Coolier - 新生・東方創想話

Danmaku Valley 2005

2005/11/10 01:28:56
最終更新
サイズ
28KB
ページ数
1
閲覧数
757
評価数
2/41
POINT
1860
Rate
8.98

「みんなー!今日もたくさん集まってくれてありがとーっ!!」


向日葵畑に響くはメルランの明るい声。特設ステージの片翼を占め、愛用のトランペットを片手にいつも通りにハジケていた。
それを聞くはこれでもかというほど集まった霊、霊、霊。一面の向日葵に宿り、あぶれた者はその辺りをふよふよ漂い、三人の騒霊を前に自己の昂りを抑えきれないようでもある。
今日は騒霊三姉妹の不定期野外ライブの日。彼女たちが織り成す音を楽しもうと、あちらこちらから無数の霊が客として集まってきていた。

『死人に口なし』とはよく言ったもので、一般的な霊は喋る事ができない。だが意外な事に五感は残されており、それ故に霊は万物を見分けそれらに憑く事ができ、死神の姿を認め彼らに導かれる事ができ、騒霊の音を楽しむ事ができる。
それともう一つ、霊の心情は素人目には全く分からない上に大抵は手足という物が無いので、彼らは動いたり周囲に干渉する事で己の心情を伝えるのである。
そして今この場にいる霊たちは三姉妹を邪魔することなく自由気ままに漂いまわり、向日葵に憑いている者はみな花を目のごとく向けている。彼女たちの演奏の評価が知れようものだ。


「残念な事に、残すはあと一曲となってしまいましたが」
「残念無念また来世ー」
「こら。こんな所でお客様たちが来世まで逝っちゃったら聴きに来れないでしょ」
「あれ?そうだっけ?」
「音も無しにお客様を勝手に成仏させない事。プリズムリバーの鉄則よ」
「でも成仏させる事は仕事じゃないんだよねー」

ステージの中央に陣取るルナサと、メルランの対極を受け持つリリカの掛け合いにも霊たちは沸く。
初めて見た者もいるだろうし、何度も見てきている者だっているかも知れない。しかしそんな事はあまり関係なく、ライブのテンションはどんな音でも聴衆を楽しませてくれる。
そして沸き上がった霊たちが若干静まり返るのを見計らって、ルナサが一つ呼吸を置いて続けた。

「・・・・それでは最後の曲です。『Endless Ensemble』、どうかこの曲と共に、縁と未練あらばまた逢いましょう」


カッ、カッ、カッ。

リリカがキーボードの端を指で叩き、四拍目に三姉妹の音が同時に飛び込んできた。
三姉妹の大ヒット曲『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』。その最も盛り上がるサビの部分を繰り返し演奏するという単純なアレンジだが、そのシンプルさとテンションの高さが騒がしモノ好きな霊たちには受け、今ではライブのラストを締めくくるアンセム的な存在になりつつある。
そして、この曲に終わりはない。三姉妹の内の誰かが疲れ果てるか、会場にいる全ての客が満足して帰っていくかするまで延々と続けられる音の持久戦だ。
最初のうちは会場にいる誰もが余裕を持ってその場にいる。だが繰り返し繰り返しループを続け、やがて何巡目か分からなくなり、満足した聴衆は一人、また一人と会場を後にする。
そして最後まで粘っていた一人もようやく空中でぴこぴこ跳ねながら三姉妹に背を向け・・・・・・

この瞬間、プリズムリバー三姉妹の不定期野外ライブは終わりを告げた。
最後の一曲演奏時間は悠に100分を超え、三人とも霊体のくせに汗だくで息も荒い。だがその顔は充実感でいっぱいで、表情の変化に乏しいルナサでさえ爽やかな笑顔を覗かせていて。
そして三人ステージの中央に集まり、すっかり無人になった向日葵畑に向かって声を合わせる。



『ありがとうございました!!!』



それは聴衆として集まった霊たち、霊の拠り所となった向日葵畑への最大限の感謝の言葉。
彼女たちを労うように、風が火照った体を撫でて心地いい。
この瞬間の清々しさこそが最大の報酬なんだ・・・・・ライブを終えるたび、三人はそう思うのだった。





「お疲れ様でした!」

ステージから降り裏手を歩く三人に、まるで付き人のように近づいてくる少女がいた。名を射命丸 文、幻想郷で起きた事件を新聞にしては号外として配り回る新聞記者である。
だから彼女にしてみればプリズムリバー・野外ライブは記事を書く上での格好のネタ。風の声を聞いては情報を掴み、その風に乗って駆けつけたという次第である。
そして労いの言葉もそこそこに、早速ルナサの前でメモの準備を始める。

