「咲夜、これお願いね」
「はい、ただ今」
「咲夜、お掃除よろしく」
「はい、わかりました」
「咲夜さん、ここが分からないんですけど」
「ああ、それはこうしてこうすればいいのよ」
「咲夜~」
「咲夜さ~ん」
最後のほうになると、もう時間を止めても手が追いついていかなくなってきた。
結局なんだかんだで時間が空いたのは真夜中になったころになってしまった。
外の空気が吸いたくて、空いた時間を利用して、わたしは外を歩くことにした。
「はあ……」
ため息が漏れた。疲れとか、苛立ちとか、その他もろもろが混じったそんなため息。
もう、やる気もおきず、わたしはとぼとぼと歩いた。門番の美鈴はサボっているのか姿が見えない。
よし、明日朝一でお仕置き決定。
なんて事を考えながらまたため息ひとつ。
お嬢様は家事全般をわたしにまかせっきり。部下は使えるのは指で数えられるほど。
残りはサボったり、遊んだり。
このお屋敷の激務をほとんどわたし一人に任されているのは正直苦痛になりつつある。
「やっぱり向いてないのかなあ……」
所詮わたしのような人間には、メイド長の役目は力不足ということなのだろうか。
この先、この仕事を続けていく自身がなくなりかけていた。
お屋敷、出ようかな……
そんなことを考え始めていた。
そのとき。
わたしは何かにつんのめる。
「きゃっ……」
目の前には、柵状の大きな紅魔館の正門。
えらい派手な音をさせて、わたしは盛大にずっこけた。
「い、痛い……」
どうやら、柵状の正門のすきまに首が入り込んだようで、のどに鉄棒をぶつけた。
ほんと、今日はついてない。
わたしは起き上がってはまった首を抜こうとした。
が。
「あれ……」
抜けない。無理に抜こうとしても、首が引っかかる。
どうやら、わたしはたった今、この門にはまってしまったようだ。
「どうしよう……」
ああ、今日はとことんついてない。
「ふんんんんっ、ふんっ、ふんっ!」
何とか力を振り絞ろうとするが、こんな体勢では十分な力が出せるわけもない。
それに、かえって首が引っかかって痛いだけだ。
何度も試すうちに、わたしだけの力では、無理だという結論に至った。
だからといって、大声で助けを呼ぶわけにはいかなかった。
こんな間抜けな姿を誰かに、特にお嬢様や美鈴には絶対に見られたくなかったから。
でも、どうせ朝になれば誰かが見回りに来る。そうなれば結局同じこと。
だから無駄だとわかっていても朝までに自力の脱出を試みるしかないのだ。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
気合の掛け声むなしく、やっぱり首は抜けない。
引っかかってるところが摺れて段々痛くなってきた。
もうどれだけ時間がたったかわからない。
わたしは全身くたくたになり、門に首をはめた状態でへたり込んだ。
「はあ~」
疲れた。妖怪を退治するときでもこんなに疲れたことはない。
肉体的にも精神的も、だ。
いっそこの状態でもいいかな、なんて馬鹿なことを考え始めた。
そのとき。
「いや~、今日も大量だぜ」
こんなときに一番聞きたくない声が後ろから聞こえてきた。
「おお、こんなところで何やってるんだ?」
「うるさい、あっち行け!」
「ご挨拶だな、何やってるって聞いただけじゃないか」
「うるさいっていったでしょ!」
黒いのは、わたしの怒鳴り声も気にせずにわたしを観察しだした。
やがて、わたしがどういう状況になっているか気づくと、ニヤニヤ笑い出した。
ああ、そうさ、首が柵にはまって抜け出せないんだよ!
