注:「永遠と炎の戦い」の続編となっております。そちらがまだの方は、まずはそっちを見てからだと、多分、もっと楽しめると思います。
あれから、数日。
「それでは、本日の料理についての勝敗を、皆さんに聞かせてもらいましょうか」
紅魔館の主、レミリアの言葉に。
『美鈴さま』『咲夜さま』『美鈴さま』『美鈴さま』etc etc……。
佇むメイド達が、次々に、手にしたプラカードを掲げていく。
「合計、美鈴、22、咲夜、8。この勝負、美鈴の勝ちのようね」
それを集計していた、レミリアの友人であり、紅魔館の引きこもり――もとい、ヴワル図書館の主、パチュリー・ノーレッジが結果を発表する。どうでもいいが、こういう真面目なことをする時にメガネというのは似合うものだ。
そして、その結果。
「……えーっと」
「くっ……! また……また足りないの……!」
困惑する美鈴と、がっくりと膝を落とす咲夜。
このところ、ずっとこうなのだ。
数日前の『第一回、蓬莱食い倒れ選手権』にて美鈴が見せた、凄まじき中華料理の腕前。伊達に『中国』という不名誉なあだ名が付けられていないほどに、その味は素晴らしく、その場にいた全てのものを感動と驚愕の渦に包み込んだのである。
その前に敗北したのが、この咲夜なのだ。
完全で瀟洒たるメイドは、変な枕詞が頭につかない、まさしく『雑魚その1』というくくりでくくられてしまう門番に、決定的な敗北を味わわされ――その結果、彼女に勝利することで、己が己たる証を取り戻そうと躍起になっているのだ。
事実、咲夜の料理はうまい。まずくはない。決して。
しかし、何かが足りないのだ。
それを一言で言い換えるなら、料理に対する技量であるとも言えるし、食材を見極める鑑定眼と言えるかもしれない。もっとも、前者はともあれとして、後者については、レミリアが二人に対して『全く同じ条件での勝負』を望んでいるため、厳選に厳選を重ねた食材しか使われてないために、あり得ないのだが。
――話を戻そう。
それから始まった、この二人の戦い。実際、躍起になっているのは咲夜だけで、美鈴は困惑のまま、勝負を受けている。と言うのも、一応、メイド長たる咲夜は自分より位が上であるのに加えて、人間の身、しかも20年程度しか生きてない彼女が、この紅魔館でそのような役割を授かったことに対して、素直な憧れがあるのである。美鈴には。
だから、自分が憧れている人が、鬼気迫る形相で自分に挑んでくるのを見ると、辛いような、悲しいような、複雑な気持ちになってしまうのである。
もっとも、それは勝負とは関係ない。いざ、厨房に立てば、そこにあるのは、『料理人』たる己の姿。故に、完全なる腕前を持って、勝負を受けて、そして、勝利してしまう。
「くっ……!」
咲夜は肩を落とし、悔しそうに歯がみして、その場を去った。
なお、ここは、紅魔館の大食堂。
料理勝負の方法は簡単で、咲夜と美鈴が、その日の晩ご飯を作成する。それを、レミリアやパチュリー、フランドールと言った紅魔館メインメンバーと共に、じゃんけんで決められた順番に従って、メイド達が審査員として立ち会い、どっちがうまかったか、優劣をつける。その程度のこと。
ちなみにどうでもいいのだが、最近、この料理勝負で『美鈴派』と『咲夜派』の派閥がメイド達の間に出来ているらしく、「その料理をよこしなさい!」「いやよ、冗談じゃない!」という醜い争いが繰り広げられているらしいのだが――とりあえず、その真偽は不明である。
「美鈴、どうしたの? あなたの勝利よ」
「……お嬢様。ですが……」
「ですが、も何も。
勝者は敗者にかける言葉を持たないわ。あなたも、千年の兵としてキッチンに立ってきたのなら、それくらいのことは知っているでしょう?」
「……はい。かつて、私が出場した、料理選手権でも……そうでした」
「……出場してたのね」
一応、話のたとえだったのだが。
素直に肯定されて、レミリアの頬に汗一筋。
「だけれど、本当に美鈴の料理は美味しいわね。どう? レミィ。彼女を厨房の責任者に立たせてしまうというのは。
最近は、門番の役目も、暇でしょう?」
すぅっと細くなったパチュリーの瞳が、美鈴を見据える。
その言葉の意味を悟って、小さく、彼女はうなずくと、
「そうね……。それも面白いかもしれないけれど」
横手でうなずく、レミリアの言葉が耳に入った。
「う~……」
「あら、どうしたの? フラン」
つんつん、と目の前の杏仁豆腐をつついているフランドールが不満そうな顔をしているのを見て、レミリアが声を上げる。
「あきたー」
「?」
「もう中華料理、飽きた~。何か他のもの食べたい~」
まぁ、そりゃそうだろう。
中華というのは、基本的に、しつこい味付けが特徴的だ。美鈴のものはかなりさっぱりとしていて、後を引かない味なのだが、それでも、こう毎日、連日連夜、豪華な中華料理フルコースを用意されては、いかに味付けが素晴らしくとも舌はそれを拒絶する。
「そうね。確かに、こう毎日では、参ってしまうわね」
「……ごめんなさい」
「あなたが謝ることではないわ。
それよりも……咲夜があまりにも躍起になりすぎなのよね」
「めいりーん、お菓子作ってー」
「お菓子……ですか? 何がよろしいでしょうか?」
「甘いの」
「わかりました。では、マンゴーのプリンをお持ち致します」
「わーい、プリンだプリンだー」
それでは、と一礼して、その場を去る美鈴。
「やはり、己のアイデンティティを傷つけられてしまうと、人間、もろいものなのね」
「そうかしら。
でも、レミィの言うことも、あながち間違いではないかもね。彼女は何だかんだ言って人間。私たちよりも、精神的に成熟してないもの。
まぁ……でも、さすがに、こう毎日はねぇ……」
ぽん、と自分のお腹を叩いて、パチュリー。
「……太りそう」
「深刻ね」
全くだ、と言わんばかりに、少女二人はうなずいたのだった。
なお、それから数刻もしないうちにプリンを持って参上した美鈴に、フランドールはご満悦したようだったが。
「何か……何か、私に勝利する方法は……」
一人、ヴワル図書館にこもる咲夜。
彼女の傍らには、料理書などがうずたかく積まれている。何でこんなものが、こんなに歴史を持った図書館の中にあるのかはわからないが、まぁ、世の中、そんなものである。
「ダメ……これでは、独創性に欠けているわ……」
「あのー、咲夜さま。ご所望の書物をお持ち致しましたが」
「そこに置いておいて」
図書館司書の小悪魔が、どさっ、と重たそうに本を床の上に置く。
「大変ですね」
「……」
「でも、わたし、咲夜さまのお料理、好きですよ」
「あなたは――」
「?」
「あなたは、今日の勝負に参加していたわね。どっちに入れたの?」
「……え。」
沈黙。
彼女の頬を、つつっと伝う汗一筋。じっと自分を見つめてくる咲夜を見ながら、どう答えれば命が助かるかを考える。
いくつもの考えが頭の中に浮かぶ。咲夜さまに入れましたよー、と応えたら『嘘ね』と殺人ドールが飛んできそうな気がした。美鈴さまが、と応えたら『やっぱりね』と時を止められてぼこぼこにされそうな気がした。どっちにも入れてない、と応えたら『ふざけるな』と言われて普通にナイフを突き刺されそうな気がした。
結論。
逃げ場なし。
「……いいわ。あなたのその反応を見れば、大体わかるから。そう、あなたも美鈴に入れたのね」
「あぅ……その……」
「……はぁ。正直、自分に自信がなくなってきたわ……」
たくさんの本を読みながら、つぶやく彼女。
「……厨房、渡しちゃおうかな」
「あ、あの! そんなことは……!」
「まぁ、簡単に言うのならば」
横手から響く声。
振り向けば、そこには、いつ戻ってきたのか、パチュリーの姿があった。
「咲夜。あなたは、料理人というものが何であるか、知っているかしら?」
「包丁片手に熊を倒したり、くじらと死闘を演じたりする、あれですか?」
「……どこの世界の怪奇生物よ、それは」
この幻想郷には、そんな輩がいないと否定する要素もないのだが。
ともあれ、
「いい? 咲夜。
料理人が、最も望むことは、何?」
「え?」
「料理を提供するものが望むのは、それを食べてくれる人の笑顔。『美味しい』の一言のはずよ。
美鈴は、それを目標に料理を作っているわ。事実、私たちは彼女の料理に『美味しい』と思った。
でも、咲夜。あなたはどう? あなたの目的は、今や、『料理で美鈴を打ち負かすこと』に終始しているでしょう? 料理人本来の目的はどこへ行ってしまったの? 私たちは、『勝負の材料』たる食事を味わうのはいやよ。私たちが味わいたいのは、『美味しい料理』なのよ?