「・・・あなたもあちこち忙しいのね。それとも、どうしようもなく暇とか?」
「風が常にどこかで吹いているように、私に暇な時間なんてないんですよ・・・まあ兎に角。早速ですが今日のライブについて何か一言お願いできますか?」
「そうね・・・・・・最近はライブを行うごとにお客さんの数が増えてきているような気がするわ。私たちのライブの噂が口コミかあなたの新聞で広がっているのでしょう、その期待に応えるべく頑張っていきたいですね」
「ちなみに、次の開催について何かお考えは?」
「それはまた後日という事で。妹たちの意見も聞かなければならないので」
「分かりました・・・・・では、今後のご活躍を期待しています」
「どうも」


軽い会釈を一つ合わせ、ルナサはそそくさとステージ裏の控え室に入ってしまった。
だがインタビューには普通に応じてくれたし表情もほとんど崩してはいないものの、その背中からは猛烈な倦怠感が放たれており、ステージ上で見せていた凛とした雰囲気は影を潜めているように見えた。
以前取材した時は『疲れはない』という返事を頂いた。それがなぜ、今回は目に見えるほど疲れているのだろう・・・?
ルナサの後を追おうとするも、その疲れきった背中が文の追及を許さない。

(私生活かな・・・・・・?聞いとけばよかった)

軽く後悔しつつも『意見を聞く・・・』とメモを取り終えた所で、今度は軽快な靴音が文の耳に入る。
振り返れば、キーボードを弄びながらリリカが文に近づいてきた。

「あ、リリカさん」
「お疲れさ~ん」

全身で精一杯疲れを表現していたルナサと比べ、リリカはまるでお気楽に見えた。
元来の性格の違いもあるが、それ以上に演奏における三姉妹個々の役割の違いがある。
音のテンションを常に下方修正し続けるルナサと、程よいテンションになった音を扱うリリカとでは負担がまるで違うのだ。

「ライブお疲れ様でした。ところで、ルナサさんがかなりお疲れのようですが・・・?」
「あー、あれね。あれはメル姉が原因だと思う」
「メルランさん・・・・・ですか」

言われてハッと気がつく。
ルナサが陰・鬱の属性を音に込めるならメルランは全くその対極、陽・躁の属性を音に込める。
ならばルナサの疲労の原因はそのあたりにあるな・・・と睨む文に応えるように、リリカの言葉が重なる。

「日頃からメル姉を色々アレしたりガッしたりして黙ら・・・落ち着かせるのはルナ姉の役目なんだけど、最近メル姉の調子がよすぎるのよ。そうなるとルナ姉の負担が増えるのは当然なわけで」
「・・・それならリリカさんも手伝ってあげたらよろしいのでは?」
「それはダメよ。二人のバランスを見守って微調整するのが私の役目なんだもん」
「三女のくせにあなたが一番楽をしている感じです。お二人が聞いたらどう思うでしょうか」
「一番小さい三女だから一番楽をしていいんじゃない。それに、私たちはそれぞれの本分を極める事はできても越える事はできないようになってるんだから」

意味もなく胸を張るリリカの言葉が引っかかるが、とりあえずルナサの疲労の真相さえ分かればそれを記事にする事ができる。
あと一人、メルランのコメントをもらえばこの日の取材は終了・・・・・・なのだが。

「ところで、メルランさんの姿が見当たらないようですが・・・?」
「あれ?そういえばついて来てなかったかも・・・・・まあメル姉の事だし、勝手にどっかに行っちゃったんじゃないかな」
「ずいぶん適当なんですね」
「自由放任主義と言ってね。じゃあね~」



引き続き掌の上でキーボードを弄びながら、リリカは文に背を向け奥に引っ込んでしまった。
仕方なく、文は誰もいなくなった通路からステージの方に目をやり一つため息をつく。

「今日は残業か・・・・・まあ、いい仕事のためよね」

風を萃め、太陽の下へと駆け出し、風の声を聞く。
風の声とは迅速で、正確で、そしてひたすらに正直な物だ。だからメルランの姿を捉えたならば、その声は彼女の音を乗せて明るく楽しい風になってやって来る。
・・・・・案の定、明るい風がやって来た。緩やかに流れてくる風はどことなくくすぐったく、体で受けると妙に楽しくなってくる。
この風に乗ればメルランの所へ・・・・・・風に乗り、空を駆け出す文の顔はインタビューの続きができるからなのか、それともメルランの風を受けているからか、ずっと楽しそうに緩みっぱなしだった。





