「ギリシャ風血の池地獄……ふむ」
命蓮寺の一室、村紗水蜜の部屋。
室内をウロウロしながら考え込む村紗の手には、何やら如何わしいチラシが。
「試してみる価値はありそうね」
「ダメよ水蜜! キエーッ!」
何者かの奇声が上がると同時に、村紗の背中に衝撃が走る。
すわ何事かと振り向いてみれば、そこには古明地こいしの姿が。
「なに? アナタ何? 何なの?」
「私、メリーさん! アナタの後ろにいたの! 今は前だけど……」
「いや、そういう事を聞いているのではなくて……ごふっ何コレ背中超痛い」
背中に手を回して探ってみると……肩甲骨の下あたりから、何やら固いものが生えている事に気づく。
否、それは生えているのではなく、刺さっていたのだ。引き抜いてみれば、案の定それはナイフであった。
「おい……お前これ……なに?」
「水蜜ってば背中刺されたのにピンピンしてる……やだ、こわい……」
「コンコンニャローのバーロー岬! テメー私を殺す気かっ!?」
「殺すも何も、水蜜は既に死んでるじゃん」
「そういう問題か!」
村紗水蜜は船幽霊なので、ナイフで刺された程度ではビクともしないのだ。
普通の妖怪ではこうはいかない。なかなかできることじゃないよ。
「このグアノかつぎのスットコドッコイめ……役立たずのサードアイ切り取って食わせたろか」
「そんな事はどうでもいいの! どうして水蜜は血の池地獄に通うなんてやめようよ!」
「日本語メチャクチャじゃねーか。よく考えてから口を開け……って、そりゃ無理な相談でしたね。ゴメンゴメン」
「ひどーい!」
古明地こいしは何も考えていないので、時折こうして意味不明なことを口走るのだ。
普通の妖怪ではこうはいかない。なかなかできることじゃないよ。それはもういい。
「……で? 私が血の池地獄に通う事と、アナタに何の関係が?」
「大いに関係あるよ! 水蜜が初めて血の池地獄に入ったとき、私も一緒だったんだから!」
「まーた適当なことを……」
「ホントだよ!? 血の池で溺れかけた水蜜を、私が命がけで助けてあげたこと、忘れちゃったとは言わせないよ!」
「なん……だと……」
即座に否定はできない。なぜならば、彼女には身に覚えがあったから。
地底に封じられていた頃、ヘソクリを手に赴いた初めての血の池地獄……忘れられる筈が無い。
ただ、その時の血の池嬢については、顔も名前も思い出せぬままであった。そう、今この瞬間までは。
「それじゃあ……アナタがあの時の?」
「……水蜜のバカ」
「いや、チョット待って頂戴……エエ~ッ!?」
顔を赤らめて俯くこいし。一方の村紗はと言えば、ただでさえ血の通わぬ顔を、さらに蒼くする有様だ。
いきなり背中を刺された記憶も、長き時を経て明かされた衝撃の事実によって、忘却の彼方へと追いやられてしまった。
「マジか……流石にショックだわ……」
「初体験の相手を務めた者として言わせて貰うけど、水蜜はもう血の池地獄なんかに行かない方がいいよ。あんなの健康に良くないもん」
「でも……このギリシャ風ってのは、少々心惹かれるものがありますね……」
「もーらいっと」
村紗の震える手から、こいしがチラシを奪い取る。
サイケな雰囲気の漂うデザインの中でも一際目を引くのが、ド派手なタイツに身を包んだ美少女の存在だ。
「ふーん、水蜜ってばこういうのがタイプなんだ」
「べ、別にタイプとかそういうのじゃねーし。かんけーし」
「でもコレ、ギリシャっていうよりアメリカンだよね。星条旗っていうんでしょ? こういう模様」
「模様とかマジどーでもいーし。ただこの娘がめっちゃスベスベしてそうで、一緒に血の池入ったら気持ち良さそうだなーって思うだけで……痛いっつーの!」
ふと気付くと、村紗の背中に再びナイフが突き立てられていた。
これも無意識のなせる業か、それとも嫉妬の念によるものか。古明地こいし、一瞬の早業であった。
「この店、デリバリーサービスなんてやってるのね。どうする水蜜? 今からコイツ呼んでみる?」
「血の池地獄のデリバリー? ギリシャ半端ねえな……っつーか、呼んでどうするんです?」
「私とパトリオット野郎のどっちが具合がいいか、水蜜に決めて貰うのよ! それじゃあ電話するね」
「いや、電話ってアナタ……」
幻想郷に電話など存在し……いや、ある! 古明地こいしは電話を所持しているのだ!
