Coolier - 新生・東方創想話

コイシテcaved!!!!!(前編)

2005/11/03 03:55:37
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 季節は既に秋。
 夏に比べると圧倒的に夜が長く、気温も丁度良いこの季節。
 別にそんな事は何の関係もなく私――上白沢慧音は今日も歩き慣れた山道を歩く。
 目的地はもう通い慣れた、妹紅の住む庵。
 一人で住むには少しだけ広くて、二人でいると丁度良い程度の広さを持つこの庵は、妹紅が幻想郷に来てから――正確には、この竹林が滅多に人の訪れない場所である事を知った時に建てたそうだ。
 何故一人で住むのに丁度いい大きさにしなかったのか、と以前訊いた事がある。返答は貴族の娘だったから広い方が普通なんだ、という納得出来るような出来ないような、何とも微妙なものだった。
 まぁそれが全ての理由ではないにしろ、妹紅には妹紅の考えがあるのだし、わざわざそこまで訊く必要もないと思って詮索はしていない。
 それでも、その理由に納得した訳ではないので一応自分なりに他の理由を考えた事もある。
 一人で住むには広くて誰かがいると丁度いい程度――”誰かがいると”っていうのは、つまり――妹紅の「寂しさ」を表しているのではないか、と。
 妹紅は決して自分から人に会おうとしない。それが、たとえ私であっても。誰かと会おうとしないのは事実として妹紅が普通の人間ではないからだろう。まぁ私にとってそこら辺はどうでもいい事なのだが。ともあれ、何かがきっかけで知られれば、拒絶されるのは目に見えている。私に会おうとしないのはよく分からないが……。
 しかし、心の奥底ではやっぱり誰かに居て欲しいと思っている――私はそう考えている。
 誰に居て欲しいのかは分からない。

 ――出来れば、それが私であって欲しい。
 そう思うのには理由がある。いや、理由っていう程のものでもないのだが。
 率直に包み隠さずに言うと、妹紅が好きだから、である。
 「人間」に対しての「好き」ではなく、色恋の「好き」である。
 好きになったのが何時か――なんていうのは正直覚えていない。
 この竹林で出会って、幻想郷の事を色々と教えて世話を焼いて、たまに説教もして。
 最初は不老不死と聞かされて驚いたが、それでも、やはり妹紅は人間なのだと思った。私の守るべき対象である。一人では何かと不便な事もあるだろうな、と色々と世話を焼いて一緒にいる内に、いつしか――私は、妹紅と一緒にいる事が楽しいと思い始めていた。
 勿論、守っている村の人々と一緒にいるのだって楽しい。私は人間が好きだから。
 けれども、妹紅と一緒にいる時にはそれとは違う楽しさがある。
 気を使う必要がなく、私が私でいられる。
 多分、それが好きになったひとつの理由なのだろう。

 村の人々とは確かに繋がりを持ち、概ね良好の関係にはなっている。
 しかしその関係も、私が「村を守る妖怪」という立場であるからこそ。
 ――人は暖かく優しい。
 けれど、自分達とは違うものや敵に対しては容赦なく排斥しようとする。
 弱い自分達を守る為に。私は、そういった面も含めて人間が好きだと言える。
 人間でない私が人間とそういった友好関係を持つには、気に入られるように、嫌われないように常に気を使って接するしかない。心の奥底では私を怖いと思っている者も、決して少なくはないだろう。そういった人間を刺激しなければ、気を使っていればこのままの関係でいられる。だから、私は私でなく――「上白沢慧音」ではなく「村を守る妖怪」という存在でいるしかない。