それを、あなたは忘れているわ」
「……」
その言葉に、沈黙する。
――確かに、そうだ。ここ数日、自分は、焦りに焦り、余裕がなくなっていた。その結果、どんどんと周りのものが見えなくなり、視野狭窄に陥り、同時に思考すら停滞していた。故に、目の前にあるものしか見えず、その先にあるものを完全に無視していたのだ。
「美鈴は、あなたとの勝負は望んでいないわ。望むなら、あなたと一緒に、美味しい食事を作りたいと。そう願っているでしょうね。
フラン様が仰っていたわよ。『咲夜のご飯は美味しくないー』って。
――こんな事を言うのは失礼かもしれないけれど、悪意のない、子供の純粋な瞳ほど、物事の本質を見通す浄玻璃鏡となるわ」
「……はい」
「わかったら。それを片づけて出て行って。私はこれから、調べものがあるの」
「調べもの……って。『意中の人を狙い撃つ108の方法』でしたっけ? それでしたら、先日、あちらのご店主から新刊の方を仕入れて参りましたが」
「……」
日符ロイヤルフレア直撃。
よけいなことを喋った小悪魔は、見事に焦げてその場に横たわった。無論、咲夜はそれに声をかけず、ふらふらと立ち上がると、本を所定の場所へと返しに歩いていく。
「……わたし……何か悪いこと言いました……?」
言ってはいないのだが、世の中、口に出していいことと悪いことがあるのである。純粋というのは、時として損なもの。小悪魔は、それを、いずれ、心底、思い知ることになるだろう。
「入りなさい」
こんこん、とドアがノックされ、静かにそれが開いていく。
部屋の主は、来客の方を横目で見やって、
「そこでそうしていないで、腰掛けたらどう?」
「……いえ。その……」
「何を萎縮しているの。情けない」
ぴしゃりと叱られて、来客――美鈴は肩をすぼめて、差し出される椅子に腰掛ける。
「あ、美鈴だ。おやつ?」
「フラン。もう深夜よ。いい子は、歯磨きをして寝る時間」
吸血鬼というのは、そもそも、夜が活動のフィールドであるはずなのだが。
「うん。わかったー」
素直に返答するフランドール。いいのかそれで。
ぱんぱん、とレミリアが柏手を打つと、それを聞いてメイドが一人、姿を現す。
「お姉さま、めいりーん。お休みー」
「ええ、お休み」
「お休みなさいませ」
ぱたぱたと彼女の元に駆け寄って、にこっと笑いながらこちらを見て。無邪気な仕草をしながら、フランドールは部屋を後にした。
ドアが閉じられる。
「それで、何?」
「あの……咲夜さんの事なんですが」
「ああ、そう。これからも勝負は続くでしょうね。いいじゃない、あなたはこれからも勝ち続けるでしょうし」
「……」
何か言いたいことがありそうね、と。
彼女は美鈴の心中を看破する。
「……はい。
その……やっぱり、心苦しいです。私が出しゃばらなければ、こんな事にならなかったと思うと……」
「美鈴、それはわたしへの侮辱かしら?」
「え?」
「あの勝負の時、あなたを料理人に推薦してみたのは、わたしなのよ? 面白そうだったから。
ほら、まずいもの勝負っていうのもあるじゃない」
くすくすと笑いながら、レミリア。
「だけど、予想以上に、あなたが出来てしまった。けれど、それはそれで面白いと思ったのよ?
それなのに。そのわたしの目を、あなたは疑うの?」
「……いえ、それは」
さすがに、それはない。
と言うか、そんな風に目にかけてもらっていたのだと思うと、嬉しいやら情けないやらで、心中は複雑である。世の中、結果さえよければそれでよし、と言う言葉もあるが、その結果がよけいな火種をまくことだってあるのだ。
まぁ、それはともあれ。
「あなたは出しゃばったのではない。あなたがそれに責任を感じるのだとしたら、むしろ、わたしがその責めを受けなければならないでしょうね。でも、わたしはあの判断を恥だとは思わない。
これの意味は、わかるわね?」
こくん、とうなずく美鈴。
「なら、いいじゃない。挑戦者が挑み続けるのなら、勝者として、それをはねのけなさいな」
「……私が作りたいのは、咲夜さんを悲しませるお料理じゃないです」
「あら、わたしに意見するの?」
一瞬、沈黙。
きらりと光を放つ、吸血鬼の瞳に萎縮してしまうが、それでも彼女は心を奮い立たせると、
「私が作りたいのは、咲夜さんも『美味しい』って笑ってくれるような料理です。こんなの、私の料理じゃありません」
「だけれど、あなたの料理の味は、全く変わらないわ」
「それは、お嬢様の舌が悪いんです」
「あら」
思いがけない返答に、彼女は目を丸くした。そして、怒るでもなく、くすくすと笑い出す。
「……自分の料理の味が、どんどんわかんなくなっていきます。昔は、こんな風じゃなかったのに……。あの、味神と呼ばれた漢を倒した時すら……」
「誰よ……それ」
ぼそりとツッコミを入れる。
「こんな勝負、もうしたくありません。咲夜さんが、私に勝負を挑み続けるというのなら、私、紅魔館をやめさせてもらいます」
「へぇ……」
なかなか、はっきりとした物言いだった。
面白そうに、レミリアが目を細くする。
「じゃあ……そうね。次の戦いで、雌雄を決しましょうか。
美鈴。あなたが勝利したら、私は咲夜をクビにする。そして、咲夜が勝利したら、あなたの役目をとく。それでよろしい?」
「それ……は……!」
「言っておくけれど、これはわたしが決めた事よ。口出しするのなら、それ相応の覚悟はしなさい」
薄く開いた唇から覗く、鋭い牙。
ごくりと、美鈴は息を飲む。
――しばしの沈黙。そして、
「……わかりました」
「忠告しておくわ。
だからといって、手を抜いてご覧なさい。わたしは、千里を越え、万の刻を費やしてもあなたを追いつめ、それを後悔させる」
「……はい」
「咲夜があなたよりも優れていると、あなた自身が思うのなら、それ相応の戦い方があるでしょう」
あとはもう、無言だった。
立ち上がり、『失礼しました』と頭を下げると、美鈴は踵を返す。ドアが閉まり、彼女の姿がその向こうに消えた頃、ふふっ、とレミリアが笑う。
「これは面白くなってきたわね。
せっかくだから、大勢の人に見てもらいましょうか」
一体、何を企んでいるのか。
しばしの間、その部屋には、楽しそうに笑うレミリアの声が響いていたのだった。
「咲夜さん」
「……美鈴」
一人、厨房で特訓に明け暮れる咲夜。今は、深夜を回り、そろそろ東の空が白む頃である。
「寝てないんですか?」
「放っておいてちょうだい」
「咲夜さん。次の試合のことなんですけど」
「明日の勝負のこと?」
「いいえ」
美鈴は、静かに首を左右に振る。
「その戦いは今日で終わりにしましょう。……ああ、いや、実質的には昨日かな?
私が望むのは、咲夜さんとの真のバトルです」
びしっと、彼女に指を突きつけ、言う。
咲夜が、わずかに足を引いた。恐怖したのだ。
「後日、お嬢様の方から何かのお話があるかと思われます。その勝負で決着をつけましょう」
「……面白いわね」
「お嬢様がお話になるかどうかはわかりませんが。
その勝負が終わった時、どちらかが、紅魔館よりいなくなります」
「え……?」
「私が勝利したら、咲夜さんは解雇され、咲夜さんが勝利したら、私が解雇されます。
これ以上ないほど、確かな勝負です」
「ちょ……何を勝手に……!」
「お嬢様の決定です」
その一言には反論する術を持たないのか、咲夜は沈黙した。
その沈黙を破るように、美鈴は彼女の元に歩み寄り、一冊のノートを手渡す。
「これは……?」
開いてみて、その中身に沈黙する。
「私が心得ている、私の全てのレシピです。これを咲夜さんにお渡しします」
「……バカにしているの?」
「いいえ。私は、咲夜さんに塩を送ったんです。
この勝負、お互いの最後の勝負です。だからこそ、咲夜さんは、私の味の全てを知って、私に戦いを挑み、打ち負かされるのです」
確たる眼差しに言葉を乗せて、言う。
その瞳の強さは、『これが本当に、あの美鈴なのか』と己の目を疑うほどだった。あの、いっつもいっつも門の前で焦げてのびている彼女なのか、と。
「あなたの未熟な技量で私に挑むのですから、その程度のハンデはあって当然でしょう?」
「……」
「猿まねの味に過ぎないものになるでしょうが、ね」
「……言ってくれるわね」
咲夜の瞳に、炎が燃え上がる。
「私は負けませんよ。こう見えて、かつて、味の世界・極にて頂点を極めた女です」
「……ええ、いいわ。
この私、十六夜咲夜を甘く見たこと、必ず後悔させてあげる」
味の世界・極という怪しいものには触れずに、咲夜は言った。二人の間に、一触即発の空気が漂う。
「それでは、これで。
お休みなさい」
「……ええ」
一礼し、その場を去る美鈴。
咲夜は、手にしたノートを見つめ、しばし無言だったが。
やがて、何か、意を決するかのように息を吸い込むと、再び、フライパンに火を入れたのだった。
静かにつぶやく。
「ありがとう、美鈴」
――と。
「で」
「ん?」
「何で、また私たちが呼ばれてるの?」
「解説と司会だぜ?」
「……いや、いいわ」
片手に持った、一枚の新聞紙。『文々。新聞』の号外である。
