「鳳翼転翔!」
「もこちゃんこちら~。手の鳴る方へ~」
「逃げるなー!」
今日も今日とて、藤原妹紅と蓬莱山輝夜は殺し合いをしている。言動からは殺し合いとも呼べるかどうかわからない世界になっているが、お互い相手を攻撃している手段は間違いなく相手を消し去ろうとしているものだ。
そして被害は増える。周りの地形を削り、燃やし、消滅させる。山が形を変えたり、川が蒸発したりと、風光明媚な場所がなくなっていく。
さらに被害者もいる。その中心となっているのは2人。上白沢慧音と八意永琳だ。慧音にしてみれば、人間を守る立場であり、数少ない友人の妹紅を見捨てるわけには行かず、永琳にしても姫と敬い付き従っている主を放置するわけにも行かず。
やっかいなことに、妹紅も輝夜も不死ときている。つまり2人のこの戦いに終わりはない。放っておけば、未来永劫出会うたびに殺し合いを続けて行くことだろう。
「ふふ。そろそろ終わりにしてあげる。神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』」
「ぐ……ああああぁぁぁぁ」
「ふふ。串刺しもこちゃんの完成」
そのまま妹紅は地面に落とされた。地面に赤い花が咲いた。
「さあ、行くわよ永琳」
「……はい」
その日はそれで終わることとなる。
人間の里からそう離れていない場所に慧音の住居はある。半人半獣ということで本来は人間からよく見られることはないのだが、慧音は人間に危害を加えるどころか人間の味方をしている。そのため人々も慧音の存在を悪いほうへ考えたりはしていなかった。
「ふう」
慧音は輝夜にぼろぼろにされた妹紅を家に連れて行き、怪我の看病をしてようやく自宅に戻ってきたところだった。
と、玄関に人影がある。見覚えのある顔だ。
「何だ? 輝夜の従者ではないか?」
「こんばんわ。もっとも、さっきまで会っていたけどね」
姿を見せたのは永琳だ。後ろには鈴仙とてゐもいる。
疲労はあるが無視するわけにもいかない。慧音はスペルカードを取り出し戦闘態勢を取る。それを見て永琳は微笑を浮かべた。
「勘違いしないで。今日はちょっと話し合いに来たの」
「話し合い?」
訝しげに永琳を見る慧音。それもそのはず、相手は紛れもない天才だ。愛用の弓矢こそ持ってきていないようだがどんな計略を隠し持っているかわかったものではない。警戒するに越したことはない。
とはいえ友好的に来ている者を無碍にするわけにもいかない。慧音はとりあえずスペルカードはしまうことにした。
「それで、話し合いとは?」
「何とか姫様と妹紅を仲直りさせることは出来ないものか、と思ってね」
見事に意表をつかれた。話し合いと言ってもどうせ下らないことだろう、とたかを括っていたからだ。
だが、これはチャンスでもある。慧音とてこの機会をずっと伺っていた。あの2人にこの無茶苦茶な行動は止めるように、と。だが、お互い聞く耳持たずだったので今の今までずるずると来てしまっていた。
「あなたも感じてるでしょ? こんなことをしていても何も終わらない。根本的にあの2人には終わりがないのだし」
「確かに……最初にうちはそれぞれ許せない感情があることだし協力もしていたが、最近の行動は目に余るようになってきているな」
今でこそ人的被害はほとんど出ていないが、人里であんなことをされたら、慧音も妹紅に対して厳しい処置をしなくてはならなくなる。
永琳とて下手に目立つ行動ばかり繰り広げていては、いつ月の輩に感づかれるかわかったものではない。幻想郷自体が巨大な密室だとしてもわざわざ自分から居場所を知らせるようなまねをする必要はない。
「そういえば、この前やりあった時は永遠亭に弾幕が飛び火していなかったか?」
「したわよ。おかげでせっかくの薬用の花壇が消滅したわ」
しれっと、永琳。表情は落ち着いているようだが、内心は知れたものではない。
「そっちだって前に人里近くまで戦闘が広がってた時いろいろ面倒なことになってなかった?」
「ああ、畑と川と潰され、家屋が三棟ほど消し飛んだ。避難が完了していたから怪我人こそ出なかったがな」
あのあと必死に村人に謝り何とか事なきを得たが、そうそうこんなことをしていてはせっかく培った村人からの信頼をなくすであろうことは火を見るより明らかだ。
「言いたいことはわかった。しかし、それこそ長年憎みあっている2人だ。仲直りなど容易なことではないぞ?」
「それは重々承知しているわ。だから、まずはあの会うなり破壊行動に移るところから改善していこうと思ってるの」
「ふむ、正論だな。だが、何か手段はあるのか?」
「もちろん」
永琳はその手段を慧音に説明した。素直に聞いていた慧音だが、聞き終わると難しい顔をして訊ねた。
「……そんな簡単にいくものなのか?」
「そこはうまく口八丁でやるわよ。そういうのも得意だし」
「ふむ……そうだな。なんにせよ、あの性格からして直さないことには進展は望めそうにないからな」
慧音も提案自体には理解を示しているため、永琳の案に反対はしなかった。そして2人はより具体的な方法を模索するために議論を始めていた。
「よかったね、てゐ。これで毎度毎度戦闘に駆り出されなくてすむようになるかも……?」
鈴仙は慧音と永琳の作業を見て安堵の息を吐きながらてゐに話しかけようとすると、隣にいるてゐは不敵な笑みを浮かべていた。
後に鈴仙は語る。あの時にどんな手段を使ってでもてゐを拘束しておくべきだった、と。
昨日の今日であるにもかかわらず、今日も今日とて真昼間から妹紅と輝夜は遭遇していた。
「懲りないわね、あなたも。今日はどんな風に殺されたいの?」
「ふん。こっちから殴りこみに行こうと思ってたところだったのに、そっちから来てくれるとは好都合だ。昨夜の借りを返させてもらう」
ちなみに妹紅の隣には慧音が。輝夜の隣には永琳をはじめ、鈴仙とてゐがいる。もちろん例の提案を実行するためだ。
