Coolier - 新生・東方創想話

Dawn of the ...  (4) ~うどんげと夜明け~ 〔完結〕

2005/11/07 14:28:26
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 ――で、てゐは何でこのワクチンを奪取しようとしたの?

 ――この薬の事は随分前から嗅ぎ付けていたのよ。

 ――今日異変が起こる事知ってて?

 ――全然。

 ――んな……

 ――薬の性能すら予想外だったんだけどね。

 ――どういう事よ。

 ――だって永琳はあの薬の事を「長寿の薬」と言い張って実験していた。
   だからこの青いのが本命だと想ったんだ。
   ……だけど全く逆ね、薬を打ち消すものだったなんて……

 ――そこまでして長寿が欲しいか……あんたのせいで私は師匠に怒られるし。
   で、青い薬の事はそのノートにあったの?

 ――これも永琳の実験室にあったんだけどねぇ。
   だめだった。あれにあるのは異変が起こる話と、
   死者が帰ってくる話。
   青い薬の話。
   夜明けの話。 
   それだけよ。
   蓬莱の薬なんかと全然関係ないね。
 
 ――文献?

 ――中正解。えーりんドリーム大爆発って感じかなぁ。
   多分永琳が、青い薬の構造を書きとめておいた物だろうね。
   何かの文献の改造版みたいだけど。バッドエンドだし。

   “地獄が死者で溢れかえった時、死者は地上を歩くのだ”ってね――――




 自室から出る時。 
 少し会話を交わした。 

「死者を作る蓬莱の薬って言うと矛盾してるよね」
「うん」
「細かい事は気にしないでくださいよ、そもそも“生”を作る薬でもないですし」
「それで文、私はどうすればいいの?」
「鈴仙さんは、外に出たらとにかく、このスペルカードを使ってください」
「これ……まさか薬に付与するとか?」
「ええそうです。ワクチンの効果は半端ですし。後は私に任せてください」
「なにやら外は危険らしいけど」
「保険はありませんよー」

 

 そして今。

 板張りの床面が音を立てている。
 
 永遠亭。
 そのとある廊下に、慌しく響く三つの足音。
 廊下両翼に灯るは松明か鬼火か。
 日の出も近い薄暗い空間を、紅の火は部屋ごとに間隔を開けては照らし出す。


「外へ出るには正面玄関口ですね、一応緊急用に、そこだけ結界は張られていないようで
 すよ」
 
 一人は細耳を揺らして、一人は羽を揺らして、一人は太耳を揺らして。
 疾駆する三人。少し老朽化した床は今にも抜けそうだが、おかまいなしに床を叩く。 
ノートの記述と文の記憶には想う節があった。青い薬を外の人妖達に振りまく必要がある。
それも夜明けまでにだ。時間が無い。

「ところで……文」
 “死者を作る蓬莱の薬”の事を掻い摘んで聞いた鈴仙は、ふと横を走る、やたら得意げ
な瞳を持つ天狗へと尋ねた。最も気になった事だ。

「なんで蓬莱の薬とか、そんな事まで知ってるのよ?」

「永琳さんが教えてくれましたよ」
 即答だった。なんら包み隠す気はない笑顔で。
「少し前に製薬に関わらせてもらった事があるのですが……」

 ざっ、と文は下駄で床を削り、勢いを吸収して立ち止まる。
 その貌に、苦々しい笑みが広がってゆく。静かに、ゆっくりと。

「……妙な気に入られ方をしまして」

 後から付いてきた兎二人は、耳を揺らしつつその空間へと飛び出す。 
 しかし、“それ”を目に入れた瞬間、ぎょっとして立ち止まる。
 そこは大きく開けた空間。軽く兎百人は収容できるであろうそれは、よく見慣れた玄関。
式台で区切られた板張りと砂利は部屋全体で見れば半分半分、といったところで。

「妙な気に入られ方とは失礼ねぇ」

 かごのめの様に無数の木骨で編まれた巨大な正面扉の正面に、不敵な笑みを浮かべて
佇む影が一つ。
 深い紅と漆の黒で分けられた服装は、引き戸そのものを示すように、しかし絶対に開く
事の適わぬように。
 例え人魂たちの放つおどろおどろしい光でも、三つ編みとして結わえた銀髪はそれすら
も反射して燦爛と、館の中にありながら月のようで。

