作品集21「ふしぎなフランちゃん 第一話?」の続きです。一応先にそちらの方をお読みください
第一話のあらすじ:「フランドールは禁忌に手を染め、自身の幼女幻想を破壊してしまったんだよ!」「なんだってー!?」
「さ~てと、まずは誰から試そうかな~」
たまらなく愉快な気分に浸りながら、大人化したフランドールは何処までも続く紅いカーペットの廊下を大股に歩いていた。楽しげなにやけ顔が図書館を後にしてからずっと張り付いているため、時折すれ違う紅魔館就労者達の中には不審な目を向ける者もいた。
もっとも彼女がフランドールであるということは今の姿から分かるものは誰もいないだろう。紅魔館就労者はすべからず普段の幼いフランドールの姿をはっきりと記憶しているため、今の大人フランと本来の幼女フランを関連づけることは不可能といえるだろう。かろうじて特徴的な虹色の羽だけはそのままだが、注意深くなければそこからフランドールを連想することもないだろう。それよりもまず妙にご機嫌なにやけ顔とそれにミスマッチな抜群の容姿に目がいくはずだ。
そもそも、今のフランドールにとっては自分の正体を見抜かれるか見抜かれないかなど大した問題ではない。今彼女が何より楽しみにしているのは、手にしているスーパー劇薬「パチュパチュパB&S」を誰に、どのように試すかということである。フランドールは人間のような単純な器官ではないものによる思考回路をフル回転させ、自分の周囲や知人に対してどんな風に使えば愉快なことになるか、それを想像するだけで愉悦に浸った状態である。
「さくや~、どこ~」
「――?」
そこに、聞き覚えのあるどころではないふわんふわんな声が聞こえた。
(――この声はっ!)
フランドールは妄想を中断して正面を見直すと、丁度曲がり角の影からその声の主が姿を現した。
ひょこ。
「さくや~」
よてよて。
よてよて。
端から見て非常に危なっかしい足取りで、その幼子は最上級の紅いカーペットに足を取られそうになりながら歩いていた。
その容姿は、おそらく幻想郷で誰よりも純粋無垢な幼分を乳臭さあふれんばかりにたたえていた。触れたら溶けてしまうかと思えるほどの綿菓子のような銀の巻き毛、ピジョンブラッドもスタローンに土下座するくらい綺麗な紅色を発するビー玉の如き瞳、湯上がり剥きたて卵肌という表現すら超越した至高のふにふにほっぺ、永遠にむしゃぶりついていたい殺人的な二の腕は見る者の理性を障子紙のごとく吹き飛ばしかける。というか宇宙が一巡する。
とにもかくにも、今現在のレミリア――れみりゃ・すかーれっとは、存在するだけで主に紅魔館の住人の母性本能を崩壊させてしまう究極幼女暴力の権化である。レミリア本来の、誰もが認めるカリスマ性の代償として発現する乳臭現象(ミルキィスメル・フェノメノン)が解放されたとき、紅魔館は1500秒もかからずに住人全員のヘモグロビン全量が絞り上げられる。
フランドールにしてもそのかりすま性の前ではその他大勢と変わらず、怖い者知らずの彼女をしてれみりゃの声を聞いただけで金縛りに遭うほどである。同じ空気を共有するだけでともすればエレクチオンしかねない相手だ。フランドールがこの乳臭現象の存在を知ったのは本当にごく最近のことだが、最初の遭遇時のあまりの惨状に、彼女は遺伝子レベルでその恐怖というものを刻み込まれたものである。おかげで紅魔館がなぜ赤いかと聞かれたら、それは500年にわたる鼻血の間欠泉で染まったんだ、とフランドールは真剣に答えるようになった。
(どどどどどどどどどうしようっ!!! そーいや今日がだいたい新月だったって事を完璧にスポイルしていたわ!)