「あれ~?よくここが分かったじゃない」
「あなたの風は人一倍楽しいから、すぐに分かるんですよ。一度風に乗ったら迷わずここまで来れました」
「ふ~ん、じゃあ、姉さんを探すのも楽だったりする?」
「それも楽と言えば楽ですね。人一倍穏やかな風ですから探すのに時間がかかりますけど」
「じゃあ、後で姉さんの所まで案内してくれる?今ごろ心配してはいないと思うけど」
「それは構いませんが、ここで一体何を・・・・・・って、訊くまでもありませんか」


向日葵畑から程近い、木々がまばらに茂る林。メルランは、聳え立つ木の頂上にいた。
手には愛用のトランペットを持ち、周囲には楽しげに漂う霊があり、それだけで大方の予想がついてしまう。
・・・・・・以前から彼女がソロライブを行っているのは有名な話で、文も取材をした事がある。今、メルランがしている事はまさにそれなのだ。

「ライブが終わったばかりだというのに、疲れてはいないのですか?」
「全~然。むしろ上り調子になってきたくらいよ」
「すごいバイタリティです・・・私も見習いたいですね」
「ソロ用の曲目も増えてきたからね~。新曲だけでも『Sambo de Merlin』『乙女の国の幻葬狂伝説』『恋の呪文(スペル)はLOVE☆LOVE☆ξ・∀・)』・・・全部聞いてく?」
「こ、今回は遠慮を・・・・・」

文の脳裏にあまり思い出したくない、苦しょっぱい記憶が甦る。
それは初めてメルランのソロライブを取材した時の事。せっかくだからという事でメルランのソロライブに付き合ったのだが、その時はあまりにテンションが上がりすぎてたった一曲聴いただけで危うく向こう四里までをクレーターにしてしまう所だった。
その時は間一髪の所でルナサが乱入して事なきを得たものの、それ以来文にとって青天井でテンションが上がり続けてしまうメルランのソロライブは第一級の危険対象物なのだ。

「ところでお話を伺いたいのですが」
「いいわよ。その前に一曲演じてから」
「い、いや、それは結構・・・・・」
「新曲もバッチリ練習してあるから、ガンガンリクエストしてね~」
「・・・・・・・・・リリカさんが、最近メルランさんのテンションが特に高いと話してくださいました。これは何か意図がある事なのでしょうか?」

暴走するメルランを止める術を文は知らない。ましてやルナサがいないこの場において、文が自身の暴走を回避するには矢継ぎ早の質問攻めでメルランの気をそらすしかない。



「・・・・・・それって、あなたの新聞に載せるの?」
「そのつもりですが・・・・・?」
「・・・聞きたいのならお話はしてあげてもいいけど、新聞には載せてほしくないなぁ・・・・・・」
「・・・・・・・・?」

メルランの表情に若干の陰りが生じたのを、文は見逃さなかった。
それだけはない。声のトーンもボリュームも下がり、辺りを吹く風すら重く静かになり。
周囲を漂う霊たちでさえ、彼女の空気の変化を察しそそくさと退散を始めていた。

「新聞に載せてほしくない・・・?」
「恥ずかしいっていうか気まずいっていうか・・・こればかりは姉さんにもリリカにも知られたくない事なのよねぇ」


ここまで控えめなメルランを見るのは、文は初めてだった。
遠い目で空を見つめるメルランは果たして何を思うのか。姉妹に知られたくない話とは何なのか・・・
メルランのあまりにも珍しい仕草は、文のジャーナリスト魂に火をつけるには十分すぎた。

「・・・分かりました。では、プリズムリバー三姉妹のファンの一人、という事でどうです?」
「・・・・・・あぁ、でもやっぱり聞くんだ」
「その話には個人的に興味がありまして・・・・・天狗の名にかけて、絶対に他言はしませんよ」

取材用のペン、メモ帳、カメラをしまい、両の掌を見せて丸腰をアピールする。
そこまでするとメルランの顔からもやっと陰が抜け、いつもの明るく元気な顔・・・とまではいかないが澄まし顔という程度まで明るさが戻る。

「・・・ありがと。だけど、少し話が長くなるかも知れないわよ?」
「新聞記者の記憶力は伊達じゃありません。どんなお話でも漏れなく記憶に焼き付けますから」
「そう・・・・・・じゃあ、私たちの妹のお話からしましょうか」





林の高枝に並んで腰かけて。メルランはゆっくりと話を始めた。

リリカの下に、レイラという名の妹がいた事。
自分たちは元は普通の人間で、幻想郷の外の世界に住んでいた事。
自分たちはレイラの能力によって生み出された存在だという事。
レイラは自分たちと共に、安らかなる内に天寿を全うした事・・・・・・