「そう。それじゃ、始めましょうか?」
「望むところだ!」
「ちょっとお待ちください、姫様」
そこへ永琳がストップをかけた。思わず動きを止める輝夜と妹紅。
「なによ永琳?」
「姫様、たまには違う趣向で勝負をして見ませんか?」
『……はあ!?』
2人して素っ頓狂な声を上げる。昔から勝負と言えば命の取り合いだけをしていた2人だけに、いきなりそんなことを言われればこの反応も仕方はないが。
「違う趣向って、どういうことだよ薬剤師」
「簡単なことよ。名づけて『新・五つの難題』」
「永琳。それは私の専売特許なんだけど」
輝夜がツッコミを入れるが永琳はさらりと無視した。
「ルールは簡単。ここにいくつかの『難題』を書き綴ってある紙があるわ。これをランダムに5回引いて、その難題を解いていくの。先に3つクリアしたほうの勝ち。勝者は負けた相手を1日奴隷に出来るってことでいいかしら?」
実はこの罰ゲームというのには慧音は反対したのだが、何の見返りもなくあの2人が話しに乗ってくるわけもないでしょ、という意見にしぶしぶ同意したのだった。それに無差別に破壊行動に出られるよりは被害が少なくなるというのも事実だ。
「まどろっこしいな。そんな面倒な事しなくても灰になるまで燃やし尽くすほうが簡単なんだけど」
「あら? 私は別にいいけど。まあ、脳みそまで熱にやられているような人には無理難題かもしれないけど」
「何だと! 輝夜みたいにあれこれ人任せで自分では何にも出来ないような奴に言われたくない!」
「失礼ね! 私だってやろうと思えばやれるわよ!」
「やろうと思わないくせに」
「言ったわねー!」
すさまじい表情で睨み合う2人。
「……ええと、話を戻していいか?」
慧音の言葉にひとまず険悪なムードが解消された。
「2人の状況はこの水晶に映し出されるから、私と慧音、それにウドンゲとてゐが公平に判断するわ」
「いいわ!」
「どんな難題でもこい」
少し意外だ、と慧音は思った。審判に等しい役職に輝夜サイドの者が3人もいるのだから当然突っかかってくるものだと。
が、実は単に妹紅は勝った後輝夜をどんな目にあわせてやろうか、とすでに勝利後のことを考えて真面目に聞いていなかっただけだった。慧音がこのことを知るのは後日だが。
「それじゃ、早速始めましょう。最初は姫様からどうぞ」
てゐに言われて箱に手を伸ばす輝夜。ごそごそと中を漁り、1枚の紙を取り出した。
「さ、鈴仙。読み上げて」
輝夜が引いた紙を広げて中身を見る鈴仙。そして書かれている通りに読み上げる。
「それでは1つめの難題。―――霧雨魔理沙に女性らしい言葉を使わせる―――」
「え?」
「なに?」
驚きの声を上げたのは当事者ではない。慧音と永琳だ。それもそのはず、こんな問題を組み込んだ覚えは2人ともない。本来は本当に知恵を競うようなものを用意しておいたはずだった。
「なかなかおもしろいじゃないの」
「そうね。知力がものを言う勝負の第一幕にふさわしいわ」
そんな2人の胸中などいざ知らず、完全にやる気モードの妹紅と輝夜。そして我先にと魔理沙の住まう魔法の森へと飛んで行く。
「さあ、永琳様行きましょう」
2人を追うように促すてゐだが、永琳は明らかに不振な眼差しをしていた。無論、慧音もだ。
「……てゐ、まさかあなた……」
永琳の詮索にあっさりと白状するてゐ。
「はい。難題は私が変えました。あれではあの2人は勝っても負けても納得しないでしょうから」
ちなみに永琳と慧音の2人が用意していたのは女性としての嗜みや作法、一般常識を問うようなものだった。
「永琳様心配ないですよ。輝夜様もあの火の鳥娘も不死なんですから、基本的にどんなことでもやってのけますよ」
「それは……そうだけど」
「それにもうあの2人すっかりスイッチが入っちゃってますから、いまさら止めるほうが危険ですよ?」
「う……確かに」
猛スピードで飛んで行く妹紅と輝夜の目は完全に据わっている。負ける、ということも耐えられないのだろうが、奴隷、という条件がそれに拍車を掛けている。
「それに……永琳様、私は常々一度お灸を据えなければならないと思うんです」
急に真剣な表情になるてゐ。
「半獣さんもそう思ってるでしょ? こっちがどれだけ裏で頑張っても、あの2人に崩壊させられてしまっている。これで腹が立たないなんていうのなら仙人でもやるほうがいいわ」
てゐに言われ押し黙る慧音。確かにそう思ったことも少なからずあるからだ。
「でもこれは……」
「大丈夫です。それにこれは2人の仲を深める意味もあるんですから」
「どういうことだ?」
「この中に書かれている難題はどれもこれもかなり困難なものです。今でこそ2人は勝負のためにやりあっていますが、そのうち2人で協力しなければならないような事態になっていくことは容易に考えられます。そういったことを経て、お互いの中が良くなっていくというのが世間の常識です」
「……なるほど」
納得する永琳。慧音も、ほう、と感嘆の声を漏らす。
「さあ、2人を追いましょう。永琳様。半獣さん。それに鈴仙」
てゐに促され飛び立つ3人。いつの間にか主導権を奪われたような気もしないでもないが、うかうかしていると本当に2人を見失ってしまいそうだったため、3人はこれ以上言及するのは止めることにした。
その道中―――
「はい、永琳様、半獣さん」
てゐが取り出したのは缶ジュースのようなもの。それとお煎餅とお饅頭が1つずつ。
「これは?」
「先は長くなりそうですから、ちょっとしたおやつですよ。あ、大丈夫です。ちゃんと人数分用意してきましたから」
「随分と用意のいいことだな。まあ有難く頂くとしよう」
「そうね。ちょっと喉も渇いていたことだし」
2人はくい、とそれを飲んだ。
「……あんまり味はしないな」
慧音は思ったが、特にそれ以上考えはしなかった。
さらに道中―――
「てゐ。さっき師匠達に何を渡していたの?」
「ふふふ、秘密」