詳細を知りたい方は、今すぐ東方深秘録を起動しよう。
「こうやって受話器と携帯電話を繋げて……チャージ!」
「そんなんでホントに呼べるんですか?」
「私のスピリチュアルでオカルティックな妖怪パワーを用いて、今から電話をするから出てもらうのよ!」
「さいですか」
電話についての知識を持ち合わせていない村紗は、潔くツッコミを放棄した。
一方のこいしは、耳と肩で受話器を挟み、チラシを見ながら通話を開始する。
「あ、もしもしー? あっ、ハイ……ええ、このクラウンピースって子を……あ、大丈夫ですかー? はい! じゃあこの子で!」
「何でアナタそんな手慣れてるの……」
「えーっとぉ、命蓮寺っていう……あっ、そうですハイ。幻想郷の、人里の近くの……五分で!? はい! じゃあスイマセンお願いしまーす!」
通話を終え、ドヤ顔で向き直るこいし。村紗は既にドン引きである。
それからきっかり五分後、何者かが部屋にやってきた。
「ハーイ! ワタシがクラウンピースちゃんデース! ご指名センキューベリーマッチネー!」
「なんとナントの難破船……まさか本当にクラウンピースちゃんが来てくれるとは」
「いや……ちょっと待って水蜜。なんかこのヒト写真と違うわ……」
こいしはチラシを指さしつつ、訪問者に訝しげな視線を送る。
奇抜な装いこそ写真とよく似ているものの、顔つきや髪の色は明らかに別人のそれである。
「そ、そんなことアリマセーン! お前……ユー達はワタシがフェイク、すなわち偽物だというのです?」
「なんかさあ……妖精っぽくないんだよね。羽根が生えてないし、尻尾みたいなオーラがダダ漏れだし」
「はっ!? こ、これは違うのです! これは……ええい、口惜しや!」
「チェンジで!」
こいしの一喝を受けて、偽クラウンピースはすごすごと退散する。
彼女が何者であったのかは……いずれ語られる機会もあるだろう。ピュアヒューリーズでも聴きながら気長に待ちなさい。
「何だったのでしょう、アレ」
「気にしちゃダメよ水蜜。この業界ではよくある事だから」
業界とは一体……村紗は忠告に従い、あえて気にしない事にする。
さらに五分が経過した頃、再び何者かが現れた。
「きゃはははは! あたいがクラウンピースよん♪」
「チェンジ!」
謎の球体を三つも身につけた全身タイツ姿の女に向かって、村紗とこいしが同時に叫んだ。
「……『貴方達は私にチェンジと言った』、それだけの理由で貴方達を血の池地獄へ堕とす。ただそれだけの理由だ! 死んでも悔しが……」
「チェンジって言ってるのが分かんねえのか! さっさと本物を出しやがれってんだバーロー岬!」
「ううっ……でもホラ、ちゃんとここにクラウンピースって書いてあるしぃ……」
「『I Crownpiece』ってなに? 『am』が抜けてるし、そもそも『r』じゃなくて『l』なんですケド?」
「う……あ……うわあああああああああああん!」
こいしの無慈悲な指摘を受け、球体タイツ女が号泣!
なす術も無く立ち尽くす二人のもとへ、更なる訪問者が!
「ああもう、見ていられないわー! ご主人様ことヘカーティア・ラピスラズリ様! ここはあたいが犠牲になって……!」
「駄目よクラウンピース! 私の名前をバラすのも駄目だし、何より貴方が傷モノにされるなんて、私耐えられないわッ!」
「待つのデース二人とも! ここは紺珠伝の穢れ担当であるワタシが、このケダモノたちにセクシャルなサーヴィスをば……」
「友人様こと純狐様!? もう正体バレてるんですから、普通に喋ってよいのですよ!?」
本物のクラウンピースと、先程の偽物まで加わり、事態はさらなる混沌へ!