「ここがゴールになったわね、あなた達にもうスタートラインは無いわ」 

 鈴仙とてゐは静かにその影を見据える。

「師匠……」

 左手に引っ提げた美しい弧を描く弓を左右へ揺らしながら、八意永琳は肩を竦めた。

「兎の守りが手薄になる……私の研究にほんのわずかな計算狂いがあったみたいねぇ」
 手を当てて淑やかに嗤う。
「よもやこんなに早く。でもね、もう貴女たちではどうにかできる状況ではないわ」

 「でも……」と流し目に文へ目線を移す永琳。 
「そこの天狗だけはだめよ。唯一正しい私の計算、それは“夜明けの時間、このウィルス
 は完全に幻想郷に染み付く”、それを打ち破る可能性を秘めている――勿体無い」

「文、永琳は気にしないで! 扉の閂を外すのよ!」

 てゐが叫ぶ。恐怖に駆られたわけではない。だが、それは少々間違いだったことを思い
知る。


「開けてみなさいな。ここを通れたら、ね」

 文は一歩、また一歩、もう一歩と永琳の方へ歩み出た。その貌に表情という表情はない。
 式台の一段を挟んで対峙する銀と黒。

 一秒と待たずに、永琳の指先に集まる白い閃光。光を弓へ沿わせると、両手から高圧的
な力が溢れ出す。永琳は両手の指を少しずつ引き剥がしてゆく。その間に、糸を引くよう
に閃光が生まれ、牙のように残酷に研ぎ澄まされた矢を形作った。 

「……私の地獄行きはもう決定事項でしょうね」
「決定事項なら、今すぐに逝かれても結構よ?」
「少し待ってください。夜明けまで」
「……私の実験を邪魔した者の結末を、教えておいた方が良い様ね」

 弓が撓る。撓る。引き絞られる。文には妙に長い時間に思える。
 それが思い切り開放されたとき、閃光が空気を焼いて、永琳の指と文の額を正確に引き
結んで迸った。

 鈴仙がなにか叫んでいる。文には聞き取れない。

 一瞬後、鴉天狗の瞳はその軌道を完璧に捉え、足の位置を変え、腰の位置を変え、首の
位置を変える。
 頬をかすめ、矢は軌跡を残しながら流れてゆく。それはもう目で追わない。 
 てゐや鈴仙にはあたっていない。いや、永琳はあてるはずがない。

 慣性を殺さず、肩から落ち、二の腕で衝撃を抑えて転がる。すぐさま二撃目の死の宣告
の矢が、数瞬前に文の脚があった位置へと突き刺さり、炸裂する。
 
 空いた腕へ使い魔を掴まらせる。 
  ほんのわずかに天狗の翼が爆裂するように紅の光を撒き散らしたかと思うと、
 永琳の肩にかかる三つ編みを突風に煽らせ、
 砂利へ片足で着地する。永琳は横をすり抜けた文に気付かない。まだ気付かない。
 まだ慣性はある。打ち消さず、打ち消さず、返す片足で閂を蹴り飛ばした。
 
 瞬間、引き戸だったはずの玄関扉は、観音開きのように爆砕し、木の破片を玄関にばら
まき、そして外側から別の奔流が激突する。バキバキと歯切れの悪い破壊音。

「――っあぐ!?」
 一気に押し倒され、背中を砂利に強打する文。何が、何が起こった!?
 