れみりゃ化の条件については諸説あるが、少なくともフランドールの知る限りでは月齢の影響が一番大きいということがはっきりしている。すなわち新月こそレミリアがれみりゃ化する避けがたいタイミングということになる。そして、新月になる夜の日没から新月が加齢する日の日没まで、れみりゃ化は継続すると言うことも明らかになっている。
吸血鬼に限らず妖は月齢の変化に敏感であるため、普通ならまず月の満ち欠けを間違うことはないのであるが、たまたま今日念願の品物を入手できると浮かれていたフランドールは、ものの見事に注意力が削げてしまっていたのだ。
(普段ならあらかじめ地下室に籠もって適当にやり過ごせばどーとでもなったのに、今日はよりによって普通に歩いてるところに第一種接近遭遇なんてしちゃったもんだから、今は丁度日付変更線を越えたあたりだから季節によって変わる日の出日没の関係から理論的に算出される継続時間は――18時間!? 私の命が危(ヤバ)い!!)
脂汗が滲み出てきた。とにかく距離を開けようにも、体が蛇に睨まれたカエルの如く硬直してしまっている。天上天下唯我独尊を地でいく彼女であっても、今の姉に立ち向かうすべなどなきに等しい。
己の肉体に必死で退却命令を下そうとしている中、フランドールの戦慄など知ったことではないれみりゃは、何の変哲もなくフランドールにぽてぽて歩み寄った。
「ひ、ひぎぃ!?」
思わずうわずった悲鳴が発せられる。結局逃げることができず、フランドールはれみりゃとの接触を受けざるを得なかった。
「ひぎ?」
フランドールの発した奇声をオウム返しにする声が聞こえる。気が付けば、れみりゃはフランドールの足下にまで移動しており、彼女の顔を無垢な表情で見上げていた。その仕草だけで居候が三杯目のお膳を勢いよく尽きだしてくるのは間違いない。居候なぞいないが。
どうもフランドールの悲鳴がなんだったのかが気になったらしい。が、別段問いただすほどのことではなかったらしく、れみりゃはすぐにフランドールに別の質問をした。
「ねぇねぇ、さくやしらない?」
れみりゃにさくやと聞かれれば、誰しもがメイド長の咲夜のことを指していると思い当たる。先ほどから咲夜の名前を呼んでいたあたり、今のれみりゃが咲夜を探している事は明白だった。
「あ? う? え? え、えーと咲夜ね、ごめんなさいお姉様。私今日は咲夜とは会ってないのよ。何処にいるかもわかんないのよねでも珍しいわね咲夜と離ればなれになっているなんて特にほら今日新月だし」
動揺を押さえ込むのとれみりゃと距離を取るために、フランドールは思いっきり早口でまくし立てた。とにかく、無事に明日を迎えたいならば今の彼女と関わり合いになるのは絶対にだめだ。彼女の相手が出来るのはそれこそ完全で瀟洒な幼女偏愛まじかる咲夜ちゃん☆スターしかあり得ない。ええいあの次元連結システムで無限鼻血をイデオンソードみたく噴出する年齢詐称メイドはこんな時に何をしているのか、フランドールは今度咲夜を見つけたら24時間耐久強制弾幕ごっこにつきあわせてやると心に誓った。
「????」
と、そんなフランドールの恋娘的いっぱいいっぱいな心境はさておき、れみりゃはとても困惑した表情でフランドールの顔を見つめていた。
「(ああ、そんな目で見つめないでー!)ん、んん? まだ何か聞きたいことでもあるのっ? お姉様っ」
「――おねぇちゃん、だぁれ?」
(! あー。そうか……迂闊だったか)
普段のレミリアなら看破することは造作ないだろうが、れみりゃは直感力や洞察力なんてものは漢字だから読めないレベルにまで退行している。今のれみりゃには、フランドールの姿は「見知らぬおねえちゃん」にしか見えていないはずだ。ただでさえ普段とはまったく別の姿に変貌しているわけだし、そんな見たこともない相手からお姉様と呼ばれたら訝しがるのは当たり前である。
いつのまにやら思考回路が正常を取り戻してきた。目の前に強敵がいる以上油断はならないが、とりあえずこの場を巧く乗り切る打算をフランドールは素早く計算し始めた。
(私はフランドールよなんていっても信じてくれそうにないし、ここは一つ新入りメイドっつーことでごまかしてみようかな。メイドの格好じゃないけど)
「あ、はいはい、『お嬢様』大変失礼致しました。私、新しくここにおつとめさせて頂くことになりました、『オーエン』と申します。先ほどは初めてお嬢様をお目にかかったもので、うち解けるためのちょっとしたフランクなジョークを打たせて頂きましたのですよ、オホホホホホ」
(我ながら実に怪しげだけど、今のお姉様はいい感じに⑨になってるからこれくらいてきとーでも何とかなるわよね。あれよ、詐欺の論理ってやつ)
