――再び心によみがえり、僕に勇気を下さい――
あの街に迷い込んだのはいつだったろう。
気が付くと、私は見知らぬ道に立っていた。
周りは山も河もある。なのに…
幻想郷の見慣れた光景と似ていて、でも明らかに異質な場所。
…ここは、人の里…?
彼方にいらかの波が見える。畑を耕すお爺さん、お婆さん。 注;いらか=屋根瓦
大きな荷馬車のようなモノが、馬に曳かれもしないのに、ひとりでに道を走っていく。
これが、人間の里なのか。
私…魂魄妖夢の幼い目には、そこは幻想郷とは明らかに違って見えた。
揺れる木々も、流れるせせらぎの音も、全て一緒なのに。
ここは来るべき場所じゃない…私は、本能的な警告を感じていた。
誰も頼れない。守ってくれない。
絶対的な孤独を、本能で私は感じ取っていたのだ。
「おじいさま…?幽々子さま…??」
それでも私は呼びかけた。やはり返事はない。
孤独。孤立。
私は改めて、底知れぬ恐怖が湧き上がるのを感じた。
「おじいさまッ!?幽々子さまッ!?おじいさまッッ!!?」
混乱して叫び回りながら、私はその道を走った。
どうしてこんな所へ来てしまったのか。どうして誰もいないのか。
私には、何も分からなかった。涙が出た。
「誰かッ!!誰か助けて!! だ…」
その瞬間私は、泣くことさえ忘れて固まった。
目の前に、人がいたのだ。
少年。3人。私よりいくつか年端は上か。
見慣れない形の革鞄を背中に背負い、私をじっと見ている。
私も、彼らをじっと見ていた。
「あ、あ…」
声も出せず後ずさる私に、彼らも戸惑っている。
誰?…こんなやついた?……そんな声が小さく聞こえてきたのを、憶えている。
「あの、おじいさまを、知りませんか…」
緑色のスカートの端を目一杯掴んで、私は精一杯、しかし蚊の鳴くような声で絞り出した。
少年達はふと目を合わせた後、ケラケラと笑い出した。
どうやら泣き声混じりで喋った私の言葉は、おかしな聞こえ方になっていたようだ。
「あ、あの…」
それでも懸命に声を出すと、少年の一人がふとこちらを見やり、
「お前みたいな変なカッコの孫がいるジジィ、見たことねぇ!」
と冗談交じりに言った。その言葉に、他の少年も笑い出す。
あざけり笑う彼らの声に、止まっていた涙がまた溢れてくる。
「おねがい…おねがいだからおしえて…」
グスングスンと声を詰まらせながら、私は声を出す。
「やーい、泣かした!!」
「俺のせいじゃねーよ!」
「泣き虫を泣かした~!」
少年達はそれでも、私を助けてくれようとはしない。
ゲラゲラとふざけあい、私の言葉に取り合ってもくれない。
いよいよもって孤独を感じた、その時。
「アンタ達なにやってるの!?」
道の向こうから、女の子の声がした。
「ババァが来たぞ、逃げろ~!!」
少年達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その少年達に、ババァとは何よ!などと口々に言いながら、女の子達が走ってくる。
少年が背負っていたのと形は同じ、しかし赤い革鞄を背負った3人の少女。
そして私のところで足を止めた。
「怖かったね~。でももう大丈夫よ。
ね、見かけないけど、名前なんて言うの?いくつかな?」
3人の少女は、私に好奇心旺盛な目を向ける。
「こんぱく、ようむ…」
私の答えに、少女達は顔を見合わせ、コンパクなんて家あったっけ?と言った。
怪訝そうにしながらも、
「まあいいや、とにかくお母さんの所に帰ろ?ヨウムちゃんのおうちまで連れてってあげるから」
少女はそう言って、手を差し伸べてくれた。