あれから、一週間。
ついに、美鈴と咲夜の雌雄を決する戦いが、ここ、紅魔館で繰り広げられることになったのである。その情報をどこから仕入れたのか、幻想郷のデバガメ烏――もとい、ブン屋は幻想郷中を駆けめぐりこの号外を落としていった。その結果、紅魔館周囲には、特設のステージが建設され(どことなく、ローマのコロッセオに似ている)、霊夢と魔理沙には、使いの小悪魔によって、前回のように司会と解説の立場が預けられたのだ。
「それでは、両者、準備はいいかしら?」
コロッセオの中央に設置された、石造りのリングには豪華なキッチンが置かれ、そこに二人の料理人を抱いている。レミリアが、彼女たちを一瞥して言う。
「はい」
「いつでも」
「では、勝負の方法について、解説を」
「えーっと……。
勝負は、簡単。どっちがうまい料理を作るか」
「お題として提出される料理を、双方が一品ずつ作り、それを審査員の舌で見極める……か」
一応、司会と解説の役目をこなす二人。
「審査員って誰?」
「それは」
レミリアが、ぱちんと指を鳴らした。
ぞろぞろと、『審査員席』と書かれた椅子の上に、やってきた紅魔館のメイド達が座っていく。その数、17人。
「そして」
レミリアにパチュリー、そして、
「うぅ~! もう中華やーだー!」
「我慢してください、フランドール様」
「フラン、もう中華食べるのやーだー!」
嫌がりまくっているフランドール。
「こら、フラン。大人しくなさい」
「もうやなのー!」
「そう? とっても美味しいわよ?」
「やだったら、やー!」
「あら、そう。残念ね。
でも、あなたの席はそこだから。大人しく座ってなさい」
「ぶー」
姉に言われると反論できないのか、渋々、フランドールが席に着いた。ちなみに、何があったのか、フランドールを連れてきたメイドはずたぼろで、その後ろに獅子累々と、やっぱりメイド達が横たわっている。あまり詮索しない方がよさそうだ。
「そして、審査員長は」
「こんばんは~」
『ひゃあぁぁぁぁぁっ!?』
ひゅ~、どろどろどろ、という擬音と共に現れる西行寺幽々子。ちなみに現れたのは、霊夢達の真後ろである。
「あっ、びっくりした? 驚いた?」
「驚くわっ!」
「いい度胸してるじゃないか! マスタースパー……!」
「ち、ちょっと、お二人とも。落ち着いて」
慌てて、それを止めに入る、やっぱりどこにいたのか不明な妖夢。
この事態を招いた幽々子は、ふわふわと宙を飛びながら、審査員席の中でもひときわ豪華に作られた『審査員長席』に座った。
「……何であいつが……」
「その……幽々子様が、この噂を聞きつけまして。それで、紅魔館に『私にも中華をごちそうしてちょうだいな』と言ったらあっさりオッケー出されたんです……」
「……そうか。お前も大変だな……相変わらず……」
「……わかってくれます?」
「ねぇ、妖夢~。何、話してるのー?」
「……藍とどっちが不幸かしら」
色々なものを諦めている顔つきになって、幽々子の隣に立つ妖夢を見ながら、ぽつりと霊夢はつぶやいた。
そして。
「では、お願いするわ」
レミリアの視線が、霊夢を向く。
「えーっと……。
それでは、幻想料理郷対決、スタート!」
「……なんだそれ?」
「私に聞かないで」
ごわーん、と銅鑼が鳴らされて、早速、二人が料理を作り始めた。
まず出されてくるのは、前菜の定番、干し豆腐。
「……美味しいわね」
「うまいぜ」
渡されるのは、小皿に載せられた、本物の一口料理。箸の先でひとつまみして口に運べばそれで終わり、と言う程度である。一応、司会と解説の二人にも料理が配られ、それを口にして、共に同じ感想を漏らす。
「これ、美味しいわ~。はい、妖夢。あ~ん」
「あ~ん、って」
そして、幽々子の分だけ、一口サイズではなかったりする。
続いて投入される豚の膝肉煮込み。
どうやら、今回の料理対決は、全て上海料理で統一するらしい。
「甘辛く煮込まれた、お肉の味が格別ね」
「ええ、本当」
「……うー」
すました顔の紅魔館組の中、一人だけ、不満そうにほっぺたを膨らましているフランドールの姿。
さらに、
「あーん」
「……幽々子さま、一口で食べるというのはどうなんでしょう」
でっかい大皿に出されたアヒルの醤油煮を幽々子がぺろりと平らげる。まだまだお腹一杯に、余裕がありそうだ。
ここで小休止を意味するのか、白菜とエビの干物の炒め物が投入される。
これまで続いた肉料理の味を、さっぱりとした白菜が相殺してくれる。
「……お腹空いたー」
「あら、そう? でも、フラン、いらないんでしょ?」
「いるー!」
「あらあら」
そして、我慢が出来なくなったフランドールが、レミリアに向かって『あ~ん』とやっている。
「けれど、どれくらい続くのかわからないけれど、一口料理だからと言って、さすがに小皿二枚を食べないといけないのは辛いわね」
「ああ。それに、何か味がよく似ているぜ」
「ええ、ほんと」
チャーハンと茶碗蒸しのセット。
前者はたっぷりと具が載っていて、まさに五目チャーハンと言った見た目と味。そして後者には、じっくりと煮込まれて味がついた蛤が味のアクセントとなっている。
「美味しい? フラン」
「美味しいー!」
「はぁ~……美味しいわぁ。
ねぇ、妖夢。この味、覚えて帰れない?」
「無理ですよ、幽々子さま。これほどの味、私程度の腕前では……とてもとても」
「えー?」
「いや、えー、じゃなくて」
運ばれてくる料理は、まさに匠の味。
それを再現するというのは、いかに、白玉楼の料理武者……ではなくて、幽々子のおつき剣士である妖夢にも不可能であることらしかった。
「じゃあ、いいわ。お腹一杯、食べて帰るから」
そう言って、次のエビチリをぺろりと平らげてしまう。
「うぅ~……辛い~……」
「これはちょっと、辛みが効いているわね」
「だけれど、これはこれで美味しいわ。
……でも、そろそろ」
顔をしかめて水を飲んでいるフランを横目で見ながら、レミリアとパチュリーの二人がうなずく。
「ん?」
「どうしたの? 魔理沙」
蟹みそと豆腐の煮込みを口にして、魔理沙が顔をしかめる。
「……味が変わったぜ」
「そう?」
対する霊夢は、首をかしげるだけだ。
「ああ……」
咲夜が作っているものを、丁寧に、丹念に味わい、
「……味に余裕がなくなってるぜ」
「……そうかな」
「ああ、美鈴のには、まだまだ余裕がある。私たちの舌と目を楽しませ、かぐわしい香りで魅了し、だが、同時に怒濤のごとき味――それこそ、料理の魂とも呼べるものが、私たちに襲いかかる。
なのに、咲夜のはどうだ。食べられることを恐れているようにしか思えないぜ……」
「……あんた、何者?」
何やら難しいことを言い出した魔理沙を、顔を引きつらせて見つめる霊夢。
「ねぇねぇ、妖夢ー。これ、ちょっと味が落ちてない?」
「そうでしょうか?」
「そうよー」
一方の幽々子も、咲夜の料理の味が変化していることに気づいたらしい。
小首をかしげながら、
「味に統制がなくなってるのよねぇ。何か、乱れ気味」
「……よくわかりますね」
魔理沙のように小難しいことを口にするでもなく、ストレートに、感じたままを口にする幽々子に、妖夢が感心したようにうなずいた。食事にかけては純粋に追求していくからこそ、一級の料理人のような舌を養ったと言うことだろうか、この大食い亡霊は。
「さあ、どうなるかしら」
「楽しみね」
「うえ~。これしょっぱい~」
雪奈と豚肉の細切り麺を食べて、顔をしかめつつも、ぱくぱくとそれを頬張るフランドール。彼女にとっては、美味しければ何でもいいのかもしれない。
「……くっ」
咲夜は、焦っていた。
審査員達の空気が変わっている。明らかに、美鈴に有利に傾いている。咲夜の頬には汗が流れているというのに、美鈴など涼しいものだ。これは調理の過程で必然的に起こる現象ではない。心理的なプレッシャーだ。
彼女の目には、今、美鈴の背中が、大きな山となって立ちはだかっているように見えているのである。追いかけても追い越せない、越えられない、高い壁が。
「まだ……まだよ……!」
だが、それでも彼女は料理を作り続ける。
しかし、今や、咲夜の負けの色は濃厚だった。彼女の舌は焦りと緊張、そして恐怖から、完全に本来の力をなくし、結果、料理の味が崩れてきている。さすがに、霊夢や妖夢など、『一流の舌』を持ち合わせないもの達にもわかるほどに。
追いつめられているのだ。
「……ダメ……だというの……?」
彼女の手が、止まった。
「あ。咲夜さん、どうしたのかしら?」
「まずいな……。料理もそうだが、あいつもだ。
この勝負、美鈴の勝ちだぜ」
「……そうかしらね」
「ん?」
霊夢はぽつりとこぼす。
「あの人、追いつめられてからが強かったと思うけれど」
戦いは、もはや、誰の目にも勝敗が明らかだった。
やはり、美鈴の勝利。それを信じて、誰もが疑わない。咲夜は敗者の色を背中に背負いながら、それでも料理を作ろうと手を伸ばし――だが、結局、フライパンどころか包丁も握れない。
私は……負けるの……?