……もし外野がいた場合、果たして打算として真っ当なものなのかというツッコミが確実に来そうではあるのだが、気にしないで、私は平気。
「そーなの……? ところで、さくやは?」
とまれ、一応納得したのか、れみりゃの表情から困惑は消え、再びその質問を問うた。
「(さっき言ったじゃないのよぉ)申し訳ありません、メイド長の居場所は存じ上げておりません。どの様なご用事があってメイド長を探していらっしゃるのですか?」
「うんとね、あのね、あまーいね、おかしがね、たべたいの。あなたしんいりさんだからしらないだろうけど、さくやのおかしはとってもおいしいの」
得意げに、嬉しげに話すれみりゃを前にして、フランドールは改めて悶えた。
(ち、ちくしょうっっっ!! 普通だったら絶対ウザがられるセリフなのに、お姉様だとなんでこうかうわうぃぃのよ! っていい加減落ち着け、もう一度KOOLになれフラ……ん、まてよ、お菓子?)
キラーン、とフランドールの頭上に豆電球が直列接続で点灯した。
(――そうよ、甘いお菓子ならここにあるじゃない。ようし、紆余曲折しすぎっつーかお姉様の描写で無駄に行数稼ぎすぎて本筋からずれすぎてるから、当初の予定通り? 遊ばせてもらおうじゃない)
思い立ったが吉日とはいったもので、フランドールは早速行動に移った。
「おお、何という幸運。何を隠そうこんな事もあろうかと偶然に、私甘いお菓子をお持ち致しておりますよささ、お召し上がりくださいませ」
こっそり後ろ手に隠していた瓶から素早く青いあめ玉を取り出すと、三回転ほど華麗にスピンした後、れみりゃの眼前にそれを差し出した。
「あーっ、キャンディだぁ。これ、もらっていいの?」
「もーちろんですとも、アンマーくてほっぺたがとろけちゃいますよーっ」
(夫布腐……確かにお姉様は今の姿こそが最強に極まっている……。だがしかし、そこを敢えて大人のボディに変化させることで、誰も予想が付かないミスマッチを狙う。外見による幼分補正が無くなれば理性が揺さぶられることも少なくなるだろうし、あんまりにも似合わないようだったら速攻で赤いキャンディを食べさせればよいだけのこと。ククッ、神をも恐れぬこの所行、我ながら凄すぎて怖いわ……)
外面は満面の笑みで、内心は素晴らしく邪悪な嬌笑。パチュリーからの注意事項は完全にスポイルされたようだ。
「わぁーい、いただきまーす」
フランドールの心情などしらず、れみりゃは心底嬉しそうにフランドールの手からキャンディをつまみ上げ、ひょいパクと口に運んだ。
「んむぅ~」
(勝った! 第三部完!)
れみりゃの口にキャンディが飲み込まれた。それを見届けた瞬間、フランドールは心の中で拳を突き上げた。第三部なんてないが。
小さな口とほっぺをもごもごと、それはそれは幸せそうに動かす。しかし、キャンディが口の中で固形でいられる時間は数秒もない。瞬時に液体として解放された薬の成分は、れみりゃが喉を嚥下するまでもなく彼女の体内にしみこんだ。
「あれーもうなくなっちゃ……ふわ?」
その小さな体がまばゆい光に包まれる。思ったより強い光にフランドールは反射的に顔面をかばった。光に包まれた体はみるみるうちに膨れあがり、ある一定の大きさまで達した。
程なくして、燐光は霧散する。光が消失したことを感じたところで、フランドールはゆっくりと、顔面を覆った腕を下ろす。すると……
「あれ~~~~~????」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!??!」
瞬間、フランドールは盛大にマッハで鼻からレーヴァテインを噴出し、車田式吹っ飛びで10mほど飛翔する前に天井に顔面を強打し、真っ逆さまに落下した。
フランドールは致命的な計算ミスをしていた。れみりゃ化したレミリアはタダでさえ元がちっこいのに更に体格が縮小し、普段のレミリアの服ではぶかぶかになるのである。よって、れみりゃ化した際はサイズを合わせた別の洋服を着込むことになるわけだが……。
フランドールが大人化した時は、全身ギリギリのピッチピチになったもののまだ服は破損せず済んだ。レミリアとフランドールの間にはほとんど体格の違いはないので、もし通常のレミリアであれば、フランドールと同じようになっていたことだろう。だが、今の彼女はちんまい、服も小さい。つまり、巨大化することになれば――
そこには女神がいた。神の敵たる存在吸血鬼でありながら、いかなる美の女神でさえもかなわない美貌と、一点の汚れもない無垢な魂が同居した者。全裸で。
表現不可能、ただ美しすぎた。闇の眷属であるはずの彼女がまばゆいばかりの白い素肌を輝かせていたのだった。全裸だし
(qあうぇrftgyふじこ――おおおねぇぇおねぇおねぇさまのすっすすすっすっぱ、すっぱれみりゃー!!)
