Coolier - 新生・東方創想話

Be Stupid Dolls War ? 第五話

2005/10/23 09:25:24
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西蔵人形は、いつも何かに怯えていた。

脳天気なあの子が励ましても。
ひねくれたあの子がハッパをかけても。
真摯なあの子が慰めても。
愛する主人が優しく抱き締めても。

いつも何かに怯えていた。

見えない何かから必死で逃げる様に。
締め付ける真綿を必死で引き千切る様に。
纏わり付くしがらみを必死で振り払う様に。

だからだろうか。

母なる大地へと堕ちて行く時に垣間見えたその顔はどこか、
解放された喜びに笑っている様にも見えた。


「ォルレアーン(西蔵さん……貴方の意思は確りと受け継ぎましたっス……!)」

「パリジェーン(……流石は西蔵様、完璧な計算に基づいた素晴らしい自爆ですわね……)」

「ハラッショ(チッ……ったく、もう……ホントに、あいつは……最後の最後まで……ああ、もうッ!)」

「ちゅりーぷー(……ちべっと……おねぇちゃん……)」

「ブブヅケー(……ッ)」


仲間の散り様を目の当たりにするも、いわくつきドールズの動きは一糸も乱れない。
まるでそれがごくありふれた平穏な日々の茶飯事と思っているかの様に。
しかしそれは愛の為に散ったからとか、主人への義を尽くして誇り高く死んだからとか
そんな取って付けた様な、そもそも美徳でもなんでも無いモノに縛られているからではない。
死んでしまえば全てが同じ、誇り高き獅子の死も無様なクズ犬の死も変わらないのだ。

そして、自分達も、彼女も、愛する主人も、眼前の怨敵も。

幾星霜の彼方、この星の息吹が途絶える頃には、何一つとして残っていない。

しかし、いや、だからこそ。

だからこそ彼女達は闘う。

現の世は夢幻の旅路。
そして、旅の恥は掻き捨て。
ならば生きよう。恥を晒そう。

生まれて、泣いて、笑って、怒って。

出会って、別れて、愛して、憎んで。

そして、死のう。

京人形に抱かれた和蘭人形の頬に一滴の涙。
和蘭人形を抱く京人形の唇から一滴の紅。

闇の帳に、溶け合い絡まる雫がきらり。
ひび割れ骸と化した彼女に、ぽとりと桜の死化粧。


愚かで無様なドールズウォーは、いよいよもって止まらない。


ちなみに念の為確認しておくと、そもそもこの事態の発端は
「年端も行かぬ少女を襲って媚薬をぶっ掛けてマスターにプレゼントしよう」という
蓬莱人形のあまりにも無体で下品で大きなお世話なトンチキアイデアである。
と言うかそれは果たして愛故の闘いと表現してもいいものだろうか。
むしろ愛の為に闘う勇者とかに退治される側ではないのか。
話がそれた。


「ビッグベーン(ハ、ハ、ハ、ハハ、ハ、ハァハハァハハハァハハハハァァァァァァ! 充ゥゥゥゥ電完了ォォォォォォ!
貴様ぁ! そう! そこのキサマだ! ひ、ひどいっ! 戦場で私を一人にしないでって言ったのに!
私は君を守って消える為に存在しているって言ってくれたのにぃ! 信じてたのにィィ!
だけど私達は最初からこうなる運命だったのよ!! 運命って意味、分かるでしょぉ!?
な、な、な、な、何はともあれ西ィ蔵ォ人形のカァタキィィィィィィイイイイイィィィィイイイイイイ!!)」

「くっ……こ、この……小賢しい真似を!」


西蔵人形の悲劇的な散り様の余韻冷め遣らぬ中、
強烈な光に、未だ視力が回復し切らぬ萃香をからかっているかの様に
乳白色の光に包まれた倫敦人形が空を翔る。
上下左右に東西南北、天地無用に四方八方。
鬱蒼と生い茂る、まさに文字通りの樹海と漆黒の夜空を縦横無尽に行ったり来たり、
その様は宛ら落日に際して金色に染まる大海原を遊泳する鯱。
慣性などという瑣末にして矮小な概念は塵芥の如く有象無象に堕し、
荒れ狂う風の渦を切り裂き音の壁を突き破って、まるで万華鏡を通して見えるひび割れた世界の如く
滅茶苦茶で無茶苦茶な軌跡を闇夜のキャンパスに描く倫敦人形は、この瞬間まさに光となった。


「ビッグベーン(背部縫合一時解放、ラジエータを切り離す! 内燃魔力制御回路(リミッタ)も破棄だ!)」

(義体内温度上昇、内燃魔力量上限オーバー。過剰魔力排出装置の使用を推奨します)

「ビッグベーン(擬似思考補助並列回路(サポートシステム)如きが口答えするなッ! 破棄だ!)」

(あんだテメェ! そんな怒鳴る事ねーだろーがッ! 分かったよ! 外しゃいーんだろ、外しゃーよォ!)