彼女は呆然としながら、自分に向かってつぶやく。
負け。
それは、目の前に刻まれる、絶対の評価。
「……美鈴……あなたはすごいのね……。並み居る強豪を打ち破ってきたのでしょう……? こんなプレッシャーにも負けずに……」
羨望の眼差しに、わずかな、嫉妬を混ぜながら。
「……私の……」
勝負を投げ出そうと。
彼女は、静かに包丁を取り上げて、それを掲げようとする。それは、敗北宣言だ。
だが、
「ねぇ、お姉さまー。咲夜どうしたのー?」
そんな、無邪気な声が響いてきた。
「さっきからご飯来てないよー?」
「ええ、そうね。どうしたのかしら」
「咲夜ー、お腹空いたー。ご飯ー」
「……フランドール様……」
その瞳が、自分を見ているフランドールに向かう。彼女は、理解していない。咲夜がどれほど追いつめられているかと言うことに。彼女が戦いを諦めようとしていたことに。
しかし、それ故に。
「お腹空いたー」
美鈴の料理だけでは満足できずに、咲夜にリクエストを発している。
――思い出す。
「……そう……そうよね」
咲夜は静かに、手にした包丁を握りなおした。
「料理人は、食べてくれる人のために料理を作る……。
……美鈴、あなたにとって、己すらも客の一人なのね」
己が客である以上、自分が満足できないものは作らない。それは、客を侮辱することにつながるためだ。客は、皆、美味しい料理を待ち望んでいる。それなのに、自己満足の料理しか作ることが出来なかったら、どうしようもないではないか。
己に厳しく。そして、何よりも求めるものは、客の笑顔。
『美味しかった』の一言。
「――見えたわ。真に求めるべき、我が道!」
「……何っ」
「どうしたの」
「また、味が変わったぜ……」
魔理沙が戦慄してつぶやいた。
霊夢は、はぁ、とため息をついて、
「何を……」
「いいから、食べるんだ。霊夢。これは……この料理は……!」
目の前に出されているのは、小籠飽。そろそろ、この料理勝負も打ち止めだ。
言われて、霊夢はそれを一口した。その瞬間、
「……何……これ……」
先ほどまでとはまるで違う。これぞまさに『咲夜の料理』と言える味に仕上がっていた。
しかも、それだけではない。
「美鈴さんの料理を引き立て……同時に、美鈴さんの料理に引き立てられるようなこの味……どうなっているの!?」
「ふ……ふふふ……やってくれたぜ……。さすがは、完全で瀟洒なメイド……。どうやら、私は思い違いをしていたようだぜ……」
「……思い違い?」
「ああ。咲夜は、見つけたんだ。真に素晴らしき、料理の世界を!」
ドォォォォォォォン! と魔理沙の背中に雷鳴が轟いた(ように、霊夢には見えた)。
「真の料理人達が描き出す、至高のハーモニー……。この勝負、最後までわからないぜ……!」
「……」
何だか盛り上がっている魔理沙には悪いが、あんまり理解できずに――しかし、美味しい料理、という事だけはわかるため、霊夢は無言で残りを口にした。
そして、戦いは終わる。
最後に投入されたのは、美鈴がかつて、全てのもの達を驚愕させた餃子だった。その後に、デザートとして、杏仁豆腐が続いて。
料理勝負は、終わった。
「では、審査員の皆様、お手持ちのプラカードを掲げてください」
手にしたプラカード。それには、どちらかの名前が、審査員によって書き込まれる。
『美鈴』『咲夜』『美鈴』『美鈴』『咲夜』……。
順々に、その名前が挙がっていく。
「わたしはこっちね」
レミリアが上げたのは、美鈴の名前。パチュリーも、それに続いた。
「んっしょ」
フランドールは『さくや』とひらがなで書いたそれを掲げている。
霊夢と魔理沙は審査員ではないため、勝敗には拘わらない。
そうして、最後までプラカードが上げられていった結果、美鈴と咲夜は10:10の互角となった。残るは――。
「ん~っと……」
「あ、あの、幽々子さま。くれぐれも慎重に……!」
「何よ、もう~。うるさいわねぇ、妖夢ってばぁ」
「いや、ですが……」
全てが、幽々子の双肩にかかっているのだ。妖夢としても気が気でならないらしい。
幽々子はプラカードを持つことはせずに、席に立ち上がると、
「本日は、美味しいお食事にお招き頂き、どうもありがとうございました。こんなに美味しいお食事をしたのは死んでから久しぶりでございます。
本当ならば、どちらをも勝者とするのが正しいことなのでしょうが」
幽々子はそう言って、ふわりと飛び上がり、舞台の中央へと歩み出る。
そして、視線を巡らせ、
「私が選ぶ、この戦いの勝者は――」
その指先が示したのは。
「……え?」
「……」
沈黙が流れる。
幽々子がにっこりと、微笑む。
「咲夜さんです」
わっ、と。
会場が沸いた。
「……私が……」
「よかったですね、咲夜さん」
会場中をスタンディングオベーションが包み込む。魔理沙が泣きながら、「私は今、猛烈に感動しているぜーっ!」と叫びまくっている。
「……美鈴……」
「お見事です」
差し出される手を、咲夜は、困惑しながら取った。その手に、美鈴が自分の、もう片方の掌をかぶせて、
「おめでとうございます」
泣いた。
「……美鈴……」
「咲夜ー、ご飯、美味しかったよー」
フランドールが無邪気に笑いながら、手を振った。
――この料理勝負の結末に待つものを知らずに。
「この勝負、本当にわからない戦いでした。全てのメニューを組み合わせた結果、総合的に判断したものです。一品、ものが違うだけで、勝敗は分かれたと言ってもいいでしょう。
甲乙つけがたい――その中で、私は、咲夜さんの『美鈴さんの料理』とのコラボレーションに引かれました」
「……」
「お互いがお互いの料理を引き立てる。料理とは、まさに、その結果、至高へと高まっていくものだと思います。美鈴さんの料理には、最後に、それが足りなかった。咲夜さんの料理は、それを心がけていた。
その結果です」
幽々子が笑いながら告げた。
咲夜は呆然としながら、その視線を、レミリアに向ける。
「お疲れ様」
彼女は、そう告げてくるだけだ。
「……でも……。
幽々子さん、私は……美鈴に教えてもらったレシピを頼りに、この道を導き出しました。私は、敗者です」
「いいえ。たとえそうであっても、その中に、己の味を見極めたあなたは、まさしく勝者です」
さすがは、大食い亡霊。
こと、『食』に関しては、誰からも反論を受け付けるつもりはないらしい。しかも、ものすごい説得力を持って接してくる。これには、さすがに咲夜も無言だった。
「……」
静かに、レミリアが歩み寄ってくる。その隣には、フランドールも続いていた。
「それじゃ、約束通り」
「ま、待ってください、お嬢様! 美鈴を解雇するなんて……そんな……!」
「え?」
「……彼女がやめるのなら、私も紅魔館をおいとまさせていただきます」
「えー!? 美鈴、やめちゃうの!? 咲夜もいなくなっちゃうの!?」
目をまん丸に見開いて、フランドールが声を上げる。
続いて、彼女は二人にしがみついて、
「やだぁー! いなくなっちゃやだー!」
ぎゅっと二人を抱きしめながら、泣きじゃくった。言葉の意味を察してしまったのだろう。
レミリアは、表情を厳しいものに変えながら、
「言ったでしょう? これはルールなのよ」
「です……が……」
彼女には、逆らえない。
泣きじゃくるフランドールと、別れの寂しさをかみしめて、無言になっている美鈴を交互に見ながら。
苦しそうな顔をする咲夜を見て。そうして、レミリアは、
「……ぷっ」
吹き出した。
「ふふっ……あははっ……」
「お……お嬢様?」
「あーははははっ! ああ、面白かった!」
お腹を抱えて、涙を流しながら笑った後、
「言ったでしょ? 咲夜。
私はあなたを『クビ』にする。そして、美鈴の『役目を解く』と。
誰が『解雇する』なんて言ったかしら?」
「………………………は?」
「私がクビにするといったのは、あなたを料理の監督から遠ざけること。そして、美鈴の役目を解くというのは、中華料理に限り、厨房であなた達を従える事に対してよ?」
「なっ……!」
「何を勘違いしているのかしら? バカねぇ」
何という、小悪魔だ。
咲夜は内心でつぶやき、美鈴も、目をまん丸にして呆然としている。
「というわけだから。
これからも、二人とも、鋭意、職務に励むように」
「……はい」
「……はい……」
「え? それじゃ、咲夜も美鈴もいなくならないの?
わーい! よかったねー!」
先ほどまで泣いていたと思ったら。今度はすぐに笑い出すフランドール。全く、子供というものは、これだから。
「……何だか、拍子抜けしちゃいましたね」
「ええ……そうね。
ねぇ、美鈴。知ってる? 私、最近、創作中華にはまってるの。よかったら、お手伝いしてくれない?」
「はい」
「一緒に、色んなもの、作りましょうね」
「はいっ」
笑顔が満ちる。
楽しそうに笑う、彼女たち。場が静かに、幕を下ろしていく。
「料理は、客のために。そして、客のための料理は、すなわち、己のため。
咲夜も、ようやくわかったみたいね」
含蓄深い言葉をつぶやいて、パチュリーは立ち上がる。やれやれ、と笑いながら。
――雨降って地固まる。
まさに、それなんだな、と。
余談だが。
「でもさ」
「ん?」
男泣き(この場合、意味は違うが)に泣いていた魔理沙が、霊夢を見る。
「結局、美鈴さんのレシピに頼ってこの勝負を導き出したってことなら……やっぱり、咲夜さんの負けよね? 美鈴さんがいなかったら勝てなかったわけだし」
ぴしり。
その一言に、空間が硬直した。
「……え? あれ? みんな、どうしたの?」
「……霊夢……お前……」
魔理沙がこめかみ引きつらせ。
「……お嬢様。やはり、私はしばしの間、お暇をもらいます! この腕を、さらに鍛えるべく……井の中の蛙を脱するべく!」
「あ、ちょっと、咲夜さん!?」
「誰か、咲夜を止めなさい!」
「……えーっと……?」
一人、事態を理解できずに首をかしげるフランドールの前で、
「どきなさい、あなた達! 私の道は、私で見つけるしかないのよ!」
「戦いは終わったじゃないですかー!」
「咲夜さん、そこまでこだわらなくても……」
「咲夜さま、落ち着いてくださいー!」
「どきなさぁぁぁぁぁぁいっ!」
喧々囂々と、吹き荒れる弾幕の嵐。
ようやく、場が丸く収まったと思って満足していたレミリアは、ふっ、と硬直して、
「い・い・加・減・に……!」
こめかみに青筋浮かべて、
「しなさぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
超弩級の一発を放ったのだった。
無論、コロッセオごと、丸ごと周囲が崩壊したのは言うまでもない。なお、これからしばらくの間、咲夜には『料理禁止』の命令が下されることになる。
……多分、めでたしめでたし。
あれから、数日。
「それでは、本日の料理についての勝敗を、皆さんに聞かせてもらいましょうか」
紅魔館の主、レミリアの言葉に。
『美鈴さま』『咲夜さま』『美鈴さま』『美鈴さま』etc etc……。
佇むメイド達が、次々に、手にしたプラカードを掲げていく。
「合計、美鈴、22、咲夜、8。この勝負、美鈴の勝ちのようね」