 妹紅は私にそんな恐怖心を微塵も持っていない。
 そもそも不老不死なので妖怪は怖いものである筈がない。
 だから妹紅に対しては気を使わなくて済む。それが私にとってはとても心地良いもので、妹紅といる時は私が私で居られるのだ。
 ちなみに妹紅に気持ちを伝えようとは思っていない。
 女同士だとかそういうのは特に気にしていない。白黒の魔法使いは七耀の魔女や七色魔法使いや悪魔の妹に好かれているらしいし、博麗神社の腋巫女はその白黒魔法使いやスカーレットデビルや鬼幼女に好かれているとか。故に性別の事で周囲から何か言われるなんて事はないだろうから、気にしても仕方のない事である。そもそも知られるとは思えないのだが。
 で、何が問題かと言うと、まぁそのー……ぶっちゃけると、伝えてどう関係が変わるか分からないのが怖い。
 妹紅と一緒にいるだけで、心地良さに安らげる。これを壊す事は出来ればしたくない。
 私が人間を好きでいる限り、人間を襲う側の妖怪にこれ程の好意を持つ事はないだろう。
 だから唯一、人間で心を許せる相手である妹紅を失うのは、守っている村を失う事と同等に怖い事だ。
 けれども目の前にいるのに伝えられないのは正直苦しい。伝えたいのに伝えられない――このジレンマから逃れるには、会わなければいい。しかし会わない、顔を見ないのはもっと苦しく、私の心を締め付けるだろう。会えない時間でさえ苦しく、恋しさにきゅっと心が締め付けられるのだから、それは容易に想像がつく。
 だから、私は今日も妹紅の庵を訪れた。
 目の前には扉。
 これを二度叩くだけで愛しい妹紅の顔を見て、声を聞く事が出来る。
 そう思うだけで心が躍る。
 私は右手を上げ、手馴れた所作で扉を叩いた。

「はぁい、どなた? って、誰かなんて分かってるけどね。いらっしゃい、慧音」
 開かれた扉から現れたのは、いつもと変わらない妹紅の姿。
 私だけが見る事の出来る、柔らかい笑顔。
 それだけで頬が緩み、笑顔になってしまうのが自分でも解る。
「今日は、妹紅。今は大丈夫か?」
「まぁ用事なんてないし、構わないわよ。上がっていくんでしょ?」
「ああ。お邪魔させてもらう」
 いつものやり取り。
 いつもの妹紅の笑顔。
 心がすっと軽くなり、落ち着いていく。
 だけども、次の瞬間には頬に熱を感じて心臓が早鐘を打ち出してしまう。
 私を迎え入れる為に横にずれた妹紅にそれが気付かれないよう、少し早足で中へと足を踏み入れた。
 妹紅が後ろにいる間に、頬の熱や胸の高鳴りを無理やり心の奥底に押し込める。
 これもまぁいつもの事なのだが――なかなかに面倒である。
 正直、これは何度やっても慣れない。

 中に入った私は靴を脱いで上がり、玄関から廊下を通って居間へと入る。
 妹紅は居間へと続く廊下の途中で左に曲がった所にある炊事場でお茶の用意をしていて、私は妹紅がやって来るのを居間で待つようにしている。

 数分程、座布団を敷いて卓袱台に頬杖をついた格好でいると障子が開き、両手で急須と二人分の湯呑み、それから茶菓子の乗った盆を持った妹紅が現れた。
 さてここで気になるのは両手が塞がっているのに障子が開いた事なのだが……勿論、私は開けてなどいない。
 となれば答えはひとつ。足で開けたのだ。
「こら妹紅。今足で開けただろう。はしたないぞ」
「え? あー……や、まぁいいじゃない」
 妹紅はまったく悪びれる様子もなく、私の言葉をまったく意に介さない。
 そのまま妹紅は卓袱台に盆を置いて座布団を持ってきて私と正対する位置に敷き、座った。
 勿論、私はそんな言葉で終わらせる心算はない。
 説教だ。
「いいか、妹紅。男ならともかく、女が面倒だからとあんな開け方をするものではない。見る方としてもあまり気分のいいものじゃないんだ。片手で持つのはバランスが悪いし保つのは面倒かもしれないが、体裁を考えると――」
 妹紅が二人分の湯呑みに茶を注いだところを見計らい、私は説教を始めた。
「あーもう、私が悪かったからっ。来て早々小言なんてやめてよ」
 そのまま小一時間程続く説教に耐え切れなくなったのだろう、私の言葉を遮って不満顔と誠意のない謝罪で無理やり終わらせようとし始めた。
 まぁ私も少々長く言い過ぎたとは思うが……小言はないだろう、小言は。
 私とてあまり言いたい事ではない。こうやって不満顔を見るより、他の話で笑顔を見たいに決まっている。
 しかしこれも妹紅の為だ。言わない訳にはいかない。
「小言ではない、説教だ」
「どっちも同じじゃない……」
「同じではない。確かに少々口煩く言ったとは思うが、これもお前の為を思って言っているんだ」
「それは解ってるわよ。慧音の小言は長いから聞くのはちょっと辛いけど、その反面私の為に言ってるのが解るからね。それは凄く嬉しいよ」
 さっきの不満顔から一転、妹紅はそう言ってにこりと微笑んできた。
「ぅぁ……」
 まったくの不意打ちの笑顔に、抑え込んでいた胸の高鳴りや頬の熱が一気に噴き出してしまった。
 体温が一気に上昇して頬が熱くなって胸がきゅんとなるのが分かり、私はすぐにそれを隠そうと必死に心を落ち着けようとする。
 妹紅はそんな私の焦りを知ってか知らずか、相変わらずにこにこ笑顔で私を見ている。
 あの無邪気な笑顔を見ていては収まるものも収まらない。
 少しは落ち着くだろうし視線も逸らせると思い、私は湯呑みに口をつけた。
「……慧音、顔赤いわよ?
「きょ、今日は少し暑いし、それでだろう」
 動揺が声に出ているのが自分で分かってしまい、まだ落ち着いていない事を物語っている。
 とりあえずもう一口飲んで落ち着けよう。
 そう思って、再度湯呑みを傾ける。
「そうでもないと思うけど……ていうか、もしかして慧音」
「……?」
 少しだけ視線を妹紅に向けると、先ほどとは違うにやにや笑顔。
 なんかまずい気がする。
「照れてる?」
 図星直撃。
「ぶほっ!」
「きゃっ!? ……ちょっと慧音、汚いわよ?」
「がはっ、げほっ! お、お前が変な事言うからだろうっ」
「いや、そこまで動揺されると逆に解りやすいんだけど……そっか、やっぱ図星だったんだ?」
 むっ、それは確かに。いやいや、それは取り敢えず置いといて――いやいやいや、置いといてもいけないんだが……いやいやいやいや、今はそれどころじゃないっ。
 妹紅よ、何故そんなにやにやしているのだ。

