Coolier - 新生・東方創想話

あなたと私は同じだから

2016/01/14 00:13:47
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蓮台野夜行編
夢違科学世紀編



 夢と現を区別するなと言いつつも、やはり夢と現実は違うのだという当たり前がある。
 夢は現の同意語と言いつつも、やはり夢の荒唐無稽さは現実から乖離しているという思い込みがある。
 例えば私が夢の中で何処かの国の王様になったとしても、夢から醒めればその陶酔は消えるだろう。目を醒ませば、夢の中で統治した国の事も民の事も忘れて、私は何処にでも居る大学生に成り下がり、蓮子と一緒に秘封倶楽部として過ごしていく現実を躊躇いなく受け入れるに違いない。
 例えば私が夢の中で例え様の無い幸せを味わっても、夢から醒めればそれは消える。夢の中で味わった幸せは、理由の付かない精神的高揚にすり替わる。何よりも無上と思えた夢の中の幸せは、現実の世界で蓮子と一緒に結界暴きを行う事に比べれば、何とも些細な思い出に変わるだろう。
 その意味で、夢と現実が違うという蓮子の言葉は正しい。今の学説はともかく、夢というものが、制御可能な主観の外の、一般に客観と呼ばれる制御不可能な主観の上で、現実と区別されている。そんな蓮子の言葉は私の中の常識にすっぽりと収まり込んで、動かし様が無い。
 一方で、だから夢が現実とは違う場所に確かに存在し、それを現実に落とし込める事が可能だという蓮子の言葉は間違っている。夢は現実に重なり合っている。だから夢は現実に成り得ない。もしも夢を望むなら、その時現実を省みる事は出来無い。夢を見ている人間は、現実を観測出来無い。だから夢を現実にするのなら、今ある現実を捨てなければならない。
 その時、私はどちらを選ぶのだろう。
 少し前までの私なら、躊躇う事無く現実を選んだ。
 何故って決まってる。
 夢の中には蓮子が居ないから。
 そんな世界に意味なんて無い。
 だが今は違う。
 何故って、それは。
 蓮子が夢の中に来てくれると言ってくれたから。
 一緒に夢の結界を暴き、一緒に夢の世界に来てくれると言うんだから。
 もしも蓮子が夢の世界に来てくれたのなら、真の意味で夢と現実は同じになる。天秤に掛ければどちらにも振れない完全なる同意語となる。夢と現実が全く同じ意味を持つ。
 だから私は少し怖い。このままでは本当に夢の中に取り込まれてしまう気がして。
 そして同時に嬉しい。例えそうなっても蓮子は私を救い出してくれるだろうと分かるから。
「それで如何にも自信がありそうですって顔してるけど。何か分かったの? プランク級の天才で我等秘封倶楽部のエースにしてすれ違う人人が鼻血を出してぶっ倒れる美少女の蓮子さんは何か分かっちゃったの?」
 私が運ばれてきたコーヒーにミルクを入れて飲むが、眠気は消えない。最近頻繁に夢を見る。その夢を見るのに疲れて眠った気がしない。ずっと眠さに苛まれている。
「何でそう皮肉げなのよ」
 蓮子は紅茶に手を付けずに横にどける。
「別に」
 眠さで苛立つ心もあるが、それとは別に、嬉しさもある。
 私が夢で襲われてしまうという事を相談をしたら、夢を現実にして一緒に夢の中へ行くと言ってくれた。一緒に夢の結界を暴くと言ってくれた。そして、私が夢の中から持ち帰った物を手掛かりに、私の見る夢を分析してくれる事になった。
「ただ本当に調べてきちゃうなんてって感心しただけ」
 そして本当に分析してきてくれた。
 それが、嬉しかった。
 蓮子の顔には自信が浮かんでいる。
「なら良いじゃない。何で不機嫌なのよ」
