「流石は多々良先生だ!」
誰かが私を讃えている。
「先生の作った包丁を一度使ったら、もう他のは使えませんぜ」
誰かが私を必要としている。
「先生、またウチの針を作ってくださいね」
誰かが私を求めている。
「ふへへ……」
今日は幸せな夢を見た。
……夢かよ。
~アンブレラ・アンダーテイク~
博麗神社での営業は実質的に大成功に終わった。私こと多々良小傘の技術が認められたということであると自負している。へへん。
ただ、神社に納品した退魔針の代金は絶賛滞納中で、正直言って払われる見込みがない。それどころか納品直後に「針の完成度を試す」などと言う理不尽な名目で攻撃を受けた。出るところに出れば勝てるのではないかと思っているけれど、その予定はない。
なんとなれば、あの博麗神社御用達、という宣伝文句を使えるならば針の代金ぐらいお釣りがくる。霊夢の許可を取ったわけではないけれど、むこうには踏み倒しの後ろめたさがあるだろうし――流石にあると信じたい――表だって文句は言われないだろう。自分の頭の良さに惚れ惚れするね。とにかく私は、大きなビジネスチャンスをつかんだのである。
厄日の営業成績はまずまずだった。概ね例年通りで、向こう一年間の生活費を心配する必要はなさそうだ。何故だか文無し根無し草だと思われている節のある私だけれど、きちんと家はあるし、工房もある。野良妖怪への偏見だ。当分の間、気儘に誰かを驚かせたり、子どもたちをあやしたりする生活を送る予定であった。
しかし。しかし今年の私はちょっと違う。というのも博麗神社で博麗の巫女と霧雨魔理沙が、私の作った針の出来栄えを賞賛したときだ。久々に誰かに必要とされている感覚で心が満たされて、えもいわれぬ多幸感があった。誰かの役に立ちたい熱が私の中で熱くなりつつある。
誰かを驚かすのもいいけれど、今の私は仕事モード。鍛冶師小傘として自分の腕がどこまで通用するか、それを試してみたい。
私は暫く本業――つまり人を驚かせること――をお休みして鍛冶に集中することにした。厄日は過ぎたけれど、きっと楽しい毎日になるだろう。
◇ ◇ ◇
そう考えて今日で一週間になる。極々僅かな、それも小ロットの注文こそあったけれど、新しい仕事と呼べるような仕事は一向に入らない。それもそのはずで、博麗神社御用達と箔が付いたはいいけれど、それ以外にはなんにも変わってはいないのだから、少なくともこれまで付き合いのあるお客さん相手に新しい仕事がもらえるような変化はなかったのだ。
それに気付くまでに一週間かかった。笑うな。
命蓮寺に晩御飯をいただきに転がり込んだ時、マミゾウ親分から言われたのだ。
「肩書で勝負するなら、これまでと違う層を狙うんじゃ」
ってね。
よく知ってるお店が突然○○御用達、なんて言い始めてもへえ、としか思わないけれど、よく知らない店が○○御用達って言ってたら、お?ってなるもんね。
というわけで今日から私は新規開拓に勤しむのである。
里の料理屋、竹林の病院、いろんなところをたらいまわしにされて、随分と辺鄙なところまで流れ着いてしまった。
湖の畔に立つ赤いお屋敷、紅魔館で門番に来訪の理由を告げる。営業だ。過去に一度だけ何かのパーティーに――名目は忘れたけど――紛れ込んだ時に来て以来だ。でも館の大きさや、パーティーの規模に驚かされたことをよく覚えている。私は驚かされたことは決して忘れないし、絶対に驚かし返してやると決めているのだ。へへん。
あれだけの料理を出すのだから厨房は相当大きいだろうし、そこではナイフをはじめたくさんの鉄製品が使われているはずだ。テーブルに並ぶ銀器も見事なものだった。専門ではないがそれなりのものは私にも作れる。もしあれの手入れや入れ替えに食い込めたら、大口の受注先になるのは間違いない。
それに各部屋のベル、廊下に並ぶ燭台、頻繁に開閉される扉のヒンジも、とにかくあちこちに売り込めるポイントがあるのだ。
めいりん、と名乗った門番はすぐに中に取り次いでくれた。パーティーの時にとおった正面の大きな玄関ではなく、館背面にある業務用出入り口のようなところへ案内された。
入ってすぐ右、簡素な応接間に。傘を預かられそうになって、慌てて固辞する。代わりにケープを脱ぎ一息入れる。
しばらくすると少しパーマのかかった赤毛でショートヘアーの女性がやってきた。背格好は私とあまり変わらない。背中に蝙蝠のような羽が生えていた。悪魔かな?
「お待たせいたしました」
「あ、すすいません」
慌てて立ち上がりこちらも礼をする。ポケットから取り出した名刺を渡す。
「わちきはフリーランスの鍛冶師。テンモク工房の多々良小傘でありんす!」
「・・・」
「まあ、おかけください」
「ハイ。……すみません」
大人しくソファーに座る。恐ろしく座り心地の良いソファだ。赤毛の女性も向かいに座る。
「私はこの紅魔館で経理部長をしております下級悪魔です。名前を申し上げることはできませんが、ケリーと呼ばれております。お見知りおきを」
経理だからケリーなの?だとしたらその呼び名を付けたやつには全くネーミングセンスがないといわざるを得ない。
「本来なら初めて来られた業者の方は、館主が接遇する決まりなのですが、生憎出払っておりまして」
恐縮するケリーさん。
慌てて否定する。
「いえいえ、私がアポも取らずに来たのが悪かったわけで、どうか気にしないでください」
こんなに丁寧に応対されるとは思っていなくて、むしろ何回か追い返されても上等ぐらいの気持ちでいたのだけど。やりづらい。
「それでは本日はどのようなご用件で」
「はい」
さあ、商談開始だ。
私は自身の鍛冶、金属加工技術について滔々と語った。見本品として持ってきたナイフの出来栄えに、ケリーさんも何やら感心した様子で頷いている。これだけのお屋敷だからどれだけのレベルを期待されるのか、少々不安でもあったのだが、この反応を見る限り私の技術は十分通用すると考えてよさそうである。
以前パーティで紅魔館を訪れたこと。大量の銀器や金属製品を扱っているであろうこと。それらを私が取り換えたり修繕したりできるであろうことをたっぷり三十分は掛けてアピールした。
「なるほど。確かに高い技術をお持ちのようですね。正確なところは総務部の管財課に確認しなければなりませんが、当館の備品にも新たに発注するものや、修繕の必要なものがあるはずです」
ケリーさんの言葉に小さくガッツポーズ。これは思った以上にとんとん拍子に……
「では大まかな必要備品をリストにしてまとめますので、見積もりをよろしくお願いいたします」
ケリーさんがドアの外に声を掛けてしばらくすると、妖精のメイドさんが五~六十センチはあろうかという羊皮紙の巻物を持ってきた。 細かい表がずらりと並んでいる。
なんじゃこりゃ。
「ちょ、ちょっと多いですね」
想像よりだいぶ多いな。
「見積もりを頂き次第、内部で回して、それから発注という流れになりますので、書面でお持ちいただくようお願いいたします」
「は、はあ」
結局その日は羊皮紙一枚を貰って帰宅することになった。管理がしっかりしてるなあ。
◇ ◇ ◇
「計算苦手なんだよなあ」
ちゃぶだいの上に散乱する紙束と、使いなれない新品同然のそろばんが哀愁を誘う。普段相手にしているようなところはまともに契約書も作らないし、料金も内訳ナシの込み込みで、ドンブリ勘定だ。新規開拓の一歩目としては、少々相手が大き過ぎただろうか。
「いやいや、チャンスをつかむには冒険をしなくちゃ」
しばらく眠れない夜が続きそう。
うんうん唸りながら見積書を書く。あれだけの規模の館を相手に商売したことなんかないし、期間とか費用とかどのくらいかかるのかさっぱりわからない。これまでで一番の大仕事と言えば、里にできた洋食店の開店の時に、調理器具――包丁やナイフ、フライパンなど――とフォークやナイフの納品をやった時だけれど、規模でいえば紅魔館の厨房の十分の一もなさそうだ。それでも一か月かかったんだけど。
まああれは新規開店の時だったから全部作らなきゃいけなかっただけで、紅魔館は今現在問題なく回っているんだから、修繕とかがメインで、新しく作る数はそこまで多くならないだろうと思う。イマイチ見方が分からない羊皮紙のリストをつつきながらそんな風に思う。
人里の東の外周部、妖怪としての身分を隠さず、かつ里の中で割と友好的に生活している妖怪たちが住む、柳横丁に今の私の家がある。最近近くに命蓮寺という寺ができたことで賑わいが増している感じがある町だ。工房に併設された六畳のボロ部屋に寝そべりながら、見積書と格闘していたら、ふと気が付くと外が明るくなっていた。
「なんと、わちき徹夜した?」
と思ったら、袖にめっちゃ涎の跡がついていた。寝てた。
◇ ◇ ◇
前回の訪問から三日。何とか見積書の体裁も整えて、私は再び紅魔館へ向かった。門番のめいりんさんは、私の姿を見るとすぐに裏手の通用口に案内してくれた。覚えていてくれたみたいでうれしい。今日は結構朝早く来てしまったから、吸血鬼だという館の主人、レミリア・スカーレットさんはまだいらっしゃらないだろう。まあ前回も経理の方に対応してもらったわけだし、同じ人の方が私も話が早くて助かる。
第二応接間に通されて、紅茶を淹れてもらった。
紅魔館の紅茶はとってもおいしい。命蓮寺に遊びに行くといつもお茶を出してくれるけれど、あそこのお茶はいつも渋くて苦手だ。お茶うけに甘すぎる羊羹が出たときは別だけど。紅魔館ではお茶請けは出ないのだろうか。もし出るならバターをたくさん使ったクッキーとかがいいです。チョコレートでも可。
そんなことを考えながら五分ほど待っていると、廊下から足音が聞こえてきた。ここで私は唐突に、紅魔館の規模の大きさに驚かされたことを思い出した。一回は一回。私は驚かされた恨みは忘れないのだ。
扉の脇へいそいそと移動し、彼女が部屋に入ってくる瞬間を息をひそめてじっと待つ。必ずや一撃で仕留めてみせる。驚く顔が目に浮かぶようだ。それを想像すると、顔がどうしてもにやけてしまう。落ち着け、冷静になれ。
いよいよ足音が扉の前まで来る。
ガチャ……
「おっどろけー!!」
どどんと飛び出した私の視界にはしかし、何も映らなかった。
ハテ、どうしたことだろうと視線を下げていくと、私の想定していた位置――つまりケリーさんの頭の位置――より大分低い位置にきょとんとした顔で私を見つめる顔があった。
「あ、あれ?お、おどろけー」
「……」
私を僅かに見上げる少女はなおも無言のまま。そのままたっぷり三十秒。
「……く、くくく」
「あのぅ、おどろ」
「っははははっはははははははは!!」
「えっ、な、なに」
少女は空気が震えるような勢いで笑い始めた。
「あははははははははははははは」
なにこれ、こわい。帰りたい。
少女は一分近く笑い続けて――目には涙まで浮かべている――ようやく落ち着いた様子だった。
「ふ、ふふっ。いやおもしろい、おもしろすぎる」
「はえ?」
「君が近頃話題の一つ目の鍛冶師(スミス)だね」
少女の笑顔は、造作はあどけなく少女然としているのに、迫力があって、私の妖怪としての本能が逆らってはならない相手だと感じている。流石の私も自分の勘違いに気付いた。彼女こそ、
「この紅魔館の館主、レミリア・スカーレットだ。よろしくお願いするよ、多々良先生」
「せ、先生?」
耳慣れない敬称に違和感が先行する。というか聞き流しちゃったけれど、近頃話題というのも初耳だし、一つ目のスミスってなんだ。私のこと?
「あ、あのスミマセン、私てっきりこの間の悪魔さんが来るかと思ってそれであの、ちょ、ちょっとしたジョークっていうかー。そのあの、決してあの、そういうあれではなくてですね、つまりあの、あれなんです」
「全然分かんないけど言いたいことは良く分かったよ」
ちっちゃいけど器のおおきそうなひとで助かった。私は促されるままソファに座る。
「ケリーから話は聞いている。商談だそうだね、それも随分と大規模な」
「ええ、まあ」
「さっそく見積書を見せてもらいましょう」
差し出された手に、頭をひねって作り上げた見積書を渡す。自分に分かる範囲で丁寧に書いたつもりだ。
「ふむ」
彼女――レミリアさんはそれに黙ってさっと目を通した。
私は固唾をのんでそれを見守る。
大方読み終えたレミリアさんは、一言
「ゴミ」
と言った。ゴミて。
「これは控えめに言って見積書の体を為してない。テンモク工房に経理担当者がいないのが良く分かった。町寺子屋を出たばかりの見習いでももう少しマシな見積書を書くだろう」
レミリアさんは私の見積書をあっさりと全否定した。まあ私自身経理のことなんて分からないからおっしゃる通りなんだけども。もう少し手加減があってもいいのではないでしょうか。わちきの心はもうアレですよ、折れる寸前ですよ?
