Coolier - 新生・東方創想話

私家版・東方紅魔郷

2005/10/25 11:35:11
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 幻想郷に住む者なら、人間であれ妖怪であれそれ以外であれ、誰にも頼らず、おのれ一人でなにごとも片付ける、という気概をもっている。
 絶体絶命の危機に陥っても、絶望して神や仏に祈るやからは皆無で、力と知恵を駆使することで窮地を脱するか、脱せなければ観念する。
 それが、人妖入り乱れる地に生きる者たちの、いわば作法であった。
 ゆえに、正義の味方もいなければ、救いがたい極悪人というのも存在しない――どだい善悪の境目がないのだから、それも無理からぬことだ。
 だがそんな中にあってただひとり、無償の奉仕を期待されているのが、博麗の巫女であった。
「あたしは仙人じゃアないのよ。雲や霞を食って生きろって? 冗談いいっこなしだい」
 当代の巫女・霊夢はしょっちゅう毒づくが、いざコトが起きると、いやいやながらも腰を上げることになる。
 それは血のなせるわざというより、いわば自然現象であったかもしれない。
 だが彼女はひどく気まぐれだった――自然がつねにそうであるように。





 却説(さて)――
 世にいう『紅霧異変』の発生からすでに日は重なっていた。
 この間、霊夢はことのほか惚けている。
 日がな酒を食らい、仲間を集めて博打に興じ、若い衆をはべらせ、酒池肉林のただ中にあったのである。
 人によっては、これは巫女特有の『みそぎ』である、と見るむきもあるかもしれない。
 ふつう斎戒沐浴などで身を清めるものだが、どっこいそこは博麗の巫女、むしろ逆にとことんわが身を汚すことで、世の濁り、地の不浄をまとい、その毒をもって、異変の源たる毒を打ち破らんとしているのだ、と。
 だが彼女をよく知る、魔法使・霧雨魔理沙はいう――
「まさかねェ。あれはそんなタマじゃないさ。だいいち、それじゃアまるで、ふだんは清らかで罪のない暮らしをしてるみたいじゃないか。阿呆らしい。おれが食べた米粒の数は、あいつが舐めた塩の量に及ばんよ」
 霧雨流の、それは言い回しであったが、どうあれ巫女はいっこうに起つ気配を見せなかった。

 そんなある夜、霊夢が神社の裏手で用を足していると、妖怪が訪ねてきた。
 彼女は宵闇のルーミアといい、闇の妖怪であった。
「あたしは鳥目だから、間に合ってるんだけど」
「そうではありません――」
 と、彼女は切々と訴えた。ルーミアは闇に隠れて生きる下っ端妖怪に過ぎないが、ここのところの霧は彼女の闇すら侵食し、安眠できずにたいそう難渋しているという。
「へぇ、そーなのか」
「だからどうでしょう、ひとつ……」
 あなたの手でこの異変を解決してくれませんか、というルーミアの哀願を、しかし巫女はにべもなく突っぱねた。
「どーしてもって言うなら酒か金か男か――気の利いた貢ぎ物を用意しなさいよ。あんたのためになんか、腋毛一本抜くすらも七面倒」
 とは、霊夢は言わなかったが、その言わんとするところはルーミアにも十分汲み取れた。
 巫女頼むに足りず! と悟ったルーミアは、しょせん妖怪はひとりだ、と痛感し、みずから異変を解決すべく起ち上がった。
「!」
 いざ飛び立とうとした彼女だったが、長距離からの射撃を受け、もんどりうって落下した。
「おお、当たった当たった。……闇夜にカラス、カラスにミサイルってな」
 狙撃手は魔理沙であった。彼女は霊夢から通報を受け、異変を解決しようなどと企むこざかしい者を排除したのである。
 そこらの人妖はさておき、魔理沙ほどの者になれば、この異変すらちょっとした小遣い稼ぎの場にすぎない。
 彼女は霧のため上手く飛べない妖怪どもを相手に、ナビゲート役をつとめることで臨時収入を得ていた。
 そう儲かる商売でもないが、なかなか美味しい副収入であり、むざむざ手放す気は毛頭なかったのである。
「霊夢に駄賃をはずまないとな」
 ホウキの先にフッと息をふきかけ、フト魔理沙は思うよう、
「さいわいあいつは片付けたが、この先、またぞろああいう手合いが出てこないとも限らんなア。ひとつ、警告に行ってやろう」
 そこで魔理沙はホウキに飛び乗り、霧の源――湖へとむかった。