「不機嫌じゃない」
 ただの照れ隠し。
 後、眠い。
「あ、そう。まあ、良いわ。とにかく今はあんたの夢よ」
「うん。それで、何が分かったの? あのクッキーは? 筍は?」
 夢の世界から持ち帰った物を分析に掛けてみると言っていた。今の科学を使えば、確かに夢の中から持ち帰った何処のものともしれないものが、何処のものかを暴く事が出来るかもしれない。
 そう期待したのだが、蓮子は悪びれもせずに私の期待をぶった切った。
「メリーが夢から持ち帰ったものはさっぱりね」
「ええ!」
 夢を現実にするだの何だのあれだけ大言壮語を吐いていた癖に、結果はそれか。
 私は何だか肩の力が抜けきって項垂れてしまう。
「だって仕方無いじゃない。色色調べたけどさぁ。例えば竹の遺伝子から場所を特定しようとしたけどデータベースに分布図が無かったし。辛うじて中国や日本に多かった品種って事位。クッキーから探ろうにもねぇ、製法は今でも一般的な手法だし、年代測定したって。とにかく全部調べたけど場所を特定出来なかった。分かったのは、あのクッキーも竹も天然の素材を使った、つい最近の物という事位」
「そう。まあ、それはそうよね」
 考えてみれば、竹の一部やらクッキーが数枚やらほんの紙切れやら、そんな僅かな物からそれが何処のものかを調べるのは難しいのだろう。何処の国だとかいつの時代だとか、ある程度なら絞り込めても、結界の場所をピンポイントで当てられる位の情報を得るのは難しい。そんなの少し考えれば分かる筈だ。ただ持ち帰った物が天然の筍という、今の時代にはないものだから、何となく変な期待を掛けてしまっていた。
「じゃあ、もうどうしようも無いわね。別に分からなくたって良いけど。どうせ夢なんだし」
「待ちなさい、メリー」
 突然目の前に掌を突き出され私は思わず身を退いた。
「この蓮子を舐めてもらっちゃ困るわ」
「何よ。キスでもすれば良いの?」
「私はね、ちょっと見当外れを起こした位で諦めたりする様な物分りの良い女じゃないの」
 そう言うと、蓮子は鞄の中から一冊の紙のノートを取り出した。それはこの前に見つけた、蓮子のご先祖様が書いた秘封倶楽部の活動日誌。蓮子の指が表紙をめくると、そこにはクスノキを背に、かつての秘封倶楽部のメンバーが並んで写っている。その真ん中で晴れやかに笑っているのが、蓮子の先祖だ。
「蓮子のご先祖様よね。百五十年前に死んじゃったって言う。でも、これがどうしたの?」
「そう。私のお爺ちゃんのお爺ちゃんのお爺ちゃんのお爺ちゃんの妹。宇佐見菫子。それが今回のメリーの夢を解決する手掛かりよ!」
 意味が分からない。
 今までの話からどうして蓮子の先祖が私の夢に関わるのだろう。
「何で?」
 私の問いに、蓮子は自慢気な顔で笑う。
「まあ慌てなさんな」
 そう言うと、メリーはテーブルの上に手を載せて、手の甲を指でなぞった。机の上に文章が投影される。それを読もうとしたが、記号が乱雑に並んでいるだけの滅茶苦茶な文章だった。辛うじて所所の単語が日本語だったが飛び飛びで、全体の文章は全く意味を成していない。
「読めないんだけど。これは?」
「これが、その私のお爺ちゃんのお爺ちゃんのお爺ちゃんの」
 どうやらそのお爺ちゃんのお爺ちゃんのお爺ちゃんのお爺ちゃんの妹というフレーズが気に入ったらしい。でもそんな事はどうでも良い。
「良いから。これは何?」
 私の問いに、蓮子は笑みを不敵なものに変えて答える。
「日記よ」
「日記? その蓮子のご先祖様の?」
「そう。私のお爺ちゃんの」
「良いから。でも、全然読めないけど、暗号?」