私は嬉しさと安心感に満たされた。
うん!、と大きく頷きながら、彼女の手に自分の手を伸ばす。
やっと帰れると思った、その時。
「キャアアッ!?」
少女は突然叫び、飛び退く。
それに驚いて私の手を見た他の少女も、一瞬固まった後同じように叫び、
そして3人とも一目散に逃げ出してしまった。
私は面食らい、差し出した自分の手を見る。
手が透けていた。
手だけではない。手も足も、肘も膝も、どこを見ても、後ろの景色が見えていた。
「いッ…イヤァァァッ!!?」
成長した今なら、半分幽霊である自分が昼間の人里に降りたせいだと判るが、あの時は焦った。怖かった。
私はまず尻餅をつき、そして、立ち上がって走った。
冷たい少年達。寸前で助けてくれなかった少女達。
そして、自分のからだがどうにかなってしまったこと。
あらゆる恐怖と絶望に襲われ、私は走った。力の限り、泣きながら走った。
そして気付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。
夜になるにつれ、体は元通りに戻っていったが、帰り道は見つからない。
行く当てもなく疲れ果て、目を腫らした私は、たまたま見つけた椅子に座り込んだ。
『○○バス停留所 八国山』 と書かれている看板が、傍にぽつりと立っていた。
辺りを照らすのは電球の街灯と、仄かな月明かりだけ。
だれもいない。何も道を通らない。
にんげんは誰一人として、わたしを助けようなんてしてくれない。
ああ、おなかも空いたし、喉も渇いた。
もう、わたしは帰れないんだ。
おじいさまや、幽々子さまのもとに、帰れなくなっちゃったんだ…
我慢していた涙が、また目から溢れた。
嗚咽を堪えることもなく、私は泣いた。とめどなく泣き続けた。
そうしてどれほどの時間が経ったのか。
「ねぇ…キミ?」
ゆっくり顔を上げた私の眼の先に、一人の少年が立っていた。
さっきの少年よりも年上と思しき、しかしまだ幼さの残る少年。
上下とも真っ黒な服に、黒い帽子。上着には大きなボタンと詰め襟。
今から思えば、アレはいわゆる学生服、というやつだった。
「…何、してるの?こんなところで。
お母さん、は?」
震えを抑えられないとぎれとぎれの声。彼も戸惑っていたようだった。
「…あっち行ってよ」
昼間バカにされた少年の声が脳裏に蘇り、私は彼から目を背けた。
にんげんなんて。誰も助けてくれはしない…。
「そう言わずにさ。泣いてたじゃんか。お母さんと、はぐれて、怖かったんだろ?な?」
まだ緊張している声。しかし、自分を気遣ってくれているのはわかった。
男の子の優しい声に振り返りそうになる自分を懸命に抑える。
アイツは、わたしをバカにしたいだけだ…
アイツは、「みかた」なんかじゃないんだ…
私はギュッと目を瞑り、逃げるように背を丸めた。
ふと、甘い香りがした。
思わず振り返ると、そこに一つの、袋に入ったあんパンがぶら下がっていた。
「一緒に食べよう?」
少年は…その男の子はそう言って、笑った。
男の子の顔を見つめる。
男の子は、私が振り返ってくれたことで、さらに嬉しそうに笑った。
「ね?おいしいよ?」
「うん…」
ためらいながら、私は頷き、男の子がちぎってくれたパンに手を伸ばした。
恐る恐る口に運んだパンの甘さが、私の口いっぱいに広がった。
「おいしい?」
「うん。」
涙の筋の残る顔で、私は頷いた。
男の子はまた、嬉しそうに笑った。
あんパンに齧り付く私に、男の子はまた、ぎこちなく話しかけてくれた。
「どこから来たの?」
「はくぎょくろう」
「ハクギョクロウ?」