 湖のほとりには、チルノという妖精が棲んでいた。
 彼女は妖精のたぐいとしてはごくまれなことに、高い知能をもっており、ちょっとした妖怪くらいの力を備えていた。
 もっとも、彼女の知恵や知識はしょせん水辺で得たものばかりで、井の中の蛙というほかなかったのであるが。
 そんなチルノでも、天真爛漫な妖精どもからは『知恵袋』とたたえられていた。じっさい、湖畔のことならば、チルノはたいてい心得ていたのである。
 しかし、いやそれゆえに、彼女は苦慮していた。
 ほかならぬ、紅霧異変にである。
 むろんこのような事象は彼女の知識にないものであったから、他の妖精には適当なことを言って誤魔化してきたが、そろそろ小手先では済ませられぬ状況になってきた。
「だからアタシは行かなきゃアならない。わかるかい」
 支度に余念のないチルノに、連れの大妖精はのんびりと
「わかるよう? チルノは利口だから、だよねえ」
「そうさ。アタシは知恵があるのさ。だがねぇ大の字、アタシはときどきうらやましくなるよ、あんたたちが」
「えええ? と、いうとぉ?」
「……その理由さえ、分からないってところがね」
 ともあれチルノは夜食をたんまり担ぎ、ねぐらを発った。
 目指すは――館。霧の源泉。
 が、そこへまっしぐらに寄せてきたのは、黒づくめの魔法使ひとり。
「おーっとお嬢ちゃんや。こっから先は行き止まりだ。おれがニヤニヤしてるあいだに引き返してママの乳の数でも数えてな。な?」
「そんな無法!」
「嫌だって言うなら、おれがお前さんの数を数えることになるなぁ。ただし乳じゃなくて、風穴だが」
 チルノがウンともスンとも言う前に、黒の魔理沙は抜き撃った。
 三つほど風穴を開けられながらも、チルノは後退し、氷のつぶてを撃った。
 ひらりかわして、
「四つ」
「この野郎!」
「五つ」
「……っ、まだまだ!」
「七つ」
「! …………っ!!」
「十、くらいかな」
「…………」
「ちょうど好かったな。おれァ十より多い数は知らないんだ」
 チルノは還った。

 のちに妖精たちは数を数えるのに、チルノの身体の風穴を使うようになった。
「やっぱり、チルノは、利口だねぇ」
 ほがらかに笑う大妖精に、チルノは一言もなかったという。