「いいえ。ファイルが壊れてたの。随分放置されてたから。ほら、前に宝探しするからって、うちの掃除手伝って貰ったでしょ? あの後、親戚みんなで屋敷中見て回って」
「何か鑑定士とか読んだのよね。あんまりお金になりそうなのは無かったって言ってなかった?」
「お宝って感じのは無かったわ。まあそれでも屋敷の広さが広さだから掻き集めたらそれなりの値にはなったけどね」
「そうそう。前にそう言ってた。でも日記の事なんて何も」
「その時にこれを見つけたんだけどデータが壊れてたからメリーには言わないでおいたの。だって、期待させちゃうじゃない。これが私の」
「良いから」
「ご先祖様のコンピュータから見つかったなんて言ったら、ああ、蓮子、大変な資料よ。早速解読しましょうとか期待しておいて、それで壊れて何にも復元出来なかったら、ああ、蓮子、世の中はなんて残酷なのとか言って」
「言わないから。で、内容は?」
「殆どどうでも良い様なデータばっかりだったけど、っていうか、さっきも言った通り、壊れてまともに復元出来無いデータばっかりだったし。そんな中で何となくこのデータは気になったのよね。ファイル名が幻想何とかって言うからもしかして秘封倶楽部の活動に関係してるのかなって思って」
「幻想何とか? 何とかの部分は?」
「読めなかった。中の文章も、今机に映してるみたいに殆ど滅茶苦茶。これでも出来る限り復元したのよ。大学の地下のスパコン無断で使って総当り掛けて無理矢理壊れた所埋めて」
「その違法行為は聞かなかった事にしましょう。で、何なの? 好い加減答えを教えて。どうしてこれが私の夢と関係あるの?」
「ま、言っちゃうと、どうやらメリーが夢で見ている場所に、私のご先祖様は行った事があるみたいなんだわ」
「え?」
「この文章の中に、赤い館でのお茶会とか、竹の林で炎を操る少女に会った事とか、書いてあったのよ。えーっと、何処だったかな」
 蓮子が検索を掛けて該当する文章に飛ぶと、確かに文章の切れ端の中にそんな記述があった。紅魔館、つまり赤い館? という単語の傍にお茶会とか紅茶とか書かれていたり、竹林という単語の傍に火の鳥だとか炎だとか書かれている。あくまで単語単語でしかなく、どんな内容が書かれていたのかは分からないが、単語としては確かに符合している。
「ね? これは幾つかある復元案の内の一つで、他の復元だとはっきり炎を操る少女と読めたり、吸血鬼とクッキーを食べたとか、神社で匿ってもらったとかの記述もあった。法則から日付だけは復元出来て、それによるとどうやら、私のご先祖様は高校生の頃から、メリーが最近夢で見る世界、あるいはそれによく似た世界を知っていたみたい」
「これはどういう事なの?」
 混乱した頭では上手く考えがまとまらない。蓮子の先祖とはいえ、自分とは全く関係の無い存在。しかも数百年前の人物が、自分の見た夢と同じ光景を記録していた。それが一体何を意味するのか、答えを求めて蓮子を見ると得意そうに人差し指を天井に向けた。
「つまりあなたの夢見た世界は現実にあるのよ! あなたが見た光景は、あなたの夢だけのものじゃない! この世界には無くても境界の向こう側に確かにある世界なの!」
 そう言うと、蓮子は机の上に投影した日記を消して身を乗り出してきた。
「ご先祖様も秘封倶楽部なんて名乗ってたんだから、きっと私達みたいに結界を暴いていたに違いない。その中で見つけたのよ! あなたが見つけたのと同じ、向こう側の世界を!」
 でも変だ。
 だってあれば。
「私の夢の」
「あなただけのじゃない! 私だって行けるのよ! だって私のご先祖様が行けたんだから!」
