がきこえる。



   わたしは淋しくて死んでしまったりはしない。
   月のよるにはなかまたちの声がきこえるから、さびしくない。
   だから、わたしは兎だけど、さみしくて死んでしまったりはしない。
   だけど永琳はちがう。
   永琳には耳がないから、この声はきこえない。

   だから、わたしはかけ出した。
   永琳はひとりでさみしいだろうから、わたしが話をききにいこうと思った。














   いつものところに永琳がいた。
   いつもの『まっくらなおやしきのえんがわ』にすわって、まっていた。
   わたしは、そのよこにこしかける。



   「ようこそ、永遠亭へ」
   「わたしはいつも、ここにいるよ」



   それはもう何回もしたあいさつだ。
   わたしは永琳を見て、永琳はわたしを見る。

   にらめっこみたいな時間がおわると、永琳は話をはじめた。
   いつもとおなじ月の姫さまの話だったけど、だまってきく。
   ここでなにか言うと永琳はだまってききなさいとわたしをはたく。
   それにわたしは『とらわれの身』であるらしいから、ここはがまんしておこう。



   「むかしむかし、月にそれは美しい姫君が生まれました―――」



   いつもとおなじで、ながい話。
   ひどいわるさをして月をおいだされた姫さまは、地上でくらすことになって―――
   それからいろいろあって。
   ながいながい時間がすぎて。
   だけど、やがてむかえが来て姫さまは月にかえることになる。
   ―――でもひめさまは月にはかえりたくなくて。

   そんな、とてもながくてたいくつなお話。



   「姫さまは逃げようとしました。姫さまを哀れに思った従者を一人だけ連れて、
   もう誰の手も届かない場所へ逃げようとしました」



   ただそれだけの、とてもとてもながい話。
   もうなんどもきいたたいくつな話をわたしはだまってきいていた。
   『月の姫さまと従者』の―――輝夜と永琳の話を、きいていた。



   さいしょは、どうしてわたしにこんな話をするんだろうと思った。

   つぎは、もう知ってるって言ってはたかれた。
   まえとおなじ話だった。

   つぎのつぎは、つまらないかおをしていてはたかれた。
   やっぱりおなじ話だった。

   つぎのつぎのつぎは、はたかれるのがいやで話をききにいかなかった。



   ―――その日はずっと竹やぶにかくれていて、だけどあとからこっそり見にいった。
   永琳はいつものところで、ひとりで、月を見ていた。
   なんだかすごくさみしそうなかおをしていた。

   そのあとけっきょく見つかって、いつものところにすわらせられた。
   けっきょく見つかったそのあと、いつものように話を聞かされた。

   その日もやっぱり同じ話だった。
   だけどその日、話のあとで永琳はわたしにきいてきた。



   「―――てゐ、姫はそれからどうなったと思う?」



   わからない、と答えた。



   「―――てゐ、姫は幸せだったと思う?」



   わからない、と答えた。



   永琳は、そうね、とうなづいてそれきりだまってしまった。
   きっと『わからない』のはまちがっていたからだと思う。
   だけど、はたかれたりはしなかった。
   わたしがまちがえたのにはたかれなかったのは、それがはじめてだった。
   はたかれずにすむのはうれしいはずなのに、うれしくなかった。

   ―――だからきょうは、こたえをもってきた。
   たまには永琳をよろこばせようと、嘘のことばをもってきた。



   「むかしむかし、月にそれは美しい姫君が生まれました―――」



   そうして、いつもの話がはじまった。
   いつもどおり、ひどいわるさをして月をおいだされた姫さまは、地上でくらすことになる。
   いつもどおり、それからいろいろあって。
   いつもどおり、ながいながい時間がすぎて。
   いつもどおり、やがてむかえが来て姫さまは月にかえることになる。でも。
   いつもどおり、ひめさまは月にはかえりたくなくなって。
   そうして、いつもの話がつづいていく。