鼻から噴出したレーヴァテインは止まることなくカーペットに突き刺さったままだ。一体地下何メートルまでcaved!!!!すれば止まるかは定かではない。
「なんで? なんでおよーふくがないの?? ――えーん、さくやー」
「uフフ――そっちのほうを問題にするおね……お嬢様流石です。てーかせめて胸か下半身手で隠してくださいませ、レーヴァテインが止まりません」
生まれたての姿であわてふためく大人れみりゃを尻目に、完璧にぷっつんイったフランドールの投げやりな懇願が飛ぶ。
「う”~……、さくやがいてくれないと、おようふくきれないの、おーえん、さくやさがしてきて……」
(ははは、こやつめ。無茶をいいよりますわ。既に私のレーヴァテインは地下20mに達しつつあるというのに――ああ、刻が見えちゃうわ――)
せめて死ぬ前にもう一度だけ、彼女の美しさを目に焼き付けてから逝こう。そう思ってフランドールは、緩慢に頭を巡らせて彼女の方へ向こうとする、が、その途中。
(ん……)
目をこらす。丁度フランドールはある一室の正面に落下していたのだった。その部屋のドアには、こういう表札がかかっていた。
『メイド長十六夜咲夜の部屋。お嬢様以外に許可なく足を踏み入れた者は殺人ドール』
(咲夜の自室――そうだ、この手があるか)
再びフランドールの脳裏に直列つなぎの豆電球が点灯する。無意味やたらな自分の底力を自画自賛しつつ、渾身の力で一枚のスペルカードを展開する。名は「フォーオブアカインド」。
本体が動けないので、分身にレーヴァテインを止めてもらった上で救出してもらうことにした。スペルが解放されると、すぐさま一人が速攻で鼻栓を突っ込み、残りの二人がかりで第一のフランドールを逆さまの状態からひっくり返す。救出が成功したところで、分身は力を失いすぐさま姿を消した。
呼吸を整える。全身の血液が頭部に集中したので凄まじく意識が朦朧としているが、彼女は吸血鬼なので脳みそがないし、そうそうは死なない。多分。
「お嬢様……メイド長を今すぐお連れすることはできませんが、お召し物を用意することはできます」
目を潤ませてあわてふためくれみりゃに、フランドールは恭しく頭を下げた。可能な限り目を合わせないようにするためである。直視したら今度は鼻栓が館の壁を粉砕するだろう。
「ふえ? でも、およーふくは、さくやが――」
「その咲夜ですよ」
そう言って、フランドールは明後日を向きながられみりゃに咲夜の部屋を示した。
「お嬢様――メイド長もあーみえてお忙しいお方。ここいらで一つ、自分自身でお着替えする練習をしてみるのはいかがでしょうか」
続く
第一話のあらすじ:「フランドールは禁忌に手を染め、自身の幼女幻想を破壊してしまったんだよ!」「なんだってー!?」
「さ~てと、まずは誰から試そうかな~」
たまらなく愉快な気分に浸りながら、大人化したフランドールは何処までも続く紅いカーペットの廊下を大股に歩いていた。楽しげなにやけ顔が図書館を後にしてからずっと張り付いているため、時折すれ違う紅魔館就労者達の中には不審な目を向ける者もいた。
もっとも彼女がフランドールであるということは今の姿から分かるものは誰もいないだろう。紅魔館就労者はすべからず普段の幼いフランドールの姿をはっきりと記憶しているため、今の大人フランと本来の幼女フランを関連づけることは不可能といえるだろう。かろうじて特徴的な虹色の羽だけはそのままだが、注意深くなければそこからフランドールを連想することもないだろう。それよりもまず妙にご機嫌なにやけ顔とそれにミスマッチな抜群の容姿に目がいくはずだ。
そもそも、今のフランドールにとっては自分の正体を見抜かれるか見抜かれないかなど大した問題ではない。今彼女が何より楽しみにしているのは、手にしているスーパー劇薬「パチュパチュパB&S」を誰に、どのように試すかということである。フランドールは人間のような単純な器官ではないものによる思考回路をフル回転させ、自分の周囲や知人に対してどんな風に使えば愉快なことになるか、それを想像するだけで愉悦に浸った状態である。
「さくや~、どこ~」
「――?」
そこに、聞き覚えのあるどころではないふわんふわんな声が聞こえた。
(――この声はっ!)