「レ、レミリアさんその辺で……ご勘弁を」
「うん?まあそうだね」
特に悪びれた様子もない。恐ろしいひとだ。
私は鞄を掴みすごすごと帰り支度をする。完全に負け犬だ。くぅーん。
「おや、どこに行くんだい」
「ぐすっ、えぐっ、でらごやにいっででなおじでぎまず」
おかしいな、涙が止まらないよ。不思議。
「待て待て、まだ商談は終わっていないだろう。そっちから来たというのに、もう帰るのかい」
「え?」
なんですと。
「だ、だっで。ぐすっ。見積書ひどいって」
「この見積書は確かにゴミだし、紙質が固いせいでちり紙にも使えない産業廃棄物だが……」
「う、うう、うえーん」
「泣くな泣くな。誰か来ちゃうだろう全く」
レミリアさんは落ち着かない様子で扉の方を伺う。
「ああほら泣きやんでよ。あーあー、もう。ほれこれで鼻かみなさい」
私は差し出された高級そうなハンカチで鼻をかむ。
「ずびび、ぐすん。ずびばせん。洗って返します」
「いいよもうあげるよ。とにかく話を最後まで聞いてくれ。確かにこの見積書はその、つまり、ちょっと低水準だが、そもそも見積書が必要なのは稟議を切るためだ」
「りんぎ?」
耳慣れない言葉だ。
「そう、稟議って言うのは仕事を進める上で上役に色々と了解をとること。部下が好き勝手に動いちゃ組織は纏まらないからね。備品の修理にしたって割高な業者に発注したりしないように、きちんと精査する必要がある」
なるほどそれはそうだ。この紅魔館なんか妖精のメイドが多いから、それぞれが紅魔館名義で余所と勝手にやりとりしていたら収拾がつかないだろう。
「しかし、だ。そもそも了解を得る上役って誰のことか。そう私、レミリア・スカーレットに他ならない」
レミリアさんのドヤ顔が眩しい。
「つまり、私が良いと言えばそれでいいんだよ。見積書の出来ばかり良くたって、腕の悪い鍛冶師じゃあ話にならないからね。たまたま早起きしていたこの運命を楽しもうじゃあないか。さあ。改めて商談を始めよう」
そこからは商談というより、私がレミリアさんに質問攻めにあうような形だった。まあしょうがないだろう。私の見積書が当てにならないから、私の仕事の進め方や原材料の調達、納品までの流れなどを聞き出して、レミリアさんが自分でコストなどを産出するようなものだったからだ。
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
私は率直に聞いてみた。余計な手間になっているのは間違いないはずだ。
「いや、ケリーが預かった名刺を見て、最近売り込みをかけていると噂の鍛冶師だろうとすぐに分かったからね。あの博麗霊夢の武器を作成したと噂される一つ目の鍛冶師のことだろうとあたりをつけた」
「え、その話広まってるんですか」
「ま、市井の噂には詳しい方でね。まだそんなに広まって無いけれど、当の霊夢本人があんまり真剣に隠そうとしていないから、知れ渡るのも時間の問題だろう」
そんなことになっていたとは。
「この間、神社に行って噂の新兵器を体感してきたよ。まさに多々良先生、君がこの紅魔館を訪れた日だ」
そういうとレミリアさんは懐から一本の針を取り出した。間違いない。私が作った針だ。
「触れるとダメージを受けるから一本くすねるだけでも難儀したよ。だがその価値はあった。この針の出来、今まで霊夢がメンテナンスもせずに使い続けていた骨董品とはまるで威力が違う」
レミリアさんはそう言いながら、その針を人差し指でつうっとなぞった。指先からわずかに白煙が上がる。
「いい出来だ。これを作った噂の鍛冶師にあってみたいと思っていたんだ。その矢先だよ。驚かされた。帰ってきてね、ケリーが預かっていた名刺を貰った。同じ妖気を感じたんだ。また来るというから心待ちにしていたんだ」
レミリアさんは机を回り込んで来て、私の手を取った。
「我が紅魔館のために、是非その力を使って下さい。ねえ多々良先生」
その口から発される言葉で、身体の芯が痺れる。
ああ、やっぱり。必要とされるってこんなに気持ちいい。
私は紅魔館からの注文を受けることになった。どころか、いつの間にかテンモク工房が紅魔館の経営コンサルティングを受けるところまで話が進んでいた。
どうしてこうなった。
私がポーっとなっているうちになんかそんな話になったようだが、契約書を見るに特段悪質な契約を結ばされた感じは無かったので安心した。曰く、
「恐らく先生はこれまでの契約金の設定なんかもかなり適当だったんだろう。この見積もりなんかを見る限り、もう少し安くすればもっと受注を得られる部分もあるし、逆に他にはないオンリーワンの仕事をしているのに報酬が安すぎているという部分も多い。適正な値段設定をすれば収入が二割は増えるだろう」
とのこと。
紅魔館のコンサルティングを受け、結果的に向上した収入のうち、一割をコンサル料として払うということになった。相場を全然知らないので、ひょっとすると凄くぼったくられてるかもしれないし、あるいはすごくサービスしてくれているのに気付いていないのかもしれない。それでも収入が増えなければコンサル料も発生しない――つまり私に損は無い話なのだから、やっぱりレミリアさんの好意と受け止めて良いのだろう。
「では早速仕事にかかりますので必要品のリストを」
「まあ待ちなさいな先生」
立ち上がろうとする私の肩をレミリアさんが軽く押しとどめる。ちからつよっ。
「あなたにやってもらうとなれば、まだまだ何を発注するか精査しないといけないわ」
「ではリストは後日送っていただければ」
「だからちょっと待ってったら」
仕事がもらえた嬉しさが押さえられなくて、ついつい気持ちが逸ってしまう。すぐにでも工房に戻って、炉に火を入れたい気分なのだ。
「今のままでは問題があるわ」
「問題?」
「そう」
問題、とレミリアさんは言いながら、前回私がケリーさんに渡した名刺を取り出した。
「この住所」
テンモク工房、兼私の家の住所だ。
「その住所が何か」
「ここから人里を挟んで反対側よ。毎回毎回連絡を取るのに非効率だし、何より発注するものの量が量だもの。運搬するだけで無駄な費用がかさんで仕方が無い」
確かにいちいち完成品を持って行くには仕事の効率を落とさなきゃいけないし、運搬を誰かに依頼すればその分割高にもなる。
「何より先生、あなたの身が心配なの」
「わたしの?」
何のことだろうか。
「もう忘れてしまったの?一つ目の鍛冶師が博麗の巫女に武器を献上したってハナシ、噂になるのにそう時間はかからないよ。先生が妖怪の裏切り者だってことはすぐに露見するだろうね。だというのに、あなたは自分の正体を喧伝して回っている。ご丁寧に住所入りの名刺を配ってね」
「あー」
そうだった。っていうかそんな大事なことをよく忘れられたもんだと自分で自分に感心する。そうだった。私はその辺の妖怪からしたら紛うこと無き妖怪の裏切り者だ。しかも住所が知れている。知れているっていうか自分で知らしめて回ったのだ。私のバカ。
「そんな状態で工房と紅魔館を何度も往復させるわけにはいかないよ。そこでどうだろう、先生さえよければ、この紅魔館に居を移さないか?」
何を言われているのかすぐには分からなかった。
「きょをうつ……?引っ越すってこと?」
「と言ってもあくまで一時的なものさ。人の噂も七十五日というし、飽きっぽい妖怪のことだからそれももっと短いだろう。そこで、まあ一月半ほど、我が紅魔館に住み込みで働いてもらいたいのだけれど、どうかな」
住み込みとはまた驚きの提案であった。全く、ちょっとも予想していなかった展開だ。もちろん大口の受注だし、拘束期間的にはそのぐらいの長い仕事にはなるだろうと思っていたけれど。
鍛冶師を囲っておけば日常で何かいりようになったり壊れたりしたとき便利、というのもあるだろう。しかし恐らく私の身柄の保護というのもまた真実なのだろう。ありがたい話だ。
「で、でも工房を動かすわけにはいかないし」
そう。鍛冶師という仕事は鍛冶場とともにある。他の職人とはわけが違うのだ。工房を動かせないのだから、私だけが住み込んでもどうしようもない。
「もちろんそのことも考えてある」
レミリアさんは立ち上がって、ついてくるように促した。そういう仕草がいちいち様になるのは憧れる。
レミリアさんの後をてくてくと付いていくと、そのままどんどん階段を下っていく。
「我が紅魔館はもともと欧州にあったスカーレット領を治めていた城を、外壁や櫓を除いて移築したものなんだ。本来の十分の一程度の規模だけれど、まあ幻想郷は狭いし、持て余したろうからこれで正解だった」
先を行くレミリアさんから紅魔館の来歴を聞く。殆ど聞いたことのない話ばかりだ。
「もちろん城には必要最低限、場内だけで生活が完結するような設備が整っている。籠城戦ってわかるかな」
「ええっと……引きこもり、みたいな?」
「え、ううん。まあ雰囲気は近い」
違ったみたい。
「城壁の中で外部からの補給もなく戦う状況だ。城の中に鍛冶場が無かったらどうなる」
なるほどレミリアさんの言いたいことが分かってきた。
「刃が欠けた剣や板金が曲がった鎧を補修できなければ籠城など出来はしない。この紅魔館もまた元々が城であったがために鍛冶場を備えているんだ。最近はもっぱら日用品を補修するだけのものになっているけどね」
「ではこの紅魔館にも住み込みの鍛冶師が?」
「いや、多少心得がある程度なら別だが、本格的に必要な場合は人里あたりから呼んでくるか、魔界から専門の悪魔を召喚することになる。果たして先生の仕事場として十分かどうかは分からないから、不満があれば言ってくれ。すぐに改修させる」
そんなレミリアさんの言葉を聞いて、私はこじんまりとした野鍛冶の鍛冶場のようなものを想像していたのだけれど。
「ここが紅魔館の鍛冶場だよ」
私は絶句することになった。だって、だってここ。
「わ、私の鍛冶場より設備がいい!」
全体的に様式は西洋風ではあるが、里の鍛冶師も使うというだけあって、私にとっても使いなれた形状の道具も揃っているし、何より炉の完成度が高い。これだけの設備があればどんなにいい仕事ができるだろう。
「場所が地下だから吸排気用のパイプがあちこち突き出してるし、和洋ごちゃまぜで見てくれは悪いが……」
「ここで働かせて下さい!」
「お、おお?」
即決だった。
◇ ◇ ◇
とりあえず荷物を取りに一度工房に戻ることになった。私はそんなに衣装持ちではないけれど、それでも着替えや作業着もいるし、良い鍛冶場を貸してもらえるとは言っても、やっぱりハンマーなんかは使いなれた自分のものに勝るものは無い。
帰宅に当たって、護衛として門番の美鈴――漢字を教えてもらった――さんまで付けてもらったのはさすがに恐縮したけれど、かなりありがたい。
「それでは多々良先生、行きましょうか」
私の工房の外で待っていた美鈴さんが声をかけてくる。
「その多々良先生っていうのやめてくださいよう。なんだか照れくさいし、器じゃないですって」
「いえいえ、館主が先生と呼ぶものに部下がなれなれしく接するのでは示しがつきません」
融通の効かないひとだ。
「レミリアさんだって絶対にからかって呼んでるだけですって」
「まあそれはあるかもしれません」
やっぱりそうなんだ。少しショック。
「まあ主がそれだけ貴方様に期待しているというのは間違いないでしょう。わざわざ紅魔館に住むように誘うというのはあまりないことですからね」
「そうなんですか?」
「ええ、私の記憶ではメイド長の咲夜以来でしょう」
「メイド長、咲夜……」
どこかで聞いたような。
ああ、あの銀髪の。ナイフ持ったあの。
私がよほど嫌そうな顔をしていたのか、美鈴さんは
「咲夜はちょっと天然で気持ちの浮き沈みの激しい人間ですが、客人には礼儀正しいメイドですのでどうぞご心配なく」
あんまり安心な要素が無かったけれど、まあ美鈴さんがそういうなら大丈夫なんだろう。そういうことにしておこう。
私の荷物は着替えや日用品関係がショルダーバッグ一つ分、仕事道具がボストンバッグ二つ分になった。乙女としては色々まずいかもしれないが、別に遊びに行くわけではない。仕事で行くんだからこれで正しいのだ。
工房の扉には『出張業務中につき休業』という張り紙をしてきた。柳横丁を歩く間、これまでとは少し質の違う視線を幾らか感じた。私の神経が過敏になっているせいもあるだろうが――というかたぶんほとんどそのせいだろうが――嫌な噂が広まりつつあるというのは結構マジなようだ。このタイミングでのお仕事はほとぼりを冷ます意味でもぴったりだったかもしれない。
「ご安心を。紅魔館のお客様に指一本触れさせませんよ」
美鈴さんが私の怯える様子に気付いたのか、手を握ってくれた。この人の手は凄くあったかい。
「大丈夫です。さあ行きましょう」
紅魔館に着くとロビーではレミリアさんが三人の女性を引き連れて待っていた。
「よく来てくれた多々良先生。これからしばらくの間お世話になります。どうか自宅のようなつもりで寛いで頂きたい」
「そんな、こちらこそお世話になります。館主のレミリアさん直々のお出迎えなんて、私にそれだけの仕事が務まるかどうか」
ここに来ると恐縮しきりだ。
「その心配はしていないよ。私が招き、仕事を依頼した以上は必ず期待に沿う仕事をしてくれるだろう。もしそうでなかったとしたら、それは私に見る目が無かっただけのこと。そう硬くならずに」
なんでこのひとはこう的確に付喪神の弱いところを突いてくるのだろうか。必要とされ、期待されることに私は弱い。分かってやっているのだとしたら悪魔だ。
「荷物を預かろう。彼女に部屋まで運ばせる。ゲスト付メイドのはんぺんよ。先生の身の回りのお世話を担当することになるわ」
レミリアさんがそういうと、彼女の後ろに並んでいた妖精メイドのひとりが前に歩み出る。白髪おさげで、他の妖精メイドに比べるとやや長身だ。それよりはんぺんとは一体?
「はんぺんです。一ヶ月半、お世話をさせていただきます。よろしくお願いします」
「う、うん。よろしくね……?」
はんぺんって名前なの?それどうなの?
よく分からないまま彼女に荷物を預かってもらう。
「あ、こっちのボストンバッグは重いから気をつけて」
「ひょっとしてそっちは仕事道具かな?」
レミリアさんが目ざとく気付く。
「あ、はい」
「では鍛冶場の方に持って行かせよう。先生が気になさらないなら、だけれど」
一瞬何のことか分からなかったが、職人の中には自分の道具を決して他人に触れさせないタイプも少なくないから、その点に配慮したのだろう。私は自分自身道具だから、相手が道具を大切にするかどうかというのはすぐに分かる。レミリアさんは、自分の道具に愛着を持つタイプのようだ。だからその点心配はない。
「ではお願いします」
ボストンバッグを渡すと、今度は赤い髪で切れ長の眼、レミリアさんと同じくらいの体格をした妖精メイドがそれを左手で受け取った。
「彼女は佐藤さん。VIP付きの従者(サーヴァント)で私の妹の専属だ。同時に地下フロアの管理責任者でもある。鍛冶場については彼女に申しつけてくれ」
「佐藤さんです。どうぞよろしく」
佐藤さんはあいた右手でスカートを摘んでお辞儀をした。一応突っ込むけど佐藤さん、までが名前なの?みんなのお名前はいったいどうなってるの?
「それから紹介しておくわね。彼女は管財課長の小悪魔で通称トラスティよ」
一番端にいた女性が前に出る。服装がメイド服ではなくキャミソールにジャケットで、羽の形状も異なる。妖精メイドではないとすぐに分かった。
彼女は前に出て軽く会釈する。
「トラスティ(管財人)です。トラスとお呼びください」
「あ、よろしくお願いします」
「トラスにはこれから館内の刀剣、刃物、針類その他金属製品に関する新調と修繕の要望を取りまとめてもらうわ。具体的な仕事の依頼は殆ど彼女から伝えるからそのつもりで」
「あ、分かりました」
つまり生活についてははんぺんちゃん、仕事場のことは佐藤さん…でいいのかな、そして実際の仕事のことはトラスさんが窓口になってくれる、ってことか。ちゃんと覚えておかないと。
用意されていた部屋は、私の想像を軽く超える広さだった。
「うちの三倍はある……!」
広いだけではない。家具も品が良くまとまっていて、かなり手入れされているのが分かる。壁は四面のうち一面が青い色の煉瓦造りになっている。その一角には四角い炉のような部分があり、火が入っている。
「これ、ペチカかな?」
ロシアなどの寒冷地、日本でも北海道などではよくつかわれていたという暖房器具兼調理器具だ。煉瓦の面全体から輻射熱で部屋が暖まるし、お湯を沸かしたりちょっとしたものを煮たり焼いたりできる。暖かそうだ。
ベッドは天蓋付きで見るからにフカフカ。
「やっほーう」
当然飛びこむ。
予想通りふっかふかだ。ふかふかではない。ふっかふかなのだ。
「ああ、最高。なんて居心地がいいの」
「お気に召していただけたようで嬉しいです」
部屋の入り口付近から声がして、ビクリと身体が固まる。ぎぎぎと油をさしていないネジのような音を立てながら振り返る。
「あ、は、はんぺんちゃん、いたの?」
「ずっとおりました」
はっず。
「今見たことは忘れてね」
「はいかしこまりました。えーとそれで、何を忘れるんでしたっけ」
「そこから?」
やっぱり妖精の相手は分かりにくい。
「お仕事はどうなるのかな」
どんな風にやっていけばいいか全く先が分からない。こんな風に泊まり込みで仕事なんかしたことないもの。
「二、三日は館に慣れる意味でもご自由にお過ごしくださいとのことです。ぶっちゃけて言うと、要望のとりまとめも終わってないので、今すぐにお仕事を始めてもらうこともできないみたいなので」
正直だなこの子。
「はんぺんちゃん、後半のぶっちゃけは私には黙ってるように言われなかった?」
「言われました。だからこのことは秘密ですよ?」
秘密の意味から教えないといけなかったね。
まあ私としても仕事が始まるまでに間があるのはありがたい。しばらくは館内を散策したりしよう。
持ってきた荷物を解いて着替える。動きやすさを重視したシンプルな白のワンピース。仕事が始まると作業着ばっかりになりがちだから、今のうちに着とこう。
ご案内しましょうかというはんぺんちゃんの申し出を断って、一人で散策に出かける。必要な施設――食堂とか――についてはどうせ説明を受けることになるだろうけど、まずは散歩気分で自由に回ってみたい。だってこんな洋風の建物なんて幻想郷には他にないんだもの。
部屋を出てひとまず長い廊下を歩く。案内された私の部屋は、正面から見て左側の棟で、三階の真ん中あたりだった。今は正面の本館?の方向に向けて歩いている。なんだか前に上空から見たときは、確かに大きい屋敷だと思ったんだけど、それにしてはこの廊下長すぎる気がする。
迷った。
時計持ってないから分からないけど、かれこれ二時間くらい彷徨ってる。メイド妖精を見かけてたうちに素直に道を教えてもらえばよかった。わざわざ案内を断って出てきた手前、今になって道を聞くのもなあと尻ごみをしているうちに、妖精メイドさえいない区画に来てしまったようだ。泣けてくる。
ジワリと浮かんだものを袖で拭う。流石に迷子で泣くのはみじめすぎる。
最終手段として窓から出て、飛んで玄関に戻ればどうにでもなる、とそう思っていたんだけれど。どうやら今私がいるのは地下のようで窓が無い。とにかく階段があれば登ろうと思いながら歩いているのに、一向に上昇する階段が無い。
「う、グス、ズズッ」
「どうなさいましたか」
「ふぇっ?」
背後からの声に慌てて振り返ると、見覚えのある妖精メイドが立っていた。確か……。
「佐藤さん……?」
肯定するように頭を下げる。こっちははんぺんちゃんよりだいぶ様になってるなあ。と思ってみていると、彼女はエプロンからハンカチを取り出し、そのまま私の顔に軽く押し当てた。
「わぷ」
「どうぞお鼻をおかみ下さい」
外見上は――まあ多分実際も――年下の妖精メイドに姉のように接せられるのは、非常に羞恥心を煽られる体験ではあったけれど、ようやく迷子から解放された安堵感と、佐藤さんの優しげな雰囲気のおかげで、立ち直れた。
「ずびびびび」
「地下にいるのは分かったんだけど、上がる階段が無くってどうしようかと途方に暮れてたの」
「こちらの不手際でございます」
そんなこと全然ないんだけど、佐藤さんの口調が有無を言わせないものだったので、やむなく黙る。
「紅魔館は内部の空間がメイド長の咲夜の手で改変されておりますので、非常に迷いやすくなっております。ちなみにこの回廊から直接地上階へ上る階段はございません。一度下り階段で地下四階まで下りていただく必要がございます」
佐藤さんはこちらへ、と私を案内してくれた。道理で上がれないはずだよ。
「佐藤さんは地下フロアの管理責任者なんだっけ」
「左様でございます。どちらかといえばフランドール様付きの従者が主で、その役職上地下の管理も仰せつかっているというのが正確なところでございますが」
この子の受け答えは本当のメイドのようだ。まあメイドに違いないんだけれど、とても妖精とは思えない。
彼女の案内で私はなんとか部屋に帰りつくことができた。散策に出かけてから実に二時間四十分の大冒険だ。
「ありがとう。もう適当に出歩かないようにするね」
彼女に会わなければあとどれほど彷徨ったことか。
「それから、もう一つ」
礼をして立ち去ろうとする彼女を呼び止める。
「呼び方は佐藤さん、でいいの?」
今度は尻込みせずに聞きたいことを聞けた。
「ご自由にお呼びくださいませ」
◇ ◇ ◇
そのまま疲れでぐっすり眠り、翌日。
私ははんぺんちゃんに改めて館の中を案内してもらった。
案内してもらった今でもまだ全体の構造を把握できてはおらず――そもそも妖精メイドもしょっちゅう迷子になっているそうだ――、必要のない場所はあまり出歩かないのが賢明だろうとおもったのでした。
やってきて三日目、ようやく本格的な仕事が始まった。
「まず業務部二班、キッチン部門からの取り纏めが終わりましたので、リストをお持ちしました。調理用ナイフ各種、ピーラー、スライサーの修繕と新規発注が主です」
鍛冶場で炉の調整をしているところにやってきたトラスさんが、最初の仕事を告げる。彼女の手にあるリストは羊皮紙五十センチほどの長いものだった。
「凄い数ですね」
「業務二班(キッチン)の要望が一番多かったので最初に纏めました。これ以降はもっと少なくなりますのでご安心ください」
トラスさんがそう言って笑う。だよね。このペースで注文が続くなら私一人じゃ絶対足りないし。
「これ結構掛かるよ。大丈夫?」
「問題ありません、日程は調整しておりますし、滞在が伸びる分には全く問題ございません」
「分かった。あ、あと一つお願い。キッチン担当者に手が空いてる時でいいからここに来てもらうように伝えてもらえるかな」
「かしこまりました」
実際に使用する人間の話を聞かないと、真に完成した道具を作ることはできない。普段どんなものを調理していて、どんな管理をしているのか聞かないと。久しぶりに腕が鳴る。
片目を閉じて炉の中を睨む。鉄を打つべきタイミングというのは、熱された鉄の色で確認する。鍛冶師の視力が自然と落ちるのは、この為であるらしい。私は妖怪であるおかげか、それともこの異色虹彩の恩恵かは分からないが、目に障害を負ったことは無い。
オレンジに発光する鉄が、更に白色へと近づいていく。
今だ。
炉から取り出したそれを、紅魔館側から助手として提供されたゴブリンさんに押さえてもらい、ハンマーをふるう。いつも自分の工房にいるときは、本体――つまり傘そのもの――を一時的に化身にして一人二役していたが、今はその必要が無い。ゴブリンさんたちは鍛冶について最低限度の心得があるようで、非常にやりやすい。
ガツン!ガツン!
