妖夢は、今年、庭でかぼちゃを育てていた。
大豊作となったかぼちゃを、昨日収穫していた時である。屋敷の中からふらりと現れた幽々子が、妖夢
の収穫しているかぼちゃを見て言ったのである。
「あら、美味しそうなかぼちゃね。……そうだ、このかぼちゃで何かお菓子を作って頂戴な、妖夢。」
「かぼちゃのお菓子、ですか。」
妖夢は収穫の手をとめて、幽々子を振り返る。
「そうですね、かぼちゃの白玉ぜんざいとかはどうでしょうか?」
「白玉ぜんざいは、この間やって貰ったばかりだからもういいわ。」
「それでは、かぼちゃのお饅頭はどうでしょうか?餡をかぼちゃで作って、生地にもかぼちゃを混ぜるん
です。」
「最近作って貰っていたお菓子は、みんな和菓子じゃない。和菓子はもう飽きたわ。洋菓子がいいわ。」
「うーん……では、かぼちゃのモンブランは?」
「モンブランは、栗のお菓子のリクエストをした時に作ってくれたじゃない。」
妖夢に向かって口を尖らせると、幽々子は言い張った。
「私は、モンブラン以外のかぼちゃの洋菓子が食べたいのよ。いい?モンブラン以外の洋菓子よ、妖夢。」
「……分かりました。」
こうなっては、幽々子は絶対にひかない。妖夢は諦めたように脱力し、答えたのであった。
「モンブラン以外の、かぼちゃの洋菓子ですね。明日までに考えて、お作り致します。」
「さて、どうしよう。」
返答に満足して屋敷内に戻っていった主の背中を見送りながら、妖夢は真剣に悩み始める。
妖夢は、大抵の料理は作る事が出来る。よく食べ、よく料理のリクエストをしてくる幽々子に応えてい
る内に、料理のレパートリーが増えていったからだ。
だが、そのレパートリーは明らかに和食が多かった。妖夢が得意なのが和食であり、幽々子も割合と和
食を好んでいるからである。そして、実はその偏り具合は、お菓子の分野にも見られていた。
「和菓子なら幾らでも思いつくんだけどなぁ。」
洋菓子はちょっと思いつかないわ、と小さく呟きながら妖夢は考える。
まずかぼちゃ入りのチーズケーキを考えたが、
『スイートポテトとチーズケーキが一緒になったようなものが食べたいわ。』
という幽々子の無茶な要求によって、さつまいものお菓子を作った時にチーズケーキを出している事を
思い出す。かぼちゃのチーズケーキを出した瞬間、
『チーズケーキはさつまいもの時に出したじゃない。』
と幽々子は頬を膨らませるだろう。その顔がリアルに想像できたので、妖夢は自らその案を却下する。
「参ったなぁ、どうしよう。洋菓子のレシピなんて、そんなに私は知らないしなぁ。かと言って、身近に
洋菓子のレシピを知ってそうな知り合いなんてあまりいないし……。」
頭を抱えた時だった。
妖夢は、はたと思い出す。
いるではないか。洋菓子のレシピを知っていそうな人が。
「……でもなぁ。」
幽々子が西行妖を満開にしようとして春を集めた時、『その人』と妖夢は敵同士として戦った。その因
縁があるため、気まずさのために、妖夢は『その人』が暮らす場所に足を向けられずにいた。
しかし、洋菓子のレシピを知っていそうな知り合いは、妖夢にとって『その人』しか思いつかなかった。
それに、あまりもたもたしていると、主の幽々子が機嫌を損ねかねない。
妖夢は、覚悟を決めた。
「―――よし、行こう。」
永遠に紅い幼き月。または紅の悪魔。様々な二つ名を持つ吸血鬼レミリア・スカーレットが治める屋敷、
紅魔館。
その応接間で、メイド長の十六夜咲夜は、珍しい来客―――妖夢を前にして腕を組んでいた。
「モンブラン以外のかぼちゃの洋菓子、ねぇ……。」
妖夢から事情を説明されて、咲夜は呟く。
「また、随分と無茶な要求をしたものですねぇ、あの幽霊のお姫様は。西行妖の時に既に感じていたけれ
ど、あなたの主は本当にわがままというか無茶苦茶というか……。本当に、あなたも大変ね。」
「……すみません。」
西行妖の時の話を持ち出され、妖夢は縮こまる。
だが、縮こまりながらも反論せずにはいられなかった。
「確かに、幽々子様はわがままで無茶苦茶な一面がおありですが……でも、私にとってはかけがえのない