 ――地獄の蓋が開いたか。そう鴉天狗は確信できた。鈴仙も、てゐも。
 それは一様に狂気を帯びており、引きつり、痙攣し、牙を剥き出した貌。
 妖怪、妖精、悪魔、人間を問わず。皆一様に。

 ――ああ、そうか。もうここにしか生存者はいないから。納得した。

 結界に亀裂が入る。入る。永遠亭の屋根が次々と崩れ落ちる。
 全幻想郷中の妖怪が集まっているのではないか、と。兎と兎と天狗は疑問を持った。

「あら、予想外に集まってるわねぇ」
 ひとりごちるように溜息をつく永琳。
 瞬間、妖怪だかよくわからない人型の何かが狂気の雄叫びを上げながら永琳に飛びかか
る。抜き放つ右手の一撃で、それは回転しながら崩れ落ちた。


 ――ア、アアァアガアァァア
 ――オオオオアアオアオアアアァ

 なにかが奇声を放つ。
 怒涛のような人妖の群れは、それだけで奇声を掻き消すプレッシャーがあったが。



「――さてウドンゲ。“逃げる”?」

「――いいえ……真正面から行きますよ。私が救える人がいるなら」


 弟子は直ぐに、真正面から、師匠の含み笑いを打ち消した。
 怖くないといえば嘘になる。むしろ怖い。何なんだあれは?と。
 だが、逃げるという選択肢に縋る事だけは、絶対に。しないと誓ったから。




「やるしかないか……風よここへ!!」

 文が叫ぶ。その右手に持った天狗の団扇の上に竜巻が発生し、圧し掛かる怪物らを吹き
ばす。
 が、強靭な、節くれ立った、か細い、そんな無数の腕が文を捕まえる。
 黒のリボンがまた解けた。酷く気分が悪い。手だけでこれだけ。どれが誰のものかなん
て想像もしたくない。
 込み上げるものを感じ、文は無言で、掌の上に高密度の風を生み出す。
 一瞬後、それは一枚の符へと変貌し、指で挟みこみ、掲げ、

「――風符“風神一扇”!!」
 
 宣言。
 どこかで妖怪の叫びが重なったかもしれない。
 文の周りに無数の小さな竜巻が発生し、思い思いに敵と見なした相手へと衝突し、
弾く。弾く。弾く。紅葉が舞い散るように、つむじ風がそれを舞い上げるように、妖怪達
は、跳ね、落ち、跳ね、落ちる。
 バァン! 地に掌を衝突させる文。天狗の純粋な力が疾風怒濤の奔流を三百六十度全方
位へ射出し、敵を押さえ込む。

 文は申し訳なさそうな顔を見せた。



「ごめんね皆……はぁっ!」
 鈴仙は両人差し指を迫り来る波に差し向け、それらをなぎ払うように銃弾を形成する。
扇状に広がる弾幕は決して隙がないが、怯む事も知らないのか、ダメージを無視し、弾幕
の海をすり抜けて腕を伸ばしてくる。

「きゃっ、うわあ!!」

 天井の板が大きく裂け、そこからも見知らぬ妖精などが這い出してくる。鈴仙を目に止
めた瞬間、卑しい嗤いを浮かべて、餌だ餌だと降りかかってくる。
 脚を掴まれた瞬間だ。それは、どこから紛れたのか、隔離された筈の兎だった。
 鈴仙は悲鳴を上げる事もままならなかった。

「鈴仙! このっ、ぬおああぁあー!」
 翼の如く、菱型の小さな閃光を放つ弾丸を無数に放つてゐ。押さえ込もうとするも全く
歯が立たず、逆に相手の放つ無策な、純粋な力を秘めた閃光と相殺されてしまう。
 それでも鈴仙の元へたどり着こうと、飛びかかる一人の妖怪の下を前転で潜り抜ける。
 追いすがる敵も、一瞬だけもつれが生じたために僅かな隙ができる。

 てゐは跳んだ。
 一飛びで鈴仙と間合いを詰めると、その脚を掴む腕を――蹴り飛ばす。
 ――さっきはよくも、この裏切り兎め! てゐは渋い表情と同時に汗を浮かべる。鈴仙
も鈴仙で必死で、二人そろって一点集中型の大型弾を放ち、少しずつ人妖達を後退させて
ゆく。



「天丸“壺中の天地”」

 永琳の呟きは、虚空から無数の光を生み出す。それらは意思を持って主の周りを囲う
円形を成す。
「ほら」
 その一言で、光――使い魔は一斉に全方位へ凶悪な数の弾幕を射出する。永琳を守る様
に、外敵となる者達を、一本のエネルギーと取れる高密度の閃光が叩き落としてゆく。