唐突に開始された茶番劇を目の当たりにして、呆れ果てた様子の村紗がボソッと呟く。
「こんなのってないぞ……ネオギリシャいい加減にしろよ……」
「許せない……」
「えっ?」
低い声で呟いたこいしが、徐に前へと進み出て……タイツ姿の三人に満遍なく平手打ちをくれたではないか!
村紗を含めた四人が唖然とする中、こいしは毅然とした態度で声を張り上げる。
「アナタ達、血の池嬢をナメてるの!? 半端な覚悟でやっていけるような甘い世界じゃないんだから!」
「ご、ごめんなさい……でも、なにも叩くことないじゃん……」
「叩かれた位でピーピー泣かない! ここにいる水蜜なんて、背中にナイフが刺さってるのよ!? それに比べたら大した事ないでしょ!」
「ええええ? 何でそんな事を……抜けばいいのに」
ヘカーティアの意見は至極もっともであったが、村紗はあえて聞き流すことにした。
こんな変な球体ヤローの言葉に従うなど、彼女のプライドが許さなかったのだ。
「やる気が無いなら、とっととお店を畳むことね! お互いにとってそれが最善よ!」
「そうはいかないんだよ! ギリシャが経済的に幻想入りするかもしれないので、あたい達がナントカ頑張って支えないと……!」
「もういい、もういいのよクラウンピース! 所詮私達は地獄の住人……アテネのことも夢のまた夢……」
「う……うわあああああああん! ご主人様ことヘカーティア・ラピスラズリ様ぁ!」
なぜ執拗にフルネームを? などと尋ねようとした村紗であったが、抱き合って泣き崩れる二人の姿を見て思いとどまった。
何かを助けようとする者の気持ちは、彼女にも痛いほどよく分かっている。責める事など出来る筈もない。
などと思っていると、純狐と呼ばれたタイツ女が、二人をかばうように立ちはだかった。
「ああ、なんて可哀相なギリシャ関係者なのでしょう! お前達はこの哀れな姿を見ても、あくまで罪を責めようというのです?」
「いえ、もういいので帰ってくれません? クラウンピースちゃんと血塗れでヌプヌプ出来ない以上、居座られても邪魔なだけですし」
「水蜜ったら、まだそんなコト考えてたの!? ムラムラするのは苗字だけにしておきなさいよ!」
こいしが食って掛かってきたが、村紗は菩薩のような心でスルーした。
仏道修行の賜物である。単に面倒くさかっただけとか、そういう話ではない。たぶん。
「ごめんねムラムラミッツさん。せっかく指名してくれたのに、一緒に血の池入ってあげられなくて」
「いや、そんな風に謝られても……ムラムラミッツって何だよ!? 私の名前はむら……」
「あたい、一から修行し直すよ! 立派な血の池嬢になって、ミチミチムーチョさんを気持ちよくしてあげるんだ!」
「だから名前……」
「クッ、クラウンピース……! 貴方は私達の……いえ、全ギリシャ国民の希望の星だわッ!」
「ええ、それでこそ星条旗を背負うに相応しい……ギリシャの国旗って星条旗なのです?」
「……バーロー岬」
勝手に盛り上がる三馬鹿を前に、村紗は諦めの表情で呟いた。
これも仏道修行の賜物である。仏道とは諦めることと見つけたり。真に受けないように。
「頑張ってねクラウンピースちゃん! どんな酷い客が来ても笑顔を忘れちゃ駄目だからね! ファイトだよ!?」
「ありがとうプロのおねーさん! さあお二方、帰って地獄の特訓ですよー! イッツ、ブラッディターイム!」
「えッ……私達もやるの? どうする純狐?」
「当然、やるに決まっているわ。誰かの手によってそういうシナリオが用意されているはずです……たぶん」
「ええええ……」
訳の分からぬ会話を交えながら、タイツ姿の三人組は村紗の部屋を後にする。
彼女達に手を振って見送った後、こいしは満面の笑みを湛えつつ村紗に向き直った。
「悪徳業者を更生させただけでなく、ひとつの国家を救っちゃうなんて……水蜜やるじゃん!」
「えっ? いやぁ、私は別に……ねえ?」
「もー、水蜜ってば照れちゃってー! かーわいい!」
「ちょっ……!」
飛び掛ってきたこいしを支えきれず、村紗は押し倒されてしまう。
よもやお忘れの方など居るまいが、彼女の背中にはナイフが突き立てられている。
当然この時、ナイフの柄は村紗の体内に深々と押し込まれ……前面から飛び出た切っ先が、こいしの胸に突き刺さった!