「ビッグベーン(オゥルアァ! ほわたぁ! 何やっちゅーねんその昼行灯大炎上的一撃必殺クライシスは!
七文字言葉の成り立ち知らずなポッペン倶楽部のフカヒレ野郎が生意気素っ破抜くんじゃねぇ!
大体からして理屈は要らず! 何は無くとも与謝蕪村! 最終的には根津権現! 皆纏めて大殺界!
寄越せ! 早く寄越せ! そのフォレストガンプの千倍以上のスピードを叩き出すアルミベアリングモーターを!
今すぐさっさとスルメ消し去り五歩目で死んだ森林捌いて展覧会に連れて行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)」


本体が精神不安定なら補助システムまで不安定だ。
ペットは飼い主に似るとはよく言ったものである。
何はともあれ、次の瞬間、バゴン、という鈍い音が響いた。
数秒の間を置き、先程墜落した西蔵人形のすぐ側に何かが墜落する。
事もあろうに、何とそれは倫敦人形の首から下全てのパーツだった。


「ビッグベーン(誰が胴体ごと外せと言ったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!)」


首だけで空を飛び回るという、あまりにも古典的かつ衝撃的かつ
どことなくラストシューティング的な状況に放り込まれる倫敦人形。
流石に自分の補助システムがそこまで馬鹿とは思っていなかったのか、
恐らく彼女の人生で最初にして最後になるであろう渾身ののツッコミを繰り出すが、
当の補助システムは既に切り離された体の方に組み込まれていたので
その狂おしい程の想いが届く事は無かった。


「ビックベーン(ああっ! でも! やっべ! これやっべェ! 軽ッ! かっる! 超かっるぅぅぅぅぅぅぅ!
ちょッ! 待ッ! ハア! ァハハ! そ、そうかッ! 恐らく悪阻落瞬き芝焚きこれが噂のトルクタービン!
要はカッコよけりゃリバティエンペラーでも良いって事じゃないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?)」

「ふん、続けて同じ手は食わないよ!! 今度は真ッ正面からすり潰す!!」


少々予想外の事態はあったものの、当初の目的である軽量化には成功したので
すぐさま気を取り直し、倫敦人形が萃香目掛けて神風特攻を仕掛ける。
そして猛スピードで乱飛行しながら突っ込んでくる倫敦人形に正対して腰を落とし、
左手を前に構えて右手を大きく引き絞りながら叫ぶ萃香。
それは単純にして純粋な、それゆえに至高の拳。
ギリギリまで凝縮された破壊のエネルギーが、爆発の時を今か今かと待ちながら萃香の右腕に収束していく。


「……ヂャッ!!」


一瞬の「ため」の後、ごおっ、と、猛獣の唸り声の様な風切音と強烈な衝撃波を伴う右拳が放たれた。
命中是即ち死亡間違い無しの圧倒的で絶対的な質量が荒れ狂い、
倫敦人形のいたいけで可憐な義体を情け容赦なく爆砕せんとして襲い掛かる。
威力だけではない。「必殺」という言葉を冠するに相応しい、
拳速、タイミング、発射角度ともに申し分無しの完璧な一撃。

その分、その拳を避けられた時の萃香の驚きは大きかった。


「なッ……!? よ、避けッ……!?」

「ビックベーン(ヒィィィィアハァハハハハハハハァァ!! ブワァァァァァァァァカめぇぇぇぇ!!
一体何時何処の誰がどのタイミングでこのまま突撃するって言ったのよぉぉぉぉお!!
って言うかあんたの母さん少し狂ってるわねぇ! あんたも気をつけなさい!
何されっか分かんないからねぇ! しかもさっき番外編は無いって言ったのにねぇ!
大体いつまで言ったらその裸エプロン症候群は治るんだっつーのぉぉぉぉぉぉ!!)」

「くっ……騙したわね、この蚊トンボがぁ!!」

「ビックベーン(まあ! お嬢さまったら! だから先刻より一意専心誠心誠意謝ってるではありませぬか!
それに理由は知らないけど今すぐあのアケビコノハを捕まえてこないとぶっ殺すって脅されてるのよぉ!
第一今時スーパーロックオンシステムすら装備していないローテクごときが何をナマイキほざくかぁ!
右手は在るでしょ!? 左手は在るでしょ!? ちゃんと動くでしょぉ!? ならば良し! 全て良しィ!
でもってついでに飛沫は紅く! 瞬刻に於ける欠落、痛みは皆無に違いないわよぉぉぉぉぉぉ!!)」


萃香にとっては予想外の事態である。
凄まじい拳速によって巻き起こった風圧を利用し、倫敦人形が萃香の拳を避けたのだ。
喧しい小バエの様にウワンウワンと飛び回る倫敦人形の首を目で追いながら、萃香が叫ぶ。
体躯が大きく重くなったその分、拳足の威力は劇的に跳ね上がったが
それは同時に制動距離の増加及び隙の増大と言う弊害も齎した。
そう、この一瞬萃香は俎板の上の鯉と化したのだ。


「こ、この……小ッ癪な……!!」


引っ掛かった、罠、ブラフ、計画的。萃香の背中に一筋の汗が流れる。
一筋とは言え水不足に悩む村の一つ位ならそこはかとなく救えそうな量ではあるものの、
成分中に塩化ナトリウム風化学物質的なものが多少含まれているので
もしかすると逆効果になるかも知れない上にそもそも今はそんな事関係ない。
何はともあれ、萃香はこの時鬼の性とも言える真剣勝負大好き症候群をちょっぴり呪った。


「ォルレアーン(騙して申し訳ないっスお嬢さんッ! でもこれも勝負っスから勘弁して下さいっス!)」


この機を待っていたとばかりに、オルレアン人形が萃香の眼前に颯爽と現れた。
その狙いが隙だらけのガラ空き、されたい放題打たれ放題の顔面である事は明白。
すぐさま火を噴いて撃退しようとする萃香だが、あいにくあの技は酒を呑まねば使えない。
自分が瞬き一つで敵を粉砕できるような大魔王だったら良かったのに、と歯噛みするも
それで今この瞬間の現実が変わる訳も無かった。