フランドールは妄想を中断して正面を見直すと、丁度曲がり角の影からその声の主が姿を現した。
ひょこ。
「さくや~」
よてよて。
よてよて。
端から見て非常に危なっかしい足取りで、その幼子は最上級の紅いカーペットに足を取られそうになりながら歩いていた。
その容姿は、おそらく幻想郷で誰よりも純粋無垢な幼分を乳臭さあふれんばかりにたたえていた。触れたら溶けてしまうかと思えるほどの綿菓子のような銀の巻き毛、ピジョンブラッドもスタローンに土下座するくらい綺麗な紅色を発するビー玉の如き瞳、湯上がり剥きたて卵肌という表現すら超越した至高のふにふにほっぺ、永遠にむしゃぶりついていたい殺人的な二の腕は見る者の理性を障子紙のごとく吹き飛ばしかける。というか宇宙が一巡する。
とにもかくにも、今現在のレミリア――れみりゃ・すかーれっとは、存在するだけで主に紅魔館の住人の母性本能を崩壊させてしまう究極幼女暴力の権化である。レミリア本来の、誰もが認めるカリスマ性の代償として発現する乳臭現象(ミルキィスメル・フェノメノン)が解放されたとき、紅魔館は1500秒もかからずに住人全員のヘモグロビン全量が絞り上げられる。
フランドールにしてもそのかりすま性の前ではその他大勢と変わらず、怖い者知らずの彼女をしてれみりゃの声を聞いただけで金縛りに遭うほどである。同じ空気を共有するだけでともすればエレクチオンしかねない相手だ。フランドールがこの乳臭現象の存在を知ったのは本当にごく最近のことだが、最初の遭遇時のあまりの惨状に、彼女は遺伝子レベルでその恐怖というものを刻み込まれたものである。おかげで紅魔館がなぜ赤いかと聞かれたら、それは500年にわたる鼻血の間欠泉で染まったんだ、とフランドールは真剣に答えるようになった。
(どどどどどどどどどうしようっ!!! そーいや今日がだいたい新月だったって事を完璧にスポイルしていたわ!)
れみりゃ化の条件については諸説あるが、少なくともフランドールの知る限りでは月齢の影響が一番大きいということがはっきりしている。すなわち新月こそレミリアがれみりゃ化する避けがたいタイミングということになる。そして、新月になる夜の日没から新月が加齢する日の日没まで、れみりゃ化は継続すると言うことも明らかになっている。
吸血鬼に限らず妖は月齢の変化に敏感であるため、普通ならまず月の満ち欠けを間違うことはないのであるが、たまたま今日念願の品物を入手できると浮かれていたフランドールは、ものの見事に注意力が削げてしまっていたのだ。
(普段ならあらかじめ地下室に籠もって適当にやり過ごせばどーとでもなったのに、今日はよりによって普通に歩いてるところに第一種接近遭遇なんてしちゃったもんだから、今は丁度日付変更線を越えたあたりだから季節によって変わる日の出日没の関係から理論的に算出される継続時間は――18時間!? 私の命が危(ヤバ)い!!)