「ごふっ!? こ、こんなコトって……! どうしよう水蜜」
「……とりあえず、抜けばいいのでは?」
「バカね水蜜……そんなことしたら、血がいっぱい出ちゃうじゃん……」
「そうですねぇ……だったらいっその事、アナタの血で擬似血の池プレイと洒落込みましょうか!」
冗談の類に思われるかもしれないが、村紗の表情は真剣そのもの。
流石のこいしも、これには絶句せざるを得ない。彼女が再び口を開くまでに、実に数秒の時を要した。
「ええっ!? 私の血でぇ!? 水蜜ってば変態すぎるよ!」
「女は度胸! 何でも試してみるもんよ」
「うぅ……どうなっても知らないからね……?」
提案する方も、承諾してしまう方も、どちらも尋常ではない。
ナイフがこいしの胸部から引き抜かれたその瞬間、怒涛の如く噴き出す血!
妖怪ヘモグロビンを大量に含んだ鮮血が、村紗の顔に容赦なく降り注ぐ!
「うわっヤバい! これ普通に貧血で死ねる……水蜜?」
「ガバゴボガバゴボガバガバガバ」
「水蜜……溺れてるの? 何それ私バカみたいじゃん……あはは……」
「ゴボッ」
力尽きた二人は、そのままクラウンピース達が待つ地獄へ……ではなく、駆けつけた寺の者達によって、闇の病院こと永遠亭へと搬送された。
先進的な医療技術によって、こいしは辛くも一命をとりとめた。村紗は元々死んでるので放置された。
「トホホ……もう血の池地獄はコリゴリだよ~……水蜜、そのチラシは何?」
「ルーマニア風血の池地獄……ふむ、試してみる価値はありそうね」
「水蜜には千年早いよ! キエーッ!」
「ごふっ」
まさしく、人は過ちを繰り返す……。
命蓮寺の一室、村紗水蜜の部屋。
室内をウロウロしながら考え込む村紗の手には、何やら如何わしいチラシが。
「試してみる価値はありそうね」
「ダメよ水蜜! キエーッ!」
何者かの奇声が上がると同時に、村紗の背中に衝撃が走る。
すわ何事かと振り向いてみれば、そこには古明地こいしの姿が。
「なに? アナタ何? 何なの?」
「私、メリーさん! アナタの後ろにいたの! 今は前だけど……」
「いや、そういう事を聞いているのではなくて……ごふっ何コレ背中超痛い」
背中に手を回して探ってみると……肩甲骨の下あたりから、何やら固いものが生えている事に気づく。
否、それは生えているのではなく、刺さっていたのだ。引き抜いてみれば、案の定それはナイフであった。
「おい……お前これ……なに?」
「水蜜ってば背中刺されたのにピンピンしてる……やだ、こわい……」
「コンコンニャローのバーロー岬! テメー私を殺す気かっ!?」
「殺すも何も、水蜜は既に死んでるじゃん」
「そういう問題か!」
村紗水蜜は船幽霊なので、ナイフで刺された程度ではビクともしないのだ。
普通の妖怪ではこうはいかない。なかなかできることじゃないよ。
「このグアノかつぎのスットコドッコイめ……役立たずのサードアイ切り取って食わせたろか」
「そんな事はどうでもいいの! どうして水蜜は血の池地獄に通うなんてやめようよ!」
「日本語メチャクチャじゃねーか。よく考えてから口を開け……って、そりゃ無理な相談でしたね。ゴメンゴメン」
「ひどーい!」
古明地こいしは何も考えていないので、時折こうして意味不明なことを口走るのだ。
普通の妖怪ではこうはいかない。なかなかできることじゃないよ。それはもういい。
「……で? 私が血の池地獄に通う事と、アナタに何の関係が?」
「大いに関係あるよ! 水蜜が初めて血の池地獄に入ったとき、私も一緒だったんだから!」
「まーた適当なことを……」
「ホントだよ!? 血の池で溺れかけた水蜜を、私が命がけで助けてあげたこと、忘れちゃったとは言わせないよ!」
「なん……だと……」
即座に否定はできない。なぜならば、彼女には身に覚えがあったから。
地底に封じられていた頃、ヘソクリを手に赴いた初めての血の池地獄……忘れられる筈が無い。
ただ、その時の血の池嬢については、顔も名前も思い出せぬままであった。そう、今この瞬間までは。
「それじゃあ……アナタがあの時の?」
「……水蜜のバカ」
「いや、チョット待って頂戴……エエ~ッ!?」
顔を赤らめて俯くこいし。一方の村紗はと言えば、ただでさえ血の通わぬ顔を、さらに蒼くする有様だ。
いきなり背中を刺された記憶も、長き時を経て明かされた衝撃の事実によって、忘却の彼方へと追いやられてしまった。
「マジか……流石にショックだわ……」