「ねぇ慧音」
「な、何だ妹紅?」
 状況的になんか凄くまずいと感じつつ、吹いたお茶をなかった事に。
 あ、しまったっ。布巾を取りに炊事場にでも逃げれば良かった。
 しかしそんな後悔をしても既に遅く、妹紅は変わらないにやにや笑顔のまま卓袱台から身を乗り出して私の顔を覗き込んでいる。
 もう数センチ程しかないその距離に乱れっぱなしの心は更に乱れ、私の心臓はあり得ないんじゃないかっていう程の速度で早鐘を打ち続けている。あまりの至近距離に心臓の音が妹紅に聞こえてしまいそうな錯覚に襲われ、いよいよ私は余裕を無くしていってしまう。
 せめてこれ以上頬の赤みが増さないようにしよう、と私は妹紅の顔から視線を逸らす。
 が、それがいけなかったのかもしれない。真正面から見据えていれば気付いたものを、逸らしたせいでそれが遅れてしまった。
 私の後頭部にまわされようとしている、妹紅の両手に――
 気付いた時にはもう遅く、後頭部には妹紅の暖かい手の感触。
 思わず逸らしていた目線を元に戻すと、そこには、私の両眼を見据える、熱の篭った視線――
 私の双眸はその視線に捕らわれ、逸らす事が出来ない。後頭部に手をまわされている所為で逃げる事も出来ず、胸の高鳴りは更に増す。
 頬の熱さも既に抑えきれない。
 凄く、熱い。
 極度の緊張からか、背中を冷や汗が伝う。
 けれど、その冷たさでさえ、全く熱を冷ましてはくれない。
「ねぇ、慧音……」
 間近で放たれた妹紅の吐息は、私の真っ赤な顔でさえ熱いと感じる程。
 混乱と動揺で、既に頭の中は真っ白になってしまっている。
「ぁ、ぅ……」
「キス、しようか――――?」
 何を言ったのかは分かる。
 ただ真っ白になった頭ではその言葉の処理が出来なくて、既に出ている答えを言葉にも行動にも変換してくれない。
 ――したい。
 たったみっつの言葉が、口から出てこない。
「何も言わないんなら、しちゃうよ?」
 固まったまま答えない私に痺れを切らしたのか、妹紅はそんな事を言って殆ど無い距離を更に近づけてきた。
 答える必要さえ無くなった事でもうなるようにしかならないと悟り、私はきゅっと目を閉じた。
「なーんてねっ。ほりゃっ」

