Coolier - 新生・東方創想話

一時の再会 一時の別れ

2005/10/23 11:10:41
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「おじい様、いつまで寝てるんですか!」

今日のおじい様はいつになく起きるのが遅い。
どんな日でも、わたしより早く起きて稽古をしている姿を十数年見てきた身としては、今日は何か特別なことが起こるような気がしている。

そんな中、時間を告げる鐘の音が鳴り響く。

「わ・・・完璧に遅刻だ! いってきます!」

そう言いながら、妖夢は家から駆け出した。











しばらく走った後、ともするとすぐによそ事に頭が飛んでしまう自分を戒める。
いや、戒めるというよりは、それはもう悲鳴に近い、心の叫びだった。
だが、急いでいるはずの妖夢はまたもよそ事に気をとられて、足を止めた。

視線を感じる。

剣術の達人が感じるような殺気のようなものではなく、もっとはっきりと見られている感覚。
きょろきょろと頭をめぐらせると、中央通のわきに出来た公園・・・その桜の木の下に腰掛ける女性の姿があった。

綺麗な人だった。
澄んだ・・・いや、淡い桜のような人だな、と思った。
そうでなければ、そこに住む妖精のような・・・

妖精のような人、というと妖夢は母を思い出すのだけれど、同じ妖精でも彼女は母とは違う妖精だと感じた。
たとえば・・・母が多種多様な木々と並ぶ樹木の妖精だとするなら、彼女は誰もいない地にひっそりと孤高に立つ樹木に宿る妖精だった。
全てを拒絶する空気を纏いながら、それでいて、瞳は全てを見透かそうとするよう。
思わず吸い寄せられるように目を留めていた。
ふと、桜の下に腰掛けている彼女に、知っている女性の姿が重なる。
その女は妖夢の嫌いな人で・・・いい印象は全く無い人だった。
幼い彼女を残して消えた、彼女の母親。
もちろん、妖夢は彼女に嫌悪を感じたわけではなくて、むしろその逆。
なのに、彼女はその女に似ていると思ったのだ。
ああ、と。似ていると思った理由に思い至って、妖夢は納得した。
彼女がかすかに微笑む。彼女もやはり妖夢を見ていたようだった。

「あ、えっと・・・・・・こんにちわ」

妖夢は無遠慮に見つめていた気まずさもあって、もごもごと口の中で小さな挨拶をつぶやき、小さく頭を下げた。
彼女はまだ妖夢を見ている。
挨拶の声は届いていないらしい。
どうしていいか分からずに、照れ笑いをする。

「えっと・・・・・・」

気まずい思いを振り切るように、妖夢は彼女の元へと駆け出した。

とにかくきちんと挨拶をしようと思った。

勢いよく公園に走りこんだ妖夢は、桜の下に座る女の人の目の前で急ブレーキをかける。

「はじめまして!」

勢いのままに深々と頭を下げた。
クス、と小さな笑い声が聞こえた。

「はじめまして、小さな剣士さん」
「あ、えっと。わたしのこと、知ってましたか?」
「ええ」

彼女はそう返事をしてから、一拍をおいた。妖夢の魂まで見透かすような鋭さと、まぶしいものを見るような柔らかさが同居する不思議な視線だった。

「この村で、あなたのことを知らない人はいないわ」
「そう・・・・・・なんですよね」

誰もがそう言う。この村の住人で妖夢のことを知らない人はいない、と。
十代半ばにしてその剣の腕は、周りの誰よりも勝っている。
ただ一人、妖夢の師・妖忌を除いて。
でも、妖夢はそう言われるたびに思うのだ。

「でも、それって不公平ですよね・・・
 みんなはわたしを知っているのに、わたしは全員の事を知ってるわけじゃないんですから。
 っていうか、むしろ知らない人の方が多いって言うか・・・」
「そうね」

女性はそう、つぶやくように言う。

「全部の人の顔をおぼえるなんて無理ね。まして、人は忘れていく生き物だものね」
その視線に探るような色が浮かんでいる事にも気が付かず、妖夢は「そうですよね~」とお気楽な事を言う。
そして

「隣、座っちゃってもいいですか?」

と訊いた。
返事の無いのを肯定ととった妖夢は、女性の脇に腰を下ろして、革の鞄と刀を横に置いた。

そよぐ風が、気持ちいい。
女の人の首筋に目を向けると、白くて綺麗なうなじが見えた。
その上にかかるのは、足の短く切りそろえられた髪の毛。
珍しい、桜と同じような桃の色だ。

短い沈黙。ややあって、妖夢は噛みしめるようにゆっくりと話し出した。

「無理かもしれないけど、でも、わたしは思うんです。
 きっといつかみんなの顔を覚えたいって。忘れても、また覚えなおして、思い出して。
 いつか、みんなひとりひとりの顔を覚えて、それでいつかみんなの顔が笑顔になればいいって」

それは、お母さんの目指した道。

「・・・って、偉そうですよね」
「そうでもないわ、素敵なことじゃない」
「てへへ」

照れ笑いを浮かべた妖夢は自分の手でグーを作り、コツン、と自分の頭を軽く叩いた。
妖夢は自分よりも背の高い女の人の顔を見上げる。
しっかりと妖夢を見つめる彼女の視線に瞳を向けて、言う。

「あ、でもですね。今日、お姉さんの事知りましたよ!
 桜と同じ髪の色した、綺麗なお姉さんです」

にっこりと微笑んだ。
そのとき、もう一度お寺の鐘が鳴る。
道場へ向かう途中であることを思い出した妖夢は「あっ!」と小さな悲鳴を上げるとあわてて腰を浮かした。

「えっと!ごめんなさい。わたし急いでるんでした!」

ぺこり、と頭を下げて彼女に背を向ける。
が、何を思ったのか、妖夢はすぐに立ち止まって、彼女に問いかけた。

「あの。お名前を聞かせてもらえますか?」
「幽々子。妖忌さんの知り合いといったところかしら」
「おじい様のお知り合いですか?」

意外なところで飛び出した以外な名前に驚く妖夢。
どんな関係なのだろうと、いらないことが気になってしまう。

「どうかした?」
「あ、いえ。幽々子さんですね!覚えちゃいました!
 おじい様のお知り合いならまたお会いできますね!」
「そうね・・・・・・」
「じゃあこれで!」

短い返事に満足して駆け出そうとする妖夢。
その背に、幽々子が問いかけた。

「最後にひとつ聞かせてくれない?どうしてわたしに声をかけたの?」

思わぬ質問だったが、妖夢は戸惑うことなく答えた。

「幽々子さんの着ている服が、知っている人が着てたのと似てたんです」

簡潔な答えに、幽々子は問いかける事は無かった。









遊んでみました
修くりーむ
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コメント



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4.70無為削除
X順後の世界ってところでしょうか。
人間に転生した妖夢、幽々子、ついでに妖忌。
幽々子が妖夢を見つめていたのは、妖夢が幽々子の服を見て「知っている人のものに似ている」と言ったのは、
亡霊であった頃の、半人半霊であった頃の魂の記憶ゆえに。

綺礼なお話でした。