話をしている時のメルランは時に楽しげに、時に寂しげに、時にゆったりと。
今まで見せた事のないような顔を次々と文に見せ、記憶の糸を辿り思い出を紡ぎ出す。
そしてうん、うんと相槌を打つ文の顔も、メルランに合わせて目まぐるしく変わる。
ただ底抜けに明るい事と表情豊かである事は違うんだ・・・この人(?)、こんなに色んな顔ができるんだ・・・・・・
メルランの顔を見てはそんな事を思い、インタビューとは全く違う楽しい気持ちで文はメルランの昔話に耳を傾けていた。


「・・・それでね、私たちを生み出したレイラは外の世界では異能力者と見なされて、まともに生きていく事ができなくなってしまったの。だから彼女は、私たちを生み出すと共に屋敷をそのまま幻想郷へ・・・・・・全てを受け入れてくれる楽園に飛ばしてしまった。つまりあの子が私たちの中で一番強い力を持っていたのよねぇ・・・人間だった頃は全然気付かなかったけど」
「それだけ、レイラさんの想いが強かったという事なんでしょうか」
「そうかもね~・・・でも、天寿を全うして冥界に逝ったはずのレイラはその後一度も私たちの元に現れなかった・・・・・・・・・・・・いや、私たちがレイラを未だに見つける事ができていない・・・と言った方がいいのかな?完全に成仏した霊も現世にふらり戻ってくる事が稀にあるって聞くけど・・・・・・」

落ち着きと軽さを取り戻した風に乗って、退散していた霊たちは少しずつ戻ってきていた。
付近を漂う半透明の白を指でつつき、自嘲のような微笑でメルランが言う。

「西行寺様みたいによっぽど強い未練を遺しているか私たちみたいに創り出された存在でない限り、霊というのはみんなこんな姿形をしているの。だから、仮に今ここにレイラがいるとしても私たちに区別はできない・・・・・霊の方からも自分の存在を明かす事はできないしね」
「・・・・・・じゃあ、メルランさんがソロライブを頻繁にやっているっていうのは・・・」

「・・・多分あなたが考えてるので正解。私はレイラを探しているの」



高枝の上に立ち、まるで文から目を背けるように明後日の方を向くメルラン。
文は彼女の表情を追わない。追ったところで逃げられるだろうし、追う必要がないほどメルランの表情を見抜いていた。

・・・きっと、亡き妹との思い出に心を任せ過去を見つめているのだろう。

だから、文は何も言わず座りながらメルランの次の言葉を待つ。

「姉さんとリリカは『幻想郷を漂う霊たちを楽しませる』為にライブをやっているし、私も勿論そのつもり。でも、それ以上に私はレイラを楽しませたいの。私たちの・・・いや私の音で、レイラを楽しませてあげたいの。これだけは例え姉さんでも譲れない・・・!」


文の中で、全てが音を立てて繋がっていくように感じられた。
この騒霊三姉妹がライブを行えば、それにつられて霊が集まる。それこそ、その数はもはや数え切れないほどに。
ひょっとしたらその中にレイラがいるかも知れない。音楽という絆を持つ四姉妹、音楽によって再び惹かれ合うような事があってもおかしくない。

もしレイラがそこにいたら、自分の音で楽しまてやろう。
例えレイラがいなくても、自分の音を気付かせてやろう。

きっと、メルランはそんな想いを抱いているに違いない―――

独り言のような最後の一言は、彼女の想いを全て代弁しているようにすら聞こえた。


「・・・それで、最初の質問の答えだけど・・・・・・もしかしたらもう答えるまでもない?」
「ええ、ここまであなたを探しにきた甲斐がありました・・・・・」
「私もあなたと話せてよかった・・・久しぶりに色々喋っちゃったわ」

振り返るメルランの手には、今この場で一曲演じようというのかいつの間にかトランペットが納まっていた。だが文にそれを止める気は起こらない。メルランの目が、風が、今は無意味にテンションを上げる事を嫌っている。だから程々に気持ちを高揚させる程度の演奏だろう・・・という予測から、文はメルランのソロ演奏を期待して待つ事にしたのだ。



「はい、これ」
「・・・・・・・・・へっ?」

そんな文の期待は、ものの数秒で儚く砕け散った。
メルランは、微笑みと共にトランペットを吹くのではなく文に差し出してきたのだ。
呆気に取られた文の手は思わず伸び、トランペットを受け取ってしまう。