「ォルレアーン(さあ、倫敦さんッッ! 準備オッケーっスか!? 行ッきますよォォォォォォ!!)」

「ビックベーン(ハハ! ウワハ! ウゥゥゥゥワッハッハッハッハッハッハッハッハァァァァァァ!!
ま、ま、まずいっ! ヘルメットを着け、ムキムキになり、変な文字が現れてしまった!
このペースでは単独行動が好きなのに狩りの時間だからこれで兵士の気分を盛り上げるんだよォ!!
第一エルサレムの空は横が見えないからイヤだって宇宙世紀から言ってるだろォォォォォォォォォォォォ!!)」

「ヤバっ……」


熱い雄叫びと共に、オルレアン人形の右手から目に痛い程の極彩色の闘気が巻き起こる。
そして遙か背後から響く、断末魔の様に不気味な倫敦人形の咆哮。
それらが終末を告げる崩壊の天使の吹くラッパの如くに響き渡り、
鼓膜を劈かんばかりの威力と、僅かながらも確かな恐怖を伴って萃香に襲い掛かった。


「ォルレアーン(うおおおおおおおおおおおお! 奥義! オルレアンドスマァァァァァッッシュ!!)」

「ビックベーン(喰らえ必殺! 想い出捏造! 木洩れ日絶交! 戦いで激昂! 呪で穿孔!
瞬かずに視ました! 瘡蓋を剥がしました! 松の子を踏み潰しました! 行灯に焔を入れました!
故濃い彼の地で待ってます! 待てどもされども視得ない行灯時雨心地で待ってます!
枝垂桜に絡まる髪に出口が視得ない咲初小藤ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!)」

「うわらば!!」


咆哮一閃、オルレアン人形の熱く燃える右腕が萃香の顎(ジョー)を打ち抜く。
間髪入れず、倫敦人形の神風特攻が後頭部に炸裂。
急所への正確な連続攻撃に、萃香の山の様な巨体がぐらりと揺れた。


「くっ……こ、この程度……ッ……この程度の攻撃で倒れるものかッッ! ぬああああああ!」

「ォルレアーン(!? ぐ…………あ…………ッ!!)」


大地を強く踏みしめて、傾く体を支える萃香。
魔力を使い果たし義体を破損させ、ただの無機物の塊と化しかけているオルレアン人形に
天蓋すら砕けるのではないかと思える程に強靭な萃香のアッパーが襲い掛かった。
回避どころか防御姿勢を取る事すら出来ず、その小さくひ弱な義体で
圧倒的な暴力の奔流を真正面から受け止めるオルレアン人形。
そのまま月にも届かんばかりの勢いで打ち上げられたオルレアン人形の目に飛び込んできたのは
後頭部をべっこりと凹ませて血の様に魔力を噴出し、地面目掛けて落ちていく倫敦人形の無残な姿。

そしてカステラの様に千切り取られ、見る影もなくひしゃげた自分の下半身だった。


「ォルレアーン(は、はは…………や、やっぱり……強いっス……ねぇ……)」


やがて地面が見る見る迫り、腕を構えど上肢は欠損。
倒れて呟く彼女の耳に、ひゅんひゅん不吉な風切音。
月を遮る影を見遣れば、何と其処には己の半身。
別れた半身に想いを馳せて、真っ逆様のラプソディ。

そして、無理矢理に引き千切られ、針山の如くにささくれ立ったその断面が。

彼女の義体を、刺し貫いた。


「ブブヅケー(……ッ!)」


その無残な結末に半ば絶息し、胸に抱いた和蘭人形の目を塞ぐ京人形。
すぐさま骸から目を逸らして萃香に相対し、その目を真っ直ぐに見据える。

……立ち止まってはいけない。
……逡巡してはいけない。
……感傷に浸ってはならない。

御身互いに命を捨てて、戦場の華と咲く運命。
倒れた友への拘泥は無用、唯々進めよ死出の道。
散り様しかとその胸に、ぼやける視界を拭い去れ。

今はもう、闘うしかない。
それが散って行った仲間達への、せめてもの手向けだから。


「中々いい攻撃だったけど……残念だね、やっぱりあんた達じゃ力不足だよ!」

「ブブヅケー(……そりゃあそやろなぁ、そもそもこれで倒せるとは思とりませんもん。
蓬莱はんや上海ちゃんならともかく、うちらじゃちょいと力不足どすから~)」

「何!? 私の腋が乳臭いって!? 失礼な! これでも三日に一度はフロにはいってんだ!」


そしていわくつきドールズの感情などお構い無しの萃香が、無慈悲とも思える言葉を投げ付ける。
それに気丈に応える京人形の目尻に、小さく煌く雫が一粒。
だが、激しく燃え上がる彼女の心が瞬刻にしてその雫を乾かす。
そうして迸る激情のまま、遙か眼下に横たわる仲間達に届くよう、声高に叫んだ。


「ブブヅケー(でも、ちっちゃぃからってあんまりナメとりますと痛い目見ますえ!
さぁ、露西亜はんと仏蘭西はん! 派手にやっちゃっておくれやす!)」

「何を……うッ!?」

「パリジェーン(何ですか、この吐くほど甘いミルクの香りは……?
貴方、ちゃんと毎日お風呂に入ってるのですか? 乳臭いにも程がございますよ?)」

「ハラッショ(うッわァ……何よこれ、この完全無欠の綺麗な桜色……。
ホントは真っ黒なのに食紅でも塗って誤魔化してんじゃないのッ!?)」

「!? なッ……い、何時の間に私の服の中にッ!」


京人形の叫びに呼応して、何処からともなく響く奇天烈な鳴き声二つ。
それと同時に、胸の辺りに何やらもぞもぞとした違和感を感じる萃香。
先程の倫敦人形とオルレアン人形の攻撃によって生まれた一瞬の隙に、
露西亜人形と仏蘭西人形が萃香の服の内部への侵入に成功していたのだ。