   「姫さまは逃げようとしました。姫さまを哀れに思った従者を一人だけ連れて、
   もう誰の手も届かない場所へ逃げようとしました」



   いつものところで話がおわると、永琳はわたしのかおを見た。
   やっぱりさみしそうなかおをしていた。
   そのかおのまま、永琳がすうっといきをすいこんだ。
   きのうとおなじことをきいてくる、と思った。
   だからわたしは嘘をつこうとした。



   「―――姫君と従者は逃げました。月からの迎えを皆殺しにして逃げました」



   びっくりした。
   この日は、つづきがあった。



   「蓬莱の罪を負い、許され、しかしてまた罪を負い、逃げました。
   罪人ゆえの永遠を糧に、あてもなくただ逃げました―――」



   いつもとちがう、まるでいいきかせるみたいな話しかただった。
   それでも、わたしは永琳が同じことをきいてくるのをじっとまつ。
   よういしてきたことばを、なんども口の中でころがした。
   おとなしくまった。
   永琳がきいてくるのをじっと、じっと。

   『ひめさまはどこまでもにげて、しあわせになった』

   そう言おうとして、嘘をつこうとして、わたしはじっとまっていた。



   「姫さまと従者は、今も逃げ続けているのでしょう。
   今宵も月を見上げ、叢雲が永劫に月を隠す様を望むのでしょう―――」



   ―――いつもよりながい話がおわって、すこしだけほっとする。
   よくはわからなかったけどこれはたぶんかなしい話。
   だから、おわってすこしほっとした。

   でも話は終わっても、永琳はきいてこなかった。
   やっぱりさびしそうなかおでわたしをずっと見ていた。
   そのうちにわたしはとてもまちきれなくなって、じぶんからきいた。



   「―――どうしてきょうは、なにもきいてこないの?」
   「あなたはきっと、嘘をつくでしょうから」



   それこそ、嘘だった。
   永琳はわたしに嘘をついてほしくて、ずっと話をしていたんだから。
   だから、わたしはおもいっきり嘘をつく。



   「『ひめさまはどこまでもにげて、しあわせになった』と思うよ」
   「嘘ね」
   「うん、嘘だよ」



   いたずらじゃなく、おもいっきりの嘘をつく。



   「嘘だけど、ひめさまはどこまでもにげてしあわせになった」
   「―――本当に?」
   「うん。嘘だけど、本当に」



   ―――わたしがそう言うと、またにらめっこになった。



   けどこんどはわたしのかちだ。
   永琳が、わらった。



   「どうしようもないくらいに嘘吐きね、あなた」



   そう言って、永琳はわらっていた。
   わたしの耳とあたまとをなでて、ずっとわらっていた。
   らんぼうななでかただったけど、すごくきもちがよかった。
   だから、わたしもうれしくてわらった。



   「―――てゐ、あなたを捕まえておいて良かったと思うわ」
   「わたしはいつも―――ずっとむかしからここにいるよ」
   「そうやって、ずっと嘘ばかり言っているのね」
   「うん、むかしからそうだよ」



   ―――さいごに、やさしく耳をなでられた。



   「これからも月の晩には私のところへおいでなさい。
   また話をしてあげるし、ちゃんとあなたの嘘にも付き合うから」
   「うん。また、来るよ」



   永琳の手からにげて、にわにとびおりた。
   そのままかけ出す。
   とちゅうで一回だけふりむいて、おやすみと合図した。

   そうして、きょうもおなじ話がおわる。
   あしたになれば、また。
















   ―――とおくからの声がきこえる。



   わたしは永琳の話を思い出す。

   『これからも月の晩には私の所へおいでなさい。
   また話をしてあげるし、ちゃんとあなたの嘘にも付き合うから』

   永琳はそう言ってわたしをなでた。
   本当にこどもあつかいして、わたしをなでた。
   わたしの耳をやさしくなでた。



   ―――とおくからの声がきこえる。



   かけ出した。
   あしたも、話をききにいこうと思った。
   永琳はひとりで淋しいだろうから、わたしが話をききにいこうと思った。
   つぎも、そのつぎも、そのまたつぎも、ばればれの嘘を用意していこうと思った。