脂汗が滲み出てきた。とにかく距離を開けようにも、体が蛇に睨まれたカエルの如く硬直してしまっている。天上天下唯我独尊を地でいく彼女であっても、今の姉に立ち向かうすべなどなきに等しい。
己の肉体に必死で退却命令を下そうとしている中、フランドールの戦慄など知ったことではないれみりゃは、何の変哲もなくフランドールにぽてぽて歩み寄った。
「ひ、ひぎぃ!?」
思わずうわずった悲鳴が発せられる。結局逃げることができず、フランドールはれみりゃとの接触を受けざるを得なかった。
「ひぎ?」
フランドールの発した奇声をオウム返しにする声が聞こえる。気が付けば、れみりゃはフランドールの足下にまで移動しており、彼女の顔を無垢な表情で見上げていた。その仕草だけで居候が三杯目のお膳を勢いよく尽きだしてくるのは間違いない。居候なぞいないが。
どうもフランドールの悲鳴がなんだったのかが気になったらしい。が、別段問いただすほどのことではなかったらしく、れみりゃはすぐにフランドールに別の質問をした。
「ねぇねぇ、さくやしらない?」
れみりゃにさくやと聞かれれば、誰しもがメイド長の咲夜のことを指していると思い当たる。先ほどから咲夜の名前を呼んでいたあたり、今のれみりゃが咲夜を探している事は明白だった。
「あ? う? え? え、えーと咲夜ね、ごめんなさいお姉様。私今日は咲夜とは会ってないのよ。何処にいるかもわかんないのよねでも珍しいわね咲夜と離ればなれになっているなんて特にほら今日新月だし」
動揺を押さえ込むのとれみりゃと距離を取るために、フランドールは思いっきり早口でまくし立てた。とにかく、無事に明日を迎えたいならば今の彼女と関わり合いになるのは絶対にだめだ。彼女の相手が出来るのはそれこそ完全で瀟洒な幼女偏愛まじかる咲夜ちゃん☆スターしかあり得ない。ええいあの次元連結システムで無限鼻血をイデオンソードみたく噴出する年齢詐称メイドはこんな時に何をしているのか、フランドールは今度咲夜を見つけたら24時間耐久強制弾幕ごっこにつきあわせてやると心に誓った。
「????」
と、そんなフランドールの恋娘的いっぱいいっぱいな心境はさておき、れみりゃはとても困惑した表情でフランドールの顔を見つめていた。
「(ああ、そんな目で見つめないでー!)ん、んん? まだ何か聞きたいことでもあるのっ? お姉様っ」
「――おねぇちゃん、だぁれ?」
(! あー。そうか……迂闊だったか)
普段のレミリアなら看破することは造作ないだろうが、れみりゃは直感力や洞察力なんてものは漢字だから読めないレベルにまで退行している。今のれみりゃには、フランドールの姿は「見知らぬおねえちゃん」にしか見えていないはずだ。ただでさえ普段とはまったく別の姿に変貌しているわけだし、そんな見たこともない相手からお姉様と呼ばれたら訝しがるのは当たり前である。
いつのまにやら思考回路が正常を取り戻してきた。目の前に強敵がいる以上油断はならないが、とりあえずこの場を巧く乗り切る打算をフランドールは素早く計算し始めた。
(私はフランドールよなんていっても信じてくれそうにないし、ここは一つ新入りメイドっつーことでごまかしてみようかな。メイドの格好じゃないけど)
「あ、はいはい、『お嬢様』大変失礼致しました。私、新しくここにおつとめさせて頂くことになりました、『オーエン』と申します。先ほどは初めてお嬢様をお目にかかったもので、うち解けるためのちょっとしたフランクなジョークを打たせて頂きましたのですよ、オホホホホホ」
(我ながら実に怪しげだけど、今のお姉様はいい感じに⑨になってるからこれくらいてきとーでも何とかなるわよね。あれよ、詐欺の論理ってやつ)
……もし外野がいた場合、果たして打算として真っ当なものなのかというツッコミが確実に来そうではあるのだが、気にしないで、私は平気。
「そーなの……? ところで、さくやは?」
とまれ、一応納得したのか、れみりゃの表情から困惑は消え、再びその質問を問うた。
「(さっき言ったじゃないのよぉ)申し訳ありません、メイド長の居場所は存じ上げておりません。どの様なご用事があってメイド長を探していらっしゃるのですか?」
「うんとね、あのね、あまーいね、おかしがね、たべたいの。あなたしんいりさんだからしらないだろうけど、さくやのおかしはとってもおいしいの」
得意げに、嬉しげに話すれみりゃを前にして、フランドールは改めて悶えた。
(ち、ちくしょうっっっ!! 普通だったら絶対ウザがられるセリフなのに、お姉様だとなんでこうかうわうぃぃのよ! っていい加減落ち着け、もう一度KOOLになれフラ……ん、まてよ、お菓子?)