盛大に飛び散る火花が美しい。鉄を鍛えていく過程がここまで美しいことには何か意味があるんじゃないかと益体もない思考がよぎる。でもそれも次のガツンという音とともに即座に雲散霧消して、思考は自分と鉄の二者しか写さない透明な状態に戻った。
鉄を打っている間、自分が純度を増して透明になっていくような感覚がある。それが好きで私はこの仕事を続けているのかもしれない。
◇ ◇ ◇
紅魔館には表と裏がある。ううん、正確にはこういう大きな屋敷全般に、表と裏がある。それは単に館の正面側と裏側とか、そういう場所的な意味合いではなくって、光のあたる公的な空間と、そうではない私的な空間のことだ。
紅魔館の廊下を歩いていると、妖精メイドの姿をたくさん見かける。紅魔館のあちこちで、彼女たちは勝手気ままに動き回り、楽しげに騒いでいる。しかしこれは、本来可笑しなことだ。メイドというのは基本的に客と同じ空間を歩きまわるものではない。もちろん客人の応対をするメイドや、それに関する諸々の雑務をする場合はその限りではないけれど、基本的に彼女らは、館の裏側に張り巡らされた使用人用の通路を通り、極力他者の目に触れないように行動するものである、
と、言うのはもちろん私がこの紅魔館に来て初めて知ったことだけど。
ここは紅魔館の裏側に当たる使用人用の休憩室。
いつもはレミリアさんに誘われたりして、ちゃんとした格調高い応接室だとか、オシャレなバルコニーなんかでお茶を頂くことが多いのだけれど、今日は折角だからはんぺんちゃんと一緒に過ごしたいと思って申し出てみた。
彼女のあとをついて行くと、壁にしか見えない場所をガチャリと開いて入っていくので随分と驚かされた。
「使用人の動線と館の住人の動線は基本的に交わらないように設計されているんです」
そう説明するのはレミリアさん付の従者、しいたけちゃんだ。佐藤ちゃんと同じく業務部一班の所属である。どちらかというと無表情で冷静な佐藤ちゃんと比べると、しいたけちゃんは活発で、生き生きしている感じだ。
「どうしてそんな風になってるの?」
「どうしてって……、まあここはこんな有様ですから、分からないでしょうけど、本来メイドって凄く身分が低くて、館に住んでいるような貴人とは住む世界が違うんですよ」
紅魔館の組織体系はパチュリーさんが中心になって作ったということで、英国の文化様式の影響が強いということらしい。英国は非常に厳密な階級社会だから、そのあたり厳しいようだ。
「ま、レミリア様が妖精メイドは家族、って方針なもんで、私たちは自由気ままにやらせてもらってるんですけどねー」
はんぺんちゃんがそう言ってクッキーをぱくついている。
紅魔館全体にある何となくアットホームな空気は、どうやらレミリアさんの方針らしい。ゆるい。
「……ぶっちゃけお嬢様は自分の自慢の妖精メイドの可愛さを見せつけるのが趣味なところもありますから」
ボソッ、ととんでもない発言が聞こえてしいたけちゃんの方を見たけれど、彼女は既に素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。え、えええ。レミリアさん、そんなとこあるの。見え方変わってきちゃうんだけど、ねえ、しいたけちゃん?
◇ ◇ ◇
新しく打った調理ナイフが一本出来たところで、実際にそれを渡すイベント行うことになった。レミリアさんの企画だそうで、実際にそのナイフで何か切ってみようじゃないかということらしい。
はんぺんちゃんといっしょにキッチンへ行くと、予想を超えたたくさんのギャラリーが待っていた。
紅魔館のメインキッチンは、大ホールでの会食を想定した仕様になっているらしく、ちょっとした武道場並みの広さなんだけれど、そこが埋まってしまうぐらい紅魔館のスタッフが集まっていた。
「さあみんな、こちらが多々良先生だ」
レミリアさんに引っ張られ、あれよあれよという間にギャラリーの中心に移動してしまう。たくさんの妖精メイドやゴブリン、悪魔が拍手している。なんだかとんでもないことになっちゃったぞ。
「それではデモンストレーションを行う、咲夜」
レミリアさんが呼ぶと、この紅魔館のメイド長である十六夜咲夜さんが進み出た。面識は少ないけれど、あまり笑うところを見たことがない、という印象がある。かといって怖い人という感じでもなく、なんというか何を考えているのかわからない人なのだ。
私が持ってきた調理用ナイフを受け取ると、咲夜さんはどこから手に入れてきたのか、大ぶりなニジマスを調理台に乗せる。
「切ります」
私の打ったナイフが鰓のところからマスに付きこまれる。ギャラリーがかたずをのんで見守る中、マスの頭は骨の抵抗すら感じさせず、静かに切り落とされた。
「……いいナイフです」
咲夜さんがそう言った。
「ぃやったー」
「多々良先生すごいぞー」
「傘のおねーちゃんすげー」
「ばんざーい」
ギャラリーが好き放題騒ぎ始める。万歳に至ってはもう意味が分からないので、騒げればなんでもいいのかもしれない。
「……?」
私はそんな中、はしゃぎもせず、私のナイフをじっと見つめる咲夜さんが気になっていた。いったい何を考えているのだろう。
そうしていると、咲夜さんはこちらを見た。私の顔を何にも言わず、睨むようにずっと見ていた。
咲夜さんのことは気にはなっていたのだけれど、私を称賛するレミリアさんに遮られて、聞いてみることはかなわなかった。その日は仕事もそこそこにレミリアさんに晩餐に誘われ、滅多に食べることがないようなごちそうを味わって部屋に戻った。
「はあおいしかったなあ」
シャワーを浴び、ベッドに腰掛けてもまだ余韻に浸っている。普段は職員向けの第三食堂でさばみそ定食ばかり食べている――レミリアさんが和食びいきなせいでメニューに偏りがあるらしい――から、純粋な洋食は滅多にないのだ。
今日はいい夢見れそう。
そう思って寝床に入ったところだった。
コンコンコン
気のせい気のせい。こんな時間に誰かが訪ねてくるはずが……、いやこの館ではそうでもないかも。
コンコンコン。
やっぱり誰か来てるよね。
なんだかなあ、と思いながら寝巻のままドアのところまで歩いていく。
「はあい」
「夜遅くに失礼します。多々良様」
扉の前には咲夜さんが立っていた。メイド服ではなく、黒のタートルネックにパンツスタイルの私服姿だ。いつもより若干空気感がゆるく見えるけど、無表情でちょっと怖い。
「あ、あの、なんのご用でしょうか」
こんな時間に、という言葉は呑み込んで彼女の返答を待つ。昼間のことと何か関係があるのかな。
「おやすみのところ申し訳ありません。実は折り入ってお願いしたいことがあるのです」
「その話長くなる?」
私は彼女を部屋の中に招き入れることにした。あんまり気心知れない人と二人きりになるのは苦手だけど。
「お願いと申しますのは……」
なんとなく言いにくそうだ。言いたいことをなかなか言えない、そんな感じに見える。何故なのかは分からないけれど、人里の少女のことを思い出した。仲間に入りたいのに、それを言い出せない寺子屋の少女。
「お願いって?」
「はい、実は私にも一つナイフを作っていただきたいのです。多々良様に」
「え、お願いってそんなこと?」
ちょっと拍子抜けだ。
「そんなことならトラスさんに伝えてくれたらよかったのに。それとも何か急ぎの仕事なの?」
「あ、え、いえ。そういうことではないのですが」
奥歯に何か挟まったような物言いだ。この咲夜さんにはどうも調子が狂うな。いつもは何をいうにもきっぱりとした感じの人みたいだし、こんな風に戸惑った様子を見るとこっちが緊張してしまう。
「それがその、契約上の業務としてでなく、私個人からの注文として、作っていただきたいのです」
「えーっと……」
どゆこと?
◇ ◇ ◇
「紅魔館というのは二つのものを表しています」
「はあ」
咲夜さんの説明をまとめるとこうだ。
紅魔館という言葉は、法人として登録された会社としての紅魔館と、実際の紅魔館という建造物及びそこに暮らす住人と使用人という二つのものを表すのだという。全然まとまってないね。
「館としての紅魔館は、この建物とそこに暮らすスカーレット姉妹のお二人、ご友人で食客のパチュリー様とその従者、そして私や美鈴ほか使用人のことを指します」
「それはまあ分かるかな」
「そして会社としての紅魔館とは、レミリア代表理事のもと契約関係によって組織されたものです。金融保険関係の事業と、館の運営関係の事業の二つで成り立っています」
「館の運営?」
「はい、清掃や食堂、ホールの管理、住人へのサービスなどです」
「それはメイドさんたちの仕事じゃないの?」
「この館のメイドは全員、会社としての紅魔館の業務部に所属しています。つまり会社の代表であるレミリア様の指示で働いています。会社の代表としてのレミリア様は、館としての紅魔館の当主レミリアお嬢様から、館の運営を委託されています」
「えーっと、日本語で」
「レミリアお嬢様はご自分の屋敷の管理運営を、ご自分の会社に任せているのです。当然仕事として委託しているので、報酬がお嬢様のポケットマネーから会社に払われています」
「何その自作自演。意味が分からない」
自分で自分に仕事を依頼して、自分で自分にお金払ってるなんて、実質的に何もやってないのと同じじゃないのかな。
「いえ、その懸念は当たりません。お嬢様から支払われた報酬は、会社としての紅魔館の利益であって、そのままレミリア様のものにはなりません。利益から従業員の給与が支払われ、そのうち一部が役員報酬としてお嬢様の懐に入るのです」
「会社を経由したせいでレミリアさんのお金減ってないかな、それ」
「紅魔館の業務は館の運営だけではなく、保険や金融で十分に利益を上げていますから、お嬢様が会社に支払う館の運営委託費がレミリア様の役員報酬を超えることはありません」
「う、ううん。正直なんのこっちゃって感じですけど」
そもそも咲夜さんは何でこんな話を始めたんだろう。夜中にいきなり部屋にやってきて難しい話をされてるの、罰ゲームみたいなんだけど全く身に覚えが無い。
そんな困惑が伝わったのか、説明のあいだ割といつもの咲夜さんぽかったのに、また変な雰囲気になった。
「あ、すみません。つまりその、何が言いたかったのかといいますと、トラスティを通してお願いすると、会社としての注文になってしまうので」
ようやく話が見えてきた。
「私は紅魔館の総務部長と参事を兼任しています。総務部からの発注要望に自分の要望を加えることはできますが、その代金は紅魔館から支出されることになります。その場合、ナイフは私の個人管理物になるでしょうが、あくまでも紅魔館の備品です」
あのとき咲夜さんが私のナイフを見つめていたのは、個人的に私のナイフが欲しいと思ったから、っていうことなのかな。
「それと、トラスティを介して注文すれば記録が残りますから」
「記録が残ると困ることが?」
「お嬢様は、私がナイフをコレクションしていることをあまり快く思っておられないようですので」
咲夜さんはナイフの蒐集が趣味らしい。私も仕事柄刃物は好きだから分からなくもないけれど。うら若い乙女が刀剣を蒐集するなんてこの幻想郷でも珍しい。当然外の世界でもそうだよね。だよね。
「あまり健全な趣味でないことは自覚しています。ただ私には他に趣味といえるような趣味もありません。昼間、デモンストレーションで多々良様のナイフの切れ味には驚きました」
「小傘でいいよ」
「小傘、さんの腕前は素晴らしいと思います。紅魔館を出られるまでで構いません。他の仕事が無い時に、私個人に一本、ナイフを作っていただけませんか」
こんな、こんな風に頼まれたら、私が断れるわけがない。なんという幸せなことだろう。
「もちろん。刃渡りとか、装飾とか、詳しいことを聞かせてちょうだい?」
「はい!」
分かった、咲夜さんは境遇が凄く特殊だし、表情も変わりづらいから分かりにくいけれど、里の女の子たちと、そんなに変わらないんだ。
◇ ◇ ◇
「こちらにおられましたか、多々良先生」
私の作業が一段落するのを待っていたのだろうか。首に掛けた手ぬぐいで汗をぬぐっていると、佐藤ちゃんがやってきて言った。
何故か手に黒いアンティーク調の傘を持っていた。わちきとおそろい?