「うん」
男の子は首を捻った。
後から考えればそりゃそうだ、普通の人間はまず知るまい。
「その服はじゃあそのハクギョクロウのなんだ。変わってるね」
―おまえみたいな変なカッコの―
さっきいじめられた少年の言葉が蘇る。
「へんじゃないもん…」
「え?」
「へんじゃないもん!!」
私はムキになって男の子に叫んだ。
男の子は面食らって、慌てる。
「でも、この辺じゃ見ない格好だし…」
「へんじゃないモンッ!」
さっきの屈辱が頭を支配し、また涙が滲んでくる。
男の子は私の潤んだ目を見てさらに狼狽し、ごめんねごめんねと慌てたように早口で叫んだ。
「ごめん、本当にゴメンね。
変だなんて思ってないよ。すごく可愛いよ!」
可愛い…
お爺様や幽々子様からも言われたことのない言葉に、頭が真っ白になった。
「かわいい…?」
「うん、似合ってるよ。とってもカワイイよ!」
男の子は繰り返す。
「ありがと…」
「え? あ…うん」
私の二転三転する言葉に、その都度慌てて男の子は赤面する。
そんな男の子を見て。
くすっと。
私は笑った。
人の里に来て初めて、笑った。
その私を見て、男の子も笑った。
本当に、心の底から嬉しそうに、笑った。
それを見て、私はもっと笑った。
彼はさらに笑った。
静かな夜のバス停に、競い合うように二人の笑い声が広がっていった。…
「どうしてここにきたのかわからない、か…」
パンも貰ったんだし…と必死で恩を返そうと幼心に思った私は、
男の子に事情を打ち明けた。
「ゆゆこさまも、おじいさまも、みんな見つからないの。」
すっかり夜の帳が降りきった暗闇。
その中に取り残されたように、電球街灯の明かりで闇に浮かびあがるバス停で、
私はきっと男の子に、すがるような目を向けていたことだろう。
「ねえ…おしえて。わたしはどうやったら帰れるの?
どうやったらゆゆこさまに、おじいさまに会えるの?
わたしのうちは、どっちに行けばあるの?」
矢継ぎ早に質問を投げかける私に、男の子は戸惑っていた。
「どうやったら、って言ってもなあ…」
「おねがい、おしえて!」
勢い余って立ち上がる私に、男の子は困ったような表情を浮かべた。
そして、散々言葉に迷ってから、私にすまなさそうな目を向けて、言った。
「ごめん。僕は、キミのおうちの場所は知らないんだ。
ヨウキという人も、ユユコという人も、ハクギョクロウという場所も、僕は知らない」
私は、また目の前が真っ暗になった。
やっとたよりかけていたこの男の子も、わたしの助けにはなってくれないのか。
ぜったいに悪いひとじゃないこの少年さえ、わたしを助けてはくれないのか。
やっぱり…もう誰も、教えてくれないの?…
私は、またベンチにへたり込んでしまった。
「う…ぁ…」
涙がこぼれた。
この男の子に会って、もう泣かないで済む。そう思っていたのに。
私の涙は、枯れるどころか。
「うぁぁあああぁあッッ!!」
それまでで一番の勢いで、涙が溢れ出た。
すさまじい泣き声が、静かな夜闇をつんざく。
「あ、ええっ、あの、ねえ…えっと」
男の子の言葉は、言葉にならない。
私の肩を叩いたり、バタバタと意味もなく足音を立ててみたり。
座ったまま膝に突っ伏して泣いている私にも、彼の慌てっぷりがわかった。
「えっと、ヨウムちゃん。ねえ…」
「~~~~~~~!」
私の名を呼んでも止みそうにない泣き声に、さらに男の子は慌てた。
ありとあらゆる言葉を投げかけた後、彼は大きな声で、叫んだ。
「ヨウムちゃん、ねぇッ!大丈夫、大丈夫だから!!
僕も一緒におうち探すから!!