それを集計していた、レミリアの友人であり、紅魔館の引きこもり――もとい、ヴワル図書館の主、パチュリー・ノーレッジが結果を発表する。どうでもいいが、こういう真面目なことをする時にメガネというのは似合うものだ。
そして、その結果。
「……えーっと」
「くっ……! また……また足りないの……!」
困惑する美鈴と、がっくりと膝を落とす咲夜。
このところ、ずっとこうなのだ。
数日前の『第一回、蓬莱食い倒れ選手権』にて美鈴が見せた、凄まじき中華料理の腕前。伊達に『中国』という不名誉なあだ名が付けられていないほどに、その味は素晴らしく、その場にいた全てのものを感動と驚愕の渦に包み込んだのである。
その前に敗北したのが、この咲夜なのだ。
完全で瀟洒たるメイドは、変な枕詞が頭につかない、まさしく『雑魚その1』というくくりでくくられてしまう門番に、決定的な敗北を味わわされ――その結果、彼女に勝利することで、己が己たる証を取り戻そうと躍起になっているのだ。
事実、咲夜の料理はうまい。まずくはない。決して。
しかし、何かが足りないのだ。
それを一言で言い換えるなら、料理に対する技量であるとも言えるし、食材を見極める鑑定眼と言えるかもしれない。もっとも、前者はともあれとして、後者については、レミリアが二人に対して『全く同じ条件での勝負』を望んでいるため、厳選に厳選を重ねた食材しか使われてないために、あり得ないのだが。
――話を戻そう。
それから始まった、この二人の戦い。実際、躍起になっているのは咲夜だけで、美鈴は困惑のまま、勝負を受けている。と言うのも、一応、メイド長たる咲夜は自分より位が上であるのに加えて、人間の身、しかも20年程度しか生きてない彼女が、この紅魔館でそのような役割を授かったことに対して、素直な憧れがあるのである。美鈴には。
だから、自分が憧れている人が、鬼気迫る形相で自分に挑んでくるのを見ると、辛いような、悲しいような、複雑な気持ちになってしまうのである。
もっとも、それは勝負とは関係ない。いざ、厨房に立てば、そこにあるのは、『料理人』たる己の姿。故に、完全なる腕前を持って、勝負を受けて、そして、勝利してしまう。
「くっ……!」
咲夜は肩を落とし、悔しそうに歯がみして、その場を去った。
なお、ここは、紅魔館の大食堂。
料理勝負の方法は簡単で、咲夜と美鈴が、その日の晩ご飯を作成する。それを、レミリアやパチュリー、フランドールと言った紅魔館メインメンバーと共に、じゃんけんで決められた順番に従って、メイド達が審査員として立ち会い、どっちがうまかったか、優劣をつける。その程度のこと。
ちなみにどうでもいいのだが、最近、この料理勝負で『美鈴派』と『咲夜派』の派閥がメイド達の間に出来ているらしく、「その料理をよこしなさい!」「いやよ、冗談じゃない!」という醜い争いが繰り広げられているらしいのだが――とりあえず、その真偽は不明である。
「美鈴、どうしたの? あなたの勝利よ」
「……お嬢様。ですが……」
「ですが、も何も。
勝者は敗者にかける言葉を持たないわ。あなたも、千年の兵としてキッチンに立ってきたのなら、それくらいのことは知っているでしょう?」
「……はい。かつて、私が出場した、料理選手権でも……そうでした」
「……出場してたのね」
一応、話のたとえだったのだが。
素直に肯定されて、レミリアの頬に汗一筋。
「だけれど、本当に美鈴の料理は美味しいわね。どう? レミィ。彼女を厨房の責任者に立たせてしまうというのは。
最近は、門番の役目も、暇でしょう?」
すぅっと細くなったパチュリーの瞳が、美鈴を見据える。
その言葉の意味を悟って、小さく、彼女はうなずくと、
「そうね……。それも面白いかもしれないけれど」
横手でうなずく、レミリアの言葉が耳に入った。
「う~……」
「あら、どうしたの? フラン」
つんつん、と目の前の杏仁豆腐をつついているフランドールが不満そうな顔をしているのを見て、レミリアが声を上げる。
「あきたー」
「?」
「もう中華料理、飽きた~。何か他のもの食べたい~」
まぁ、そりゃそうだろう。
中華というのは、基本的に、しつこい味付けが特徴的だ。美鈴のものはかなりさっぱりとしていて、後を引かない味なのだが、それでも、こう毎日、連日連夜、豪華な中華料理フルコースを用意されては、いかに味付けが素晴らしくとも舌はそれを拒絶する。
「そうね。確かに、こう毎日では、参ってしまうわね」
「……ごめんなさい」
「あなたが謝ることではないわ。
それよりも……咲夜があまりにも躍起になりすぎなのよね」
「めいりーん、お菓子作ってー」
「お菓子……ですか? 何がよろしいでしょうか?」
「甘いの」
「わかりました。では、マンゴーのプリンをお持ち致します」
「わーい、プリンだプリンだー」
それでは、と一礼して、その場を去る美鈴。
「やはり、己のアイデンティティを傷つけられてしまうと、人間、もろいものなのね」
「そうかしら。
でも、レミィの言うことも、あながち間違いではないかもね。彼女は何だかんだ言って人間。私たちよりも、精神的に成熟してないもの。
まぁ……でも、さすがに、こう毎日はねぇ……」
ぽん、と自分のお腹を叩いて、パチュリー。
「……太りそう」
「深刻ね」
全くだ、と言わんばかりに、少女二人はうなずいたのだった。
なお、それから数刻もしないうちにプリンを持って参上した美鈴に、フランドールはご満悦したようだったが。
「何か……何か、私に勝利する方法は……」
一人、ヴワル図書館にこもる咲夜。
彼女の傍らには、料理書などがうずたかく積まれている。何でこんなものが、こんなに歴史を持った図書館の中にあるのかはわからないが、まぁ、世の中、そんなものである。
「ダメ……これでは、独創性に欠けているわ……」
「あのー、咲夜さま。ご所望の書物をお持ち致しましたが」
「そこに置いておいて」
図書館司書の小悪魔が、どさっ、と重たそうに本を床の上に置く。
「大変ですね」
「……」
「でも、わたし、咲夜さまのお料理、好きですよ」
「あなたは――」
「?」
「あなたは、今日の勝負に参加していたわね。どっちに入れたの?」
「……え。」
沈黙。
彼女の頬を、つつっと伝う汗一筋。じっと自分を見つめてくる咲夜を見ながら、どう答えれば命が助かるかを考える。
いくつもの考えが頭の中に浮かぶ。咲夜さまに入れましたよー、と応えたら『嘘ね』と殺人ドールが飛んできそうな気がした。美鈴さまが、と応えたら『やっぱりね』と時を止められてぼこぼこにされそうな気がした。どっちにも入れてない、と応えたら『ふざけるな』と言われて普通にナイフを突き刺されそうな気がした。
結論。
逃げ場なし。
「……いいわ。あなたのその反応を見れば、大体わかるから。そう、あなたも美鈴に入れたのね」
「あぅ……その……」
「……はぁ。正直、自分に自信がなくなってきたわ……」
たくさんの本を読みながら、つぶやく彼女。
「……厨房、渡しちゃおうかな」
「あ、あの! そんなことは……!」
「まぁ、簡単に言うのならば」
横手から響く声。
振り向けば、そこには、いつ戻ってきたのか、パチュリーの姿があった。
「咲夜。あなたは、料理人というものが何であるか、知っているかしら?」
「包丁片手に熊を倒したり、くじらと死闘を演じたりする、あれですか?」
「……どこの世界の怪奇生物よ、それは」
この幻想郷には、そんな輩がいないと否定する要素もないのだが。
ともあれ、
「いい? 咲夜。
料理人が、最も望むことは、何?」
「え?」
「料理を提供するものが望むのは、それを食べてくれる人の笑顔。『美味しい』の一言のはずよ。
美鈴は、それを目標に料理を作っているわ。事実、私たちは彼女の料理に『美味しい』と思った。
でも、咲夜。あなたはどう? あなたの目的は、今や、『料理で美鈴を打ち負かすこと』に終始しているでしょう? 料理人本来の目的はどこへ行ってしまったの? 私たちは、『勝負の材料』たる食事を味わうのはいやよ。私たちが味わいたいのは、『美味しい料理』なのよ?
それを、あなたは忘れているわ」
「……」
その言葉に、沈黙する。
――確かに、そうだ。ここ数日、自分は、焦りに焦り、余裕がなくなっていた。その結果、どんどんと周りのものが見えなくなり、視野狭窄に陥り、同時に思考すら停滞していた。故に、目の前にあるものしか見えず、その先にあるものを完全に無視していたのだ。
「美鈴は、あなたとの勝負は望んでいないわ。望むなら、あなたと一緒に、美味しい食事を作りたいと。そう願っているでしょうね。
フラン様が仰っていたわよ。『咲夜のご飯は美味しくないー』って。
――こんな事を言うのは失礼かもしれないけれど、悪意のない、子供の純粋な瞳ほど、物事の本質を見通す浄玻璃鏡となるわ」
「……はい」
「わかったら。それを片づけて出て行って。私はこれから、調べものがあるの」
「調べもの……って。『意中の人を狙い撃つ108の方法』でしたっけ? それでしたら、先日、あちらのご店主から新刊の方を仕入れて参りましたが」
「……」
日符ロイヤルフレア直撃。
よけいなことを喋った小悪魔は、見事に焦げてその場に横たわった。無論、咲夜はそれに声をかけず、ふらふらと立ち上がると、本を所定の場所へと返しに歩いていく。
「……わたし……何か悪いこと言いました……?」
言ってはいないのだが、世の中、口に出していいことと悪いことがあるのである。純粋というのは、時として損なもの。小悪魔は、それを、いずれ、心底、思い知ることになるだろう。
「入りなさい」
こんこん、とドアがノックされ、静かにそれが開いていく。
部屋の主は、来客の方を横目で見やって、
「そこでそうしていないで、腰掛けたらどう?」
「……いえ。その……」
「何を萎縮しているの。情けない」
ぴしゃりと叱られて、来客――美鈴は肩をすぼめて、差し出される椅子に腰掛ける。
「あ、美鈴だ。おやつ?」
「フラン。もう深夜よ。いい子は、歯磨きをして寝る時間」
吸血鬼というのは、そもそも、夜が活動のフィールドであるはずなのだが。
「うん。わかったー」
素直に返答するフランドール。いいのかそれで。
ぱんぱん、とレミリアが柏手を打つと、それを聞いてメイドが一人、姿を現す。
「お姉さま、めいりーん。お休みー」
「ええ、お休み」
「お休みなさいませ」
ぱたぱたと彼女の元に駆け寄って、にこっと笑いながらこちらを見て。無邪気な仕草をしながら、フランドールは部屋を後にした。
ドアが閉じられる。
「それで、何?」
「あの……咲夜さんの事なんですが」
「ああ、そう。これからも勝負は続くでしょうね。いいじゃない、あなたはこれからも勝ち続けるでしょうし」
「……」
何か言いたいことがありそうね、と。
彼女は美鈴の心中を看破する。
「……はい。
その……やっぱり、心苦しいです。私が出しゃばらなければ、こんな事にならなかったと思うと……」
「美鈴、それはわたしへの侮辱かしら?」
「え?」
「あの勝負の時、あなたを料理人に推薦してみたのは、わたしなのよ? 面白そうだったから。
ほら、まずいもの勝負っていうのもあるじゃない」
くすくすと笑いながら、レミリア。
「だけど、予想以上に、あなたが出来てしまった。けれど、それはそれで面白いと思ったのよ?