 その妖怪は当初、あまたいるメイドのひとりに過ぎなかった。
 しかし次第に頭角をあらわし、ついには館の門を守る番人にまで抜擢されるにいたったのである。
 妖怪は紅美鈴と名乗り、CHINAの生まれだと称しているが、本当のことは誰も知らない。
「あれはただのハッタリだよ」とうそぶく者もいる。
 なぜといって、となお言うには、「だってそれくらいのことを言わなきゃ、どだい特徴がないもの」
 じっさい紅美鈴はこれといって目立ったところもなく、ずば抜けた能力があるわけでもなし、ありていに言えば――地味であった。
 にもかかわらず上に目をかけられ、門番にまで上り詰めたのは、
『吸血鬼の館を守る中華妖怪』
 そんな組み合わせの妙を面白がっただけにすぎない、と。
 世の中には口の悪い者がいれば、おせっかいな者もいて、くだんの悪口を紅美鈴に告げたことがある。
 すると彼女は一笑して、
「――かもしれぬ」
 と素直に認めた。「わが力はごく弱い。良く言って中の下というところ。にもかかわらず番人を任されているのは、ひとえに僥倖というもの」
 でも、と密告者――彼女は館に巣くう小悪魔であった――は唇をとがらせ、「悔しくはないのですか。好き勝手なことを言わせておいて」
 中華小娘はかぶりを振って、
「言わせておくのがいい。だって悪口でひとは死なないしね。連中が私に取って代わろうと考えているのなら、それは脅威だけれども」
 そこまでの野心は、と小悪魔。「ないでしょう。しょせん、ひとの背中にむかって騒ぐことしかできない輩ですから」
 さもあろうね、と紅美鈴。「さて小姐(おじょうちゃん)! ヒマなら阿片でもやっていくかね。ちょうど新品が入ってきたばかりなんだ」
 やめておきます、と小悪魔。「居候には割高ですから」
「なにを水臭い。金なんてとらないさ。ただ……」
「書斎にも持ち帰れ、と?」
 紅美鈴は大笑した。「話が早いね」

「――なるほど」
 紅美鈴の手下を一蹴した黒魔法使・魔理沙は納得顔でうなずいた。
「薬漬けになってちゃ、守りがおろそかなのも仕方はないな」
「有能な敵より、有能な味方の方が危険ですもの」
 はなから戦意も見せず、紅美鈴は肩をすくめた。
「ほう。部下を骨抜きにして反乱を防ぐのが目的かね」
「それもまぁありますが、彼女らもお客なんですよ」
「へぇ、さすが中華妖怪は一筋縄じゃいかないな。おれにも売りつける気じゃあるまいね」
「いえ、よろしければ差し上げます」
「ほほう? タダより高いものはないだろうに」
「損して得取れ、ですよ」
「ふーん。まぁいいや。くれるものは貰っておくさ」
 のちに魔理沙はキノコをもちいた新種のドラッグを開発、巨富を得ることになるが、その成功の背後には紅美鈴が一枚噛んでいる――とは、情報通たちの見解一致するところである。





 書物の装幀を愛でることは、知識を愛でることにほかならない。
 気に入りの書を愛撫しながら、パチュリー・ノーレッジは考える。
 世の中には、本を『読む』ことしかしない、無粋な輩がすくなくない。
 彼女に言わせれば、それはまさに原始的な、動物的な行為にすぎぬ、と言うことになる。
「――書と申すは」
 彼女は説く。「そもそも世界のかけら、全能智の断片なり。それを読もうが読むまいが、我らは限りなく無智にすぎぬ。ゆえに、書を開くなどと言うはおこがましく、愚のきわみ。我らはただ書を愛すべし。智を愛するがごとくに」
「だとしたら」
 パチュリーの弾道を紙一重にそらし、魔理沙。
「お前さンは智識に囚われた咎人ってところかい――」
「――囚われているのではない」
 みずから入っているのだ。檻の中に。
「なら、おれも書物になってやろう」
 ただし、ひどくお行儀の悪い書物に。
「お前さンに教えてやるよ、生きた智慧ってやつを――な」
「ろくな装幀ではないな――」
 閃光に産毛を焦がしながら、パチュリーは思った。





 館のメイド長は十六夜咲夜といった。人間だった。
 彼女は生まれつき、他の生物を窒息させるという特技を持っており、向かうところ敵無しであった。
 しかしあるとき、紅い少女と遭遇した。
 その少女は血は吸えども息は吸わぬ吸血鬼であったから、窒息能力もまるで無為であり、彼女は屈服した。
「うぬの力は無粋よの」
 たんと鮮血を味わったすえ、少女は言った。「息を止めるなど益体もない。ちょいと織り直してくれようず」
 そこで悪魔は人間の体内へ指を差し入れ、その存在を根底から紡ぎ直してのけた。
 しこうして彼女は息を止める代わりに――時を止める力を得たのである。
 紅魔館最強のメイド、悪魔の狗、マスター・オブ・ロックンロール、十六夜咲夜その誕生であった。