それでもダメなら…大人になったらケッコンしてあげるから!!!」
闇は、一瞬で静寂を取り戻した。
「へ…?」
完全に虚を突かれて、私はあっという間に泣きやみ、間の抜けた声を出した。
まだ涙の残る頬に、彼の制服の袖が優しく添えられる。
「え…えっと…あの…
ね、きっとおうち見つけるから」
男の子は赤面しながら、私の涙を拭ってくれた。
彼自身、とっさのこととはいえ、自分が発した言葉に、自分で動揺していた。
言った本人が動揺するのだから、言われた私はもっと動揺していた。
「ケッコン…?」
別に「ませてた」訳ではないが、流石に結婚くらいは知っていた。
ぽかんとする私に、男の子は
「ア…うん、ケッコン…うん」
と、恥ずかしそうに言った。
涙を拭いてくれる男の子の袖は、温かかった。
知らない子を、こんなに一所懸命なぐさめてくれる男の子。
突拍子もないとんでもないことを口走ってしまい後から赤面するほど、一所懸命な男の子。
そのひたむきさが、本当に温かかった。
「ほんとうに…?」
「うん。約束するよ。
おうちが見つからなくても、その時は、ボクがずっと一緒にいてあげるよ」
男の子は、私に笑顔でそう言った。
私が泣きやんでくれたことの安心感と、自分を信じてくれた嬉しさか、
それまでで一番明るい笑顔だった。
「ほんとうに、やくそくだよ?」
「うん、約束だ」
「ほんとに、ほんとだよ?」
「ああ。約束する。
もし離れても、僕はキミのこと、ずっと憶えていてあげるよ。
……そうだ、よし。 この歌を忘れずに覚えてて。」
「うた?」
「そう。僕の大好きな歌。辛い時でも励ましてくれる、魔法の歌だよ」
男の子はそう言うと、声変わり前の高さが残る声で、歌い始めた。
~~~~~~~~~~
もういちどあのころにもどって、 むじゃきな笑顔うかべたい…~
仲間たちとそれぞれの夢を、 追い掛けたまぶしい日々…~
いつの間にか、忘れてしまった あの夏の熱い思い…~
ふたたび、心によみがえり…~
ぼくに勇気をください…~
~~~~~~~~~~
調子っぱずれな、でも優しい歌声が、夜空に響いていく。
男の子の声はそのまま優しさとなって、私の胸を満たしていった。
「いいうた…」
「でしょ?悲しい時も、辛い時も、
何かあったらこの歌を歌うと良い。キミを励ましてくれるから。
僕もどこかで、この歌を歌ってるよ。キミと一緒に。
だから、離れてても、ずっと一緒だよ?
ね?」
「…うん!」
私は笑って、頷いた。男の子も笑った。
「2番もあるんだよ。歌ってあげよっか?」
「うたって!」
私がせがんだ、その時。
目の前の景色が、グニャリとゆがんだ。
…?
私は、文字通り自分の目を疑った。
しかし、景色は…男の子の顔は、どんどんゆがんでいく。
そして、その歪みの先に…見慣れた建物が見えた。
「おうちだ!」
私は叫んだ。
そしてすぐに、男の子の顔が見えなくなりはじめているのに気付いた。
男の子から見ても、私の姿が見えなくなってきていたのだろう、叫び声が聞こえた。
「ヨウムちゃん!」
「あ…あ…」
男の子も、私も、幼くても気付いていた。
別れの時が来たことに。
恐らくは…思いたくはないが…遠く遠く離れてしまうであろうことに。
「私…わたし…」
「ヨウムちゃん、良かったね、おうち帰れるんだね!!」
まだ優しい。
男の子は、別れが迫った今でも、まだ優しい。
その男の子の声も、だんだん遠ざかっていく。
「わたし、ぜったい忘れないから!!!!
歌も、あんパンも、おにいちゃんのことも、忘れないから!!!!!」
ゆがんで見えなくなっていく男の子に、私は叫んだ。
男の子の声が、遠ざかりながら聞こえる。
「うん、ぼくも絶対忘れないから!!!!