「ああ、佐藤ちゃんおはよう」
「おはようございます。朝の四時半ですが」
「あ、あはは、ちょっとね、早起きしちゃって」
嘘だ。わざわざ部屋まで来て頼みごとをされたのが嬉しかった。そこまで誰かに必要とされたということにテンションが降り切れてしまって、眠れなくなってしまっただけなのだ。仕事の合間に、と言って引き受けたのに、早速そのままとりかかってしまった。
「こんな時間からお仕事なんて勤勉なことです」
「いやあ、頼られるのが嬉しくってね?」
「確かに、必要とされるのは素晴らしいことです」
不思議とそういう佐藤さんはすこし悲しそうに見えた。そんな表情を見るのは初めてだ。
「どうしたの?」
だからつい、そんな言葉をかけてしまった。無神経にも。彼女の友人や家族であるならばともかく、立場上は客とメイドであるのに。
「いえ、失礼いたしました」
だから彼女はこうして畏まってしまう。私に心配されたことを、自分のミスだと思わせてしまった。それが心苦しくて、だけど謝れば余計に彼女を困らせてくれるから、私はただ首を横に振って、それきりにしてしまった。
◇ ◇ ◇
一週間が過ぎた。仕事の早さには自信がある私だけれど、一週間働きづめて、なお紅魔館には仕事があふれていた。業務二班(キッチン)からの依頼を完遂すると、次に待っていたのは業務六班、ガーデン部門からの要望が届いた。
「剪定用の小型鋏が二十四挺、枝切りようの大型鋏が六挺、鋸がサイズ毎に三本、枝打ちようの鉈が……」
トラスさんからの無茶ぶりにも慣れたものだ。助手をやってくれているゴブリンさんたちもかなり技術が向上してきて、任せられる部分が多くなってきたのもありがたい。
「そろそろ休憩しませんか―?」
調整依頼のあった大型の鋏を研いでいるところにはんぺんちゃんがやってきた。佐藤ちゃんやトラスさんと違って、タイミングなどお構いなしの彼女にも慣れたものだ。今日は割といいタイミングだけど。
「そうだね。少し休もうかな」
作業スペースは炉があるせいでいつでも高温だから、休憩のときには別に用意してもらった休憩室に移動する。
「水だしの紅茶と桃のコンポートでーす」
はんぺんちゃんが持ってきてくれるティーセットは毎日の楽しみだ。他の妖精メイドさんの顔と名前も大分覚えてきて、仲良くなれている。と思う。
「んーまい!」
「多々良先生は厨房で大人気ですからねー。先生が新調したナイフを誰が使うかって喧嘩になってるんですよ。それで……先生?」
ダメだ。みんなが喧嘩してるなんていけないことなのに、顔がにやけてしまう。我慢したせいでよほど変な顔になっていたのか、はんぺんちゃんには怪訝な顔で見られてしまった。
◇ ◇ ◇
契約で決めていた期間の三分の二が過ぎた。ここでの生活に、もう自分の体の方が慣れてきている。日中は仕事に励み、休憩のティータイムはレミリアさんと一緒だったり、妖精メイドのみんなと一緒だったり。気分転換に外を散策すると美鈴さんが案内してくれる。咲夜ちゃんは夜中に私の部屋に来ることがある。どうも刃物の話ができるのが嬉しいらしい。うら若き乙女とは思えないマニアックな話で夜が明けることも何度かあった。
ただこうして見ると、私がここにきて、まだ一度もあったことのない人物がいることに気付くだろう。
悪魔の妹。
破壊の権化。
狂気の囚人。
フランドール・スカーレットさんだ。
彼女について、咲夜ちゃんは気になることを言っていた。
「以前、紅魔館は二つの組織を表しているというお話をしましたよね」
「ああ、うん。ようやく最近意味が分かってきた」
「館とその住人を指す紅魔館と、会社としての紅魔館。この二つはほとんど同じものを指しているんですが、実は一つだけ例外があります。それは……」
「それは?」
「妹様、フランドール・スカーレット様です。この館の住人は皆、会社としての紅魔館の職員でもあるという話は既に致しました。食客というお立場のパチュリー様も、顧問として僅かながら業務をこなされています。しかし、レミリアお嬢様の妹御、フランドール様は純然たるこの館の住人でなのです」
彼女については、咲夜ちゃんもあまり詳しくは無いのだという。レミリアさんはあまり妹さんの話をしないらしい。
フランドール・スカーレット。彼女はならば、いったいこの館の地下でどのように時を過ごしているのだろうか?
◇ ◇ ◇
その日、トラスさんは十分ほど遅れてやってきた。妖精メイドさんたちと比べても時間には正確なトラスさんにしては珍しいことだった。
「遅れて申し訳ございません」
「いえ、いいですよ。それより何かあったんですか」
「ええ、まあ」
トラスさんはやや疲れた様子だった。
彼女の話すには、半月後に妖精検診という行事が迫っているらしい。詳細は良く分からないけれど、まあ健康診断みたいなものなんだと思う。
トラスさんが課長を務める管財課というのは、絵画や調度品といった資産から、椅子や皿といった備品まで含めた紅魔館の全ての財産を管理する部署だ。妖精検診には専門の器具なんか――たぶん会場に並べるベッドとか検診用の貫頭衣とか――をたくさん使うらしいので、忙しいのだろう。
「当初の予定では、もう少し先、多々良先生の滞在も終了したあとにあると思っていたのですが」
トラスさんが言葉を濁す。あの最初のナイフの切れ味を試すデモンストレーションが館内で噂になり、発注要望が当初予定よりも随分と増えたらしい。一か月半の滞在予定は、一日二日と延長が決まり、結局あと半月以上はこの紅魔館で仕事をすることになったのだった。
「ご不便をおかけすることになりますがご容赦ください」
トラスさんは、そう申し訳なさそうに言った。
その日のことだ。
人間に似た姿の妖怪ほど行動は人間に似、人間のように振る舞う妖怪ほど思考も人間に似る。だから私がミスをしたのはそういう理由からで私は悪くない。
人間は慣れてきた頃にこそ間違いを犯すという。私もこの紅魔館に随分と慣れ、自らのホームのように気兼ねなく振る舞うことができるようになった今、このようなことになるのは予想できたはずだ。
えーっと、その、迷った。
一か月前から何の成長もしていない。この紅魔館の複雑に入り組んだ地下の中で、私は完全に迷子になっているのである。
言い訳はさせて欲しいのだけど、いつも通る道を間違えたわけではない。仕事場である鍛冶場と自室の周辺は、もう完全に把握して、自由に行き来できるのだ。ただ今日に限っていつも通る道が清掃中で通行止めになっていた。仕方が無いから迂回して、別の廊下から本来のルートに戻ろうと企んでいたんだけれど。
「見事に失敗しちゃったねえ」
例によって窓の無い、どこか分からないけれど恐らくは地下のワンフロアであろう回廊を歩く。上がってきた階段から、ものすごくゆったりと曲線を描く廊下を歩き続けている。素直に来た道を戻るのが吉かもしれないけれど、もう少し進めば上への階段が出てくるのでは、とさっきから三十秒おきに考えている。
不思議なことにその廊下には、窓ばかりか扉もない。最低限の光量で揺れる燭台の灯が、壁に私の影を映し、陰影が不気味に蠢動する、それを見てビビってしまう私のメンタルが妖怪としてどうなのかという自問自答。
ほぼ真円らしい回廊を、階段部分からちょうど半周ほどしたところに、扉があった。円の内側、つまりこの回廊が囲む空間へとつながるはずの扉。優美なアールヌーヴォー調の装飾がなされた、明らかに豪華な扉は、この部屋が単なる作業場や保管庫ではないことを如実に語っている。
いいや、迂遠な言い方はやめよう。紅魔館の地下に存在する図書館以外で、豪華な部屋といえば、その持ち主はもう決まったようなものだ。
フランドール・スカーレット。
その名がすぐに思い浮かぶ。
何事もなく通り過ぎるべきだと思った。面識は皆無だし、気軽に道を尋ねていいような相手ではない。もともとあまりいい噂も聞かない存在だ。もちろん、この紅魔館で生活した経験のある今と昔では、その手の無根拠な噂への認識も変わっている。あのレミリアさんの妹だ。そんなに変な相手ではないのだろうと察せられる。それでも普通、ここはまたの機会を待つべきだった。
だった、というのは、そうしなかったということである。そう出来なかった理由がある。
この回廊を歩く間、ずっと気になっていたことがあるのだ。それは水の音。間違いを恐れずもっと踏み込んだ言い方をするのなら、雨の音、だ。
吸血鬼の居城である紅魔館の、それも地下に、雨が降っているわけはないのだけれど。でも、時計回りに回廊を歩く間、常に右手から、つまり円の内側の空間から雨の音が僅かに漏れ聞こえていた。
そうしてこの扉の前に立った今、それは確信に変わった。私は傘の怪。雨の気配にはきっと誰より敏感だ。その私が感じるのだ。この扉の奥に降る、濃厚な雨の気配。どうしてもそれが確かめたくて、何にも考える間もなく、心の準備をする間もなく、私の右手は扉に備え付けられたノッカーを握っていた。
ガツン、ガツン。
金属の衝突音、それが重みのある木質の扉を伝ってその先の空間に響くのが分かった。
どうぞ。
「えっ?」
今確かにそう聞こえた。確かに聞こえたと感じたのだが、この耳が何か音を捉えた様子ではない。内側から、入室を許可する雰囲気――という呼び方が適切かは分からない。もっと濃密なもの――が感じられたのだ。
意を決して、扉を開く。そうして私は言葉を失った。
そこは半径が目算で三~四十メートルの球形の空間だった。扉はまさにその空間の一点であり、そこから水平の道が空間の中心に向かって伸びている。その道は、五メートルほど先で円形の足場に接続しているようだった。
ようだった、というのは、それが目視できなかったからだ。そこにあったのは水のカーテン。否、そこに吸血鬼がいることを考えれば、水の牢獄というほかない。
球形空間の頂点からは多量の水がまっすぐに降り注いでいる。それは途中で空中に浮かぶ何か――恐らくは円錐形の物体――に衝突し、放射状に広がって、雨のように、あるいは壁のように、球の中心部の空間を覆っていた。雨だ。これが雨音の正体。
扉から中に入った私の今いる道は、中心に向かって伸び、その途中でこの雨壁に寸断されている。幅三メートル程度の道には手すりもなく、大理石のような質感で、そこから下を覗き込むと、球の四分の一程度まで水が貯まっていた。部屋の住人が水攻めにあっているのでなければ、何処かに排水されているのだろう。
寸断された通路の先は広い足場になっていて下部の水中から延びる柱に乗った、目算で半径二十メートル程度の円形の、そう、言うなれば部屋になっていた。屋根が流水で形作られた東屋(あずまや)、という趣だ。
水のヴェールの先に、ぼやけてはいるが見える。テーブルや椅子、ベッド、キャビネットなど、通常部屋として必要な機能を十全に備えているらしいその空間に、彼女はいた。
「あらお客様、どうぞ中に」
その声はレミリアさんの声に似ていた。しかしそれよりもやや悪戯っぽく、そしてやや空虚だった。
丁寧な言葉遣いだけど、敬意によるものというより、わざと畏まって見せることで、滑稽さを演出しようという試みに思える。
「佐藤さんは一緒じゃないの?傘が無いと濡れちゃうよ」
「あ、傘は持ってます」
私は背負っていた分身――どちらかといえば背負っている方が分身だけど――を広げる。屋内で偶然傘を持っているなんてことが果たしてあり得るのか、と考えると私の存在は、ここでは稀有かもしれない。雨壁の向こうからも驚いたような気配が伝わってきて、私の気力を大いに回復してくれた。
そのまま歩みを進める。一瞬だけ雨が通り過ぎ、私は彼女の部屋に入った。
「ようこそ、私の雨天楼(へや)へ」
その楼の主は、御世辞にも座り心地の良いとは思えない、木製の椅子に腰かけていた。絹糸のような、白色に近い金髪をサイドに結び、それが喪服のように黒いワンピースに映えている。
「はじめまして不思議なお客様」
「は、はじめまして」
私は彼女の存在感に圧倒される。しかし彼女から感じるオーラが、彼女の姉の自信に満ちたそれとあまりに異なっていることにも気付く。不思議だ。姉妹でこうも違うものだろうか。
「さあ、どうぞ。座って?」
テーブルをはさんで向かいの席を勧められ、そこに座る。こちらの椅子には座面と背もたれに革が張ってあって、座り心地がいい。それが帰って居心地を悪くしてもいるのだけれど。
「あなた、多々良先生、ね?」
その呼び方は敬称というより、誰かがそんな風に私を呼んでいたのだと感じさせる伝聞調であった。
「あ、はい。多々良小傘です」
「佐藤さんから聞いていたわ。とっても素晴らしい鍛冶師さんが、紅魔館に来ているって。女性だとは思わなかったけれどね」
そう言ってクスクスと笑う様は、見た目相応の小女のようだけど、だけどちっとも、それが心からの笑いには見えない。どうしてか、そうなのだ。
「私は、自己紹介はいらないかもしれないけれど一応。フランドール・スカーレットよ。レミリアの妹の、ただそれだけの」
それは不思議な言い回しだった。
フランドールさんは立ち上がると、テーブルのわきにあったアンティーク調のワゴンからティーセットを取り出し、何やら準備を始めた。
「紅茶はお好き?」
そのまま手慣れた様子でお茶を淹れ始める。
「そう聞くからには、他に何か用意すべきなんでしょうけど。そういえばここには紅茶しかないから、今のは無意味な質問ね」
フランドールさんはまた楽しくなさそうに笑う。
「あ、いえ、お気遣いなく!」
ついついぼーっと見ていてしまったけれど、雇い主の、つまりはこの館の当主の妹さんにお茶を淹れさせるなんて、とんでもないことだ。慌てて制止しようとするが、フランドールさんは取り合わない。
「いいの。淹れさせてちょうだい。この楼に外のお客様が来るなんて、本当に数えるほどなんだもの」
そのお点前は見事なものだった。身分から言えば、彼女は決して自分の紅茶を自分で淹れなければならないような境遇ではないはずだ。しかしその手つきを見れば、何百回、何千回と繰り返された作業にだけ顕れる、一種の洗練された美しさが確かにあった。
「さあどうぞ、あ、ひょっとして急いでいた?」
「いえ、そんなことは」
「じゃあお話ししましょう?」
私は頷いて、紅茶のカップに手を伸ばす。私はこのヒトに興味が湧いてきていた。
「どうして傘を持っていたの?とても不思議」
もっともな疑問を彼女は口にした。
「私はこの傘なんです。え、っとつまり、この傘の付喪神なんです。わたし」
「へえ、素敵。そんな妖怪もいるのね」
ついつい御返しに、どうしてこの部屋には雨が降っているんですか、なんて聞き返しそうになって、慌てて自分を諌める。明らかに部外者が首を突っ込んでいい領域じゃない。
この空間は幻想的で、非現実的で、美しいデザインだけれど、吸血鬼が流水を渡れないという前提があるだけに、それを素直に評価することはできない。ここは明らかに吸血鬼を閉じ込めるために設計されている。
「気になる?この部屋」
「いえ、あ、いや、……はい」
ところがこういうとき決して器用には立ちまわれないのが私なのだ。対面に座ってるのに、さっきからちらちらと周りを見てしまっている。気になっているのはバレバレだろう。
内側から見ると、流水のドームの中にいる、というのが良く分かる。周囲は切れ間なく雨が降り、サーっというシャワーのような音が球形の空間に響いていて、洞窟にいるような感じもする。
「ここはね、牢獄なの」
「牢獄?」
「そう。吸血鬼を捉えておくための牢屋」
彼女の顔に浮かんでいたのは、いたたまれなくなるような引き攣れた笑顔だった。
「ここは昔、『雨天牢』と呼ばれた吸血鬼用の座敷牢。吸血鬼同士の権力争いも、かつてあるにはあったし、身内から罪人が出ることも想定されたからね」
聞いていると、自分も血塗られた暗黒時代に迷い込んだような気分になってきて、具合が悪くなる。
「実際それはあらわれた。そういう意味では親父殿の先見の明は優れていたのかもね」
「それは……」
それはどういう意味だろう。
「フランドールさんは」
「フランでいいよ」