不思議に思うが特にそれ以上追求はしなった。それより鈴仙はてゐに言いたいことがあったからだ。
「それにしてもえらいわ、てゐ。まさかそんなことを考えてあんな行動を取ったなんて……」
永琳と慧音より少し後ろを飛んでいる2人。鈴仙はてゐを褒めようと思って話しかけた。
「はあ? なに、まさか鈴仙まで信じてたの? あんな話」
「…………………………はい?」
手のひらを返したように、てゐ。先ほどまで後光が射しているようにすら見えていたのに、今はそれが欠片もない。
「面白いからに決まってるでしょ。こんな機会滅多にないわよ、きっと」
訂正する。てゐからは後光どころか邪悪な花が大輪を咲かせている。それも満開だ。
「いっとくけど、今更邪魔しないでよね。もしそんなことしたら……」
「だ、だって後でばれたらもっと酷い目に……」
「大丈夫よ。逃げる機会はちゃんと用意してあるから」
けらけらと笑うてゐ。悪気など欠片もなくあっけらかんと述べるてゐに底知れぬ恐怖を抱く鈴仙。
(ど、どうしよう……)
心労で倒れそうになる鈴仙だが、いまさら帰るわけにもいかない。泣きたくなりそうな感情を何とか抑えて付いて行くことにした。願わくば、何事も起こりませんように、と胸中で何度も祈りながら。
魔法の森は相変わらず静かだ。太陽光も所々にしか差し込まないせいか薄暗いが、先が見えないというほどではない。魔理沙の家はそうした森の中にある。
永琳達は上空から見守ることにした。もともと状況は水晶に映し出されるから自分の眼で見る必要はない。
「どうしたのウドンゲ? 何か疲れきっているみたいだけど?」
「いえ…………なんでもないです」
本当なら真実を全てぶちまけてしまいたい所なのだが、後ろにいるてゐからの無言の視線がそれを妨害していた。
永琳もそれ以上は追求せずに水晶に視線を戻した。ちょうど2人が魔理沙を見つけたようだ。
「おや? 珍しい組み合わせだな」
気分転換に外で魔法の実験としているところに現れたのは輝夜と妹紅の2人。どちらも我先に、と一歩前に出ようとしている。
「な、なにやってんだ?」
べしゃっと変な音がした。妹紅が輝夜の足を引っ掛けて転ばせて輝夜の顔面が地面に激突した音だ。
「なあ、白黒魔法使い。真剣に聞きたいことがある」
「う……」
ずずい、と眼前に近寄ってくる妹紅に、さしもの魔理沙も後ずさる。どこか表情が鬼気迫っているようにも見受けられる。
すう~と1つ深呼吸をして、妹紅ははっきりと言った。
「あんた……実は男だろ?」
「……は?」
「男じゃないのなら、女らしい言葉で喋ってみて?」
「……………………マスタースパーク」
いきなりとんでもなく失礼なことを聞いてきた妹紅に、魔理沙は有無を言わさずスペルカードをぶちかました。光の奔流に妹紅の姿が掻き消える。
「ったくあいつめ。どういう教育をされてきたんだ? 親の顔が見てみたいぜ」
いきなり問答無用でマスタースパークを放つあたり人のことなど全く言えたものではないが、魔理沙的には問題ないらしい。
「つまり妹紅はこう言いたかったのよ。魔理沙は女性らしい言葉使いが出来るのかって?」
いつの間にやら復活した輝夜が今度は魔理沙に問う。
「馬鹿にするな。それくらい当たり前だぜ」
「じゃあやってみて?」
「なんでだよ? 面倒だぜ、そんなの……」
「珍しい月の珍品あげようか?」
「あー! 汚いぞ輝夜ー! 破壊光線魔砲使いの趣味に訴えかけるなんて!」
リザレクションが完了し、戦線に復帰しようとしたところへ輝夜の汚い買収行動を目の当たりにし、激昂する妹紅。
「くすん。悲しいわ。私、健全な魔法使いなのに。信用されないなんて……しくしくしく……」
そんな妹紅の心境などいざ知らず、輝夜の言葉に機敏に反応して地面にへたり込んで泣き出す魔理沙。もちろん真似事なのだが、あまりに見かけない風景なので新鮮味より先に不気味さが際立つ。
ただ、運が悪かった。その状況を偶然―――本当に偶然見てしまった人物がいた。同じ魔法の森に住むアリス・マーガトロイド、そして偶然アリスを取材していたある意味もっとも見られてはいけない人物―――伝統の幻想ブン屋の射命丸文。
「ま、魔理沙が……魔理沙が……乱心した~~~~!!!!????」
「こ、これはスクープです!」
「待てアリスに天狗! 誰が乱心だ!?」
泣き真似などあっさりやめて叫ぶ魔理沙。すでに口調は元に戻っているのだが、先ほど発した一言はそんな現状認識能力を欠如させるほどの効力を持っていたようだ。2人とも全く気づいていない。
「だってありえない!? 嘘? 何で? 熱にやられたの? それとも変な薬でも飲んだ? は!? まさかあの紫魔女に変な魔法かけられたとか?」
「だから何でそういう展開になる!?」
なおも説得しようと試みる魔理沙だが、効果は全くない。むしろ暴走に拍車が掛かっている。
「すぐさま明日の朝刊の一面を差し替え……いや、そんなまどろっこしい事はしていられません。即座に号外の準備を……」
「人の話を聞けー!」
「幻想郷を揺るがす一大事だわ。魔理沙、お願いだから正気に戻って…………はう!?」
なおも錯乱したことを言い続けるアリスを箒で殴りつけて黙らせて、猛スピードで飛んでいった文を追いかけるべく全速力で追跡する魔理沙。後には妹紅と輝夜だけが残された。
「はい! この勝負は姫様の勝ちです」
高らかに勝者を宣言するてゐ。それを聞いて輝夜の表情が勝ち誇ったものに変わった。
「ふふふ。これこそ、知恵を使った戦略というものね」
「そういうのは戦略じゃなくて買収っていうんだ、この腹黒女!」
「何とでも言いなさい。あと2勝すれば私の勝ち。その時は……ふふふ、どうしてあげようかしら」
「くっ……」
反論できない妹紅。確かに手段は卑劣極まりないが、勝負という観点では輝夜が勝利したことに変わりはない。
「もういい! 次行くぞ! 今度は私が引く番だ!」
「はい。どうぞ」