またいつか、絶対に会…」
一際大きく景色が歪み、男の子の声はそれっきり消えた。
そして気が付くと。男の子も、バス停の看板も、目の前にはなかった。
代わりに、見慣れた建物と…見慣れた顔があった。
「ゆゆこさまァ!!!」
私は彼女の胸に飛びついた。
幽々子様は、私をじっと抱きしめて下さった。
泣きじゃくっていた迷子の子供をやっと見つけた母親のように、優しく、温かく。
そして、一言だけ、
「よく頑張ったわね」
と、声をかけて下さった。
先に入ってるわよ、と言って、ゆゆこさまが家へ入っていく。
中にはおじいさまもいるだろう。
ここはもう、大好きな人に囲まれた、私の家。
アレは、夢か何かだったのかな。
幽々子様に付いて行こうとした私は、ふと手に何か持っているのに気付いた。
ひとかけらの、あんパンだった。
あの男の子が優しい顔で私にくれたあんパンの、最後の食べ残し。
夢なんかじゃない。夢じゃなかった。
あの男の子は、確かにいたのだ。
「良かった…」
つぶやきながら、最後のそのあんパンを、私は口に運んだ。
貰った時の最初の一口と同じ味。
あの男の子と同じ、あの歌と同じ、甘くて優しい味が…口一杯に広がっていった。
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「あの時の歌…忘れてないのね」
振り返った先に、幽々子様が立っていた。
庭の手入れをしながら思い出にふけるうち、私はどうやら鼻歌を歌っていたらしい。
「ええ。素敵な歌ですから」
「そうね」
あの歌は、今でも私を支えている。
辛い時も悲しい時も、今みたく何気ない時も、ことあるごとに私はこの歌を口ずさんできた。
この歌を唄うと、気持ちが明るくなり、私は上機嫌になる。
この歌は、あの男の子が言ったとおり、魔法の詩だった。
そして、それだけではない。この歌は…私と彼をつなげる橋なのだ。
きっとあの優しい男の子は、いや、もう男の子じゃないだろうけど、今でもどこか、同じ空の下でこの歌を歌っているのだろう。
いつか必ずもう一度会うまで、私はこの歌を忘れるわけにはいかない。
「それにしても…気になるなあ」
そう、私はずっと気になっていることがあった。
あの時、別れ際にあの男の子が私の為にしようとしていたこと。
別れる直前、彼が教えてくれようとしていた、あの…
「知らぬ間に、時は流れ去り…~」
突然、歌い馴染んだメロディに、私の知らない歌詞が載った。
「幽々子様…」
幽々子様の明るく朗らかな歌声は、澄み渡るかのように青空に、私の胸に響いていく。
あの男の子に教えて貰いそこねて以来、ずっと知りたかった、この歌の2番。
幽々子様の歌声で紡がれるその歌を…詩を聴いているうち…
あの時の男の子の笑顔が、甘かったあんパンの味が…そして、調子っぱずれだけど優しい歌声が、
幽々子様の声と重なるように脳裏に流れた。
「…ふたたび、心によみがえり…~ 僕に勇気を、下さい…~」
歌声が止んだ。これが2番よ、と、幽々子様の声が聞こえる。
「ホント…素敵な歌ですよね…」
私の目から、涙が溢れていた。
優しさに溢れた笑顔の、あの男の子。
私はきっとあの素敵な笑顔を、一生忘れることはないだろう。
住む世界は違う。会ったのはたった一度。
それでも、私はいつだって男の子のコトを忘れたりはしない。
いつか必ず、会える日が来る。あの男の子だって、そう言ってくれたんだから。
あんパンも、歌も。
男の子のことは、私は必ずや忘れずに生きていく。
「ふふ、素敵な歌ね…本当に…
…さて、庭掃除はそれくらいで良いわ。道具を片づけたら、戻ってらっしゃい」
幽々子様はわたしにそう告げて、戻っていく。その後ろ姿に、
「歌詞、教えて下さって、ありがとうございます!
おかげで…もっとこの歌、好きになりました!」
幽々子様は私を振り返って、ニコリと笑い、家へ戻っていった。
もっとこの歌、好きになりました!――
その声に、男の子がどこかで微笑んでくれた気がした。
その笑顔に応えようと、私は、教えてもらったばかりの歌を口にした。
あの男の子に届くと良いな…そんな願いを乗せた私の歌は、青く澄み切った空の彼方にこだました。
~~~~~~~~~~
知らぬ間に、時は流れ去り、 振り返ることもなくなった…
幼いころに抱いた夢を、 もういちど咲かせたい…
いつの日も、忘れずにいたい あのときのキミの笑顔…
ふたたび、心によみがえり、
ぼくに勇気を、下さい…
ふたたび、心によみがえり…
ぼくに勇気を、下さい…
《完》
出展…『勇気を下さい』~唱歌
松井 孝夫 作詞