「そうか、そういうことか、災難だな、咲夜」
「お前に呼び捨てにされるいわれはない!!」
「みんなそう呼んでるぜ」
笑いながら黒いのは、わたしの観察を続けた。
見るな、とか帰れ、とかむなしい抵抗をするが、面の皮の厚いこいつには一向に気にする気配はなかった。
「いや、面白いのを堪能させてもらったぜ」
「気が済んだんなら助けてくれてもいいでしょう?」
「どうしてだ?わたしには関係ないし、こんな面白いもの、そうそう見れるもんじゃないんだぜ」
「ちょっと待ってよ、何をするつもりよ」
「決まってる、今から霊夢たちに言いふらしに行くんだよ」
さっと顔が青ざめる。
冗談じゃない。
そんなことされたら、わたしは幻想郷中の笑いものにされてしまう……
「や、やめなさい!このっ、このっ!」
わたしはあわてて必死になってもがく。
が、さっきまで無理だったものをいまさらになって懸命にやったところで、抜け出せるわけがない。
「はっはっは、無駄無駄無駄。自分じゃ抜け出せないから、わたしに助けを求めたんだろ?」
「くうっ……」
「さ、それじゃ手始めに天狗のやつにでも言いふらしに行ってくるかな」
「やめて~」
「そんじゃな~、頑張れよ~」
「しくしく~」
魔理沙のやつが飛んでいってどれだけ経っただろうか。
わたしは首から柵が抜けないまま。
今頃わたしの話をあのむかつく黒いのが言いふらしに回ってる頃だろうなあ。
そんなことを考えていたときだった。
「あれ~、咲夜、何してるの?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「ねえ、何してるの?」
「い、妹様!?」
天の助けか、悪魔の使いか。
それは紛れもない、お嬢様の妹、フランドール様だった。
「何してるの?」
「え、ええとですね、その、く、首が門に挟まってしまってですね……」
「ふ~ん、楽しい?」
「た、楽しくないですよ~、お願いですから助けてください~」
「ふ~ん、いいよ」
「や、やっぱりって……え?」
「だから、助けてあげてもいいよ、って言ったの」
い、言ってみるものである。
「門から首が抜ければいいのね」
「は、はい。そうです」
「任せて、この程度なら簡単、簡単」
「お、お願いします!!」
「じゃあ、いくよ~」
掛け声とともに、背中から猛烈な熱気!
ちょっと待て、まさか……
「い、妹様いったい何をするつもりで……」
「え、だからこの門を壊して……」
「タンマタンマタンマ!!そんなことされたらわたしも一緒に吹っ飛んじゃいますよ!」
「え~」
「も、もっと穏便な方法でお願いできませんか?」
「しょうがないなあ……」
妹様は仕方なく、わたしの足をつかみ、何を考えたか力いっぱい引っぱった!
「い、痛い痛い痛い痛い!!痛いです、妹様!」
「そーれ、咲夜で一人綱引きだー」
「ひいい、痛い痛い痛い!や、やめてください妹様!!」
「それー!」
妹様は妹様なりに考えてのことなのだろうが、こんなことされたら、いつか首がもげる。
悪いとは思いつつも、わたしは必死に抵抗させてもらった。
「お、やるか、咲夜」
「あ、遊んでないで助けてくださいよー!」
「負けないぞー!!」
妹様は、わたしが勝負を挑んだと思ったらしく、より力を込めてわたしを引っ張った。
わたしはそれに対して、必死で門にしがみついて抵抗する。
わたしが強く抵抗すればするほど、妹様が力を込めてわたしを引っ張る。
妹様が力を緩め、わたしが力を抜くとその瞬間妹様が力を込めて引っ張る。
こうしたわたしの体を使った人間(?)綱引き合戦をどれだけやっただろうか。
ふと、妹様が力を緩めた。
「い、妹様?」
「飽きた」
「へ?」
「なんか咲夜と遊ぶのも飽きちゃった。疲れたし、わたしはもう部屋に戻るわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!せめてわたしのことを助けてからお戻りになって……」
