「やめてー」
「やめてやらーん」
無表情と共に向けられた言葉に対し、飄々と笑いながら返事はなされた。
里の往来で衆目を集めつつ、だがどちらも周りの事など気にした様子は無い。
片や秦こころ、片や二ッ岩マミゾウである。
「かえせー」
「かえしてやらーん」
そしてこころは両手を上げ下げしつつマミゾウに対し飛び跳ね続け、マミゾウはと言えば見事な作りの赤いお面を片手に高々と掲げていた。
端的に言えばイジメの現場だ。
無論、加害者であるマミゾウとしては無為に面霊気をイジメている訳ではない。
立派な目的があっての行為であり、第三者に責められる謂れはあんまり無いのだ。
他方被害者であるこころの周りでは様々なお面がぐるぐると周回しているのだが、どうもその動きは変な緩急があって頼りない。
常であれば今に相応しいお面がこころの細面を覆っている所だが、生憎と現状の彼女の心情を表すのに相応しい怒りの般若面はマミゾウの手にあった。
般若面の方もこころの方へ戻らんとしているのだが、如何せんそれは叶いそうにない。
せめて背がもっと高ければとこころは無表情に歯噛みするものの、それはそれで対峙する古狸には別の手を講じられて終わる様にも思う。
いやそれは弱い考えか。
「おのれー、こうなっては仕方ない! 私の力の前に平伏して我が韜晦されし真の力の開放を促した事を慙愧と共に後悔せよ!」
そうしてかくなる上は、と臨戦態勢に入らんと白狐の面を被らんとするも、
「って、あー! なにをするー!」
「口上が長いわ。なんじゃおぬし、まーたどこぞで要らん知恵仕入れて来たか?」
見事なタイミングで白狐の面はマミゾウに掠め取られてしまった。
両の手にそれぞれお面を持ちつつ、無表情に半泣き状態と言う器用な有様のこころを見、マミゾウは溜息を零す。
「そんな様になっても尚表情動かんのか。……もしや表情筋無いのかの?」
「かえしてーかえしてー」
「よかろう」
「やったー♪」
やれ仕方なし、と言った風にマミゾウが二つのお面を返却すれば、火男の面を被りこころは嬉しそうに飛び跳ねる。
「ほい」
「あっ」
その様にマミゾウはとりあえず火男の面を奪ってみたのだが、こころは無表情に驚いているばかり。
寸前まであれだけ楽しそうにしていた残滓の欠片も無く、かと言って不意にお面を奪われた事に対する驚愕すら微塵も無く。
実に無表情。
「ほい」
「あー」
なので先程の繰り返しになる前にマミゾウはこころにお面を返却した。
安堵と共に周囲のお面をぐるりと周回させて若女の面を被る彼女にマミゾウは再度溜息。
神社で少しは落ち着いたかと思ったが、こやつ全然進歩しておらんじゃないか。
と言うか……むしろアホになっとりゃせんか。
「……心綺楼に続く新しい演目でも作る必要があるか?」
「なんと! 新たな演目!」
「どーもおぬしはながーい目で見てやらねばならぬ様じゃし、儂からもちょいちょい手を入れてやらねば偏りそうでのお」
「それでそれで? どんな演目にしようか? そうか! 暗黒能楽復活の時は今か!」
何時の間にやら大飛出のお面を被り、マミゾウに掴みかからんばかりに興奮するこころなのだが、そこへぐいーっと額を押されて距離を開けられ、
「いや落ち着かんか、落ち着かんか」
とまで言われては肩が落ちる。お面だって姥になる。
「しょんぼり」
「……おぬしと話しておると疲れるわ」
こころとはまた違った様子でマミゾウも肩を落とした。
「まーとにかくじゃ、新しい演目の件はこれからゆっくり詰めるとして、何か軽く腹に入れるとするかの」
「奢り?」
「仕方がないのう」
「やったー♪」
何か言う都度お面をぐるぐるさせるこころに、後百年くらい付き合えば面白くなりそうかと大雑把な当たりを付けて、マミゾウは歩き出す。
無表情のまま、しかし弾む様に隣を歩くこころ。
「ところで何か食いたいものは」
「あんみつ♪ あんみつ♪」
「一回で充分じゃ」
「あんみつ!」
「それ三回目じゃぞ」
「ええー」
ともあれ、二人は甘味屋に入って行くのだった。
「やめてやらーん」