「あなた、トランペット吹けるでしょ?」
「・・・え・・・・・?も、持った事もありませんよ・・・・・・」
「風を知り、風に乗り、風と話す・・・・・それはトランペットを吹くのと似たようなもの、だから経験とか関係なくて吹けるはずよ」
「・・・・・そういうものなんですか?」
「そういうものなの。どんな曲でも、どんな音でもいいから、あなたの音を聴いてみたいな・・・と思って」
「そう言われても・・・・・・」
「大丈夫よ~。私はいつも手を使わずに演奏してるから、口もつける事はないの。キレイだってば」
「いやそういう問題では」

吹き口に顔を近づけ、その度に照れと恥ずかしさですぐ離れてしまう。
『経験は関係ない』とメルランは言ってくれているものの、もし変な音が出てしまったらどうしよう・・・
ならば、決まった音が出るリリカのキーボードの方がまだ気楽というものだ。

だが。



「・・・・・・下手でも笑わないでくださいよ?」
「大丈夫。最初から上手な人なんていないもの」

意を決し、口をつけ、適当な指の形で息吹を送る。
息吹は文の思った以上に軽い感触で金管を通り、自らを震わせ音となって辺りに響き渡る。
そしてその瞬間、霊の動きが機敏になった。
気のせいではない。特に目的もないように漂っていた霊たちが、やはり目的はなさそうだが漂うのではなく大きく動き始めたのだ。
決して止まらず、決して急がず。真っ直ぐには進まず、急な角度で曲がらず。
それはまるで風に流されているようで、音を発した文自身も周囲の変化に思わず音を止めてしまう。

「うわ・・・何これ・・・・・・」
「ん~・・・・・・きっとあなたの音の影響ね。私の音は霊のテンションを上げるけど、あなたの音は霊を伸びやかにするみたい。もう少し頑張ればそのうち徒競走でも始めちゃうかも知れないわよ」
「・・・・ですかねぇ・・・・・・・・・・」
「まぁどうなるかは分からないけど。じゃあこの調子で、一曲お願いね!」
「えっ、えぇぇぇぇぇっ!?」

驚き混じりの叫びがあたりに響き渡った。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。さっき生まれて初めて吹いたのに、いきなり演奏だなんて・・・・・・」
「・・・・私たちが普通の楽器を使うと思う?このトランペットはね、持った人の考えを読み取ってその人が出したい音を出してくれるっていうスグレモノなの。私たちが手を使わずに楽器の演奏ができる理由ってのはこれよ」
「へぇ~・・・・・・」
「だから、これなら自分の知ってる曲をお手軽に演奏できちゃうってわけ!ささ、頑張ってみよ~!」

金属の光沢が自慢げに輝いているように見え、トランペットは意志を持ったかのように文の手元を離れ彼女の目の前を漂う。
いわゆる演奏待機の状態なのだろうか、その本体からは煙とも水蒸気も取れぬ物が立ち上がっていた。


――ひょっとして、今なら本当に好きなあの曲を手軽に演じられるのではないか?

――ずっと昔、ひょんな事で出逢ったあの曲を。

――作り手知らずで曲名も知らないが、ひたすらのめり込んだあの曲を。

――のめり込むあまり旋律を完全に記憶し、歌詞まで自作してしまったあの曲を。


――今なら、きっと。


「じゃあ・・・ちょっとやってみますね」
「ん!頑張ってね~」

トランペットを構え、吹くフリをつけて音をイメージ。
ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド。♯に♭、クレッシェンドからデクレッシェンド。
まるでよくできた玩具のように、自由自在に音が出る。

そして改めて一つ深呼吸。文の目は取材をする時と同じ、真剣そのものになっていた。


「・・・・・・じゃ、いきます」

メルランの耳にもやっと届く程度の呟きを残し、霊たちの動きが再び活発になる。





 花咲く この世界を見下ろし

 未だ見ぬ 真実だけを求め 

 自由に 風に身を任せて

 流れる ままに唯行くのさ 

 Feel the Wind 

 Ride on the Wind Ride on the Wind 山を越えて 先へ

 Ride on the Wind Ride on the Wind さぁ

 Ride on the Wind Ride on the Wind 海をも越えてゆく そう 

 Ride on the Wind Over The Sky





「霊たちが・・・騒いでる・・・・・?違う、これは・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

まるで乱気流のように霊が飛び交い、流れを成し、渦を巻き、群れず、孤立せず、風に乗って漂い動く。
それは、霊のテンションを否応なしに上げるメルランでさえ初めて見る動きだった。
その乱気流のような流れの中心にあって、文は眉一つ動かさず音を紡ぎ続ける。
それはもはや集中とか没頭とかいうレベルではない。天狗本来の能力のせいもあるが、今や彼女は風と一つになり、思うが侭に風を、音を、自在に操っていた。