「私の攻撃が届かない内部から攻撃する心算ね!
ふん、いくらそこが弱い部分だって言ってもやるのがあんた達じゃ
大して痛くも痒くもくすぐったくも……ひゃわッッ!?」


腕や足と違って、直接外界に晒される事が少ない胸や腹は刺激に弱い。
それを狙って、先程使っていた剣や槍で柔肌を直接攻撃する心算だろう。
そして萃香が、そうは問屋の大根おろしがちょっと腐ってあら大変サンマの塩焼きが地獄絵図とばかりに
素早く服の中に手を突っ込んで侵入者をつまみ出そうとした、まさにその時である。

ちくり、と。

萃香の胸に原因不明で正体不明の感覚を醸し出す電流が走った。


「は、はっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!?」

「パリジェーン(どうですかお嬢さん! マスター直伝のロンリー慰めテクニックは!
これで私達は毎晩毎晩マスターの目も眩むような淫靡さと独り者の寂しさを
まるで大瀑布の様に轟々と垂れ流すひとり遊びのお手伝いをしているのです!
貴方の様にさしたる経験も無さそうな幼女ではこの技には抗えません!
肉体の強さも精神の強さも悉く無視する本能へのめくるめく甘美な刺激をお届け致しますわ!
えい! えい! このやろこのやろ!)

「ハラッショ(ホント……綺麗な桜色させちゃって……ッ! …………このッ!)」

「ちょっ……あ、あんた達どこに潜って……きゃふ! や、待、やめ、はふ、
そ、そこは弱いんだからやめてって、やだ、あ、な、何これ新感覚ぅぅぅぅぅぅ!!」


それこそ痛いとも痒いともくすぐったいとも表現出来ない謎の感覚が萃香を襲った。
確かにいわくつきドールズはその名の通り、非力で可憐で脆弱な只の人形であるからして
個々の攻撃力も防御力も機動力も魔力も知恵も、萃香の足元の小指の爪の垢にすら及ばない。
的の小ささを活かして萃香を撹乱する事は出来たが、それだって萃香が初めから巨大化などせずに
各個撃破の作戦を執っていればどうなったか分からないのだ。

しかしこの様な行為を行う場合、余計な力は逆効果となる場合も多々ある。
むしろその力の弱さが功を奏して、普通なら肌を裂き肉を割り骨を絶つ筈の
鋭い剣や槍による攻撃も、敏感な部分を爪の先で焦らす様に弄られる様な
絶妙な匙加減の刺激となっていた。


「パリジェーン(……ああ、そうそう……宜しいですか、露西亜様)」

「ハラッショ(ッッ!! アンタッ……まさかこの期に及んでまたウダウダと無駄口を……ッ)」


あまりにも空気を読まない仏蘭西人形に、人生最大級の苛立ちを向ける露西亜人形。
しかし仏蘭西人形の顔に浮かんでいたのは、いつもの優雅で華麗な美貌ではなく
ひたひたと忍び寄る死の足音に囚われた様な、縋る様に弱々しい目と切なげな貌(かお)。
露西亜人形の脳裏に、既に散った西蔵や倫敦、オルレアンも同じ様な顔をしていたのだろうかという
考えが過ぎり、一瞬にして言葉を失わせた。

そして、仏蘭西人形が続け様に発した言の葉に。

露西亜人形は、己の目と耳と頭と心と眼前の現実を纏めて疑った。


「パリジェーン(今まで色々と諍いもありましたけど……
おおむね貴方は私の好意に値するお方でしたわ)」

「ハラッショ(……………………………………は?)」


……今、何か凄く衝撃的な単語が聞こえた気がする。

いや、露西亜人形の擬似聴覚は仏蘭西人形の言葉を確りと捉えてはいたものの、
思考回路は自分でも気付かない内に無意識の防衛機制を発揮させ、
結果的に「聞こえていない」という状況を無理矢理に作り出していたのだ。

そしてそんな露西亜人形の抵抗も空しく、仏蘭西人形が再び衝撃の告白をしようと口を開く。


「パリジェーン(……そうですね、どうせ最後ですから……この際真っ直ぐに言いましょうか。
露西亜様……私は、貴方という人形(ヒト)を…………………………………………。










…………殺したい程、愛していました)」

「ハラッショ(ッッ!! あぁもう、何かと思えば結局そんな取るに足らない瑣末事ッッ!!
よりにもよってこの状況、しかも最後の最後に残す言葉がそれだなんてアンタの神経疑うわ!!
あんたが私を好きだからって今現在の大勢にはこれっぽっちも影響が…………って、あ、あ、愛ィ!?)」


仏蘭西人形の艶かしく形のいい唇から、今のこの状況に
相応しいんだか相応しくないんだかさっぱり分からない言葉が飛び出した。
そしてみだりに唐突で無闇に意味不明なその発言に、
たまたまその時萃香の足元を這っていた尺取虫が
あまりの衝撃に何の脈絡も無く爆発して無残にも塵と化す。
そして無関係の虫でさえそれなのだから、
当事者である露西亜人形の受けたショックは想像を絶するものだった。


「パリジェーン(ええ、貴方のその的外れな暴言もまったくTPOを考えない暴言も
これでもかと言うほどに生産性の無い暴言も、みんな、みんな……ずっと好きでしたわ)」

「ハラッショ(ば、馬鹿、ちょ、アンタ、何、な、何で今、ああ、うう、ちょ、や、ああ、ああ、もうッッ!
な、な、何がどうしてどういう訳で今頃になってそんな事言い出すのよッッ!! ば、馬鹿ぁ!!)」