「初体験の相手を務めた者として言わせて貰うけど、水蜜はもう血の池地獄なんかに行かない方がいいよ。あんなの健康に良くないもん」
「でも……このギリシャ風ってのは、少々心惹かれるものがありますね……」
「もーらいっと」
村紗の震える手から、こいしがチラシを奪い取る。
サイケな雰囲気の漂うデザインの中でも一際目を引くのが、ド派手なタイツに身を包んだ美少女の存在だ。
「ふーん、水蜜ってばこういうのがタイプなんだ」
「べ、別にタイプとかそういうのじゃねーし。かんけーし」
「でもコレ、ギリシャっていうよりアメリカンだよね。星条旗っていうんでしょ? こういう模様」
「模様とかマジどーでもいーし。ただこの娘がめっちゃスベスベしてそうで、一緒に血の池入ったら気持ち良さそうだなーって思うだけで……痛いっつーの!」
ふと気付くと、村紗の背中に再びナイフが突き立てられていた。
これも無意識のなせる業か、それとも嫉妬の念によるものか。古明地こいし、一瞬の早業であった。
「この店、デリバリーサービスなんてやってるのね。どうする水蜜? 今からコイツ呼んでみる?」
「血の池地獄のデリバリー? ギリシャ半端ねえな……っつーか、呼んでどうするんです?」
「私とパトリオット野郎のどっちが具合がいいか、水蜜に決めて貰うのよ! それじゃあ電話するね」
「いや、電話ってアナタ……」
幻想郷に電話など存在し……いや、ある! 古明地こいしは電話を所持しているのだ!
詳細を知りたい方は、今すぐ東方深秘録を起動しよう。
「こうやって受話器と携帯電話を繋げて……チャージ!」
「そんなんでホントに呼べるんですか?」
「私のスピリチュアルでオカルティックな妖怪パワーを用いて、今から電話をするから出てもらうのよ!」
「さいですか」
電話についての知識を持ち合わせていない村紗は、潔くツッコミを放棄した。
一方のこいしは、耳と肩で受話器を挟み、チラシを見ながら通話を開始する。
「あ、もしもしー? あっ、ハイ……ええ、このクラウンピースって子を……あ、大丈夫ですかー? はい! じゃあこの子で!」
「何でアナタそんな手慣れてるの……」
「えーっとぉ、命蓮寺っていう……あっ、そうですハイ。幻想郷の、人里の近くの……五分で!? はい! じゃあスイマセンお願いしまーす!」
通話を終え、ドヤ顔で向き直るこいし。村紗は既にドン引きである。
それからきっかり五分後、何者かが部屋にやってきた。
「ハーイ! ワタシがクラウンピースちゃんデース! ご指名センキューベリーマッチネー!」
「なんとナントの難破船……まさか本当にクラウンピースちゃんが来てくれるとは」
「いや……ちょっと待って水蜜。なんかこのヒト写真と違うわ……」
こいしはチラシを指さしつつ、訪問者に訝しげな視線を送る。
奇抜な装いこそ写真とよく似ているものの、顔つきや髪の色は明らかに別人のそれである。
「そ、そんなことアリマセーン! お前……ユー達はワタシがフェイク、すなわち偽物だというのです?」
「なんかさあ……妖精っぽくないんだよね。羽根が生えてないし、尻尾みたいなオーラがダダ漏れだし」
「はっ!? こ、これは違うのです! これは……ええい、口惜しや!」
「チェンジで!」
こいしの一喝を受けて、偽クラウンピースはすごすごと退散する。
彼女が何者であったのかは……いずれ語られる機会もあるだろう。ピュアヒューリーズでも聴きながら気長に待ちなさい。
「何だったのでしょう、アレ」
「気にしちゃダメよ水蜜。この業界ではよくある事だから」
業界とは一体……村紗は忠告に従い、あえて気にしない事にする。
さらに五分が経過した頃、再び何者かが現れた。
「きゃはははは! あたいがクラウンピースよん♪」
「チェンジ!」
謎の球体を三つも身につけた全身タイツ姿の女に向かって、村紗とこいしが同時に叫んだ。
「……『貴方達は私にチェンジと言った』、それだけの理由で貴方達を血の池地獄へ堕とす。ただそれだけの理由だ! 死んでも悔しが……」
「チェンジって言ってるのが分かんねえのか! さっさと本物を出しやがれってんだバーロー岬!」
「ううっ……でもホラ、ちゃんとここにクラウンピースって書いてあるしぃ……」
「『I Crownpiece』ってなに? 『am』が抜けてるし、そもそも『r』じゃなくて『l』なんですケド?」
「う……あ……うわあああああああああああん!」
こいしの無慈悲な指摘を受け、球体タイツ女が号泣!