 ごすっ

 唐突に聞こえた雰囲気に合わない、いつも通りの妹紅の声と、突如額を襲った軽くて鈍い痛み。そしてそれに似つかわしい打撃音が直接脳に響いてきた。
 あまりの急展開に、私の頭の上をいくつもの?マークが飛び交う。
 きっと私の表情はきょとんとしている事だろう。
 すぐに額の痛みが先ほどの熱をすーっと引かせてくれ、そのお陰で私の思考は再び動き出し直ぐに理解した。
 額を襲った痛みが妹紅の頭突きである事、そして一連の行動が何だったかを。

 からかわれた

 目の前で妹紅が声を押し殺して笑っているので間違いない。
 やられた。タチが悪すぎる。
 私の反応がそんなに面白いのか――? いや、面白いから笑っているんだろうけど。
 先ほどの自分を思い出し、その時とは違う意味で顔が熱くなっていくのが解る。
 もう怒りとか恥ずかしさとかが混じりまくって。
「も、妹紅っ!」
「あは、あははははっ」
「笑うなぁーっ!」
「ふふ、あははははははは――」
「だ、だから笑うなーっ!! 頼むから笑うなぁーっ!!」
 ほんと、頼むから笑うのやめてくれ。
 恥ずかしさで死にたくなってくる。
「はは、ははは……。ー――いやぁ笑った笑った。ごめんね、慧音があまりにも可愛かったからついつい」
 か、可愛い?
 ああいやいや、もうそんな言葉じゃ騙されないぞ。嬉しいけど騙されないぞ。
「タチの悪いからかい方はやめてくれ。まったく、本気になって損したじゃないか……」
「本気?」
「いや、何でもない。聞かなかった事にしてくれ」
 落ち着いたと思ったが、どうもまだ混乱しているらしい。
 本気で聞かなかった事にして欲しい。
「いやもう聞いちゃったし。で、何が本気なの?」
「それ以上突っ込んだらGHQクライシスだ」
「ゴメンナサイ」
 スペルカードをちらつかせるとあっさり引き下がってくれた。
 というか土下座までされた。
 ちなみに宣言しているが妖力を込めてないので問題無い。
 流石に屋内でスペルカードを使う心算はさらさら無いが、妹紅としては万が一使われれて家屋全壊は嫌だったようだ。
「分かればいいんだ、分かれば」
「それで、何が本気だったの?」
 今度はスペルカードに妖力を込めつつ睨みつけながら
「GHQクラ」
「ホントゴメンナサイモウツッコミマセン」
 土下座して謝るぐらいならしつこく突っ込まなければいいと思うのだが……。

 その後、今後ああいうタチの悪いからかい方はしないように、と慧音から厳重注意されてしまった。
 それでこの件は一応終わりにしてくれたらしい。
 これ以上続けたくないっていうのが慧音の本音なんだろうけど、今度は本気でGHQクライシスされそうだったので突っ込むのは止めておいた。
 むぅ、残念。
 もう一回ぐらいは真っ赤になって慌てふためく姿と雰囲気に流される慧音を見ておきたかったんだけどなぁ。
 割かし珍しい光景だったし。