「ふ、フランさんは、閉じ込められているんですか?」
聞いてしまった。しかし聞かずにはおれなかった。そういう噂は耳にしていた。レミリア・スカーレットには気の触れた妹がいて、紅魔館の地下深くに幽閉されているって。
「うんにゃ、私はただの引きこもり」
「ええー」
あっけらかんと言う彼女に脱力してしまった。なんか今から私なんかが全然場違いになっちゃうようなシリアスな展開になると思ったじゃないか。フランさんには先ほどから感じていた空虚な感じは既になく、見たまんま女子って感じになっていらっしゃった。なんだよう。
「ここは私が気に入って自分の部屋にしたんだ。ちょこちょこ改装してね。今は雨天楼と呼んでるの」
牢あらため楼。
レミリアさんの妹さんは変わったセンスの持ち主らしい。
「でもこれじゃ出られないんじゃないですか?」
「私一人じゃね。でも佐藤さんは呼べば何時でも来てくれるから大丈夫だよ。傘持ってね」
この間、朝から鍛冶場に来た佐藤さんが傘を持っていた理由が分かった。あれはフランさんの部屋へ来た帰りだったんだ。
「あえて不便な生活をするってすごいですね」
「ファッションみたいなものだよ。ダメージドジーンズとかそうでしょ?デザイン上欲しい要素に必ずしも実用性が備わっているとは限らない。ものづくりをしているのなら分からない?」
「わかる」
あんまり同意したもんだからタメ口で即答してしまった。いけないけない。
でも本当によく分かったのだ。私にも覚えがある。
「確かに此処に飾りを入れたいけど、使うとき絶対邪魔になっちゃうからどうしようかって考えて、泣く泣く諦めることとかありますもん」
「お、君そういうの分かっちゃう子かー。いやあ嬉しいなあ。お姉(ねえ)なんか『え、だって不便でしょ。意味分かんない』とかゆーんだよ。センスゼロなんだから」
あー、いいそう。すっごくカッコいいし、優しいし、面白いヒトなんだけど、センスは無いんだよなーレミリアさん。名前とか、名前とか。
服のセンスはいいのにって思ってたけど、コーディネートはレミリアさん付き従者のしいたけちゃんが全部決めているというのをはんぺんちゃんに聞いてしまったし。
「でもお姉のヒトを見る目だけは確かなんだよね。あなたも、お姉が客人として招き入れたなら、きっとすごいヒトなんでしょう」
そんな風に言われると、流石に照れてしまうのだけれど。でもフランさん、レミリアさんのこと凄く好きなんだろうな。お姉と呼ばれているレミリアさんもちょっと見てみたい。
「それに比べて、わたしはお姉の役にはぜ―んぜん立ってないの。だって引きこもりだもの」
「いやいや、なにいってるんですか」
フランさんはあっけらかんと笑っている。
しかし、その笑顔の裏に一瞬、虚ろな空洞のようなものが見えた気がして
「それより小傘さん、デザインの話をもっとしましょう?」
「ええ、是非」
でもそれを確かめるタイミングは逸してしまった。
たぶん気のせいか何かだったのだと、私は了解した。
フランさんは博学で、デザインや美術方面にも明るいヒトだった。レミリアさんも知的ではあるけれど、その興味はどちらかといえば法学や経済学といった、いわゆる実学の方向を向いている。比べてフランさんは「役に立たないことほど面白い」と、真っ向から反目しているらしい。西洋の出だというのに三池典太について二時間も語れるとは思わなかった。
「あ、ごめんなさい。長々とお邪魔してしまって」
「いいえ、私こそ引きとめてごめんね」
フランさんとの会話が楽しすぎて、ついつい長居してしまった。本来なら私は部屋に戻って休むところだったんだ。
「って、あ。どうやって帰ろう」
「え?」
フランさんは呆れた顔をしている。それもそうだ。
「そもそも小傘さん、ここにはどうして来たの?」
聞くの忘れていたけど、とフランさん。
「私、地下の作業場で働いてて、今日の仕事が終わったから自分の部屋に戻ろうとしたんです。そしたらいつも通る階段が清掃中になってて、回り道してるうちに何故か此処に」
「あなたって、本当に面白い」
彼女は鈴を転がすような声で笑う。
「シフトの変更があったのかな、こんな時間に階段の清掃なんて……。いや」
彼女はそこで言葉を切って意味深な表情をする。
「ひょっとして、もう妖精検診の季節なの?」
「は、ええ。なんかそろそろ準備が忙しいって」
「そんな。まさか、もう?でも……」
フランさんの表情が目まぐるしく変わる。そうしてしばらく思案した後、
「ごめんなさい。今日はもう帰ってちょうだい。帰り路は照らしてあげるから」
そう言って、ポーズだと思っていた最初の空虚な表情に戻った。私は何も言うことができず、傘をさして楼を後にした。帰り路では、廊下の燭台が青くきらめいて、道順を示してくれていた。
いったい、どうしたんだろう。
最初は不思議につまらなさそうで、途中からそうじゃなくって面白いヒトなんだって、安心して。でも帰り際の彼女は普通じゃなかった。あのヒトの印象は、結局定まらなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
何事もなく仕事が始まり、何事もなく終わった。いつもとの違いは、寝る前に起きた。
今日は迷うこともなく、無事地上階へたどり着く。
シャワールームで汗を流し、食堂で夕飯を食べて――このサバ味噌定食が絶品――自室に戻る。食堂やシャワーで一緒になる悪魔さんや妖精さんたちにも顔馴染みが増えて、軽口を叩けるようになった。
このまま此処で働けたら面白いだろう、という思いもある。しかしその生活は私には馴染まないだろう。やっぱり町角で、誰かを驚かす日々が必要だ。
業務二班のピテカントロプス十四世ちゃん――私が出会った中でも最高に凄い名前。自分でも覚えられずに名札を持ち歩いてる――がキッチンからくすねてきたというワインのミニボトルを開ける。この自室での生活にも随分慣れてきた。
来た当初はまだ肌寒くて、壁のペチカにも毎日火をいれて居たけど、もうずいぶん暖かい。
コンコンコン
控えめにノックが響いた。
「はあい、どうぞ」
答えながら違和感に気付く。最近よく来る咲夜ちゃんはノックと一緒に声をかけてくれるし、トラスさんのノックはもっとせっかちだ。ちなみにはんぺんちゃんはノックなんかしない。勝手に入ってくる。実にロックだ。
扉を開けると、そこには佐藤ちゃんが立っていた。
「遅くに住みません佐藤さんです」
「どうしたの?」
「はい、少しお願いと、それからお詫びを。中に入ってもよろしいですか?」
「うん。いいけど……」
お詫びってなにかな。彼女に何かされた覚えは無いけれど。思い当たることがあるとすれば、昨日のこと。階段が清掃中でまた迷子になったことだろうか。
招き入れ、遠慮する彼女を無理やりに椅子に座らせる。相手が立っているのに自分だけ座ったまま話ができるようなメンタルはしていない。
「それで、話って?」
「はい。多々良先生は、昨日、フラン様にお会いになりましたね」
「あ、うん。実はまた迷っちゃってね」
「申し訳ありません。あれは私のせいなのです」
「……え?」
今なんと。
「何時も先生が通られる階段を、私が先回りして封鎖しておりました。フラン様の雨天楼へとたどり着かれるよう、誘導しておりました」
「え、あの……え?なんで?」
私が昨日、あの空間にたどり着いたのは、そうしてフランさんと出会ったのは、佐藤さんがそう仕組んでいたからなの?
「申し訳ありません。使用人としてあるまじき行いでした。そして重ねてお詫び申し上げます。本来であれば、いかな罰でも受けねばならないところ、図々しくも私から先生にお願いを聞いていただきたく思います」
「ちょっと、待って待って。いったいどういうこと?順を追って説明して欲しいよ」
平身低頭する彼女を押しとどめる。彼女は良くできたメイドさんで、妖精離れした優れた立ち居振る舞いを身につけているし、常に気遣いを忘れない。だから彼女がここまで必死になっているのには、なにかしら聞けば納得できる理由があるのだろう。私はただ、それを知りたいのだ。
「はい。まずは私のお願いを聞いていただくのが早いと思います。全てはそのためなのです」
「分かった、聞くよ。それでお願いって?」
「ごく個人的なお願いです。フラン様に、傘を作っていただきたいのです。多々良先生に」
「……傘?」
どんなお願いをされるのかと色々考えを巡らせていたが、本当に全く、予想の外からのお願いだった。
「どうして、傘を?」
「昨日、多々良先生は雨天楼に入られたのですよね。ええ。あの通り、フラン様は自力ではあの楼を出ることがかないません。はい。あの雨は、止めることができないのです」
「あの楼が、もともと牢屋だったっていうのは、私もフランさんに聞いたんだけど。あれってフランさんが望んであんなふうにした部屋に住んでいるんでしょう?」
それとも本当は誰かに――考えたくはないがレミリアさんに――監禁されているのだろうか。
「いえ、フラン様は望んであの場所にお住みです。だからこそ、私は傘をプレゼントしたいのです」
「……どういうこと?」
彼女はデザインの美しさを語っていた。確かにあの空間は洗練されていて。そして実にブラックなジョークに満ちていた。それとも。本当に。
「フラン様はずっとあの楼にお住みなのです。誰かが付き添って部屋を出ることがあっても、必ずあの楼に戻ってお休みになるのです。あの場所に、御自身を閉じ込めておられるのです」
「どうして、そんなことを?」
「フラン様は、ある罪を犯されました。それを罪だと呼べるのかどうか、私には分かりませんが、少なくともフラン様はそうお考えです」
「罪って、なに?」
聞いてもいいのだろうか。部外者である私が。でも、聞かなくっちゃあ、佐藤ちゃんの話は理解できないのだろう。
彼女は対してもったいぶることもなく、答えた。
「親殺し、とおっしゃっておられました」
「……!」
何かがお腹の中から上がってきて、声となって口から飛び出そうになった。だけれど口から出たそれは何の音にもならず、ただ僅かに空気が漏れた。
親殺し。スカーレット姉妹の御両親がいまどうしているのか、なんてことを私は考えもしなかった。親子関係を持つ妖怪というのはあまり多くは無い、――そもそも長命な種族ほど子を持たない――だからそんなものは、想像の範疇に無かったのだ。
遠い噂に聞く吸血鬼異変では、首謀者は手討ちにあったという。それが彼女たちの両親だった、わけではないのか。それともそのときに?
「吸血鬼が眷属を作るとき、それは一般に吸血行為によってなされます。吸血鬼同士の間に、子が生まれることはめったにないと聞きます。しかし、フラン様のご両親は、お二人のお子様をもうけられました」
「それがレミリアさんと、フランさん」
「はい。そして吸血鬼同士の間に生まれる子は、その血の濃さゆえか、非常に強力な力を持って生まれることが多いのだそうです。例えば何もしなくても周囲の運命を捻じ曲げる力、例えば……」
「なんでも壊してしまう力?」
「はい」
それについては噂に聞いている。フランさんは、あらゆるものを、手も触れることなく破壊できると。
「その力の最初の犠牲者こそ、母上様でございました」
「そん、な」
「フラン様は生まれてすぐ、この世に生を受けたその瞬間に能力を暴発させました。お産が行われていた寝室は酷い有様だったそうです」
あくまで伝聞ですが、と彼女は付け加えた。
「私がフランさまに仕えるようになりましたのは、この幻想郷に来てからでございます。もともとはこの郷の妖精でございましたから、この話はフラン様ご自身からお聞きいたしました」
恐ろしいことだ。彼女はどんな気持ちで、このメイドさんに、自分の罪――それが罪だと私は思わないが――を話したのだろう。
「お二人の御父上、つまり先代様はその現場を目撃し、錯乱されたと聞いております。それまでは聡明で、優しく、気高いお方であったそうですが、奥様を亡くされてから情緒不安定になり、領民を意味もなく惨殺したり、周辺の領土に突然攻め入ったりするようになられたそうです。結果、古くからの忠臣は尽く去り、後に残ったのはレミリア様を担ぎあげ、その利権を手にしようとした奸臣ばかりだったと聞いております」
「……フランさんは、どうなったの?」
あまり聞きたい話ではないが、此処まで聞いてしまっては、途中でやめることはできない。
「フラン様は、座敷牢、つまり雨天牢に移され、しもべ妖精たちの手で極秘裏に育てられました。レミリア様も、長い間御自身に妹御がおられることを御存じなかったそうです」
「ごめんね、ちょっとストップ」
私は佐藤さんを遮り、机に突っ伏した。その話を、昨日あの楼に行く前に聞いたなら、此処まで苦しくは無かっただろう。あの巨大な球体に作られた、吸血鬼を捕らえ続けるためだけに存在する檻の中で、生まれたばかりの赤子がひっそりと育てられる様が、ありありと浮かび、そしてそれがフランさんなんだと、昨日一緒におしゃべりした彼女なのだと、そう思うだけで。
「う、……」
「申し訳ありません!私が無神経でした、今手桶を」
慌てる彼女に背中をさすられながら、私は彼女の負った運命を思った。
「失礼いたしました。不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません。私の浅慮をお許しください」
「いいよいいよ、気にしないで。聞いたのは私なんだから。さあ、続きを聞かせて?」
「しかし」
「いいの。聞きたいの。聞かせて?」
もう大丈夫だから。いや、それは嘘で、本当は覚悟なんてない。だけど、せっかく彼女が頼ってくれたのだ。佐藤さんにはお世話になった。フランさんの役にも立ちたい。
「では」
そうして彼女は続きを語り始めた。
「優れた領主と、それを支える忠臣を失ったスカーレット領は、次第に追い詰められていったそうです。周囲を侵略し、しばらくは領土を広げましたが、他領地の貴種や教会勢力の恨みを買い、領地は焼かれ、領民は死に絶え、いよいよ進退窮まりました。そのとき、奸臣のひとりが幻想郷に関する情報を持ってきたそうです」
何処にも行き場をなくした狂気と暴力が、悪意と欲望によって、この幻想郷になだれ込んだ。それが吸血鬼異変だった。そうして、その根本的原因が。
「フランさんのせいだと?」
「誰ひとり、そのようなことを申しはしませんでした。しかしただひとり、フラン様ご自身は、そうお思いです」
「そんな、そんなこと」
ない、と軽々に断ずることがどうしてできるだろうか。暖かな家庭と、そこに付随する仲間、領民、攻め入られ、死んでいった幻想郷の人々、夥しい数の、確かな犠牲者を前に、自分は悪くないと、フランさんは言わないだろう。でも、彼女は悪くないのだ。絶対に。きっと誰もが、この紅魔館のみんながそう思っているだろうに。
「先代様や奸臣達が残らず賢者たちの粛清を受け、レミリア様を頂点とした新生紅魔館が立ち上がったとき、レミリア様はフラン様を、地上階に住まわせようとなさった。ここからは私が実際に知っている記憶です。レミリア様はフラン様のお部屋を、御自身の部屋の隣に用意され、おっしゃったのです。『明るい場所で暮らそう。雨の降らない場所で』と。しかしフラン様は黙って首を振り、地下に戻られました。」
「そう……」
「私はメイドの分際で、不遜を自覚しながらも、フランドール様をお救いしたいと考えているのです」
「それって、不遜なことかな」
「メイドはご主人様のご意向に沿って、そのお望みを叶える為に尽力するのが役目。それを、フラン様ご自身が望んでいないにも拘らず、しかも救う、などと。到底メイドのすべき事ではございません。それでも」
彼女は一度言葉を切った。
「時間が、無いのでございます」
「時間?」
そういえば彼女の行動は、随分と拙速であったのではないか。フランさんに私を引き合わせるにも、事前に話を通せば済んだ話だし、こんな夜に突然押し掛ける必要性も感じられない。
「妖精検診が近いのです」
「妖精検診?」
そういえばフランさんもそんなようなことを言っていた。それがいったい?