「流石にこれらは度のきつい劇薬のようねぇ……」

 光の輪に囲まれ、永琳はつまらなそうに溜息をつく。また一つ、二つ、叫びを上げて堕
ちる妖怪。
「やっぱり理性を手放し……魂を手放すんじゃ、美しくないわ」
 
 一人の妖怪が潜り抜けてきた。横目に永琳はそれを確認すると、どうやら人形遣いらし
い。
 ――確か名前はアリス・マーガトロイド――あぁ、と納得する。
 寄って縋って、両腕を突き出して、金髪を無粋に揺らし、奇声を発するソレに、

「かわいそうに」

 いつか文が感慨も無しに言ったように、永琳は無慈悲に弓を構えた。 



 いつしか玄関の間は弾幕のみ。視界は最早弾幕のみ。
 永遠亭の収容量をとうに超えた数の来客と、防御可能指数をとうに超越した弾丸が館中
に飛び交い、もつれ、追いすがり、
 最早嵐に曝されるまま。

 ひときわ強い光の柱が永遠亭を内側から貫き、大穴を穿った。轟音が広がる。

 文の懐へ潜り込んで来た魔女らしき人間が、文の方へと奔流を放ったのだ。
 持ち前の反射神経をゆうに突破できるほどのスピードを持ち合わせた極太レーザーは、
ぎりぎりに反り返らせた文の顔をわずかに削り、永遠亭の屋根を吹き飛ばす。

「……っ、ま、魔理沙さん」

 ――恨みを持たれていたのか。いやこれはこれは。
 普段から純粋な魔力だけを解き放つ魔理沙は、やはり死人化しても代わりはなかった。
――いや、既に魂を手放した亡者ではある。しかしまだスペルカード並みの魔砲を――
 そう、それはマスタースパークだった。それもスペルカードを使わない――使える知性
があるとは考えがたいが――状態であれほどの魔力。威力。制御能力。

「……鈴仙さん!」
 突き出される魔理沙の両腕を押さえ込む。
「これだけ外へ通じる穴があれば……」
 開かれ、迫る口蓋を必死に抑える。
「いけます!! 薬の放出をっ、あだだ千切れる! 千切れる!」
 別の腕が、別の別のまた別の腕が文へ絡む。帽子がずれた。

 長い兎耳を躍らせ、鈴仙は同志の叫びを察知した。
「てゐ、時間稼ぎ! 後背防御!」
「本当人気者ねぇ……!」 
 てゐは見たままの皮肉を述べると、集中砲火の手を一旦緩め、小型の米粒のような弾丸
を間を与えずに指先から放つ。
 左右から行列を作って群がる妖怪を、背中合わせになった鈴仙とてゐが退けてゆく。
鈴仙は片手に、胸ポケットから取り出した“ワクチン”を収めると、空いた腕から超大型
の炸裂弾を発射し、――爆裂。一瞬だけ場が乱れる。