主人です。」
「あら、ごめんなさい。あなたの主をけなそうとしたのではないのよ。」
妖夢の顔を見て、咲夜は微かに目を見開いた。
「ついでに付け足しておくけれど、西行妖の時の件ももう気にしないでいいわ。うちのお嬢様は、春が戻
ったから何もいうつもりはないようだし。それに……。」
「それに?」
聞き返した時、妖夢ははっと気付く。こちらを見ている咲夜の表情が、何処となくいたずらっぽく、そ
して優しいものである事に。
「お嬢様って、大なり小なり、何処かわがままで無茶苦茶なものでしょ?うちのお嬢様だって、そんな一
面があるもの。私が言いたかったのは、それだけよ。」
微笑んだ咲夜は、手近な所に置かれていたペンとメモ用紙を取ると、さらさらっと何か書き込んだ。そ
してそれを、妖夢に渡してくれる。
「―――でお菓子なんだけど、こんなのはどうかしら?」
かぼちゃのパウンドケーキ
(材料)
・かぼちゃ 正味100g
・薄力粉 100g
・無塩バター 100g
・砂糖 100g
・たまご Mサイズ1~2個(正味100g相当)
・ベーキングパウダー 小さじ1
・ナツメグ 少々
(作り方)
①薄力粉とベーキングパウダーを、一緒に2~3回ふるっておく。
②ボウルに無縁バターを入れ、泡立て器で白くなるまで混ぜる。
③砂糖を数回に分けて入れ、ざらざら感がなくなるまで混ぜる。
④室温に戻しておいたたまごを割り入れ、分離しないように素早く混ぜる。
⑤①をボウル全体にふるい器を使いながら入れ、へらでざっくりと混ぜる。
⑥⑤に、茹でて荒くつぶしておいたかぼちゃを混ぜ、ナツメグを振る。そして再びざっくりと
混ぜる。
⑦型紙を敷いた、あるいは内側にバターを塗ったパウンドケーキ型に、生地を注ぎいれる。
⑧あらかじめ温めておいたオーブンで、20分~25分程焼く。表面がこんがりと焼けて、竹
串を刺して生地がついてこなければ完成。
「かぼちゃのパウンドケーキ、ですか……。」
レシピを覗き込みながら、妖夢は言う。
「全部、分量は100gでいいんですね。」
「そうよ。しかもベーキングパウダーを入れるから、膨らむかどうか心配しなくても大丈夫だし。とて
も簡単な洋菓子よ。」
咲夜は微笑んだ。
「ちなみに、そのレシピには書かなかったけれど、スライスアーモンドや松の実なんかを表面に散らし
て焼いても、香ばしくて美味しいわよ。」
「そうなんですか。」
「ええ。」
頷いた咲夜は、更に妖夢にアドバイスをくれる。
「このレシピはかぼちゃだけど、かぼちゃをさつまいもに変えても美味しいわよ。かぼちゃを入れない
で、好みの量だけチョコチップやドライフルーツを入れても、また違ったパウンドケーキになるわよ。
ココアパウダーや抹茶の粉末を入れても、美味しいの。色々アレンジがきくから、結構重宝出来るわ。」
「そうですね、基本の分量さえ覚えておけば、どんな味にも対応出来そうですね。」
妖夢は、咲夜の微笑みにつられて笑う。
「レシピ、教えて下さってありがとうございます。助かりました。」
「どういたしまして。」
咲夜は微笑んだ。
「まぁ、先日は色々あったけれど……同じ従者同士、これからはよろしくお願いするわね。」
「―――はい。」
差し出された手を、妖夢は握り返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
次の日。
妖夢が作って出したかぼちゃのパウンドケーキを、幽々子は美味しくたいらげた。相当お気に召した
らしく、妖夢が焼いた5本のパウンドケーキはわずか1時間で幽々子のお腹の中に消えたという。
また、この日をきっかけにパウンドケーキにはまってしまった幽々子は、数ヶ月に渡っておやつにパ
ウンドケーキを所望し続けた。
妖夢は、今度は何パウンドケーキにするかで頭を悩まされる事になったのだが、それはまた別のお話。
【完】
無縁じゃなくて無塩じゃないでしょうか?
お菓子作りが好きな男って変ですかね?
誤字、訂正しました。
美味しかったです。