「知らな~い、それじゃ、お休み、咲夜」
「そ、そんな~」
結局妹様は、わたしの体で遊んだだけ。
妹様はあくびをしながら、お屋敷へ戻っていった。
わ、わたしって一体……
「はあ~」
もう何回目のため息か忘れてしまった。
「はあ~」
ため息ついたら事態が好転するわけではないことはわかっているのだが。
はた、と。わたしはあることを思い出した。
「そういえば、わたし、晩御飯食べてない……」
しまった。こんなときに余計なことを思い出してしまった。
思い出した瞬間、急に空腹感が襲ってきた。
「ああ、力が抜けていく……」
ああ、このまま首を柵に突っ込んだまま飢え死にするのかな。わたし。
それで、干からびたわたしを見たお嬢様は、きっと指差して笑うんだろうなあ。きっと。
そんなことを妄想し始めて、だんだん切なくなってきた。
「あー、こんなところで何してるのー?」
「……もうほっといて」
「あ、よく見たら首が門にはまってる。おもしろーい」
「うるさい、ほっといてって言ってるでしょ」
どっかから能天気な声が聞こえてきた。
確かこいつはルーミアとか言う低級妖怪だったか。
普段だったら取るに足らない相手だったんだが、今のわたしにはひどく不愉快だった。
特にこいつの能天気な声がむかつく。
「ねえ、どうして首が門にはまったの?」
「転んだらその拍子に首突っ込んじゃったのよ」
「へーそーなのかー」
「そうよ。だから向こうへ行って」
「えー、こんな面白いもの、そうそう見れないもん」
「見世物じゃないっつーの!!」
くそ、こんな低級妖怪、首がはまってなかったら、即座にぶっ飛ばしてやるのに。
とか思って力んだりしたのがいけなかったのか。
ぐうううう……
腹の虫がなった。
「おなかすいてるの?」
「……ええ、そうよ。文句ある?」
「じゃあ、食べ物分けてあげるー」
「へ?」
ルーミアはポケットをまさぐって、なにかを探しだす。
「あ、あったー。じゃーん、夜雀お墨付きの焼き八つ目鰻の串焼きー」
「いいの?」
「うん、あんまり好きじゃないし」
ぽろりと。
わたしの目から涙がこぼれた。
「あ、ありがとう……」
「ちょ、ちょっとちょっと、何で泣くのよー?」
「こ、こんな風に人に優しくされたの、ひ、久しぶりなんだもん……」
「あー、もー、鼻水までたらして、ほら、これ貸してあげるから」
親切にも、ルーミアは、ハンカチを貸してくれた。
わたしは鼻をかむ。
「あ、あの、お願いがあるんだけど」
「なーに?」
「で、出来れば、柵から首を抜くのを手伝ってほしいなあって……」
「えー、めんどくさーい」
……こういうオチかよ。
「そんじゃねー、あー、いいことした後は気持ちいいなー」
満足したのかルーミアのやつは、空を飛んでいってしまった。
お、おなかは満たされても心が満たされないのはなぜ……?
ああ、夜明けが近い。
空は、地平線が明らんできた。
もう、このままずーっと門に首を挟めたまんまでもいいかなあ。
文字通り、門番、なんちゃって。
ああ、なんて馬鹿なことを考えてるんだわたし。
もう首を抜こうとする努力も放棄し始めたとき。
「あー、ほんとに首が門に引っかかってら」
その声もわたしがよく聞く声。
それは湖に住むチルノとか言う妖精だった。
しょっちゅううちにいたずらしようとちょっかいをかけてくるのだが、その度にわたしが追っ払っている。
いい加減懲りるということを覚えてほしいものだが、頭が悪いのか一向に懲りる気配がない。
しかし、この状況は非常にまずい。
今、わたしは身動きがとれないでいる。
イコールそれはこいつがお屋敷にいたずらし放題。
もし、こいつのいたずらを許せば、そうなれば責任はわたしにいきつく。
それはすなわち、
こいつがお屋敷にいたずら
↓
お嬢様大激怒
↓
わたしに責任追及
↓
お嬢様からきっついお仕置き
↓
死
いやじゃあああああ!