それなのに。そのわたしの目を、あなたは疑うの?」
「……いえ、それは」
さすがに、それはない。
と言うか、そんな風に目にかけてもらっていたのだと思うと、嬉しいやら情けないやらで、心中は複雑である。世の中、結果さえよければそれでよし、と言う言葉もあるが、その結果がよけいな火種をまくことだってあるのだ。
まぁ、それはともあれ。
「あなたは出しゃばったのではない。あなたがそれに責任を感じるのだとしたら、むしろ、わたしがその責めを受けなければならないでしょうね。でも、わたしはあの判断を恥だとは思わない。
これの意味は、わかるわね?」
こくん、とうなずく美鈴。
「なら、いいじゃない。挑戦者が挑み続けるのなら、勝者として、それをはねのけなさいな」
「……私が作りたいのは、咲夜さんを悲しませるお料理じゃないです」
「あら、わたしに意見するの?」
一瞬、沈黙。
きらりと光を放つ、吸血鬼の瞳に萎縮してしまうが、それでも彼女は心を奮い立たせると、
「私が作りたいのは、咲夜さんも『美味しい』って笑ってくれるような料理です。こんなの、私の料理じゃありません」
「だけれど、あなたの料理の味は、全く変わらないわ」
「それは、お嬢様の舌が悪いんです」
「あら」
思いがけない返答に、彼女は目を丸くした。そして、怒るでもなく、くすくすと笑い出す。
「……自分の料理の味が、どんどんわかんなくなっていきます。昔は、こんな風じゃなかったのに……。あの、味神と呼ばれた漢を倒した時すら……」
「誰よ……それ」
ぼそりとツッコミを入れる。
「こんな勝負、もうしたくありません。咲夜さんが、私に勝負を挑み続けるというのなら、私、紅魔館をやめさせてもらいます」
「へぇ……」
なかなか、はっきりとした物言いだった。
面白そうに、レミリアが目を細くする。
「じゃあ……そうね。次の戦いで、雌雄を決しましょうか。
美鈴。あなたが勝利したら、私は咲夜をクビにする。そして、咲夜が勝利したら、あなたの役目をとく。それでよろしい?」
「それ……は……!」
「言っておくけれど、これはわたしが決めた事よ。口出しするのなら、それ相応の覚悟はしなさい」
薄く開いた唇から覗く、鋭い牙。
ごくりと、美鈴は息を飲む。
――しばしの沈黙。そして、
「……わかりました」
「忠告しておくわ。
だからといって、手を抜いてご覧なさい。わたしは、千里を越え、万の刻を費やしてもあなたを追いつめ、それを後悔させる」
「……はい」
「咲夜があなたよりも優れていると、あなた自身が思うのなら、それ相応の戦い方があるでしょう」
あとはもう、無言だった。
立ち上がり、『失礼しました』と頭を下げると、美鈴は踵を返す。ドアが閉まり、彼女の姿がその向こうに消えた頃、ふふっ、とレミリアが笑う。
「これは面白くなってきたわね。
せっかくだから、大勢の人に見てもらいましょうか」
一体、何を企んでいるのか。
しばしの間、その部屋には、楽しそうに笑うレミリアの声が響いていたのだった。
「咲夜さん」
「……美鈴」
一人、厨房で特訓に明け暮れる咲夜。今は、深夜を回り、そろそろ東の空が白む頃である。
「寝てないんですか?」
「放っておいてちょうだい」
「咲夜さん。次の試合のことなんですけど」
「明日の勝負のこと?」
「いいえ」
美鈴は、静かに首を左右に振る。
「その戦いは今日で終わりにしましょう。……ああ、いや、実質的には昨日かな?
私が望むのは、咲夜さんとの真のバトルです」
びしっと、彼女に指を突きつけ、言う。
咲夜が、わずかに足を引いた。恐怖したのだ。
「後日、お嬢様の方から何かのお話があるかと思われます。その勝負で決着をつけましょう」
「……面白いわね」
「お嬢様がお話になるかどうかはわかりませんが。
その勝負が終わった時、どちらかが、紅魔館よりいなくなります」
「え……?」
「私が勝利したら、咲夜さんは解雇され、咲夜さんが勝利したら、私が解雇されます。
これ以上ないほど、確かな勝負です」
「ちょ……何を勝手に……!」
「お嬢様の決定です」
その一言には反論する術を持たないのか、咲夜は沈黙した。
その沈黙を破るように、美鈴は彼女の元に歩み寄り、一冊のノートを手渡す。
「これは……?」
開いてみて、その中身に沈黙する。
「私が心得ている、私の全てのレシピです。これを咲夜さんにお渡しします」
「……バカにしているの?」
「いいえ。私は、咲夜さんに塩を送ったんです。
この勝負、お互いの最後の勝負です。だからこそ、咲夜さんは、私の味の全てを知って、私に戦いを挑み、打ち負かされるのです」
確たる眼差しに言葉を乗せて、言う。
その瞳の強さは、『これが本当に、あの美鈴なのか』と己の目を疑うほどだった。あの、いっつもいっつも門の前で焦げてのびている彼女なのか、と。
「あなたの未熟な技量で私に挑むのですから、その程度のハンデはあって当然でしょう?」
「……」
「猿まねの味に過ぎないものになるでしょうが、ね」
「……言ってくれるわね」
咲夜の瞳に、炎が燃え上がる。
「私は負けませんよ。こう見えて、かつて、味の世界・極にて頂点を極めた女です」
「……ええ、いいわ。
この私、十六夜咲夜を甘く見たこと、必ず後悔させてあげる」
味の世界・極という怪しいものには触れずに、咲夜は言った。二人の間に、一触即発の空気が漂う。
「それでは、これで。
お休みなさい」
「……ええ」
一礼し、その場を去る美鈴。
咲夜は、手にしたノートを見つめ、しばし無言だったが。
やがて、何か、意を決するかのように息を吸い込むと、再び、フライパンに火を入れたのだった。
静かにつぶやく。
「ありがとう、美鈴」
――と。
「で」
「ん?」
「何で、また私たちが呼ばれてるの?」
「解説と司会だぜ?」
「……いや、いいわ」
片手に持った、一枚の新聞紙。『文々。新聞』の号外である。
あれから、一週間。
ついに、美鈴と咲夜の雌雄を決する戦いが、ここ、紅魔館で繰り広げられることになったのである。その情報をどこから仕入れたのか、幻想郷のデバガメ烏――もとい、ブン屋は幻想郷中を駆けめぐりこの号外を落としていった。その結果、紅魔館周囲には、特設のステージが建設され(どことなく、ローマのコロッセオに似ている)、霊夢と魔理沙には、使いの小悪魔によって、前回のように司会と解説の立場が預けられたのだ。
「それでは、両者、準備はいいかしら?」
コロッセオの中央に設置された、石造りのリングには豪華なキッチンが置かれ、そこに二人の料理人を抱いている。レミリアが、彼女たちを一瞥して言う。
「はい」
「いつでも」
「では、勝負の方法について、解説を」
「えーっと……。
勝負は、簡単。どっちがうまい料理を作るか」
「お題として提出される料理を、双方が一品ずつ作り、それを審査員の舌で見極める……か」
一応、司会と解説の役目をこなす二人。
「審査員って誰?」
「それは」
レミリアが、ぱちんと指を鳴らした。
ぞろぞろと、『審査員席』と書かれた椅子の上に、やってきた紅魔館のメイド達が座っていく。その数、17人。
「そして」
レミリアにパチュリー、そして、
「うぅ~! もう中華やーだー!」
「我慢してください、フランドール様」
「フラン、もう中華食べるのやーだー!」
嫌がりまくっているフランドール。
「こら、フラン。大人しくなさい」
「もうやなのー!」
「そう? とっても美味しいわよ?」
「やだったら、やー!」
「あら、そう。残念ね。
でも、あなたの席はそこだから。大人しく座ってなさい」
「ぶー」
姉に言われると反論できないのか、渋々、フランドールが席に着いた。ちなみに、何があったのか、フランドールを連れてきたメイドはずたぼろで、その後ろに獅子累々と、やっぱりメイド達が横たわっている。あまり詮索しない方がよさそうだ。
「そして、審査員長は」
「こんばんは~」
『ひゃあぁぁぁぁぁっ!?』
ひゅ~、どろどろどろ、という擬音と共に現れる西行寺幽々子。ちなみに現れたのは、霊夢達の真後ろである。
「あっ、びっくりした? 驚いた?」
「驚くわっ!」
「いい度胸してるじゃないか! マスタースパー……!」
「ち、ちょっと、お二人とも。落ち着いて」
慌てて、それを止めに入る、やっぱりどこにいたのか不明な妖夢。
この事態を招いた幽々子は、ふわふわと宙を飛びながら、審査員席の中でもひときわ豪華に作られた『審査員長席』に座った。
「……何であいつが……」
「その……幽々子様が、この噂を聞きつけまして。それで、紅魔館に『私にも中華をごちそうしてちょうだいな』と言ったらあっさりオッケー出されたんです……」
「……そうか。お前も大変だな……相変わらず……」
「……わかってくれます?」
「ねぇ、妖夢~。何、話してるのー?」
「……藍とどっちが不幸かしら」
色々なものを諦めている顔つきになって、幽々子の隣に立つ妖夢を見ながら、ぽつりと霊夢はつぶやいた。
そして。
「では、お願いするわ」
レミリアの視線が、霊夢を向く。
「えーっと……。
それでは、幻想料理郷対決、スタート!」
「……なんだそれ?」
「私に聞かないで」
ごわーん、と銅鑼が鳴らされて、早速、二人が料理を作り始めた。
まず出されてくるのは、前菜の定番、干し豆腐。