「今しかっ!」

 掌が霞む。
 青い瓶が回転しながら宙に舞う。
 それに向かって指を伸ばす。その間には一枚の、切り札。

「ウドンゲ!!」
 それが何をしようとしてるのか――意図に気付いた永琳が、弟子のスペルカードへと矢
を向けた。
 こんな所で弟子の行動が仇になるとは――

 しかし、何かの衝撃が左手にぶつかる。動いてくれる気配がない。
 冷たい感触を感じ、慌てて振り返る永琳。
 見た顔があった。


「――霊夢……?」



 博麗霊夢――服はぼろきれ、白い顔に虚ろな瞳の――は、永琳の左腕を掴んで離さない。
弓を引き絞る時間は、無かった。  

 ――どれだけ魂を手放そうと、本能だけは残る。
   そうか、霊夢は――最後まで邪魔をするわけか。



「狂視“狂視調律”!!」
 
 鈴仙は宣言する。
 本能を狂気と見なし、魂を正気と見なすスペルカードの名を。
 ただ、全ての狂気を覆すために。

 瞬間、青の瓶が深紅に染まり、爆発のような光を伴って、
 ――目が本当に見えなくなるかと想うくらいに。
 それは眩く光る。

 妖怪の海に溺れていた文は、風を伴う爆発と共にそれらを吹き飛ばす。
 漆黒の翼は“これが最後の活劇だ”と踊る。そして飛び立つ。鈴仙の元へ。光の下へ。

 懐から最後のスペルカードを取り出し、


 ――風よ、思い知らせよ
 ――風よ、この地全てに思い知らせよ
 ――然し黙して語り継がれる事なかれ
 ――物言えば 唇寒し 秋の風


「――疾風“風神少女”!!」
 
 宣言。
 
 刹那、風神の風に煽られ、光が殺到し、枝分かれし、爆散した。
 
 永遠亭中を縫い、穴の空いた屋根を突きぬけ、崩れた玄関を嘗め回し、
 竹林を籠を結うように、
 隣接する人里を撫でるように、
 巨大な湖を掛けぬけ、
 森を跨ぎ、
 神社を揺るがし、
 雲の上を薙いで、
 
 ただただ、幻想郷を包むように、
 








 ―――――――――――――――――――――――









「……終わったな」
  
 紅髪の死神が、ぽつりと呟いた。
 彼岸の地で黄昏る巫女の方を、苦笑い気味に見やる。

「私が解決できない異変、ね……」

 黒髪の巫女はそっと、深紅の海の花から腰を上げる。
 その相貌は、悔しさに歪んでいた。

「綺麗ね」
「あぁ」

 巫女は黙って河を眺める。その向こうには、流星群が雲を追う様子が見える。

 それらは霊魂だった。偽りの命と引き換えに奪われた魂が、幻想郷へと還ってゆくのだ。


「――映姫様は……」
「閻魔がどうかしたの?」
「どうやら。あの月の兎を裁くことを諦めたらしい」
「……へぇ」


「それじゃあ、お前さんも帰るといいよ」

 担いだ鎌の切っ先を回転させながら、死神は巫女へ催促した。

「帰る前に、最後に、一つ聞きたいんだけど」
「ん?」
「私を閉じ込めた理由、よ。閻魔の理由。まさか閻魔が異変を引き起こしたとか……」
「さぁ……あのヒトは何を考えてるのか分からないけど……」

 ざぁ、と魂の群れが風と共に吹きぬける。

「『地獄が溢れ帰ったから、魂連れてくるの一旦やめなさい』と言われたんだよ」
「で、異変が解決したから魂を返すわけ?」
「いいや違う――すぐに分かるよ、ほら。皆が待ってる」
「ちょっと、理由になってないじゃない!!」
「あれ、おかしいな。こういう事じゃなかったのかな映姫様ー」
「納得いかねー! 閻魔出せ閻魔!」
「いいからいいから……あたい私も今夜中で溜まった魂を送る仕事があるんだしさー」
 

 ――力ではどうにもならない事があった事を、巫女は後々知る事になった。 








 ―――――――――――――――――――――――








 ああ、綺麗だ。“夜明け”。


 永遠亭の玄関は見る影もないほどにガラクタまみれ。半壊、いや全壊に近い。
 その上、辺りは死屍累々――いや、もう死んではいないだろうが――の有様。

 はぁ、とてゐは溜息をついた。所々こげたワンピースを軽く持ち上げ、苦笑する。
 と、つもりに積もった妖怪や人間を退けて、一つの腕が空を仰ぎ出した。てゐはすぐに
――妖怪たちを踏み付け――駆け寄り、白いブラウスにつつまれた肩を引っ張る。 
 
「ぶは、重かった」
 
 それは鴉天狗だった。
「文、あれ見て」
「あっ……」
 てゐが指差す先には、朝焼けに浮かぶ二つの影。



「ウドンゲがまさか正気までも取り戻す方法を使うとはねぇ」

 永琳は怒りも悲しみも浮かべる事なく、少し感嘆を混ぜて。瓦礫の上へ立つ。

「文が言ってましたよ。あのワクチンだけでは、“死者を作る蓬莱の薬”だけを解毒する、
 だから魂――理性は戻らない可能性があるって」

 鈴仙は思ったままの事を。正しい事を、少し顔を顰めて。土砂の上へ立つ。


「はぁ……そこの鴉天狗はどうして情報漏洩するのかしら?」

 唐突に指名され、しかしすぐに柔らかな笑みを口に、文は答える。


「私は……また新聞が出せないと思ったら、やっぱりこれはおかしい、って。やっぱり
 幻想郷はこうでないとって」
「安直な理由ねぇ……山の神がそんなんでいいのかしら。人選ミス?」