必死になって首を抜こうとする。
が、今まで無理だったものがそうそういきなりできるわけがない。
ただ、ガチャガチャと門を鳴らすだけだった。
「あっはっは、おもしろーい」
「くそっ、外れろ!外れろ!」
「あっはっは、あんた見てても面白いんだけど、やっぱり今までやったことがないいたずらするほうが面白いに決まってるよね」
「……ちょっと待ちなさいよ。何するつもり?」
「決まってるじゃない。お屋敷に目いっぱいいたずらして遊ぶのよ」
ぷちん。
わたしの中で、何かが切れた音がした。
「んだこらああああああっ!!んなことして見ろ、ぶっ殺して湖の底に重しくっつけて沈めんぞくそ妖精!!」
「あっはっは、今のあんたに何ができるのさ?首が挟まって動けないくせに」
「なめんなやぼけえっ!こんな門がなんぼのもんじゃい!!」
わたしはがしっ、と門をつかみ上げ、そのまま渾身の力をこめて、そのまま上に引き上げる!
「ふんんんんんんんんんっ……」
門は力をこめればこめるだけ、じりじりと上に持ち上がっていく。
蝶番がべきべきと音を立てて壊れる。
その様子を、間抜けな面でぽかんと眺めているチルノ。
「ちょ、ちょっと……?」
「だっしゃああああああああああ!!!」
そしてわたしは。
門と一体となったまま、すっくと立ち上がる!!
「え、えええええええっ!?」
チルノは驚愕の声を上げる。
首にかかった門を引っつかんで、わたしは全身を使って、チルノに門をぶつけた!
えらい音がした。
「ぷぎゅ……」
間抜けな声を上げてチルノは吹っ飛んだ。
「はー、はー、はー……」
落ち着きを取り戻してきたわたしは、いつの間にかわたしは歩けることに気がついた。
首から門をぶら下げたままの状態で。
「は、はは、あっははははははははははは……」
わたしは満足感と、羞恥心と、解放感が入り混じったほんの少しだけすがすがしい気分に浸っていた。
ああ、自由ってすばらしい……
そのとき。
「あ、あの、咲夜さん、いったい何を……」
後ろから。
一番聞きたくなかった声が聞こえた。
振り返ると、わたしの大方の予想通り、美鈴の姿が!
「え、えーと、これは……」
「あの、いや、構いませんけどね、その、誰にも言いませんから」
ぎらりと。
わたしの目が黄色く光ったのを、美鈴の瞳を通じて見えた。
「忘れなさい」
「へ?」
「今見たことは忘れなさい」
「い、いや、わたしは誰にも言いませんよ、ほ、本当ですって!!
だ、だから手にナイフを持つのはやめてくれないかなあって……」
「問答無用」
「そんなああああああああああああああっ!?」
それからわたしは中国の記憶を消去した(脅して忘れさせた)あと、中国の力を借りて、ようやく首から門を外すことができました。
ちなみに壊した門は、無理やり中国のせいにして修理を押し付けました。
とりあえず、めでたしめでたし。
後日。
「号外だよ~、号外だよ~、文々。新聞の号外だよ~」
ああ、いつもの新聞か。
別に妖怪の話題には興味はないのだが、ちょうど手も空いているし。
わたしは新聞を手にとってみた。
その見出しには……
『珍事!!門と一体化するメイド、妖精を撃退す!』
ぴしりと。
わたしの頭の中で、何かが壊れた音がした。
突然、わたしの前に立つ大きな影。
「あ、ちょうどよかった。
咲夜さんですね、実は、先日、あなたのことを取材させていただいたんですが、ああ、それ、読んでくれましたか。
これはちょうどよかった。
それでですね、そちらの件につきまして、あなたにインタビューをさせていただきたいのですが……」
天狗のまくしたてをどこか遠くに聞きながら。