キラーン、とフランドールの頭上に豆電球が直列接続で点灯した。
(――そうよ、甘いお菓子ならここにあるじゃない。ようし、紆余曲折しすぎっつーかお姉様の描写で無駄に行数稼ぎすぎて本筋からずれすぎてるから、当初の予定通り? 遊ばせてもらおうじゃない)
思い立ったが吉日とはいったもので、フランドールは早速行動に移った。
「おお、何という幸運。何を隠そうこんな事もあろうかと偶然に、私甘いお菓子をお持ち致しておりますよささ、お召し上がりくださいませ」
こっそり後ろ手に隠していた瓶から素早く青いあめ玉を取り出すと、三回転ほど華麗にスピンした後、れみりゃの眼前にそれを差し出した。
「あーっ、キャンディだぁ。これ、もらっていいの?」
「もーちろんですとも、アンマーくてほっぺたがとろけちゃいますよーっ」
(夫布腐……確かにお姉様は今の姿こそが最強に極まっている……。だがしかし、そこを敢えて大人のボディに変化させることで、誰も予想が付かないミスマッチを狙う。外見による幼分補正が無くなれば理性が揺さぶられることも少なくなるだろうし、あんまりにも似合わないようだったら速攻で赤いキャンディを食べさせればよいだけのこと。ククッ、神をも恐れぬこの所行、我ながら凄すぎて怖いわ……)
外面は満面の笑みで、内心は素晴らしく邪悪な嬌笑。パチュリーからの注意事項は完全にスポイルされたようだ。
「わぁーい、いただきまーす」
フランドールの心情などしらず、れみりゃは心底嬉しそうにフランドールの手からキャンディをつまみ上げ、ひょいパクと口に運んだ。
「んむぅ~」
(勝った! 第三部完!)
れみりゃの口にキャンディが飲み込まれた。それを見届けた瞬間、フランドールは心の中で拳を突き上げた。第三部なんてないが。
小さな口とほっぺをもごもごと、それはそれは幸せそうに動かす。しかし、キャンディが口の中で固形でいられる時間は数秒もない。瞬時に液体として解放された薬の成分は、れみりゃが喉を嚥下するまでもなく彼女の体内にしみこんだ。
「あれーもうなくなっちゃ……ふわ?」
その小さな体がまばゆい光に包まれる。思ったより強い光にフランドールは反射的に顔面をかばった。光に包まれた体はみるみるうちに膨れあがり、ある一定の大きさまで達した。
程なくして、燐光は霧散する。光が消失したことを感じたところで、フランドールはゆっくりと、顔面を覆った腕を下ろす。すると……
「あれ~~~~~????」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!??!」
瞬間、フランドールは盛大にマッハで鼻からレーヴァテインを噴出し、車田式吹っ飛びで10mほど飛翔する前に天井に顔面を強打し、真っ逆さまに落下した。
フランドールは致命的な計算ミスをしていた。れみりゃ化したレミリアはタダでさえ元がちっこいのに更に体格が縮小し、普段のレミリアの服ではぶかぶかになるのである。よって、れみりゃ化した際はサイズを合わせた別の洋服を着込むことになるわけだが……。
フランドールが大人化した時は、全身ギリギリのピッチピチになったもののまだ服は破損せず済んだ。レミリアとフランドールの間にはほとんど体格の違いはないので、もし通常のレミリアであれば、フランドールと同じようになっていたことだろう。だが、今の彼女はちんまい、服も小さい。つまり、巨大化することになれば――
そこには女神がいた。神の敵たる存在吸血鬼でありながら、いかなる美の女神でさえもかなわない美貌と、一点の汚れもない無垢な魂が同居した者。全裸で。
表現不可能、ただ美しすぎた。闇の眷属であるはずの彼女がまばゆいばかりの白い素肌を輝かせていたのだった。全裸だし
(qあうぇrftgyふじこ――おおおねぇぇおねぇおねぇさまのすっすすすっすっぱ、すっぱれみりゃー!!)