ぐい、と箱を持っている鈴仙を押し出すてゐ。乱暴に手を突っ込みすぐに1枚の紙を取り出した。鈴仙はそれを受け取り、読み上げた。
「2つめは―――西行寺幽々子の食事を強奪する。量が多いほうの勝ち―――ってこんなこと本当にやるの?」
「当然!」
「当たり前でしょ」
もはや引っ込みがきかないのか、闘志剥き出しの2人。
「まあいいじゃないか。やらせてみようではないか」
ばしばし、と鈴仙を叩く慧音。どこか性格が豹変しているようにも見える。
「師匠、何とか言ってやってくださいよ……?」
永琳に助けを求めようとする鈴仙だが、当の永琳の様子がどこかおかしい。鈴仙の話を聞いているようにはとても見えない。
「し、師匠?」
目がトロンとしている。眠そうであるが、どこか違う。これはよく博麗神社の宴会で見る顔だ。
「永琳様も管理が甘いのよね。あんな所に置いてあれば使ってください、って言っているようなものだと思うけど」
「てゐ、それって……」
見た覚えがある。最近永琳と一緒に開発していた新薬。まだ完成したばかりで門外不出にしていたはずだ。
「これ? 永琳様が姫様に頼まれて作ってた薬。蓬莱の薬のせいで基本的に毒は効かないんだけど、酒に酔うことが出来ないのは面白くないって言って作らせたらしいよ」
嫌な予感が的中した。ということは2人の突然の豹変振りは間違いなくこれのせいだ。
「きゃははははは! 美味しいよ、これ」
「永琳どの、ほら、もっと飲め飲め!」
すっかり酔いが回ってしまっている永琳と慧音。半人半獣の慧音や毒に対する完璧な耐性を持つ永琳にすら効果が及ぶとは、さすが天才の作った薬、というべきなのだろう。
「匂いも味もないって便利よね。さ、これでもう邪魔は入らないわ。心ゆくまで堪能しましょうか」
もう後には戻れないところまで来てしまった。鈴仙はこうなったら早く終わってくれることを願いつつ、第2の難題が行われる場所―――白玉楼へ向かった。
白玉楼。その奥に幽々子の豪邸はある。相変わらず綺麗に清掃されているが、これは従者である妖夢の功績ということは幻想郷の人物なら誰でも知っている。
その豪邸の縁側ではいつものように幽々子がお茶と茶菓子をとなりにのほほんとしていた。妖夢はこれまたいつものように掃除中だ。
「よ~む~。今日のご飯はなに~?」
まだ昼過ぎだというのに話の話題はすでに夕飯になっている。が、これもいつものことなので妖夢はさして驚かない。
「はい。今日は秋が旬の栗が大量に手に入りましたので、栗ご飯を作ろうかと」
「それはいいわ~。それじゃあ5人前で」
「……かしこまりました」
もういつものやりとりなので敢えて反対しない妖夢。下手に反論しようものならその10倍くらい言い返された挙句、罰と称して料理の量を増やされるのがオチだ。ならば素直に最初から従ったほうが面倒がなくていい、と妖夢は達観した考えを持っていた。
事実、妖夢はすでに5人前の準備を済ませておいたのだ。昼食を作りつつ夕飯の下ごしらえまで着手しているのは、もちろん幽々子の食事量を考えてのことだ。後はそれにおかずを何品か用意すれば事足りる、はずだった。
掃除を終えて調理場を覗いた妖夢が見たもの。それは無残にも食い漁られた食材の数々。完成していた栗ご飯はもちろんのこと、下準備を済ませていたおかずまで見事にやられていた。
そしてそれを行っている人物が2人。輝夜と妹紅は妖夢が見ているにもかかわらず、激論を繰り広げていた。
「あ~! それは私が食べようとしていたものだぞ!」
「何言ってるのよ! こういうのは早い者勝ちよ」
本来の趣旨は食事を強奪してその量で勝敗を競うものだったのだが、ちょっと摘み食いしてみた栗ご飯の美味しさにいつの間にか食べた量での勝負になってしまっていた。2人とも口いっぱいに食材を詰め込んで喋っているため、いるためお世辞でも上品とは言えない。
あまりといえばあまりの光景に暫し呆然としていた妖夢だったが、だんだん冷静さを取り戻してくると、いつまでも馬鹿騒ぎをしつつ、なおかつ自分に気づいていない2人に激と飛ばした。
「お、お前達、いったい何をーーー!!!」
妖夢にはいくつか禁忌、とされているものがある。例えば庭掃除をサボること。茶葉と茶菓子を切らすこと、などがある。なかでも最大禁忌とされているもの。それが食事の準備が遅れることだった。今から準備をするのでは間に合わないことはないが、かなりハードだ。
おまけに食材がないことにはいかな妖夢といえど作りようがない。特にメインとなる栗だけはなんとしても確保しなければならない。このまま放置しておいてはこの2人に全て食い尽くされてしまう。
「うわあああぁぁぁ、お前達いい加減に……」
「うるさいわよ! 神宝『ライフスプリングインフィニティ』」
相手のことなど全く見ないでスペルカードを発動させる輝夜。妖夢は突如現れた閃光やら弾丸やらをなんとかかわしたが、その間に2人は姿を消してしまっていた。
「あああ……どうしよう、どうしよう。このままでは幽々子様に……」
「……妖夢」
ぽん、と肩を叩かれる。妖夢は声にならない悲鳴を上げた。肩を叩いたのはもちろん幽々子だが、その表情は筆舌しがたいものになっている。
「これは、いったいなに?」
「あ、あの……賊が侵入して……」
凄みのある声にぼそぼそとしか話せない妖夢。普段が普段だけに、いきなりこういう一面を見せ付けられるとその恐怖感も一際大きいようだ。
「行くわよ、妖夢! 犯人はどこ!?」
「え、いや、その……たぶん幻想郷……」
それだけ聞くと普段の行動や言動はどこへやら、妖夢も見たことのないようなダッシュで飛び去って行く主の姿。妖夢はしっかり犯人も誰だかわかっているのだが、それを告げる間もなく幽々子は飛び去ってしまった。
(……普段からあの10分の1でいいから、行動にあらわれてくれたらなあ……無理だよね、幽々子様だし)
そんなことを考えつつ、幽々子のあとを追う妖夢だった。