なす術も無く立ち尽くす二人のもとへ、更なる訪問者が!
「ああもう、見ていられないわー! ご主人様ことヘカーティア・ラピスラズリ様! ここはあたいが犠牲になって……!」
「駄目よクラウンピース! 私の名前をバラすのも駄目だし、何より貴方が傷モノにされるなんて、私耐えられないわッ!」
「待つのデース二人とも! ここは紺珠伝の穢れ担当であるワタシが、このケダモノたちにセクシャルなサーヴィスをば……」
「友人様こと純狐様!? もう正体バレてるんですから、普通に喋ってよいのですよ!?」
本物のクラウンピースと、先程の偽物まで加わり、事態はさらなる混沌へ!
唐突に開始された茶番劇を目の当たりにして、呆れ果てた様子の村紗がボソッと呟く。
「こんなのってないぞ……ネオギリシャいい加減にしろよ……」
「許せない……」
「えっ?」
低い声で呟いたこいしが、徐に前へと進み出て……タイツ姿の三人に満遍なく平手打ちをくれたではないか!
村紗を含めた四人が唖然とする中、こいしは毅然とした態度で声を張り上げる。
「アナタ達、血の池嬢をナメてるの!? 半端な覚悟でやっていけるような甘い世界じゃないんだから!」
「ご、ごめんなさい……でも、なにも叩くことないじゃん……」
「叩かれた位でピーピー泣かない! ここにいる水蜜なんて、背中にナイフが刺さってるのよ!? それに比べたら大した事ないでしょ!」
「ええええ? 何でそんな事を……抜けばいいのに」
ヘカーティアの意見は至極もっともであったが、村紗はあえて聞き流すことにした。
こんな変な球体ヤローの言葉に従うなど、彼女のプライドが許さなかったのだ。
「やる気が無いなら、とっととお店を畳むことね! お互いにとってそれが最善よ!」
「そうはいかないんだよ! ギリシャが経済的に幻想入りするかもしれないので、あたい達がナントカ頑張って支えないと……!」
「もういい、もういいのよクラウンピース! 所詮私達は地獄の住人……アテネのことも夢のまた夢……」
「う……うわあああああああん! ご主人様ことヘカーティア・ラピスラズリ様ぁ!」
なぜ執拗にフルネームを? などと尋ねようとした村紗であったが、抱き合って泣き崩れる二人の姿を見て思いとどまった。
何かを助けようとする者の気持ちは、彼女にも痛いほどよく分かっている。責める事など出来る筈もない。
などと思っていると、純狐と呼ばれたタイツ女が、二人をかばうように立ちはだかった。
「ああ、なんて可哀相なギリシャ関係者なのでしょう! お前達はこの哀れな姿を見ても、あくまで罪を責めようというのです?」
「いえ、もういいので帰ってくれません? クラウンピースちゃんと血塗れでヌプヌプ出来ない以上、居座られても邪魔なだけですし」
「水蜜ったら、まだそんなコト考えてたの!? ムラムラするのは苗字だけにしておきなさいよ!」
こいしが食って掛かってきたが、村紗は菩薩のような心でスルーした。
仏道修行の賜物である。単に面倒くさかっただけとか、そういう話ではない。たぶん。
「ごめんねムラムラミッツさん。せっかく指名してくれたのに、一緒に血の池入ってあげられなくて」
「いや、そんな風に謝られても……ムラムラミッツって何だよ!? 私の名前はむら……」
「あたい、一から修行し直すよ! 立派な血の池嬢になって、ミチミチムーチョさんを気持ちよくしてあげるんだ!」
「だから名前……」
「クッ、クラウンピース……! 貴方は私達の……いえ、全ギリシャ国民の希望の星だわッ!」
