私、東風谷 早苗は魔法の森の中を散歩していた。
なぜ散歩なのか、と問われると私にも解らない。
強いて言うなら、『なんとなく』である。やる事もないし、なんとなくやってみようかな、と思っただけ。まるで猫のようだ、と自分で思い、一人でくすりと笑う。
ただ気の向くままに、交互に足を動かす。
現在位置がどこかなんてわからない。そんなこと、考えて歩いていない。例え迷子になったとしても、空を飛べば守矢神社ぐらい見えるだろう。幻想郷はそれほど大きくないのだから。
ぼーっ、と散歩をする事数分。ある人影が目に入った。
影が誰のものなのか。それが気になり、私はその影を追いかけた。魔法の森だし、恐らくアリスさんや魔理沙さんなのだろうか、などと考えていると、段々とその影の主が見えてきた。
――あれぇ?
心の中で、そう呟いた。
「ルーミアさん?」
「・・・・・・あぁ、早苗か」
彼女――ルーミアさんは金色の綺麗な長い髪を揺らしながら私の方を向いた。
「こんなところで、なにをしているんですか?」
「なぁに、ただの散歩さ。最近平和でねぇ。私達妖怪はすることがないんだよ。・・・・・・見たところ、アンタも目的を持ってここまで歩いてきた風では無いけれど・・・・・・なにをしていたんだい?」
「私も散歩です。何もすることが無くて、でも何もしないのは嫌で。なんとなく歩いてたら、ここに居ました」
私の言葉に、ルーミアさんは「ふーん、そうかい」と呟き、近くにあった切り株に腰を下ろす。
「ほら、アンタも座りな。どうせ私と別れてもまたツラツラ歩き回るだけなんだろう?」
言われて、私もルーミアさんと向かい合う位置にあった切り株に腰を下ろした。
「平和――ですか」
先程のルーミアさんの言葉を思い出し、ポツりと呟く。
確かに、最近は異変を起こすような輩もいないし、悪さをするような妖怪もいない――まぁ、平和ではあるだろう。
妖怪と人間の間なら。
「確かに、最近の妖怪と人間の関係は安定していますよね――ただ・・・・・・人間同士での問題は、やっぱり変わりませんね」
人間同士の問題。
小さな問題や大きな問題――様々な問題が人間の間には存在している。
「同じ人間同士で争いあう、か――人間は私達妖怪の事を同じ妖怪同士なのになぜ殺しあうのか、なぜ争うのか、なんて言ってるが・・・・・・結局、同じじゃないか」
そう言って、一瞬だけルーミアさんは寂しげな顔をした。けれど、それは本当に一瞬で、瞬きをした頃には既に元の表情に戻っていた。
「あ、そうだ」
言って、ルーミアさんはぱんっ、と手を合わせた。
「知ってるか?人間と妖怪が今よりももうちょっとだけ仲が良かった時代の話」
「・・・・・聞いたこと無いです」
「まぁ、そうだろうなぁ」
「んー。妖怪と人間の仲が良かったって事は、やっぱり平和だったんですかね?」
私の言葉に、彼女は笑みを浮かべながら、
「あぁ、平和だった。人間同士の問題に関してはよく解らんが、とりあえず人間と妖怪の関係は良好。人間が死ぬことはほとんどなかった」
――ん?
ルーミアさんの言葉に、なにかひっかかるものを感じた。
・・・・・人間〝が〟死ぬことはなかった?
人間と妖怪の関係が良好。それなら、どちらも死ぬことは無いはずだ。しかし、彼女は人間〝が〟と言った。どちらも死んでいないなら、この表現はおかしい。
つまり――・・・・・・?