 机の模様をじっと見つめながら、私は自分が衝撃を受けて呆然としている事に気がついた。何故こんなにも衝撃を受けているのか自分でも分からない。夢だと思っていた世界が現実だったからだろうか。あるいは自分だけの世界だと思っていた場所へ既に別の人間が行っていたからか。それともあの夢の世界が、夢に見続けるといつの間にか取り込まれてしまう、まるで鼠捕りの様な恐ろしい世界ではなく、自由に行き来出来るお隣の世界だと分かったからか。
 そこではたと気がついた。
 私は知らぬ間に恐れていたのだ。
 あの夢の世界を。
 絡め取られて抜け出せなくなるのではないかと。
 気が付いていなかっただけで、必死の思いで救いを求めていた。
 だからカウンセリングと言って、蓮子に相談したんだ。
 そして今、救いが示された。
 私の目の前に。
 顔をあげると、蓮子が満面の笑みで腕組をしていた。
「そうと決まれば益益結界を暴きたくなるってもんでしょ? 自然に溢れてミステリアスな世界、是が非でも拝みたいわ!」
 蓮子がとても眩しくて思わず目を細めてしまう。
 私の視線に気がついた蓮子が唇を尖らせる。
「何か言いたい事あるの?」
「ううん、まさかこんな手掛かりを見つけてくるなんてびっくりしちゃって」
「びっくりでしょ? ま、繋がりが見えただけで、まだどこに結界があるのかは分かってないけど」
「流石天才美少女ね」
「惚れ直した?」
 私を首を横に振る。
「え? そこ否定しちゃう?」
「だって」
 惚れ直すなんて事は無い。
 心の何処かで分かっていた。
 きっと蓮子なら解決してくれる。
 怖い夢に取り込まれそうでも、蓮子に頼めばなんとかしてくれる。
 毎日の様に見ていた悪夢に捕まりそうになっても、蓮子だったら私を助けてくれる。
 そう分かっていたから、蓮子に相談したんだ。
 そしてそれは、ずっと今までそうだった。
 何か困った事があれば蓮子に相談してきた。
 この秘封倶楽部を作る時だってそうだ。
 私が結界の境目が見える事に苦しんでいた時も助けてくれたのは、出会ったばかりの蓮子だった。
 そうだずっと。
 出会った一番最初の初めから分かっていた。
 蓮子が私の手を掴んで引き上げてくれる存在だって。
 いつになっても何処へ行っても、ずっと傍で手を繋いでくれる存在だって。
 だから今回だって惚れ直すなんて事は無くて。
 強いて言うなら、惚れっぱなし?
「いつだって私は蓮子の事好きよ」
「そりゃどうも。何にせよ、私でも行けるって分かったのなら、次よ次。結界をどう暴くかね」
「日記から場所はわからなかったの?」
「うん。それどころか、どうやらご先祖様も夢の中で行き来してたみたい。そうなると結界を暴くには、夢の中を……うーん、どうしたら良いのかしら」
「じゃあ添い寝でもしてみる?」
「それも一案」
 ふっと視界が揺れ、私は態勢を崩しそうになった。
 夢に恐れていた気持ちが一転して安堵した反動からか眠気が襲ってくる。
 この眠気はいつになく心地良い。
 最近の神経を磨り減らす眠りと違って、傍に心強い存在が居てくれる気持ち良い安眠。
 何となく分かってしまった。
 多分私が苦しんでいたから夢は続いていた。
 私が蓮子に助けてもらったなら夢は終わる。
 だからこの夢は今回で終わりなんだって。
 次は夢じゃなくて、本当に蓮子と一緒に行く事になるんだって。

 気が付くと、私は蓮子と一緒に居た喫茶店ではなく、いつの間にかたった一人で竹林の中に居た。見当識を失ってたたらを踏むと、足元から柔らかな土の感触が伝わってきた。
 連日見ている夢の中に来た様だ。
「またこんな所に来て!」
 振り返ると、白髮の少女がぶっきらぼうな様子で歩んできた。
 私は何故かその少女の名前を知っている。