 そしてそんなこんなで先ほどとは一転して、現在私と慧音は茶と茶菓子を交えて雑談中である。
 まぁ慧音としょっちゅう殺し合いしにやって来る輝夜以外ほぼ人と会う事のない私じゃ、話題は殆ど無いのだが。
 ちなみに現在は、この間輝夜の差し金でやって来た人間と妖怪の二人組――えーっと、確か白黒二色の服に金髪の魔法使いと同じく金髪で赤いカチューシャぐらいしか特徴のない妖怪魔法使い――その二人組と弾幕りあった時の事が話題である。
「――でね、私が何度もリザレクションしてるのに全然諦めないのよその二人組。ていうか人間の方は明らかに楽しんでたし……」
「ああ、私も止めようと頑張ったが無理だったよ。私が止めていればそもそもそうならなかったのだがな……」
「スペルカード全部使ったのに勝てなかったんだもん。仕方ないわよ」
 そして二人してその時の事を思い出し、重い溜息を吐く。
 今度遭ったら慧音のやられた分も含めて報復してやる。
 取り敢えず暗くなった気分を洗い流そうと、私は湯呑みに口をつける――が、生憎と空になっていた。
 急須を取ろうと手を伸ばすが、その場所には何故かない。
 慧音が使ってるんだろう、と思ってそっちを見やると、案の定慧音が急須を傾けていた。
 しかし傾けた急須からは何も出てこず。
 どうやら急須自体が空になっていたらしい。
「む? 空か」
「そうみたいね」
「淹れ直してくるから待っててくれ」
「慧音はお客さんだから座ってていいわよ。私がやるから」
 片手を伸ばして急須を取ろうとしたが、慧音は急須をひょいと上に少し持ち上げて私の手を避けた。
「?」
「いいよ、私が淹れてくるから。妹紅は座って待ってるといい」
 慧音はそのまま立ち上がろうとする。
 しかし生憎と、私は客人に何かをさせてはいけないと貴族の娘やってた時に教えられている。
 当然却下だ。
 私は卓袱台から上半身乗り出して手を伸ばし、急須をむんずと掴んだ。
「いいって。私がやるから」
「いや、いいわよ。私がやるから」
 むぅ、慧音は相変わらず頑固だ。
 しかしここまでやっては私も後に引けない。
 少々キツイものの、乗り出した上半身を卓袱台に預けて支えていた片手を離し、私は無理やり急須を両手で掴んでこっちに引き寄せた。
「うわ、わ、わあぁっ!?」
「――へ?」
 どうやら引っ張る力が強すぎたらしい。
 慧音がバランスを崩してこっちに身体を倒してきた。
 抵抗されるとばかり思っていた所為で、私の身体は勢い余って後ろへとぐらりと傾いた。
 そして一瞬の浮遊感。目の前には驚いた顔の慧音。
 まずい、と思った次の瞬間には、背中を痛みと衝撃が走り抜けていた。同時に体全体を襲う圧迫感と後頭部を強く打ち付けた事による痛み。そしてそれによって脳がぐらぐらと揺さ振られ、視界が一気に暗転。
 意識が薄らいで落ちる寸前、胸にふにょっとした妙に柔っこい感触と強い圧迫感がある事に気がついた。
 うげ、めちゃくちゃ苦しい。
 うぅ、巨乳にこ、殺サレテしまうっ。
 いや死なないけど―――

 ・
 ・・
 ・・・

 どれだけ落ちていたかは分からないが、意識を取り戻した時、胸には相変わらずの柔らかい感触と強い圧迫感。
 何食べたらこんなに大きくなるのか誰か教えてください。
 いやそんな事はともかく、目を開けると目の前には零距離で慧音の顔。視線もバッチリ合っている。
 そして唇を覆う柔らかく滑った感触―――
 ……へっ?
 ”柔らかくて滑った感触”って何?
「む? んむむむ、むむ、むむぅーっ!?」
 ちょっと慧音、口の中で喋らないでってば。
 吐息が直接感じられて変な気分に――じゃなくて、むしろ私も叫びたいしっ。
 そう思った瞬間、唇を覆っていた感触が全てなくなり、同時に胸や体全体への圧迫感が消え去った。
 どうやら慧音が離れてくれたらしい。
 取り敢えず身体を起こしてほっとしたのも束の間、今度は声を掛けようにも掛けられない。
 頼むから正座して膝に両手を置いた格好で真っ赤に染まった顔を恥ずかしそうに俯かせて上目遣いでこっちをちらちら見ないでください。
 釣られて私まで恥ずかしくなってしまう――いや、もう既に顔が相当熱かった。
 時既に遅し。
 私も何故か正座してるし。
 気恥ずかしくて顔まともに見れないし。
 間に妙な雰囲気まで流れ始めてしまったし。
 かなりまずい。
「えぇーっと、その、慧音?」
 いつまでもこの空気に耐えられるものじゃない。
 意を決して話しかけてみたものの、慧音は一瞬ビクッと身体を硬直させただけで返事は無し。
 結局こっちをちらちらと上目遣いで見るに逆戻り。
 そして数分程、妙な雰囲気のまま沈黙が流れてしまった。
「「あ、あのっ」」
 やっぱり耐え切れなくて声を描けると、今度は慧音と見事に被ってしまった。
「あ、えと、慧音から……」
「い、いや、妹紅から……」
 譲り合い。
 そしてまた沈黙。
 雰囲気に中てられたのか、いつの間にか私の胸はどきどきと高鳴っていた。
 顔は益々熱い。
 なんだか恥ずかしくなり、慧音の顔を見る事が出来ない。
 視線は自分の膝の上、手の甲に向いている。
 そのまま、私までちらちらと上目遣いで慧音の顔を見るしか出来なくなってしまっていた。
 慧音もこんな感じなのだろうか?
 けど、いつまでもこんな状態ではいられないのも明白で。
「あー、その、慧音……。さっきのは何と言うかー……所謂ひとつの事故というやつで……その、と、とにかくっ。態とじゃないのよ、態とじゃっ」
 そういう訳で、勇気を振り絞って弁解してみる事にした。
「ぁ、ぅ、ぅん……」
 リアクション薄っ。
 せめて不自然なぐらいのオーバーリアクションで同意して欲しかった。
 ともあれ、これでも駄目となると、もうこれしかない。
「そ、そうだっ。もう急須空だったのよねっ! わ私が入れてくるから、慧音は座っててっ」
 取り敢えず逃げるっ。
 少し後ろにに転がってた急須を持って立ち上がり、私は居間を飛び出した。
 後ろから慧音が「あっ、も、妹紅っ」って呼び止めようとしてたけど敢えて無視。
 ごめん、慧音。流石にこれ以上は耐えられないから。
 あと出来れば急須の中身ぶちまけちゃってるのとひっくり返ったままの卓袱台どうにかしといてね。

