枯れ葉が風で舞い上がり、互いに音を鳴らす。カサカサという音はどこか懐かしく、心地よかった。
ひと通り仕事を済ませ、縁側で少し休憩する。
春になればきれいな花を咲かせる桜の木々。しかし、今は冬に入ろうとする秋の終わり。夏にたくさんつけた葉を枯らし、それを落として冬の訪れを待つ季節。
私も、時間が過ぎて冬が来るのを待つだけ。
心地いい風が肌を撫でていく。
睡魔が向こうで手招きしている。
体が地面に吸い寄せられるように倒れた。
――少し冷たい空気を感じて目が覚めた。
夕日に染まる空を薄目で見た。
そろそろ起きて、することがたくさんある。でも、目を開けるのが忍ばれる。
もう少しだけ、眠っていたいと思った。
夢見心地でまどろんでいた私の耳に、枯れ葉の音が響く。
それに混じって、きれいな声が聞こえた。
「あら」
どこか子供のような、楽しそうな声。間違いない。幽々子様だ。
私の近くで廊下が少し軋んだ。すぐ横に座ったらしい。
ああ、でもどうしよう。お仕事せずにお昼寝してたなんて言えないし……。
いま起きたらなんとかなるかもしれない。
ああ、どうしよう。
「妖夢」
何か、私の頭に触れた。
髪にそって私の頭を撫でていく幽々子様の手だ。
「……はい」まだ意識がおぼつかないながらも私はなんとか答えた。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」幽々子様の手が頭から離れていった。
「……いえ」私は体を起こして正座した。
どうしよう。
何を言えばいいのかわからなかった。
素直に謝るべきなのだろうけど、どうしても言葉が出ない。
「どうかした?」そう言って顔を覗きこんでくる幽々子様から私は必死に顔を背けた。
後悔が心の底に沈んでいる。
目頭が熱くなって、頬を涙が伝う。
「申し訳ありません……」
ようやくひねり出したその言葉は小さく、震えていた。
枯れ葉の音が聞こえる。今度は私の気持ちと同じように、乾いた孤独の音を鳴らす。
実りの秋を終え、死の冬へと向かう音。
「妖夢、こっちを見なさい」
ゆっくりと顔を上げた。
そこには、扇子で顔を隠した幽々子様がいた。
「どうしてあなたは泣いているのかしら?」声から子供らしさが消えていた。
「その、仕事の途中で寝ちゃって、それで……」うまく言葉が出てこない。
正直に言おうとしているのに、どこかで弁明をしようとしている。そんな形の矛盾を私は抱えていた。
「それだけかしら」扇子が勢い良く閉じられた。まっすぐに私を見つめる顔が見えた。「あなたは、後悔の間にいるのでしょう? 悔い改めようしているのに弁明して許してもらおうとする。そんな矛盾」
「はい……」
「でも、反省している。違うかしら?」
「はい……」私は幽々子様から目をそらした。
私の神妙な声と対照的にクスクスと笑い声が聞こえた。
見ると、幽々子様は笑顔だった。
「私がこんなことで怒るとでも思っていたのかしら?」私が困惑しているのをよそに、幽々子様は私の頭をなでた。「あなたはよく仕事をするし、もう反省してるじゃない」
いつもの少しおどけたような、子供のような、甘ったるい声に戻っていた。
私はなんだか、また涙が出てくるのを感じた。
「ねえ妖夢」幽々子様は膝の上をポンポンと叩いていた。「ここ、ここ」
「いえ、でも……」私は涙を拭って言った。
手が伸びてきて、私の肩を優しく引っ張った。
私の頭は幽々子様の膝の上に乗っていた。
慌てて起き上がろうとする私の上に、またやさしい手が乗った。
「しばらくこのままでいて」それは、命令などではない。願いに近い意味合いを持った言葉。
私はそれに従った。
頭は庭に向いていたので、寝ていた間に落ちた枯れ葉が見えた。
「妖夢は桜が好きかしら?」幽々子様は庭を見ていた。「ねえ?」
「はい、好きですよ」
「どのくらい?」
「そうですね……」少し考える。「一年中咲いていても飽きないくらいです」
また、幽々子様が笑い始めた。