「あはははは。ほら、鈴仙も見てみなよ。面白くなってるよ?」
「……なんであんなの見て笑えるの、てゐは?」
「まだまだこれからよ。本当に面白くなるのは」
もはや妨害も中断もされる心配がなくなったため、実に生き生きとしているてゐとは対照的に、鈴仙の表情は真っ青になっている。
「し、師匠~。何とか言ってくださいよ……」
「はい~うどんげちゃん、なに~」
「はははは、楽しいなあ~、永琳どの」
駄目だ。鈴仙は一目見てそう判断した。すっかり出来上がってしまっている永琳には何も期待できない、と。もちろん慧音にも、だ。
「この勝負は引き分けですね。勝手に勝負の方法変えちゃってましたし」
2人ともとりあえず納得はしたようだった。負けではないということでよし、ということだろう。
「さあ、次に行きますよ。今度は輝夜様の番ですね」
再度回ってきた輝夜が再び箱に手を入れる。そして鈴仙に渡す。鈴仙はできるかぎり心臓に悪くないものをお願いします、と願いながら中を見た。神様なんていない、と思った。
「3つめ行きます。―――紅魔館の吸血鬼レミリア・スカーレットの額に油性マジックで『肉』の字を書いてくる―――」
「待ちなさい! ここから先は立ち入り禁止です…………っていきなり!?」
門番として立ちはだかっていた美鈴を挨拶もなしにいきなり火の鳥で燃やす妹紅。さらには追撃と言わんばかりにサラマンダーシールドで念入りに燃やし尽くす輝夜。後には黒焦げで泣く美鈴だけが残っていた。
中に入ると早々に1人の人間が立ちはだかった。十六夜咲夜だ。
「全く、騒々しいわね。余計な掃除を増やさないでほしいんだけど」
「うっさい。用があるのはレミリア・スカーレットだ。そこをどけ」
強引に進もうとする妹紅だったが、気がついたら再び前方に咲夜がいた。時を止めて回り込んだのだろう。
「まさか私を前に先に進めるなんて思ってないでしょうね?」
咲夜が不適に笑う。確かに時間を操れる咲夜を無視して先へ進むのは不可能とはいわないが至難の業だ。
だが、そんな咲夜を見て逆に笑い返した人物がいる。輝夜だ。
「そういったセリフは……これを見てから言うことね!」
咲夜が懐から取り出したもの。それはレミリアそっくりの人形(手のひらサイズ)だった。
「な!?」
それを見てまともに狼狽する咲夜。輝夜は罠に掛かった獲物を見るような目で咲夜を見た。そして唐突に人形を投げた。
「はい、もこちゃんパ~ス」
「へ?」
ぽい、と投げられた人形を思わず受け取ってしまう妹紅。
「じゃあ頑張ってね~」
すたこらさっさと先に行く輝夜。残されたのは妹紅と咲夜。
「ちょ……輝夜、貴様ー!」
「ふふふ……大人しくそれを渡して刺される? それとも……」
幽鬼のような表情で迫ってくる咲夜。妹紅はこんな人形燃やしてやろうかと考えたが、そんなことをしたらこのメイドに何をされるかわかったものではない。仕方なく妹紅は不毛な弾幕合戦を余儀なくされるのだった。
「さ~て、もこちゃんが足止めしている隙に……あ、ここね」
レミリアの部屋を見つけそろそろと中に入る輝夜。さすがに寝ているのだから煩くするわけにはいかない。抜き足差し足でベッドに近づく。覗き込むとレミリアは熟睡していた。前夜に霊夢達と夜のお花見をしていたらしいのでその疲れがあるのだろう。
「しめしめ」
懐から油性マジックを取り出す。きゅぽっとキャップを外す音がしたが、レミリアに変化はなかった。輝夜は安心してレミリアの顔にマジックを向け、はしらせた。
「う、うぷぷ……」
自分でやりながら思わず笑ってしまう輝夜。と、そこへ弾かれるように扉が開いた。
「お嬢様ー! 無事ですか!」
咲夜が飛び込んできた。手にはしっかり16分の1レミリア人形を持っていたりする。妹紅がいないところを見ると撃退したか、奪うものだけ奪って時間を止めて置いてきたのだろう。
「ち、あんまり時間稼ぎにならなかったかしら。まあいいわ。目的は達成したことだし」
「貴様! お嬢様に何を……」
「じゃあね。神宝『蓬莱の玉の枝―夢色の郷―』」
「くっ!」
広範囲無差別スペルを展開する輝夜。時間を止めて追撃するのは容易いが、まずはレミリアの無事を優先させることが大事と判断した咲夜は、時間を止めてレミリアを救出した。その間に輝夜はさっさと脱出してしまっていた。
「んむぅ……なによ、騒々しいわね……」
咲夜に抱えられているレミリアが目を擦る。
「お嬢様、ご無事……で……」
硬直する咲夜。不思議そうな目でそれを見るレミリア。
「どうしたのよ、咲夜……」
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!! お嬢様がああああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!!」
地を揺るがすのではないかという程の絶叫が紅魔館の隅々にまで響いた。紅魔館に住む全員が何事か、と思って集まってきたのは仕方ないだろう。結果、レミリアは紅魔館に住む全員にもっとも見られたくないものを見られることとなってしまったのだった。
「輝夜! よくも人を囮に使ってくれたな!」
「ふふふ、知力の勝利ね」
勝ち誇る輝夜だが、そこにてゐが口を挟んだ。
「輝夜様、残念ながらこの勝負は引き分け、というより無効です」
「え?」
「なんでよー!」
「見てください。『肉』の字が『内』になってます」
水晶を通して見るレミリアの額。そこには確かに肉ではなく内という字が書かれていた。
「や~い! はっずかし~!」
「う、うるさいわね! あの馬鹿メイドが途中で邪魔しなければ今頃は!」
罵る妹紅に真っ赤になりながら反論する輝夜だが、説得力はあまりない。妹紅はここぞとばかりに輝夜を馬鹿にして楽しんでいた。
「あはは、ねえ鈴仙も見てみなよ。あの吸血鬼、真っ赤になりながら必死に落とそうとしてるよ。油性ペンだから大変そうだね~」