 ところで咲夜は侵入してきた魔理沙が商売を持ちかけてきたのを断ったがために争いとなり、ついには屈した。
「これでおれがメイド長に為れるのかい?」
「給金は無いわよ」
 メイド長の座は、安泰だった。





「実を言えば」
 紅い少女が言った。「そろそろ、倦んで居る」
「そいつは困るな」
 黒い少女が言った。「もうちょっと、気張ってくれよ」
「うぬには分かるまい――この霧を出し続ける辛さは」
「分からんがしかし、それはともかくもっと出せよ」
「御免だな。そもそもこの手の形を維持するのも容易では無いのに」
「そうかね」
「疑うなら、やってみるが良い」
「フムン――お、なるほど、ちとキツいな」
「さもあろう」
「おや、出そうと思えばおれも霧を出せるぞ」
「まぁ出す気になれば出せなくも無いもの」
「よし分かった。お前はもう良い。今後はおれが代わってやるよ」
「重畳」
「ただし駄賃ははずめよ」

 こうして紅霧異変は解決した――しかし代わって、黒霧異変が発生したのである。
 漸く起った巫女が元兇と雌雄を決することになるのは、これからさらにしばしのちのことであった。
「紅霧はただ気味が悪いだけで済むが、黒霧はどだい縁起が悪くってかなわない」
 と、舌打ちしての出立だったとも言われるが、虚実のほどはさだかでない。
 どういうわけかこの黒霧異変のことは歴史から隠蔽されている。もっとも、べつだんそれを問題視する者はいなかったし、たぶんこれからもいないだろう。

 幻想郷は、今日もおおむねこともなし――
あっ、フランドールいないよ
STR
http://f27.aaacafe.ne.jp/~letcir/
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コメント



0.2280簡易評価
2.80名前もない削除
フム、こいつァ可笑しい。あたら外れている気がするのに巧い具合に収まつてゐる。
最初は何所ぞかの眩暈坂が文芸書肆に紛れ込んだかと思つたが如何やら違うらしい。
合わぬ者には合わぬだろうが、合う者には至極合うのではあるまいか?
斯く言う自分には殊の外可笑しく感じたので、ほとりと点を入れてみる事にする。
11.100名前が無い程度の能力削除
おあとが…よろしくないですよ!あなたの作風大好きです。もっとやってくださいー
17.80七死削除
粋だねぇ。
皆が皆どっち向いて喋ってるのかちっとも解らない所が素敵だよ。
18.80てーる削除
はてさて謎は深まるばかり。
作者の意図は押して知るべきか。
26.70与作削除
え~と……なに? 不思議文章ブーム?
キャラの名前を全部入れ替えれば、およそ誰も東方SSだとは思わないだろう代物なのに、どこか微妙に掠めてもいるような……
てゆーか、さり気に殺伐とした空気が漂っているような……
思い切り好き嫌いの分かれそうな作品でしたが、個人的好みにはかなりマッチしました。
31.60名前が無い程度の能力削除
かつてないドス黒さだが、なぜかソフトな口当たり。
33.80床間たろひ削除
こーゆーのも良いなぁ。世界の見方は多方面。1しか出ないサイコロなんて
イカサマにすら使えない。偶には9が出るのも素敵でしょう。
これからも色んな世界を見せて下さいな。
38.60名前が無い程度の能力削除
つまり美鈴は、中国が阿片戦争でやられたことをやり返してるわけか。
ほら、紅魔館ってなんとなくブリテンな雰囲気だし。お城とか。紅茶とか。
しかし、黒いというかなんというか……
44.90ぱじゃま紳士削除
いやー、いいですねぇ。
センスの良さが伝わってきます。