   淋しくなんてないわたしの耳に、とおくからの声がきこえる。
   だけどわたしはきこえないふりをして、きっとあしたも話をききにいく。



   ―――とおくからの声がきこえる。




   空にはたかく、かけた月。
   丸くゆがんだ、かけた月。
   きれいだな、とそう思う。


















   これはまだ私が幼かったころの話。
   これはまだ私の嘘が幼かったころの話。

   今よりずっと空が高くて、だけど今よりずっと月が近くにあったころの話。
   むかしむかしに結ばれた、指切りみたいに小さな約束の話。
   笑ってしまうほど薄っぺらな、兎と薬師の化かしあいの話。

   お月様の下で、私と永琳はとても退屈な約束をした。
   お月様の下で、私と永琳は嘘をついて笑ってた。

   全部嘘だったけど、笑ってた。











 『嘘吐きふたり・了』

 想創話では初投稿になります、二俣です。

 短い作ですが、ふんわりした空気を感じてもらえれば本懐です。
 ゆったりしたピアノ曲などをBGMにさらっと読んでいただければこれ幸い。


 てゐと永琳は、永琳とうどんげとはまた違った関係であると思うのですよ。
 あとてゐは根はいい子です絶対。間違いなく。嘘ですが。
二俣
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コメント



0.2090簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
ゆったりとしたこの雰囲気、いいと思います。
こんな風に書かれても、どこか様になっているてゐが
不思議な感じです。
5.90名前が無い程度の能力削除
作品を読みながら、ふんわりしてるな~って感じてました。
あとがき見て少しびっくり。
しっかり伝わりましたよ~^^
10.80七死削除
一流の嘘つきが唯一素直になれるのは、一流の嘘つきの前でだけ。
なぜなら彼女もまた一流の嘘つきだから、嘘つきがこぼしてしまった本当も、やさしい嘘で包まずにはいられないから・・・・・・。

永琳とてゐは仲良しであって欲しいと思います。
それが全部嘘でも、それも彼女達が望む事なのだから。

つきなみだけど、ベートーベンの月光をこの物語と共に楽しみたい。
18.70おやつ削除
やさしい嘘にやさしい嘘を重ねて、
こんなにも綺麗なてゐと師匠を生み出されるとは……
いいです……すごく……
19.90銀の夢削除
なんて素敵な嘘つきのお話。
でもね、幸せな嘘だったら、きっと、ついてもいいんだと思う……

本当に一流の嘘つきとはおおよそ――その嘘で、みんなを幸せにしてこそ……なんだ、てゐはとうの昔に、一流の嘘つきでしたか。
22.90名前が無い程度の能力削除
あまりにも拙く、
あまりにも脆く、
あまりにも優しい、
誰も傷つけない白い嘘。
25.80Mya削除
 なんて素敵な会話なんでしょう……。
 とつとつと語られる独り言のようなお話が、とても切なく身に染みました。
 永琳にとって優曇華は不肖で無二たる弟子で、優曇華にとっててゐは憎らしくも代え難い仲間で、てゐにとって優曇華はからかい甲斐のある貴重な隣人で、鈴仙にとって永琳は信頼できる絶対の師で。
 てゐにとって永琳にとって、お互いは起き抜けの布団のような、ぽかぽかした親友なんでしょう。
 素敵な物語でした。
27.70床間たろひ削除
とても、とても綺麗な―――嘘。

永琳がとても穏やかで、てゐはやっぱりてゐで……

本当に、本当に綺麗なお話でした。
30.90点線削除
透明感のある文体ですね。好みです。
35.70名前が無い程度の能力削除
なんて素敵な二人。なんて綺麗な嘘。
飛び切りの嘘つきになるためには、飛び切りの頭の良さと優しさがいるんだな、なんて思った。