無表情と共に向けられた言葉に対し、飄々と笑いながら返事はなされた。
里の往来で衆目を集めつつ、だがどちらも周りの事など気にした様子は無い。
片や秦こころ、片や二ッ岩マミゾウである。
「かえせー」
「かえしてやらーん」
そしてこころは両手を上げ下げしつつマミゾウに対し飛び跳ね続け、マミゾウはと言えば見事な作りの赤いお面を片手に高々と掲げていた。
端的に言えばイジメの現場だ。
無論、加害者であるマミゾウとしては無為に面霊気をイジメている訳ではない。
立派な目的があっての行為であり、第三者に責められる謂れはあんまり無いのだ。
他方被害者であるこころの周りでは様々なお面がぐるぐると周回しているのだが、どうもその動きは変な緩急があって頼りない。
常であれば今に相応しいお面がこころの細面を覆っている所だが、生憎と現状の彼女の心情を表すのに相応しい怒りの般若面はマミゾウの手にあった。
般若面の方もこころの方へ戻らんとしているのだが、如何せんそれは叶いそうにない。
せめて背がもっと高ければとこころは無表情に歯噛みするものの、それはそれで対峙する古狸には別の手を講じられて終わる様にも思う。
いやそれは弱い考えか。
「おのれー、こうなっては仕方ない! 私の力の前に平伏して我が韜晦されし真の力の開放を促した事を慙愧と共に後悔せよ!」
そうしてかくなる上は、と臨戦態勢に入らんと白狐の面を被らんとするも、
「って、あー! なにをするー!」
「口上が長いわ。なんじゃおぬし、まーたどこぞで要らん知恵仕入れて来たか?」
見事なタイミングで白狐の面はマミゾウに掠め取られてしまった。
両の手にそれぞれお面を持ちつつ、無表情に半泣き状態と言う器用な有様のこころを見、マミゾウは溜息を零す。
「そんな様になっても尚表情動かんのか。……もしや表情筋無いのかの?」
「かえしてーかえしてー」
「よかろう」
「やったー♪」
やれ仕方なし、と言った風にマミゾウが二つのお面を返却すれば、火男の面を被りこころは嬉しそうに飛び跳ねる。
「ほい」
「あっ」
その様にマミゾウはとりあえず火男の面を奪ってみたのだが、こころは無表情に驚いているばかり。
寸前まであれだけ楽しそうにしていた残滓の欠片も無く、かと言って不意にお面を奪われた事に対する驚愕すら微塵も無く。
実に無表情。
「ほい」
「あー」
なので先程の繰り返しになる前にマミゾウはこころにお面を返却した。
安堵と共に周囲のお面をぐるりと周回させて若女の面を被る彼女にマミゾウは再度溜息。
神社で少しは落ち着いたかと思ったが、こやつ全然進歩しておらんじゃないか。
と言うか……むしろアホになっとりゃせんか。
「……心綺楼に続く新しい演目でも作る必要があるか?」
「なんと! 新たな演目!」
「どーもおぬしはながーい目で見てやらねばならぬ様じゃし、儂からもちょいちょい手を入れてやらねば偏りそうでのお」
「それでそれで? どんな演目にしようか? そうか! 暗黒能楽復活の時は今か!」
何時の間にやら大飛出のお面を被り、マミゾウに掴みかからんばかりに興奮するこころなのだが、そこへぐいーっと額を押されて距離を開けられ、
「いや落ち着かんか、落ち着かんか」
とまで言われては肩が落ちる。お面だって姥になる。
「しょんぼり」
「……おぬしと話しておると疲れるわ」
こころとはまた違った様子でマミゾウも肩を落とした。
「まーとにかくじゃ、新しい演目の件はこれからゆっくり詰めるとして、何か軽く腹に入れるとするかの」
「奢り?」
「仕方がないのう」
「やったー♪」
何か言う都度お面をぐるぐるさせるこころに、後百年くらい付き合えば面白くなりそうかと大雑把な当たりを付けて、マミゾウは歩き出す。
無表情のまま、しかし弾む様に隣を歩くこころ。
「ところで何か食いたいものは」
「あんみつ♪ あんみつ♪」
「一回で充分じゃ」
「あんみつ!」
「それ三回目じゃぞ」
「ええー」
ともあれ、二人は甘味屋に入って行くのだった。
と思いつつ、言うほどあんみつ食べに行くいきさつを語ってるだろうか、と疑問。あんみつの話題がちょっと唐突だなあ。