「・・・・・・妖怪はどうだったんですか?」
私の言葉に、ルーミアさんは笑みを崩すことなく言った。
「妖怪は死んだよ。それはもうたくさん」
やっぱりか、と心の中で呟く。
けれど、なぜそうなるのかは解らなかった。関係が良好ならば、どちらも死ぬことが無いはずなのだ。なのに、なぜ妖怪だけが死んでいくのか。
そんな疑問を頭に浮かべていると、ルーミアさんがその答えを語り始める。
「妖怪はね。人間に恋をすると死んでしまうんだよ」
――なんてロマンチックな死因だ。
心の中でそう呟く。
「どうして、ですか?」
私の問いに、ルーミアさんは目を細くして、
「解るだろう?妖怪と人間じゃぁ寿命が違いすぎるんだ。どんなに愛しても、当然のように先に逝ってしまう」
――そういうことか、と。私は納得した。
人間と妖怪の関係が良かったという事は、人間の抱く妖怪へのイメージも良かったはずだ。まさか怖いと感じる相手と付き合う人間はいないだろう。
それにしても凄い時代だなぁ。人間と妖怪が付き合うほど仲がいい時代だなんて――まぁ結局、ルーミアさんの言葉が正しいなら、その頃の人間、妖怪の大半は死んでしまっているのだろうけれど。
――そうだ。
私は好奇心から、ある疑問を思いついた。そして、躊躇無くルーミアさんへとその疑問を投げる。
「ルーミアさんにもいたんですか?好きな人」
私のその問いに、ルーミアさんは寂しそうな顔をして、
「いたよ。優しい人だった・・・・・・好きになって、付き合って――一緒に時間を過ごして。楽しかったなぁ」
「・・・・・・やっぱり、その人も――?」
「――あぁ、死んだよ」
一瞬の静寂。
質問した私も悪いけれど、ここで一瞬でも黙られてしまうとすごく気まずい。けれど、ルーミアさんはそんな事を気にする風も無く、言葉を続ける。
「楽しい時間はあっという間でね――あぁ、でも彼が短命だったわけではないよ。結構長生きしていたハズだ」
「ルーミアさんは・・・・・・悲しくなかったんですか?」
彼が、亡くなって――好きだった人が亡くなって。
辛くなかった訳が無い。それこそ、自殺してしまう妖怪が多かった位なのだ。けれど、ルーミアさんは今も生きている。でも、今までの言動から見るに、彼への想いは相当なものだったはず。
なのに、なぜ――?
「悲しかったよ。泣いて泣いて、泣いた。彼の亡骸を抱えて、ずっと泣いてた――彼の亡骸が腐敗しても、それに気づかずずっと抱えてた」
腐敗しても――その言葉を聞くと同時に、私はその光景を想像してしまった。狭い一室の中――もしくは、どこかの森の中。そこで彼の亡骸を抱え――彼の腐敗した亡骸を抱え、一人泣きじゃくるルーミアさん
その光景を想像した途端、彼の死が、ルーミアさんにとってどれ程のショックだったのか――それを想像することが怖くなった。
「でも、周りの妖怪のように自己否定し、自殺して彼の後を追おうとは思わなかった。そんなことをしたら、それこそ彼は悲しむだろうから」
その言葉を聞いて、私はほっとすると同時に感動した。
彼女は苦難を乗り越え、彼の分も生きる事を選んだのだ――しかし、感動したのも束の間。彼女――ルーミアさんは、衝撃的な一言を私に告げた。
「後を追うと彼が悲しむ。けれど、彼から離れるのは嫌。どっちも幸せになるにはどうすれば、って考えて――ある事を思いついたんだ。・・・・・・〝食べる〟。彼の腐敗した亡骸を食べて、私の血肉にすれば――ずっと、ずーっと一緒に居られる」
ひっ、と小さな悲鳴を上げるのをギリギリの所で堪える。
そうか、そういうことか――確かに彼女は苦難を乗り越えた。しかし、彼から離れることはどうしてもできなかった。だから、ずっと一緒に居るために――彼の肉を食べ、血をすすり、自分の体に取り込んだ。
言ってしまえば、彼は今でもルーミアさんの中に存在しているということになる。
「それは、なんというか・・・・・・純愛ですね」
苦笑いしつつ、私はそう言った。
「彼の味は――今でも忘れられないよ。美味しいと言えるモノではなかったけれど、好きな人のモノだからね。記憶にしっかり刻み込まれてる」
そう言って、ルーミアさんは舌で唇を舐めた。
私はただ黙って、過去の味を思い出す彼女を見つめることしかできなかった。
なぜ散歩なのか、と問われると私にも解らない。
強いて言うなら、『なんとなく』である。やる事もないし、なんとなくやってみようかな、と思っただけ。まるで猫のようだ、と自分で思い、一人でくすりと笑う。
ただ気の向くままに、交互に足を動かす。
現在位置がどこかなんてわからない。そんなこと、考えて歩いていない。例え迷子になったとしても、空を飛べば守矢神社ぐらい見えるだろう。幻想郷はそれほど大きくないのだから。
ぼーっ、と散歩をする事数分。ある人影が目に入った。
影が誰のものなのか。それが気になり、私はその影を追いかけた。魔法の森だし、恐らくアリスさんや魔理沙さんなのだろうか、などと考えていると、段々とその影の主が見えてきた。
――あれぇ?