「……美味しいわね」
「うまいぜ」
渡されるのは、小皿に載せられた、本物の一口料理。箸の先でひとつまみして口に運べばそれで終わり、と言う程度である。一応、司会と解説の二人にも料理が配られ、それを口にして、共に同じ感想を漏らす。
「これ、美味しいわ~。はい、妖夢。あ~ん」
「あ~ん、って」
そして、幽々子の分だけ、一口サイズではなかったりする。
続いて投入される豚の膝肉煮込み。
どうやら、今回の料理対決は、全て上海料理で統一するらしい。
「甘辛く煮込まれた、お肉の味が格別ね」
「ええ、本当」
「……うー」
すました顔の紅魔館組の中、一人だけ、不満そうにほっぺたを膨らましているフランドールの姿。
さらに、
「あーん」
「……幽々子さま、一口で食べるというのはどうなんでしょう」
でっかい大皿に出されたアヒルの醤油煮を幽々子がぺろりと平らげる。まだまだお腹一杯に、余裕がありそうだ。
ここで小休止を意味するのか、白菜とエビの干物の炒め物が投入される。
これまで続いた肉料理の味を、さっぱりとした白菜が相殺してくれる。
「……お腹空いたー」
「あら、そう? でも、フラン、いらないんでしょ?」
「いるー!」
「あらあら」
そして、我慢が出来なくなったフランドールが、レミリアに向かって『あ~ん』とやっている。
「けれど、どれくらい続くのかわからないけれど、一口料理だからと言って、さすがに小皿二枚を食べないといけないのは辛いわね」
「ああ。それに、何か味がよく似ているぜ」
「ええ、ほんと」
チャーハンと茶碗蒸しのセット。
前者はたっぷりと具が載っていて、まさに五目チャーハンと言った見た目と味。そして後者には、じっくりと煮込まれて味がついた蛤が味のアクセントとなっている。
「美味しい? フラン」
「美味しいー!」
「はぁ~……美味しいわぁ。
ねぇ、妖夢。この味、覚えて帰れない?」
「無理ですよ、幽々子さま。これほどの味、私程度の腕前では……とてもとても」
「えー?」
「いや、えー、じゃなくて」
運ばれてくる料理は、まさに匠の味。
それを再現するというのは、いかに、白玉楼の料理武者……ではなくて、幽々子のおつき剣士である妖夢にも不可能であることらしかった。
「じゃあ、いいわ。お腹一杯、食べて帰るから」
そう言って、次のエビチリをぺろりと平らげてしまう。
「うぅ~……辛い~……」
「これはちょっと、辛みが効いているわね」
「だけれど、これはこれで美味しいわ。
……でも、そろそろ」
顔をしかめて水を飲んでいるフランを横目で見ながら、レミリアとパチュリーの二人がうなずく。
「ん?」
「どうしたの? 魔理沙」
蟹みそと豆腐の煮込みを口にして、魔理沙が顔をしかめる。
「……味が変わったぜ」
「そう?」
対する霊夢は、首をかしげるだけだ。
「ああ……」
咲夜が作っているものを、丁寧に、丹念に味わい、
「……味に余裕がなくなってるぜ」
「……そうかな」
「ああ、美鈴のには、まだまだ余裕がある。私たちの舌と目を楽しませ、かぐわしい香りで魅了し、だが、同時に怒濤のごとき味――それこそ、料理の魂とも呼べるものが、私たちに襲いかかる。
なのに、咲夜のはどうだ。食べられることを恐れているようにしか思えないぜ……」
「……あんた、何者?」
何やら難しいことを言い出した魔理沙を、顔を引きつらせて見つめる霊夢。
「ねぇねぇ、妖夢ー。これ、ちょっと味が落ちてない?」
「そうでしょうか?」
「そうよー」
一方の幽々子も、咲夜の料理の味が変化していることに気づいたらしい。
小首をかしげながら、
「味に統制がなくなってるのよねぇ。何か、乱れ気味」
「……よくわかりますね」
魔理沙のように小難しいことを口にするでもなく、ストレートに、感じたままを口にする幽々子に、妖夢が感心したようにうなずいた。食事にかけては純粋に追求していくからこそ、一級の料理人のような舌を養ったと言うことだろうか、この大食い亡霊は。
「さあ、どうなるかしら」
「楽しみね」
「うえ~。これしょっぱい~」
雪奈と豚肉の細切り麺を食べて、顔をしかめつつも、ぱくぱくとそれを頬張るフランドール。彼女にとっては、美味しければ何でもいいのかもしれない。
「……くっ」
咲夜は、焦っていた。
審査員達の空気が変わっている。明らかに、美鈴に有利に傾いている。咲夜の頬には汗が流れているというのに、美鈴など涼しいものだ。これは調理の過程で必然的に起こる現象ではない。心理的なプレッシャーだ。
彼女の目には、今、美鈴の背中が、大きな山となって立ちはだかっているように見えているのである。追いかけても追い越せない、越えられない、高い壁が。
「まだ……まだよ……!」
だが、それでも彼女は料理を作り続ける。
しかし、今や、咲夜の負けの色は濃厚だった。彼女の舌は焦りと緊張、そして恐怖から、完全に本来の力をなくし、結果、料理の味が崩れてきている。さすがに、霊夢や妖夢など、『一流の舌』を持ち合わせないもの達にもわかるほどに。
追いつめられているのだ。
「……ダメ……だというの……?」
彼女の手が、止まった。
「あ。咲夜さん、どうしたのかしら?」
「まずいな……。料理もそうだが、あいつもだ。
この勝負、美鈴の勝ちだぜ」
「……そうかしらね」
「ん?」
霊夢はぽつりとこぼす。
「あの人、追いつめられてからが強かったと思うけれど」
戦いは、もはや、誰の目にも勝敗が明らかだった。
やはり、美鈴の勝利。それを信じて、誰もが疑わない。咲夜は敗者の色を背中に背負いながら、それでも料理を作ろうと手を伸ばし――だが、結局、フライパンどころか包丁も握れない。
私は……負けるの……?
彼女は呆然としながら、自分に向かってつぶやく。
負け。
それは、目の前に刻まれる、絶対の評価。
「……美鈴……あなたはすごいのね……。並み居る強豪を打ち破ってきたのでしょう……? こんなプレッシャーにも負けずに……」
羨望の眼差しに、わずかな、嫉妬を混ぜながら。
「……私の……」
勝負を投げ出そうと。
彼女は、静かに包丁を取り上げて、それを掲げようとする。それは、敗北宣言だ。
だが、
「ねぇ、お姉さまー。咲夜どうしたのー?」
そんな、無邪気な声が響いてきた。
「さっきからご飯来てないよー?」
「ええ、そうね。どうしたのかしら」
「咲夜ー、お腹空いたー。ご飯ー」
「……フランドール様……」
その瞳が、自分を見ているフランドールに向かう。彼女は、理解していない。咲夜がどれほど追いつめられているかと言うことに。彼女が戦いを諦めようとしていたことに。
しかし、それ故に。
「お腹空いたー」
美鈴の料理だけでは満足できずに、咲夜にリクエストを発している。
――思い出す。
「……そう……そうよね」
咲夜は静かに、手にした包丁を握りなおした。
「料理人は、食べてくれる人のために料理を作る……。
……美鈴、あなたにとって、己すらも客の一人なのね」
己が客である以上、自分が満足できないものは作らない。それは、客を侮辱することにつながるためだ。客は、皆、美味しい料理を待ち望んでいる。それなのに、自己満足の料理しか作ることが出来なかったら、どうしようもないではないか。
己に厳しく。そして、何よりも求めるものは、客の笑顔。
『美味しかった』の一言。
「――見えたわ。真に求めるべき、我が道!」
「……何っ」
「どうしたの」
「また、味が変わったぜ……」
魔理沙が戦慄してつぶやいた。
霊夢は、はぁ、とため息をついて、
「何を……」
「いいから、食べるんだ。霊夢。これは……この料理は……!」
目の前に出されているのは、小籠飽。そろそろ、この料理勝負も打ち止めだ。
言われて、霊夢はそれを一口した。その瞬間、
「……何……これ……」
先ほどまでとはまるで違う。これぞまさに『咲夜の料理』と言える味に仕上がっていた。
しかも、それだけではない。
「美鈴さんの料理を引き立て……同時に、美鈴さんの料理に引き立てられるようなこの味……どうなっているの!?」
「ふ……ふふふ……やってくれたぜ……。さすがは、完全で瀟洒なメイド……。どうやら、私は思い違いをしていたようだぜ……」
「……思い違い?」
「ああ。咲夜は、見つけたんだ。真に素晴らしき、料理の世界を!」
ドォォォォォォォン! と魔理沙の背中に雷鳴が轟いた(ように、霊夢には見えた)。
「真の料理人達が描き出す、至高のハーモニー……。この勝負、最後までわからないぜ……!」
「……」
何だか盛り上がっている魔理沙には悪いが、あんまり理解できずに――しかし、美味しい料理、という事だけはわかるため、霊夢は無言で残りを口にした。
そして、戦いは終わる。
最後に投入されたのは、美鈴がかつて、全てのもの達を驚愕させた餃子だった。その後に、デザートとして、杏仁豆腐が続いて。
料理勝負は、終わった。
「では、審査員の皆様、お手持ちのプラカードを掲げてください」
手にしたプラカード。それには、どちらかの名前が、審査員によって書き込まれる。
『美鈴』『咲夜』『美鈴』『美鈴』『咲夜』……。
順々に、その名前が挙がっていく。
「わたしはこっちね」
レミリアが上げたのは、美鈴の名前。パチュリーも、それに続いた。
「んっしょ」