わたしは気が遠くなっていくのを感じていた。
「はい、ただ今」
「咲夜、お掃除よろしく」
「はい、わかりました」
「咲夜さん、ここが分からないんですけど」
「ああ、それはこうしてこうすればいいのよ」
「咲夜~」
「咲夜さ~ん」
最後のほうになると、もう時間を止めても手が追いついていかなくなってきた。
結局なんだかんだで時間が空いたのは真夜中になったころになってしまった。
外の空気が吸いたくて、空いた時間を利用して、わたしは外を歩くことにした。
「はあ……」
ため息が漏れた。疲れとか、苛立ちとか、その他もろもろが混じったそんなため息。
もう、やる気もおきず、わたしはとぼとぼと歩いた。門番の美鈴はサボっているのか姿が見えない。
よし、明日朝一でお仕置き決定。
なんて事を考えながらまたため息ひとつ。
お嬢様は家事全般をわたしにまかせっきり。部下は使えるのは指で数えられるほど。
残りはサボったり、遊んだり。
このお屋敷の激務をほとんどわたし一人に任されているのは正直苦痛になりつつある。
「やっぱり向いてないのかなあ……」
所詮わたしのような人間には、メイド長の役目は力不足ということなのだろうか。
この先、この仕事を続けていく自身がなくなりかけていた。
お屋敷、出ようかな……
そんなことを考え始めていた。
そのとき。
わたしは何かにつんのめる。
「きゃっ……」
目の前には、柵状の大きな紅魔館の正門。
えらい派手な音をさせて、わたしは盛大にずっこけた。
「い、痛い……」
どうやら、柵状の正門のすきまに首が入り込んだようで、のどに鉄棒をぶつけた。
ほんと、今日はついてない。
わたしは起き上がってはまった首を抜こうとした。
が。
「あれ……」
抜けない。無理に抜こうとしても、首が引っかかる。
どうやら、わたしはたった今、この門にはまってしまったようだ。
「どうしよう……」
ああ、今日はとことんついてない。
「ふんんんんっ、ふんっ、ふんっ!」
何とか力を振り絞ろうとするが、こんな体勢では十分な力が出せるわけもない。
それに、かえって首が引っかかって痛いだけだ。
何度も試すうちに、わたしだけの力では、無理だという結論に至った。
だからといって、大声で助けを呼ぶわけにはいかなかった。
こんな間抜けな姿を誰かに、特にお嬢様や美鈴には絶対に見られたくなかったから。
でも、どうせ朝になれば誰かが見回りに来る。そうなれば結局同じこと。
だから無駄だとわかっていても朝までに自力の脱出を試みるしかないのだ。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
気合の掛け声むなしく、やっぱり首は抜けない。
引っかかってるところが摺れて段々痛くなってきた。
もうどれだけ時間がたったかわからない。
わたしは全身くたくたになり、門に首をはめた状態でへたり込んだ。
「はあ~」
疲れた。妖怪を退治するときでもこんなに疲れたことはない。
肉体的にも精神的も、だ。
いっそこの状態でもいいかな、なんて馬鹿なことを考え始めた。
そのとき。
「いや~、今日も大量だぜ」
こんなときに一番聞きたくない声が後ろから聞こえてきた。
「おお、こんなところで何やってるんだ?」
「うるさい、あっち行け!」
「ご挨拶だな、何やってるって聞いただけじゃないか」
「うるさいっていったでしょ!」
黒いのは、わたしの怒鳴り声も気にせずにわたしを観察しだした。
やがて、わたしがどういう状況になっているか気づくと、ニヤニヤ笑い出した。
ああ、そうさ、首が柵にはまって抜け出せないんだよ!