「パリジェーン(あら、何をそんなに慌てて……貴方もしかして、マスターと同じあの属性を……)」

「ハラッショ(う、う、う、うるさい! うるさい! うるさい馬鹿!
だ、黙ってろこの馬鹿ぁ! ち、ちったぁ空気読みなさいよ!
誰がツンデレだこの馬鹿! ツンデレって言えばいいって思ってるんじゃ無いわよ!
だ、第一誰があんたみたいな上品気取りで高慢ちきで口先ばっかのトンチキ野郎!
あ、あんたの口から好きだなんて浮付いた言葉が出てくるだけで虫唾が走るわ!)」

「パリジェーン(ふふ、照れなくても宜しいのですよ? 生きて帰れたら……抱いて差し上げますから(はぁと)」

「ハラッショ(ヤメロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!)」


まったく予想外の角度からの不意討ちを喰らい、必要以上に慌てる露西亜人形。
しかしそれも無理は無い。
主の仇を討つ為に鬼の胸を弄くってたら女友達にプロポーズされた。
こんなカタストロフでハルマゲドンで逆上堪能ケロイドミルクな事態に際して
いつもと変わらず冷静でいろと言うのは土台無理な話である。
萃香を責め立てる手にも自然と力が篭り、それに伴って露西亜人形の体から
オーバーヒートを証明する煙がぶすぶすと立ち昇る。
その様子を愛おしそうに、そしてちょっぴり哀しそうに見つめながら
仏蘭西人形が、これが最後になるであろう甘い言葉を紡ぎだした。


「パリジェーン(最初で最後の……二人の共同作業ですわね(はぁと)」

「ハラッショ(あああああ! も、もう恋なんかしないって決めてたのにぃぃぃぃぃぃ!!)」

「は、はにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! い、痛い! 痒い! もちょこい! さもしい!
のっそい! 切ない! だ、だけどちょっぴり気持ちいいってまたもや新感覚ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


刹那、二体の叫びをかき消す様に原理不明の激しい空気の渦が巻き起こった。
激しく渦巻き舞い上がる風はまるで指で目標をつまんでねじって引っ張るかのような
実に微妙で繊細なテクニックを必要とする高等技術とほぼ同一の刺激を醸し出し、
少々特別な嗜好を持つ人々には破壊的な威力を発揮する萃香の貧相な胸板を中心にして
至極強烈でどことなく艶やかでそこはかとなく淫靡な電撃となり全身をくまなく駆け巡る。
そのあまりの威力に、暴風が収まった頃には萃香はぐったりと横たわりはぁはぁと肩で荒い息をしていた。


「は、はふぅ…………んっ……はぁ……はぁ……」

「パリジェーン(うふふ……お、お嬢さん……お味は……い、いかが……で……)」

「ハラッショ(……ああ、もう……やってられないわよ……こんな……の……)」


色々とデリケートな部分を攻撃された萃香のダメージも甚大ではあったが、
激しい真空の渦に巻き込まれた二体の被害はそれ以上に深刻だった。
鋭い風の刃に全身をなますに切り刻まれ、抉られ、そして振り回され。
仏蘭西人形は倒れた萃香の胸からずるりと滑り落ち、そのまま地面に激突。
義体中の傷から、血の様にじわりと滲み出す魔力が地面に染みて行く。
同じ様にずり落ちかけた露西亜人形は辛うじて右足が萃香の服に引っ掛かったものの、
数秒も経たぬ内に足がもげ、落下の衝撃で四肢が飛び散った。


「ブブヅケー(……まだ終わりまへんで? さーて和蘭ちゃん、そろそろ出番どすえ~」

「ちゅりーぷー(え? わたしもおねぇちゃんたちのおてつだいしていいの?)」

「ブブヅケー(あー、ごめんなぁ、さっきは駄目言うたけどやっぱり和蘭ちゃんが居らんと
上手く行かないみたいでにゃー、ちょっとでええんでお手伝いしてくれまへん?)」

「ちゅりーぷー(うん! わたし、おやでもみわけのつかねぇつらにしゅうせいするくらいのいきおいでがんばるからね!)」

「ブブヅケー(やー、ホンマありがとなぁ、和蘭ちゃん。ホンマええ子やわ、おーよしよし)」

「ちゅりーぷー(えへへ)」

「ブブヅケー(んじゃ、とりあえずここ潜ってってやー)」

「ちゅりーぷー(はぁい)」

「はふ……や……あ、ちょ……ど、どこに潜って……って、ま、まさか……ひゃんっ!」


何と、事もあろうに腰砕けになった萃香のスカートの中へと和蘭人形を潜り込ませる京人形。
和蘭人形が暫くもぞもぞ進んでいくと、やがて何やら障害物にぶち当たった。
暗闇の中で、手探りにぺたぺたとそれを弄りながら、無邪気な問いを投げ掛ける。


「ちゅりーぷー(……あれ? ねぇ、きょうおねぇちゃん……なにこれ?)」

「ブブヅケー(そりゃあれやね、ママのお乳)」

「ちゅりーぷー(え? ほ、ほんと!?)」


嘘だ。
一体何処の世界に足の間から乳の生えた生物が居ると言うのか。
有り得るとか有り得ないとかそういう事を論ずる以前にまず許されない。
確かに広い宇宙の何処かにはそういうデザインの何かが居るかも知れないが許されない。
何が何でも許されない、即刻削除のデリート許可だ。