そう、それはまるで風神のごとく。





 さぁ何処へ行こうか 西へ東へと駆け抜けて 満開の花模様紡いで往く 風に花びら舞う

 Let's Go Ahead

 Ride on the Wind Ride on the Wind 全て越えて 行こう

 Ride on the Wind Ride on the Wind 今日を生きてく そうさ

 Ride on the Wind Ride on the Wind 色鮮やかな郷が

 今 幻想に 染まる 

 そして

 其の先にある答えを探し 私は風と共に歩む だから

 Ride on the Wind Ride on the Wind 郷を巡り 飛んで

 Ride on the Wind Ride on the Wind 風の噂を 聞けば

 Ride on the Wind Ride on the Wind 何処まででも行くのよ

 Ride on the Wind Over the World





「違う、これは・・・楽しんでる・・・・・・?」

否応なしに上がり続けるテンション。だが自分が創り出すテンションとは何かが違う・・・・・
メルランはその『心地よい違和感』に酔い、しかし戸惑っていた。
考えるより先に体が動き、体の内から熱くなり、なぜか笑わずにはいられない。細かい事も大事な事も考えてはいられない。
体だけでなく心までも疲れ果ててしまうまで騒ぎ続け、ある時突然糸が切れたように心身ともにへたり込む・・・
それこそがハイテンションだと思っていたし、彼女の音はそういうものだった。

だが。文が紡いでいる音は、テンションこそ上がるがメルランの音とは決定的に違っていたのだ。
霊たちがそうしているように自然と体を動かしたくなり、心はどこまでも高揚し、後ろ向きな考えなど全て吹き飛んでしまいそうな感じすらする。
なのに、それを認識できる自分がいる。自分が紡ぐ音では決してこうはならないのに。

そして、文の演奏は更に続く・・・・・・





 Feel the Wind 

 Ride on the Wind Ride on the Wind 翼広げ 先へ

 Ride on the Wind Ride on the Wind 疾風の如く そうさ

 Ride on the Wind Ride on the Wind 誰よりも速く駆ける

 そう 烈風の 如く

 そして

 貴方にも見せてあげようか 幻想の世界の真実 だから

 Ride on the Wind Ride on the Wind 優しい風 触れて

 Ride on the Wind Ride on the Wind 手を差し伸ばし 握る

 Ride on the Wind Ride on the Wind 貴方だって飛べるはず

 Ride on the Wind Go By Fantasy










「ッ・・・・・・ふぅ・・・・・・・・・」


そして最後に長い余韻を残し、風と霊の競演は幕を下ろした。
風は凪ぎ、霊は落ち着きを取り戻し、混沌の中心で文はトランペットの構えを解く。
その佇まいは騒霊三姉妹の中にあってもまるで違和感がない程度で、
とてもズブの素人とは思えないような貫禄を持って借り物の得物を携える。

パチ、パチ、パチ。

突如、拍手の音が文の意識に飛び込んできた。
ハッと我に返って周りを見れば、霊に混じってスタンディングオベーションをするメルランの姿。

「お疲れ様・・・とってもいい演奏だったわよ」

いつもの躁然とした、無意味に明るすぎる笑顔ではなかった。
文の、過去数度に及ぶ三姉妹への取材の中でも一度も見た事がない、最も最も自然なメルランの笑顔。

「いい曲よね。身も心も軽くなって、鳥みたいに飛んでいけそうな感じ・・・・・・」
「・・・・いや、普通に飛べてますから」
「何てタイトル?自作?それとも誰かの曲?」
「タイトルは・・・実は知らないんです。何時何処で出会ったのかも、あまりに昔の事なので忘れちゃいました」
「そっか~、残念・・・・・・今度のライブで演ってみようかと思ったんだけど」
「へぇ・・・・・?」
「私のソロパートになったらね、今の曲をお客さんたちの前で演奏するの。姉さんのソロパートの後で清涼剤にするのもいいし、一曲目にブチかますのもいいわよね~・・・・・今の曲、演らせてくれるでしょ?」
「・・・いや、それはいいんですがその前に問題があるのでは・・・・・・・・?」
「あ~大丈夫大丈夫。メロディはそんなに難しくなかったからもう憶えたわ」
「・・・・・・そうではなくて(汗)」


もう、メルランの意識は何時何処で行うとも知れない次のライブに向いていた。
文の話など既に聞いてやいないし、輝く瞳はどこか遠く彼方を見つめたっきり戻ってこない。
その表情も自然な笑顔からいつもの躁然たる物に戻りつつあり、その変わり身の速さたるや文を呆れさせるには十分すぎるほどの物だった。