心の中で、そう呟いた。
「ルーミアさん?」
「・・・・・・あぁ、早苗か」
彼女――ルーミアさんは金色の綺麗な長い髪を揺らしながら私の方を向いた。
「こんなところで、なにをしているんですか?」
「なぁに、ただの散歩さ。最近平和でねぇ。私達妖怪はすることがないんだよ。・・・・・・見たところ、アンタも目的を持ってここまで歩いてきた風では無いけれど・・・・・・なにをしていたんだい?」
「私も散歩です。何もすることが無くて、でも何もしないのは嫌で。なんとなく歩いてたら、ここに居ました」
私の言葉に、ルーミアさんは「ふーん、そうかい」と呟き、近くにあった切り株に腰を下ろす。
「ほら、アンタも座りな。どうせ私と別れてもまたツラツラ歩き回るだけなんだろう?」
言われて、私もルーミアさんと向かい合う位置にあった切り株に腰を下ろした。
「平和――ですか」
先程のルーミアさんの言葉を思い出し、ポツりと呟く。
確かに、最近は異変を起こすような輩もいないし、悪さをするような妖怪もいない――まぁ、平和ではあるだろう。
妖怪と人間の間なら。
「確かに、最近の妖怪と人間の関係は安定していますよね――ただ・・・・・・人間同士での問題は、やっぱり変わりませんね」
人間同士の問題。
小さな問題や大きな問題――様々な問題が人間の間には存在している。
「同じ人間同士で争いあう、か――人間は私達妖怪の事を同じ妖怪同士なのになぜ殺しあうのか、なぜ争うのか、なんて言ってるが・・・・・・結局、同じじゃないか」
そう言って、一瞬だけルーミアさんは寂しげな顔をした。けれど、それは本当に一瞬で、瞬きをした頃には既に元の表情に戻っていた。
「あ、そうだ」
言って、ルーミアさんはぱんっ、と手を合わせた。
「知ってるか?人間と妖怪が今よりももうちょっとだけ仲が良かった時代の話」
「・・・・・聞いたこと無いです」
「まぁ、そうだろうなぁ」
「んー。妖怪と人間の仲が良かったって事は、やっぱり平和だったんですかね?」
私の言葉に、彼女は笑みを浮かべながら、
「あぁ、平和だった。人間同士の問題に関してはよく解らんが、とりあえず人間と妖怪の関係は良好。人間が死ぬことはほとんどなかった」
――ん?
ルーミアさんの言葉に、なにかひっかかるものを感じた。
・・・・・人間〝が〟死ぬことはなかった?
人間と妖怪の関係が良好。それなら、どちらも死ぬことは無いはずだ。しかし、彼女は人間〝が〟と言った。どちらも死んでいないなら、この表現はおかしい。
つまり――・・・・・・?