「ちゅりーぷー(わーい! いっただきまーす!)」

「あっ、やっ……ちょ、待っ……だ、駄目、それはホントに駄目…………ッッッッ!!!!」


それはともかく、和蘭人形の小さくて可愛らしい歯が、かぷりと何かに食い込んだ。
その刹那、萃香が声にならない叫びを上げ、全身を突き抜けるめくるめく感覚に
未だ熟さぬ幼い肢体を捩じらせ(この後何が起こったかは倫理上の問題から省く。
補足として、後にこの歴史を垣間見たとある半獣が「うぎぎ」と評していた事を付け加える)


「ブブヅケー(さぁて、和蘭ちゃんもあそこに居れば安心どすし……
そろそろ最後の仕上げといきまひょか)

「きゃっ!? ちょ、ど、何処触って……!」

「ブブヅケー(やー、うちらじゃどうやってもあんた様にゃ敵いまへんよって
こういうトコ狙うしかあらへんのですわ、堪忍しておくれやす)」


京人形が相変わらず何を言っているのかは全く理解出来なかったが、
ひんやりとしたその小さな手で細やかにくすぐられる感覚で
一体自分の体の何処が狙われているのかはすぐに分かった。
流石の萃香も掘りキャラ二代目である自分がこんな目に遭うとは予想だにしていなかったのか、
もはや先程までの余裕は夢の彼方へと消し飛び、初めての体験に怯える少女の如く声を震わせていた。


「ブブヅケー(そうどすなぁ、楔弾は流石に洒落にならへんから
今日のところはふつーのレーザーで勘弁しといてあげますかにゃー。
ま、ちょっと熱持ってはりますけどそんな大した問題にはなりまへんのでー(はぁと)」

「あ、熱っ……!? な、何これっ……ひあっ!」

「ブブヅケー(ああ、ひっさしぶりやなぁ、この腕のビキビキ言う感覚……。
……って、ありゃ? お嬢はん、もしかしてビビッてるとちゃいます? ああん?」

「あ、ああ……ちょ、や、やだ……や、やめて……そっちは……ま、まだ……!!」


この時、萃香は初めて気が付いた。
今まで人形達が自分に対して仕掛けて来た攻撃という攻撃は全て
どの様な形かの違いはあれど「自爆」と言うカテゴリに分類できる事に。
つまり彼女達は己の命を削るどころか全て投げ打って自分に向かってきたのだ、と。
そして言葉は通じないが、それでも体を通して人形達の熱い想いが萃香に流れ込んできた。

……あくまでも自分達はアリス・マーガトロイドという魔法使いの所持する人形であり
他の何物でもなく、そしてそれ以上の存在でもそれ以下の存在でもない。

守ってくれた人がいる
愛してくれた人がいる。

何より守りたいものがある。
誰より愛しい人がいる。

故に、手段は一切問わない。愛する主を苦しめた、悲しめた者に制裁を。
その為には、騙し討ちも闇討ちも虚言も狂言も自己犠牲も厭わない。

ああ、そうか、なるほど勝てないわけだ、と、萃香が己を嘲笑する。
「真剣勝負」と一言に言うが、向こうにとっての真剣とはそれこそ殺す殺せるというレベルでの話。
ヨーイドンではい始めという、『勝負』と言うより『競技』の感覚で居た自分とは覚悟の質と量が違いすぎる。
って言うか相手の下着の中に潜って悪戯しまくるとかいう競技がこの世にあってたまるか。
いや、この際問題なのはそこではない。


「い、いや……や、やめ……ッ!!」

「ブブヅケー(焔に……還りやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)」


懇願虚しく、大蛇を払う魔光が奔った。

焔が体の中を駆け巡り、痛覚とも快感とも付かぬ不可思議な感覚に包まれる。

視界一杯に光が弾け、萃香の意識はそのまま真っ白な世界へと放り出された。



・ ・ ・



「ブブヅケー(……あーあー、やっぱり気合だけじゃ世の中どーにもならへんのやろか……)」

「ハラッショ(……こ……この……ここから見てても分かったわよッ……。
……あんた、最後の最後で……くっ……わ、態と外したでしょ……ッ?)」

「ォルレアーン(ふぇ、ま、マジっスかぁ……? もったいないっスよぉ、京さん……うう……)」

「チベターイ(そ、そうですよぉ……あ、あの状態だったら……確……実に、直撃した……筈……あぁ……)」

「ブブヅケー(うー、あー、そ、その……す、すんまへん皆さん……か、堪忍しとくんなはれ~)」


朧雲が月を隠す。
先程までの大騒ぎが夢だったかのように静まり返る、闇に沈んだ魔法の森。
焦げた草叢、倒壊し尽くした木々、そして無残に散らばるヒトガタ達。
その内の一体が、息も絶え絶えに責める仲間達に対して
申し訳無さそうな表情を浮かべ、お茶目な仕草で顔の前で両手を合わせようとするも、
既にその両腕は溶けた飴の様にひん曲がった、ただの醜い物体と化していた。


「ブブヅケー(や、なんちゅーか……そのぉ、後ろは初めてだったみたいやから……
……え、えーと……ちょっとこりゃ幾らなんでも酷いんやあらへんかなー思て……
直前で……ちょ、ちょーっぴり、軌道修正を……)」

「ハラッショ(何よッ……け、結局……くぅ……あんたが一番被害がちっちゃいんじゃないのッ……
ま、まさかあんた……自分だけ壊れたくないからって力を抑えたわけじゃないでしょうねッッ……!!)」