 そして急須に新しい茶葉を入れてお湯を淹れ、どうにも気が進まないものの、私は居間へと戻った。
 戻ると私の願い通り、ぶちまけちゃってた中身が消えてひっくり返った卓袱台は元に戻っていた。
 有難う、慧音。
「えと、その~……お茶、注いでいい?」
「あ、ああ……」
 さっきの雰囲気は無くなったものの、今度はどうにも気まずい。
 お互いがさっきの事を引き摺ってしまっているからだろう。
 取り敢えず自分の湯呑みにも茶を注いで一口飲んでみたものの、相変わらず続いている胸の高鳴りやどぎまぎとした感情は収まらない。
 それは慧音も一緒なのか、視線を俯かせて茶をずずーっと啜っている。
 そして気まずい沈黙のまま時間は刻一刻と過ぎていき、気がつくと窓からは月が見えていた。
 これを打破する為のきっかけは、多分もうこれしかない。
「け、慧音っ」
「え? な、何だ?」
「その、もう夜だけど……時間は? 大丈夫なの?」
「え? あ、ああっ、そそ、そういえばもうこんな時間だっ。その、村の見回りがあるんでこれで失礼するぞっ」
 そう言って慧音は慌てて立ち上がり、駆け足で居間を出て行った。

 庵から慧音の気配が消え、私は大きく息を吐いた。
 同時に、全身の筋肉が弛緩していくのが感じられる。
 取り敢えず今日のところは乗り切ったものの、明日から慧音と顔合わせられない気がする。
 一人になって気分が落ち着いてきた途端、私は何故だかあの唇の感触を思い出してしまった。
 柔らかくて、温かい、あの感触――
 途端、頬がかぁーっと熱くなって、それとともに胸がどきどきと高鳴り、同時にきゅっと締め付けられる感じがした。
 うぅ、かなりまずい……これじゃ益々慧音に顔を合わせられない……。
 そしてこの夜は、どうしても眠れなかった。

 唇の感触や間近にあった妹紅の顔が脳裏に焼き付いてしまい、私はどうしても眠る事が出来ずにいた。
 窓から日の光が差し込んでいる事に気付き、漸く朝がやって来た事を知った。
 眠気はあるものの、やはり眠れそうにはない……まぁ、どのみち村には顔を出しておかなければならないのだから、寝てなどいられない。
 こうしていても仕方がない。睡眠不足による僅かな頭痛や頭の重さを引き摺りつつ、布団を出て着替える。
 睡眠不足や重い気分の所為でどうも食欲が無い。しかし規則正しい生活を実践するには朝食は欠かせない。結局、いつもより少なめに作った朝食を無理に腹に詰め込んだ。これで一応の準備は完了、未だに重い頭と気分を二度三度頭を振ることで無理やり追い出し、私は家を後にした。