フランドールは『さくや』とひらがなで書いたそれを掲げている。
霊夢と魔理沙は審査員ではないため、勝敗には拘わらない。
そうして、最後までプラカードが上げられていった結果、美鈴と咲夜は10:10の互角となった。残るは――。
「ん~っと……」
「あ、あの、幽々子さま。くれぐれも慎重に……!」
「何よ、もう~。うるさいわねぇ、妖夢ってばぁ」
「いや、ですが……」
全てが、幽々子の双肩にかかっているのだ。妖夢としても気が気でならないらしい。
幽々子はプラカードを持つことはせずに、席に立ち上がると、
「本日は、美味しいお食事にお招き頂き、どうもありがとうございました。こんなに美味しいお食事をしたのは死んでから久しぶりでございます。
本当ならば、どちらをも勝者とするのが正しいことなのでしょうが」
幽々子はそう言って、ふわりと飛び上がり、舞台の中央へと歩み出る。
そして、視線を巡らせ、
「私が選ぶ、この戦いの勝者は――」
その指先が示したのは。
「……え?」
「……」
沈黙が流れる。
幽々子がにっこりと、微笑む。
「咲夜さんです」
わっ、と。
会場が沸いた。
「……私が……」
「よかったですね、咲夜さん」
会場中をスタンディングオベーションが包み込む。魔理沙が泣きながら、「私は今、猛烈に感動しているぜーっ!」と叫びまくっている。
「……美鈴……」
「お見事です」
差し出される手を、咲夜は、困惑しながら取った。その手に、美鈴が自分の、もう片方の掌をかぶせて、
「おめでとうございます」
泣いた。
「……美鈴……」
「咲夜ー、ご飯、美味しかったよー」
フランドールが無邪気に笑いながら、手を振った。
――この料理勝負の結末に待つものを知らずに。
「この勝負、本当にわからない戦いでした。全てのメニューを組み合わせた結果、総合的に判断したものです。一品、ものが違うだけで、勝敗は分かれたと言ってもいいでしょう。
甲乙つけがたい――その中で、私は、咲夜さんの『美鈴さんの料理』とのコラボレーションに引かれました」
「……」
「お互いがお互いの料理を引き立てる。料理とは、まさに、その結果、至高へと高まっていくものだと思います。美鈴さんの料理には、最後に、それが足りなかった。咲夜さんの料理は、それを心がけていた。
その結果です」
幽々子が笑いながら告げた。
咲夜は呆然としながら、その視線を、レミリアに向ける。
「お疲れ様」
彼女は、そう告げてくるだけだ。
「……でも……。
幽々子さん、私は……美鈴に教えてもらったレシピを頼りに、この道を導き出しました。私は、敗者です」
「いいえ。たとえそうであっても、その中に、己の味を見極めたあなたは、まさしく勝者です」
さすがは、大食い亡霊。
こと、『食』に関しては、誰からも反論を受け付けるつもりはないらしい。しかも、ものすごい説得力を持って接してくる。これには、さすがに咲夜も無言だった。
「……」
静かに、レミリアが歩み寄ってくる。その隣には、フランドールも続いていた。
「それじゃ、約束通り」
「ま、待ってください、お嬢様! 美鈴を解雇するなんて……そんな……!」
「え?」
「……彼女がやめるのなら、私も紅魔館をおいとまさせていただきます」
「えー!? 美鈴、やめちゃうの!? 咲夜もいなくなっちゃうの!?」
目をまん丸に見開いて、フランドールが声を上げる。
続いて、彼女は二人にしがみついて、
「やだぁー! いなくなっちゃやだー!」
ぎゅっと二人を抱きしめながら、泣きじゃくった。言葉の意味を察してしまったのだろう。
レミリアは、表情を厳しいものに変えながら、
「言ったでしょう? これはルールなのよ」
「です……が……」
彼女には、逆らえない。
泣きじゃくるフランドールと、別れの寂しさをかみしめて、無言になっている美鈴を交互に見ながら。
苦しそうな顔をする咲夜を見て。そうして、レミリアは、
「……ぷっ」
吹き出した。
「ふふっ……あははっ……」
「お……お嬢様?」
「あーははははっ! ああ、面白かった!」
お腹を抱えて、涙を流しながら笑った後、
「言ったでしょ? 咲夜。
私はあなたを『クビ』にする。そして、美鈴の『役目を解く』と。
誰が『解雇する』なんて言ったかしら?」
「………………………は?」
「私がクビにするといったのは、あなたを料理の監督から遠ざけること。そして、美鈴の役目を解くというのは、中華料理に限り、厨房であなた達を従える事に対してよ?」
「なっ……!」
「何を勘違いしているのかしら? バカねぇ」
何という、小悪魔だ。
咲夜は内心でつぶやき、美鈴も、目をまん丸にして呆然としている。
「というわけだから。
これからも、二人とも、鋭意、職務に励むように」
「……はい」
「……はい……」
「え? それじゃ、咲夜も美鈴もいなくならないの?
わーい! よかったねー!」
先ほどまで泣いていたと思ったら。今度はすぐに笑い出すフランドール。全く、子供というものは、これだから。
「……何だか、拍子抜けしちゃいましたね」
「ええ……そうね。
ねぇ、美鈴。知ってる? 私、最近、創作中華にはまってるの。よかったら、お手伝いしてくれない?」
「はい」
「一緒に、色んなもの、作りましょうね」
「はいっ」
笑顔が満ちる。
楽しそうに笑う、彼女たち。場が静かに、幕を下ろしていく。
「料理は、客のために。そして、客のための料理は、すなわち、己のため。
咲夜も、ようやくわかったみたいね」
含蓄深い言葉をつぶやいて、パチュリーは立ち上がる。やれやれ、と笑いながら。
――雨降って地固まる。
まさに、それなんだな、と。
余談だが。
「でもさ」
「ん?」
男泣き(この場合、意味は違うが)に泣いていた魔理沙が、霊夢を見る。
「結局、美鈴さんのレシピに頼ってこの勝負を導き出したってことなら……やっぱり、咲夜さんの負けよね? 美鈴さんがいなかったら勝てなかったわけだし」
ぴしり。
その一言に、空間が硬直した。
「……え? あれ? みんな、どうしたの?」
「……霊夢……お前……」
魔理沙がこめかみ引きつらせ。
「……お嬢様。やはり、私はしばしの間、お暇をもらいます! この腕を、さらに鍛えるべく……井の中の蛙を脱するべく!」
「あ、ちょっと、咲夜さん!?」
「誰か、咲夜を止めなさい!」
「……えーっと……?」
一人、事態を理解できずに首をかしげるフランドールの前で、
「どきなさい、あなた達! 私の道は、私で見つけるしかないのよ!」
「戦いは終わったじゃないですかー!」
「咲夜さん、そこまでこだわらなくても……」
「咲夜さま、落ち着いてくださいー!」
「どきなさぁぁぁぁぁぁいっ!」
喧々囂々と、吹き荒れる弾幕の嵐。
ようやく、場が丸く収まったと思って満足していたレミリアは、ふっ、と硬直して、
「い・い・加・減・に……!」
こめかみに青筋浮かべて、
「しなさぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
超弩級の一発を放ったのだった。
無論、コロッセオごと、丸ごと周囲が崩壊したのは言うまでもない。なお、これからしばらくの間、咲夜には『料理禁止』の命令が下されることになる。
……多分、めでたしめでたし。
人が誰かのために何かをする、そんなシンプルな、けど難しい思い――理想や信念とも言い換えられますか、そういうものが完成したものを豊かにするのでしょう。
それから、氏の前作において重箱の隅をつつく真似をして申し訳ありませんでした。それも、無知ゆえに誤った指摘をしてしまい……この場でお詫びを。
『お前という相手がいたから、ここまで戦えた』とか、以前に某『週間日曜』でやってた古武芸漫画でもいってましたしー
そう、つまり勝てたのは美鈴という相手がいたからなんです。何の問題もない!
そんなわけわからないことはおいといて。面白かったですよー。次回の作品、期待してますー
あと、変換ミスが一点。
>フランドールを連れてきたメイドはずたぼろで、その後ろに『獅子累々』と
まだ晩飯食べてない私にこれはキツイっす…
なんだかとっても学べました。
ごちそうさまー!
しかしながら美鈴もやたら詳しかった魔理沙も一体何者なのかw
にしてもフランは本当に萌えますね(*´Д`)
今回は美鈴と咲夜を魔理沙が
まるでドモン=カッシュと東方不敗の関係のように
良い意味で脇役が主役を食べてますね
こーゆーの大好きなので堪能させていただきました
…で、やっぱりかつての料理対決での審査員は、七色のビームを目から出しつつ巨大化して「うーまーいーぞぉー!」とか叫んでいた人妖の類なんですよね?
いいじゃないか、中国に花を持たせてやってもさぁ…
ひねって落とすとは。ごちそうさまでした。
……というか、赤眼符ってことは食い倒れでがめつくてツンデレでCV林原め○みで
予告の決め台詞は「見てくんないと暴れちゃうぞ!」という事でよろしいでしょうか(何
ごちそうさまでございました。
しかし…霊夢、空気読みなさいよ…。何か、『空気が読めない人がいます』とか『追い打ちをかける人がいます』とかいうフレーズが浮かんできてしまった…。
とてつもなく腹がへった。
フランは可愛過ぎる。お子様ヽ(´ー`)ノバンザーイ