 藤原妹紅という私の、言うなれば友達だ。
「いやあ、私も何でここに居るのかさっぱり」
「さっぱりじゃないよ。どうせまた興味本位でしょ? この前鉄鼠に追われた事をもう忘れた?」
「あの時はどうも」
「全く。とにかく迷いの竹林から出るよ。ついてきな」
「頼りになるなぁ」
 怒った様子でいるけれど、実はそんなに怒っていない妹紅さんの後をついていく。
「あんまこっちに来るもんじゃないよ。あんた、こっちに来すぎるとまずいって聞いたよ?」
「らしいですね。死んじゃうかもとかもう来んなとか、結構色んな人から心配されました。特に八雲紫とかって言う人からきつめに怒られちゃった」
「ちゃったって。なら来るなよ」
「ふっふっふ、人智を超えた境地にこそ私の追い求めるものがある。ここで命惜しさに逃げ隠れては宇佐見菫子の名が廃る」
 私がそう言うと、妹紅さんが鼻で笑った。
「下らない」
「あ、何をぉ! 人の夢をそんな風に」
「下らないね。恩賞だ功名だ名声だって、目を輝かせて喜んで死んだ馬鹿共と同じ目をしてる」
「へっ。そりゃ不老不死さんから見たらそうで御座んすかもね。一生をどう生きようかなんて考えなくて良いんだろうし。でも私にとって、幻想郷を追い求める事は人生を掛けるに足る目的なんですー」
 妹紅さんの笑いが自嘲的なものに変化する。
「私もおんなじだよ。いや、おんなじだった、か。いや、今も一緒だなぁ。昔っから馬鹿だった。蓬莱の薬を手に入れようとした時からずっと」
「どゆ事?」
「馬鹿じゃなくちゃこんななりになってないって事。そして今のままじゃあんたは私みたいになるよ。これは少し別の意味でだけど」
「もんぺ姿の事? 確かにそれはちょっと」
「違う! 失礼な! これは慧音が……ああ、もう良いや。とにかく死にたがるよりも、生きようとした方がずっと尊いって事」
「それ、私に言います? 死にたがりの妹紅さんが?」
「私は、蓬莱の薬の所為で余分に生きているおかしさを返上するだけだ。あんたはまだ寿命も迎えていないのに、儚い命を自分で吹き消してどうするのさ」
「何も考えずに燃え尽きる位だったら、自分で吹き消しちゃった方が豪快で良いじゃん」
「いや、どうなの、それ」
「良いの! とにかく私はここに来るって決めたの!」
「まあ、そう言うなら止めはしないよ。所詮はあんたの人生だ」
「そうそう。私の人生だから」
「それにしたって自分の生活があるだろうに。向こうの、学校ってんだっけ? そっちも話を聞く限りじゃ面白そうじゃない」
「つまんなかったですよ。昔は」
「今は?」
「ちょっと楽しくなったかも」
「あら、何で?」
「んー、向こうの人間とも関わる事が増えたからかな?」
「良い事じゃん。あんた友達居なさそうだし」
「何を根拠にそんな痛い所をずけずけと」
「だって私と同じ様な目をしてたし」
 そう言って、妹紅さんは自分で溜息を吐いた。
 自分で他人の悪口を言って、自分で傷つかないで欲しい。怒りのやり場が無い。
「別に良い事って訳でも。自分の時間取られるし」
「友達が増えたって事でしょ? 良い事だよ。出会いは人を変える。ちょっとは楽しくなったのなら良い事だ」
「そうですか?」
「間違いない。あんた人を拒絶しながら生きてきただろ? 私もかつてそうだった。少しは交流が広がった今になって考えれば、一人で居た時間は空っぽだった。一人になる事しか頭になくて、殺す事しか考えなかった。その時はそれが当たり前だったけど、今ならちゃんと分かるよ。それは良い事じゃない。周りを拒絶したって良い事なんか何も無い。慧音だってそう言うな。っていうか、前に私言われた。だからあんたが周りと関わり始めたのなら、それは良い事です。実はちょっと心配だったし。何か心境の変化でもあったの?」