「そうではなくて・・・・・『日時や場所は姉妹で協議する』とルナサさんが仰ってましたが?」
「ああ、そんな事?日程はともかく、場所は私の中でもう決めてあるの。姉さんもリリカも納得してくれるはずよ~」
「自信満々ですね・・・・・・」
「私なりに色々考えたのよ?そ、れ、に・・・・・・」

文に貸したトランペットを受け取り、軽く構えて音を一紡ぎ。
一度聴いただけとは思えないほどの再現度を持って力強くも軽やかな旋律が流れ、文の目を丸くさせる。

「とっておきの『新曲』を引っさげて発言する私に敵う姉さんなんていないわ」
「・・・ですね・・・・・・」
「でぇ。ついでに一つお願いしていい?」


二人の密会を知る者など口を利けない幽霊以外では一人もいないのに、わざとらしく耳打ちをするメルラン。
話をしている最中にも笑みがこぼれ、声も数度上ずっては途切れ途切れになる。
耳を貸す文の顔は二転三転、最終的に楽しさを帯びた顔に落ち着いてメルランの内緒話に耳を傾けていた。


「・・・ね!お願いできる?」
「分かりました・・・・・・じゃあ準備もありますから急いで戻らないと」
「さすが天狗さん、話が分かるぅ♪」
「メルランさんも一緒に。ルナサさんたちの所へ戻るんでしょう?」
「あ、ちょっと待っ・・・・・・わひゃっ!?」

いそいそと帰り支度するメルランの体が勢いよく前に引っ張られた。
足は木の枝から離れ、そのまま空に飛び立ち、出した事もないような速度で風を切り突き進む。
風圧に耐えて何とか目を開けてみれば、自らの手を引きつつ走るように空を駆ける文の姿が辛うじて目に映った。
だが何か言おうにも、大量の空気が口に流れ込み言葉を紡ぐ事すらままならない。
まともに喋ろうと思ったら空気が口に流れ込まないように俯かなければならないわけで。

「わぷ・・・ちょ、ぉっ!?・・・・・・速い速い速い!速すぎだってばぁ!」
「私と一緒に来た方が全然早いですからー。すぐ着きますから我慢してて下さいね」
「だ、だめぇっ!ちょちょっ待っ、速いから!ホント、もう・・・・・!」

時速にしたらどれほどの数字を叩き出しているのか分からない。
ただ狂ったような速さで流れていく景色を眼下に収め、理不尽に暴れる風に喘ぎ、異常とも言える速さを恐れ、文を掴む手にも思わず力がこもっていく。

「・・・そんなに強く握らなくても、私は離れたりしませんよ?」
「分かってるけどっ・・・!・・・・もっと・・お手柔らかにっ・・・・・!」
「え?・・・・・あー、やっぱりこの速さはキツかったですか」

しれっとした顔で文が言う。

この速度の中、何故彼女はこんなにも余裕でいられるんだろう・・・
この速さで移動するのが普通だから?
それとも天狗という種族の頑強さ故に?

その理由などどうでもいいのだが、ますます握る力を強めながらメルランはただひたすら一つの事を思っていた。
即ち『音は、風は、侮り難い』と・・・・・・


そして、身に当たる風が少し弱まったような気がして・・・・・・























文文。新聞
『第○○回騒霊ライブ 日程決まる』

幻想郷の霊たちを楽しませてやまない、プリズムリバー三姉妹による騒霊ライブ。
この度、次回公演の日取りが決定した。
公演は○月○日、場所は通例通りなら幻想郷内の特定の花畑が指定されるのだが、
今回はいつもと全く違う場所が指定された。
次回公演が行われるのは三途の河のほとり、開催場所に合わせてイベント名も
『Live Stygian PrismRiver』となる。
この開催場所変更には次女メルラン・プリズムリバーの強い要望があったとされ、
最終的な決定権を持つ長女ルナサも退かざるをえなかったのだと言う。
次回公演がこれまでと全く趣が異なる物になるのはほぼ間違いない。元来は霊を
対象に行われている物だが、これを機に人妖の諸氏も足を運ばれてはいかがだろうか。


「今回は妹の立案により、開催地を大幅に変更する事になりました。
 いつもと勝手が違うでしょうが、私は日々の練習の成果を発揮するだけです」
 (ルナサ・プリズムリバー)

「前からここで演ってみたかったの。あっち側(彼岸)の人も見に来れるでしょ?
 私の音で、成仏した人もしてない人も思いっきり楽しませるわよ~」
 (メルラン・プリズムリバー)