「・・・・・・妖怪はどうだったんですか?」
私の言葉に、ルーミアさんは笑みを崩すことなく言った。
「妖怪は死んだよ。それはもうたくさん」
やっぱりか、と心の中で呟く。
けれど、なぜそうなるのかは解らなかった。関係が良好ならば、どちらも死ぬことが無いはずなのだ。なのに、なぜ妖怪だけが死んでいくのか。
そんな疑問を頭に浮かべていると、ルーミアさんがその答えを語り始める。
「妖怪はね。人間に恋をすると死んでしまうんだよ」
――なんてロマンチックな死因だ。
心の中でそう呟く。
「どうして、ですか?」
私の問いに、ルーミアさんは目を細くして、
「解るだろう?妖怪と人間じゃぁ寿命が違いすぎるんだ。どんなに愛しても、当然のように先に逝ってしまう」
――そういうことか、と。私は納得した。
人間と妖怪の関係が良かったという事は、人間の抱く妖怪へのイメージも良かったはずだ。まさか怖いと感じる相手と付き合う人間はいないだろう。
それにしても凄い時代だなぁ。人間と妖怪が付き合うほど仲がいい時代だなんて――まぁ結局、ルーミアさんの言葉が正しいなら、その頃の人間、妖怪の大半は死んでしまっているのだろうけれど。
――そうだ。
私は好奇心から、ある疑問を思いついた。そして、躊躇無くルーミアさんへとその疑問を投げる。
「ルーミアさんにもいたんですか?好きな人」
私のその問いに、ルーミアさんは寂しそうな顔をして、
「いたよ。優しい人だった・・・・・・好きになって、付き合って――一緒に時間を過ごして。楽しかったなぁ」
「・・・・・・やっぱり、その人も――?」
「――あぁ、死んだよ」
一瞬の静寂。
質問した私も悪いけれど、ここで一瞬でも黙られてしまうとすごく気まずい。けれど、ルーミアさんはそんな事を気にする風も無く、言葉を続ける。
「楽しい時間はあっという間でね――あぁ、でも彼が短命だったわけではないよ。結構長生きしていたハズだ」
「ルーミアさんは・・・・・・悲しくなかったんですか?」
彼が、亡くなって――好きだった人が亡くなって。
辛くなかった訳が無い。それこそ、自殺してしまう妖怪が多かった位なのだ。けれど、ルーミアさんは今も生きている。でも、今までの言動から見るに、彼への想いは相当なものだったはず。
なのに、なぜ――?
「悲しかったよ。泣いて泣いて、泣いた。彼の亡骸を抱えて、ずっと泣いてた――彼の亡骸が腐敗しても、それに気づかずずっと抱えてた」
腐敗しても――その言葉を聞くと同時に、私はその光景を想像してしまった。狭い一室の中――もしくは、どこかの森の中。そこで彼の亡骸を抱え――彼の腐敗した亡骸を抱え、一人泣きじゃくるルーミアさん
その光景を想像した途端、彼の死が、ルーミアさんにとってどれ程のショックだったのか――それを想像することが怖くなった。
「でも、周りの妖怪のように自己否定し、自殺して彼の後を追おうとは思わなかった。そんなことをしたら、それこそ彼は悲しむだろうから」
その言葉を聞いて、私はほっとすると同時に感動した。
彼女は苦難を乗り越え、彼の分も生きる事を選んだのだ――しかし、感動したのも束の間。彼女――ルーミアさんは、衝撃的な一言を私に告げた。
「後を追うと彼が悲しむ。けれど、彼から離れるのは嫌。どっちも幸せになるにはどうすれば、って考えて――ある事を思いついたんだ。・・・・・・〝食べる〟。彼の腐敗した亡骸を食べて、私の血肉にすれば――ずっと、ずーっと一緒に居られる」
ひっ、と小さな悲鳴を上げるのをギリギリの所で堪える。
そうか、そういうことか――確かに彼女は苦難を乗り越えた。しかし、彼から離れることはどうしてもできなかった。だから、ずっと一緒に居るために――彼の肉を食べ、血をすすり、自分の体に取り込んだ。
言ってしまえば、彼は今でもルーミアさんの中に存在しているということになる。
「それは、なんというか・・・・・・純愛ですね」
苦笑いしつつ、私はそう言った。
「彼の味は――今でも忘れられないよ。美味しいと言えるモノではなかったけれど、好きな人のモノだからね。記憶にしっかり刻み込まれてる」
そう言って、ルーミアさんは舌で唇を舐めた。
私はただ黙って、過去の味を思い出す彼女を見つめることしかできなかった。