「知らない。私は、何も変わってないけど。でも、一時期敢えて避ける様に仕向けて成功したんだけど、最近また擦り寄ってくるのが現れ始めた。何か棘が無くなったとか言って。馬鹿みたい。棘ってなんやねん」
「あんたが変わったって事だと思うけど。そんな嫌そうなら、どうして一緒に居るの?」
「馬鹿みたいな奴等だけどまあ楽しくない事も無いし。それに秘封倶楽部の活動にはやっぱり人手が必要だから」
「秘封倶楽部って何?」
「集まり。元元は単に人除けの結界だったけど、今は……この幻想郷を見つけ出すのが目的」
「幻想郷の事、ばらしたのか?」
 妹紅さんの目が鋭くなったので、私は慌てて付け加えた。
「表向きは、単なる不思議探しのサークル。みんなにもそう言ってある。でも私にとっての目標は、この幻想郷を探し当てる事」
「何でそこまでこの幻想郷に拘泥するんだ?」
「何でって」
 私は理由を考える。
 答えは単純だ。
 世界は狭いよりも広い方が良い。
 それだけだ。
「妹紅さんみたいな友達といつだって会いたいからに決まってるじゃないですか。妹紅さんもその方が嬉しいでしょ? 友達少なそうだし」
「誰があんたと友達だ」
「え? 友達でしょー? 仲良しじゃん」
「誰が」
「と言いつつ、耳が赤くなってますよ、妹紅さん?」
「はいはい」
「そこは焦って耳を隠すところなのに」
 妹紅さんは下らなそうに手を振る。きっと内心は喜んでいる筈なのに、おくびにも出さない。流石不老不死、長い時を生きただけはある。
 喜んでると思うけどなぁ。
 残念に思っていると、不意に妹紅さんが振り返った。
 驚いた事に慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「ま、でもあんたの子供っぽいところは嫌いじゃないよ」
 そう言うと、また前を向いてさっさと歩き出した。
 今の台詞はまさか。
「結婚の申し込みですか?」
 妹紅さんがつんのめる。
「何でそうなる」
「いや、嫌いじゃないぜ、それどころか愛してるぜ、と繋がって」
「繋がらない。さあ、とにかく出口についたよ。このまま博麗神社にでも行って保護してもらいな」
 妹紅さんの言葉を聞きながら、私の足が止まる。
 それもその筈、竹林の出口には隙間女の八雲紫が胡散臭い笑みを浮かべて立っていた。私にとってそいつは恐怖の対象でしか無い。
 八雲紫が持っていた扇を掌に叩きつけながら閉じる。それに慌てて私の体が恐怖で跳ねた。
「もう来るなと言わなかった?」
 前に説教された時の恐ろしさを思い出す。
「いや、だって、その後、来る時間を減らしなさいって言ってたから、ちゃんと減らしてるし」
 八雲紫が近付いてくる。
 私は思わず妹紅さんの裾を掴んだ。
「助けて下さい! また怒られる。また正座させられる!」
 妹紅さんは私と八雲紫を交互に見つめてから、八雲紫を睨みつけた。
「こいつをどうするつもりだ?」
「勿論お説教よ。そんな頻繁に結界を越えられちゃ困るもの」
「お説教? の割に、宇佐見は随分と怯えているみたいだけど?」
「過剰反応だわ。困っちゃう。最近の外の子って怒られなれていないみたいよ。だからちょっと叱られると怖がってへこんじゃって。ああ、でもあなたも随分箱入り娘だったらしいわね。昔から過保護に育てられている子供は居るものね」
「お前」
 妹紅さんが一歩踏み出した時には、八雲紫の姿が消えていた。
 八雲紫の姿を探して辺りを見回そうとした時、突然の吐息が私の耳に触れた。
「ぎゃあ」
 思わず倒れそうになったところを、背後から八雲紫に捕らえられてしまう。