鼻から噴出したレーヴァテインは止まることなくカーペットに突き刺さったままだ。一体地下何メートルまでcaved!!!!すれば止まるかは定かではない。
「なんで? なんでおよーふくがないの?? ――えーん、さくやー」
「uフフ――そっちのほうを問題にするおね……お嬢様流石です。てーかせめて胸か下半身手で隠してくださいませ、レーヴァテインが止まりません」
生まれたての姿であわてふためく大人れみりゃを尻目に、完璧にぷっつんイったフランドールの投げやりな懇願が飛ぶ。
「う”~……、さくやがいてくれないと、おようふくきれないの、おーえん、さくやさがしてきて……」
(ははは、こやつめ。無茶をいいよりますわ。既に私のレーヴァテインは地下20mに達しつつあるというのに――ああ、刻が見えちゃうわ――)
せめて死ぬ前にもう一度だけ、彼女の美しさを目に焼き付けてから逝こう。そう思ってフランドールは、緩慢に頭を巡らせて彼女の方へ向こうとする、が、その途中。
(ん……)
目をこらす。丁度フランドールはある一室の正面に落下していたのだった。その部屋のドアには、こういう表札がかかっていた。
『メイド長十六夜咲夜の部屋。お嬢様以外に許可なく足を踏み入れた者は殺人ドール』
(咲夜の自室――そうだ、この手があるか)
再びフランドールの脳裏に直列つなぎの豆電球が点灯する。無意味やたらな自分の底力を自画自賛しつつ、渾身の力で一枚のスペルカードを展開する。名は「フォーオブアカインド」。
本体が動けないので、分身にレーヴァテインを止めてもらった上で救出してもらうことにした。スペルが解放されると、すぐさま一人が速攻で鼻栓を突っ込み、残りの二人がかりで第一のフランドールを逆さまの状態からひっくり返す。救出が成功したところで、分身は力を失いすぐさま姿を消した。
呼吸を整える。全身の血液が頭部に集中したので凄まじく意識が朦朧としているが、彼女は吸血鬼なので脳みそがないし、そうそうは死なない。多分。
「お嬢様……メイド長を今すぐお連れすることはできませんが、お召し物を用意することはできます」
目を潤ませてあわてふためくれみりゃに、フランドールは恭しく頭を下げた。可能な限り目を合わせないようにするためである。直視したら今度は鼻栓が館の壁を粉砕するだろう。
「ふえ? でも、およーふくは、さくやが――」
「その咲夜ですよ」
そう言って、フランドールは明後日を向きながられみりゃに咲夜の部屋を示した。
「お嬢様――メイド長もあーみえてお忙しいお方。ここいらで一つ、自分自身でお着替えする練習をしてみるのはいかがでしょうか」
続く
大人れみりゃとはなんたる凶行かぁぁぁぁぁぁぁ!!!
げぇっ れみりゃ!
( ゚∀゚)彡 おーえん! おーえん!(ぉ
⊂彡
ってことはなんだ?被術者(飴を舐めた者)の精神はそのまま、肉体だけ変化するってことか?
おおう、幻想郷。ぼくにもれーばていんだせたよー。
核弾頭じゃーー!!!!!!!!!
俺の第三部完!
なるほど、メイドが天国にいるんだからメイド・イン・ヘブンですな。
とか考えてたらその下で血の惨劇が。乳臭現象て。れみりゃー来萌者。
こやつめ、ハハハ!
えっと……でしゃばりましたすみません。
鼻からレーヴァテインw
つまりフランの命は後1500秒ということですな!
………あれ?
イケイケだね・・