 漆黒の翼をわずかにたゆたわせ、深紅の瞳を持つ鴉天狗は朗らかに、微笑んだ。
 「貴女はとても良い人なんですが……」と付け足して。

「やっぱり“死ぬ”って嫌な事ですよね、うん」

 それきり、文は背中を見せ、いつのまにかその二の腕に取りつくカラス。 
 永琳が呼び止める間も無く。
 文は対の翼を一回翻す。ひゅん、とも付かない音と共に、その姿は朝焼けの空へと消え
去ってしまった。

「全く……」
 
 日光が山を霞め、光線のように鈴仙の眼を打つ。ひたすらにまぶしい。
 永琳の姿が逆光に影を作る。銀の髪が美しい。ひたすらに。


「師匠、そろそろ答えてください。あの死者達は何だったんです?」
「私の作った“疫病”には欠点があってね……蓬莱の薬に近い薬を、姫様の能力に頼らず
 生成したもの。それは“ウィルス”に頼るしかない、やっぱり半端な薬だったわ」
「ウィルスに乗せて……」
「そう。蓋を開ければ幻想郷中に蔓延していった」
「……何故そんな事したんです」

「蓬莱の薬を“置き換える蓬莱の薬”。それが私の作った“疫病”。
 これは病苦の問題ではないわ。だから私にも影響が出る。
 この薬を定着させるまでに時間が掛かるわ。夜明けまで掛かる計算だった。
 もし夜明けまでにウドンゲがどうにかしなかったら――
 ウィルスの定着した私の身体は蓬莱の薬を排除し、その制御下から逃れ――」

 一歩、身を乗り出す永琳。さぞや詰まらなそうに、嗤う。嗤う。
 鈴仙は黙して、自身の師匠を見据える。どうやら、永琳は全てを話す気になったらしい。

「――私はただの人間となる」
「……、師匠は自殺するつもりですか!」

 これは口出しせずにいられない。
 鈴仙は持てる限りの勇気で、師匠へと。顔を歪めて叫ぶ。

 てゐはわずかに逡巡するも、すぐに鈴仙に事を任せる事にする。彼女は不安を浮かべる
が、友達の気持ちは分かっているつもりだった。

「もしそうなれば、貴女は時の報いを受ける――永遠をあなたから取り戻そうとする。
 貴女は……姫様も、妹紅さんも。消滅してしまう」
「その通り。悪いかしら?」
 
 どうして、そんな事を言うんだ。涙を飲む鈴仙。

「――私を置いて逝くと?」
「そうねぇ……あなたはとても優秀だけど……」

「私は誓いました。今誓いました。
 師匠から薬師としての持てる限りの知識と技術を継ぐまでは、」

 鈴仙は胸を張る。朝日に、深紅の相貌を浮かべて、しかめっ面を帳消しに。微笑む。

「決して貴女の元を離れない、と」
 鈴仙はまた一歩、永琳へと近づく。後数歩の距離にある顔を、互いに眺めあう。 

「貴女に永遠の辛さの何が分かるのかしら?」
 ふふん、とほくそ笑む永琳。
「それは――分かりませんよ」
「でしょう」
「それでも私が師匠の弟子であるなら、いつしか蓬莱の薬の製薬方法を覚えてみせます」