「ブブヅケー(はぇ!? ん、んな事ある訳あらへんやないの! ろ、露西亜はんのいけずー)」

「ビックベーン(                       ぁ……    )」


「パリジェーン(まあ……確かに……ここで自分から手を抜いた等という
世迷い事をぬかす様な方はいらっしゃらないでしょうけどね……)」

「ブブヅケー(ほ、ホンマやっちゅーに~)」


横たわる人形達の姿はまさに死屍累々。
京人形の両腕は溶けた蝋燭の様にぐにゃぐにゃと歪んで捻れ、義体中に地割れの様なヒビが走っている。
しかしそれでも露西亜人形の言う様に、まったく無傷の和蘭人形を除けば損傷は軽い方で
西蔵人形はそよ風でも吹いたらさらさらと吹き崩されてしまいそうに焼け焦げているし、
自らの巻き起こした風に巻き込まれた露西亜人形は四肢が完全に断裂してしまっている。
仏蘭西人形は辛うじて切断された部位は無いものの、全身をズタズタに切り刻まれ
挙句の果てには、美しく整っていた顔に無残な抉り傷が付いていた。
更にオルレアン人形は萃香のアッパーを喰らった上に自分の下半身で串刺しにされているし、
倫敦人形に至ってはもはや無事なのは首から上だけ、しかも後頭部がベッコリ陥没しているという有様だった。


「……」


そしてそんな人形達の無残な姿を、僅かに潤んだ瞳で見つめる萃香。
何やら妙に息遣いも荒いし不自然な程大量の汗を掻いているし、
何故か恋に恋する可憐な乙女の様に頬を桜色に染めてはいるものの、
マトモなダメージを受けた様子など微塵も無い。

そして打ち捨てられたゴミの様な人形達にふらふらと歩み寄り、
がちゃがちゃと音を立ててその小さい胸に人形達を抱き上げる。

……腕の中のガラクタ共を複雑な眼差しで見つめ、萃香は思う。

過程はどうあれ、自分は今こうして五体満足な状態で立っている。
そして人形達は最早腕一本動かす余力も無い、死屍累々たる敗者の風情。
ここで自分が「勝った! 第三部完ッ!」と声高に叫んでも誰も文句は言わないだろう。 

だか、しかし。

しかし、である。


「……あんた達の家、こっちだったよね」

「ォルレアーン(……へ?)」

「……連れて帰ってやるから、大人しくしてなさい。
応急処置くらいだったら今のあんたらでも出来るでしょ。
後はご主人様のお帰りでも待つ事ね」


人形達を抱えて踵を返し、未だ僅かに覚束無い足取りで歩き出す萃香。
そう、あいにく萃香は「まっ、それでも勝ちは勝ちだぜ」と割り切れる性格ではなかった。
そもそも相手が相手なら最初にあの自爆攻撃を喰らった時点で負けていたのだから。
勿論、真剣勝負に『もしも』が介在する余地がない事は重々承知している。
更に、『相手が相手なら』と言っても、この勝負はあくまでも自分とこの人形達のもの。
起こるべくして起こった戦いであり、相手が別の誰かだったらという事がありえる筈は無い。
だが、鬼としての血が、誇りが、そして矜持が、このまま勝ち名乗りを上げる事を許さなかった。


「ハラッショ(何をッッ……!? ぐッ……貴様ッ……私達に情をかける気かァッ!!)」

「パリジェーン(ええ……こんな無様な姿では……おめおめマスターに顔を合わせられません……。
助けて頂ける、と言うのならどうかご慈悲を……このまま私達を跡形も無く葬って下さりませんか?)

「ォルレアーン(そ、そうっス……背中の傷は剣士の恥っス……い、いっそここで一思いに……)」

「……馬鹿」


息も絶え絶えながら、きゃんきゃんと喚く人形達を真っ直ぐに見据え、小さく呟く萃香。
鳴き声は相変わらず理解不能で意味不明だが、
今ならこの人形達の考えている事がはっきりと分かる。
言葉なんか要らない。
友情ってヤツぁ付き合った時間とは姦計、いやさ関係ナッシング。
触れ合えば伝わる、どこまでも真っ直ぐな想いを熱く燃える拳に乗せて。
拳に生きる修羅達の至上のコミュニケーション手段、それがフィスト・トゥ・フィスト。


「死んで……どうなるのよ」

「「「「「「…………!!」」」」」」


萃香の言葉に、はっと息を呑むいわくつきドールズ。
剣の様に鋭く、氷の様に冷たく、それでいて母の様に柔らかな響きを孕んだ言葉。
放っておけば何れ内蔵魔力が尽き、ただの物言わぬ人形と化すだろう。
そのまま悪戯好きの妖怪にでもネコババされるかも知れない。
小動物か何かと間違えて獰猛な獣に噛み砕かれるかも知れない。
はたまた眼前の鬼娘に粉々に砕かれてトドメを刺されるかも知れない。

……そう、覚悟していた筈なのに。


「ちゅりーぷー(……よかったね、みんな……これでまた、ますたーにあえるよ……?)」

「「「「「「────────────!!!!!!」」」」」」


和蘭人形の、何処までも素直で純粋な想いが彼女達の心を解かしていく。
そこにはもう、先程までの怒りと憎しみ、そして復讐という名の悪夢に魅入られた
哀れで儚い運命のマリオネット達は何処にも居なかった。



……これじゃ、もう動けない。



……これじゃ、もう闘えない。



……これじゃ、もうカッコつけられない。



……死にたくない。



……マスターに、会いたい。



「ハラッショ(……っ! こ、この……な、何で……こんな、こんな茶番……こんな……!
な、何でこんな無様な姿をマスターに晒さなきゃ……うぅ……ば、馬鹿……馬鹿ぁ!
お、降ろしてよ! 馬鹿ぁ! うぅ……ぐすっ……や、やめろって言ってるでしょ……ッ!
う……ふ、ふぇ……や、やだ……もぉ……こんなの……うう……やだぁ……ぐす……)」