 村に到着したところで、漸く自分がいつもより早い時間に行動している事を知った。
 早朝の畑仕事や、それを手伝う子供の姿以外に人影がまったくない。
 いつもは無邪気に駆け回る子供の姿があるものだが、この日はひとつも見当たらない。
「おや、慧音様じゃないですか。お早うございます。今日はお早いですのぅ」
 いつもは見ない、珍しい光景だからと少し寄り道をしていると、畑の中から村人の一人が声を掛けてきた。
 少々ご年配の老人だが、毎日の畑仕事で鍛えられた身体はとてもご年配とは思えない。
「ああ、お早う。なに、いつもより早く起きてしまっただけさ」
「そうでしたか。今朝は幾分冷え込みます故、お風邪には気をつけてくださいまし」
「そうか、気をつけるよ。じゃあ私はこれで。お仕事、頑張ってください」
「慧音様も村の事、お願いしますよー」
 後方から響いたその声に手を振って答えつつ、私はいつもの様に村長の屋敷へと向かった。
 流石にこんな時間では寝ているかもしれないと危惧したものの、幸いにも村長は既に起床していた。
 というか、挨拶がてらに聞いてみたらいつもこのぐらい早いとの事だった。
 老人というのはほんとに早起きなものだ、と改めて思った。
 中へと通され。いつものように私がいない間に何か起きなかったか尋ねた。
 特に何もなく平和だ、という回答が得られ、私はほっと一息ついた。
「そうか、何も無かったか。それは何より」
「ほっほっ、これも慧音様が村を守ってくれているお陰ですじゃ。それより、今日は珍しく早く来なすったようですが……何か気になる事でも?」
「ん……いや、別にそういう訳ではないから気にしないで頂きたい」
「ふむ……。目が赤くて隈が出来ておりますが、もしや寝ていらっしゃらないのでは? ……ああ、ふむふむ、成る程のう……そういう事ですか」
 いや、何が成る程なのか。というか何を想像したのか。
 少なくとも、良からぬ想像であるのは間違いなさそうだ。
「何か妙な勘違いをしているようだが、決してそういう事ではないと断っておきたい」
 まぁある意味で間違いではないのだが……ってこら、昨夜の事故を思い出すんじゃない私っ。
「いやいやいや、結構な事ではございませぬか」
 にやにやといやらしい笑顔で言うのはやめて欲しい。
「とにかく、村が平和である事には安心した。すまないが、今日は少し用事があるのでこれで失礼する」
「おや、こんな早朝に用事ですか。何かは存じませぬが、頑張ってくだされ」
 思いっきりこの場を離れる為の方便である事を見透かされていた。
 めちゃくちゃにやにやしている。
 悪い人ではないし村長としても立派である事はいいのだが、こうやってからかうのは悪い癖だと思う。

 出てきたのはいいが、こんな時間ではする事がない。
 さて、どうしたものか……。
「あ、慧音さまっ。おはよーっ!」
 考え込みながら村を歩いていると、遠くから私を呼ぶ子供の声が聞こえた。
 そちらに目を向けると、そこには私の方へと駆け寄ってくる小さな少年の姿。
 見知った顔である。
「お早う。今日も元気だな、心太(しんた)」
「今日は早いけど、なんかあったの?」
「いや、何もないさ。それより、お前こそどうしたんだ? 両親の手伝いをしていたのだろう?」
「大丈夫、今は休憩だからね」
 心太はそう言ってニカッと歯を見せて笑いかけてくれた。
 子供独特の、まったく邪気のない笑顔に思わず顔が綻ぶ。
「ふふっ、そうか」
 笑いかけ、頭を撫でると心太は少しくすぐったそうに目を細めた。
 しばらくそうして和んでいると、遠くから「おーい、心太ーっ!」とこの子を呼ぶ声が聞こえた。
 休憩時間が終わったのだろう。
「あっ、お父だ。おーいっ!」
 心太もその声に気付き、そちらを振り返って駆けて来る父親に手を振っている。
「ここにいたのか。近くにいないから探したでねえか」
「そう怒らないでやってくれ。心太はただ私を見つけただけなんだ」
「おぉ、慧音様でねえですか。いやはや、お見苦しいところをお見せしてしまって……」
「いや、いいさ。子供を心配するのは親としては当たり前だろう?」
 言って、父親に微笑みかける。
 父親はそれで納得したのだろう、同じく微笑んで心太の頭を大きな手でわしゃわしゃと少々乱暴に撫で付けている。
 心太にはその撫で方では少し強すぎたのだろう、少し嫌そうな表情をしている。
 しかし手を払いのけたり逃げようという意思を見せない事から、父親に頭を撫でられるという事自体は嫌ではない、というのが窺える。