「妖精検診は、妖精が妖怪化していないかを診断するために、数年に一度行っているものです」
「妖怪化って、どういうこと?」
彼女の言うには、妖怪と長い間触れあっている妖精は、知らない間に少しずつその存在が変質していき、妖怪のようになってしまうのだという。
「え、それって大丈夫なの?」
咄嗟にはんぺんちゃんのことを思う。ここにきて結構長い間一緒にいるけれど。
「御心配には及びません。妖怪化は一朝一夕に起こるものではなく、長い年月を力の強い妖怪のもとで過ごすうちに、ゆっくりと起こるのです。しかし、それは大きく、取り返しのつかない変化です。妖精は、……私たち妖精は、本来極めて自然に近い存在で、厳密には生物ですらありません。生死の概念が無く、輪廻転生もしない。生き物のように振る舞う『現象』です」
「現、象……」
妖精である佐藤ちゃんの口から聞くと、違和感をぬぐえないけれど、もちろん私もそれを知ってはいる。妖精は人格を持っているように振る舞う自然現象。その具象化された姿なのだ。
「しかしひとたび妖怪化すれば、妖精は自然とのつながりを断ち切られ、一個の存在として輪廻の中に囚われることになります」
私たち妖怪の存在それ自体が、妖精に影響を与え生死の苦しみを繰り返す輪の中に引きずり込んでしまう。そういうことなのだ。
「紅魔館を監査する立場にある山の賢者、天魔様からの意見書で、検診を実施することになりました。『紅魔館は大量の妖精をその支配下に置き、長期的にそれを妖怪化することによって、吸血鬼条約第七項に定められた軍備拡張の禁止に抵触する恐れがある』とのことです」
「そんな、言いがかりじゃない?」
この紅魔館で短くない時間過ごした私にはさっぱり理解できないことだ。あっちこっちで楽しげに――仕事はそこそこに――楽しげに毎日を過ごす妖精さんたちが、戦力だなんて。
「いえ、もっともなご意見であるとレミリア様も承服なさいました。実際、第一回検診では既に、不可逆な妖怪化を起こしていた妖精が三名おりました。レミリア様は定期的に妖精検診を行うことを誓約いたしました。レミリア様ご自身も、いたずらに妖精に影響を与えることを良しとはしなかったのです」
「そう、そんなことが」
妖精メイドさんたちにもいろんな事情があったのだ。
「妖精検診で危険域、つまり勤務を継続すれば不可逆な妖怪化を起こす可能性のある状態であると診断された妖精は、退職を勧告されます。完全に妖怪化する前であれば、影響から離れ、妖精らしく過ごすうちに回復します。妖精自身が強く継続勤務を希望する場合に限り、館主、つまりレミリア様の承認を得て、そのまま勤務することができます。例えばレミリア様付き従者のしいたけは、前回の検診で危険域と判定され、継続勤務を希望しました。妖精メイドとは言いながら、既に妖怪であるのです」
「あの子が……」
確かに彼女は他の妖精メイドに比べると、任されている仕事の水準が明らかに高い。立ち居振る舞いもしっかりしていると思っていたけれど、そういう理由が……。とそこまで考えて、もう一名、そういう妖精メイドがいることに気付いた。
「ねえ、ひょっとして」
「私はしいたけとは同期です」
「……」
しいたけちゃんがレミリアさんと過ごしたのと同じくらい長い間、佐藤さんもフランさんと過ごしてきたはずだ。
「前回診断は要注意域、と判定されました。今度の検診は恐らくパスできないでしょう」
しいたけちゃんや佐藤さんなど業務部一班(VIPサーヴァント)や、美鈴さんの直属など、要職には常に妖怪化の危険がつきまとっている、というわけだ。
「レミリア様もジョブローテーションなど、苦心して様々な対策をされておりますが、要職ほど代えが効かないという厄介な事情もありますから。フラン様もお付きの従者が変わることを好まれません。ですから私も、出来る限り楼の中にいる時間を短くし、フラン様とも最低限の会話しかしておりません」
彼女が従者でありながら、地下フロア管理責任者などという重要な役職を兼任していることに違和感はあったが、今思えばそれは、出来るだけ彼女がフランさんの近くにいないための苦肉の策だったのだろう。
「従者の身でありながらお傍に仕えることができない、という矛盾に苦しみながらも、それでも何とか続けてまいりましたが、もう時間がございません」
「ねえ、こんなこと、聞いていいのか分からないけれど、残酷なこと言うかもしれないけれど許して。もし診断で危険域と判定されたとして、継続勤務を希望するつもりはないの?」
これはあまりといえばあまりな質問である、と自分でもよく分かっている。私は妖怪化するつもりはないのかと聞いているのだ。
「いいえ、希望いたしません」
彼女はきっぱりとそう答えた。重ねて、どうして、と問うことは流石にできなかったけれど、その答えはすぐに語られた。
「私だって、このままお仕えしたいですとも。フラン様の傍に、これからもずっと。妖怪化すればもう楼での滞在時間を気にすることもありません。今まで以上に、ずっと、フラン様のお傍でそのお力になりたいですとも!でも……!」
「ごめんなさい。もういいわ、もう」
「いいえ、こちらこそすみません。声を荒げてしまって。もちろん私もそうしたいですけれど、しかしフラン様との約束なのです」
「約束?」
「ええ。妖怪化の兆候が出たら、紅魔館を出ていくと。フラン様はご自身の影響で、妖精メイドを妖怪化してしまうことを恐れておいでです。罪の意識に苛まれ、ずっとご自身を地下に幽閉なさっているフラン様に、どうしてこれ以上何かを背負わせることができましょうか。私のわがままで、これ以上罪を感じていただきたくはありません」
そういう彼女は、本当に悔しそうな顔で俯いた。
誰かの役に立ちたいという思いが、時として相手にとって重荷になってしまうということはままあることだ。私はそれをよく知っている。
しかし、私はそのことを肯定もしていた。誰かの傍にいたいというのは本来、そのくらい自分勝手な思いであっていいと思うのだけれど。
「お話を戻します。私は此処を出ていく前に、フラン様に傘をお送りしたいのです。従者が主人にプレゼントなどと、分不相応な行いですが、最後くらい許されるでしょう。先生のご専門ではないことは承知しておりますが、先生しか頼めないのです」
「傘ねえ。まあある意味これ以上なく専門でもあるんだけどさ」
傘の構造なんかはもちろん知りつくしている。万が一に備えて修繕を練習したこともある。作れないことは無いだろう。やったことは無いけれど。
「でもやっぱり専門の傘職人さんに依頼したほうが」
「いいえ。先生に作っていただくから意味があるのです」
「どういうこと?」
「先日、先生に作っていただいたソムリエナイフを楼で使ったときのことです。珍しくフラン様はナイフに興味を持たれました。『このナイフ、いいデザイン。それに目が見えにくいわ』と」
「目が見えにくい、ってどういうこと?」
「フラン様のものを破壊する能力は、力任せの魔力攻撃などではなく、極めて複雑で精緻なプロセスを経る攻撃です。あらゆるものには、力の集中した目というべき場所があるそうです。フラン様はその目を見ることができ、また目視したそれを掌握することで、対象を破壊するのです」
「なるほど」
目というものにはある程度心当たりがある。もちろんそれを見ることなんかできないけど、長年鍛冶師を続けてきた経験上、物質には緊張した点があって、そこに力が加わると弱い力でも壊れてしまう、ということはなんとなく納得できる。
「つまり目が見えにくい、というのはそれだけナイフにかかる力が分散され、壊れにくいということなのです。フラン様が先生にお会いになってみたいと仰せでしたので、今回の計画を思いつきました」
「それで、何で回りくどい方法を?」
「正式に茶会なり、会食なりをセッティングすればフラン様は場所を移されたでしょう。あの楼は隠しているわけではございませんが、積極的にお見せするものでもありません。事実、魔理沙様や霊夢様などがお見えの時も、場所を移しております。先生にはあの楼を見ていただかなければ、何故傘が必要なのか説明できませんでしたので、あのような方法を取らせていただきました」
うん、それは確かにそうだろう。
「まずはご自身で外に出歩くことができる、そういう状態を普通のこととして捉えていただきたいのです。そのうち本当に、あの楼がデザイン性だけを追求したフラン様の心安らぐ私室になることを願っているのです。先生、協力していただけませんか」
「断る理由は、……ないよ」
頼られる嬉しさも、頼ってもらえない悔しさも、私には分かるから。彼女の気持ちを叶えてあげたい。
私はしかし、佐藤ちゃんが帰っても、なかなか眠りにつくことができなかった。自分でもどうしてそこまで気にかかるのかわからないのだけれど、どうしても引っ掛かりを覚えてしまう。
彼女はプレゼントを残して、ここからいなくなる。彼女のプレゼントに、フランさんがどんな反応するか、覚えていることもできず、その先、フランさんがそのプレゼントを使うところを見ることもできず、なにより彼女の遠大な目的である、フランさんが外に出かけることを、普通のこととして捉えることができる未来が、果たして本当に訪れるのか、確認することもできない。
それでも彼女はそれでいいと言う。
もちろん、彼女自身がそれを望んでいるわけではないことは、先ほど聞いたとおりだ。許されるなら、この先もずっとフランさんと一緒にいたいと願いながら、しかしフランさんとの約束のために、断腸の思いで決断をしたのである。
だから私が感じる違和感は、極めて勝手な、第三者的な押しつけにすぎないのだけれど、それでもやっぱり、佐藤ちゃんは自分のお節介の行く末を見届けるべきだと思うのだ。
誰かの役に立ちたくて、誰かのために何かしたとして、その結果喜んでもらいたい、喜ぶさまを見たいというのは、ごく自然な考えなのだけれど、ともすればそれは浅ましいことだとされている。むしろ、相手に見返りを求めず、ただ淡々と誰かのために行動し、報われることもない、そんな行動がまるで美談のように語られる。
間違いではないと思う。
そういう捉えられ方はあって自然だし、それをかっこいいと思うことを私だって責めはしない。だけど、報われないということは、報いを受けないということだ。誰しも、自分の行動の報いを受けなければいけない。別に悪い意味じゃなくって。
例えばレミリアさんは私にとても良くしてくれている。私がそれを心地よく感じるのは、それが決して、いわれなき歓待ではないからだ。あのヒトの考え方は一貫している。客人が、この紅魔館に何をもたらすのか、結局彼女はそれを一番に気にしているのだろうと思う。私もここにきてしばらく経って、だんだんとそれが分かってきた。レミリアさんは私に期待している。だからこそ、私のためにいろんなことをしてくれる。
それを打算的、と捉えることは簡単だ。見返りを求めた行動を嫌う人もいるだろう。
だけど、誰にも何も求められない哀しみを知っていれば、そんなこと、決して思わない。
求められることの喜びを、私は知っている。
フランさんが、佐藤ちゃんのプレゼントに心を動かされて、彼女の行く先がより良いものになった時、その喜びを伝えたい相手が、自分の下から永遠に去ってしまったなら、彼女はきっと悲しむことになる。
このままなら、もしそうなっても佐藤ちゃんはその悲しみの報いを受けることもないんだから。
私は生来、細かいことが気になる性質ではないのだけれど、例えるならば、のどに刺さった魚の小骨のように、そんな考えが私の頭の中をぐるぐるぐるぐると、何時までも回っていた。
◇ ◇ ◇
それでも時は着々と過ぎていった。引き受けた以上、私は自分にできる最高の仕事をこなさなければならない。
まずはデザインから始めよう。和傘にすべきか洋傘にすべきかは、あまり迷わなかった。奇をてらうのもいいけれど、彼女に似合うのはきっとアンティーク調の洋傘だろう。大きさは、材質は、考えることは山ほどあった。本来の仕事もこなしつつ、作業は夜中から朝方まで続く。
「先生、もってきたよー」
「ばか、声が大きい!」
「あなたの声も十分大きいよ?」
やってきたのは手癖の悪さではピカイチのピテカントロプス十四世ちゃんと、業務五班(テーラースタッフ)の白リボンちゃんだ。フランさんのサイズ表をくすねてきてもらった。
「これ何に使うんですか?」
「身長や腕の長さが分からないと、傘の長さやバランスが決められないからね」
それに万が一にもフランさんを濡らすわけにはいかない。傘の布部分のサイズ感には神経質にならざるを得ないのだ。
「じゃあ、頑張ってください」
「ください!」
「声が大きいって」
そう言って去っていくふたりに感謝して、設計を見直す。事は佐藤さんの独断だ。出来れば秘密裏に進めたいということで、みんなにはコソ泥めいた真似をしてもらっている。だけども、妥協は絶対にしたくなかった。もちろん本来の仕事もね。
◇ ◇ ◇
日に日に作業量が増えて寝不足になってくる。でもこんな私でも一応妖怪だ。無理しようと思えば無理できる自分の体が今はありがたい。
デザインは完了し、材料の調達と実際の製作を同時並行で進めていく。私が傘の完成度を妥協しないために、その材料費はとんでもないことになっていた。そのすべては、これまで貯金してきた佐藤さんの給与から出ているのだ。
「まだかなりかかるけど大丈夫?」
「問題ありません。此処を出ればお金を使うことも無くなります。お金の価値さえ分からなくなるでしょう。自然に帰るとはそういうことです。フラン様のことも、レミリア様のことも、この紅魔館のみんなのことも、次第に忘れていくでしょう。それこそがこの紅魔館をさる理由なのですから。しかし、いや、だからこそ、残していきたいのです。お金に糸目はつけません」
その願いの切実さに、思わず私も力が入る。彼女はフランさんがその後、傘をどう使うのか、あるいは使わないのか、確認することもできないのだ。その願いを強く維持しておくこともあるいは。それが本当に正しい……、いや、今は彼女の覚悟を問い直すのはやめよう。
骨組みについては何の問題もなかった。私は専門こそ鍛冶だけど、鉄工全般を得意としている。実用性とデザインの狭間をこだわりぬいてデザインした骨が着々と完成していく。
紅魔館の裏側、使用人の休憩スペースでは、妖精検診の話題で持ちきりのようであった。
「あたし、大丈夫かな。もう少しここでおいしいお菓子食べてダラダラしていたい」
「あんたは絶対大丈夫だよ。行動が妖精そのものだもの」
なんて会話があちこちから聞こえてくる。
その内容は、何と言うか気の抜けるような穏やかなものばかりで、佐藤ちゃんのように、自身の妖怪化を真剣に悩んでいる妖精はほとんど見られなかった。
「それは、検診なんかしなくても、ほとんどの妖精は時期が来るとこの館を去ってしまうからですよ」
その夜、部屋に遊びに来た咲夜ちゃんがそんな風に話した。
「妖怪化してしまうのが怖いから?」
「本当のところは私にもわかりかねます。だけど、彼女達の行動は、もっと本能的なものだと思います。本当に、自然に、彼女たちは時期が来ると自然の中に戻ろうとするのです。お嬢様は、そんな彼女たちを決してお引き留めにはならない」
咲夜ちゃんは少し寂しそうな顔をした。
彼女もたくさんの妖精と働いているから、思うところがあるのだろう。
「妖精というのはそもそも、本当に気まぐれで、自由気ままなものです。彼女たちに奉仕の心などというものは存在しません。ただ、面白そうな、心地良さそうなことに身を委ねているのです。そういう意味で、妖精がたくさん集まるこの館は、本当にいいところだと私は思っているんです。何を強制されるでもなく、ただ、心のままにここに居たいと思わせる力が、お嬢様にはあるのでしょう」
「そうかもしれないね」
私自身も、その力を感じないではない。
でも、気にかかることもある。
「妖精さんたちに奉仕の心は無い、と言ったよね」
「ええ、基本的には」
「でもそうじゃない子たちもいるよね」
「そういう妖精ほど危険なのです。誰かのために何かをしたいというのは、非常に高度な精神の在りようだし、ある意味で”不自然”な気持ちです。それは妖精が、ただの妖精ではなくなろうとしていることを、そのまま意味しています」
佐藤ちゃんのことを思い出す。フランドールさんのために出来ることをしたいと願う彼女。その精神構造は既に、妖精のものを離れ始めているのだろうか。
「誰かのために何かしたい、って気持ちは、不自然かな」
「いいえ、小傘さん。私は妖精らしからぬ、という意味合いで”不自然”という表現を使っただけですわ。もちろん、私自身レミリア様のために存在しているつもりでございますし、そういう自分の在り方を、了解しています」
何と言っても、メイド、ですからと彼女は笑う。
それを言ったら私だって付喪神だ。道具として、誰かの役に立つために生まれてきたのだ。でもだからこそ、誰かのため、という願いが、非常にエゴイスティックなものだと良く知ってもいる。
「ねえ咲夜ちゃん、しいたけちゃんと二人で会いたいんだけど、セッティングしてもらえる?」
私のもやもやに、何か答えを出したかった。
すでに妖精を止めてしまった彼女に聞けば、ひょっとして何か分かるんじゃないかという気がして。
「そうですね……。業務一班は私の直接の管轄下ではありません。しいたけはレミリアお嬢様の直属扱いですから、お嬢様に一言言っていただくのが一番早いかと思います」
「ん、分かった。ありがとね」
「いいえ、私だって彼女たちの家族なのですから」
私は、咲夜ちゃんを部屋まで送って、その足でレミリアさんの執務室に向かった。この時間、彼女がまだ起きて仕事をしていることは知っていた。
コンコンコン。
無遠慮なノックの音が、扉の先に飛んでいく。
「どうぞ」
レミリアさんの声に導かれて、私は部屋に入った。
執務室は意外に質素で、十畳ほどの部屋の一番奥に、重厚な机が鎮座していて、レミリアさんはそこに座って何か書き物をしていた。机の前のスペースにはソファが一対置かれていて、恐らく応接室を兼ねているのだろう。壁にはセンスがいいんだか悪いんだか分からない幼女の絵が飾ってあった。しいたけちゃんの言葉を少し思い出してしまう。