「パリジェーン(……ふ……うふ、うふふ……ああ、ああ……マスター……。
申し訳ありません、また……お手数をお掛けする事になりそうです……。
何という……ああ、何という……あぁ……マスター……マスター……。
また、お会い、できる、なんて…………ああ、すみま、せ、ん……」

「チベターイ(……気付きませんでした……世界が、こんなに美しいものだなんて……)」

「ォルレアーン(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
こ、これは! これは! これはァ───────────────!
これが夢にまで見た闘い終わった好敵手との熱く燃える友情パワァァァァァァ!
か、か、感動っス! 生まれて来て良かったっス! 生きてて良かったっス!
わ、我が生涯に一片の悔い無しっス───────────────!)」

「ブブヅケー(クク……ああ、あかんなぁ、全く……。
こんな粋な計らいされたら流石のウチも一寸堪えますわぁ……。
……ああ、もう、年喰うと涙もろくなってあかんなぁ、もう……)」

「ビッグベーン(ふっ……)」


天蓋を覆っていた朧雲が、風に吹かれて消えて行く。
樹海の水面から差し込んだ月の光が、彼女達を静かに照らす。
まるで彼女達に纏わり付いた悲惨な運命の影を晴らす様に。

愛する主人の暖かな胸の様な優しさを孕んだ光が、傷付いた彼女達を包み、そして癒す。
鬼の少女に抱かれて泣き叫ぶ姿は、どこか新たな生命の誕生の瞬間の様で。


「ビックベーン(嘘ばっかりのテレビにゃー騙されないって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁぁ!)」

「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ォルレアーン(うわぁぁぁぁぁぁ! ろ、倫敦さんが!
倫敦さんがいきなり鬼娘さんの角に噛み付いたっスー!)」

「パリジェーン(な、何をなさるのですか倫敦様!
不意打ちをするならもう少しやり方と言うものがあるでしょう!
どうせやるなら私達を巻き込む事など気にも留めずに自爆して
このお嬢さんの頭を消し飛ばす位の気概を持って頂きませんと!)」

「いい度胸だコンチクショー! いいわよ、そんなに死にたいってなら
お望み通りにみんな纏めて涅槃目掛けて叩き落してくれるわ!!
おんどりゃあ! とっととクタバれこの壊れ損ないのポンコツ共めが! 」

「ハラッショ(あ、ああ……もう……や、やだよぅ、あんな辛いの……。
寒い……寒いよ……ま、マスター……会いたいよ……マスター……)」

「チベターイ(あっ……あの、ろ、ろ、露西亜さん……その……えーと、あの……
さ、寒いなら……わ、私の服の残骸で宜しければ……つ、使って下さい……)」

「ビックベーン(五月蝿いわよ貴方達! 今スクランブルエッグ中なんだから静かにしてよ!
大体石っころの一つや二つ自分で拾ってくりゃいいのに態々司令官を使うんじゃねぇぇぇぇ!!)」

「チベターイ(あ、す、すみません……はぅ……)」

「ブブヅケー(んー、この大混乱(アーマゲドン)。まさに台無しと呼ぶに値しますにゃー……。
うふふ、でもやっぱりこうで無きゃあきまへんなぁ! 倫敦はん、頑張ってやー!
ウチらの果たせなかった敵討ち、見事成し遂げて見せておくんなはれー!)」

「────────────!?」

「………………!!」

「────」

「……!」

「?」


……何はともあれ、一つの戦いが終わった。



出来もしないカッコ付けに走り過ぎました(馬鹿)
下っぱ
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コメント



0.1790簡易評価
2.80おやつ削除
もう泣けば良いんだか笑えばいいんだかわかんねえよ……
しかしこれだけは言える。
アリスというキャラクターのスペカという脇役達が!
上海人形という光に霞む小さな星のようないわくつきドールズ達が!
正に主役になった物語なんだと!!
グッドジョブ!!
5.90与作削除
ああもうなんなんだコン畜生ッ!!
格好つけるならキッチリ格好つけきれっ!!
ギャグで行くなら徹頭徹尾それで統一してくれっ!!
今私の胸に渦巻くこの訳分かんない読後感をどうすりゃいいんだ!?
アンタは天才だっ! そして莫迦だっ!! かなりの割合で変態でもあるだろうっ!!
グッジョブだコン畜生!!!
7.90CCCC削除
ちょっ、ハラッショ、おまっ、ツンデレっ!!
と言うか萃香はエロエロですか!?エロエロですよっ!!分かってたけどねっ!!
とにかくGJ!!!
9.90銀の夢削除
何かあっち行ったりこっちいったりだなぁ、と思いつつ。

それでもね。
あーた、イベント前になんて作品見せてくれるんですか(つД`)涙が……

もう、萃香もドールズも、最ッ高だ!!
人形も、『死ぬ』んですね……なんて。
13.90名前が無い程度の能力削除
 アツイゼアツイゼアツクテシヌゼー
14.90名前が無い程度の能力削除
「桜色」のくだりを読んで、最初に胸とは違う別の部位を想像しました。

イッテキマース Σ==ヽ( ゚∀゚)ノ |涅槃|

ともあれ今回も面白熱かった。
上海蓬莱、そして捨て駒ギニョの今後も気になるところ。
36.80名前が無い程度の能力削除
……和蘭ハ一体ナニヲ噛ンダノダロウ?