「おい、止めろ」
「ちょっとお説教するだけだってば」
 妹紅さんが抗議してくれるが、八雲紫は聞く耳を持たない。
 私は必死に抵抗しようと暴れたが、あまりに八雲紫の力が強く引き剥がせなかった。こうなったら顔を引っ掻いてやろうと、頭の後ろに手を伸ばす。手応えがあったと思ったが、指に引っかかったのは八雲紫のかぶるナイトキャップだけで、肝心の八雲紫には避けられた。今度はナイトキャップで引っ叩いてやろうと握り締め、再度背後に向かって腕を振ったが、あっさりとその手を掴まれる。
「じゃ、たっぷりお説教をしてあげましょうか」
 そう耳元で囁かれる。
 目の前に言い知れない闇が口を開けた。
 ああ、思い出す。
 一時間も正座させられっぱなしで小言を繰り返された事を。その後は立つ事もままならなかった。
「その前に、付いているのを剥がさないとね」
 八雲紫の指が私の額に触れる。
 途端に意識が暗転した。

 私が突っ伏していた机から身を起こすと、パスタにフォークを絡めた姿勢の蓮子が驚いた顔で私の事を見ていた。
 急いで自分の現状を推理する。
「えっと、私、寝てた?」
「寝てた。また夢の世界に行ってたのね」
「うん。良く分かるね」
「だって寝てたし。それに、それ」
 そう言って蓮子が指差した先に目をやると、私の右手に見覚えの無い布が握られていた。
「何、これ?」
「夢の世界から持ってきたんでしょ? あなたが起きる直前の、私が目を離した一瞬の間に、それが握られてたわ」
「そうなんだ。何に使うんだろう」
 握っていた布を広げる。
「袋じゃないの? てか、夢で見たなら使い方分かるでしょ」
 そう言われて夢を思い出そうとするが、かなり記憶から薄れ始めていた。それでも必死で思い出すと、確か誰かが頭にかぶっていた気がする。
「えっと帽子だったかな?」
「かなって。何でそんな曖昧なの?」
「何か今回は全然覚えてない。どころか、どんどん忘れてる。最近の夢は、忘れたくても忘れられなかったのに、今のに限って、全然思い出せない」
「ええ! ちょっと! 結界の向こうの手掛かりなのよ! ほら、頑張って思い出して!」
 うーん、と悩むが、もう無理だ。夢は記憶の彼方に消えてしまった。
「無理。ごめんなさい」
 蓮子が残念そうに溜息を吐く。
「まあ、また眠れば見れるんでしょ?」
 それも。
「無理、だと思う。何となく、あの夢はこれで終わりな気がする」
「ええ! じゃあどうすんの?」
 それは。
 そう。
 夢の入りに、感じた事は覚えている。
「この夢はもう見られない」
「聞いたよ。どうすんの?」
 だから。
「次は、もう夢に頼らずに」
「でも手掛かりが」
 きっといつか。
「その機会は来るから」
「そうなの? 何で分かるの?」
「分からない。けど」
 何となく。
「何? にやにや笑って」
「え? 笑ってた?」
「うん、あほっぽく。何?」
「何って言われても何となく」
「何となく何よ」
 本当に、ただの勘。
 もしかしたら願望でしかないのかもしれないけれど。
 この世界ではいつだって。
「おんなじ事を繰り返しているから」
「だから?」
「私達もご先祖様と同じ」
「つまり?」
「私達も行ける気がするの」
 意味分からーんと蓮子が叫んだ。



蓮台野夜行編
夢違科学世紀編
秘封倶楽部の、相棒の帰省の度に数十万円の旅費を払って帰国に同行し相棒の両親に挨拶を欠かさない方
烏口泣鳴
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2.70名前が無い程度の能力削除
お爺ちゃん×4ともなると下手すれば江戸まで遡りそうですね