「そうか、そういうことか、災難だな、咲夜」
「お前に呼び捨てにされるいわれはない!!」
「みんなそう呼んでるぜ」
笑いながら黒いのは、わたしの観察を続けた。
見るな、とか帰れ、とかむなしい抵抗をするが、面の皮の厚いこいつには一向に気にする気配はなかった。
「いや、面白いのを堪能させてもらったぜ」
「気が済んだんなら助けてくれてもいいでしょう?」
「どうしてだ?わたしには関係ないし、こんな面白いもの、そうそう見れるもんじゃないんだぜ」
「ちょっと待ってよ、何をするつもりよ」
「決まってる、今から霊夢たちに言いふらしに行くんだよ」
さっと顔が青ざめる。
冗談じゃない。
そんなことされたら、わたしは幻想郷中の笑いものにされてしまう……
「や、やめなさい!このっ、このっ!」
わたしはあわてて必死になってもがく。
が、さっきまで無理だったものをいまさらになって懸命にやったところで、抜け出せるわけがない。
「はっはっは、無駄無駄無駄。自分じゃ抜け出せないから、わたしに助けを求めたんだろ?」
「くうっ……」
「さ、それじゃ手始めに天狗のやつにでも言いふらしに行ってくるかな」
「やめて~」
「そんじゃな~、頑張れよ~」
「しくしく~」
魔理沙のやつが飛んでいってどれだけ経っただろうか。
わたしは首から柵が抜けないまま。
今頃わたしの話をあのむかつく黒いのが言いふらしに回ってる頃だろうなあ。
そんなことを考えていたときだった。
「あれ~、咲夜、何してるの?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「ねえ、何してるの?」
「い、妹様!?」
天の助けか、悪魔の使いか。
それは紛れもない、お嬢様の妹、フランドール様だった。
「何してるの?」
「え、ええとですね、その、く、首が門に挟まってしまってですね……」
「ふ~ん、楽しい?」
「た、楽しくないですよ~、お願いですから助けてください~」
「ふ~ん、いいよ」
「や、やっぱりって……え?」
「だから、助けてあげてもいいよ、って言ったの」
い、言ってみるものである。
「門から首が抜ければいいのね」
「は、はい。そうです」
「任せて、この程度なら簡単、簡単」
「お、お願いします!!」
「じゃあ、いくよ~」
掛け声とともに、背中から猛烈な熱気!
ちょっと待て、まさか……
「い、妹様いったい何をするつもりで……」
「え、だからこの門を壊して……」
「タンマタンマタンマ!!そんなことされたらわたしも一緒に吹っ飛んじゃいますよ!」
「え~」
「も、もっと穏便な方法でお願いできませんか?」
「しょうがないなあ……」
妹様は仕方なく、わたしの足をつかみ、何を考えたか力いっぱい引っぱった!
「い、痛い痛い痛い痛い!!痛いです、妹様!」
「そーれ、咲夜で一人綱引きだー」
「ひいい、痛い痛い痛い!や、やめてください妹様!!」
「それー!」
妹様は妹様なりに考えてのことなのだろうが、こんなことされたら、いつか首がもげる。
悪いとは思いつつも、わたしは必死に抵抗させてもらった。
「お、やるか、咲夜」
「あ、遊んでないで助けてくださいよー!」
「負けないぞー!!」
妹様は、わたしが勝負を挑んだと思ったらしく、より力を込めてわたしを引っ張った。
わたしはそれに対して、必死で門にしがみついて抵抗する。
わたしが強く抵抗すればするほど、妹様が力を込めてわたしを引っ張る。
妹様が力を緩め、わたしが力を抜くとその瞬間妹様が力を込めて引っ張る。
こうしたわたしの体を使った人間(?)綱引き合戦をどれだけやっただろうか。
ふと、妹様が力を緩めた。
「い、妹様?」
「飽きた」
「へ?」
「なんか咲夜と遊ぶのも飽きちゃった。疲れたし、わたしはもう部屋に戻るわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!せめてわたしのことを助けてからお戻りになって……」