「なにか妙なことを言いましたか?」
「いいえ。ただ、面白くてね」
少し顔を傾けて、幽々子様を見る。幽々子様も、私を見ていた。
「じゃあ、枯れ葉は好き?」
「別にそんなことは……」
「お掃除も増えるのに?」
「えっと……」
微笑みが幽々子様の顔に浮かんだ。
「桜はね、少しの間だけ咲いて、散るから美しいのよ。ずっと咲いていたら、それは風流じゃなくなってしまう」桜の木々に視線を移す。「それに、こうやって成長していくものだから。自分でつけた葉を枯らし、落として。きれいな桜の花を咲かせるために」
「そうなんですか」
「あら、あなたもそうでしょ?」また笑い声。「ここで寝て、成長するの」
なんだか馬鹿にされたような気分になる。でも、返す言葉もない。
「でも、それでいいの。妖夢は妖夢。私の好きなかわいい妖夢」
ポンポンと軽く頭を叩かれた。なんだか、恥ずかしくなってきた。
「寝顔もかわいかったから、私は満足よ。こんなにも綺麗な庭も見れたしね」
庭は枯れ葉が多く、とても綺麗だとは言えなかった。相変わらずよくわからない人だ。
冷たいものが、私の首筋に触れた。またしても、幽々子様の手だった。
「妖夢は温かいわね」どこか哀しさをもった響きだった。
「そうですか。でも、それがどうかしましたか?」どうかしているのはわかっている。幽々子様は亡くなっている。私は半分生きている。そういう意味だろう。でも、そんなこと考えたくはなかった。
「……そうね」幽々子様は空をみあげていた。「妖夢もいるからね」
その一言にわたしは顔を伏せた。恥ずかしいなぁ。伏せた先が幽々子様の膝の上だったと気がついたのは少し後だった。
「そろそろご飯にしましょう!」そう言って私は飛び起きた。
幽々子様は一瞬私の声にきょとんとしていたが、その後に「とびきり美味しいのお願いね〜」と甘ったるい声で言った。
庭に風が吹き、枯れ葉が舞い上がる。
もうすぐ冬だ。
「……よしっ」
その声が何の決意なのか。
私も知らない。
春は、向う側にある。
ひと通り仕事を済ませ、縁側で少し休憩する。
春になればきれいな花を咲かせる桜の木々。しかし、今は冬に入ろうとする秋の終わり。夏にたくさんつけた葉を枯らし、それを落として冬の訪れを待つ季節。
私も、時間が過ぎて冬が来るのを待つだけ。
心地いい風が肌を撫でていく。
睡魔が向こうで手招きしている。
体が地面に吸い寄せられるように倒れた。
――少し冷たい空気を感じて目が覚めた。
夕日に染まる空を薄目で見た。
そろそろ起きて、することがたくさんある。でも、目を開けるのが忍ばれる。
もう少しだけ、眠っていたいと思った。
夢見心地でまどろんでいた私の耳に、枯れ葉の音が響く。
それに混じって、きれいな声が聞こえた。
「あら」
どこか子供のような、楽しそうな声。間違いない。幽々子様だ。
私の近くで廊下が少し軋んだ。すぐ横に座ったらしい。
ああ、でもどうしよう。お仕事せずにお昼寝してたなんて言えないし……。
いま起きたらなんとかなるかもしれない。
ああ、どうしよう。
「妖夢」
何か、私の頭に触れた。
髪にそって私の頭を撫でていく幽々子様の手だ。
「……はい」まだ意識がおぼつかないながらも私はなんとか答えた。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」幽々子様の手が頭から離れていった。
「……いえ」私は体を起こして正座した。
どうしよう。
何を言えばいいのかわからなかった。
素直に謝るべきなのだろうけど、どうしても言葉が出ない。
「どうかした?」そう言って顔を覗きこんでくる幽々子様から私は必死に顔を背けた。
後悔が心の底に沈んでいる。
目頭が熱くなって、頬を涙が伝う。
「申し訳ありません……」
ようやくひねり出したその言葉は小さく、震えていた。
枯れ葉の音が聞こえる。今度は私の気持ちと同じように、乾いた孤独の音を鳴らす。
実りの秋を終え、死の冬へと向かう音。