 わずかに目を見開く永琳。あぁ、してやられた、と。

「これきりですよ、貴女に歯向かうのは。今日は色々ありましたけど。これきり」
 
 すう、と小さく息を吸い、少しだけ胸を躍らせる自分をいさめようとする鈴仙。
 ――冒涜的な高揚?
 ――うん、それもいい。

「師匠のいない、皆のいない夜明けなんて、“今日一日を楽しもう”という気にならない
 じゃないですか」

 永琳は肩を竦めた。腕を組んだまま目を閉じ、「何も言うまい」と。

「居候でも、ただの弟子でもいいです、ただ――」
「“判断”には得てして“間違い”が生じるものよ。ウドンゲ。私がどれだけ天才でも」

 鈴仙の言葉を切る永琳。また少し日が強くなる。逆光のせいで、鈴仙には、永琳の表情
が見えない。何を想うのか分からない。

「師匠……?」
「ふと私の人生に限界が来た時、こうしようと思ったら、後は実行に移すだけだった。
 でも――それは見事に敗れた。これは必然。“判断”の上での」

 唯一、他に二を見ない弟子だ。
 ひょっとしたら、少し感情的になっていたかも知れない。
 全てが終わってしまえば、言い寄られても、その我侭を跳ね除ける事が出来なかった。
 何故なら――――


「神様が仕組んだゲームに、私は負けたんでしょうね……お手上げよ」


 ――――何故なら夜明けが、これほど綺麗なものだとは知らなかったから。









「――さて、この死体みたいにもつれあってる何か、どうする?」
 頭の後ろに手を組み、実に苦々な表情を浮かべて、鈴仙と永琳の間に割ってはいるてゐ。
 もう空はかなり青味を帯びていた。

「永遠亭の皆には知られてないと思う――うん」
 鈴仙は、これだけ騒いでも起きてこない兎たちに関心しつつ。

「持っていかれた魂はすぐに帰還してくるわ……そうね、それじゃあ」
 永琳は普段どおりの含み笑いで。

「兎たちが起きてくる前に、こいつら起しちゃおう」
 ガッ! と素足で足元の頭を蹴るてゐ。ちなみに白い騒霊の頭だった。
 
 鈴仙は不安になった。




「あー、そっち。見慣れた紅白って霊夢じゃんか。なんか起きそうだから起して」
「ちょっと、この人やたら重っ」 
「おはよーえーりん……ってうおあ、私の館が大変な事に!?」
「ああ姫様、お早い事で……すぐに片付けてご覧に入れます」
「あっ……えーと……この人誰だっけ。中華風の」
「知らない」

「げぇっ、スキマ妖怪!?」
「寝相だけで反撃してきた!」
「ぶべらっ」





 ――どうせ今日の事なんて、皆すぐ忘れる。
   死んでいた時の事なんて、誰も覚えていない。
 
   “帰還者達の夜明け”が訪れる。
   師匠は……どんな気持ちで、あのノートにそんなタイトルを付けたんだろう?
   ただ、戻ってくるのは死者ではなかった。戻ってきたのはもっと別の物。
   もっと、暖かいもの。     

   ノートとはちょっと展開が違うけど。
   
   ハッピーエンドと、言っていいと思う。









FIN.

バッドエンドを期待した皆さんごめんなさい
低速回線
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コメント



0.1320簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
最近のゾンビ映画は見たことがないので、どの辺までが元ネタなのかさっぱり分からなかった。原作もハッピーエンド?
9.80名前が無い程度の能力削除
最後まで(o・∀・)oワクワクしながら読ませてもらいました。
18.50床間たろひ削除
読めない展開に最後までドキドキさせられました。
永琳が永遠に飽きるという解釈も目新しく、何か色々妄想が膨らみました。
ナイスです!
20.50MIM.E削除
大きい話は読んでてドキドキしますね。
最後の鈴仙の台詞に胸うたれたなぁ。
21.50銀の夢削除
しっかりと読ませてくれる文章に乗せられてしっかり夜明けまで突っ走らせていただきました。お見事。
師匠がノートに名づけた思いは、いったいなんだったのでしょうね。
ちょっとそれを、考えてみようかな、この夜が明けるまでに……なんて。
30.80HK削除
“地獄が死者で溢れかえった時、死者は地上を歩くのだ”
なぁるほどなーと思いました、面白かったです。
一つの均衡がくずれると、異変は起こるものなのですね……。
最後のガッに笑いました。
34.-30kkk削除
わぁwすっげぇ、つまんなかったぁwww
出直せお前ww