「知らな~い、それじゃ、お休み、咲夜」
「そ、そんな~」
結局妹様は、わたしの体で遊んだだけ。
妹様はあくびをしながら、お屋敷へ戻っていった。
わ、わたしって一体……
「はあ~」
もう何回目のため息か忘れてしまった。
「はあ~」
ため息ついたら事態が好転するわけではないことはわかっているのだが。
はた、と。わたしはあることを思い出した。
「そういえば、わたし、晩御飯食べてない……」
しまった。こんなときに余計なことを思い出してしまった。
思い出した瞬間、急に空腹感が襲ってきた。
「ああ、力が抜けていく……」
ああ、このまま首を柵に突っ込んだまま飢え死にするのかな。わたし。
それで、干からびたわたしを見たお嬢様は、きっと指差して笑うんだろうなあ。きっと。
そんなことを妄想し始めて、だんだん切なくなってきた。
「あー、こんなところで何してるのー?」
「……もうほっといて」
「あ、よく見たら首が門にはまってる。おもしろーい」
「うるさい、ほっといてって言ってるでしょ」
どっかから能天気な声が聞こえてきた。
確かこいつはルーミアとか言う低級妖怪だったか。
普段だったら取るに足らない相手だったんだが、今のわたしにはひどく不愉快だった。
特にこいつの能天気な声がむかつく。
「ねえ、どうして首が門にはまったの?」
「転んだらその拍子に首突っ込んじゃったのよ」
「へーそーなのかー」
「そうよ。だから向こうへ行って」
「えー、こんな面白いもの、そうそう見れないもん」
「見世物じゃないっつーの!!」
くそ、こんな低級妖怪、首がはまってなかったら、即座にぶっ飛ばしてやるのに。
とか思って力んだりしたのがいけなかったのか。
ぐうううう……
腹の虫がなった。
「おなかすいてるの?」
「……ええ、そうよ。文句ある?」
「じゃあ、食べ物分けてあげるー」
「へ?」
ルーミアはポケットをまさぐって、なにかを探しだす。
「あ、あったー。じゃーん、夜雀お墨付きの焼き八つ目鰻の串焼きー」
「いいの?」
「うん、あんまり好きじゃないし」
ぽろりと。
わたしの目から涙がこぼれた。
「あ、ありがとう……」
「ちょ、ちょっとちょっと、何で泣くのよー?」
「こ、こんな風に人に優しくされたの、ひ、久しぶりなんだもん……」
「あー、もー、鼻水までたらして、ほら、これ貸してあげるから」
親切にも、ルーミアは、ハンカチを貸してくれた。
わたしは鼻をかむ。
「あ、あの、お願いがあるんだけど」
「なーに?」
「で、出来れば、柵から首を抜くのを手伝ってほしいなあって……」
「えー、めんどくさーい」
……こういうオチかよ。
「そんじゃねー、あー、いいことした後は気持ちいいなー」
満足したのかルーミアのやつは、空を飛んでいってしまった。
お、おなかは満たされても心が満たされないのはなぜ……?
ああ、夜明けが近い。
空は、地平線が明らんできた。
もう、このままずーっと門に首を挟めたまんまでもいいかなあ。
文字通り、門番、なんちゃって。
ああ、なんて馬鹿なことを考えてるんだわたし。
もう首を抜こうとする努力も放棄し始めたとき。
「あー、ほんとに首が門に引っかかってら」
その声もわたしがよく聞く声。
それは湖に住むチルノとか言う妖精だった。
しょっちゅううちにいたずらしようとちょっかいをかけてくるのだが、その度にわたしが追っ払っている。
いい加減懲りるということを覚えてほしいものだが、頭が悪いのか一向に懲りる気配がない。
しかし、この状況は非常にまずい。
今、わたしは身動きがとれないでいる。
イコールそれはこいつがお屋敷にいたずらし放題。
もし、こいつのいたずらを許せば、そうなれば責任はわたしにいきつく。
それはすなわち、
こいつがお屋敷にいたずら
↓
お嬢様大激怒
↓
わたしに責任追及
↓
お嬢様からきっついお仕置き
↓
死
いやじゃあああああ!