「妖夢、こっちを見なさい」
ゆっくりと顔を上げた。
そこには、扇子で顔を隠した幽々子様がいた。
「どうしてあなたは泣いているのかしら?」声から子供らしさが消えていた。
「その、仕事の途中で寝ちゃって、それで……」うまく言葉が出てこない。
正直に言おうとしているのに、どこかで弁明をしようとしている。そんな形の矛盾を私は抱えていた。
「それだけかしら」扇子が勢い良く閉じられた。まっすぐに私を見つめる顔が見えた。「あなたは、後悔の間にいるのでしょう? 悔い改めようしているのに弁明して許してもらおうとする。そんな矛盾」
「はい……」
「でも、反省している。違うかしら?」
「はい……」私は幽々子様から目をそらした。
私の神妙な声と対照的にクスクスと笑い声が聞こえた。
見ると、幽々子様は笑顔だった。
「私がこんなことで怒るとでも思っていたのかしら?」私が困惑しているのをよそに、幽々子様は私の頭をなでた。「あなたはよく仕事をするし、もう反省してるじゃない」
いつもの少しおどけたような、子供のような、甘ったるい声に戻っていた。
私はなんだか、また涙が出てくるのを感じた。
「ねえ妖夢」幽々子様は膝の上をポンポンと叩いていた。「ここ、ここ」
「いえ、でも……」私は涙を拭って言った。
手が伸びてきて、私の肩を優しく引っ張った。
私の頭は幽々子様の膝の上に乗っていた。
慌てて起き上がろうとする私の上に、またやさしい手が乗った。
「しばらくこのままでいて」それは、命令などではない。願いに近い意味合いを持った言葉。
私はそれに従った。
頭は庭に向いていたので、寝ていた間に落ちた枯れ葉が見えた。
「妖夢は桜が好きかしら?」幽々子様は庭を見ていた。「ねえ?」
「はい、好きですよ」
「どのくらい?」
「そうですね……」少し考える。「一年中咲いていても飽きないくらいです」
また、幽々子様が笑い始めた。
「なにか妙なことを言いましたか?」
「いいえ。ただ、面白くてね」
少し顔を傾けて、幽々子様を見る。幽々子様も、私を見ていた。
「じゃあ、枯れ葉は好き?」
「別にそんなことは……」
「お掃除も増えるのに?」
「えっと……」
微笑みが幽々子様の顔に浮かんだ。
「桜はね、少しの間だけ咲いて、散るから美しいのよ。ずっと咲いていたら、それは風流じゃなくなってしまう」桜の木々に視線を移す。「それに、こうやって成長していくものだから。自分でつけた葉を枯らし、落として。きれいな桜の花を咲かせるために」
「そうなんですか」
「あら、あなたもそうでしょ?」また笑い声。「ここで寝て、成長するの」
なんだか馬鹿にされたような気分になる。でも、返す言葉もない。
「でも、それでいいの。妖夢は妖夢。私の好きなかわいい妖夢」
ポンポンと軽く頭を叩かれた。なんだか、恥ずかしくなってきた。
「寝顔もかわいかったから、私は満足よ。こんなにも綺麗な庭も見れたしね」
庭は枯れ葉が多く、とても綺麗だとは言えなかった。相変わらずよくわからない人だ。
冷たいものが、私の首筋に触れた。またしても、幽々子様の手だった。
「妖夢は温かいわね」どこか哀しさをもった響きだった。
「そうですか。でも、それがどうかしましたか?」どうかしているのはわかっている。幽々子様は亡くなっている。私は半分生きている。そういう意味だろう。でも、そんなこと考えたくはなかった。
「……そうね」幽々子様は空をみあげていた。「妖夢もいるからね」
その一言にわたしは顔を伏せた。恥ずかしいなぁ。伏せた先が幽々子様の膝の上だったと気がついたのは少し後だった。
「そろそろご飯にしましょう!」そう言って私は飛び起きた。
幽々子様は一瞬私の声にきょとんとしていたが、その後に「とびきり美味しいのお願いね〜」と甘ったるい声で言った。
庭に風が吹き、枯れ葉が舞い上がる。
もうすぐ冬だ。
「……よしっ」
その声が何の決意なのか。
私も知らない。
春は、向う側にある。
暖かいゆゆみょんをありがとうございました。