「……これが私達の仕業ってばれたら、枕を高くして眠れなくなるような気がするのは私だけ?」
心底楽しそうなてゐとは対照的な鈴仙。
「ふ、ふん。いいの? これで私があと1勝すればあなたの負けは確定よ?」
「くっ」
引き分けが2つ発生してしまったせいで、事実上先に2勝した方の勝ちになった。妹紅は後がなくなったことになる。
「次勝てばいいだけの話だろ。ほら次行くぞ!」
妹紅はさっさと箱から紙を取り出した。今までの傾向から半ば諦めたように鈴仙は読み上げた。
「……4つめです。―――寝ている八雲紫を叩き起こし、『年増妖怪』と3回告げて名を名乗る―――」
マヨヒガは平穏が最大の特徴であったのだが、最近はいろんな人物が訪れるようになってきてその平穏が乱されつつあるように思える。少なくとも藍にはそう思えた。
(まあ、だからといって毎日騒動があるわけではないが……幸い今日も平穏そのもの……)
がしゃああ~~~ん
「藍様、藍様~! 大変ですー! 不法侵入する輩が2名……うにゃあああぁぁぁぁ」
騒音と橙の悲鳴に堪らず藍は部屋を飛び出た。
「な、なんだ!? 貴様ら、橙にいったい何を……てお前ら確か蓬莱山輝夜と藤原妹紅……ぶっ!?」
玄関でとおせんぼをしていた橙を妹紅が蹴飛ばし、慌てて出てきた藍を輝夜が裏拳一発でぶっとばす。もはや通り魔と同類だが、今の2人にはそんな説得は通用しない。目指すは奥で眠っているスキマ妖怪―――八雲紫ただ1人。
「ええい! どこにいるんだ、あのスキマ妖怪は!」
「片っ端から部屋を散策するほうが早そうね」
2人は部屋を見つけるごとに開けて、紫がいなければ次、という作業を繰りかしていた。ある意味当初てゐが言ったとおり共同作業ともいえなくはないが、目的が目的だけに仲がよくなっているようにはとても見えない。
「あそこで最後だ!」
「妹紅、邪魔、どいて!」
「ふざけるな、私が先だ!」
押し合い圧し合いを続けながら進もうとすると、突如輝夜の周囲を簡易的な結界が包んだ。結界の外は弾幕で覆い尽くされている。
「ちょっと何するの!」
輝夜の叫びにどこからともなく声が聞こえてくる。藍の声だ。
「それはこっちのセリフだ! いきなり人の家に押しかけてきた挙句、話も聞かずに殴りかかってくるなどと。せめて貴様だけでも拘束させてもらう」
どうやら輝夜を『狐狗狸さんの契約』で包囲したようだ。これではさすがの輝夜も迂闊に外へは出られない。不死とはいえ痛いものは痛いのだ。
「ふざけないでよ。ああ~、妹紅が先にいっちゃう~」
拘束し切れなかった妹紅が部屋の奥へ消えて行くのを輝夜はしっかりと捉えていた。どうやら紫を見つけたようだ。
「ああもう! 妹紅に先を越されちゃったじゃないの!」
「知るか! とにかくまずは貴様から黙らせる!」
こうして妹紅のあずかり知らぬところで弾幕合戦が開始されるのだった。ちなみに橙も参戦しようとしたのだが、レベルがあまりにも高くて迂闊に飛び込めば簡単に撃墜されるのは目に見えていたので隅っこで藍を応援していた。何気にこの応援は功を奏していたらしく、後日藍は、あの応援のおかげだ、と橙を褒めたらしい。
一方、妹紅は布団で安らかに眠っている紫と見つけると、問答無用で揺さぶっていた。もはや後がないだけに必死なのだ。
「起きろー!」
布団に包まった紫を揺すり、叩き、あまりに反応がないので火の鳥で燃やした。プスプスと黒煙を上らせながら、紫がのそっと立ち上がった。まだ寝ぼけているのは簡単に見て取れる。
「誰よ~……昼間は寝てないと美容に悪いのに~……」
ごしごしと目を擦りながら紫が呟く。そこには大妖怪の威厳の欠片もない。もっとも本人も大妖怪としての自覚はあまりないようだが。
「いいか、一度しか言わない。よ~くきけ」
「だから何よ~……」
すぅ~っと息を吸う妹紅。ほや~っとした目でそれを見つめる紫。
「年増妖怪! 年増妖怪! 年増妖怪! 藤原妹紅だ!」
沈黙。あれほど騒がしかった数秒前が嘘のように静かになった。今なら心臓の鼓動音まで聞こえてきそうだ。
本来ならこれで目的を達成したのだからさっさと出て行けばいいのだが、妹紅も場の雰囲気に半ば飲まれてしまっているため動くに動けない。何か喋ってくれないと身体が反応してくれないのだ。
そのまま待つこと1分ほど。静かに、まるで地獄のそこから響くような声で、紫が口を開いた。
「……なん…………ですって?」
「用件はそれだけだ。それじゃあ邪魔したな」
いてもたってもいられず、妹紅はその場から逃げ出した。なるべく爽やかに告げてきたつもりだったが、紫がどうとらえたかは定かではない。
妹紅が姿を消した数分後、紫の部屋に藍が飛び込んできた。
「紫様! 大丈夫で……す…………か」
輝夜を追い払った後、藍が見たもの。それは藍が思わず引いてしまうほど妖力に満ち溢れていた紫の姿だった。
「は~い。この勝負は妹紅さんの勝ちですね」
「ふ。ざっとこんなものだな」
勝ち誇って、妹紅。輝夜はというとなんとか藍の弾幕を突破して逃げてきたようだが、どことなくぼろぼろになっている。表情も勝負に負けたせいもあって穏やかではない。
「これは勝負は最後の難題で決まるということね」
「そういうことだな。もっとも、勝つのは私に決まっているが」
「言ってなさい。後で吠え面かくのはどっちかしらね」
「さて、最後は公平を期すために、鈴仙に難題を選んでもらいます」
「ええ~!? 私が?」
「そうです。さあ、ずばっと引いてください!」
催促とも取れるてゐの言葉。輝夜も妹紅も特に異論はないのか、互いに視線をぶつけながらも鈴仙の行動に注目しているようだ。
もう覚悟を決めるしかない、と鈴仙は箱に手を入れ1枚の紙を取り出した。
「で、では最後の難題を発表します。―――博麗神社の賽銭箱に収められたお賽銭を強奪する―――」
『いや、無理』
輝夜と妹紅の声がピタリとはもった。手を前で振る仕草まで同じだった。それほど不可能ということだろう。