必死になって首を抜こうとする。
が、今まで無理だったものがそうそういきなりできるわけがない。
ただ、ガチャガチャと門を鳴らすだけだった。
「あっはっは、おもしろーい」
「くそっ、外れろ!外れろ!」
「あっはっは、あんた見てても面白いんだけど、やっぱり今までやったことがないいたずらするほうが面白いに決まってるよね」
「……ちょっと待ちなさいよ。何するつもり?」
「決まってるじゃない。お屋敷に目いっぱいいたずらして遊ぶのよ」
ぷちん。
わたしの中で、何かが切れた音がした。
「んだこらああああああっ!!んなことして見ろ、ぶっ殺して湖の底に重しくっつけて沈めんぞくそ妖精!!」
「あっはっは、今のあんたに何ができるのさ?首が挟まって動けないくせに」
「なめんなやぼけえっ!こんな門がなんぼのもんじゃい!!」
わたしはがしっ、と門をつかみ上げ、そのまま渾身の力をこめて、そのまま上に引き上げる!
「ふんんんんんんんんんっ……」
門は力をこめればこめるだけ、じりじりと上に持ち上がっていく。
蝶番がべきべきと音を立てて壊れる。
その様子を、間抜けな面でぽかんと眺めているチルノ。
「ちょ、ちょっと……?」
「だっしゃああああああああああ!!!」
そしてわたしは。
門と一体となったまま、すっくと立ち上がる!!
「え、えええええええっ!?」
チルノは驚愕の声を上げる。
首にかかった門を引っつかんで、わたしは全身を使って、チルノに門をぶつけた!
えらい音がした。
「ぷぎゅ……」
間抜けな声を上げてチルノは吹っ飛んだ。
「はー、はー、はー……」
落ち着きを取り戻してきたわたしは、いつの間にかわたしは歩けることに気がついた。
首から門をぶら下げたままの状態で。
「は、はは、あっははははははははははは……」
わたしは満足感と、羞恥心と、解放感が入り混じったほんの少しだけすがすがしい気分に浸っていた。
ああ、自由ってすばらしい……
そのとき。
「あ、あの、咲夜さん、いったい何を……」
後ろから。
一番聞きたくなかった声が聞こえた。
振り返ると、わたしの大方の予想通り、美鈴の姿が!
「え、えーと、これは……」
「あの、いや、構いませんけどね、その、誰にも言いませんから」
ぎらりと。
わたしの目が黄色く光ったのを、美鈴の瞳を通じて見えた。
「忘れなさい」
「へ?」
「今見たことは忘れなさい」
「い、いや、わたしは誰にも言いませんよ、ほ、本当ですって!!
だ、だから手にナイフを持つのはやめてくれないかなあって……」
「問答無用」
「そんなああああああああああああああっ!?」
それからわたしは中国の記憶を消去した(脅して忘れさせた)あと、中国の力を借りて、ようやく首から門を外すことができました。
ちなみに壊した門は、無理やり中国のせいにして修理を押し付けました。
とりあえず、めでたしめでたし。
後日。
「号外だよ~、号外だよ~、文々。新聞の号外だよ~」
ああ、いつもの新聞か。
別に妖怪の話題には興味はないのだが、ちょうど手も空いているし。
わたしは新聞を手にとってみた。
その見出しには……
『珍事!!門と一体化するメイド、妖精を撃退す!』
ぴしりと。
わたしの頭の中で、何かが壊れた音がした。
突然、わたしの前に立つ大きな影。
「あ、ちょうどよかった。
咲夜さんですね、実は、先日、あなたのことを取材させていただいたんですが、ああ、それ、読んでくれましたか。
これはちょうどよかった。
それでですね、そちらの件につきまして、あなたにインタビューをさせていただきたいのですが……」
天狗のまくしたてをどこか遠くに聞きながら。
わたしは気が遠くなっていくのを感じていた。