「言っておくが多々良先生、そいつが何を言ったか知らないけれど、私に幼児性愛のケはないよ」
「お、思ってないですそんなこと!」
心を読まれた。さとり妖怪かな。
そうして、レミリアさんが顎で指した”そいつ”に目をやると、なんとしいたけちゃんがソファで寝ていた。いいのかな、使用人なのに主の執務室で寝ちゃって。
「しいたけに用事だったんでしょう?叩き起こしていいわよ」
「え、でも悪いですよ。気持ち良さそうに寝てて、って、なんで私がしいたけちゃんに用事だって分かったんですか?」
やっぱりさとり妖怪だ。
「私はさとり妖怪じゃないよ。多々良先生が顔に出し過ぎなだけ。やっぱりあなたは職人であって、商売人じゃないわね」
「そ、そんなに顔に出てますか」
「顔というか、全身ね。私の執務室に来た割には、入ってすぐ私じゃない誰かを探すようなそぶりをしたから、しいたけを探しているのだと思っただけよ」
なるほど。
レミリアさんはヒトのことをよく見ている。彼女は運命を見るというけれど、ひょっとすると、それはヒトを見る観察眼の賜物なのかもしれない。
「お仕事中にすみません。せっかくなので、レミリアさんにもちょっと聞いていいですか?」
「ん?いいわよ」
レミリアさんは顔を上げて、手にしていた万年筆を置いた。
そんなに畏まらなくても、仕事の片手間に聞いてくれればよかったんだけど。
「聞きたいことって言うのは、フランのこと、それとも佐藤さんのことかしら?」
「……それも顔に出てますか?」
「いいや、そっちは別の使用人からの報告。フランの周りで起こることは基本的になんでも把握していると思って頂戴」
「なんかストーカーみたいですね」
「ゲフッ、ヒトが気にしていることをサラッと言ってくれるわね」
だって実際、自分の妹の身の周りを部下に調べさせてるって、あんまり健全な姉妹関係じゃないと思うもの。もちろん、この二人にはこの二人の事情があるのだろうけど。佐藤ちゃんの話を聞けば、そのくらいの想像はつく。
「で、どっち?」
「ある意味では、どっちもです。でもどちらかといえば、佐藤ちゃんのことが気になっています」
「彼女の状態のことなら、もちろん把握しているわ。前回の検診で要注意判定が出たからね。今回の妖精検診を機に、身の振り方を考えてもらわなきゃあいけない。何かあなたに頼んでいるみたいだけど」
「フランさんに、プレゼントを贈りたいと。私はそのお手伝いをしています。でも、本当に彼女がここを去ってしまうことが正しいのか、私には分からなくって」
そんなこと、私が考えるべきことじゃないのは分かっているけれど。おせっかいなのは私の性質上仕方がないのだ。
「先生がアレのことを凄く心配してくれているのを嬉しく思うよ。実際凄く、難しい問題だ。だけど、先生、私はその質問には答えられない」
レミリアさんは、席を立って、ソファに移動した。しいたけちゃんが寝ている方に移動して、向かい側を私に勧める。
レミリアさんが腰を下ろすと、重みでわずかに座面が沈みこみ、しいたけちゃんがむずがった。彼女はそんなしいたけちゃんの髪をすくように、その頭に手を置いた。
「私は悪魔だから、正しさを論ずることはしないよ。私が考えていることは、どうすることが、私にとって最も幸せにつながるか、この一点だけだ」
「自分の幸せ、ですか?」
「そう。ちなみに私にとっての幸せは、家族が幸せでいることだから、つまりはフランと佐藤ちゃんが幸せであるならば、どのような結末でもいいと思っている」
レミリアさんはそう言い切った。
彼女の視線は、穏やかに寝息を立てるしいたけちゃんに注がれている。
「フランさんは、自分のせいで佐藤ちゃんの生き方を曲げてしまいたくない。佐藤ちゃんはフランさんの重荷になりたくない。だとしたら、このまま佐藤ちゃんが館を出て行って、二人が離れ離れになるのが、二人の幸せでしょうか」
「先生、そんなこと欠片も思ってないんでしょうに、わざわざ確認しないでよ」
レミリアさんが片目を閉じる。
……ウインクのつもりだったらしい。この人ウインクヘッタクソだな。
でも言われて私も気付いた。
私はこのまま二人が離れ離れになってしまって、幸せになるとは少しも思えないのだった。正しいとか、間違ってるとか、そういうことは全部建前で、本当のところは、二人にこのまま別れて欲しくないと、私がそう思っているというだけの話だった。
「貴方は何でもお見通しなんですね、レミリアさん」
「そう思う?」
レミリアさんは、しいたけちゃんのほっぺをつつきながら苦笑する。
「なんでも見通せたなら、私はもっと上手に生きているはずだよ」
「ん、んんー」
しいたけちゃんが呻いている。どんな夢を見ているのだろう。
「こいつはね、妖精検診を誤魔化したんだよ」
「誤魔化した?」
「そう。前回の妖精検診の時、このばかたれは他の妖精メイドと検診カードや番号入りの貫頭衣を交換していたんだよ。流石にその程度で検査官の目がごまかせるはずはないと思っていたんだけどね。意図的だったかどうかは分からないが、こいつの目論見は見逃されて、まんまパスしてしまったんだ。気付いた時にはあとの祭り。このバカ、ある朝突然言ったんだ『もう私には帰る場所がありませんので、責任取ってくださいね』だとさ。既に彼女の発する気配は妖精のそれではなくなっていた」
「それって……」
佐藤ちゃんから聞いていた話と少し違った。てっきり彼女は検診にかかった後、話し合いやらなんかの末に残ることを決めたのだと思っていたのだけれど。実際にはレミリアさんを騙す形で、この館に残ったのだというのか。
「私はこいつが紅魔館にやってきたそのときから、こいつのことがお気に入りだった。なんだか分からないけれど、毎日楽しそうで、目を輝かせてた。こいつにしいたけって名前を付けたのは、何時もキラキラさせてる目が、鍋に入れる前に、十字に切り込みいれたしいたけみたいだったからなんだ」
凄い……センスだけど、今は突っ込まないことにしよう。
「こいつ全然仕事ができなくてね、十任せたうちの七つか八つは失敗していた。だけどね、とにかく何やるにも楽しそうだった。お恥ずかしい話、紅魔館がこの幻想郷にやってきて、ここに根を下ろすのは簡単ではなかったんだ。厄介事は次々出てくるし、妹とはぎくしゃくしてしまって、正直気が滅入っていた。だから、いけないとは分かっていたんだけど、しいたけを心の支えにしていた。気付くと、しいたけは私からかなり影響を受けていた」
しいたけちゃんはレミリアさんに鼻をつままれてふがふがしている。
「だから検診の結果が悪ければ、紅魔館を出ていくように言っていたんだ。私は自分がこの天真爛漫な妖精を自分のために歪めてしまうことを恐れていた」
その話を聞いて、私はフランさんのことを思い出す。彼女もきっと、今同じ気持ちのはずだった。
「しいたけは、表面上は私の言うことに素直に頷いた。私はそれを少しさびしいと思いながらも、これで良いんだって自分に言い聞かせていた。ところが、さっき話した通り、こいつはそんなこと欠片も思っちゃいなかった。既に取り返しがつかなくなってから私は気付いたんだよ」
そこでレミリアさんは一度言葉を切った。
「後悔しているんですか?彼女を紅魔館の外に送り出さなかったことを」
もしそうなのだとしたら、きっとフランさんも……。
「後悔はしているよ。でも無理やりこいつを追い出さなくてよかったとも思っている」
「え?」
「私が後悔しているのは、しいたけを自分で引き止めなかったことだ。私は本当はしいたけと離れたくなかった。なのに、私は色々と言い訳をして、彼女と離れ離れになろうとしていた。結果、しいたけは私を騙すような形で、ここに残ることを選んだ。本当は私の口から告げるべきだったのに。こいつに、『このまま紅魔館に残って、私の傍にいてくれ』とね」
「それって、どういう……」
頭がこんがらがってきた。
「しいたけはね、言ったんだよ。『私に居て欲しいなら、素直にそう言って下さい』って。何とも自意識過剰な上から目線のバカ野郎だと思ったけど、こいつの言うとおりだったから、私は何も言えなかった。願いを口にしないで、そのくせ一緒に居て欲しいと思っていたなんて、何とも女々しい話だ。私はわがままを押しつけるべきだった」
「ふ、ふぇ?」
レミリアさんがちょっかいを出し過ぎたせいか、とうとうしいたけちゃんも目を覚ました。
「タイミングはズルかったが、こいつはちゃんと私に『責任を取れ』と言ったからな。自分が重荷だと分かって、それでもそれを背負って欲しいと言った。素直にわがままを言った」
「な、何の話ですかお嬢様、え?何この状況、多々良先生も、え?」
私は、フランさんと佐藤ちゃんの行く末にも、こんな幸せな未来があればいいと思っている。それを今自覚した。二人が同じように上手くいく保証は全くないけれど、でも、それが正しく私のエゴイスティックな願いだった。
「ねえ、しいたけちゃん」
「な、なんでしょう」
「いま、レミリアさんと一緒に居られて、幸せ?」
「せ、先生?何を言って……」
レミリアさんは珍しく動揺した様子だった。
「レミリアさんは黙ってて。いましいたけちゃんに聞いてるんですから」
しいたけちゃんは寝起きでまだ状況が把握できていないようだったけれど、私の質問がようやく伝わったのか、ふにゃりと表情を崩して、そうして目をきらきらさせながら、こう答えた。
「もちろん、しあわせですよ」
私は翌日、溜まっていた仕事をちょっと後回しにして、また雨天楼に向かっていた。全然道順なんか覚えていなかったはずなのに、不思議と迷うことは無かった。
雨の中に、ノックの音が響く。
この間と同じに、彼女が入室の許可を出す。
私は傘を差して、楼に足を踏み入れた。
「いらっしゃい、どうしたの?」
「ちょっとフランさんと話したくなって、来ちゃいました」
「あら嬉しい。ちょっとまってね、いまお茶を入れますわ」
フランさんの様子は前回となんら変わった様子は無かった。
少なくとも私の目にはそう見えたけれど、実際には分からない。
フランさんは慣れた手つきで紅茶を注ぐ。
私はそれを見ながら、チンツ張りの椅子に腰かけた。
「私、実は里で指名手配されてるんです」
「突然どうしたの?なんだか面白いお話みたい」
「本当です。ほら、コレ」
何時だったか風に舞う手配書を見つけて、綺麗に折りたたんで持ち帰った。何とも言えない気分だった。よく覚えている。
質の悪い半紙に、よく見れば私に見えないこともないような人相書き。変質者に注意という身も蓋もない文字が躍っている。
「私ね、傘の付喪神なんです。忘れられて、置いて行かれて、それでこんな風に化けて出てきたんだけど、でも、それで誰かに恨みを晴らそうとか、そういう気持ちが湧いてこないんです。誰かの役に立ちたくて、何時もそればかり」
フランさんは、私の手配書と、私を見比べながら、困惑している様子だった。私だっていきなり部屋に着てこんな意味不明な身の上話を聞かされたら、同じような反応になるだろう。
「あの、多々良先生?」
「鍛冶師を始めたのも、それで誰かが喜んでくれるのが心地良かったから。それに私、子どもが好きで、ベビーシッターもやってるんです。勝手に……だけど。泣いている子どもがいたら、あやしに行って、喧嘩してる子どもがいたら、なだめに行って。里で、そんなことばかりしてるんです」
おかしなやつだと思うだろう。
私もそう思っている。
「そうしたところが、ほら、これ。立派な変質者扱いです。そりゃそうですよ。得体のしれない奴が、『貴方の役に立ちたい』なんて言ってきても、気味が悪いもの。私だってよく分かってるんです」
「先生、それは、何のお話なの」
「私が何者かというお話です」
私は、よく分からない返事をした。
そういうほかなかった。
「私は誰かの役に立ちたい。だけどそれって別に素晴らしいことじゃなくて、褒められるような事じゃなくて、立派なことでもなくって、ただ私がそうしたいという欲望を持っているだけなんです。私は自分の欲望に素直に生きているだけ。誰かの役に立ちたいとか、誰かのために何かしたいとか、それは誰かのためじゃなくて、そうしたいという自分のためなんです」
「先生、調子が悪いのかな?何か気分でも……」
「だからフランさん、自分の欲望から逃げないでくださいね」
「っ!……なんなの?突然やってきて、いきなり何をおっしゃっているのかさっぱり分からないわ」
フランさんの反応は至極正常なものだ。
だけど私にはそれ以上のことは言えなかった。プレゼントのことは秘密の約束だ。例えどのような理由があっても、約束した以上はそれを守らなくちゃいけない。だから、核心的なことは何も言えないのだけれど、それでも彼女には伝えておきたかった。
「わけのわからないことを言っているのは承知しています。すみません。でも言わせて下さい。しばらくの間で良いから、私が言ったことをよく覚えていてください」
私のおかしな様子に気圧されたのか、フランさんはそのまま黙って私の話を聞いていてくれた。
「誰もが何かを求めている。だけど、それと同じくらい、求められたいとも思っている。私はよく知っています。求められないことの悲しみを誰より知っています。ねえフランさん、きっとあなたも理解はしているのでしょうけど、レミリアさんはフランさんが大事だから仕事を与えていないだけで、あなたが必要とされてないわけではありませんよ」
自分でもよくこんな虚言がはけたものだと驚いた。
レミリアさんに確かめたわけじゃない、どころか、フランさんがそのことを気にしているかどうかすら分からない。だけど、ふと彼女が自分を「姉の役に立ってない」と自嘲した瞬間の不安そうな目を思い出しただけだ。
「あんたに……!」
一瞬、私は殺されるかと思った。自分が八つ裂きにされる幻覚を見た。
だけれどフランさんは本当に冷静で、次の瞬間にはその殺気は霧散していた。
「……あなたに、何が分かるの。私とアイツの間にあるものが」
「もちろん、私は知りません。だけどあなたはよく分かっているはずです。求められないことの悲しさや寂しさを、知っている」
次から次に口からでまかせがあふれ出てきた。
でまかせというより、そうあって欲しいという私の身勝手な妄想だ。
「求めることを恐れないでください。自分の心からの願いからは、絶対に逃げられないから、だから、それを忘れないでください」
言うべきことは言いきったと思った。
というより、自分でめちゃめちゃにしたこの空気にこれ以上耐えられなくなって、私は立ち上がった。
「私のお話は終わりです」
そう言って颯爽と立ち去ろうと思ったのだけれど、テーブルに置かれた紅茶が目に入った。嫌われても仕方がない、という覚悟でやってきたのだから、置いて行っても良かったのだけれど、緊張で喉がからからに乾いていたので、私はそれを乱暴に掴んで、一気に飲み干して、そして、口の中を火傷した。
「……!」
だけど、平静を装って傘を差して、雨を通り過ぎた。
「あなたに役者は向いてないわ、多々良先生」
雨の向こうから声を掛けられた。
返す言葉もなかった。
「だけど、……ええ。覚えておくわ」
私は畳んだ傘を軽く振って、水気を切った。
「ねえ、佐藤さんに関係のあること?」
私は、はい、ともいいえ、とも答えなかった。
だけども、
「妖精検診は来週だそうです」
「……そう」
これでは答えたも同じだった。
◇ ◇ ◇
私の忙しさは佳境に入っていた。そして妖精検診は明日に迫っていた。トラスさんは検診の準備に忙殺され、私の本来の仕事はほぼ休止状態だった。にも拘らず、私はこの一週間、貫徹だった。
自分が望んでやっていることとはいえ、私レベルの付喪神にはコレでもなかなか厳しいもので、よくここまで無理がきいたと思う。本来の仕事が無いのに、ここまで傘の製作に手こずったのは、設計レベルでの大きな見直しをやったからだった。ここまで手の込んだものを作ったのは恐らく初めてだ。
どんな形であれ、物を作るからには徹底してこだわりたいという私の性格も災いして、ついに肉体、精神ともに限界を迎えつつあった。
「あの、先生?何か問題が?」
不安そうな目で佐藤ちゃんが見ている。私はそんな彼女を手招きして作業スペースに呼びいれる。
「?」
とてとて歩いてくる姿は妙に幼く見える。いつも大人っぽいふるまいをしているせいで、余計にそう感じるのだろう。彼女も不安なのだ。
「佐藤ちゃん、手を出して」
良く分からないまま前に出した両手を、矯めつ眇めつ、ひっくり返す。
「あの、先生?」
そのまま彼女の手を両手ともぎゅっと握る。
「ふぇ?」
「大丈夫。明日には必ず完成するよ。あなたは検診に備えて、ホラ、リラックスリラックス」
「は、え?あ、はい」
良く分からないと言った表情の彼女の背を押して、そのまま作業場を送り出す。
「明日、早いんでしょう。おやすみ」
「あ、おやすみなさいませ」
綺麗なお辞儀をして去っていく彼女の見送りもそこそこに、スペースに戻ってグリップの調整に入る。彼女の手の感触が消えないうちに、ヤスリを掛けていく。さあ、あと一晩、がんばろう。
◇ ◇ ◇
その日は来た。
紅魔館は朝から騒がしく、その機能は完全に停止していた。館の中をあっちこっちへ、危なっかしい貫頭衣をきた妖精たちが走り回っている。
外部から西行寺何とか云う偉いお姉さんと、地獄から来たという男の閻魔様が来ていた。妖精検診は妖精の魂の判定であるので、こういうレベルの人たちが出張ってくるしかないそうだ。
私は徹夜続きでふらつく頭を振って、完成した傘を丁寧にラッピングして、検査会場になっている大広間まで歩いて行った。
廊下で待っていると、上品な和服に身を包んだ女性が出てきた。
「あら、珍しい顔がいるわね」
女性は私を見るなりそう言って、こちらへ近づいてきた。桜色の髪が揺れる。
「あの、どこかでお会いしたことがあったでしょうか」
「いいえ、直接の面識はないけれど知っているわ。ウチの庭師が何時だったかお世話になったそうで」
庭師……?