「だってこれ、前提がそもそも無茶だし」
「そうよ。あそこの神社に参拝に行く奇特な人物はいないわよ」
霊夢が聞いたら問答無用で攻撃されそうなことを言う2人。もっとも、鈴仙もほとんど同意見なのだが。
「無理なら手を加えればいいだけ。鈴仙、出番よ」
「は?」
いきなりてゐに名指しで呼ばれ、びしいっと指を指され驚く鈴仙。
「そう。それじゃルールを説明するわ。まず、鈴仙にこれを渡すね」
そう言っててゐが取り出したのは500円玉。それがちょうど5枚ある。
「これをお賽銭とするよ。そしてこれを鈴仙に賽銭箱に投げ入れてもらう。そしたらスタート」
「ちょ、ちょっと待って……」
鈴仙が何か言おうとしているが、てゐは完全に無視した。そのままルールの解説を続ける。
「2人にはこれを強奪してもらいます。これを相手より1枚でも多く手中に収めたものが勝者です」
「なるほど。まさに最後の難題にふさわしいわね」
「輝夜の難題より難題だが、まあ私にかかればなんてことはないな」
2人ともルールに納得し頷いていた。
「で、でも、風の噂によりますと、霊夢さんって賽銭箱にお金が入った瞬間、まるで蜘蛛の巣に引っかかった餌に群がるかのように神速をもって回収するそうじゃないですか」
「だからこそ、難題なんじゃない」
鈴仙の説得もどこ吹く風のてゐ。もはや止められない。行き着くところまで行くまで、と鈴仙は涙するしかなかった。
「あら、珍しいじゃない」
「…………どうも」
博麗神社ではいつものように霊夢が掃除をしていた。鈴仙としては留守であることを切に望んでいたのだが、その願いはあっさりと破棄されてしまったようだ。
「あの……お参りしてもいいですか?」
「どうぞ。お賽銭付ならもれなくお茶とお饅頭くらいサービスするわよ~」
鈴仙の方など見ないで手を振って答える霊夢。鈴仙はお賽銭箱に向かい、そしておもむろに手を合わせた。
(博麗神社の神様……でも仏様でも大妖怪でも何でもいいです。どうか無事に終わらせて……)
賽銭を投げ込む前に全身全霊をかけてお参りをする鈴仙。どこか間違ってはいるが、当人にとってはそんなことを気にしている余裕はない。
たっぷり数分は願った後、最後の難題を発動させるべく鈴仙はお賽銭を投げ入れた。
ちゃりちゃりちゃり~~~ん
静かな博麗神社にその音は一際大きく聞こえた。様子を黙って見ていた霊夢だったが、鈴仙の思わぬ行動に箒をほっぽり投げて鈴仙に抱きついた。
「あなた、実はとてつもなくいい人だったのね! さあ、中に入って。お茶とお饅頭くらいならご馳走してあげるから」
太陽のような笑顔で鈴仙を迎え入れようとする霊夢。肝心の鈴仙はというとこの後起こるであろう惨劇に胃が痛くて仕方がなかった。
そして鈴仙の予想通り、地面に2人の人物が降り立った。2人とも一目散に賽銭箱に向かってダッシュする。
「……なんのつもり、あなたたち?」
そんな2人の行動を見て霊夢が瞬時に駆け寄り妨害した。数秒前まで隣にいた霊夢があの位置にいるのを見て鈴仙は、噂は本当なんだなあ、と変なところで納得していた。
「悪いけど、どうしてもそれが必要なんだ」
「そういうこと。邪魔はさせないわ」
「ふざけないで。これはうちの神社に収められた貴重な財源なんだから」
お賽銭に何かしようものならコロス的な目を向ける霊夢。1分前とはまるで別人だ。完全に殺気立っている。
「どうしてもどく気はない、と?」
「当たり前でしょ。あなたたちこそ引かないと、本当の恐怖を味わうことになるわよ?」
全く目が笑ってない霊夢。いつ殺人的なスペルカードを展開させても不思議ではない。過去の体験からまともにやりあうのは不利と思ったか、妹紅が輝夜に提案した。
「仕方ない。輝夜、まずはこいつを排除するぞ」
「その後ゆっくり決着ってわけね。いいわ」
「何の話かわからないけど、とにかく2人まとめて黙らせる!」
同盟を結んだ2人など関係なしに、霊夢の弾幕結界が展開される。それが勝負の口火となった。
「あら~、すろいじゃない、てひ。あらたの言うとおり2人が協力してららかっているわひょ~」
永琳に撫でられるてゐ。えへへ~と笑顔を浮かべているてゐだが、今のこの状況をおそらく腹の底から楽しんでいることだろう。鈴仙は自分も酔って全て忘れたい、などと本気で思っていた。
「はははは。ほれで万事解決、とひゅうものらな」
これは慧音。こちらももはや普通に喋れないくらい酔いが回っているようだ。そもそもこの状況そのものがすでに異常事態なのだが、そんなことには全く気づいていない。
「……あれのどこが協力してるって言えるんだろう……」
傍から見れば協力して戦っているように見えなくもないが、実際は霊夢の『夢想封印・寂』から逃すためと言って蹴り飛ばして非難させる妹紅や、『夢想封印・侘』の時に妹紅を囮にして霊夢の自動追尾御札を避ける輝夜等々協力とは180度違った光景が簡単に見て取れていた。
「あはは、ねえねえ。鈴仙はどっちが勝つと思う?」
そんなてゐの質問に鈴仙は答えられるはずもなかった。破壊されていく周囲を見つめながら、博麗神社にご利益は望めないんだなあ、と頭の中で考えながら。
「……で、結果は両者1枚も奪えず、と。これは引き分けか」
ここは博麗神社から少し離れた原っぱ。鈴仙たち4人と、完膚なきまでに叩きのめされた2人がいる。もっとも輝夜と妹紅は肩で息をして倒れているが。
結局2人してタッグを組んでも霊夢には勝てなかった。もともと仲の悪い2人がペアを組んでもいまいち効果は薄かった、というのと賽銭というものに対する霊夢の執着を甘く見たのが敗因といえる。
「結果は……1勝1敗3分。つまり引き分けって事ね」
鈴仙は初めて安堵の息がつけた。これなら罰ゲームもないし、大きな被害(主に自分に)もないだろうと確信してのことだ。
だが、そうは問屋がおろさなかった。
「何言ってるの鈴仙。ちゃんと決着はつくわよ。さしずめ、生き残ったほうが勝ちってところかな?」