「ええ、それでこそ星条旗を背負うに相応しい……ギリシャの国旗って星条旗なのです?」
「……バーロー岬」
勝手に盛り上がる三馬鹿を前に、村紗は諦めの表情で呟いた。
これも仏道修行の賜物である。仏道とは諦めることと見つけたり。真に受けないように。
「頑張ってねクラウンピースちゃん! どんな酷い客が来ても笑顔を忘れちゃ駄目だからね! ファイトだよ!?」
「ありがとうプロのおねーさん! さあお二方、帰って地獄の特訓ですよー! イッツ、ブラッディターイム!」
「えッ……私達もやるの? どうする純狐?」
「当然、やるに決まっているわ。誰かの手によってそういうシナリオが用意されているはずです……たぶん」
「ええええ……」
訳の分からぬ会話を交えながら、タイツ姿の三人組は村紗の部屋を後にする。
彼女達に手を振って見送った後、こいしは満面の笑みを湛えつつ村紗に向き直った。
「悪徳業者を更生させただけでなく、ひとつの国家を救っちゃうなんて……水蜜やるじゃん!」
「えっ? いやぁ、私は別に……ねえ?」
「もー、水蜜ってば照れちゃってー! かーわいい!」
「ちょっ……!」
飛び掛ってきたこいしを支えきれず、村紗は押し倒されてしまう。
よもやお忘れの方など居るまいが、彼女の背中にはナイフが突き立てられている。
当然この時、ナイフの柄は村紗の体内に深々と押し込まれ……前面から飛び出た切っ先が、こいしの胸に突き刺さった!
「ごふっ!? こ、こんなコトって……! どうしよう水蜜」
「……とりあえず、抜けばいいのでは?」
「バカね水蜜……そんなことしたら、血がいっぱい出ちゃうじゃん……」
「そうですねぇ……だったらいっその事、アナタの血で擬似血の池プレイと洒落込みましょうか!」
冗談の類に思われるかもしれないが、村紗の表情は真剣そのもの。
流石のこいしも、これには絶句せざるを得ない。彼女が再び口を開くまでに、実に数秒の時を要した。
「ええっ!? 私の血でぇ!? 水蜜ってば変態すぎるよ!」
「女は度胸! 何でも試してみるもんよ」
「うぅ……どうなっても知らないからね……?」
提案する方も、承諾してしまう方も、どちらも尋常ではない。
ナイフがこいしの胸部から引き抜かれたその瞬間、怒涛の如く噴き出す血!
妖怪ヘモグロビンを大量に含んだ鮮血が、村紗の顔に容赦なく降り注ぐ!
「うわっヤバい! これ普通に貧血で死ねる……水蜜?」
「ガバゴボガバゴボガバガバガバ」
「水蜜……溺れてるの? 何それ私バカみたいじゃん……あはは……」
「ゴボッ」
力尽きた二人は、そのままクラウンピース達が待つ地獄へ……ではなく、駆けつけた寺の者達によって、闇の病院こと永遠亭へと搬送された。
先進的な医療技術によって、こいしは辛くも一命をとりとめた。村紗は元々死んでるので放置された。
「トホホ……もう血の池地獄はコリゴリだよ~……水蜜、そのチラシは何?」
「ルーマニア風血の池地獄……ふむ、試してみる価値はありそうね」
「水蜜には千年早いよ! キエーッ!」
「ごふっ」
まさしく、人は過ちを繰り返す……。
というわけでちょっと血の池地獄に落ちてきます
それにしても船長さん最近シャバに出た割にバブル期のオッサンみたいな言語センスっすね…
そういえばタンタンって翻訳前はTINTIN……あっ。
正気か!?
しかしどいつもこいしも、俗っぽい
でも、それでこそ幻想郷かなとも思えるから。悔しい
テンポがいいというかなんというかですらすら読めました
そして結構エロいのが良い
パロネタも部分も全部面白かった