たっぷり三十秒ほど考えて、ようやく目の前の女性が西行寺のご令嬢だということに気が付いた。だってあの辻斬りに、庭師のイメージなんて無いんだもの。
「誰か待っているの?」
「ええ、友人、と呼んでいいものか……。検査を受けているんです」
「そう。私も毎度立ち会っているけれど、魂の判定なんてしなくても、様子を見ればだいたい分かるものよ。妖精じゃなくなりかけた妖精は、とても不安定だもの」
悪戯っぽく笑う西行寺の令嬢を見ていて、私は唐突に、しいたけちゃんの企みを見逃したのは、目の前の彼女なのではないかと思った。
私は確認する代わりに、一つ質問をした。
「妖精を、妖精でなくしてしまうことは、いけないことなんでしょうか」
それは質問というより懺悔に近かった。
「もちろんいけないことよ」
女性はきっぱりと言った。
私は、それでも気持ちが変わることは無かったけれど、胃に何か重いものを詰め込まれたような気持ちになった。だけど西行寺の令嬢はこう続けた。
「だけどね、いけないことを何一つしないようにしたからといって、天国に行けるわけじゃないわ。だってそんなこと誰にも出来やしないもの」
「どういうことですか」
「誰にも影響を与えずに生きていくことはできないのだもの。そこに居る限り、そこに在る限り、誰かに影響を与えているの。自分が相手にいい影響を与えてるのか、悪い影響を与えているのかなんて、結局、結果論にしかならないわ。そんなことを恐れて、誰とも関わらないように生きていくなんて、そんな生き方こそ、いけない生き方ね」
そして優しげに笑って、こう続けた。
「だから、甘んじて報いを受けるしかないの、それを覚悟して、それでも一緒に生きていたい人としか、生きていけないのよ」
死んでる私が言うのもなんなんだけどね、と言って彼女はいってしまった。
だれもが報いを受けなくちゃいけない。だけど、逆に言えば、その覚悟が出来てしまえば、もう恐れることは無い。
しばらく廊下で待っていると、佐藤さんが出てきた。診断の結果は、……聞くまでもなかった。彼女の表情を見れば明らかだった。さとり切ったような顔で言った。
「危険域でした」
彼女と二人で雨天楼に向かう。傘は佐藤さんが持っている。
コンコンコン
ノックの音に対し、どうぞと声がする。彼女が先に入り、私は後に続く。相変わらず降りやまない雨のむこうにフランさんの影が映る。
佐藤さんはいつも使っている方の傘を差し、右手にラッピングした傘を持って楼に入る。
「あら、いらっしゃい」
私がいたことに驚いたのか、フランさんは一瞬言葉を止めたが、何事もなく迎え入れてくれた。
「上が随分騒がしいね。今日が検診だったの?」
「ご存じだったんですか?」
「まあね」
フランさんが頭をかく。私が伝えていたことは佐藤ちゃんには伏せておくつもりらしい。佐藤さんは少し言葉をためてから、告げた。
「危険域判定が出ました」
「……そう」
フランさんも覚悟していたのだろう。狼狽することは無く、しかし僅かに視線が泳いだのを私は見ていた。
「じゃあ、お別れなのね」
フランさんの言葉に、佐藤ちゃんの方が震える。私はフランさんをずっと見つめていた。フランさんは一瞬こちらを見て、そして目をそらした。
「……はい」
まごつく彼女の肩を押す。二、三歩前に出てしまった佐藤ちゃんは、つっかえながら話し始めた。
「あ、あの。フランドール、様には、あの、長い間お世話になって、えと、その、プ、プレ、えーっとですね、御迷惑でなければ、ぷ、プレゼントを受け取っていただきたくって、持ってきました!」
彼女はそのままの勢いでラッピングされた傘をフランさんに突き出した。
「え……?」
フランさんは完全に予想外だったようで、為されるがまま包みを受け取った。
「あ、これ、いいの?」
「はい、開けて下さい」
フランさんはおっかなびっくり包みをはがし、そして絶句した。
「多々良先生に御依頼して作っていただきました。不遜なことを申し上げますが、私は、フラン様にもっと外に出ていただきたいと思っています。ご自分で、私などおらずとも、それができる、それをお望みのはずです。どうか、その傘で外に、ご自由に出かけていただきたいのです」
フランさんの瞳には零れそうなほどの涙が溜まっていた。手で口を覆う。
「そんな、こ、こんな、嘘。ありがとう。いつも、迷惑ばかりかけて、嫌われているって思ってた。ようやくあなたを解放してあげられるって、今日、ずっと思ってたの。なのに、こんな。ありがとう。佐藤さん」
フランさんの声は嗚咽交じりで、言葉はとぎれとぎれだったが、押さえきれない感情が押し寄せてくるようだった。そのまま佐藤さんに走り寄って、
「え、フラン様!」
そのまま強く抱きよせた。
「ごめんね。いっぱい迷惑かけてごめんね。危ないお仕事させて、ううん。ありがとう。私のことこんなに大事にしててくれたんだね。ありがとうでも……」
彼女が嬉しさの端ににじませる悲しみが、しかし確かにあった。「でも」の後に飲み込んだ言葉が、私の予想と相違なければ、私の仕込みは間違っていなかったことになる。いや、間違いないはずだ。
「フラン様……」
「フランさん、その傘、是非差してみてください」
私が作った傘は、美しい深紅の傘だ。スカーレットの家名と、そして佐藤さんの髪の色を見て決めた。フランさんも気に入ってくれたようで、ひっくり返して色々な方向から眺める。そうして、あれっ、という顔をした。
「何か気になる点でもありましたか?」
私は確信しながらそう聞く。
佐藤さんは、プレゼントに何か間違いがあったのかと不安そうにしていた。
色々な角度から傘を見ていたフランさんが、唐突に何かに気付いたようにこちらを見る。私は黙ってうなづく。やっぱり彼女は気付いた。これで大丈夫だ。
「で、でも……」
フランさんが不安そうにつぶやく。
私は声を出さず、唇だけを動かした。だけど、彼女には伝わったはずだ。
自分の欲望から逃げないで。
求めることを恐れないで。
「あの、先生?フラン様も」
困惑する佐藤さんを置き去りに、私とフランさんの会話は終わった。
しばらく誰も話さず、数分たったろうか。
フランさんが覚悟をきめるのに、それだけかかった。
彼女は重い口を開く。
「ねえ、佐藤さん。私、ずっとあなたに感謝していたの。この幻想郷に来てから、変わらずずっと、あなたがいてくれた。無理のない範囲で、それでもできるだけ一緒にいてくれて。それにこんな素敵なプレゼント。本当にありがとう」
「フラン様、私は」
「でもね、佐藤さん。私、まだひとりじゃだめだよ。この雨をひとりで渡り切ることは、まだできない。もちろん、あなたが願ってくれた通り、私も何時か歩き出す。でも、ああ、本当にこんなことを、言ってはいけないのに。でもごめんなさい、佐藤さん。私のお願い聞いて?」
それは懇願と言ってもいいようなお願いだった。
「も、もちろんです、私にできることなら」
「そう。ありがとう。ねえ佐藤さん」
呪いのような、祝福のような願いを、口にした。
「妖精、やめて。ずっと、私と一緒にいて」
ああ、全てを捻じ曲げる言葉。願いの言葉。
私は自分の唆したことの重大さに打ちのめされる。
「……え?」
「ごめん、私から約束したのに。あなたが私のせいで自然に帰れなくならないように、検診の結果がダメなら、すぐにこの館を離れるように、私が言いつけていたのに」
フランさん自身も、自分の言ったことを恐れているようだった。
「だけど、私は本当は、まだあなたといたい。まだ話せてないことも一杯あるし、もっと一緒に過ごしたい。ねえ、これはあくまでお願いよ。断ってくれて全然構わないし、それであなたへの親愛が薄れることもない。むしろ断って欲しい。あなたを私の勝手で壊してしまいたくない。こんなこと言ったって、私にお願いされて、あなたが断れるわけ無いの、分かってるでも……」
「いいんですか?」
佐藤ちゃんがそれを遮った。
「私は、フラン様がこれ以上苦しむ姿は見たくありません。もうこれ以上ほんの少しだって、重荷を背負って欲しくはありません。だから、だから苦しくっても、嫌でも、あなたを忘れようとしていたのに、でも」
佐藤ちゃんも、もう自分の心からの望みを恐れなかった。
「あなたが望んで下さるならば、私は何時までもお傍にいましょう。たとえこの身が妖精ではなくなっても、そのことをあなたが気に病んでも、何時か後悔しても、あなたの隣に居続けましょう。あなたの役に立ちたいというこの思いが、自分勝手だとしても、構いはしません」
「本当に、本当に?」
「本当ですとも」
「いつか後悔する日が来るとしても?」
「あなたが罰を受けるなら、私も一緒に受けます。あなたが悲しむなら、私も一緒に悲しみます」
私は、いま目の前で起こっていることの恐ろしさに身をすくませた。だけども、この二人は、二人だから、その恐ろしさにも立ち向かっていけるだろう。雨が降り注ぐ紅魔館の地下深くで、二人は暫く身を寄せ合っていた。
「ねえ、この傘、あなたが私にプレゼントしてくれたんだから、もう私のものだよね」
フランさんが愉快そうに話す。
「え、ええもちろん。それはフラン様のものです」
「じゃあ、これあなたにあげる」
「へ?」
フランさんは、たった今佐藤ちゃんから贈られたばかりの深紅の傘を、佐藤ちゃんに突き返していた。私の意図は正しく伝わったらしい。
「な、なにかお気に召さない点でもありましたか?」
「んーん。でもこれは、あなたが持つべきものだもの」
フランさんはそういうと、傘を開く。
ワンタッチ式で、ボタンを押すとバシュッという音ともに、深紅の花が咲く。佐藤さんは首をかしげている。その前で、フランさんは更に、ボタンを押しこんで、少し上にスライドさせた。
カシャン!
軽い音がして、深紅の傘は、1.5倍ほどの長さに伸びた。
「え、あ?これはいったい」
「差し掛け傘だよ」
私は混乱する佐藤ちゃんに説明する。
差し掛け傘とは、自分で差すための傘ではなく、貴人などのために従者が差しかける長柄の傘だ。私は、この傘を差し掛け傘としても使えるよう、柄の部分に伸縮するような仕掛けを仕込んでいた。こいつが私の睡眠不足の元凶だった。
「全くおせっかいが過ぎるわ多々良先生。だけど、本当にいいデザイン」
私はこの伸縮機能を、ひと目では分からないような細工にしていた。それでもフランさんに十分伝わるという確信があったからだ。
「いつもの癖で咄嗟に”目”を探したんだ。そうしたら、明らかに普通の傘じゃない構造をしているのだもの。多々良先生がこれを作るのに、誰が使うことを想定したのか、すぐに分かったわ」
フランさんから傘を受け取った佐藤ちゃんは、深紅の傘を何度も矯めつ眇めつしている。フランさんより少し小さい、あなたの手に合わせて調整したグリップだ。片手に荷物を持っていても、フランさんを濡らしてしまうことは無いだろう。
「この傘を誰が持っているべきか、もう説明する必要はないでしょう。何時だってあなたがいてくれるんだから」
「はい、……はい!」
佐藤ちゃんはかみしめるように頷いた。
「さあ、佐藤さん。早速だけど、私をこの部屋から連れ出して下さる?」
「もちろんです。どちらへ行かれますか?」
「まずはお姉のとこかな。妖精メイド一人貰っちゃったことを謝って、埋め合わせに、何か仕事でも貰うことにするよ」
フランさんは、そう言って私にウインクした。
姉と違ってとっても魅力的なやつを。
なんだかんだ更に二週間も仕事を延長して、私の仕事は全てつつがなく完了した。私が妖怪の裏切り者だという噂も殆ど消えてしまったみたいだし、潮時だろう。ただ報酬に、と渡されたバッグには、それはそれで身の危険を感じるほどのお金が入っていて、やっぱり町を歩くのに挙動不審になってしまう。
たくさんのヒトが私を引き止めてくれたけど、流石に鍛冶師として頑張りすぎたし、しばらくはのんびりしていたい。それに、みんなに褒められ過ぎたのもよくない。先生、なんて呼ばれて、調子に乗って何処までも増長してしまいそうだから。しばらくはまた驚いてもらえず、ぞんざいに扱われる日々に戻ろう。そうすればまた仕事にも気合が入るだろう。
もっとも別れを惜しんでくれたのは、意外なことに咲夜ちゃんだった。後半は傘の作成に夜もかかりきりだったから、あんまりお話ができなくて不満が溜まっていたらしい。
「絶対また来て」
と涙目で話す彼女が可愛すぎて、私はまた紅魔館に行くだろう。また、レミリアさんもそれを望んでくれた。
「あなたはそのような運命には無いようだけど、私は何時でも先生を家族として迎える準備ができている。あなたのおかげで、本当に助かったよ。いろいろね。いつかまた運命が交わる時を持っているわ」
笑顔で見送るレミリアさんの隣には、とりあえずレミリアさんの秘書めいた雑用を任されたらしいフランさんと、腰に深紅の傘を下げた佐藤ちゃんがいた。
結局、私が一番幸せだったのかもしれないと少し思う。
誰かに必要とされて、それに応えることができる。それが道具の幸せだ。でも、そこに私だって罪を感じなくはない。だって私を求めてくれるのは、雨に降られたヒトばかりだ。それって私が、誰かの雨(かなしみ)を望んでいるってことでしょう。究極、私がいなくてもだれも困らないという状態が、幸福で満たされている世界だと言える。
それでも私は誰かに求められたいから、心のどこかで雨を望む。それが罪深いことだとしても。その罪を良しとして、その欲望から逃げずに、生きていくほかないのだ。
だからホラ、雨が降ったら私を呼んで?
雨が上がりに虹が出る-ハッピーエンド-まで引き受けるから。
台詞が少し説明に寄り過ぎているように感じてしまう面もありましたが、鍛冶屋としての小傘のひたむきさ、紅魔館がどのように回っているのかという興味深い点、妖精メイドという紅魔館ならではの種族と、レミリア、フラン両名の関係性(主君という立場ながら、可愛らしい幼さを存分に魅せつけてくれる辺り、二人のキャラクターをしっかりと描き切ってますね)、不器用可愛い咲夜さんなど、作者さまならではの紅魔館と小傘の見解がたっぷりと盛り込まれていて、とても満足のいく素晴らしい読後感の作品でした。温かい気持ちでお腹いっぱいです。
小傘×紅魔館メンバーで、こうもお話がかっちり組みあがっているというのは純粋に舌を巻いてしまいます。素敵なお話をありがとうございました。
多々良先生さすがとしか、言いようが無いですね。
かわいいだけでない、とても良い話でありました。いいものをありがとうございます。
やっぱりここの紅魔には独特の魅力があるんやな
妖精メイドの名前が出るたびに笑ってしまいましたが、泣かされてもしまうとは……
ガキ大将から図書屋さんの紅魔館が好きなので、小傘が説明を受けたりするところは入れ込んじゃいました。
佐藤さんが帰った後の小傘が考えを巡らせているところが心に残っています。
いいお話をありがとうございます!
鍛冶師として活躍する小傘をあまり見たことがなかったので新鮮かつ大いに楽しませていただきました
紅魔館組の面々はもとより組織としての紅魔館も丁寧に表現されていて、何というか圧倒されてしまいました
とても面白かったです!
もう一方の主人公として活躍する彼女達が素敵でした。
誰の上にも、幸福がありますように。
鍜冶師としての小傘と各キャラとの絡みがとても新鮮。新鮮ながらもしっくり来る様に話が進んで行くのがお見事でした。
あとウインクヘッタクソかわいいw
小傘がフランと佐藤さんの会話を眺めていて、恐ろしさにすくんでしまうってところに痺れます
小傘がフランと佐藤さんの会話を眺めていて、恐ろしさにすくんでしまうってところに痺れます
読んでたら年越した
今回もすごく良かった。
ただ、プレゼントを渡した後、ラストまでの文章はちょっと、
そこまでの文章と比べて少し違和感というか、なんというか・・・
上手く言えないけど。
しいたけちゃんのキラキラした十字の切り込み!
職人としての矜持と、人を見る目を持ったクライアントの高潔さと、
そして我儘を押し付ける家族の在り方と、そのすべてが素晴らしい。
すべての登場人物が愛おしい。傑作だ。
新たな小傘の魅力を発見しました
キャラが余すことなく魅力的なのだけれど
しいたけちゃんと幽々子様がぴりりと効いていい味でした。
素敵
妖精を妖精でなくしてしまうことの罪の重大さに私がうまく共感・納得できなかったので、
3人の畏れの大きさの表現にちょっとついて行けなかったのだと思います。
佐藤さんがフランに傘を渡すあたりでは目頭が熱くなった。
素敵な物語をありがとうございます
フランちゃんの「うんにゃ、私はただの引きこもり」で笑って、
「妖精、やめて。ずっと、私と一緒にいて」の重さに一瞬とまる感覚がして
素晴らしいものをありがとうございます