「は? どういうこと?」
鈴仙が問いただそうとする暇もなく、空から数人が降りてきた。並んでいるのは鬼とか夜叉とか、とにかく誰が見ても一目瞭然なほど激怒しまくっている面子が5人。
「う~ん……さしずめ『裏五つの難題』といったところかな。ちょうど5人いるし」
そんな中いけしゃあしゃあと語るてゐ。鈴仙はというと恐怖のあまりウサギ耳まで痙攣していた。
「お嬢様に対する数々の狼藉。よもや無事でいられるとは思っていないでしょうね?」
数え切れないほどのナイフを展開させる咲夜。舌でナイフを舐めているところが恐ろしさに拍車をかけている。
「咲夜。まずは私にやらせなさい。屈辱は10倍返しにしなければならないから」
額の文字は一応消えていた。うっすらと見えないこともないが、それより何より表情の恐ろしさのほうが前面に出ている。とはいえ、咲夜に日傘で守られているのはお約束だった。
「食べ物の恨みは怖いわよ~」
顔は笑顔だが発せられているオーラは微塵も笑っていない。妖夢こそいなかったが、幽々子の周りは蝶で満たされていた。
「生と死の境界を渡らせてあげるわよ。もちろん無料で」
こちらも顔は笑っているが、大妖怪の名に相応しいほどの妖力を溢れさせている。今なら本気であらゆる境界を越えさせられそうだ。
「うちの神社からお賽銭を盗もうとした罪。あんな程度じゃすまないってことを身体にたっぷり教え込んであげるから」
そして先ほどあれほど叩きのめしたにもかかわらずそれでも足りないのか、針だの御札だのスペルカードだのを両手に持ちまくっている霊夢。もちろん目は笑っていない。
『ひぃ!』
悪鬼羅刹という表現がよく似合う5人。さしもの輝夜と妹紅もこれには恐怖を覚えた。嫌な汗が全身を覆う。
見ているだけで命が削られるような錯覚すら覚えた2人は、怪我した身体に鞭打って当然といえば当然の行動―――すなわち逃げようとした。
「ってあー! いつの間にか結界が!」
一目散に逃げようとした輝夜だったが、見えない障壁によって阻まれた。隣では妹紅も同じように障壁にぶつかっていた。
「私と紫を敵に回して逃げられる、なんて思ってたの?」
すでに幻想郷と外界との結界に近いほど強力な結界が展開されていた。中にいるのは妹紅と輝夜に激怒した5人の面々。幸運なことに鈴仙たちは標的から外れているようだ。
「さすが霊夢ね。これで心置きなく完膚なきまでにやりあえるってことね」
レミリアの手に光が灯る。恐ろしいまでに破壊的な力が収束されている。さしずめ、理性のあるフランドールといったところだろう。
「し、師匠、これはまずいのでは…………師匠?」
「……く~」
永琳はすでに熟睡していた。よく見れば隣で慧音も酔いつぶれていた。ただでさえ強力な酔いを引き起こすものを2人して飲みつくしてしまったのだから無理はないが、今この状況において頼れるものがいないというのは死活問題だ。
「し、師匠ー! 起きてくだ……っきゃあああ!!」
中では戦闘が始まっていた。そのあまりともいえる破壊力の余波で鈴仙は吹き飛ばされた。幸い風圧だけなので怪我はないが、周囲は砂埃で見えなくなってしまった。
「……ちょ、ちょっとてゐ、どうするつもり……って!?」
ようやく砂埃が晴れてきたので周囲を見回すと、そこにてゐの姿はなかった。今の爆風に乗じて逃げたのだろう。さらには永琳と慧音の姿もない。
「なっ!? ちょっと……あ!」
と、よく見るとさっきまでてゐのいた場所に一枚の紙が落ちていた。鈴仙は何か解決方法でも残していってくれたのか、と一縷の望みを託して食い入るようにその紙を見た。
紙にはこう書かれていた。
『面白いものが見れたから私は永琳様と半獣と一緒に帰るね。2人とも酔いつぶれて寝ちゃったことだし。それじゃ鈴仙、後始末はお願いね。ああ、それから勘違いしないでね。確かに私は逃げる機会はちゃんと用意しておくって言ったけど、鈴仙が、と言った覚えはないから』
「あ、あ、あんの腹黒兎ーーーーー!!!!!」
普段の態度を豹変させて紙をびりびりに破く鈴仙。もっともこんなものを見せ付けられて冷静でいられるわけもないが。
「助けてよ、けーねー!」
「えーりんえーりん、助けてえーりん!」
もはや呼んだ2人はいないのだがそんなことを知らない結界の中から悲痛な声が聞こえてくる。鈴仙とて聞こえていないわけではないが、霊夢と紫が作り出した結界などそうそうたやすく進入できるものではないし、したくもない。今この中に入ろうものなら待っているのはろくな未来じゃない。
「あ! そこの宇宙兎! 助けろー!」
「イナバー! 早く参戦してー!」
目ざとく鈴仙を見つけた2人だったが、肝心の鈴仙はおろおろするばかり。永琳も慧音も、ついでにてゐもいない。1人残された鈴仙にはもはやこう言うしかなかった。
「ふ、2人で協力して切り抜けて下さいーーー」
「ちょっとまてーーー!!!」
「覚えてなさいよ、イナバーーー!!!」
妹紅と輝夜の全力の叫びを他所に、殺る気満々の5人の弾幕が一斉に展開された。鈴仙はもはやこれは夢だと現実逃避し、全てを忘れることにして逃げるように家路に着いたのだった。
余談だが。
今回の一件以来輝夜と妹紅の勝負の条件に、他の人に迷惑を掛けないようにする、という条項が加わり、周囲への被害は減少したらしい。結果的には慧音や永琳の願いは通じた、と言ってもよい。
さらに余談だが。
鈴仙は妹紅と輝夜が焼き兎か煮込み兎かどちらの刑にしようか論議しているところを、慧音と永琳に事の発端は2人のあるなどと説教され、しぶしぶながら刑の執行を止めていた。結局おいしいところは2人に持っていかれた形になったが、鈴仙としては命があっただけでも御の字、と後に語ったらしい。
面白かったです。
それだけ
どっちにしろ勝てる気はしないですわw
欲をいえば誰か一人巻き添えに
でもレミリアもっと哀れ・・・・・・でもワラタ