 その後、私は休憩時間を終えて仕事に戻る父子と別れ、村を後にした。
 もうそろそろ妹紅も起きる時間……だと思うのだが、やはり昨日の今日では会っても話が出来るかどうか難しい……と、思う。
 妹紅の方がもう気にしていなければいいのだが――いやまぁそれはそれで寂しいものはあるが、この際そうであっても気にしない事にする。もし気にしていれば昨夜の二の舞だろうし、今日のところは会わないでおく方が賢明だと思う。
 そうやって理由をつける事自体が私に勇気がない証拠なのだが、それもこの際気にしないでおく。
 今は少し、時間が欲しい。

 そうして妹紅に会えず、またも眠れぬ夜を過ごしてしまった。そして翌日、村に寄って毎朝の日課を済ました後、思いきり爆睡してしまった。
 それはもう、少し休憩をしようと木陰に座り込んでからものの数秒で。
 起きた時には、空はもう朱で染まり始めていた。
 たっぷり半日以上は寝てしまったようだ。
 しかし、それでこの二日間ずっと重いままだった頭はすっかり軽くなり、気持ちも消極的な方向から上手く切り替わってくれたらしい。
 今なら妹紅と会って話をする事が難しいとは思わない。
 一日だけ間を置いたのも幸いしたのかもしれない。
 心機一転、私は妹紅の庵へと向かった。

 しかし庵の前まで来た途端、私の心は一気に二日前に逆戻りしてしまった。
 会いたい。
 でも会うのが何故か怖い。
 会って話をして、私が心の奥底でいつも望んでいるような関係になれなくてもいい。
 せめて――せめて、いつも通りの関係には戻りたい。
 だから、此処に辿り着く前に心に湧いた勇気を思い出す。
 一度だけ深呼吸をし、後ろ向きになっていた気持ちに喝を入れ、私は扉を二度叩いた。
「……誰?」
 程無くして中から聞こえた声は、当然妹紅の声。
 でも、元気が――覇気が感じられない。
「私だ。……慧音だ」
「あはっ。――やっぱり、か……」
「少しだけでもいい、話がしたいんだ。扉、開けてくれないか?」
「ん……ごめん。今はちょっと……」
 都合が悪いのだろうか?
 会いたくない、という響きが声に感じられる。
 ――仕方ない、今日はもう諦めよう。
 一瞬そう思ったが、すぐにその考えを頭から追い出す。
「ほんとに、少しだけでいいんだ」
「ほんとにごめん……。まだ考えたいから、あともうちょっと待って欲しいの」
「考える――って、何をだ? 私には話せないか?」
 言ってから、聞くべきではなかったのかもしれない、と思った。
 聞いてしまえば、会うだけの事がもっと難しくなってしまう――そんな予感がしたからだ。
「うん……この間の事」
 やっぱりいい、と言おうとしたが既に遅く、妹紅は口を開いていた。
「慧音が帰った後……ほっとして気が緩んだ途端、脳裏に唇の感触とか慧音の顔とかが浮かんだ。急に恥ずかしさがぶり返して、とても慧音に顔を会わせらんないなぁって思ってすぐに忘れようとした。でも、全然駄目で……眠れなくて……。それで朝になる頃には、私の心はもうぐちゃぐちゃになってた。そして、今もそのままなんだ。もう少し落ち着いて、心の整理がついたら……私の方から行く。だからそれまで待ってて欲しいの」
 やはり、聞くべきではなかった。
 妹紅の言った言葉はそのまま私に当て嵌まる。
 当て嵌まるという事は、多分”そういう事”で。
 喜ぶべきかもしれない、無理にでも会って教えてやるべきかもしれない。
 でもそうする事で、逆に妹紅を苦しめる事になるかもしれない。
 だって、妹紅はまだ自分の気持ちを認めていないのだから。
 ”そう”だと気づいてさえいないかもしれない。
 余計に混乱させてしまうだけで、良い結果にはならないかもしれない。
「……そうか、分かった。妹紅が一人で考えたいのなら、そうすると良い。私はずっと待ってるからな」
 私は引き下がる事にした。
 妹紅が望む結果になればそれでいいのだからな。
 私が本当に望んでいる結果になろうと、そうでなかろうとも、な……。

 そうして、私は次の日から妹紅の庵を訪れようとはしなかった。
 足が向きそうになるのを耐えて、妹紅が早く私の元を訪れる事を祈りながら。
後編へと続きます。
凪羅
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コメント



0.2710簡易評価
21.100名前が無い程度の能力削除
ぬあぁ!甘々じゃねぇか!
34.100mac削除
興奮した!!
今から後編読みます!!
55.100名前が無い程度の能力削除
ところてん…