私たちは楽しく語り合った。表面上は。陽光の下、大傘の中で交わされる言葉はどこか上滑りで、肌を染み通ることなく滑り落ちていく。
分かり合えているのだろうか。答えを求めようにも、咲夜は微笑みを崩さない。
「失礼します」
二人の間に割って入ったのは、幼さの残る声だった。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
私が無言で頷くと、少女は給仕を始める。
主の品位を傷つけないこと。従者の仕事とは、つまることそれに尽きる。給仕などは、その最たる例だ。
優雅に、上品に。やや堅さは見られたが、まあまあの手つきでお茶の準備は仕上がった。
私はそっとカップを持ち上げ、口をつける。正面に座る咲夜もそれに倣った。
「…………」
緊張の面持ちでメイド姿の少女がそれを見つめる。
「ま、合格ね」
「ええ」
私が言い、咲夜も頷く。少女はぱっと笑顔を咲かせ、慌てて真面目な表情を作り直した。
そこまで堅くなる必要はないのだが、まあ本人の性質だろう。そう思っていると、
「堅くなりすぎよ。緊張感はこちらにも伝わるの。どこぞの巫女みたいにふやけ過ぎもいけないけれど、
もう少し肩の力を抜きなさい」
目敏く咲夜からお小言が飛んだ。はい、と神妙な表情で頷く。
「この娘のやることで、あなたより優れていた点が一つだけあるわ」
「何でしょう?」
「お茶に変なものを混ぜないことよ。……咲良、もういいわ。下がっていなさい」
私の命令に、居待咲良はぺこりと一礼をする。胸にかかった金鎖がじゃらりと鳴った。
鎖の先にあるのは、古ぼけた懐中時計だ。かつては咲夜の首にかかっていた、時を止める月時計<>。
咲良がその時計に手をかける、瞬間、少女の姿はかき消えた。
「あの娘も随分と成長したようですね」
お茶を啜るようにしながら、咲夜は言った。
「そうね。もうひどい失敗はほとんど無いわ」
「まあ、やっぱりどこか堅いままですが。あれの性分でしょう、幼子の時分から真面目一辺倒な娘でした」
「さっきは怒ったくせに」
「怒ってやるのが、愛情ですよ」
皮肉をさらりと受け流し、咲夜はカップをソーサーに戻す。
「さて、あの娘の顔も見れましたし、お嬢様もご壮健の様子。私はそろそろ御暇いたしますね」
「次は、いつ来る?」
「さて……」
「そう」
咲夜はテーブルに手をついて立ち上がる。
ぽたり、ぽたり。
雫が二つ、テーブルの上に落ちた。
咲夜の手のすぐ近く。真上には分厚いヴェール。
表情は、やはりわからない。
ああ、ああ。その瞬間、私の心のどこかが崩れた。
立ち去ろうとする咲夜の手を掴む。帽子とヴェールを弾き飛ばした。白銀の髪がふわりと風に舞う。
美しかった。
充血した瞳、濡れた頬。顔の表面には年月の移りを示す皺が、無数に刻まれていた。
美しかった。
両の手袋も引き裂く。現れた手には皺が、染みが、彼女の歩んできた時間の全てがそこにはあった。
美しかった。
美しかった。
美しかった。
年老いて、持ちうる力のほとんどを失って。それでも尚、いいやそれだからこそ彼女は、十六夜咲夜は美しかった。
いつの間にか私の背丈よりも小さく縮んでしまった身体をそっと抱き寄せ、キスをする。
わかっていた。あなたが永久の別れに来たことは。
わかっていた。別れを告げずに去るつもりでいることは。
あなたは、優しいから。誰も傷つけたくは無いのでしょう。
でも、どうか。私は手を伸ばす。
かつての記憶。満月の下、あなたと過ごした幸福な時。
もう一度、今度は陽の下で。
どうか、私と、ワルツを。
分かり合えているのだろうか。答えを求めようにも、咲夜は微笑みを崩さない。
「失礼します」
二人の間に割って入ったのは、幼さの残る声だった。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
私が無言で頷くと、少女は給仕を始める。
主の品位を傷つけないこと。従者の仕事とは、つまることそれに尽きる。給仕などは、その最たる例だ。
優雅に、上品に。やや堅さは見られたが、まあまあの手つきでお茶の準備は仕上がった。
私はそっとカップを持ち上げ、口をつける。正面に座る咲夜もそれに倣った。
「…………」
緊張の面持ちでメイド姿の少女がそれを見つめる。
「ま、合格ね」
「ええ」
私が言い、咲夜も頷く。少女はぱっと笑顔を咲かせ、慌てて真面目な表情を作り直した。
そこまで堅くなる必要はないのだが、まあ本人の性質だろう。そう思っていると、
「堅くなりすぎよ。緊張感はこちらにも伝わるの。どこぞの巫女みたいにふやけ過ぎもいけないけれど、
もう少し肩の力を抜きなさい」
目敏く咲夜からお小言が飛んだ。はい、と神妙な表情で頷く。
「この娘のやることで、あなたより優れていた点が一つだけあるわ」
「何でしょう?」
「お茶に変なものを混ぜないことよ。……咲良、もういいわ。下がっていなさい」
私の命令に、居待咲良はぺこりと一礼をする。胸にかかった金鎖がじゃらりと鳴った。
鎖の先にあるのは、古ぼけた懐中時計だ。かつては咲夜の首にかかっていた、時を止める月時計<>。
咲良がその時計に手をかける、瞬間、少女の姿はかき消えた。
「あの娘も随分と成長したようですね」
お茶を啜るようにしながら、咲夜は言った。
「そうね。もうひどい失敗はほとんど無いわ」
「まあ、やっぱりどこか堅いままですが。あれの性分でしょう、幼子の時分から真面目一辺倒な娘でした」
「さっきは怒ったくせに」
「怒ってやるのが、愛情ですよ」
皮肉をさらりと受け流し、咲夜はカップをソーサーに戻す。
「さて、あの娘の顔も見れましたし、お嬢様もご壮健の様子。私はそろそろ御暇いたしますね」
「次は、いつ来る?」
「さて……」
「そう」
咲夜はテーブルに手をついて立ち上がる。
ぽたり、ぽたり。
雫が二つ、テーブルの上に落ちた。
咲夜の手のすぐ近く。真上には分厚いヴェール。
表情は、やはりわからない。
ああ、ああ。その瞬間、私の心のどこかが崩れた。
立ち去ろうとする咲夜の手を掴む。帽子とヴェールを弾き飛ばした。白銀の髪がふわりと風に舞う。
美しかった。
充血した瞳、濡れた頬。顔の表面には年月の移りを示す皺が、無数に刻まれていた。
美しかった。
両の手袋も引き裂く。現れた手には皺が、染みが、彼女の歩んできた時間の全てがそこにはあった。
美しかった。
美しかった。
美しかった。
年老いて、持ちうる力のほとんどを失って。それでも尚、いいやそれだからこそ彼女は、十六夜咲夜は美しかった。
いつの間にか私の背丈よりも小さく縮んでしまった身体をそっと抱き寄せ、キスをする。
わかっていた。あなたが永久の別れに来たことは。
わかっていた。別れを告げずに去るつもりでいることは。
あなたは、優しいから。誰も傷つけたくは無いのでしょう。
でも、どうか。私は手を伸ばす。
かつての記憶。満月の下、あなたと過ごした幸福な時。
もう一度、今度は陽の下で。
どうか、私と、ワルツを。
でも、同じ話が100を超える以上ある気がするね。