「まあ、メル姉の気まぐれなんて今に始まった事じゃないしねー。
 どこで演っても騒霊は騒霊、仕事はキッチリこなすからちゃんと見ててよね」
(リリカ・プリズムリバー)























「うひゃ~・・・・・・」

リリカの口からはただただ感嘆の声が漏れるのみ。
舞台の袖から覗いただけでも、漠然と指定しただけの『三途の河のほとり』には
これでもかというほどの白山の人(霊)だかりが出来上がっているのが見えたのだった。
人の入りの良さは文の新聞記事の効果とも、三途の河という場所の特異性とも言われているが真相は分からない。
ただ、新聞記事を呼んで興味を持った者も少なからずいるだろう。そういう者が一人でも多く来てくれる事が、三人は嬉しかった。

「メディアの力って奴は恐ろしいわね~」
「何言ってんの。あんたが言い出した事でしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ。まさかこんなに来るとは思ってなかったわよ」
「見覚えのある顔もいるわね~・・・紅白とか犬肉とか」
「顔があるのは人か妖怪だけ。確かに結構来てるみたいだけどさ」


「まあ、何にせよ」

姉妹の話を、長女の一声が遮って止める。

「ここまで来たら後戻りなんてできない・・・メルラン、分かってるでしょうね」
「勿論」
「リリカは?」
「小さくてもルナ姉の妹だよ?」
「分かってるならいい・・・折角あの記者さんに記事を書いてもらったんだし」
「・・・・・・・・・」

言われて観客の方に目をやるメルラン。
今日は、今回のライブの陰の功労者とでも言うべき文も半分取材目的ではあるがこのライブを見に来ているはずである。
今回の盛況ぶりと『新曲』の完成は彼女なしには考えられなかった。
これだけの人だかりなら、きっとレイラもどこかにいるだろう。メルランの感慨も一塩というものだ。

「さあ、あとはみんなの力を出し尽くすだけ・・・・・・征くわよ。メルラン、リリカ」

ルナサが手を差し出し、妹二人も掌をそこに重ねて円陣を組む。
ライブの前には必ずやるようにしている、プリズムリバーの気合注入。ちんどん屋もこれで結構本気なのだ。





「We are!」


『Prismriver!!』





三つの声が、気持ちが一つになり、おちゃらけていた空気は微塵に消えてなくなった。
たった今より、彼女たちは幻想郷屈指の楽器使いとしてステージを狭しと駆け回るのだ。
そして白山の前に躍り出る三人・・・無数の声なき声が漠然とした大気の震えとなってステージを揺らす。
いきなり客のテンションは最高潮、たまらずメルランが前に走り出す。


「みんなー!今日もたくさん集まってくれてありがとーっ!!」


オォォォォ・・・・・・・ンンン・・・・・・・・・・・・・・・・・


メルランの声に呼応して、大気は巨大な風鳴りを生んであたりに轟く。
これぞ幽霊流の大喝采という奴で、トランペットを構えるメルランの顔も一層明るくなる。

「今日は、私と私の大事な親友が協力して作った新曲から始めるからね!みんなちゃんとついて来てよ~!!」


曲を始める前の、一瞬にも満たない精神集中。
その時、メルランの目に見覚えのある顔が留まった。

(あ・・・・・・!)

白いブラウスと烏の黒い翼、そして赤い角帽をメルランは忘れない。
こういうのを奇跡と言うのだろうか、精神集中で一瞬俯いた瞬間、何気なく向けた視線の先に文がいたのだ。
観客兼取材として来ていた文だが、取材道具のペンとメモは流石に出していないらしい。
フリーハンドの両手を精一杯振り、幽霊たちに埋れてしまわないように必死でアピールする姿がメルランにも届いた。
きっと『頑張れ~!』とか『メルラン最高!』とかそういう歓声を上げている事だろう。
メルランはそれにウィンク一つを返し、一つ息を吸い込んで言葉を続けた。



「それじゃ一曲目!『風神少女』、いくよ~っ!!」










そして、音楽という名の弾幕が放たれる。
支離滅裂?いやはやw
形はどうあれ、トランペットつながりでメルランと文のお話を書いてみたかったのです。
メル×文なのか文×メルなのかは分かりませんが(ぉ

なお、『風神少女』の歌詞として蒼羅 翠さん作詞の歌詞を使わせていただきました。多謝。
あと雨水さん、ほんのちょびっとゴメンナサイ(ぉ





一度でいいからアムステルダムに行ってみたいね。
0005
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1700簡易評価
26.80no削除
ありがちではありますが、キレイにまとまった良い話であります。
38.80削除
いい組み合わせですね。
メル×文。新たな境地に目覚めさせていただきました。